少年成長記   作:あずき屋

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「そろそろお昼ですね。
ラジエル、私は昼食を見繕って来ます。
適度に休みを取りなさいね?」

「うん、わか、った。
行って、らっ、しゃい」

「タオルとお水はここに置いていきます。
そのまま寝ちゃダメですよ?」

「うん、だいじょー、ぶ」

「......まず手を止めましょう。
私の話、ちゃんと聞いていましたか?」

「えっと、お水食べてタオルを買ってくる。
寝ないようにしゅぎょーを続けること、だよね?」

「いっそ私の背中に括りつけてあげましょうか」




第31話 少年、鳥と戯れる

 

 

木の葉が風と共に舞い上がる。

自然に起こったものではなく、人為的に舞い上げられた風。

それは荒々しく、時に緩やかに流れる。

風は波のように緩急をつけ、周囲に対して風を巻き起こす。

ここは木々が生い茂る町外れにある森。

耳に届く音は全て自然の声。

人工的な声が一切届かない限られた場所。

リューに教えてもらった人の出入りがない数少ない秘所のうちの一つ。

瞑想や鍛錬を行うには最適の場所であり、ダンジョンに潜れない時によく利用している。

共に大地が鳴動する。

強く、激しく、猛々しく揺れる。

暴風や地鳴りといった現象を引き起こしているのはとある少年。

ここは彼だけに与えられた舞台。

武を演じ、己が鍛え上げた技を披露する。

 

 突きは角のように真っ直ぐ正確に。

下段の蹴り払いは蹄を着込ませるように抉る。

引きつつ手刀を交差して鳥の羽ばたきのように肩を切る。

左脚を踏み込んで全霊の突進のように中段へ拳打。

更に前へ踏み込んで、畳み掛ける捕食者のように胴を左で打つ。

回避はとんぼ返りのように後方回転して、顎目掛けて蹴り上げる。

懐へ忍び寄る様は蛇のごとく滑らかに。

牙を突き立てるがごとく指を獲物へ食い込ませる。

熊のごとき重量を両手の掌底でもって表す。

獅子の咆哮を震脚で示せ。

 

 一見すればただの演武にしか見えない。

ただの熟練した武闘家が披露するものにしか見えないだろう。

しかし、それを行なっているのは年端もいかない童。

洗練された動作は並大抵の武人を置き去りにしてしまう。

鍛え上げた肉体に武器など不要。

突きや蹴り、掌打、手刀、足刀、掌底、拳打はそれだけで凶器となる。

一薙ぎすれば首が飛び、打てば風穴が開く。

代わる代わる飛び交うは無数の獣たち。

その有り様まさに千変万化。

振るうは一人の少年。

振るわれるは殺人拳。

奇怪な動作は獣の動向。

振るうことに躊躇いなどなく、息をするように獲物の首を取る。

獣が戯れている様を表し、無邪気に遊び殺す。

 

 我が披露する拳技は獣の戯れが如く。

弱肉強食の理に従い汝を食い殺し、その骸を恵として弔おう。

これこそ我が生涯、我が修練の極地。

全てを引換に手に入れてしまった人を殺めし技法。

立ち塞がる獲物全てを喰らい、全てを我が糧とせん。

さあさ、皆々様御照覧あれ。

坊主も慌てふためく浮世にて、森羅万象に感謝し預り奉る。

童の児戯が、獲物を喰らう鬼の所業と成り果てる世にも奇妙なお立ち合い。

生半な見世物ではありませぬ故、固唾を吞んでも狂気に呑まれる事なきよう。

潜る暖簾は獄門、舞台は畦道(あぜみち)、席は今生、唄い手は七人の童子、御帰りは冥土。

儚き焔が刹那に放つ輝きをお見逃しなきように。

ささやかなお代として、そのお命を頂戴仕る。

然らば生涯をもって、この戯拳で舞い続けよう。

この片生(かたなり)が焼け落ち、灰燼と帰するその日まで。

 

戯拳 ”弔獣戯我(ちょうじゅうぎが)

 

 

 

────震えるな。

    俺たちの中にある黒い感情が、独りでに暴れ回ってるのを感じるぞ。

 

 

 

「......また聞こえた」

 

 演武に集中していたせいか、不意に掛けられた言葉に周囲を見回す。

しかし辺りには誰も居らず、周辺にも人の気配は一切感じられない。

耳に響くは時折聞こえる鳥の囀りと、風で聞こえる木々の葉鳴りの音だけ。

気を張り巡らせてみても、やはり人の気配は感じない。

それに先ほどの言葉、外部から掛けられたというより、頭の中に直接響いたかのような感覚だ。

 

「おかしいなー」

 

 おかしいとは思いつつも、気のせいなのだと思うことにした。

実のところ、こうした現象は今回だけに限った話ではない。

赤いゴライアスとの戦闘後、体の調子が以前と異なっていたからだ。

不備があるということではない。

寧ろ以前より身体能力が向上しているのを実感している。

自分の中にある自身の動きと、実現できる動きが上手く同調していないという表現が適切かもしれない。

主神であるアテナ曰く、ステイタスの向上が身体に作用しているとのことだった。

始めたての冒険者の成長によくあることらしく、更新後のステイタスで鍛錬を行っていれば次第と薄れていくものだそうだ。

だが、少年が感じているのはそれだけではない。

体の調子は時間の問題として割り切る事はできる。

それよりも強く存在感を示しているのは胸に感じる熱。

燃えるような煮え滾るような何かを、あの時から常に胸に感じている。

 

されど気にすることなく体を慣らす。

気にかけたところで難しいことは分からず、答えなど出ない。

今はただ無心に務め、日課である鍛錬に勤しむ。

そうして再び、少年は舞う。

密かに見守る動物達を観客に、舞台は再度幕を上げるのだ。

本日は晴天なり。

白き雲が空を彩る心地の良い日であった。

赤き飛沫もそれを彩るほどに美しい。

 

 

────────────────────

 

 

「うーんいい天気!

ハイキングにぴったりの青空!

たまにはこんな日もいいよねぇー」

 

「そうだね。

まだダンジョンに行けないのが、ちょっと残念だけど」

 

「まーだ言ってるの?

ギルドがダメって言ってるんだからしょーがないよ。

こないだのゴライアス以来、なんかみんなピリピリしてるんだから」

 

「うん、分かってる。

だからフィンは休みをくれたんだよね?」

 

「そーそー。

最近働づくめだから丁度いいだろうって。

まぁ一人着いてきたのは意外だったけど」

 

「どうしたの、ベート」

 

「..........なんでもねェよ」

 

「青空の下に似合わないぶっちょー面。

無理して来ることなかったのに」

 

「ンなじゃねぇ。

目的が一致しただけだ」

 

「ふーん。

まぁいっか、ねぇねぇ疾風(リオン)さん。

あとどれ位でラジエルの所に着くの?」

 

「もうそろそろですよ。

それと、私のことはリューで結構です。

知らない仲でもなし、あの子の友達なら尚更構いません」

 

「ほんと!?

じゃあ改めてよろしくねリューさん!」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

草むらを掻き分けて歩く一行。

青空の下、柔らかな陽射しが木の葉を透かしていく中、彼女たちは少年の元を目指していた。

目的ではないにせよ、ちょっとしたハイキングは気晴らしに持ってこい。

各々伸び伸びと歩き、自然の恩恵を受けながら闊歩する。

気晴らしになり、日光浴と森林浴を同時に行える。

散歩好きには贅沢な要素が満載だ。

 

「ラジエルとリューさんって、いつもここで鍛錬してるの?」

 

「そうですね。

私は随分と前からこうした森の中で鍛えていました。

ラジエルも、オラリオに来る前までは山の奥地にて暮らしていたようなので波長や環境が合っていたのでしょう。

ここを教えて以降、頻繁に通ってますね」

 

「確かに、集中できていいところ。

私も結構好きかもしれない」

 

「自然を好めるというのは良い事です。

草木がなければ人類は繁栄はおろか、存続さえ難しいのですから」

 

「うんうん、私たちが住んでた村も自然がないと何にも出来なかったしね」

 

女集まれば姦しい。

決して悪い意味ではなく、集まると自然と話が尽きないという諺のうちの一つ。

こうして話に花が咲くのは必然と言ってもいいほどに。

先程からあまり言葉を発しないベートは、ただ面倒臭いから話さないのであって、決して入りづらいということではない。

聞き耳を立てて、自分の意見があっても口には出さない。

入りたくても入れないのではない。

入りたくないだけなのだ、恐らく。

 

「今更なんだけどさ、私たちお邪魔じゃなかった?

ラジエルにご飯買いに行く途中だったんでしょ?」

 

「問題ありませんよ。

折角ですからね、こうした時間をラジエルに過ごさせるのも大切です。

あの子には、もっと同世代の友達と居るべきなのですから。

血腥い戦場になど、叶うのなら大手を振って行かせたくありません......」

 

「心配性だなぁリューさんは」

 

「(なんだ?この先から薄らと血の匂いがしやがる。

あのガキ誰かとやり合ってんのか?

いや、考えすぎか。

そもそも殺気自体感じねぇしな)」

 

 

────────────────

 

 

「いや、お見事」

 

まるで近所の住民に挨拶を告げるように、男は現れた。

雅な出で立ち、オラリオではあまり見かけない独特の服装、整った相貌。

あまりにも自然。

風が道理なく吹くように、男は何の前触れもなく姿を見せた。

抜き身の剣を携えて。

 

「殺気を断ち斬りかかったにも関わらず、当たり前のように斬り返されるとは思わなんだ。

身一つで我が身体を殺傷せしめるのにも恐れ入った。

はは、単なる手刀とて侮るものではなかったわ。

ただの露払いとて油断した、浅いとはいえ確かに斬られた。

剣を弾かれて手傷を負うなどいつ以来であろうか。

よもや本当にその身を武器とし振るう強者が居たとは......この世はまだまだ捨てたものではなかったな。

かの名高き武闘者も其方には劣ろうよ。

やはり、なかなかの稀有な使い手よな」

 

「だれ?」

 

それは、風が吹くのと同時に煌めいた。

自分を自然の一部のように身を滑りこませ、殺気も感じさせずに流れるようにその刃は振られた。

まるで何も感じなかった。

辺りの動物たちと同じような気配しか感じなかったからだ。

辛うじて対処できたのは風切りの音を拾えたから。

刃が振るわれる時に発せられる独特の音。

それが聞こえなければ、何も分からずに死んでいた。

先程の一太刀はそれほどまでに自然で、今までやり合ってきた者達の中で最も洗練されたものだった。

目の前にて妖しく笑みを浮かべるこの男、そこらのならず者とは訳が違う。

反射的に手刀を振り抜かなければならない程に。

 

「大した者ではない。

強者の匂いに惹かれてふらりと足を運んだ一介の剣士に過ぎんよ。

宛もなく彷徨う最中、珍しい舞台があったのでな、無礼を承知で立ち見をさせてもらっていた。

いやいや誠に奇っ怪な使い手が居たものよ。

あらゆる武具を操る武芸者は数多く見てきたが、身体そのものを本物さながらの武器にして戦う者は初めて目にした。

そのような使い手など、そう多くはおるまい。

相手が幼子に等しい童子であったにも関わらず、つい我を忘れて斬りかかってしまった」

 

「そうなんだ。

いきなり出てきたからびっくりしたよ。

びっくりして斬っちゃった。

お兄さん俺と戦いにきたの?」

 

「応さ、立会いを臨めるのなら是非もなし。

妖術の類でないともなれば尚のこと、これ程稀有な相手であるならば一武芸者としてお相手仕りたい。

私の我儘に今一度付き合ってはもらえぬか。

なにタダでとは言わぬ、礼は弾むぞ?」

 

「お兄さんの言ってることは難しくてよく分かんない、でも」

 

少年は構える。

最早数えることも出来ないほど構えられた型を、いつも通り形作る。

彼にとってそれは習慣の一部であり、己が人生の体現でもある。

生まれ直したあの時から始まり、戦場の中で華として散るまで続けるであろう武人としての心意気。

強い相手と戦える。

こちらこそ臨めるのなら是非もない。

獲物を使う相手であろうがなかろうが関係ない。

強者相手に戦える、少年にはそれだけで十分だった。

 

「俺と戦ってくれるのなら、それでいいよ」

 

「内に秘めたその闘志、心意気や良し。

私も久方ぶりの新手に心を踊らせている。

であるならば、加減など無用そうだな」

 

そして、男もまたその(たお)やかな目を研ぎ澄ます。

剣のごとき鋭さを放つ視線は、直面しているだけで斬られるのではないかという錯覚さえ覚えさせる。

握った獲物にも薄らと力が篭る。

いつ振り抜かれてもおかしくないほどに、彼の出で立ちは気迫に満ちていた。

拳技に相対するは剣技。

一刀と打ち合うは無刀。

青年と睨み合うは童子。

予兆もなしに始まったこの立ち会い、軍杯が上がるはどちらか。

 

先に動いたのはラジエル。

不規則に縮地を縦横無尽に繰り出し、撹乱した上で突進。

左脇腹を捉え、その腹部目掛けて突きを放つ。

だが、男は狼狽えない。

対峙する者が視界から消え失せようと、此方を捉える視線は消えることは無い。

ならば無闇矢鱈に動く必要は無い。

必ず自分の身体を捉え、攻撃する際に姿を自ずと現すからだ。

 

「む......」

 

突いたつもりだった。

いや、突くつもりだった。

目前で男は羽虫を払うがごとく攻撃箇所を事前に薙いだ。

あのまま踏み込んでいたらと思うと肝が冷える。

防具も付けていないこの身では呆気なく両断される。

打撃は通用しないと見ていい。

伸び切った手足を晒したが最後、五体満足で明日を迎えることは叶わない。

 

「やっ」

 

なれば斬るのみ。

手刀と足刀を持ってして、お望みのままに斬り合おう。

胸部に向けて右振りを一閃。

易々と食らうつもりはない男は、手刀を容易く斬り払う。

無駄のない動作だ。

足踏みは必要最低限。

半歩引き迎撃に転じ、一歩踏み込んで追撃に転じる。

まるで押し込めない。

間合いの取り方が完璧な相手なのだ。

常に己が有利に立ち回れる距離を保ち、決してその領地に相手を寄せ付けない。

 

「でゃっ!!」

 

緩やかな曲線を描いて、剣は走る。

早く、鋭く、振れず、迷うことなく閃く。

少年の刀をいなし、鮮やかに流しては斬らんと迫る。

少年を直線と例えるのなら、男の太刀筋は曲線。

線を避けて元を断ち、逃げ場を徐々に無くしていく。

それはまるで一つの狩りの様。

囲い込み漁のごとく、獲物を追い詰めていくのだ。

追い詰められる獲物の感覚を味わっているかのよう。

退く姿勢を見せたが最後、文字通り真っ二つとなってしまうだろう。

 

 

────面倒だな。

回転数を上げて網を突き破れ。

 

 

今のままでは余りにも遅過ぎる。

包囲網が展開されるのを黙って見ているほど悠長な戦いはしてきていない。

網が目前にて広がるのなら、獲物諸共斬り伏せろ。

ただで捕まる程この首、安くはない。

一刀だけに留まらず、二刀ならぬ三刀目を重ねろ。

もっと早く。

追撃の隙間もない程に切り結べ。

もっと疾く。

僅かでも後退する足を見逃すな。

もっと速く。

腕も脚も存分に振るわせろ。

もっともっと、その先へ踏み込め。

 

「......!」

 

男に僅かながら驚愕の表情が浮かぶ。

先程までの直進的な動きがなくなった。

いや、直線的なのは変わっていない。

より細かく、より早くあらゆる方向に曲がっていく。

合わせられる速度がなくなれば囲いも何も無い。

当初の目論見は失敗した。

 

────まだまだ足りん。

全力で足掻き、藻掻いて見せろ。

 

「うるさい。

弔獣戯我 “凰鳥飛刃(おうちょうひじん)”」

 

「なんと!」

 

身体を斜めに高速回転させて真空の刃を形成。

幾重にも広がる無数の斬撃は、たちどころに男向けて襲いかかる。

単なる手刀ではない。

高速の手刀が繰り出す飛ぶ斬撃。

肉眼では捉えられない真空の刃だ。

 

「見えないというのはほとほと厄介なものよ。

つくづく摩訶不思議な技の数々。

其方の力、まだまだ引き出させて貰うぞ」

 

見えないが、迫り来る死線は確かに感じる。

己が勘をもってこれを弾いていく。

不可視の攻撃だろうと男は反応する。

やはりこの男、只者ではない。

どう見てもその筋の達人。

これでただの剣士とは笑えない。

技術なら師を除き、今までやり合ってきた中で最も危険な相手だ。

こちらの技に対して瞬時に順応し、且つ抜け道を見つけてこちらを出し抜いてくる。

 

────攻めて攻めて攻め抜け。

攻撃を止めたが最後、それがお前の最期となろう。

 

「だから、うるさいってば」

 

「............手数が更に。

ならば此方も増やすまで!」

 

両者は加速する。

振るう刃は数知れず、既に幾度となく交わされた。

受ける刃は次第にがたつき、互いに刃こぼれを生じさせる。

金属の剣は芯が揺らぎ、生身の刀は刀傷が重なる。

それでも、止まることは許されない。

命ある限り、戦意ある限り振るい続ける。

それが彼らに定められた宿命。

己が命の終わりまで戦い続ける呪われた運命。

 

 

────頃合いだ、そろそろ決めろ。

 

「いくよ。

弔獣戯我 “剣鶴舞踏(けんかくぶとう)”」

 

 

舞う様、鶴のごとし。

短距離高速移動の縮地と、並外れた体幹より繰り出される連続斬撃。

その目に追えない高速移動で翻弄し、瞬時に獲物を八つ裂きにする対郡殲滅奥義。

個人に向けられた際、何人ものの刺客から斬られる錯覚に陥る四方八方斬撃の嵐。

逃げ場など何処にもありはしない。

 

「分身に近い、まるで忍の身のこなしか。

だが、それではまだ足りんよ!」

 

男の動きにも、更に磨きがかかる。

大人数を一人で捌いているに等しいのに、的確に打ち合っていく。

それだけでは足りない。

数手打ち合い、その最中にもしっかりと迎撃に転じている。

数の理などものの足しにもならんとばかりに剣を走らせ続ける。

長時間の戦闘を続けても尚、その剣筋が鈍ることはない。

激しくぶつかり合う刃は波紋を呼び、周囲の草木を切り捨てる。

木々は削れ、花は散り、草々は千切れる。

彼らの後を追い、土に還るのは集中力の切れた時。

抗いたくば戦え。

生き残りたくば存分に斬り合え。

 

「落鳥!!」

 

男の返し斬りが、少年を大きく弾き飛ばす。

技量の差で劣ってはいないものの、体格差はどうしても覆すことができない。

大の大人が本気を出せば、軽い体重の童子など簡単に跳ね除けられる。

追撃とばかりに振られる刃。

差し迫るは無情なる一撃。

否、それだけの表現では余りにも不足している。

 

「其方の力に敬意を表し、私も取っておきを出そう。

凌げるか、我が秘剣から!」

 

上を見やると振り下ろしが見えた。

いや、何かが違う。

あんな大口を叩いておきながら、繰り出すのがただの振り下ろしなものか。

自分の中にある危機察知の勘が警鐘を鳴らしている。

そんな生温いものでは無い。

反射的に視界を全開にし、五感と全神経を周囲に張り巡らせて状況を確認する。

左から横薙ぎの一太刀、いや右からも同じような振り抜きがくる。

獲物は一人、されど太刀筋は三閃。

それも全く同時に一太刀三つ重なっている。

左右への回避を許さない二閃に加え、頭上へ飛ばせない落し蓋。

間合いの中であるならば決して出ることの出来ない三つ太刀筋。

一呼吸の間に三つの軌跡を同時に描くなど有り得ない。

それでも男は、平然とそれをやってのける。

 

「───っはぁ!!」

 

目の前に広がるのは不可避の鳥籠。

迫り来るは避けようのない死の恐怖。

三つの軌跡が同時に織り成す必殺の一撃。

正しく秘剣と名付けるに相応しい。

放たれたが最後、避けることは叶わない。

 

 

────退路はない。

が、活路ならまだある。

理解出来るはずだ。

お前が行くべき道は、何時だって目の前にしかないのだ。

 

「............弔獣戯我」

 

 

避けられないのなら、選択肢は一つしかない。

秘剣という切り札を切ってきたのなら、こちらもそれ相応に相応しい奥義を繰り出すまで。

目を閉じ、気を溜める。

目前に迫る死を前に臆したかと思うだろう。

何もかもをここで全て諦めたと悟るだろう。

否、力を求めるこの身のなら、例え避けられようのない死であろうと諦観してはならない。

今の少年はまさに追い詰められ、袋小路に追いやられた一匹の鼠。

侮るな。

追い詰められた獲物とて、一矢報いるだけの牙は持ち合わせている。

 

 

連なる三閃と一刀が擦れ違う。

二人は動くことなく察する。

戦いはここに決した。

両者は獲物を振り抜いたまま静寂を保つ。

一刻遅れて飛び散る鮮血が、勝敗を決めたのだ。

 

「我が秘剣を前に、逃げる姿勢を見せなかったか。

賞賛に値しよう。

其方は、今まさに定まった死の運命を覆したのだ」

 

「.........」

 

鮮血を吹き出したのは少年。

振り抜いた姿勢のまま微動だにすることはなかった。

それは敗北を喫したからではない。

あの時とは違う、確信めいた手応えに残心をもって敬意を表したのだ。

 

「いやいや、目を見張る凄まじき奮闘ぶり。

鬼気迫るものではあったが、その裏に積み上げた時間を確かに感じたぞ。

子どもとは斯くも、恐ろしきものよな」

 

「......“窮鼠懐刀(きゅうそかいとう)”」

 

そうして、男の身体に大きな裂傷が走る。

二人はこの時悟っていた。

戦闘不能の傷を与えられたのかはどちらなのかを。

果し合いに勝したのは、一体どちらなのかを。

 

「小柄な体格を生かした目にも止まらぬ神速の抜刀。

敵の速度と体重差を利用した返し手とは、本当に恐れ入った。

私の秘剣の穴を確かに見抜き、臆することなく飛び込むとは。

追い込んだつもりが、まんまと誘い込まれたという訳か」

 

「お兄さんこそ、あんなすごい技もってるなんて」

 

「ふ、その賞賛素直に受け取ろう。

敵ながら天晴れ、実に心躍るひと時であった。

また機会があれば、是非とも立会いたいものよ......」

 

「............あれ?」

 

出会った時のように、男は風の音と共に消えていた。

夢の一時と錯覚するほどに、その姿も気配もなくなっていた。

しかし、少年の身に刻まれた傷を、経験、辺りに散らばる血痕や荒れてしまった自然が夢ではないと物語る。

男は確かに存在し、この場にて命のやり取りを交わしたのだ。

足元に転がる艶やかな布で包まれた物も、立会いの時にはなかった。

そう、少年は確かに夢にも勝るひと時を過ごしていたのだ。

 

「あ......」

 

そよ風がたなびくと共に何かが目の前を過ぎる。

行先を見やればその青空に、燕が一羽宙を舞っていた。

 

 

________________

 

 

 

「いや実に有意義なひと時であった。

流石は其方が目にかけた男子よ。

まさかあれ程までに私を昂らせてくれるとは思わなんだ。

あぁ、何も言わずとも良い。

腑抜けてなどおらんよ、寧ろ話に聞くよりも遥かに磨かれておったわ。

本気ではなかったとはいえ、私の秘剣を潜り抜ける程の気概の持ち主。

余程あの街で良き出会いに恵まれたのだろう。

肝を冷やすなど久方ぶりだ。

私はあの子を気に入ったぞ。

同時に非礼を詫びたいぐらいだ。

叶うなら、次こそはこの長刀で一戦交えたいものよ」






どうもあずき屋です。
遅くなりましたがあけましておめでとうございます。
これからも細々と執筆作業続けていきますので、どうかよろしくお願いします。

さて、常々から考えていた描写をここで出してみました。
別段HFの第2弾に乗っかるわけじゃなかったんですけど、期せずして彼を出しました。
鳥の名を冠した技も持っていたし、あちこちを漂う風来坊のうちの一人でもあったので都合が良かったんです。
是非ともエンカウントさせねばと思い、このような暴挙に出た訳です。
ちょっとでも楽しんでくれれば幸いです。

では、ご縁があればまた次のページにて


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