たった一つでも揺るがない何かを持っていれば、それと似たようなものを持った者が必ず目の前に現れる。
自覚できる者はほとんどいないだろう。
信じ難いが、人の営みというものはそうして回っている。
人種や性別は関係ない。
問題はそれを持っているかどうかだ。
獰猛で巨大な猪が小さな鬼を見つけたように。
「暴走と思い待機していたが、どうやら杞憂に終わったようだ。
この短期間で力を着実に付けてきているな。
フフッ、いや実に結構。
そうでなければ面白くない」
静寂が階層を包む中、オッタルは遠くから戦場の跡地を眺めていた。
いや、正しくは少年を見ていた。
初めて手合わせを行ってからそう長い時間は経っていないというのに、何故だか彼の成長具合を確かめたくなったのだ。
短い時間で、随分と腕を上げたようだ。
以前より技のキレも増しているし、動きも随分と大胆になった。
あの時は慎重さが際立ったせいか、決定打に欠けていた。
無意識下の恐怖心が出たのか、正確に打ち込むことに拘りを持っていたのかは分からない。
だが、オッタルは今日の少年の動きを見て考えを改めた。
あの少年なら、自分とやり合うに値する者になると。
全力で拳を合わせる機会も、そう遠くはなさそうだ。
「いやはや、楽しみだ。
興奮で震えるなどいつ以来だろうか。
だが、やはりこのままでは物足りんな。
急かすなど俺の性分ではないが、余りにも待ち遠しい。
もっと別の方法で奴を伸ばせないものか......」
オッタルはこと好敵手となり得る相手に対して、その力を伸ばすことに関して妥協しない。
持てる力全てを引き出させ、且つそれを上回ってみせる。
勝つことを前提としているのではない。
オラリオで頂点に上り詰めてしまった自分に、まだまだ高められる何かを探している。
究極的に言えば、負けることを望んでいる。
敗北することで今まで気づけなかった新たな発見を見つけ出したいのだ。
武人は決して現状に満足しない。
生ある限り、どこまでも上を目指す存在だ。
だからこそ少年に期待している。
自分を打ち負かすかもしれない存在に、期待を寄せつつあるからだ。
「やはり、アレしかなさそうだ。
フレイヤ様はお許しになるだろうか」
何かを思い立ち、早々に地上へ戻るオッタル。
彼の胸中を理解できる者は、果たしているのだろうか。
強さのみに固執し、狂喜乱舞して自ら死地へ赴く姿勢を、果たして誰が理解できるだろうか。
最早第三者が何を思い、何を口に出そうが関係ない。
ただ自分は目指すだけだ。
果てのないその先にある、武の極地というものを。
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赤いゴライアスとの決戦後は、静かなものだった。
倒したことに関してホッとはするものの、皆一概に手を挙げて喜びを示す気になれなかったからだ。
それもそのはず、自分たちを追い詰めていた巨人をたった1人の少年が終わらせたのだから。
それはそれは途轍もない光景だった。
髪を振り乱し、血の涙を流して一心不乱に暴れ回る鬼がいた。
激情に駆られ、慟哭を漏らしながら巨人を一方的に焼き殺したその姿は、冒険者たちの畏怖を買うには十分だった。
腕の一振で大地を砕き、あらゆるものを焼き尽くした。
まるで御伽噺に現れるもののようだったとのこと。
最後はあるエルフに諭され、糸の切れた人形のように伏したという。
事情をある程度知っていたロキ・ファミリアの団員であるリヴェリア・リヨス・アールヴによってギルドへ嘆願書を提出。
少年の働きにより変異種を撃退したこと、運良く他の冒険者に傷害を負わせなかった等の事実を鑑みて、少年について触れ回らないよう箝口令が敷かれることとなる。
後に意識を取り戻したアストレア・ファミリアの眷属であるリュー・リオン、並びにアテナ・ファミリアの眷属であるラジエル・クロヴィスに対してギルドより事情聴取。
変異種となったゴライアスについて詳しい実態を聞くことは出来たものの、肝心の少年の暴走においては意識がはっきりしていなかったため詳細は聞けず。
当の本人に聴取をしようにも未だに意識不明でことの詳細を聞けず。
様々な謎と隠蔽によって、今回の事件は霧のかかったような結末で閉じられることとなった。
それから数日の時間が流れてアストレア・ファミリアの安静所。
「どう、リュー?
ラジくん起きた?」
「アストレア様。
いえ、まだ目を覚ます兆候はありません」
「そ、そうか......やはりまだ起きないか」
「アテナ様まで、わざわざご足労痛み入ります」
「なに、自分の子どもが大変な目にあったのだ。
親としてどんな具合か確かめるのは当然だろう。
貴殿の調子はもう良いのか?」
「はい、お陰様ですっかり。
リーヴァには絶対安静と怒られたので外出は出来ませんが、私は元気です」
リューは朗らかに笑うものの、その裏には心配が張り付いている。
変異種のゴライアスを倒した小さな英雄は、今もずっと眠りこけている。
無理もない。
初めて魔法を行使したせいで加減が利かず、自身をも焦がす炎を浴び続けたのだ。
アレほど大規模な魔法を長時間発動すれば、精神力と体力の消費は想像を絶するほど激しかったに違いない。
そして、あのラジエルらしからぬ人格の激情。
一部始終しか見ていないが、アレは一体なんだったのだろうか。
一番考えられる線としては、溜まりに溜まった負の感情の爆発。
子どもの表現としては癇癪が1番近いだろう。
そんな可愛い表現で収まるものではないが、恐らくそれが近い。
「もう三日も目を覚まさないから尚更心配ね。
お医者さんは呼んだの?」
「その事ですが、もうじきにある方に診ていただくことになっています」
「それって」
「済まない、遅れたか」
「あら、これはまた適任を呼んだのね。
貴方なら安心だわ」
「あぁ、貴公なら全く問題ないだろう」
ノックの後に現れるのは長駆の男性。
医療の神であるディアンケヒトを父に持ち、その父をも凌ぐ才覚を有する偉大なる神のうちの一神。
神ミアハである。
神の力を封じられていなければ、あらゆる傷を治療し、どんな患者であろうと立ち所に治せる。
有名な逸話では、万能薬なしで千切れた腕を完全に結合させるほどであったとのこと。
力を封じられていようとその診察観は以前のまま。
少年の現状について最も適切な診断を下してくれるだろう。
「ミアハ様、わざわざご足労頂いてありがとうございます。
すみません、お忙しい中往診など依頼して」
「気にするな。
役職柄不適切なことだが、仕事が貰えて嬉しい限りだ。
それに、お前たち子供らを診ることに不満などない。
いつだって元気であるべきなのだからな」
「勿体無いお言葉です。
急かすようで大変恐縮なのですが、早速彼を診ていただけませんか?」
「もちろんだ。
これは......随分とまた珍しいものを背負った子だ。
到底その身で背負い続けられるものでもなかろうに」
「つまり?」
「うむ、肉体に関しては全く問題ない。
外傷はおろか臓器一つ損傷していない。
目が覚めないのは初めての魔法行使による
「では、目を覚ますのも時間の問題と?」
「あぁ、その見方で問題ない」
「はぁ......よかった」
「だが......」
リューは胸を撫で下ろし、安堵の溜息をつく。
医療に長けた神ミアハが言うのだから間違いはない。
彼は金儲けのために医療の力を振るうことはないと評判の持ち主だからだ。
富より人々の健康を。
万年零細ファミリアではあるが、彼はそのことに関しては全く問題視していない。
根っからの善神でお人好しなのだ。
だが、最後にミアハがその口を莎もらせる。
「ミアハ、身体以外に不調が見られるの?」
「どういうことだアストレア?」
「いや済まぬ。
彼のような状態の子を診るのは実に久しぶりでな。
なんと言い表したものか......。
そうだな、強いて言うのなら彼は間違いなく健康で、信じ難いほどに重症だ」
「......重症?」
「先に言った通り肉体面に関しては全く問題ない。
内面がどうもおかしい。
診断前に聞いた彼の特徴は把握している。
データにある年齢と身体の成長具合がどうも一致しないため、少しばかり疑問に思っていたのだ。
彼と直接話をするまで確信は持てなかったのだが、姿を見て確信できてしまった。
彼は違う意味での重症だ。
心の大半が死んでしまっている」
「心の大半が、死んでいる?」
思わぬ診断を下され、意識が真っ白になりかけるリューとアテナ。
心が死んでいる。
それはつまり廃人と同じ意味を指す。
あらゆる欲求を失くし、ただ虚ろに彷徨うように行動する。
それは、年端も行かない少年に対して余りにも残酷な結果。
思い返せば彼の言動がミアハの診断と一致する。
薄れた危機管理能力、凍りついたように動かない表情。
彼から直接聞いていたはずだ。
なのに、ミアハからの言葉が深く心に突き刺さる。
「確か、ラジエルの年齢は」
「14歳です」
「年齢の割に身体が幼過ぎる。
個人差はあるが、彼の成長具合は誤差の範囲内にも届いていない。
触診をしてみた結果、やはり十分に育っていないな。
食事は申し分なく摂取され、睡眠も十分。
不摂生でないにも関わらずこの身体。
やはり精神面が身体的成長を阻害していると診てまず間違いない。
辛い宣告をするだろうがよく聞いてくれ。
彼の身体は、恐らくこれ以上成長することはないだろう。
まるで成長の時間が止まっているようだ。
仮に堰き止められたものがなくなったとしても、身体が急激に成長することは有り得ない。
人の成長ホルモンの分泌は決まっているのだからな」
リューは、頭を鈍器で殴られてような錯覚に陥った。
目の前は歪み、思考が完全に止まる。
少年の身体はこれ以上成長することはなく、心が以前のように元どおりになることもない。
医師からそう診断されてしまった。
自分が以前感じていたあの兆候はただの気のせいだったのだろうか。
不器用なりに誰かのために動いたあの時の彼の姿の姿から感じたものは、間違いだったのだろうか。
「ちょっと!
勝手にズカズカ上がり込んで、勝手に寝室に進むんじゃない!
いくら貴方でもやっていいことと悪いことくらい......!」
「退け、貴様に用などない」
「騒がしいわね?」
「ここか、漸く見つけたぞ小僧」
「あらあら、フレイヤの子の」
「......『
「少し見ない間に情けない面をするようになったな、女」
息を吐くように皮肉を口にし、悠々とこちらを見下ろす大男の姿がそこにはあった。
この場に似つかわしくない猛々しい雄。
弱者を歯牙にも掛けない自尊心を存分に振るい、己の目的にしか興味を示さない生粋の狂人。
「礼儀も礼節も弁えない輩にそんなことを言われる筋合いはない。
今日の私はひどく虫の居所が悪い。
早々にお引き取り願おうか」
「貴様の問題など大体察しがつく。
神ミアハから小僧の精神の真相を知ったのだろう」
「貴様っ!何故それを!?」
「侮るな。
そんなこと、小僧と最初に拳を合わせた時に理解した」
「.......だが生憎ラジエルはまだ起きない。
貴様もそれでは用も何もないだろう」
「フン、子どもを起こすことなど造作もない」
起こすと言いつつ、オッタルは扉の前から一歩たりとも動こうとしない。
ますますもって怪しい。
突如として他ファミリアのホームに足を踏み入れ、意識不明の少年に用件を押し通そうとする。
やはりこの男たちの考えることは想像できないし理解もできない。
自分たちの目的のみしか考えないのだ。
怒りを通り越して呆れていると、オッタルの面持ちが一瞬変貌する。
殺気だ。
ホーム中の眷属たちを即座に臨戦態勢にさせるほどの殺気を躊躇いなく放ったのだ。
「起きろ、ラジエル」
「っ!!!
............アレ、リュー?
アテナさまもアストレアさままで?
なんでオッタルがここにいるの?」
殺気に当てられ覚醒を果たす。
その流れはまさに条件反射のようで、一瞬で攻撃体制に移る。
そしてすぐさま自身の状況を確認する。
出てくるのは当然の疑問だった。
「ラジエル!?」
「寝過ぎだ馬鹿者。
休息以外の睡眠は不要だ。
武の真髄を志す者ならばそれくらい貪欲になれ。
まぁ、今回はいい。
そういった面も踏まえて俺が一から鍛え直してやる」
「どういうことだ。
話が飛躍し過ぎていて理解できない。
「貴様には関係の無いことだ
小僧を暫く借りる、ただそれだけを伝えに来た。」
「......貴様のような狂人に弟をみすみす渡すと本気で思っているのか?」
「伝えるべきことを伝えたに過ぎない。
故にお前からの返答はどうでもよいこと。
問題は小僧の返答だ」
「なになに?
みんな怖い顔してどーしたの?」
話の流れについていけないラジエルは首を左右へ振って当然の疑問を口にする。
問答を繰り返す二人は互いに牽制し合い、一歩も譲らない雰囲気を醸し出している。
立場上口を出しづらい神たちを差し置いて、三つ巴の小さな争いが行われた。
「時に小僧、お前いつも身につけていたはずの防具はどうした?」
「え?
あ、そういえばない。何でだろ。
リュー知ってる?」
「え、えぇ。
以前対峙したゴライアスとの戦闘時に破損したようです。
回収してくれたヘファイストス・ファミリアの眷属が持ってきてくれました。
ラジエルには酷な話だと思いますが......その、もう修復不可能なレベルだそうです。
これがそうです」
差し出された布の包みには完全に粉々に砕けてしまった少年の防具。
元々あった劣化に加え、自身の魔法による炎で所々炭化しており、到底直せるレベルの問題ではないことが如実に示されていた。
最後の最後まで少年に付き従ってきてくれた名もなき籠手と脚具。
無残にもこの有様となってしまったが、最後まで少年を守り切った。
これらがなければ少年の体はもっと痛々しく傷ついていたことだろう。
ある種本懐を遂げたのだ。
防具としてこれ以上の最後はない。
「そうか、いや惜しい物を無くしたな」
「うん、気に入ってたんだけどね。
リュー、これじゃあダンジョンに行かせてくれないよね?」
「えぇ、最低でも防具を揃えなければいけないという条件でしたからね」
「ならば俺が見繕ってやろう」
「......聞き間違いか?
今貴様がラジエルの防具を見繕うと、そう言ったのか?」
「その通りだ。
俺が小僧の防具を見繕う。
条件として小僧を暫く俺に預けることだ」
「そんな条件......!」
「無論、俺が揃えると言った以上生半可な物は与えん。
こいつの素材は一級品に勝るものがある。
ならば、それに相応しいものを身につける義務がある。
ヘファイストス・ファミリアにて正式に依頼し、後に伝令役をこちらに寄越せばいいのだろう?」
「そういう問題ではない!
この際だからこそ言わせてもらおう。
貴様たちは最も信用できない。
あの方には他の追随を許さない魅了があると聞く。
ラジエルに危害の及ぶ可能性がある以上許可は出来ない」
「貴様は何か勘違いをしているな。
今回我が主神はこの件に関して関与していない。
言うなれば俺の提案に許可を下していただいたまでのこと。
それ以上は俺の采配に全てを任せると仰ってくれた。
故にこれからの行動は全て俺の独断だ。
貴様も理解していよう。
俺が他ファミリアに危害を与えれば、その責め苦を受けるのは当然我がファミリア。
それは敬愛する我が主神のお顔に泥を塗ることと同義。
俺が、そんな大罪を犯すと思うか?」
「そ、それは......」
それは彼らを知る者ならば誰もが理解できる理由。
フレイヤ・ファミリアの面々は全て女神フレイヤの虜。
彼女の顔に泥を塗るような真似は決してしない。
自身の命と不敬を招く行為どちらかを取れと言われれば、皆二つ返事で自害を選ぶ。
それほどまでフレイヤを崇拝しているのだ。
そして、今リューの目の前にいる男はその崇拝対象の女神の側近を唯一任された男。
彼女に対して危害を加える者がいれば一切の容赦なく鉄槌を下す。
どんな有権者であろうと関係ない。
危害を加える者は例外なく殺す。
そんな彼が彼女に対して不敬を働く行為などする筈がない。
リューにとって、これ以上ない説得力を持った発言だった。
「フン、理解したようだな。
ならばこれ以上この件に関して話すことはない。
では小僧、改めてお前に問おう。
期間は今の所未定。
目的はお前を俺自らの手で一から鍛え直すこと。
無期限の修行となる。
その際に掛かる費用等は全て俺が受け持つ。
来るか来ないか、今ここで返事をしろ」
「それって、俺を強くしてくれるの?」
「鍛錬の果てにお前がどうなるかはお前次第だ。
弱くなるも強くなるも全てはお前にかかっている。
色々無理難題はするが、それに応えられればお前は以前の自分とは比べものにならない力を得られることだろう。
見果てぬ過酷な鍛錬だ。
お前ほどの器なら、当然命を危険に晒す機会が山のように立ちはだかる。
それに、お前は立ち向かう意思があるか?」
「ねぇリュー?」
「......なんですか?」
以前のラジエルなら二つ返事で頷いていたことだろう。
自分を高めることに関して一切の妥協をしない子だ。
どんな危険でも簡単に飛び込んで行ってしまう。
その先にある未知の力を得るためなら、彼はオッタルの提案を受け入れるだろう。
だがあろうことか、少年はすぐには頷かなかった。
自分の心配をして止まない姉を見て、ある提案をする。
「リューも一緒に来ない?」
「............はい?」
いらっしゃいあずき屋だよ。
めちゃめちゃ長引かせたけれど久々に開店いたします。
ぶっちゃけスランプと疲労よ。
この長期間の引き摺り具合。
立ち仕事って舐め腐ってたけど、半端じゃないよね。
お陰でキーを打つ気力をごっそり削られたよ。
忘れている人も多いと思うけれどこうして戻って来ました。
いい加減出たとこ勝負のこの性分をどうにかしたいけれど、性分だから変えられないこの現実。
プライベートでも仕事でも出たとこ勝負で乗り切っています。
紆余曲折はあったけれど、また一つ強引に引き合わせたい人物と主人公を合わせました。
父親ポジとなっているオッタルと修行の旅へ出かけます。
次元が違う存在なので修行の内容に関しては理解しようとしないで下さい。
するだけ無駄です。
時間の浪費です。
次いつになるかわかんないけれど頑張って書くよ。
ではでは、また次のページにてお会いしましょう。