少年成長記   作:あずき屋

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 愛は世界を滅ぼす要因になるが、同時に世界を満たすことができるのもまた愛である。
どんな者にでも、愛を知らない怪物にでも、心を宿さない物にでも、愛という力は届く。
それが届いた故に、不相応の結末を辿った物語も数多くあるだろう。
だが、それと同じように幸福を掴み取れた物語も数多くあるかもしれない。
果たして、この場合はそのどちらか。






第28話 独白と宣誓

 

 

 人には二種類のタイプが存在すると聞いたことがある。

以前そう友から教わった。

誰かの為に戦えるかそうでないか。

私は確かに一理あると首を縦に振った。

成る程、言われてみれば確かにそうかも知れない。

誰かの為に命を張ることが出来る者もいれば、己の命欲しさに見捨てる選択を取る者もいる。

後者は例えの問題ではあるが、決して悪いことではない。

命とは替えの効かない大切なもの。

それを必死になって守ろうとするのは至極当然の話だろう。

それが他人か自分であるかの違い。

葛藤はすることはあれど、決して弾圧される謂れは無い。

では、果たして前者は正しい行動と言えるのだろうか。

言葉だけ聞けば立派に聞こえるかも知れない。

正義感故に示される正当な行為かも知れない。

見方を変えれば、それは偽善者の考えではないのだろうか。

そう、その反面自身の命を守れていない。

自身の命を投げ打ってまで、他人の命を守るだけの意味を問いただせるのか。

 

 私は、その答えを未だに出せずにいる。

唯一まともに出せた回答は、時と場合によるだろうと。

その局面を直前に迫られない限り、納得のいく答えを出せることはないだろう。

私はずっと考え続けてきた。

何度も何度も自問自答を繰り返した。

自分に問いを投げかけては回答を示していく。

そこに正当性や正確性は関係ない。

問いと回答を繰り返すことに意味があるからだ。

故に泥沼にはまっていく。

明確な答えが出ないことに対する苛立ちや焦り。

何度繰り返しても、納得のいく答えが出ないのだから。

だがそれもそのはず。

概念に対して、答えは無数にある。

そういった概念の答えは個人の数だけ存在し、考え方も個人によって無数に枝分かれしていく。

幾度なりと自問自答を続けようと、そこに文句のつけようもない回答が出ることはない。

数式のように確立された解答はあれど、概念には通用しない。

だからこそ、私は未だに答えが出せないでいる。

これでいいと思える答えを未だに見出せずにいる。

どちらが正しいかなんて、私では判断できない。

そんな自問自答を繰り返しているうちに、私はある人物に出会った。

今まで出会ったことのない、友の言葉に属さない三種類目のタイプの存在。

 

 小さな体躯の子が、忙しなく街中に視線を投げかけていた。

全身を黒で覆い、武器らしい武器を持たず、変わった防具を身につけた妙な子ども。

能面のように無表情で、凡そ人間らしさを感じさせない変わった子。

その醸し出す奇妙な空気故に、存在感がひどく曖昧に見えた。

風が吹けば消えていなくなってしまいそうで、瞬きの合間にいなくなってしまう幻のような儚げな子。

行く宛てもなく世界を彷徨い、ふらふらと闊歩する幽鬼のようだった。

それが私が抱いた最初の印象。

私は興味本位で彼に声を掛けた。

存在そのものがこの世界に不釣り合いな空気を持つこの子どもに、自分の中の好奇心が騒いだのだ。

この子は人を疑うような感性を持っておらず、声を掛けられれば誰にでも付いて行ってしまいそうになる。

それだけを見れば、ただこの街に迷い込んだ子どもとして見て、接していただろう。

私は、それ故にどこか油断していた。

人には人それぞれ抱く思いがある。

それが身分相応であれ、そうでなかれと抱く思いがあるのだ。

だからこそ、私は彼の言葉に耳を疑った。

 

 

『ダンジョンに行くにはどうすればいいの?』

 

 

 まるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が私を襲った。

こんな小さな子どもが、危険地帯であるダンジョンへ行きたいと口にするなど、夢にも思っていなかったからだ。

どう考えてもダンジョンへ行く理由が見当たらない。

金勘定の感覚も曖昧そうなこんな子が、金銀財宝目当てで行きたがっているとは到底思えない。

ましてや見ての通り体格は華奢で矮躯だ。

鍛錬にしても場所を選ぶはずだし、自ら危険な場所に赴く必要性もない。

考えるほど、この子の心中が理解できない。

だからこそ、私は彼の手を引いて事の詳細を聞き出すことにした。

お腹も空いているようだったし、丁度良い機会にも思えたからだ。

だが、やはり私は油断していた。

人の過去も千差万別。

明るい者が凄惨な過去を辿ってきた話などよく聞く類だ。

少なくとも、この子にそれが当てはまるとはついぞ思ってもみなかった。

 

聞けば、家族諸共村を焼かれたという。

聞けば、何かを求めて力を求めたという。

聞けば、自分の何もかもを灰にされたという。

 

 興味本位で聞くものではなかったと、心の底から後悔した。

彼の話から現実味がないと思えたのも事実。

だが、それが虚偽の内容であったのなら、この子の在りように説明がつかない。

この年頃の子どもはもっと喜怒哀楽が顕著に表れ、もっと素直な生き方をしているはずなのだ。

少年には、そのどれもが当てはまらない。

淡々と自分の過去を話してくる彼の姿勢そのものが、紛れもない現実であったと訴えている。

涙の一滴も流さず、眉一つ動かさず、声音一つ変わらない。

話の内容の真偽は、正直判断することはできない。

だが、この少年の変わり果ててしまった姿を見れば、凄惨な過去を体験したのだと伺える。

私の胸には、何か鋭利なもので貫かれたかのような痛みが走った。

これは錯覚だ。

あの子の辿ってきた人生に同情してしまったが故に起こった錯覚だ。

出会って間もないのに、少年に出会ってから私の心はひどく揺らいだ。

でなければ、出会ったばかりの子を自分のホームに招いたりはしないだろう。

 

 ただ、放っておけなかった。

目を離せばどんな危険なところにでも行ってしまいそうで、目を離せなかったからだ。

まるでただ流されるだけの凧のよう。

風で流され、荒波立つ場所に抵抗できず飛ばされてしまうそんな存在。

私はその糸を掴んであげたかった。

簡単に流され、どこへなりと飛んで行ってしまうあの子を、どこか安心して飛べるよう、しっかりと根を張った木に繋いであげたいと思った。

どうにか繋ぐことはできたものの、その維持の仕方はわからないままだった。

それでも、私の言葉を信じて健気に付いてきてくれる彼の姿を見た途端に、そんな心配は消えてなくなった。

友は私に言った。

まるで姉弟のようだと。

私はその時は恥ずかしさあまりに曖昧な返答をしてしまった。

でも、心の底ではとても嬉しかった。

彼がどう思っているかはわからないが、少なくとも友はそう思ってくれていると知って、嬉しくなったのだ。

少年の考えを改め、行動を諫め、歩き方を教え、歩み方を教授した。

間違いなく充実した日々になっていた。

うちに居候している女神様も眷属を探しているとのことで、運良く彼は冒険者になることが出来た。

そんな中に、自分の心に不安分子が混ざり込んだ。

 

 それから数日後、ダンジョンに行くと言って聞かなかった彼の力を確かめる為、修練場で組手を行うこととなった。

研ぎ澄まされた感覚、磨き抜かれた技の数々、鍛え抜かれていた肉体、飛び抜けた戦闘の勘。

彼が今日まで積み上げてきたものを、私は目の当たりにした。

正直言って、とても悲しかった。

年端もいかない子どもが、人殺しの術を身につけていた。

冷徹に、残酷に人の命を刈り取る技を持っていた。

Lv.4にまで上り詰めた自分が、冒険者となって一日と経っていない子どもに恐怖と悲しみを覚えた。

私は必死にその動揺を隠した。

隠すことに精一杯だった。

例え他人の感情に疎くても、あの子の前でそれを晒すのは間違っていると思ったから。

情け無い姿を、見せたくなかったから。

先導者として、恥じない姿を張り続けなければならないと思ったから。

それでも、殺人拳を振るうあの子の姿を見るのは、やっぱり辛かった。

 

 あの子が戦いに関係しなければ穏やかな日々ではあった。

寝食を共にし、鍛錬を行い、一日を共有する。

普通の一日を送れるだけで十分だった。

私はそんな当たり前の生活を送れるだけで満足していたのだ。

しかし、現実は思った通りにいかないのが常。

上層なら敵なしと判断して一人であの子をダンジョンに行かせてしまったのがまずかった。

話を聞けば、初日で中層一歩手前まで潜ってしまったという。

当然彼の主神様はお怒りになり、きついお叱りを受けることとなった。

誰に何を言われても表情は動かず、常に自分のペースを崩さないあの子が、その日はホームを飛び出した。

長いこと遠ざかっていた人の温かさに触れ続けたのが裏目に出たのか、女神様に叱られた際はずっと俯いていた。

心の何処かで響いていたものがあったのかもしれない。

あの子に対して失礼ではあると思うが、私は嬉しかった。

あれだけ凍り付いていたあの子の感性が、時間と人との接触を積めば溶かせると思えたからだ。

これは一つの兆し。

時間さえかければ、元通りとはいかずとも本来のあの子に近づくことができる。

私は、その時呑気にそんなことを考えていた。

その夜に事態は急展開を迎えた。

自分も言い過ぎた点もあることから、彼の部屋へ行き謝ろうと思った。

私がしっかりしなければ。

 

ノックを重ねること数回。

普段であれば返答は必ずあるのに、その日に至っては何の返答も帰ってこない。

扉を開けると、返答がない理由が分かった。

寝具しかない殺風景な部屋に、あの子の姿がなかったのだ。

途端に私の頭は真っ白になった。

子どもがヘソを曲げて家出をしてしまうのは珍しいことじゃない。

大したことではないはずなのに、私は居ても立っても居られなかった。

私の豹変に気づいた友が何があったか聞いてきたが、私はそれに答える余裕を失くしていた。

結果、誰に詳細を伝えることなく街中を走り回った。

心配で仕方ない。

たださえ風来坊で土地勘もないのに、一人夜の街を当てもなく彷徨うなんてどうかしている。

早く見つけて連れて帰らなければならない。

私がしっかりしなければ。

もう日も沈みかけている。

暗くなれば邪な思惑を持つ輩が街を闊歩し始める。

行動し始めている闇派閥の件もある。

あの子が巻き込まれたなんて私の耳に入ったら、その時こそ正気を失ってしまう。

探し回って人通りが少なくなってきた頃、オラリオに似つかわしくない音が風に乗って私の耳に届いた。

轟音と破砕音。

街中で大気が震えることなど本来は有り得ない。

どうかあの子に関係ないように。

そう祈って音の震源地に向かって走った。

ままならないものだ。

嫌な予感は総じて当たってしまう。

私が駆け付けた頃には、惨状が視界を埋め尽くしていた。

あちこち破壊された建物、飛び散った血痕、充満する殺気。

その中央に、最愛の弟が横たわっていた。

そして、それを見下ろす猛者(おうじゃ)の姿。

視界暗転。

目の前が真っ暗になる。

彼が絶対的強者の足元で力尽きている。

唇を噛み締める。

口元から血が滴る。

自分に途轍もない怒気が高まっていく。

 

 

「............っ!!!」

 

 

 しかし、ここで取り乱しても仕方がない。

心に平静を無理矢理呼び込む。

思考を放棄しようとする自分に鞭を打ち、何とか正常を保つ。

ここで感情の赴くままに飛び込んでも事態は好転しない。

私が、しっかりしなければ。

 

 結果、第二戦が起こることはなかった。

彼をよく看ると夥しい血痕の割には傷一つない。

どういう訳か万能薬を使ったようだ。

未だにこの二人の胸中が理解できない。

それもそのはず。

美の女神の気まぐれはかのトリックスターに匹敵するからだ。

私は全速力で彼をホームに連れて帰った。

傷は消えど失った血液は戻らない。

彼の体を清潔にし、増血剤を飲ませて安静に寝かせた。

 

 

「............ラジエル、私は......貴方のために、剣を握れなかった」

 

 

 友の言葉を、思い出す。

私は、彼のために戦うことができなかった。

弟の窮地を前に、怒りを顕にすることができなかった。

自分に嫌気が指す。

冷静沈着でいることが戦いの中で最も大切なこと。

戦士として立派な心掛けだ。

確かに正しくはあるだろう。

感情のままに振る舞えば更なる危機を招き、より多くの敵を作りかねない。

それは確かに必要なことだ。

結果的に、彼らが退いたから良しとできる。

普段の行いが更なる危機を招かずに済んだのだ。

 

 

「.........私は、優しくなんて......ない」

 

 

 しかし、それは人としては間違っている。

愛する者のために拳一つ振り上げられないなんて、情けないにも程がある。

優しいなど、私に掛けられるような言葉ではない。

私は、臆病者だ。

あの頃から何も変わっていない。

下らない風習を正すのではなく、その場から逃げ出した頃から何も変わっていない。

どこまで情けない女なのだろうか。

こんな無様な姿、モンスターに苦戦する自分よりずっと無様だ。

実に、遣る瀬無い。

私は冒険者として強くはなったが、人としてはまだ弱いままだ。

大切な存在があんなに近くにいたのに、手を伸ばせば届く距離に居たのに。

倒れた時に支えてあげられないなんて。

何て嫌な女なのだろうか、私は。

結局我が身可愛さ余りに、他人の窮地をそ知らぬ顔で見て見ぬ振りをする女なのか。

 

 

「情けない......。

心配すると言っておきながら、結局......私は戦えなかった」

 

 

 そうだ、その結果がこれだ。

醜い自分を認めざるを得ない現状が、今まさに自分の目の前でそれを物語っている。

助けることができなかった。

支えてあげられなかった。

怒ってあげられなかった。

私が手に入れなければならない本当の強さは、ステイタスなんかじゃない。

そんな仮初めの力なんて、戦場でしか役に立たない。

自分にとって一番求めなければならない力は、そんなものじゃない。

もっと、人として持たなければならない大切なもの。

私は、今一度自分を見つめ直さなければならない。

眠る少年の額に、そっと口づけを添えた。

辿々しくはあるが、これは私なりの誠意だ。

 

 

「勝手......ですよね。

すみません、私は本当に不器用のようです。

でも......これだけは、譲れません。

私はきっと、今度こそ、貴方を守り抜いてみせます。

例え私がどうなろうと、命に代えて貴方を守る。

その小さな体も......ボロボロになったその心も」

 

 

 これは誓いだ。 

今度こそ、自分の大切なものを守り、思いやる心を忘れない。

例え自分の身がどうなろうと、首だけになろうと戦い抜く。

決意を胸に、彼の手を優しく握る。

無事目を覚ましてくれるだろうか。

不安だ。

また元気な姿を見せてくれるだろうか。

心配だ。

あの穏やかな日々を、また一緒に過ごすことができるだろうか。

その夜、私は声を押し殺して涙を流した。

私がしっかり、しなければ。

 

 

 

 

______________________________

 

 

 

「ラジ......エ、ル」

 

 

 聞こえる。

怒りと嘆きを纏った、彼の叫びが耳に届く。

憎しみで塗り固めた彼の心の声が聞こえる。

これは、泣いているのだ。

本当に子どものように、泣き叫んでいるだけなのだ。

この広い世界に、独り置き去りにされてしまったことに対して、涙を流しているだけなのだ。

難しいことじゃない。

今ならあの子の心が理解できる。

私は、今こそ立ち上がらなければならない。

あの子の心の一部を理解できたと、行動を持ってして示さなければならないからだ。

 

 

「うっ.........ぁあ......。

何て......無様な、姿」

 

 

 確かに今の私はとても見るに耐えない姿だ。

先陣を切って大口を叩いていながら、気を抜いて不意打を食らうような恥ずかしい有様だ。

骨折はないが、大質量の攻撃を受けたことで内臓のいくつかが損傷した。

血が口から込み上げ、思わず吐血する。

満身創痍。

今の私を例えるのなら正しくそれが該当するだろう。

だが、かといって呑気に寝ている訳にもいかない。

再来した弟の窮地だ。

怒りと憎しみに全てを委ね、周囲だけに留まらず自らをもその炎で焼き尽くそうとしている。

あれでは数分と持たず灰になってしまうだろう。

それだけは、絶対に止めなければならない。

あの時見た血塗れのラジエルの姿が脳裏から離れない。

あんな痛々しい彼の姿はもう見たくない。

だからこそ、私はここで立ち上がらなければならない。

彼を、支えてあげなければならない。

今こそ、あの時の誓いを示す時。

 

 

「......はぁ、はぁ。

力......なんて、なくても。

戦う力なんて、なくても......私は、立てる。

あの子を、支えてあげられる」

 

 

 今この時なら、まだ間に合う。

血と涙を流して暴れまわる駄々っ子を、抱き締めてあやしてあげることくらい、今の私にでもできる。

あの子には故郷を焼かれ、家族を焼かれ、友を焼かれ、記憶を焼かれ、感情を焼かれた過去がある。

原型を留めないように自分の存在をも焼かれたあの子に比べれば、私の痛みなど取るに足らない。

霞む視界でも、彼の姿だけははっきり見える。

震える体でも、立ち上がるだけの力は残っている。

傷だらけでも、歩み寄ることはできる。

我が主神、女神アストレアよ。

戦う力はいらない。

代わりに、誰かの為に寄り添える本当の優しさを下さい。

道に迷い、孤独になってしまった子どもを、優しく包み込む力を下さい。

 

 

「............っ」

 

 

 阻むは猛々しく畝る炎の奔流。

緑豊かで沢山の草木で生い茂っていた空間は、まるでひと時の夢だったかのような有様になっている。

それは憎しみの体現。

憎悪は周囲に伝播していき、最終的に破滅を齎らす。

これは、その結末を再現している。

炎とはそういうことなのだ。

憎しみや怒りを薪にして燃え上がり、飛び散った火の粉がそれを周囲に広げていく。

そうして憎しみが満ち溢れていくのだ。

その光景を見ているだけで、心が折れそうになる。

悲しみに打ちひしがれそうになる。

涙が勝手に溢れてくる。

それでも、私はこの足を止める事は出来ない。

彼を助けたい。

心にあるのはそれだけ。

その一心で私は立ち上がり、痛む体を引き摺っている。

未だに、あの答えは出せていない。

何が本当の正解なのか、未だに判断できないでいる。

だからこそ、その答えを知る為に歩みを進め続けているのだ。

彼と共に生き、沢山の思いを分かち合う事でいつかそれを見つけられる。

私の生には、あの子が必要なのだ。

 

 

「こんな......もので、私を拒めると、思っているのですか......?」

 

 

 この炎は憎しみであると同時に、他者を寄せ付けたくない心の表れ。

拒絶なのだ。

もう独りになる感覚を思い出したくない。

味わいたくない。

だから、誰も自分に関わって欲しくない。

ならば一層のこと、誰も自分に近づけさせなければいい。

私は直感的にそう悟った。

勿論、彼の口からそう語られたことなどない。

全ては私の妄言と偏見なのかもしれない。

それでも、一概にそうではないとも断言できる。

だって、彼の全てがとても悲哀に満ち溢れたものだったからだ。

だからこそ、寄り添ってあげる相手が必要だ。

私が、その役目を引き受ける。

喜んで彼の姉として隣に立ち続けよう。

その在り方受け入れ、正し、導き、戒めよう。

 

 

「............」

 

 

 いつしか叫び声は収まっていた。

死に体に近い体を引き摺って歩を進める私に対して、多くの視線が集まるのを感じる。

その中に、一番伝えたい相手のものが混じっていたことも、ちゃんと感じられた。

炎が、その猛りを潜めた。

際限なく燃え上がっていた炎は、いつの間にか勢いを失くしつつあった。

それもそのはず。

この炎は彼そのもの。

彼の心の表れそのものなのだから、彼の反応次第でそのあり方を変えるのは至極当然のことだ。

私を見なさい、そしてよく聞きなさい。

声に出せずとも、視線だけはずっと向けた。

彼は私を見てくれているだろうか。

こんな情けない姿を晒している私を、しっかり見てくれているだろうか。

例えちゃんと私を見てくれていなくても、この声だけは絶やさないようにしなければ。

 

 

「貴方は大変頑固、ですが......私も、大概です。

一度言った事は簡単には曲げませんし、性格も......堅っ苦しい。

融通も、効かない......上に、とても生真面目......です。

......そんな私だからこそ、譲れないものがあります」

 

 

 貴方を、守りたい。

私は、自分の命と同等以上の存在を見つけられた。

それは儚くて、とても脆い存在。

触れればすぐにでも壊れてなくなってしまうような危うげな子。

明確な根拠は自分にでも分からない。

でも、守りたいと思った。

そんな存在を、守りたいと思えた。

 

 

「貴方が人を拒み続けるというのなら、私はそれを諦めさせるまで......寄り添います。

貴方に、誰も何も言わなくなったとしても、私はずっと口煩く説き続けましょう。

貴方の隣に、誰も立たなくなったとしても......私はずっと貴方の隣に、立ち続けましょう。

自分でも変なことを言っていると、自覚はしています。

......でも、どうしてでしょう。

止められないんです。

この心が、私を突き動かす。

......ふふっ、リーヴァのいう通り、かもしれませんね。

私は、いや......私たちは、そういう風に見られていたのでしょう。

今ならはっきり分かる。

今はっきりと自覚できました。

ねぇ......ラジエル、貴方は決して独りなんかじゃない。

少なくとも、私が保証、しましょう。

だって、だって私は......世界でたった一人の」

 

 

「..................ァ」

 

 

 少年の涙が、あか抜けていく。

おどろおどろしい血涙が、透き通ったものに変わっていく。

それは、思われてはいたものの、決して本人の口から出てくることのなかった言葉。

自分が言われて、一番嬉しかった言葉を、今こそ彼に伝えよう。

そっと彼の顔に触れる。

ようやくはっきり見えた。

戸惑って、まるで幽霊でも見ているような間の抜けた幼い顔。

私はその小さな体を、優しく包み込む。

出会ったその日にしてあげた、悲しさを含んだものではない。

愛しい気持ちが勝った、本当の優しさからしてあげられる暖かい抱擁を。

 

 

 

 

 

 

 

 

────貴方の、お姉ちゃんですから

 

 

 

 

 

 

 





 どうも、あずき屋です。
お久しぶりでごぜーます。
久方ぶりに開店いたしましたよと。
書くたびに同じこと言ってんな私。


 まぁそんな事はさておき、続編でございます。
私のジャスティスこと、リューの回想から始まりました。
走馬灯と思った?
残念、親愛のための布石に過ぎませんぜ旦那。
リュー視点の描写は前にもしたことがあったのですが、今回は1話丸々彼女のものです。
応援してくれている読者さんからのお便りもあったのですが、今作品にはヒロインというヒロインは予定しておりません。
より詳しく言うと、色恋仲に発展する相手が定まっていないというだけです。
この回だけを見ればリューがヒロイン筆頭に見えますが、今作品には恋愛要素はありません。
残念だったね、私にそんな豊富な経験はない。
例えあったとしても、この作品にそれを盛り込むような事はしなかったですね。
まぁどうでもいい戯言ですが、それを抜きに如何でしたでしょうか。
なるべく矛盾の起きないよう取り計らったつもりではあります。
深く突っ込めばいくつかボロが出てくるかもしれません。
無粋な真似はご法度ですことよ?
突っ込まれたくないとかじゃなくて、雰囲気ぶち壊しになっちゃうじゃないですか。
いけませんよそんなもの見つけちゃ。
詮索しないでよ.......?
いい話風にしたのに台無しになっちゃうのなんて嫌だかんね?

 冗談はさておき、質疑応答あれば是非ともどうぞ。
頑張ってお答え致します。
仕事によるメンタルブレイクを経験している私が、弁慶もびっくりの仁王立ちを披露してお便りにお答えします。


 ではでは、また次のページでお会いしましょう。


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