止め処なく溢れる憎悪は、天を貫かんとばかりに噴き上がる。
決して届くことのない天を目指し、やがて志半ばで没する。
落ちる矢先は底の見えない黒。
待ち受けるは永遠の苦痛。
遠い遠い白を目指して、黒は憎しみを孕ませて怒り飛ぶ。
それは、辿り着けない運命を背負わされた鳥の話。
羽を休めることなく目的地を目指し、どこにも着地することなく死んでいった物語。
鳥は過去を思い直せるだろうか。
いつしか、それも良しと思い返せる日は、来るのだろうか。
「リュー......?
ねぇ、返事してよ」
「............」
姉に声を掛ける。
返ってくるのは沈黙のみ。
完全に不意打ちだった。
油断をしたつもりはなかった。
モンスターは体が灰化すると必ず諸滅するのに、ことこの赤いゴライアスに至っては異なった。
まるで時間の巻き戻し。
灰化を巻き戻すような驚異的な再生が施され、あっという間に元の体格を形作っていった。
「............ねぇ、リュー?」
少年の言葉は、虚しく響く。
自分よりも遥かに強いリューが、自分の目の前で無残に横たわっている。
あの光景がちらつく。
あの時の光景と瓜二つ。
戦闘で飛び交った炎、倒れ伏した冒険者の何人かと、自分にとって最も親しい者の負傷。
燃えてこそいないものの、リューは殴られてからピクリとも動かない。
「いやだ......いやいや。
ねぇ、起きてよリュー。
リューはあれくらいじゃ負けないよね?
じょーだんなんでしょ?
俺をからかってるんでしょ?
返事くらい......してよ、リュー」
「............」
「なんで、なんでなの?
なんで、リューが......だってリューはすごくて、強くて、あたまも......よくて」
燃えたぎる炎は、いつしかその身体中に熱を伝えていく。
心の一部で留まるはずだった。
常に心の内に秘めているだけで、生きるための指針としての役割を果たすだけだったはず。
自分の一番親しいものが目の前で倒れた。
あの時の再現のように自分を置いて、血を流して倒れた。
いつだって気高く、強く、優しかった姉のような存在が、力なく倒れている。
頭の整理が追いつかない。
体が熱い。
唇が震える。
心が折れそうになる。
目の焦点が合わなくなる。
かつてない動揺が、自分を乱して行く。
「ううっ、おぇっ......」
恐怖と絶望に頭が真っ白になって行く。
胃の中から何かが吐き出された。
消化しきれなかった食べ物の残骸と胃液が足元に流れる。
自分の体も碌に動かなくなり、吐瀉物に顔から倒れ、無様に蹲る。
心を侵食するは不快感と恐怖。
体が言うことを効かない。
震えが止まらない。
気持ち悪い。
これはなんだ。
目の前で起きていることは現実なのか。
それとも質の悪い幻なのか。
後者であって欲しいと懇願するが、ボヤけた視界で見えたものは一向に消える気配はない。
何度瞬きを繰り返しても、リューは身じろぎ一つ起こさない。
流れ出る血が、止まらない。
「───────────────────────ッッ!!!!!!」
あれ程煩わしかった雄叫びが耳に入らない。
受け止められない。
受け止められるものか。
受け止めてたまるか。
こんなもの、こんな酷い光景が現実なものか。
最愛の人が目の前で殺される現実など、あってはならない幻だ。
そうだ、目を閉じて意識を失えば全てなかったことになる。
アレからまともに表情が動かなかったのだ。
こんなに自分が取り乱す訳が無い。
何もかもがおかしい。
だから、これは現実じゃない。
「...............グ、クッ」
意識が途絶えない。
どうしようもないほどに眠りたいのに、必死に目を瞑っているのにどうしても落ちれない。
頭痛がひどくなっていく。
目の奥が燃えるほどに熱い。
胸が焦げそうになる程熱を帯びていく。
まただ。
またあの時の映像が鮮明に映し出される。
一面に至る所に広まる炎。
村人が殲滅されたあの忌まわしい過去。
何もかもが焼き尽くされた一夜の出来事。
あの時の光景が、今と重なっていく。
リューが、自分の目の前で倒れた家族の姿と重なってしまう。
いやだ。
そんなものは見たくない。
そんな酷い結末、あってはならない結末なんて、あっていいものじゃない。
「............あぁっ」
焼けていく。
内側から、何かに焼かれていく。
肉が精神が、記憶、心が焼けていく。
無情にも、何もかもが炎に包まれていく。
自分が炎になったのか、炎そのものを纏っているのか。
最早どうでもいい。
また夜が更けてしまった。
また取り返しのつかないことが起きてしまった。
またここで、灰を被って死を待つだけなのか。
今度はもう、自分という存在を確立できないかもしれない。
「ギ…….グァ、ウグゥ……!!
ウウッ……アアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
慟哭が虚しく空間に響く。
嘆きは悲しみとなって静かに沈んでいくはずだった。
だが、どうしようもない苦痛が自分を掴んで離さない。
途轍もない嘔吐感と不快感が増していく。
顔を、喉を、胸を掻き毟りたくて仕方がない。
自分の内側から何かが這い出して来るようなこの感覚は、一体なんだ。
体験した事のない頭痛と目眩、耳鳴りが更に自分から正常を奪う。
まともな思考を保つことができない。
長らく死んでいた感情が、この時に限って正常に働く。
自害したい、そう思える程の苦痛が少年に襲い掛かる。
『またそうして眺めているだけか?
自分の大切なものが無様に無力に奪われていくあの光景を、お前は再び眺めているだけなのか?』
幻聴が聞こえてくる。
聞き覚えのない声音が、あの時の光景を無理矢理呼び起こし、惨劇の時と同じことをするのかと問いかけてくる。
分からない。
自分が一体何をしたいのか、分からない。
一体何を求め、何を欲していたのか。
いくら記憶を読み漁ろうとも、見つけられるのは夥しいほどの炎。
自分の中には、炎以外ない。
また肉親を失ってしまった。
愛を注いでくれた者が、また目の前で倒れてしまった。
これ以上、自分から何を焼こうというのか。
『お前は何の為に今日まで生き延び、力を付けてきた?
鍛え上げたその肉体は何だ?
磨きに磨き抜いたその技は何だ?
あの惨劇を目の前にし、人格を殺してまで手に入れた鋼の精神は、一体何の為にある?』
「このちか、らは、一体……何の為に……?」
『思い出せ、お前の根底にあるものを。
目の前で親しい者が斬られ、友が嬲られ、家族が殺された現実を目の前にして、内に芽生えたものを思い出せ。
それを感じた時、初めて力が欲しいと思えたはずだ。
何者にも勝る力が欲しいと、心の底から渇望したはずだ』
「みんなが、殺され、れた…時、感じた、もの……?」
『それを思い出し、自覚しろ。
己がうちに渦巻く黒い感情を。
あの時、死ぬ間際に芽生えた感覚を今こそ認めろ』
「………い」
『愛する者を目の前で奪われたあの感覚を!
世界の不条理に打ちひしがれたあの時の感応を!
そして、あまりにも無力だった自分への感情を!』
「……………くい」
『それが、それこそが!
お前にとって果たさなければならない唯一の宿命だ!!』
「
ぜんぶ!!
憎い!!!」
『さぁ!!
オレを、お前の炎と共に解き放て!!
深い憎悪とお前の象徴!!
『
あの時、自分の内に残った唯一のもの。
それを自覚すれば、心の
その望みを妨げるものはなくなる。
欲するがいい。
そして抗え。
憎き世界へ叛旗を翻したいのなら、心の底から求めろ。
この世の何よりも勝る焦熱を持ちて、今こそ発せよ。
────『叛逆せよ』
その瞬間、その炎は心象より抜け出し、この瞬間、誰もが畏怖する災火となる。
渦巻く憎しみ。
噴き出す怒り。
燃え続ける悲しみ。
彼方へ轟く嘆き。
身を焦がしていく痛み。
最早個々に情など払っていられない。
自身にとってのこの世の不条理こそ、我が怨讐の対象。
生命に対する冒涜など知ったことではない。
身勝手なことこの上ないなど承知の上だ。
傲慢にも程があるなど今更の話だ。
「アアアアアアァァアアァァァァァァァァァアアアァァァッッ!!!!!」
そんな世迷言こそ聞き入れる耳などない。
自分の目的は常世への復讐。
自分から全てを素知らぬ顔で奪い去った、奴らへの報復。
善悪の問題など瑣末なこと。
止め処なく溢れ出でるこの憎悪で、奴らの一切合切を焼き尽くしてみせよう。
不毛に思えるか、この激情が。
永遠に成し得ることのない法螺と切り捨てるか。
勝手に都合の良いように置き換えていろ。
元より解などどうでも良い。
ただ、この際限なく湧いてくる憎しみの行き場を定められればそれで良い。
善悪の概念など狗にでも喰わせてしまえ。
恨め、憎め、怒れ、叫べ、殺せ、燃やし尽くせ。
全てに報復するまで、光など邪魔でしかならない。
「クフフフ............」
「......なんだ、アレは」
寒気を覚える負の急流に、身を焦がすほどの熱量がこの空間を支配する。
誰一人としてその場を動くことさえ出来ず、ただただ呆けた。
全員から注目を浴びるアレは誰だ。
暴虐の限りを尽くして暴れまわっていたゴライアスの動きを止めたアレはなんだ。
「フハハハハハハハハハッ!!!!
待ち望んだぞ。
待ち侘びたぞ。
待ち焦がれたぞ!!
「ラ……ジエ…ル?」
「そう時は経っていないというのに、随分と久々に出会えた気分だ。
そして、遂に自覚し、認めたな。
お前の慟哭、その内に潜むその感情こそがお前の根源。
その叫びを持って、俺が表に出る条件は揃った!
その覚悟、怒り、憎しみ、嘆き、悲しみ、確かに聞き届けた。
ならば、オレはオレ自身の役目を果たすまで!!
さぁ、心のままに命じろ!!」
渦巻く火炎が少年を包み込み、呼び起こしてはならないものを呼び起こす。
現れ出でる者は、それはさっきまでのラジエルでは無い。
ラジエル・クロヴィスの激情が限界に達した時、初めて黒き人格が呼び起こされる。
かつて魔道書の精神介入によって対面したあの黒い影。
あれこそが少年の心情に内在する恩讐の権化。
怒りや憎しみ、痛み、悲しみ、恨み、苦しみの黒い感情の集合体。
悪しきもので塗り固められた人の悪意の成れの果て。
それがこの黒き人格。
姿形こそ変化はないが、細部にはその迸る激情の色が所々表れている。
蒼い瞳だった眼は赤黒く染まり、内在した復讐の炎が煌々と映し出されている。
頭髪は火に当てられるようにゆらりと漂い、亡者の魂を思わせる。
そして極め付きはあの表情。
常に無表情だった彼の表情は、今や別人。
耳まで届かんとばかりに釣り上げられた口は、悪魔を彷彿とさせる不気味な笑みを浮かべ、獰猛な獣を思わせる犬歯がちらついている。
そこに注がれるは黒い感情と血涙。
その二つを原動力とし、少年の顔は原型がないほどに歪んだ。
最早かつての少年の姿はそこにはない。
あれこそが、長年蓄積し続けてきた恩讐。
個人という枠を決壊させ、その憎悪を世界そのものを憎むにまで拡大させてしまった復讐者としての姿。
自分が為すべきことに善悪の判断はない。
ただその憎しみをぶつけたいという一つの妄執に取り憑かれてしまった哀れな人の結末。
「アレを憎めと!
そして、その復讐を完遂させろと!
復讐こそがオレの役目。
お前の望みを、相応しい対価に沿って成し遂げよう!
どんなものであれ、恩讐の対象には変わらん。
フフフハハハハッハハハハハハッッ!!!
無論、あんなもの水滴一粒の慰めに過ぎないがな!!!
あの程度でオレたちの炎を消すことなど出来はしない!!
であればなんだ?
憎しみをぶつける意味がない?
無意味な争い?
そんな問いにこそ、意味などありはしない!!!
オレの役目は復讐を遂げること!!
晴らせる晴らせないなどの問題ではない。
復讐をする、ただそれだけだっ!!!」
「──────────────────────ォォォ!!!!!!!」
「フハハハハッ!!!
大きく吠えたな肉達磨!!
犬の遠吠えにも劣る畜生の戯言で、オレたちの耳を汚すか!!
嗚呼憎い、憎いぞ貴様っ!!
醜悪なその姿、耳障りな声、汚らわしいその魂!!
何故貴様のような汚物にも劣る出来損ないが、このオレたちの前に突っ立っている!!?
何故オレたちを見下しているっ!!?
貴様が、貴様等の存在がこの憎しみを駆り立てる。
何もかもが忌々しい!!
オレたちから全てを奪った忌々しい存在!!
灰にしてやる!!
その身体も魂も!!!」
地団駄で踏み砕かれる大地。
ゴライアスに向かって延々と吐き出される暴論。
少年はこの世全てのものに対して憎しみを抱く。
それが何であれ、全てが恩讐の対象。
あの日自分から全てを奪い去った者たちの顔を忘れてしまったが故、何に対して憎しみをぶつければいいか分からなくなってしまった。
長い年月を重ねようとも答えは出ず、無益な自問自答が堂々巡りする。
そして遂にある極論に至った。
あの村の所在地を教えた者が憎い。
武器を見繕った者が憎い。
道を整備した者が憎い。
侵略者に食物を与えた者が憎い。
灯りを見つけた者が憎い。
悪しき思惑を囁いた者が憎い。
何もかもが憎くて仕方がない。
こんな不条理が罷り通る世界そのものが憎い。
そう、全てが憎しみの対象となってしまった。
生物であろうが物であろうが関係ない。
この世に属する全てが憎い。
そしてそれは本人の自覚のし得ない心の奥底にて、密かに負の感情を溜め込み続けた。
恐ろしいほどの速度で、それは心に根を張った。
自身の中で、新たな人格を生み出してしまうほどに、その憎しみは強大になった。
憎しみが広がり続け、いつしかその心は何が憎かったのか忘れてしまった。
負の感情の濁流に飲み込まれ、本当の目的を見失い、新たに目的としてすり替わってしまった。
「燃えろ、爆ぜろ、砕け散れっ!!!!!」
「──────ッッ!!!!!!」
「んだよォ!!
あのガキは一体何モンだァ!!??」
「前と全然違うっ!!
どう見たって様子がおかしいよ!」
「ラジエル......お前の身に、一体何が」
吹き乱れる衝撃波を置き去りに少年は暴走する。
あれだけ禍々しい雰囲気を醸し出しておきながら、繰り出される技は極めて合理的。
攻撃の可動域を狭めるために右腕を攻撃。
元の少年であったのなら、その一撃は虚しくも弾かれるはずだった。
巨人ゴライアスの膂力を持ってすれば、冒険者をたたき落とすことなど羽虫を潰すが如く容易い。
それはつい先程までの話。
今は何もかもがさっきまでと異なる。
急激に跳ね上がったラジエルの力は、巨人の腕を半身諸共消し飛ばす程になった。
慢心していたゴライアスは、あっさりと体の一部を取り零した。
最早、アレから正気という概念は存在しないだろう。
アレは心の激情のままに動く悪鬼羅刹の類だ。
瞬間、ゴライアスの右半身が爆炎で消し飛ぶ。
放たれた轟音は周囲の音全てを置き去りに、炎が先に巨人を吹き飛ばす。
アレは曲がりなりにも中層の階層主、巨人ゴライアスだ。
そしてダンジョンが直接介入してきたせいで、元のスペックを数段引き上げられ、一流冒険者が束になってかかっても攻めあぐねる強化種。
先程までこちらを圧倒していた赤き巨人が、今では少年一人に手も足も出せないでいる。
アレが強化種であることなど、この戦闘に参加している者は忘れてしまっているだろう。
それをも上回る復讐の怨嗟が、皆の視線を捉えて離さない。
まるでその眼にその姿を焼き付けさせるかのように、次はお前を焼き殺すと言っているように訴えかけてくる。
常人には決して理解できない憎しみを、強く記憶に刷り込むように少年は暴れた。
「フハハハハッ!!!
超速再生か、いいぞ肉達磨!!
オレたちの憎しみをその身で受け続けてくれるというのか!!
鬱陶しい!!
ゴミの分際で、オレたちの復讐を妨げるか!!
目障りだ、消えろ!!!」
焼かれようと、体を吹き飛ばされようともゴライアスの身体は再生を続ける。
その巨体のどこかに命である核、魔石を破壊しない限り何度でも再生する。
火の粉一つが自分の身を焦がすものであっても、ゴライアスは崩れなかった。
体を消し飛ばす火力をその身に受けても、巨人は倒れなかった。
どれほど命を削られても、巨人は少年から目を背けられなかった。
それはまるで無理矢理に戦闘を強いられている様。
まず間違いなく、巨人は少年に対して畏怖の念を感じている。
「邪魔だ!!
貴様らの存在そのものが!!」
脚具が砕ける。
右の大振りがこの身を消し飛ばす。
常に舞い散る火の粉がこの身を燃やす。
迫り来る業火がこの身を灰に変える。
一挙一動が自分の命を確実に奪っていく。
無限とも言える再生があっという間に限界を迎えようとしている。
アレを恐れない者が一体どこにいる。
圧倒的な質量から繰り出される自慢の拳が当たらない。
多くの冒険者を絶望させた超速再生が、今では自身の苦痛を長引かせる。
数多くの猛者共をも吹き飛ばす咆哮も戯言と切り捨てられ、微動だにさせられなかった。
あの姿、まさしく復讐の体現者。
相手はおろか、自分すらもいずれ焼き尽くす炎に見舞われても尚、復讐のためならば自壊も厭わない。
モンスターよりも遥かに恐ろしい存在が、目の前にいる。
「アアァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!
憎い!!!
馬鹿げた再生力がぁ!!
素直に殺されていればいいものを!!
いいだろう、貴様の一切合切を、完膚無きまでに燃やし尽くして灰にしてやる!!!
喜べ肉達磨、オレたちより先にその苦しみから解放してやる。
オレたちの憎しみをその眼に!!
魂に焼き付けたまま灰になれ!!!」
炎が周囲を侵食していく。
浜辺へ押し寄せる波のように、炎が際限なく広がっていく。
侵食された大地から吹き出されるは巨大な火柱。
それは徐々に宙へ流れ、一つの球体に形を変えていく。
まるで小さな陽。
眼前で照らし出されるその姿はまさしく巨大。
この星で太陽を再現するとなれば、あれほどの大きさが適切。
誰もが注目されるがまま、顔を宙へ向ける。
あまりにも理解し難い熱量を前に呆然とし、棒立ちになるだけだった。
「─────ッッ?????!!」
「バカな......ダンジョン内で、太陽が...昇るだと?」
小さな太陽に目移りしてしまったが最後、ゴライアスは知覚できないほどの連打を見舞う。
拳や蹴りを打ち込まれる箇所に力が入らなくなり、体の機動力が削がれていく。
崩れると思った刹那、身体が何故か宙に浮いている。
いや浮いているのではない。
腹部を蹴り上げられて無理矢理浮かされている。
痛覚が麻痺したせいか認識できなかった。
再生が追いつかない。
損傷一つを再生しているうちに新たな損傷が十や二十と増えていく。
自分をも簡単に吹き飛ばす強打を何度も打ち込まれ、どんどん上へ押し上げられていく。
そう、彼が作り出した太陽へ向けて。
「我が歩むは果て無き恩讐の彼方。
身を焦がすは常世への憎悪。
刮目せよ、我はいずれこの世に復讐を果たす者。
そして見届けるが良い。
我が辿り着く終局を。
この身、この魂が擦り切れ、世界諸共灰燼と帰するその日を!!
弔獣戯我 終ノ章」
籠手が砕けた。
そして、ゴライアスは成す術なく太陽へ押し込められる。
再生と燃焼が強制的に繰り返されて自我が崩壊しかける。
こうまでされて尚、肉体が形を保っていることに憎しみを覚えた。
ここまで頑丈でなければ、すぐにでも楽になれたはずなのに。
少年の慟哭が強く反響する。
世界を決して許しはしないと。
必ず報復してみせると。
「『
昇るはずの無いものが昇り、落ちるはずの無いものが落ちた。
否、それは人の手によって落とされた。
決して届くはずのないものに手を伸ばし、それを自らの手で沈める。
世界へ宣戦布告を叩きつけるように、自身への慈悲を踏みにじるように。
その日、彼らは生涯忘れられない光景を目に焼き付けることになる。
少年が、太陽を落としたと。
─────君は対価を支払った。
自分の根底にある欲を満たすために、君は命を薪にして焼べてしまったんだ。
大切なものも何もかもを全て、炎にして燃やしてしまった。
残るのは灰だけ。
それが君の心の顕れ。
復讐に身を窶してしまった、定められた君の残照。
何が最後に残るかは分からない。
心の何かがどうとかじゃない。
対価を支払ってしまったら、君はもう自分を見つけられないかもしれない。
それでも、その道を選ぶのかい?
いらっしゃい、あずき屋です。
はい、遂にここまでやってきました。
この回を迎えられて一番ホッとしています。
これが一番書きたかったと言っても過言ではありません。
追い詰められて覚醒するのでも、強い正義感から成される強さでもない。
ただただ憎い。
それだけが生きる原動力となってしまった主人公を描きたかっただけです。
今作品の主人公に覚醒はありません。
元々持っているものが暴走するだけです。
こういう結末を辿る主人公もいてもいいんじゃないかなと思い、今日まで書いてきました。
結構楽しかったです。
そして、なんだかんだ言っても読んでくれている人たちに感謝しています。
色々ありましたが、ここまでこれて本当によかったです。
皆さん、有難うございました。
色々なんか言ったけど、まだ終わりませんよ?
まだまだ目的の一つを遂げただけです。
もう少し、お付き合いくださいね。
後すみません。
ゴライアスの謎については次回以降に持ち越します。
ごめんなさい。
ではでは、また次のページでお会いしましょう。