少年成長記   作:あずき屋

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「正拳突き二万回です」


「……二万で足りるの?」


「おや、何か勘違いをしていますね。
これから一ヶ月間毎日必ず正拳突き二万回です。
達成出来なかった際は罰として数を増やしていきますので、次に進みたかったら死にもの狂いで付いてきなさい。
因みに泣き言は一切聞きませんのでそのつもりで」


「…………りふじんだ」




第2話 少年、記憶を辿る

 

 

 

 どこから話したものかと視線を宙に泳がせるラジエル。

彼は年齢に沿った学問を受けていないということもあってから、あまり言葉を流暢に話せない。

文法の基本も修めきれていないのだろう。

不慣れでたどたどしい言葉だが、伝えようと必死に紡ぎあわせていく。

 

 

「んー……でも、あんまり俺もよく覚えてないんだよね。

今より、すっごく前だから……。

でも、一つだけ、よく覚えてるよ。

真っ赤なけしき」

 

 

「真っ赤な景色……ですか?」

 

 

「うん、すっごく赤くて熱かった。

みんな燃えちゃった。

みんな死んじゃった。

みんな、真っ赤になっちゃった。

それしか、見えないくらいに」

 

 

「それは…………」

 

 

 それは間違いなく、故郷が戦火に包まれたということだろう。

ラジエルの話はあやふやで、言葉足らずで、とても現実味が薄い。

少年の顔は、先程同じように表情に変化がない。

無表情から淡々と告げられる、彼の故郷の結末を。

恐らく、それは全て事実なのだろう。

 

 

全て燃えた。

全て死に絶えた。

全て赤で埋め尽くされた。

全てを失った。

文字通り、何もかもを失った。

 

 

 家族、家も友も思い出も故郷すらも、一夜にして全てを失くしてしまったのだ。

ラジエルは、何もかもに置き去りにされて、ある日唐突にありふれた日常を奪い去られたのだ。

まだ、幼かったであろうその小さな体を、世界という果てしない空間に放り投げて、非情な現実を叩きつけた。

それが、どれほどの悲しみや痛みになったのかは知る由もない。

その幼い身では到底受け入れられるものではないからだ。

成熟した者であっても、長い年月をかけてようやく向き合う事が出来るものだ。

恐らく彼自身にも分からないだろう。

だが、恐らく受け入れようとしたのだろう。

しかしその結果、幼く未成熟なラジエル・クロヴィスという器では耐え切れず、感情と記憶に鎖を繋ぐことで、辛うじてその小さな理性を保ったのだ。

推測ならどうとでも挙げられる。

少年を突如襲った災厄は、故郷や家族だけではなく、彼の記憶と感情をも奪い去ってしまった。

 

 

「…………っ」

 

 

 端的に表すのであれば、これで事足りてしまう。

リューからしてみれば、もうその言葉だけで全てを察してしまった。

淡々と、世間話の内容のように告げられた話に、リューは言葉を失くした。

僅かな沈黙が何倍にも引き伸ばされたかのような錯覚に陥った。

掛ける言葉が、見つからない。

何を言っても綺麗事や侮辱の意味になりそうになることを恐れて、リューは言葉を発せられない。

 

 リュー・リオンは、誇り高き賢人の血族、エルフ一族のうちの一人だ。

エルフはその気高い血族であることから、他種族を見下しがちになる傾向にある。

純血に近ければ近いほど、その傾向は強く表れ、自分たちの一族以外交流を絶とうとする集落まである。

故に他種族との肌の接触すら嫌悪し、軽蔑の視線や拒絶による敵対行動など、突発的に行ってしまう者も少なくない。

高い知性に男女問わず他種族を魅了する美貌。

その全てを兼ね備えていると言っても過言ではない一族を、リューは心の底から嫌悪していた。

自分たち以外の種族を下に見るその姿勢にリューは耐え切れず、集落を飛び出した。

肌の接触による嫌悪感は、親密を持った相手以外は持たなくなった。

だが、魂にまで染み付いたようなエルフ特有の傲慢な姿勢を、リューは長年経った今でも切り離せないでいる。

それを抜きにして、リュー・リオンという女性は心優しい性格をしている。

ラジエルのように困った者を見れば放っておけず、手を差し伸べたくなる優しい心を持っている。

弱きを助け、強きを挫くその在り方である故に、正義のファミリアの代表格、アストレア・ファミリアはリューにとってこれ以上ない居場所となっている。

正義のファミリアに所属しているからではない。

リュー・リオンという存在だからこそ、捨て猫のようになってしまったラジエルを放っておけなかったのだ。

 

 

「もうみんなの顔も思い出せないけど、あのこーけーだけは、はっきり覚えてるよ」

 

 

「………分かりました」

 

 

「おとーさんもおかーさんもいもーとも、みーんな燃えちゃった」

 

 

「……もういいです」

 

 

「みんな真っ赤な水だらけになって、外でねて」

 

 

「ラジエル!!」

 

 

「………………えっ?」

 

 

 彼女からしたら、有り得ない行動だっただろう。

エルフからしたら、考えられない事だっただろう。

周囲からしたら、理解できない光景だっただろう。

 

 

少年は、エルフに包まれた。

 

 

そこには微かな震えがあった。

少年のものではない。

リュー・リオンの悲しみ故の感情。

同情や共感によるものもあったかもしれない。

だが、そこには確かに、ラジエルに対する慰めと賞賛の意が込められていた。

こんな小さな子が多くの人の死を間近にするなんて。

よくここまで頑張ったねという優しさの形を、リューは少しでも示したかった。

 

 

「……リュー?どうしたの?何か悲しいことでもあったの?」

 

 

「…………よく、ここまで頑張りましたね。偉いですよ、ラジエル……」

 

 

「えらい?

でも、なんか……あったかいな」

 

 

 きっと、両親の愛情を満足に受けていない。

人の温もりも優しさも、ラジエルは何も知らずに今まで生きてきたのだろう。

今日という日まで、子どもとしての在り方を享受することもできず、ただひたすらに耐え抜いて生き残った。

ここまででも充分頑張ったほうだ。

だが、やはり少年が一体何を求めようとしているのか尚更確かめねばならない。

苦痛伴うこれまでの短い人生を辿ってきて尚、どこへ向かおうとしているのか。

これからも深く傷つくその茨の道を選んで尚、何を目指すのか。

少年への抱擁を解いて、互いの眼をしっかりと合わせながら向き直る。

 

 

「ラジエル、改めて聞きます。

貴方はダンジョン……いえ、オラリオに何を求めに来たのですか?

もう一度、貴方の口から答えが聞きたい」

 

 

「…………分からない。

俺は、それを探しに来たんだ」

 

 

「……探しに、来た?」

 

 

「ししょーが言ってた。

答えをもとめるならオラリオへ行きなさいって。

きっとそこに、大切なものがあるって」

 

 

「そういうことだったのですか……」

 

 

 少年は、これから自分が一体何をすべきなのか、何を求めるべきなのかを探しに来たのだ。

果てのあるか分からない複雑怪奇な数式の先に、解を求めてここまでやってきたのだ。

それは、ある意味途方もない旅路になる。

その生涯を賭しても見つからないかもしれない大航海に身を繰り出すというのだ。

答えは見つからないかもしれないし、手に入れた答えが自分の望んだものではないかもしれない。

見つかる保証も何も無い、全てが手探りの途方もない所業。

この歳にして既にその気構えがあるというのか。

若過ぎるが故の無知というやつではないのか。

 

 

「見つけたいんだ」

 

 

「………………なんて」

 

 

なんて、曇りのない眼なのだろうか

 

 

 答えが見つかる保証がないのはこの子だけではない。

皆それを承知の上でこの街にやって来たのだ。

ラジエルに限った話ではない。

幼過ぎる身であるが故の偏見を持ってしまったことに、リューは深く反省した。

そういった想いを持つことは悪いことではない。

ただ、その想いを抱くには早過ぎたということ。

まだ、彼には経験が足りなさ過ぎるからだ。

故に、リューはある決断をとった。

 

 

「貴方の気持ちは分かりました。

なら、私がそのお手伝いをしましょう。

その大切なモノを、私も一緒に探します」

 

 

「てつだって……くれるの?」

 

 

「はい、ウソじゃありませんよ。

指切りしますか?」

 

 

「……うん、しよ?」

 

 

「「ゆーびきりげんまん、ウソついたらはりせんぼんのーます。

ゆびきった」」

 

 

 勢いで提案したはいいが、いざやるとなると気恥ずかしくなる。

リューは頬を赤らめつつも、少年と約束を交わした。

子ども同士が約束の証として行う指切りげんまん。

子どもっぽいものではあるが、本人達にとってはとても大切な一つの儀式のようなもの。

その繋いだ小指に、目に見えない絆の糸を繋げて、交わした相手と信頼を預け合うのだ。

 

 

「もう、ひとりぼっちじゃ、ないんだね……」

 

 

「…………!ええ、ラジエルはもう独りじゃありませんよ。

約束ですからね」

 

 

「うん……ありがと、リュー」

 

 

 今一度少年を温もりが包む。

リューは、胸に埋められている箇所に、何やら温かい雫が滲んだ気がしたが、気のせいと思い込んで見て見ぬ振りをすることにした。

ふと、盗み見る少年の姿は、この時ばかりは歳相応の子どもに見えた。

 

 

──────────────────

 

 

ある程度時間が経った頃、2人は喫茶店を後にし、これからすべきことを順序立てて考えることにした。

 

 

「ラジエル、ダンジョンに入ることより先に、やらなければならないことがあります。

何か分かりますか?」

 

 

「えーっと………じゅんびうんどー?」

 

 

「そういうことではないのですが……いえ、ある意味準備運動で間違っていないかもしれませんね」

 

 

「むー?」

 

 

 屈んでいたリューは、それも一理あると考え頷いた。

確かに、準備運動のようなものをしておくのもいいかもしれないと考えた。

この少年がどれほどの力を現段階で修めているのか知る必要があるため、事前に少し手合わせをすることを念頭に入れておく。

だが、順番的に恩恵を受ける手筈を先に済ませた方がいいだろうと結論付けた。

その方が、ラジエルにとって混乱しない道筋になる。

故に、今とるべき行動は一つだった。

 

 

「ラジエル、まずファミリアを探しに行きます。

そこで、貴方の家を確……見つけます。

ご飯を食べて眠れる場所を見つけるのが今一番にしなければならないことです」

 

 

「ふぁみりあ?なに、それ?」

 

 

「それは歩きながらお話しましょう。

もうお昼過ぎになってしまった。

時間も惜しいので、目的の場所へ行くまでの間にお話しますから」

 

 

「うん、わかった」

 

 

「では、行きましょうか」

 

 

 ごく自然に、リューは手を差し伸べる。

何故だかラジエルと触れ合うことに嫌悪感を覚えることはなかった。

彼の過去を聞いた後で抱いたものではない。

彼が子どもだからという事でもない。

何故か、彼にだけは最初から平気なのだ。

リューは、それがとても嬉しかった。

ラジエルという子に対して気軽に触れ合い、互いの気持ちを確かめ合うような感覚に、忘れかけていた心地良さを思い出したからだ。

彼を助けたいと思い 、手を差し伸べたつもりだったが、先に一つ助けられたのは自分の方だった。

人間や他の種族の者達が当たり前に行っていることを、自分も出来て嬉しかったのだ。

やはり彼には、どことなく不思議な印象を感じる。

周りをやんわりと包み、人を惹きつけるような何かを持っているのだ。

凄惨な過去から、記憶や感情が薄まったとしても、その在り方は変わっていないのだろう。

この少年は将来、大きな偉業を成し遂げるかもしれない。

リューは考え過ぎと思い軽く頭を振り、すぐ隣で歩いている少年に目を向ける。

 

 

「んー?なーに?リュー」

 

 

「……いえ、何でもありませんよ」

 

 

 何のことだか分からないラジエルを脇目に、微かに破顔するリュー。

その時の顔は、何人もの通行人が振り返るほどに美しかった。

エルフとしてのものではない。

純粋な嬉しさという感情を、1人の女性として浮かべたその表情が、多くの者の心を魅了した。

しかし、彼女はそんな彼らには一瞥もくれない。

ただ表情を見ただけで全てを分かったかのような素振りでいる者達には何の気持ちも抱かない。

この日、リューはオラリオで最も輝いていただろう。

その手に握る小さな手が、彼女の笑顔を引き出している。

その理由を知るものは、リューをおいて他に知り得なかった。

 

 

 




いらっしゃい、あずき屋です。

今回はリュー全開要素にしてみました。
彼女は気難しく、固い性格をもっているので、どうしたら子どもに寄り添えるような姿勢にできるか悩んでました。
結果このようになりました。

今更ながら申しますと、成長するのはラジくんだけではありません。
ラジくんに関わる人たちは、皆何かしらの成長を遂げていきます。
私に子どもはいませんが、多くの人たちは子どもと触れ合うことで成長すると言います。
今回はそれを目指して行ってみようかと考えてます。
あったかくなれる気持ちと、熱くなれるような気持ちをうまく伝えられたらなと思います。

ではでは、また次のページでお会いしましょう。






PS
まだ暫くリューが一緒だよ

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