「……やっぱり言い過ぎました」
「あぁーっと、リュー?」
「迎えに行きます。
リーヴァ、後のことは頼みました」
「え、ちょっ!それだけ!?
ウソ……これって、私の役目?」
「注目の的……有り得ない成長…………レアスキル……ストレス……うっ、吐きそう……」
「……まず先生に診せたほうがよくない?」
生物において、最も萎縮してしまう状況とは何だろうか。
自身にとって恐れを抱くものに遭遇したこと。
トラウマを刺激されかねない出来事に出くわしたこと。
他人から感情剥き出しで怒りを向けられること。
どれも間違ってはいない。
間違ってはいないが、どれも対処が出来る。
恐れるものやトラウマは、言ってしまえば克服が可能だ。
時間と場数さえ踏めば乗り越えることができ、自分の成長に繋がる。
叱られることは、時として避けることは出来ない。
しかし、やってはならないことを知り、学ぶことでそういった場面を回避することが出来る。
では、その最たるものは一体何なのか。
「ねぇねぇ!
リヴェリア早く始めてよぉ!
こんな待ちぼうけなんてあんまり!
身体が熱くて暑くておかしくなりそうの!
早くやらせてぇ…!」
「私が少し目を離した隙に、何が一体どうなったというのだ…」
即ち、捕食者に出会うことである。
自身を喰らうもの、身ぐるみを剥ぎに掛かるものでもいい。
地力の差が歴然で、どんなに抵抗しようと最終的には一方的に蹂躙されてしまう相手に対し、生物はその身を竦ませてしまう。
結果の予測が容易なほどつまらないものはないが、それが命のやり取りとなれば話はいくらでも変わってくる。
Lvの差は1であろうと、そこには埋めようのない1の差が存在する。
純粋に、ステイタスに差があるのだ。
火照る身体を抱き締め、襲いかかりそうになる足を必死で抑え込むティオナ。
それに対し、涼しい顔で対峙するラジエル。
誰かがヒートアップしようと、決して波風を立てない。
武道において共通するのが不動の心得。
奇しくもそれを体現してしまっているのが何とも歯痒い。
その年で身につけるべき才ではないというのに。
「(落ち着いとるなぁ。
ビビっとるよーには見えへんし、かといって萎縮しとる訳やない。
ましてや余裕ぶっこいとるつもりにも見えへんな。
ウチに来てから何も変化してへんやんか。
うーん……なんか引っかかるわぁ)」
彼には、一切の凄みの類は通用しない。
感情抑制による、擬似的な明鏡止水の境地に到れるため、滅多なことが起きない限りその心は揺れない。
全てはいつも通りに、いつも以上の動きを実現させることのみに尽力する。
どんな相手であろうとも負ける訳にはいかない。
遥か高みにいる彼を越えるまでは、負けることは許されない。
まだ、彼の足元すら見えていないのだから。
「はぁ……ティオナがこうなってしまった以上、適度に動かして発散させる他ないか。
ラジエル、本当に相手してもらっていいのか?
怪我云々は私が治すからいいとしても、こんな面倒なことになってしまって」
「うん、全然だいじょぶだよ。
俺もきょうはまだ体動かしてないし。
相手してくれるってゆーならだいかん…だいがん……?」
「大歓迎、だな。
今日は勉強を教えようと思っていたのだが......まぁ焦ることもないか。
分かった分かった。
分かったから抗議の目を向けるなティオナ。
これより双方合意の元、手合せをを行う。
熱意あれども殺意は要らず、殺す気で挑むな。
互いに胸を借りるつもりで尽くすこと」
「うんうん、わかってるわかってる……。
ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「…………」
「……いいだろう。
では、いざ尋常に」
対峙する二人の間に一陣の風が吹く。
戦いを急かす様に、野次を飛ばすように強引に両者の身体を撫でる。
しかし、両者には両者の姿しか見えていない。
他のことなど眼中になく、開始の合図を今か今かと待ち侘びる。
どちらにせよ、初めて対する相手。
どのような立ち回りをするのか、どのような駆け引きを仕掛けてくるのか楽しみで仕方ない。
そんな子ども特有の待ちきれない雰囲気が、二人を見守る三人には嫌というほど伝わった。
秘められた熱が溢れ出し、絶え間なく牽制を続ける。
紛れもない臨戦態勢だ。
膨らんだ緊張感に針を落とすように、リヴェリアの手が下される。
「始めっ!!」
「うぅあああぁぁぁぁぁ!!!」
合図とともにティオナが爆ぜる。
元より爆発寸前だった彼女は、導火線の火が火薬に届いたかのように弾けた。
地面を抉るように踏みしめた足は、一息で少年に接近する。
振るわれるは、右の力任せの振り落とし。
型も軌道もあったものではないが、それを覆い尽くしてしまうほどのパワーがそこにはあった。
その様は、まるで巨大な槌が杭を打ち込むが如く。
ただの一撃でクレーターを作り出してしまうほどに強力だ。
か細い体からは想像できないほどの剛力が、鉄槌となって少年に振るわれ、地が弾け飛ぶ。
視界を埋め尽くすほど舞い上がった土煙が、リヴェリアの不安を逆撫でしていく。
「……っ!!
あのバカ、私の忠告を聞いていなかったのか……!
いくら戦闘に対して一日の長がラジエルにはあるとは言え、あの子はまだLv.1なんだぞ!
加減を誤れば怪我で収まるものではなくなってしまう!」
「まぁまぁ、そうカッカしなさんな。
リヴェリア、お前エルたんの動き見とんのやろ?
ならそない心配せえへんでもええやんか」
「何を呑気なことを……!
ステイタスの差は歴然、経験で捌けてたとしても数分と持たない!
あの時はモンスターだったから倒せたのかもしれないが、今回は対人戦だぞ!
我を忘れかけているとはいえ、あのティオナ相手にそんな無茶が!」
「ホンマにそう見えるか?
アイズたん」
「……大丈夫、だと思うよ」
「アイズ、お前まで一体何を……まさか」
相手が誰であろうと、少年には関係のない話。
初撃の破壊力には目を見張るものがあったが、実際それまでだ。
力の強さだけなら簡単に伸ばせる。
何でも粉砕するほどの力は、純粋に時間を掛ければ手に入る。
しっかりと食事をして、しっかりと休息を取って、しっかりと鍛錬すれば誰でも身につけられる。
だが、技術だけは別だ。
足の動かし方から筋肉の回し方等は、時間を掛ければ手に入るというものではない。
試行錯誤を重ね、手足を動かすように身体に対して染み込ませて、ようやく技として成立する。
例えば、少年が左半身を少し後退させただけで鉄槌を回避したように。
「当たって……ない?
ま、まさか、いくら何でもLv.1のステイタスの数値で反応しきれるはずがない。
完全に知覚できない一撃だったはず……」
「………すごい」
早い相手ならもう見飽きている。
自分が一体、何年格上の大人相手に鍛錬を続けてきたと思っている。
ステイタスという概念が存在していなければ、あの猛者にすら匹敵する力を、数え切れないほど目の当たりにしてきた。
───こんなことで根を上げる、なんて言いませんよね?
師匠は、少年をここまで叩き上げてくれた。
身体的にも精神的にも、大人すら置き去りにするように育てられた。
誰が相手であろうが、決して引けを取らない戦法を、決して折れない心を学んだ。
鍛錬に没頭し続けた成果が、どんな状況であろうと変わらず発揮される。
それは、飽くなき向上心から練り上げられた自分だけの高み。
相手が格上であればあるほど、少年の中に確立された武がより一層際立つ。
「っ……まだまだぁ!!!」
迫り来る無数の殴打。
技量こそないが、その差を埋めるように速く、重い連撃を繰り出すティオナ。
Lv.2のステイタスから発揮される力なら、一撃で建物を揺らがせるほどとなり、数度殴れば半壊させてしまう。
例えるなら巨大な獣の突進。
一切の牽制を含めない純粋無垢な戦法は、見ていてとても真っ直ぐだった。
故に、読みやすい。
駆け引きを行わないとなれば、後は本能のままに戦うしかない。
確かにティオナとステイタスの差は歴然だ。
これまでダンジョンに潜ってきた数が違いすぎる。
だが、事戦闘となれば話は別。
少年は命の駆け引きだけでなく、相手を倒す術と生き残る力を身につけてきた。
それは極めて合理的に、計画的に仕留める古来の技法。
力で押し負かすのではない、圧倒的身体能力で圧倒するのでもない。
人だからこそ積み上げられる技を、長い時間を掛けて磨き続けたのだ。
だからこそ、相手の挙動一つひとつで次にどういった行動を取るのかよく分かる。
少年の目には、ティオナが起こす行動の可能性が見えている。
予測して躱す。
予断して捌く。
予知して去なす。
予期して流す。
予見して受ける。
どんなに力を振るおうと、ティオナの力は少年に届かない。
腕の防御を崩そうとしても、身体を半回転させられて流される。
衝撃が全て伝わりきる前に外へ逃がされる。
いとも簡単に、拳が掌で止められる。
攻撃が別の方向へ導かれる。
こちらの攻撃を出し切る前に、防御が置かれている。
そして、それは回数を重ねる度に多くなり、次第に少年から遠ざかっていく。
当たっているのに当たっている気がしない。
不快だ。
身体がまるで空回りしているようだ。
イライラする。
自分の方がLvが上なのに圧倒できない。
面白くない。
動きが全て先読みされている。
つまらない。
自分がどこに拳を振るっているのか分からなくなる。
ひどく、不愉快だ。
「なんで……なんで……!
なんで、当たらないのっ!!」
「うん、やっぱりすごい。
彼、ティオナの動き、全部読んでる。
攻撃がまるで、打ち合わせしたように、捌かれてる。
動作に無駄が、全くない」
「ここまでとは……。
Lvの差が、全くと言っていいほど感じられん」
「(……うーん、見れば見るほど欲しいわぁ)」
「なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでっ!!!!!」
ティオナの苛立ちが、徐々に悲しみに変わっていく。
想像していなかったからだ。
力任せとはいえ、Lv.2の冒険者である自分の攻撃が通用しないなんて、考えたこともなかった。
この街に来てひと月も経っていない少年が、自分の攻めを苦もなく捌いていく。
まるで理解できない。
魔術か妖術の類でも受けていると言ってくれればまだ納得する。
だが、その手の類が使われた形跡も気配もない。
だからこそ、尚更理解できないのだ。
「遅いよ」
「なっ……!」
連撃が、次第に力を乗せられなくなっていく。
焦る気持ちが前面に出すぎているため、身体の軸が振れる。
殴打一つひとつに腰が入っていかず、動きが散漫で滅茶苦茶だ。
ここでラジエルが、初めて攻撃に転じる。
少年は、オッタルとの戦いで何が悪かったのかを徹底的に考察した。
確かに序盤は押されまいと踏み止まろうとしたが、後半は勢いに押され、挙句の果てに押し切られた。
大きな反省点は、猛者の攻撃に見てから反応してしまっていたのだ。
次の一手を読めていない。
あれほどの手練相手なら、攻撃を見てから反応するのは遅すぎる。
筋肉の機微一つで、直ぐ様次の行動の可能性を予測しなければならない。
故に少年は学んだ。
学んだが故に、今回の手合わせで実行しようと考えた。
攻めも大事だが、それに転じる過程も大切だ。
だからこそ防御と回避に主軸を置き、相手の行動を予測することに徹した。
そう、攻撃がうまく通らなければ相手は次第に怒りを募らせる。
怒りは力を引き出すが、代償として理性を飛ばす。
動きが雑になり、無駄な箇所に力を入れやすくなってしまう。
それこそが、自分が攻撃に転じるために必要な隙だ。
隙は出るのを待つのではなく、自身で作り出すものなのだ。
ティオナの攻撃を躱しては防ぎ、防御に専念して少年は理解した。
この前進こそ、高みへ上り詰めるための一歩であると。
「シッ!」
「うぁっ!!」
左右への手刀の切り払いが、ティオナの攻防を諸共に崩す。
間髪入れず攻撃に転じていたティオナが、一瞬無防備になる。
そこへ少年の掌底が、容赦なく鳩尾へ打ち込まれる。
防御が完全に間に合わなくなった胴に、痛烈な一撃が入った。
苦痛で顔が歪み、胃の底から嗚咽感が込み上がる。
眼には涙が溜まり、視界がぼやけて霞みかかる。
たった一撃で、致命的な状況に追い込まれてしまった。
力で圧倒しようとしていたティオナは、ようやく自身の愚かさを嘆いた。
理性を振り切って戦うなど自殺行為。
そして何より、相手に対してとても無礼に値する行為であったと。
「これで、おわり」
「ま、待てラジエ―――」
膝から崩れ落ちていくティオナは、迫り来るモノにようやく恐怖を感じた。
まともな状態で落ちていければ、何も感じずに済んだものを。
掌底からの追撃が連なる。
居合抜きを彷彿とさせる納刀に似た拳の引き絞り。
腰が上下せず、そのまま水平に拳だけが前に突き出される。
その動作はとても滑らかで、一切の窮屈さを感じさせない。
ただ、その余りにも美しい流れが、同時に恐怖を濃縮させる。
まるで躊躇いなく人に抜き身の刃を差し向けるように冷淡。
顔色一つ変えず、ただの一撃で命を攫いかねない彼は、見ていてとても似つかわしくない。
年相応に思えないからだ。
理性が戻って、ようやく感じ取ることができた。
自分と変わらない年齢の子が、Lvの概念を覆すほどに鍛錬を積み重ねていたなんて。
きっと自分は、目に見える力にのみ頼りすぎていたのだろう。
先程までの醜態を見れば明らかだ。
後先考えず、悪戯に力を振り回し、強くなっていると錯覚していた。
それは、大きな誤りだ。
力が強い者が強いのではない、力を求め続ける者が強いのだ。
今の現状に決して満足せず、常にその先にあるものに対して手を伸ばし続ける。
少年の姿を見れば一目瞭然だった。
彼は力を求め続けている。
慢心せず、愚直に果てしないその先を見据え、日々足を前に動かす。
Lvが一つ上がって舞い上がっていた自分とはまるで違う。
「────でも」
「…………っ」
唇を噛み締める。
それでも、ティオナにも譲れないものがあったから。
今の今まで戦い続けてきたのは、決して周囲に自分の力を誇示したい訳じゃない。
たった一人の肉親である、姉とともにこの腐った世界を生き抜くためだ。
何の力もなかった昔とは違う。
下卑た視線を絶えず向けかけてくる下衆共に怯えていた昔とは違う。
女だからといって舐められていた昔とは違う。
絶対に生き抜いて、幸せを享受し、生涯を費やして家族とともに終えたい。
ただそれだけを糧にして、命を掛けた戦いを続けてここまで力を伸ばしてきた。
「─────ない」
眼に光が戻り始める。
確かに、今日まで絶やさず鍛錬を続けてきた彼には及ばないかもしれない。
自分が今まで蔑ろにしてきた技術では、彼には届かないだろう。
それでも、今まで培ってきたこの力は、思いは、願いだけは嘘じゃない。
自分が本当に心の底から求めていたものだけは、偽りなんかじゃない。
自分のこの熱い思いは、ラジエルにだって負けてない。
「─────けられない」
「…………ティオナ」
緩みきった気を引き締める。
自分にだって、誰にも譲れないものがある。
例え多くの人に比べて、それが劣っていようと。
絶対に曲げられない思いがある。
“必ず幸せに死んでやる”という気持ちだけは、誰にだって負けてない。
目の前の少年が、自分には届かない高みに居たとしても。
「────私だって、負けられないんだからぁぁぁぁぁぁ!」
声高らかに叫ぶ。
最初に纏わりついていた邪な思念は、最早見る影もない。
そこにあるのは、ただ夢に向かって走り続けている少女のものであった。
穢れが徐々に霧散していき、ティオナ本来の輝きが映し出される。
闘争本能に打ち勝ち、自分の気持ちに素直になることができた、彼女だけの光。
少年は、最初から気づいていた。
彼女はとても純粋で、真っ直ぐで、周りに光を与えられるような存在だ。
それはきっと、本当の光のように敵味方関係なく照らし出し、優しく包み込んでくれるような美しいものなのだろう。
迷いのなくなったあの瞳を見ればすぐに理解できる。
きっと、もう自分の醜い心に負けることなんてないと思わせてくれる輝きであると。
弱さを受け入れて、自分と向き合ったティオナは、さっきまでとはまるで別人の顔つき。
崩れ落ちそうになった両足に活をいれて、寸でのところでラジエルの拳を受け止める。
淀みが消えたその瞳は、彼女本来の純粋な心を映し出す。
邪念を振り払った、彼女本来の力が輝き出す。
「ふっ、はっ、やぁぁ!!」
最初とは比べるまでもないほどに迷いがなく、キレが増している。
余計な雑念が消えて、目の前の少年に対して集中できている。
今この場において見るべきは互いだけ。
他に見るべきものなど何もない。
例えラジエルに自分の攻撃が通らなくても、持てる力を出し切りたい。
気持ちがどれほど改められようとも、戦況が覆ることはない。
先の一撃が急所を突いていたため、息の乱れが戻らず、動悸が激しい。
身体に力が入らなくなり、手足が震えてくる。
内蔵がズキズキと痛み出し、休息と治療を要求して疼きだす。
相も変わらず攻撃はまともに当たらず、全てが完全に防がれる。
「くっ…………あははっ」
なのに、明るい笑みが零れて止まない。
真っ直ぐな心で立ち会うことが、こんなにも心地いいものだとは知りもしなかった。
この時間がとても楽しい。
いつまでもこうしていたい。
不躾ながらも、ティオナはそんな感情を抱いてしまっていた。
まだ終わらせたくない。
弱音を上げる身体に鞭を打って、限界まで動き続ける。
互いの距離はいつの間にか、限りなく零に近い距離で鍔迫り合いになっていた。
思わずティオナは思いの丈を独白する。
「ごめんね、ラジエル。
私、心のどこかでキミを下に見てたのかもしれない。
Lvが全てっていう間違った考えが、キミに対してすごく悪い見方をしてた。
でも、さっきの一発で目が覚めたよ。
私は本当に間違った考えをしてて、キミに酷いことをしてたんだって。
見下して、自分は違うって思い込んで、中途半端な力で舞い上がってた。
本当にごめん……。
自分勝手かも知れないけど……うん、すぐに自分で気づけてよかった。
だって、キミに嫌われたくないからね!」
「…………」
少年は、黙してティオナの気持ちを受け止める。
彼女の心からの告白を、ただ眼を見つめてじっと聞いていた。
こちらの心を、優しく温かく照らしてくれる光を感じながら、ラジエルは彼女を見つめた。
残念ながら、沸き上がってくる感情はない。
それでも、確かに響くものがある。
眼に見えて触れられるものではなくて、眼を閉じて感じれば傍にあるような曖昧なもの。
曖昧ではあるが、確かに自分の内に感じられるもの。
それをティオナが教えてくれた。
悪しき思惑から始まったこの機会が、結果的には掛け替えのないものを自覚させてくれたのだ。
「えへへ……ラジエルは強いね。
私よりもずっと強い。
なんていうか、こう……口じゃ言えないような強さ?
言えないけど、確かにキミから感じるよ。
きっとラジエルは、みんなの作った強さの基準なんて当てはまらないんだよね。
それでいいと思う。
みんなが勝手に作ったゴールじゃなくて、キミだけのゴールを目指していけばいいんだよ。
私だってそうする。
あはは、なんだろ、もっとお話したいんだけど、もうあんまり時間がないみたい」
倒れそうになる身体を持ち堪えながら、ティオナは距離を離す。
掌底を打ち込まれた身体が、もう限界だと騒ぎ出してきた。
この競り合いから離れたら倒れてしまいそうになるほど、足に力が入らなくなっていた。
それでも、最後くらいは、自分の本気を出したい。
自分の本気を、ラジエルに受け止めてもらいたい。
その一心で、悲鳴を上げる身体を最後まで鼓舞する。
泣いても笑ってもこれが最後。
惜しむ気持ちが止まらないが、今回はこれで飲み込むことにしよう。
これで終わりではないのだから。
「ラジエル、私の本気……受け止めてくれる?」
「うん、そのつもり。
ティオナも、俺の本気、受けてくれる?」
「もちろん、そのつもり。
キミの全てをぶつけてきて。
私はそれに、全力で応えるから!!」
再び両者は疾駆する。
互いに譲れないものを胸に抱いて、いつかそれを実現させるため。
この戦いが大きな一歩となることを確信して、この組み手に幕を下ろす。
ティオナの心は非常に晴れやかだ。
まるで、姉がすぐ傍にいるように元気になれる。
ラジエルのお陰で、大切な気持ちを取り戻せた。
本人は意図してやってる訳ではないだろうけど、それでも気づかせてくれたのは彼だ。
近いうち、もっと彼に寄り添ってみよう。
今回のお詫びと感謝を込めて、芽生えつつある気持ちを確かめるために。
ティオナはこれからも、ラジエル・クロヴィスという少年に対して自分の全力をぶつけ続けると決めた。
いらっしゃい、あずき屋です。
お待たせいたしました、M〇Xコーヒーを片手にずっと考え込んでました。
ティオナの背景をどういう形にしようかずっと悩んでいたんですよね。
構図を悩むわ、引越しの手続きがどうだ、やれ私用が多いわでてんてこ舞いでしたよ。
やっぱり艶かしいような描写は苦手です。
いつもと違う角度から攻めてみたんですがクソレベルですね。
こんなんじゃ嬢も欠伸を漏らしますわ。
という訳で、ティオナの背景はアマゾネスという種族の本能に抵抗するという形にしてみました。
確か男好きで精力旺盛と偏見を持たれている種に対して、昔から嫌な思いをこの姉妹はしてきたと記憶しています。(間違ってたら申し訳ない。コロサナイデ)
そこでアテにならない記憶をバカ正直に指針にして、いつか周りを見返して、幸せになってやるという気持ちを持たせました。
やっぱり、この姉妹もどこか狂ってしまっていると思います。
中でもティオナは明るいからこそ、内面に抱える闇は大きいと勝手に想像してます。
まぁでも、同じような理由で苦しんでいる人に対して、少しでも元気の足しになればいいと思ってます。
みなさん、譲れない自分だけの何かを持ちましょう。
変態でも悪趣味でも志でもプライドでも何でもいいです。
人様に誇れるようなものを持ってください。
誇れなかったら、新しいものを見つけましょう。
きっとそれが、人生を生きる上で大切なものになってくると思います。
ちなみに、今作品はLvが高い者が必ずしも強いという訳ではありません。
戦いを児戯と侮る者には等しく死が訪れます。
いつだって、本気で挑むものが勝ち、生き残ります。
どうか其の辺りをご理解の程、よろしくお願いいたします。
ではでは、また次のページでお会いしましょう。