少年成長記   作:あずき屋

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 君にものを教えられないのが残念だ。
だけど、伝えておかなければならないことは伝えました。
後は、全て託します。
答えは、あの街で求めるといいでしょう。

では、生きなさいラジエル。


第一章
第1話 少年、オラリオへ到着


「ここが……オラリオ?」

 

 

 門を潜った先に現れた光景は、ある意味壮観言えるほどに見えた。

所狭しと設置された屋台に、人間と獣人が共存している様に、綺麗に装飾された武器や鎧があちらこちらに展示されている。

もちろんラジエルにとってオラリオのあらゆる側面も初めて見るものばかり。

頭は忙しなく揺れ、目も耳も総動員させて辺りの情報を得ようと動きを止めない。

分かりやすく表現すると、初めて遊園地に来た子どもの挙動そのものなのだ。

村で育ち、師の下で娯楽など無縁の生活を10年も続けてきた少年にとって、オラリオは目を惹かれる対象となって当然である。

 

 

「えぇーっと、まずどこで何したらいいんだろ?

ねるとこ?

食べるとこ?

それとも別の場所かな……」

 

 

 そして、目的を見失うのも当然である。

雑多とした街中で世間知らずの子どもが入り込んだところで、多くの選択肢を見せつけられて迷う子どもはいない。

宛を見つけられずフラフラと彷徨うばかりである。

 

 

「そこの黒髪の貴方、止まってください」

 

 

「…………?」

 

 

 後ろからはっきりと凛とした声がラジエルの耳に心地よく響いた。

辺りを見回してみても黒髪の人物は存在しない。

後ろの人は誰に話しかけているのだろうか。

それよりも、これからどうするかを順序立てて考えていかねばならない。

不意に肩を叩かれた。

 

 

「貴方の事ですよ。

黒髪は、今この辺りでは貴方しかいませんから」

 

 

「あ……俺のこと?」

 

 

 敵意を感じなかったため、ラジエルは緩やかに振り返る。

そこには、妖精が立っていた。

薄緑色のセミロング、白いシャツにハーフパンツ。

その上にローブを羽織り、茶色のブーツを履いた女性が、透き通るような空色の瞳でこちらを見下ろしていた。

 

 

「はい、先程から辺りをキョロキョロしているようですが、どうかしたのですか?

まさか、親御さんとはぐれたりしたとか」

 

 

「?

俺に親はいないよ。

ここまで1人……おじいさんと来たんだけど、もうおじいさんは仕事で帰るって言ってた。

だから、俺はこれから1人だよ?」

 

 

「そう……ですか。

……すみません、失礼なことを聞きましたね」

 

 

「んーん、気にしないでいいよ。

俺はラジエル・クロヴィス。

よろしくね」

 

 

「これは……申し遅れました。

私はリュー・リオン。

よろしくお願いしますねラジエル」

 

 

 リュー・リオンと名乗った彼女は、こちらが歳下にも関わらず、姿勢を少年の目元まで落とし、丁寧なお辞儀で佇まいを直した。

とても真面目な性格なのだろう。

先程から少年の身に対しても敬語を使うあたり、その性格が感じ取れるだろう。

ところで、彼女は何故ラジエルに話しかけてきたのだろうか。

 

 

「リューは俺に何か用かな?」

 

 

「いえ、挙動不審な貴方を見て気になったもので」

 

 

「きょどーふしん?」

 

 

 耳慣れない言葉にラジエルは首を傾げる。

師から武術の教えは受けていたが、学問に関する教えは時間の関係上深くは教えて貰えなかった。

つまるところ、ラジエルは年齢に沿った学問を受けていない。

世間知らずのみに留まらず、かなりの物知らずでもあるのだ。

 

 

「それは……えっと、そう。

ラジエルがキョロキョロしていたので気になったんですよ。

行く場所が分からないのかと思いまして」

 

 

「リューは優しいんだね(・・・・・・)

 

 

「………っ!」

 

 

 子どもに指摘されたことが恥ずかしかったのか、ラジエルの一言でリューの顔は果物のように赤くなった。

感情の起伏が乏しいラジエルはあっけらかんと言い放つ。

リューの反応に、ラジエルはまたも首を傾げてしまう。

子どもにして物事をよく知らない少年は、彼女の反応の意味がわからない。

謎は深まっていくばかりだ。

 

 

「そうだ。

俺、行きたいところ思い出した」

 

 

「そ、そうですか、どこに行くのですか?

よかったら私がそこまで案内しましょう。

ここで会ったのも何かの縁でしょうし」

 

 

 どうやら、リューはラジエルの世話を焼いてくれるらしい。

親身になってくれる人がいるということは、どうやらこの街はそんなに警戒すべき所ではないのかもしれない。

師は、街は悪意に溢れており、世間知らずはあっという間に彼らの餌食になってしまうのだとか。

因みに、その際にどのようなことをされるのかは教えてくれなかった。

師はいつも通りの柔和な表情を崩さず、それ以上その話題に対して触れることはなかった。

もちろん、ラジエルにはどういう意味があったのかは理解出来ていない。

ただ、そうなんだと流してしまっていたからだ。

 

 

「ねぇリュー。

ダンジョンに行くにはどうすればいいの?」

 

 

ラジエルの放った一言により、リューの表情は一転し、その美しい顔を凍りつかせた。

 

 

──────────────────

 

 

 場所は変わり、喫茶店の中にいる。

この建物の中で一体何をするのか分からないラジエルは、キョロキョロと辺りを伺いながら、暇を持て余した両脚を意味もなくプラプラと揺らしている。

リューは席につかず、すぐに人が並んでいる列に並んでしまっていた。

ここに連れて来られる前に、リューはこんなことを言っていた。

 

 

『ゆっくりと、お話出来る場所に行きましょう』

 

 

手を引かれ(・・・・・)、何とも言えない圧力に気圧され、ラジエルはされるがままの格好となった。

何かまずいことを言ってしまったのかと思った少年は、思い当たる節がないかと思案する。

しかし、学の足りない少年の頭をいくら捻ったところで、明確な答えなど出るはずもなく、フラフラと頭を揺らし続けている。

丁度煮詰まって来ている最中、ようやくリューが戻ってきた。

 

 

 

「お待たせしました。

まずはご飯にしましょう。

お腹が空いているでしょう?

いっぱい食べてください」

 

 

「う?……ありがとう。

いただきまふ」

 

 

「はい、頂きます。

ってこら、そんなに口に詰めてはいけません。

もっとよく噛んで食べなさい。

喉を詰まらせても知りませんよ?」

 

 

「んー、らいじょぶ」

 

 

「口にものを入れたまま喋らない。

お行儀が悪いですよ」

 

 

「んー」

 

 

 リューが持ってきてくれた食事は、どれもこれもラジエルにとって物珍しいものばかりだった。

ミートボールがゴロゴロと入ったパスタに、山盛りのサラダ。肉汁が跳ねる程に熱せられたハンバーグ。

温かく、甘いコーンスープなど、どれもこれも初めてだった。

初めての美味しそうな香りが鼻腔をこれでもかと刺激してくるため、ラジエルは何の警戒もなしに食べた。

 

食べに食べた。

その口に目一杯の食べ物を詰めて、ラジエルはオラリオで初めての食事を、見目麗しい女性、リューと過ごした。

表情の起伏が乏しい少年も、この時ばかりは幸せそうな顔をしていたように見える。

 

 

「ん……んっ、ぷはぁ。

ごちそうさまでした。

お腹いっぱいになった」

 

 

「随分と涼しい顔をしていたように見えましたが……まぁいいでしょう。

はい、ごちそうさまでした。

気に入ってくれたようで何よりです」

 

 

締めに水を飲んで食事を済ませた少年は、パンッと手を合わせて食べ終わった挨拶をした。

声に抑揚があまり感じられなかったラジエルも、満腹になった時の声は、幾分か弾んでいるかのように聞こえた。

 

 

 

「それ……で、リュー?

お話ってなに?」

 

 

「はい。

初めに貴方は、ダンジョンに行きたいと言っていましたね?」

 

 

「うん、そうだね。

それがどうかしたの?

何かいけないことした……のかな?」

 

 

「最初に聞きましょう。

ラジエル、貴方はダンジョンがどういうところなのか知っていますか?」

 

 

「……うん?」

 

 

──────────────────

 

 

 改めて見直してみると、どこからどう見てもただの子どもにしか見えない。

ぱっちりとした子ども特有の大きなくりっとした瞳は、しっかりとこちらを見つめている。

それにしても、私も人のことは言えないが、私以上に感情に起伏が少ない子だ。

両親がいないと言っていたが、感情の変化が薄れてしまったのは、もしかするとそれが原因なのだろうか。

ラジエルが何を考えているのか分からない。

それを確かめるためにも、ゆっくりと話せる場所に連れてきたのだ。

 

 

 

「知ってるよ。

モンスターがいっぱいいて、ませき?っていうのがいっぱい取れるんだよね?」

 

 

「まぁ…間違ってはいませんが、それだけではありません」

 

 

 それを聞いた時、私はますますどういった目的で彼がオラリオまで来たのか分からなくなった。

成熟した者が同じ言葉を口にすれば、一攫千金を夢見た愚かな新参者なのだろうと心の内で一蹴しただろう。

しかし、彼は違う。

ラジエルは金勘定も出来ない上に、言葉も流暢に話せない。

加えて、ダンジョンに次いで有名なバベルの塔には一切興味を示さなかった。

この世界で最も高く、多くの神々が住まう塔に関しては全く興味を示さなかったのだ。

彼が目指している場所はただ一つのみ。

 

 

巨大迷宮、ダンジョンだ。

 

 

 確かにラジエルの言ったことは、大まかではあるが間違ってはいない。

あの穴の中には無数のモンスターたちが蔓延っており、高値で取引される魔石をチラつかせて、それに惹かれてきた冒険者の命を幾つも飲み込んできたのだ。

そして、気をつけるべき点はモンスターだけではない。

そこに関与してくる冒険者たちもまた危険な対象として見られることが多いのだ。

邪な思惑を持つものは後を絶たず、人目に触れにくいことを逆手に取って、下衆な考えを持つ輩がいる。

そういった冒険者が、ある意味モンスターよりも危険なのだ。

モンスターに気を取られている隙に手荷物を盗まれることなど日常茶飯事。

加えて冒険者同士の諍いもよくあることだ。

ダンジョン内は人目が少なく、冒険者を殺めても死体の処理はモンスターたちが勝手に食い荒らしてしまうため、誰が殺めたか分からず、事を有耶無耶に出来てしまう。

つまるところ、暗殺にはうってつけの場所といってもいい。

手を下した犯人は、意気揚々とした感情を秘め、人前では力が足りなかったから助けることが出来なかったと嘯くのだ。

そんな悪意渦巻く穴蔵に、年端もいかない子を送り込むわけにはいかない。

 

 

「貴方はお金を求めて来たのですか?」

 

 

「んーん」

 

 

「では、名声を求めに来たのですか?」

 

 

「めーせー?」

 

 

「違いますよね……」

 

 

 念のため確認を取ったが、間違いなく嘘を付いていない。

私も神ほどではないが、人の嘘はある程度看破できる。

この少年にはそういった邪念が全く見えない。

子どもならではの純新無垢さというのがあるせいだろう。

そして、確信した。

この子は恩恵はおろか、ファミリアにすら所属していない。

私は自己紹介の際、自身が所属するファミリアの名前を公言しなかった。

初めに名乗った彼が名乗らなかったからだ。

当初は素性を隠すためなのかと疑いの目を向けたが、彼は私の所属するファミリアの名に関して一切触れてこなかったばかりか、何も不審がる様子もなかった。

故に確信に至った。

また、こちらの言葉を何となくだが理解はしているのだろう。

分からない単語には首を傾げるが、何となく雰囲気のようなものは感じ取れると思われる。

ここまで話をしていて、ラジエルという少年の仕草が分かったような気がする。

彼は自分の考えと一致しないような言葉に対して、首を傾げる癖があるようだ。

大きい瞳は少し狭められ、私が何を言っているのか考えている。

 

 

「なら、貴方はこのオラリオに、一体何を求めてきたのですか?」

 

 

「……俺にも、よく分からないんだ」

 

 

「……どういうことですか?

貴方はダンジョンが危険な場所であることかも理解せず、むざむざ命を危険に晒しに来たと、そう言うのですか?」

 

 

「…………」

 

 

 厳しく叱りつけるかのように、ラジエルを諭した。

どうやら、彼は自分の行動に関してはあまり深く考えを持たないらしい。

自分が選んだ行動がどういった結末を辿るのか、想像はしないのだろう。

私にここまで彼の行動に関して突っつくと、途端に黙り込んでしまった。

ラジエルはシュンとして俯いてしまった。

その姿に胸が痛むものの、ここは引いてはならないと思い心を鬼にする。

 

 

「……私には、貴方がどういう思いを持ってここまで来たかは分からない。

知り合ったばかりなのですから、当然といえば当然です。

以前にも貴方のように自分の考えをハッキリさせないままダンジョンに潜り、死んでしまった冒険者を、私は見てきました。

決して、少なくない数を……。

ラジエル、私は貴方を知らない。

だからこそ、貴方を理解したい。

貴方の気持ちが本当にダンジョンに潜るだけの価値があるのだとしたら、何も言いません。

だから、話してくれませんか?

貴方の今までのことを」

 

 

「俺の…………はなし?」

 

 

「はい、覚えていることだけでいいですよ。

このオラリオへ旅をしてきたことより前の話を、私はラジエルから聞きたい。

人の心に土足で上がるような真似も、余計なお節介であることも理解しています……。

ですが、私は、リュー・リオンはラジエル・クロヴィスを放っておけない。

さぁ、教えて下さい。

貴方をここまで動かしたその理由を」

 

 

「うん、いいよ」

 

 

 私は、ラジエル・クロヴィスのこれまでの話を聞いておきたかった。

例え傷つけることをしたとしても、小さな子どもの命には替えられない。

 

 

辛いことを話させるかもしれない

傷を掘り返してしまうかもしれない。

悲しませてしまうかもしれない。

 

 

 無論、私もタダでは引き下がらない。

この少年の力になるまで、私もとことん付き合いましょう。

そして、私はこの話を聞いて後悔することになる。

この少年の抱えるものが、想像を絶するものであることを、私はまだ知らない。

 

 

 





 
 という形にしてみ申した。
リューを母の立ち位置みたいにしてしまったよ。
でも反省もしてなければ後悔もしてないんだ。
リヴェリアもそうだけど、リューも母属性高めだよね。
多分きっとそうなんだと私は勝手に解釈しました。
小さな子を相手にリューがどういう対処をするのかを表現するのが難しかった。
幼い主人公とひと味違うリューをお楽しみ出来たのなら幸いです。


ではでは、また次のページでお会いしましょう。










PS
因みに私はダンまちのキャラの中で、リューが一番好きです。

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