少年成長記   作:あずき屋

15 / 41
「さぁラジエル、もう寝る時間ですよ」

「まだねむくない。
おひるにいっぱいねたし」

「いいえダメです。
生活リズムをきちんと正すためにも必ず寝なきゃいけません」

「でもねむくないよ?」

「んん……分かりました。
では子守唄を歌ってあげましょう。
ラジエルがぐっすり寝られるよう、眠るまで歌ってあげます」

「リュー、うたを歌えるの?」

「えぇ、もちろんです
さぁ、私の歌が聴きたかったら速く布団へごーです」

「はーい」


第二章
第14話 少年、歩み寄る


 

 

 鳥の囀りが聞こえる。

朝日の光が燦々と窓に差し込み、一日の始まりを告げる。

窓際に設置されたベッドに眠る主人に対し、柔らかな目覚ましとなり、一日の活動を開始する者へささやかな祝福として光を注ぐ。

ベッドに敷かれた純白のシーツは、朝日を微かに反射し、部屋全体を照らすような光を行き渡らせる。

そんな快晴とも呼べる朝の空の下、寝所にて蠢く影があった。

 

 

「んっ……んんぅ…」

 

「…………すぅ」

 

 

 否、蠢く影は二つ。

動きを見せるは色白の肌を持つ妖精であった。

枕だけでは物足りないのか、自身の腕をも枕とし、静かに覚醒を待っている。

美しい薄緑色の髪は朝日に照らされて輝き、まるで日に照らされて透き通る木の葉のようであった。

薄手のブラウスに白い上着を纏い、ホットパンツで眠るリューの姿は一枚の絵の如く、より際立って見える。

柔らかな布団からはみ出る素足が、ベッドの反対側まで美しく伸ばされ、隣で眠る少年に絡みついている。

隣にて眠っている少年は、寝る前と変わらぬ姿勢で朝を迎えようとしていた。

白き寝所とは正反対に、七分袖のシャツとパンツという黒い服装であった。

目を閉じていることから、男の子にしては珍しく長く伸びた睫毛が一層目立ち、無造作に伸びつつも艶がある黒髪が後頭部へと流れている。

呼吸で規則的に上下する胸が、心地よい眠りについていることを表す。

血の繋がっていない姉弟は、心休まる一時を満喫していた。

 

 

「…………ぁ、朝ですか。

ふぁ……そろそろ、起きる時間、ですね。

……ふふっ、こんなにも穏やかな顔をするのですね、貴方は」

 

「んぅ……」

 

 

 リューは、ラジエルの寝顔を少しの間だけ眺めていた。

思えば、少年がオラリオへ来てから色々なことがあった。

ラジエルが世間体に疎いまま迷宮都市オラリオにやって来て、そこでリューが偶然声をかけたことから始まった。

少年の事情を知り、ファミリアを探し歩いて、アストレア・ファミリアへ招いて、アストレアの神友であるアテナの眷属となった。

初めての手合わせに度肝を抜かれ、買い物に出掛けて、ダンジョンに向かう少年を見送った。

 

 ほんの一週間ほどで、随分と多くのことをしてきたように思える。

そしてこの短い間で、彼はアストレア・ファミリアの眷属たちの中心人物となりつつある。

 

 

『たっだいまぁ!

みんなのお姉さんリーヴァさんが探索から帰ってきたよぉ!

ラジくん成分補給させてーはいぎゅーって。

あぁー癒されるぅ……』

 

『ラジエル、新しいジャーキーが手に入ったの。

特別に君にもあげる。

今回はなんと、粉チーズと香辛料をまぶしたものだよ。

私の自信作だから味わって食べるように。

あ、ちゃんと感想教えてね。

次の試作のためだよ。

えーっと、うぃんうぃん?の関係になるからお願いね』

 

『ラ、ラジくん!

リーヴァさんに教えてもらったシチューのレシピ!

つつ、作って、みました!

どうぞ、食べ、食べて感想、下さい!』

 

『ラジエル、ちょっと肩を揉んでくれないかしら?

神会(デナトゥス)の準備やら書類業務とか忙しくてね。

みんなのステイタス更新も楽じゃないし、アテナのレクチャーもまだ済んでないし……ね、お願い。

ちょっとだけでいいから、マッサージ頂戴?』

 

 

 ここまで溶け込むとは思ってもみなかった。

彼が眷属たちとすれ違えば、二言目には少年を呼ぶ声がホーム中から飛んでくる。

今ではすっかりみんなの心の拠り所の一つとなっている。

こうした反応を見ていくうちに、連れてきたのは間違っていなかったと改めて思える。

少年が、リューにとって大切な存在となったという実感をもたらしてくれた。

 

 

「今日くらいは……もう少しだけのんびりしても、いいですよね」

 

「んぅ……」

 

 

少年の顔を優しく撫で、リューは目を閉じていく。

もう少しだけ、この穏やかな一時を味わいたい。

彼女にしては珍しい寝坊から起きたひと騒動は、また別のお話。

 

 

 

________________________

 

 

「ラジエルっ!!

私はお前に…なんと言って謝ればいいか……!」

 

「……えーっと、リュー?」

 

「ここで私の方を見られても困ります……」

 

 

 怒られた日に大怪我をして帰ってきたことも含め、改めてアテナに謝りに行こうと促したリュー。

ラジエルに対して憎くて言ったわけじゃない。

心から案じているからこそ、戒めるために叱ったのだとリューは言った。

本当に思ってくれている相手だからこそ、感情を表にして伝えるのだ。

が、部屋へ訪れた瞬間に見たものは、目にも止まらない速度で頭を下げながらこちらに滑り込んでくる少年の主神の姿だった。

走りながらにして、その動きはとてもスムーズであった。

一切の淀みなく滑り込んで膝を着き、手を八の字に床に付け、背中に美しい曲線を描いて丸めて頭を下げる。

それは、遥か極東に位置する国より伝わる究極の謝罪の意を示す作法。

自身の一切をかなぐり捨てて行うもの。

俗に言う“ドゲザ”というものであった。

 

 

「(こ、これがドゲザ……。

初めてこの目で見ましたが……なるほど、端から見ればすごい格好……ですね)」

 

「えと、あてな様?

どうしたの、そのかっこー」

 

「神友から教わった最上位の謝罪だ。

私は危うく自分の子を失ってしまうところだった……。

一方的に叱りつけ、お前の心境も考えずに怒鳴ってしまった。

本当に申し訳ない!!!」

 

 

 神とは、あらゆる生物を超越した存在にして最高位の存在である。

そんな神たちは頭を下げて他人に、よもや人間に対して謝ることはない。

しかし、こと天界より下ってきた神たちの動向は若干変化しているようにも思える。

自らの家族を作ったからに他ならないからだ。

縁を結んだものに対しては、神とて情を生む。

いかに自由奔放な神であっても、自分の子達の前では一人の親としての振る舞いになる。

下界にて生活するアテナは、自身の功績全てをなしにして少年に向き合う。

それを証明するのが、目の前にいる彼女の姿。

神としてではなく、親としての在り方。

 

 

「あてな様」

 

「……私は、経過はどうであろうと、結果的にお前を危険に晒した。

散々危険に身を投じるなと説教を垂れておきながらこの始末だ……。

どんな処罰も受け入れる。

ラジエル、本当に済まなかった……」

 

「あてな様、俺の目、見て?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 アテナは何もかもが弱々しかった。

負い目が何よりも勝ってしまい、動作全てが引け腰に見えてしまうほどに。

碧く美しい眼は動揺に満ちており、自分の子を前にして怯えきっているようだ。

立場が逆転していると思われても仕方がない。

アテナはおずおずと顔を上げ、相も変わらない無表情の少年の面貌を見る。

端から見れば裁きの時を待つ罪人のようだ。

 

 

「叱ってくれて、ありがとう」

 

「……な、なに?」

 

「リューが言ってた。

ほんとーに俺のことを思ってなかったら、あんなに怒らないって

あんなに、必死にならないって」

 

「…………ぁ」

 

「俺たちは家族、なんだよね?

だったら、そんなことは言いっこなしだよ。

それなら、俺のほうこそごめんなさい。

夜遅くに外に行って、ごめんなさい」

 

「……うぅ、ラジエルぅ!」

 

 

 アテナは、反射的に少年に飛びついた。

安堵故に泣き崩れ、周囲の目も気にせず声を上げて泣いた。

その姿は、とても微笑ましかった。

実の親子ではないにせよ、本当の親子に近づこうとしている。

すれ違いや衝突は多々あれど、歩み寄ろうという気持ちさえあれば、いつかは在るべき形へ落ち着くことになろう。

リューは、その一部始終を目の当たりにしている。

自分と主神との思い出を同時に振り返りながら。

 

 

____________________________________________________

 

 

 

そも、奇跡とは何か。

曰く、不意に起こるものである。

曰く、窮地に追いやられた者がごく稀に招くもの。

曰く、精霊等が引き起こす類のもの。

諸説によって見解は様々だが、この現象は人外の類の存在によって引き起こされるという説が最も有力であるとされた。

一度起きればあらゆる状況を覆す。

覆すとはいかずとも、決定されたものとは異なる結果へ導くためのきっかけともなる。

定められた事象を、根本からひっくり返す可能性を秘めた現象。

故に奇跡。

人には決して理解できず、決して発現を予知できない抽象的概念。

 

 そも、魔法とは何か。

それは人智を越えたものである。

人の身でありながら、人為的に奇跡を発現させる。

本来の魔法は、精霊に認められた者のみが使用を可能とし、文字通りあらゆる奇跡を呼ぶ。

突如何もないところから火を灯すことから始め、瞬時に傷を癒すことも、天変地異をも実現させるほどの現象を意図的に起こせる。

しかし、人の身でそれを扱うには到底困難といえる。

魔法は魔力と呼ばれる未知の力を元に奇跡を発現させるものであって、元より魔力を持たない人にそれを扱うことは叶わない。

また、魔法の種類によっては魔力だけに及ばず、魔力とは別の代償を支払うものもまた存在する。

魔法は万能に近い現象を引き起こすが、それを引き出すにはそれ相応の代償が求められる。

俗に言う等価交換だ。

何かを得るためには何かを差し出さなければならない。

引き出したい力に見合った代償を差し出さなければ、魔法を実現させることはできない。

 

 であるならば、冒険者が魔法を扱えるのは何故か。

端的に説明するならば、神の力の一部を分け与えられているためである。

神は精霊の上位に位置する絶対的存在。

星を作り、生命を生み出し、文化を繁栄させてきた。

人の歴史の起源を紐解くならば、語る上で欠かすことのできない存在。

そんな彼らに、超常的能力が備わっていることは周知の事実。

人は精霊を介さなければ魔法を使えないが、神々はこれを単独で行う力を有している。

そんな彼らの血が入っている冒険者であるならば、魔法を使用できない道理はない。

個人差によって発現できる者もいれば、そうでない者も存在する。

だが、そんな神々の力を分け与えられた彼らであるならば、精霊を介さずとも、魔法を扱うことができる可能性がある。

無論、神の力の一部から発現するものであるため、威力や規模は数段劣る。

しかし、人の世界において、魔法を扱うことができるというだけで十分な価値を発揮する。

 

 だが、魔法を発現するためには様々な問題を解消していかねばならない。

これもまた個人によって異なる。

無意識に発現していた者もいれば、ランクアップを重ねてようやく習得できた者もいる。

そう、個人によって課されるものは異なる。

その眼に見えない難題に対し、冒険者たちは暗闇の中手探りで探し当て、魔法の発現を目指しているのだ。

魔法といっても様々な種類が存在する。

 

炎や水といった五大属性を呼び起こすもの。

自身や他者の膂力を引き上げるもの。

周囲に癒しの力を振りまくもの。

あらゆるものに変身するもの。

呪いや穢れを刻むもの。

 

 このように、あらゆる事象に対して奇跡を呼び起こすものであるため、存在する魔法の数は実に多岐にも渡る。

未だ発見されていないものを含めるならば、その数は最早無数と呼んでいい。

その数も、どんな力なのかも、全てにおいて未知数なのだ。

人という存在が扱う以上、どんなものが発現するのかは神でさえ予想出来ないのかもしれない。

 

 

「むぅーん。

まどーしょ、かぁ」

 

 

 そんな難題を全て無視する方法が、今のところたった一つだけ存在する。

魔道書(グリモア)を読むことである。

別名、魔法強制発現装置ともされる。

無題白紙の本に、神秘のアビリティを持つ者が力を注ぎ込むことで作成することができるアイテム。

一冊の本に力を注ぎ込むと端的に言えば簡単に聴こえてくるが、その裏側にはとてつもない労力を要する。

神秘のアビリティを持っていれば作れるのではなく、あくまで作れる力があるだけ。

半端な気持ちで作成にかかれば当然失敗し、仮に完成できたとしても発現出来るだけの力が込められているとは言い難い。

神秘はあくまで作れる資格に過ぎず。

作れるかどうかはほんのひと握りの者たちだけだ。

故に魔道書(グリモア)はいずれも高額で取引されており、普通の冒険者たちには手が届かない一品となっている。

そんな貴重な代物である魔道書(グリモア)は、今少年に手の平で弄ばれている。

先日オッタルと戦闘を行った後に渡されたものだとリューは言っていた。

必ず読むようにという言伝も一緒に。

アテナの号泣謝罪案件から解放されて少しして、ラジエルは自室にて置かれていた魔道書(グリモア)のことを思い出したのだ。

 

 

「……ちょっとだけ、見てみよーかな」

 

 

 正直なところ、魔法云々に関しては全く興味を持っていないのがラジエルである。

これまでの人生で、魔法を扱ってみたいと思ったことがなかったからだ。

山奥で神秘と無縁の生活をしていたのだから無理もない。

自然の中で食料を探し、動物やモンスターたちと戯れたり、鍛錬に費やした時間の方が遥かに長かったからだ。

しかし、他でもないリューに念を押されてしまっている。

 

 

『いいですかラジエル。

魔法というものは、本来もっと後になってから発現するものです。

辛い鍛錬を繰り返し、ランクをゆっくりと重ね、そしてようやく習得できるかどうかのものなのです。

ですが今回は異例中の異例。

使えるものはとことん使います。

まぁ……もらった相手が相手なので、私としては素直に喜べませんが……。

ですが、ここは私情を捨てましょう。

生き残る術が手に入りますから、この際きちんと段階を踏むべきという意見は流します。

ダンジョンの中は生きるか死ぬかの瀬戸際が常に続きますから……。

んんっ、それはそうとして、ラジエル。

これは貴方にとって必ず必要になる力です。

貴方が以前言っていた、強くなり続けたいという願いを叶えるためにはこれを読まなければいけません。

面倒と思わず、まずは読みましょう。

あ、必ずホームの中で読むんですよ?

外へ持ち出したらおしおきします。

えぇ、必ずです』

 

 

 最後に呟いた部分には若干の寒気を感じたが、彼女にそうまで言わせてしまっては仕方がない。

全く興味も関心もないが、ここは素直に従っておこうと少年は観念した。

何より、あの『猛者』が望んでこれを渡してきたのだ。

これは、言うなれば期待の証。

この力を用いて、再び彼と対峙する。

自分はもっともっと高みへ登らなければならない。

あの強大すぎる壁をこの目で見た。

この体でその強さを体感した。

そして身をもって敗北を知った。

ならば、次会うときはそれを打ち破らなければならない。

強敵との邂逅は、強さを貪欲に求めさせる。

ラジエルにとって、今回はいい起爆剤として機能している。

 

 

「えぇーっと、なになに?

『―お子さまでもわかるやくそうがく―』?

…………へんなの。」

 

 

 表紙は至って子ども用の普通の参考書。

他には何の特徴もない。

魔道書(グリモア)は普通の書物の題名で作成されることが多い。

仮に人目についても目立ちにくくするためだ。

よって、こうして一般の書物として潜ませ、安全に使用してもらうための配慮なのだ。

 

 

「むぅ、読めるかな……?

えっと、やくそうは体のキズをなおすためのものとしてつかわれます。

やくそうはとてもべんりですが、なかには中にはどくになってしまうものもあります。

つかいかたをまちがえると、体にわるいことが起きてしまいます。

それは火のように、刃物のように。

人の叡知は時として万物に対して背徳行為となる。

それ即ち、母と呼ばれる星に対して、我らが───────」

 

 

 見えない何かに、引き込まれる。

序章を読んでいるうちに、自身の口から身にそぐわない言葉が紡がれていく。

自分の意思に反するように、自分の意思に導かれるように。

最早少年は、自分が何を口走っているのか理解できなくなっていく。

まるで他者の言葉を、自分が代わりに口に出しているように。

視界が暗く、狭まっていく。

本の中に、自分という存在が吸い込まれていく。

少年は、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────あーあ、もう来ちまったのか

 

 

 

 

 

 




 いらっしゃい、あずき屋です。

お待たせしました。
これより新章に入ります。
まぁ、読んでいただけたら分かる通り、ラジくんの魔法が発現します。
大体想像はつくかと思われますが、そこはお静かに。
朗読中は口を出してはいけませんよ。

リューの色っぽさを演出してみようと思いました。
これがせいいっぱいでした。
ごめんなさい。
ま、まぁ後は各々お好きに解釈して下さい。
想像力豊かなみなさんなら楽勝でしょう。
おしるこを飲むくらい楽勝でしょう。
そんなこんなでどうぞお楽しみください。


ではでは、また次のページでお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。