少年成長記   作:あずき屋

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 “望むのなら、求め続けなさい。
例えその先に破滅が待っていようとも、突き進みなさい。
それが、貴方の求める答えに繋がるのですから。





第13話 少年、決意を顕わにする

 

 暗闇にいる。

上下感覚はおろか、右や左といった概念が存在しない空間。

三百六十度見渡そうも、そこには黒以外存在しない。

しかし、自分の姿だけははっきりと見える。

見下ろせば手足や身体は見え、いつもどおりの小柄な体格がある。

少年は思う。

こんなところに来ようと思って来たわけではない。

気づけばここにいる。

こんな空間で目覚めることになった覚えが全くない。

死んでしまったのだろうか。

 

 今一度、心を空にして世界に身を委ねる。

瞬間的に外界より解脱し、自身の思考以外の要素を断ち切る。

思い返す。

強者達が集う街に訪れたこと。

思い返す。

歩み寄ってくれた者がいたこと。

思い返す。

家族が出来たこと。

思い返す。

死地へ赴いたこと。

思い返す。

遥か高みへ至った者と邂逅したこと。

 

 自身の身に起きた出来事を再確認。

ほんの少し揺らいでしまった心を持ち直し、ゆっくりと瞼を持ち上げていく。

眼前に見えるは微かな灯火。

揺ら揺らと儚げに漂い、吹けば消えてしまいそうなほどにか細い篝火。

弱々しくはある。

頼りがいがないものと見える。

だが、それは紛れもなく炎の一部だ。

在るだけで辺りを照らし、道標となるもの。

いつから其処にあったかは分からない。

いつの間にか自分の心に灯っていた。

それは善なるものなのか、邪悪なるものなのか。

その灯火の真意はまだ解らない。

少年にとって、原点となっていること以外は、まだ解らないのだから。

揺らめきは次第に大きくなり、何かを形作っていく。

何へと変貌するのか考えているうちに、次第に世界は再び暗転する。

 

 

────────────────────

 

 

「────ェル?」

 

 

 不意に、声が聞こえた。

夢の中で語りかけてくるように、くぐもって聞こえてくる声。

如何様に歪められようとも、その元の清涼にして透き通る声の在り方は変わらない。

故に、声を掛けてくれている人物が分かる。

 

 

「────リュー……?」

 

「あぁ……目が覚めたのですね。

本当に、よかった……。

気分はどうですか?

どこか痛いとか吐き気がするとかありませんか?」

 

「んーん、どこも痛くないよ?

よっと...」

 

 

 上半身を起こしてみるも、どこを探してもあの時の手合わせの痛みは見当たらなかった。

それこそまるで魔法のように、身体中の欠損箇所が綺麗に消えてなくなっていたのだから。

いや、元より溜まっていた身体的疲労そのものが感じられない。

これは一体どうなっているのか。

 

 

「ねぇリュー、どれくらい寝てた?」

 

「……気を失っていた貴方を見つけてからまだ二日と経っていません」

 

「けっこー血出ちゃってたと思うんだけど

なんでキズ一つないのかな」

 

「…………あの後どうなったのか話しましょう」

 

 

 リューは、重く開きづらい口を無理やり開け、事の顛末を話す。

見るも話すも痛々しいあの惨状を。

思い出すのも苦しいあの光景を。

彼のことを本当に想っているのなら、話さなければならない。

これ以上、招かれない悲劇を呼び込まないように。

 

 

_____________________________

 

 

 獲った。 

少年は確信する。

この間合い、技の出のタイミング、加えて死角の刺し具合。

間違いなく捉えた。

一流以上の腕前を持つ者であるならば、技を繰り出した瞬間、決まると確信する領域が存在する。

少年は、正しくそれを実感している最中だった。

 

 

「惜しかったな」

 

「っ!!!?」

 

 

 だが、侮ってはいけなかった。

ほんの少しでも勝ちを錯覚してはいけなかった。

最後の最後まで、気を抜いていい相手ではなかったことを、今この瞬間悟った。

興奮故に、不覚をとってしまった。

少年が対する相手は猛者が集うオラリオにおいて、ただ一人頂点に立った男。

冒険者になって日の浅い者が、ましてや子どもに遅れを取るはずもない。

頭上から悠々と惜しむ声を聞いた途端、視界が渦を巻く。

完全に捉えたと思いきや、あと一歩で掻き消えた。

背後に感じる確かな殺気。

寸でのところで身を捻るも回避など出来ようもない。

幼い体は、ただの一撃で壁まで吹き飛んだ。

 

 

「最後の最後で気を抜いたな。

俺自身の腕を死角として利用したまでは良かった。

が、油断故か、入りの瞬間気配を断ち切れなかったな。

いや、実に惜しかった」

 

「…………」

 

 

 痛恨の一撃を見舞い、黙する少年。

その姿は土煙で確認することは出来ないが、再起不能と捉えて間違いはないだろう。

先程までに感じた殺気が、みるみる薄れていくのだから。

 

 

「だが……ハハッ、なかなかどうして面白い。

手加減は加えていない、油断の隙を感じさせずに打ち込んだ。

間違いなくお前の胴を捉えた。

防御に向かった腕諸共捩じ伏せた。

複数の内蔵を破壊、到底五体満足では居られん」

 

「…………ぅぅっ」

 

「それでも、お前はまだ立つか」

 

 

諦めの悪い眼差しが、そこにはあった。

痛みで震える体に鞭を打ち、懸命にオッタルを睨みつける少年の姿が、そこにはあった。

身体中傷のないところはない。

足は自分の意思と関係なく震え、破れた服の隙間からは、所々赤黒く変色している。

指は何本も折れ、到底握ることの出来ない状態。

頭部からは止めどない出血が見え、眼の焦点もロクに定まっていない。

満身創痍だった。

 

 

「………ハァ……ハァ、うぐっ……!?」

 

 

誰がどう見ても戦える体ではないのは一目瞭然だった。

指一本動かすことすら激痛を引き起こさせる有様なのに、少年は決して膝を折らない。

ここで折れれば傷の具合関係なく死ぬ。

今までそう自分に言い聞かせてきた。

それでも、構えだけは解かなかった。

どんなになろうとも、決して倒れてはいけない。

痛かろうと、辛かろうとも立っていることは当たり前。

それが、自身に課した戒めでもあるのだから。

 

 

「深手を負うも戦意を失わないその意気や良し。

やはりお前もまた武人か。

嬉しいぞラジエル・クロヴィス。

この街で俺と素手でやり合ってくれる者はそう居ないのでな。

久々の凌ぎ合い、実に心躍る一時だった。

重ねて礼を言おう」

 

 

 『猛者』から告げられるは素直な賞賛。

己が身体だけで行う手合わせは、このオラリオでそう行えるものではない。

武具を扱う武術等であれば、それを武器にして戦う冒険者も存在する。

だが、到底オッタルと打ち合おうと思う者は存在しない。

『猛者』もまた、燻る闘志を持て余していたのだ。

頂点に立つことは、同時に孤高への頂きにも達してしまう。

未だ高みを目指すオッタルにとっては、実に致命的なことだった。

 

 

「だが、今宵はここまでだ」

 

 

 目の前で声を掛けてきた気配が、知覚を置き去りにした。

首元に響く衝撃も感じられないまま、少年は沈む。

勝手に照明を落とされたように、少年の意識は刈り取られてしまった。

 

 

「……よもや、この齢にしてここまでやるとはな」

 

 

 『猛者』の腕が、僅かに震えていた。

心身ともに未熟もいいところの子どもにここまでやられた。

客観的に見れば、オッタルが余裕綽々と押しつぶしたように思えるだろう。

力量の差は歴然。

劣勢など存在するはずがない。

苦戦など強いられるはずがない。

辛勝など思われるはずがない。

 

 

 

 そう、ステイタスが正常に(・・・)作動していればの話だが。

 

 

「どうやら満足いくものだったみたいね、オッタル?」

 

「はっ、誠に有意義な一時でありました。

改めて感謝の言葉を述べさせてください、フレイヤ様」

 

「ふふっ……ええ、どういたしまして。

ステイタスを封印する(・・・・・・・・・・)価値があったみたいで何よりだわ。

こうでもしないとすぐ壊れちゃうものね。

でも、本っ当に綺麗だったわぁ……まるで御伽噺のよう。

小さな子どもが、自分より遥かに強い者に立ち向かうなんて……。

実に、ありふれてる。

何の捻りもない子供騙し。

でも、やっぱり面白い。

流石は王道中の王道こそと表現すべきかしら」

 

 

 ステイタスの封印。

それは即ち、主神からの恩恵を受けられなくなる状態を指す。

身体能力は恩恵を受ける前の状態になり、スキルやアビリティも一切使用できなくなる。

今回、フレイヤは特例処置としてオッタルの恩恵を一時的に止めた。

何をしようとも埋めることのできないステイタスの差を持ち得ていれば、この手合わせは成立していなかったからだ。

その気になれば、指先で小突くだけで殺めてしまう。

Lv.7の境地に達した『猛者』からすれば、この街にいる冒険者では戦いにすらならない。

オッタルが動けば、それこそ一方的な蹂躙となる。

故にフレイヤは、ステイタスに封印を施すことにした。

恩恵による力のみを封じれば、残るは本人の力量のみ。

これまで培ってきたもののみが如実に現れる。

ハンデも意味合いも込めてのことだったとは、初見であった少年は知る由もないだろう。

 

 

「お言葉ですがフレイヤ様、今宵の立ち会い等、序章に過ぎません」

 

「……あら、嬉しそうね、オッタル」

 

「実に、久方ぶりの感覚でございます」

 

 

 オッタルは、僅かに震える腕を女神に見せた。

それは、ラジエルからの猛攻を防ぎ続けたが故の結果。

傷こそないものの、芯にまで響かせられた数々の攻撃が、その豪腕に僅かな痙攣を生じさせた。

ステイタス無しの状態だからこそ実現できたこと。

あの『猛者』オッタルが、Lv.1の冒険者の攻撃で腕を震わせるなど、到底実現できることではないのだから。

ハンデありきで立ち会ったものの、オッタルの表情は、確かに充実感を孕ませていた。

封印状態だったとはいえ、オッタルの技術等は健在。

万に一つも手は抜いていない。

冒険者の頂点に至ってしまった自分に対して、この少年は果敢に挑んできた。

一切の恐怖を感じさせず、勝つことだけに執着する意気込みを感じ取った。

肝を冷やすことなどなかった、と言えば嘘になる。

洗練された技と、逆にこちらを食い殺さんとばかりに迫り来る気迫。

紛れもなく、自分が長らく遠ざかっていた命のやりとりだった。

端から見れば狂っている。

そんな窮地を、オッタルは自ら招き入れた。

一時的にとはいえ、立合いの最中は冒険者ではなかったのに。

 

 

「いや、実に心地いい……」

 

 

 だが、それ以上に彼は武人である。

自身を窮地に立たせ続け、その先にある力を求めて愚直に邁進する。

危険無くして力は得られない。

己を高める為なら、どんな鍛錬であろうとも受け入れる。

どんな危険だろうであろうとも厭わない。

武術の真髄を極める為ならば、この命、幾度なりとも窮地に立たせよう。

 

 

「惜しい、実に惜しいぞ小僧。

お前ほどの使い手なら、近いうち、本当の俺と渡り合えるはずだ。

そんな若い芽をここで潰してしまうのは、実に惜しい」

 

「…………ふふっ」

 

 

 オッタルは、倒れ伏す少年を心底惜しんだ。

この少年は近いうち、必ず化ける。

これは推測ではなく、断言だ。

純粋な武術の凌ぎ合いならば、必ず自分を満足させてくれる。

故にオッタルは確信した。

この少年には、もっと伸びてもらわなければならない。

もっと高みへ登ってもらわねばならない。

懐から取り出すは小さな小瓶。

中には、オラリオ最高峰と呼ばれる回復薬、万能薬(エリクサー)が入っている。

オッタルはそれを、惜しげもなく少年の傷に振りまき、飲ませた。

万能薬(エリクサー)は、少年の傷をたちどころに完治させた。

飲めば体内の毒素全てを排し、五臓六腑全てを癒す。

傷にかければ、傷跡一つ残さず元の状態に復元させる。

最高品質であるならば、例え手足がちぎれようとも、細胞さえ生きていれば完全再生させる。

故に万能薬(エリクサー)

この薬一つで家が建つほどに高額なため、冒険者の中でも垂涎もののアイテムのうちの一つである。

 

 

「さぁ、ここまで上がってくるがいい若き拳闘士よ。

次に凌ぎ合う時も、お前の全てをぶつけて来い。

俺は武人として、お前の挑戦を心待ちにしていよう」

 

「あらあら、随分気に入られちゃったのねアナタ。

私の眷属をここまでその気にさせるなんて、ちょっぴり妬けちゃいそう」

 

 

 くすりと妖艶に微笑むフレイヤは、心の底から愉快そうに少年を見下ろした。

眼を爛々と輝かせ、ラジエルに目一杯の期待を込める。

色を持たない人間がどこまで進めるのか、はたまたどんな色に染まるのか。

楽しくて仕方がない。

娯楽に飢えた神は、時として人間を思うがままに振り回す。

フレイヤに眼をつけられてしまったが最後、その者が命を落とすまで延々と付き纏う。

このオラリオにおいて、最も相手にしたくないうちの一神が、美の女神フレイヤなのだ。

 

 

「あぁそうそう!

この子にご褒美をあげないといけないわよね?

そうなんでしょ、オッタル?」

 

「はっ、既に目星はつけてあります。

ですがその前に…………暫しお待ちいただきたい。

盗み見とはいい趣味をしている。

早々に姿を現せ、女」

 

「…………流石は『猛者』、ですね」

 

 

 暗闇に塗れた路地裏から、一人の女性が靴音を鳴らしながら歩み寄る。

足元から月明かりに照らされ、その全貌が明らかとなっていく。

 

 

「貴様か、『疾風(リオン)』。

こんな夜更けに、何の用だ」

 

「単刀直入に言う。

その少年、ラジエルを返していただきたい」

 

 

リューは臆することなく『猛者』に告げる。

恐れている暇などない。

今のリューの頭の中には、一刻も早くラジエルを取り返したいという焦りだった。

辺りに飛び散った血痕、所々抉れている石畳、大きなヒビが走る体壁。

これだけ見れば、ここで激闘があったことは明白。

熾烈を極めた争いがあったにも関わらず、双方に傷らしい傷は見えない。

少年が瀕死の重傷を負っているという、最も危惧していた予感が外れていた。

気を失っているラジエルに損傷がないことに疑問が湧いていたのだ。

 

 

「……『猛者』、貴様よもや幼き子を手にかけた訳ではあるまいな。

このような惨事、誰の目から見ても戦いがあったことは明白。

貴様の目を見れば分かる。

未だ熱が引いていないその目が何よりの証拠。

私の目を欺けると思うな。

ラジエルと一戦交えたのは貴様で間違いない。

……答えろ!!」

 

「女、そう急くな。

案せずとも、殺めてはいない。

この小僧は特別なのでな、ここで潰えてもらってはこちらとしても困るのだ。

故に、傷の方はこちらで癒した。

信用せずとも、連れ帰った後で気の済むままに調べるがいい」

 

「…………っ」

 

 

怒りが込み上げる。

顔に、眼に、頭に怒りが表れていくのが伝わる。

握り拳に、食いしばった歯に力が無駄に集中するのが分かる。

今にも飛びかかってしまいそうになる身体を、リューは必死に押さえ込んでいた。

自分にとって大切な子がこんな酷い目に遭わされて、冷静でいられる訳が無い。

しかし、ここで激情に身を任せても事態は好転しない。

いち大人として、先導者として、ここは感情的になるべき場ではない。

そう自身を無理矢理納得させる。

 

 

「貴様と小僧がどのような関係なのか詮索するつもりもなければ興味もない。

俺が求めるは、この小僧の力。

そして、互いに命を削り合う熾烈な凌ぎ合い。

故に、小僧にはまだまだ高みへ登ってもらう必要がある。

それこそが俺の目的であり、我が主神のお望みでもある。

それ以外、歯牙にかける価値はない」

 

「……こちらとて、多くを語ることも、長らく問答することも望んではいない。

ならば、ラジエルは連れ帰させてもらう。

私の気が変わらないうちに、早々にご退場願おうか……」

 

「フン、言われずとも退いてやる。

我が敬愛すべき主神を、このような薄汚い路地裏に一秒でも長く滞在させたくないのでな。

その前に、小僧にコレを渡しておけ」

 

「っ…………こ、これは!

貴様、一体何を考えている……?!」

 

「言ったはずだ、俺が求めるは小僧の力と戦い。

今は、これで登れるだけ登るがいい。

必ず小僧に伝えておけ。

俺は、いつでも待っているとな」

 

 

 『猛者』より投げ渡されたもの。

リューですら、コレに巡りあった機会はほとんどない。

あったとしても、遠目から見かける程度のものであるし、自分にとって必要のないものだったからだ。

渡すものを渡し、言いたいことだけ言って、彼らは去っていった。

去り際に、オッタルは瞳に力強い意思を宿らせた目を向け、フレイヤは普段通りの厭らしい笑みをこちらに見せつけていった。

フレイヤはいつものこととして、オッタルからは普段と違った印象を持った。

 

 直ぐ様少年の元へ駆け寄り、上半身を抱き起こす。

確かに、衣服の所々に血が付着してはいるものの、傷らしき傷は確認できなかった。

だが、些か血を流しすぎたのか、呼吸は正常であろうとも顔色は少し悪い。

少し目を離しただけで、この街で最も厄介な神とその眷属である『猛者』に目をつけられるとは。

ましてや気に入られる等あってはならない現状。

娯楽に飢えた神は、時として人間を子どものように遊び倒し、ボロ雑巾のように使い倒してしまう。

神に気に入られるということは、一概に喜ばれるようなものではない。

この少年は、一体どこまで運命に振り回されるのだろうか。

 

 

「…………っ」

 

 

 だが、今は喜ぶべきだ。

少なくともラジエルは死んではいない。

こうして再び生きているうちに触れられている。

彼というたった一人の少年の命に触れられている。

リューは安堵の表現を、ラジエルを強く抱きしめることで表す。

本当に、無事で良かった。

心底、そう思えた。

 

 

「早く、戻らないと」

 

 

 優先事項を確立させるや否や、ラジエルをしっかりと背負う。

街中を吹き抜ける風より速く駆ける。

不気味な贈り物である、一冊の書物を携えて、リューはホーム目掛けて飛んでいく。

 

 

_____________________________

 

 

 

「まぁ、ざっくり説明すれば、以上になりますね。

本当に、無事でよかった……」

 

「ごめんね、リュー」

 

「今回ばかりは、飲み込みましょう。

私もあの二人に目をつけられるとは思っていなかったので。

で・す・が」

 

「むゅぅ?」

 

 

 リューは、両の手で少年の顔を包み、強引に顔を合わせる。

完全に逃げ場を無くすための荒業である。

 

 

「夜遅くに出歩いたことだけは水に流せません。

日が落ちた時は危険だと、お師匠さんに教わらなかったのですか?」

 

「それは……おそわった」

 

「正直で結構です。

今回の件から私も学びました。

やはり、重要案件以外はほぼ捨てるべきということが、今回を通して痛感しました。

どう考えても、貴方をあちらこちらへとふらつかせる訳にはいきません。

ラジエル、これから貴方の罰を伝えるからよく聞きなさい」

 

「うん」

 

「これから、ご飯もお風呂も寝るときも私と一緒です。

ほぼ毎日貴方と一緒に過ごします。

いいですね?」

 

「う、うん。

リューといっしょなら、安心、だね」

 

「もっともっと、貴方に色んなことを教えてあげますからね」

 

 

 そう言って、リューは破顔した。

これまでの重圧が全て吹き飛んだかのような開放感が、その表情から溢れ出していたからだ。

彼女の抱擁も体温も、ちゃんと肌で感じている。

生きているという実感が、少年を包み込んでいた。

胸の奥が一層、熱くなった気がした。

内なる熱の正体を考えていると、視界に見慣れない本が机の上に置いてあった。

 

 

「ねぇリュー、そのほんは何?」

 

「……その前にラジエル、私の質問に答えてくれますか?」

 

「うん、なに?」

 

「貴方は、強くなりたいですか?

肉体的、精神的だけに限った事ではなく、もうちょっとこう…‥。

なんと言いましょうか……私は貴方のように武術に関して深く精通している訳ではありません。

貴方が求める強さというものに関して理解が及びきっていないのかもしれません。

……はい、それを承知でもう一度問い直しましょう。

 

ラジエル、貴方は強くなり続けたいですか?」

 

「うん。

俺は、もっと強くなりたいよ。

これからもずーっと、ね」

 

 

 強い意思が宿った眼だった。

その眼を見れば、多くを語る必要がないと思える程に、説得力に満ちていたからだ。

ならば、この先に関する制止は不要だろう。

強くなりたいと心から願うのならば、自分が全力で支えてあげればいい。

リューの心にもまた、一つの決意が生まれた。

少年のこれからの行く末を、隣で見守っていこうと。

 

 

「はい、貴方の決意、確かに聞き届けました。

鍛錬の相手ならいつでも言って下さい。

貴方がより高みを目指そうというのなら、私も全力で手伝いますから」

 

「ありがとう、リュー」

 

「では、受け取りなさいラジエル。

これが、貴方が強くなるための第一歩です」

 

「なにこれ?」

 

「これは、魔道書(グリモア)というものです」

 

 

 




 いらっしゃい、あずき屋です。

お待たせいたしました。
今回にて第一章は終了となります。
次回からは、魔法を習得した主人公をお届け致しますので、ご期待下さい。

はい、連絡は以上です。



 ここまで通して思い直してみましたが、続けるのはなかなかどうして難しいですね。
当初より練っていた案が通用しなくなる、知識がクソレベルで矛盾を引き起こす、語彙力や表現力の拙さ加減に嫌気が指す等の悩みがいっぱい出てきました。
まぁ大変です。
でも、やってみて、評価されて、少なからずお便りも頂いているということで、最後までやらなければならないという、一種の責任感のようなものが芽生えました。
持たないより持つ方がいいと思っている質なので、少し心地いいです。
こうして無駄にハードルを自分で上げていって自滅一歩手前になる私ですが、これからもお付き合いしてくださいますよう、よろしくお願いします。

 あ、ごめんなさい嘘つきました。
厳密には二章から日常編を多く書いていきますごめんなさい。
お便りもお待ちしています。
首をろくろ首のように長く伸ばして待っています。


 ではでは、また次のページでお会いしましょう。

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