少年成長記   作:あずき屋

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 実感なんてどうだっていいんですよ。
そんなものは後から付いて回ります。
大切なのは、それを体験できるか否かの話です。
グダグダ考え込む暇があるのなら、まずはやってみなさい。
失敗したっていい。
初めから完璧にできる人なんていませんから。
納得のいく成功まで、全力で足掻き続けてみなさい。
きっと貴方の求めるものに近づけます。


 さぁ、手を伸ばしてみることから始めましょう?



第10話 少年、命を救う

 

「━━━━!!」

 

 

 ダンジョンでは、実に多くの種族のモンスターたちが生息している。

有名なゴブリンやコボルトもまた然り、この魔窟の中では一種の生態系のようなものが築かれている。

そして中には、通常の個体に紛れて、滅多に姿を現さない個体がある。

絶対数が少なく、その姿を見た者はほとんどいないとされる。

希少種であるが故に、“レアモンスター”と呼称される。

そして、二人の目の前に現れた竜もそのうちの一種類だ。

 

 インファント・ドラゴン。

体長4mにして体高は150cmほどの体格を有している。

小竜と認定されてはいるが、人から見れば十分に立派な大きさだろう。

体表は赤土色で、頭には短く伸びた角が一対。

前足と呼べるものはなく、大きく発達した二本足のみで自立歩行している。

これだけの要素であるならば、複数で相手取れば問題ないように思える。

だが、インファント・ドラゴンには長い首と尻尾を先頭手段として用いる。

よって、常に長いリーチからの攻撃を周囲に振るうことが出来るため、複数人を相手取ろうとも返り討ちにする力量がある。

加えて、龍種の特徴である高い生命力と知能を併せ持つ。

上層においてのボス的立ち位置であるモンスターだ。

 

 

「くっ……!

この状況でインファント・ドラゴンに遭遇するとは、幸運なのか不幸なのか分からんな……。

ラジエル、下がれ。

さっきまでの話が事実であろうとも、こいつ相手には分が悪い!」

 

 

「なんで?」

 

 

「インファント・ドラゴン。

小竜ではあるが立派な龍種のうちの一つだ。

上層には固定された階層主が存在しないが、こいつが出てくるとなれば話は別だ。

滅多に現れることはないが、事実上上層の階層主だ」

 

 

「そーなんだ」

 

 

「何を呑気なことを……。

まぁいい、こいつは私が引き受ける。

君はその間に地上へ戻れ。

連戦は厳しいが、幸い怪我はしていない。

仕留めることは出来なくとも生き延びることぐらいは十分可能だ。

……上層で防戦を強いられることはLv.3としてこの上ない屈辱だが、命に変えることは出来ない。

私の合図とともに走れ。

決して振り返るんじゃないぞ」

 

 

 リヴェリアは少数のパーティを組んで中層攻略の最中であった。

しかし、その道中に他のファミリアのパーティからモンスターを押し付けられた。

それは“怪物進呈(パス・パレード)”と呼ばれ、冒険者の間で苦肉の策とされている。

Aパーティがモンスターたちに追い回されていると仮定する。

走り込む先にBパーティがいた場合、Bに対して密着気味に近づきながら走り抜ける。

モンスターはより近い獲物に対して襲ってくる傾向があるため、この場合はBパーティが強制的に交戦させられることとなる。

この怪物進呈(パス・パレード)を受けたパーティは、モンスターたちからの強襲を余儀なくされるため、体力の温存ができていなければそのまま命を落とす。

逃げるために他を蹴落とすこの行為は、冒険者たちの間で嫌悪されている。

だが、自分たちがそういった状況に陥った際、怪物進呈(パス・パレード)をする可能性もなくはないため、一概に間違った選択ではない。

多くの恨みを買うことになるが、生き抜くためには知っておいて損はない戦術とされている。

 

 リヴェリアたちもその被害に遭った。

既にモンスターの群れと交戦中であったにも関わらず、更に群れの追加を余儀なくされた。

容量を越える質量を前に撤退戦を強いられ、その合間に仲間とはぐれてしまったのだ。

慌てふためくメンバーをまとめあげるために魔法を連発してしまったのもミスのうちの一つ。

高威力の魔法でモンスターを殲滅するのと引き換えに、後の先頭のための精神力(マインド)を温存できなかった。

当然仲間の命には変えられない。

その代わりにリヴェリアは自身を不利な状況に追い込んでしまった。

本来であれば上層のモンスターたちなど恐れる必要はないほどの強さを持つリヴェリアだが、消耗した体力と精神力(マインド)の代償は大きかった。

ソロで心身共に衰弱すれば、たちまちモンスターの餌食となる。

単身で挑む最低条件は、決して無防備にならないこと。

リヴェリアはモンスターを殲滅することを目的とせず、生存率を上げるための行動を取らざるを得なかった。

いくらlevel.3とはいえ、所詮は人の身体。

どれほどまで成長しようともモンスターからの攻撃を受け続ければ人は死んでしまう。

例えそれが上層のモンスターであろうとも。

 

 

「(……ここが、私の運命の分岐点、か。

この子に出会わなければ……いや、あの怪物進呈(パス・パレード)を受けた時点で、既にこの状況は定められていたようなものか。

ラジエルに、ダンジョン内では何が起きるか分からないと説教をしておきながらこのザマか……。

トラブルの一つや二つで呆けていたのは、むしろ私の方だったな。

なら、巻き込んでしまった借りをここで返そう。

あぁ、そうだとも。

失態の返上として、喜んでこの子を明日へ生かすための選択を取ろう)」

 

 

 故にリヴェリアは決断する。

既に退路は絶たれた。

この薄暗く、霧が立ち込める空間であっても、インファント・ドラゴンはこちら目掛けて進撃してくる。

龍種の嗅覚を誤魔化すのは難しい。

リヴェリアは囮になる選択を取ることにした。

ここまで突き合わせてしまった少年に対して、謝罪の意を示すように意思を示した。

確かに身体にこれといった怪我は存在しない。

だが、ここまで登ってくるまでに多量の体力と精神力(マインド)を使ってしまった。

十分な休息がなければ当分持ち直せそうにない。

回復薬の類は全て使い尽くし、頼れるべきアイテムはもうない。

今自分に残っている力が最後の頼みの綱。

 

 

「ではな。

短い間だったが楽しかった。

なに、私は死ぬわけじゃない。

君が生き残っていればどこかで必ず会える。

座学の件、忘れるんじゃないぞ。

さぁ、行けぇ!」

 

 

「───ッ、──────ァァァァ!!」

 

 

 リヴェリアはラジエルの背を押して、一気に敵前に躍り出た。

最後の最後に少年の顔を見ることが出来なかった。

間違いなく気丈に振る舞えていたはずだ。

だが、最後に顔を見てしまえば、決心が揺らぎそうで怖かった。

そのため返事も聞けずに飛び出してしまった。

一方的に取り付けた約束も、果たしてあげられないのが無念でならない。

しっかりとした知識をつけてあげたかった。

できる限りの教養を身につけさせたかった。

嫌悪を感じない時間を、もう少し味わってみたかった。

それは、大人から子どもへ送られる優しい嘘。

自分だけが悟れる、果たせない約束。

またいつか会える。

いつか大人になって、この嘘の意味が分かるまで気負わないで欲しい。

だが、自分はまだまだだと、同時に悟る。

最後の最後に、しっかりと顔を見て話せない辺りまだまだなのだろう。

先輩として、この状況で涙を流すなんて以ての外だ。

あぁ、でも残念でならない。

僅かであっても、自分より未来ある子どもの顔を、もう少し見ていたかったのに。

 

 

 

 

「すまないラジエル……。

約束、果たせそうに……ないよ」

 

 

「────────ァァ!!!!」

 

 

 轟音が、無情に鳴り響いた。

 

 

___________________________________

 

 

 

 

“ラジエル、修行は一度中断してお話をしましょう”

 

“おはなし?”

 

“はい、貴方が戦う上で、知っておかなければならないことを話しておきます。

ラジエル、貴方はもう自分の身を護る術を十分に身につけましたね?”

 

“うん”

 

“よろしい。

ですが、それは貴方だけの話です。

他の人はそうはいきません。

ラジエル、もし貴方の前で、他の人が自分を守れないような状況の時、貴方はどうします?”

 

“どうって……”

 

“力というものは、自分の為だけにあるものではありません。

むしろ、自分以外のものの為にあるのです。

ここまで言えば分かりますか?”

 

“たぶん……”

 

“貴方が本当に強くなりたいと望むなら、この意味をよく考え、自分なりに答えを見つけてみてください。

その答えに辿り着いた時、貴方は本当の強さの一歩を知ることができます。

なので、私は答えを言いません。

自分で思う存分悩み、考え、そして迷ってください。

その選択が迫られた時に、貴方が取る行動がその答えとなります。

私が信じるラジエルなら、きっと私が望んだ答えを出してくれるはずです”

 

“そーなのかな。

なんか、分かりそーで、分からないよーな……”

 

“ふむ、貴方は英雄譚に興味を示しませんからね。

そういったことに関して柔軟に頭が働かないのも無理ありませんか。

では、仮の話をしましょう。

もし、私がラジエルの目の前で大岩に押しつぶされそうになっていたらどうしますか?”

 

“助ける。

ししょーは死なないと思うけど”

 

“要はそういうことですよ。

弱きを助け、の信条です。

他人がどうしようもないほどにピンチの時は、貴方が助けてあげてください。

その行いは他人の助けとなり、貴方の探し求めるものの手掛かりにもなるはずです。

まぁ、ラジエルには、そういったことを一切考えずに動いてもらいたいものですけどね”

 

“それで、いいの?”

 

”はい、少なくともしばらくはね。

いつかは、自分の力で答えを見つけるんですよ?

期待、していますからね”

 

 

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 インファント・ドラゴンとの距離が急速に縮まっていく。

あの巨体に押しつぶされれば、いかにLv.3といえどただでは済まない。

いくら経験値(エクセリア)を貯めてランクアップしたとしても、所詮この身は人の身体。

重厚な装備でもしていなければ、呆気なく命を落としてしまうことだろう。

常日頃から準備は怠るな。

新人たちによく言って聞かせていたことを唐突に思い出す。

所謂、走馬灯というものなのだろう。

自分の意思と関係なしに、これまで体験してきた様々な記憶が再生される。

年頃時に一族のしきたりに不満を覚えるようになったこと。

衝動的に故郷を飛び出した時のこと。

オラリオに辿り着き、ロキに出会ったこと。

今日から家族と言われ、内心嬉しかった時のこと。

同じ仲間の者との距離感が分からずいがみ合っていた時のこと。

ランクアップした時のこと。

自分たちを慕う新人が入ってきてくれた時のこと。

 

 何もかもが、つい最近のことのように感じる。

背景が緩やかな速度で流れていく。

これからの結末は分かりきっていることなのに、それを防ぐ手立ても術もない。

このまま運命に流されて行く。

抗う術など初めからなかった。

そう、故郷にいたときもそうだった。

両親に、外の世界へ行きたいと訴えても聞き入れてもらえなかった。

あの時、独断で故郷を去る選択を取らなかったら、私はきっと流されていただろう。

広い世界を知ることもできず、素性も知らない者と婚約を迫られ、生きがいも見つけられないまま生涯を終える形になっていたに違いない。

飛び出したからこそ、充実した今がある。

自分の手で、定められた運命を振り切ったと思えた。

だが、結局変わらない。

何も満たされないまま死んでいくことに変わりはない。

まだまだやりたいことは沢山あったのに。

 

ロキ()に恩を返したかった。

仲間ともっと話したかった。

新人を立派な冒険者に育てたかった。

もっと色んな世界を見てみたかった。

自由気ままな旅をいつかしてみたかった。

いつか、心底愛することができる者に、出会ってみたかった。

不思議な雰囲気を持った少年と、もっと触れ合ってみたかった。

 

 思い返せばキリがなかった。

それ程までに強い気持ちが、私の中で渦巻いていたというのに。

それらを叶えられることのないまま、ここで終わる。

少しくらい、ワガママになってもよかったのかもしれない。

後悔先にたたず。

今更思い至っても、もう遅かった。

 

 

「─────────ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 きっと私は、最初から何かを間違えてしまっていたのだろう。

 

 

 

 迫る巨体。

 

 

 

 閉ざされていく瞼。

 

 

 

 捨てる、ここで、全てを。

 

 

 

 

 

 

「…………っ」

 

 

 

 さようなら。

願わくば、来世は、自由でありたい。

 

 

 

 

 されど痛みは訪れず。

耐え難いと思っていた苦痛は、身体を這いずることなく、確定された死は一向にやってこなかった。

縫い付けられたような錯覚に陥っていた瞼を、強引に周囲の筋肉がこじ開けていく。

確かに、竜は目の前にいた。

同時に違和感を覚える。

少なくとも、先ほどまでに誰かが隔たりとして立ってはいなかったはず。

ならば、目の前にいる者は誰だ。

 

 

 

「待って」

 

 

 

 小さな黒い子が、竜の前に立ちはだかっている。

頭からつま先まで黒に身を溶かした姿。

後ろから見れば、影のように見えるほどに真っ黒だ。

しかし、この影には実態が確かにある。

でなければ、竜の突進を受け止めているものか。

 

 

 

「リア、助けにきたよ」

 

 

「…………ラ、ジエル?」

 

 

 渾身の体当たりを止められたインファント・ドラゴン。

雄叫びをあげ、力を込めつつも前進し続ける。

だが、この小さな壁は動かない。

この掌が、まるで巨大な物体のように悠然として動かない。

有り得ない。

人間より遥かに優れた体格を有している龍種が、矮小な子どもの片手で抑えられているなどあってはならない事実だ。

力を込め、込め直してみるも微動だにしない。

これは一体なんだ。

 

 

「おべんきょう、するんでしょ?」

 

「え……?」

 

「まだ、やりたいことあるんでしょ?」

 

「…………あ」

 

「まだ、生きたいよね」

 

「……もちろんだ」

 

「いろんな事、教えてくれるよね」

 

「あぁ!」

 

 

 エルフは声高らかに返答する。

まだまだやりたいことは山ほどある。

それこそ数え切れないほどにある。

まだ生きたい。

こんなところで死にたくない。

死を間近にして初めて感じる生への渇望。

自分はまだ、生きていたいと切に願えたのだ。

 

 

 

「────────────ァァッ!!!!」

 

 

 

 小竜は咄嗟に姿勢を真横にずらし、自慢の長い尻尾を力任せに振るう。

巨大な斧の横薙ぎに匹敵する一撃。

ラジエルは身を屈め、リヴェリアを抱えて後方へ飛ぶ。

舞い上がった砂煙が視界を覆う。

見えずとも十分に伝わる。

砂煙の先、大波のように迫り来る殺意の波動。

威圧だけで押しつぶさんとする竜の眼光を。

 

 

「……いくよ」

 

 

 少年が発する言葉はそれだけ。

多くを語らず、その技のみで示してきた。

今も昔も変わらない。

行う動作は、全てにおいて一貫するものである。

水の流れがその最たるもの。

どのような形になるのも自然に、ただそう在るように至る。

握られた拳は逆手に構え、左手は照準を定めるように竜に合わせる。

中腰に落としていき、足幅は一歩多く広げる。

重心は突き出した左足に集中。

腰の位置は中腰で保ち、そのまま水平に滑走する。

狙うは正中線。

人体と構造は異なれど、内臓があることに変わりはない。

流れた風は、苦もなく対象の元へと辿り着く。

 

 

 

 

 

竜墜崩拳(りゅうついほうけん)

 

 

 

「──────────ッッッ!!?」

 

 

 

 

 

 少年の突きは、必然と言わんばかりにインファント・ドラゴンを貫いた。

収まるべき場所に収まったと言うべきだろうか。

当たるまでが、当たり前と錯覚してしまった。

そう、“自然”だった。

正確に正中線を突かれた竜は、文字通り地に堕ちる。

ふとリヴェリアは悟る。

うちの団員より、遥かに厄介な子であると。

 

 

 




 

 いらっしゃい、あずき屋です。
正直くどいかと思われます。
でも、時には胃もたれしてもいいかと考えました。
皆さん、自分なりに楽しんでみてください。
想像からの自己満足で日々を過ごしている私からの意見です。


 ではでは、また次のページでお会いしましょう。

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