少年成長記   作:あずき屋

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これは、記憶と表情の大半を失くした少年が辿る成長記。
何を得、何を考え、何を選択するのか。


その物語の開幕といこう。


序章

 

 

夢を見た。

家族四人が、楽しそうな笑みを浮かべて過ごしている。

なんてことないありふれた光景。

少年少女が追いかけっこをしていて、両親と思わしき2人がそれを優しく見守っている。

ありふれてはいる光景だが、それは同時に掛け替えのない情景である。

 

 

 夢を見た。

彼らの過ごす村が、戦火に包まれていく光景を。

誰も彼もが倒れ伏せ、生気を感じさせない。

人も家屋も家畜も尊厳も自由も思い出も生き甲斐も生命も焼かれていた。

無慈悲に全てが焼き尽くされた。

活気があったと思わしき跡は、血と死体と炎で埋め尽くされた。

醜悪だった。

男はみな無残にも殺され尽くされていた。

焼かれ、斬られ、刺され、殴られて殺されていた。

女はみな悲惨にも陵辱され尽くされていた。

美しかった者はみなその身を汚され、最終的には殺された。

老人も子供も一切の容赦なく、全てが夢だったかのように散っていった。

もう誰かの顔も声も思い出せないが、あの光景だけは鮮明に目に焼き付いている。

 

 

 

全てのきっかけを作ったあの夜の、夢を見た。

 

 

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 かつて、師に聞いたことがある。

神の恩恵を受けた冒険者と呼ばれる者達が、集まって暮らすその街のことを。

集まる理由は様々なのだという。

資金を稼ぎに来たもの、力を求めてくるもの、女を侍らせようとするもの等だそうだ。

欲深いことこの上ないと当初は思った。

夢物語にでてくる英雄たちに近しき力を得ていながらも、そのような下世話な話に転がっていってしまうのかと。

人間は欲深い故に罪深いと聞いたことがある。

まさにそれを体現したかのような街なのだと、当初は思った。

だが、結局のところ、物事を動かすのは全て欲である。

初めは蝋燭のごとくか細い火のような欲望。

それは、新たな欲望()を焚べるごとに大きくなり、次第にそのあり方は膨らませていく。

師は言った。

欲望に忠実であることを卑下してはならないと。

我々知性ある生き物は、身に余るものを欲する生き物なのだと。

 

汚いと思った。

下らないと思った。

気持ち悪いと思った。

なるほどと思った。

その言葉に、抵抗を覚えなくなった自分がいた。

 

きっと、これから先そういった問答が無数に現れるのだろう。

重要な選択肢を迫られる日が、オラリオを目指す関係なく、等しく誰の身にも降り掛かってくるのだろう。

 

 

_____________________

 

 

 

「坊主、そろそろ着くぞ」

 

 

「……うん、ありがとう」

 

 

 馬車に揺られること2日、目的の街が見えてきた。

迷宮都市オラリオ。

神々が住まう都市にして、選りすぐり冒険者たちが集う大規模な街である。

中でも、特徴的なのが巨大迷宮ダンジョンだ。

そこには多くのモンスターが跋扈し、高価な魔石が多く採掘できる場として有名だ。

ダンジョンには大きく分けて三つの断層が存在する。

比較的危険度の低く、駆け出しの冒険者たちの鍛錬の場として使われる上層。

中級者から挑んで、帰ってこられるか分からなくなるほど難易度が上がる中層。

モンスターの強さから、一級冒険者たちでも網羅しきれないほどの難易度を誇る下層と言った具合に分類されている。

そのあまりにも魅力的な場所であるため、多くの冒険者たちが夢を追い、多くの命を散らしてきた魅惑的魔窟。

 

 

曰く、何が起きるかは分からない。

曰く、一攫千金も夢ではない。

曰く、鍛錬を行う場所としてことを欠かない。

 

 

そのリスクを十二分に理解した者達がこぞって挑むのが、ダンジョンである。

 

 

「しかし坊主よ。

年端もいかんお前さんが、何でまたオラリオへ?

その格好からして冒険者になるつもりなんだろうが……はっきり言って全然おすすめできねぇぞ?

あそこにゃ命が幾つあったって足りゃしねぇ」

 

「…まぁ、色々じじょーがあってね」

 

 

 顎鬚をふんだんに蓄えた初老の男性から告げられた言葉は、10歳をすぎた頃の少年に告げるべき言葉としては最もだった。

ダンジョンだけでなく、このご時世子どもの身一つで街に繰り出すだけでもおかしな話なのだ。

 

 

「ワシとしちゃあ世話になった上に仕事で立ち寄るから別に送るのには構わんが…。

まぁ、坊主の腕なら早々死ぬこたぁないだろう。

すまんな、老人の戯言として流してくれ」

 

「うん、ありがとうおじいさん」

 

 

 オラリオへ向かう道すがら、一つの村に辿り着いた。

泊めてくれるところを探していたところ、何やら慌てふためく村人の姿に出くわした。

話を聞くところによると、何でもこの男性の孫が森に入ったまま帰ってこないのだという。

その森には鹿や猪だけでなく、熊の体格を優に超える怪物が住んでいるというのだ。

大人数人がかりでようやく撤退できるレベルで、子どもが迷い込んだともなれば、結末は最早絶望的に近い状況だった。

少年は知っていた。

この身で捜索を引き受けようとも、子どもにそんなことを頼み込むやつはそうはいない。

よっぽど切羽詰まった状況であったとしても、大の大人は簡単に首を縦に振らないことを、少年は知っていた。

故に、誰にも告げず単独で捜索に繰り出すことにした。

その方が自分にとって、明らかに行動しやすいことを既に少年は知っていたのだ。

 

 

───何故助けよう等と思ったのか

 

 

しかし、闇雲に動いては時間を無駄に浪費するだけ。

動く前に、使える情報はないかと思い、無作法と思いつつ聞き耳を立てることにした。

 

 

「頼む!ワシの孫を共に探しに来てくれんか!?

ワシにはもうあの子しか……!」

 

「とはいってもよぉ旦那、探そうにもどっから手ぇつけていいか分かんねぇぜ。

知ってんだろ?

あの森には猪が可愛く見えるほどのバケモンがいんだぜ?

手っ取り早く探すためにも、何か心当たりはねぇのか?」

 

「……森の入口から右へ迂回していった先にワシしか使わん道筋がある。

以前あいつをそこまで連れていったことがある。

もしかすると…そこから入ったのやもしれぬ……」

 

「ホントかいそりゃ?

行くにせよ急いで準備しないと手遅れになっちまうよ!」

 

「行くやつはすぐに支度しろ!

松明と猟銃、槍を人数分用意することを忘れるな!」

 

 

 どうやら、森に入るルートを孫に教えてしまっていたらしい。

幸か不幸か断言は出来ないが目星は立った。

侵入ルートが分かっただけでも僥倖。

早速行動することにした。

 

 

───何故他人のために命を危険に晒す行動を起こしたのか

 

 

 森は不自然な程に静まり返っている。

鳥の囀りも、動物から発せられる草音も何も聞き取れないほどに沈黙している。

まるで何かの機嫌を損ねないようにジッとしている。

この森は、そのバケモノとやらを恐れているように感じる。

物音がない分索敵はしやすい。

だが、こちらの物音も筒抜けであるため一概に楽という訳ではない。自然の中において無闇な行動はご法度。

動物はあらゆることに関して敏感な感覚を持ち合わせているため、自然に慣れていないものの行動にはいち早く察知し、上手く身を隠すか、獲物として捉える。

一方少年の方は完全に自然体となって注意深く動いていた。

以前村にいた時の狩りの動きを覚えていたのが幸いとした。

極力草むらを避け、動物が辿ったとされる獣道を探しつつ、初老の男性の孫を探していた。

バケモノの痕跡は意外にも早く見つかった。

熊を優に超える体格と噂されるだけあってか、獣道はほかの動物と比べると大きかった。

その道中に大きな血溜まりを見つけた。

乾ききっていないところから察するに、まだ時間はそれほど経過していない。

出血量の多さからと辺りへの暴れた痕跡から見て鹿以上の動物のもののようだ。

故に、迷い込んだ孫のものではないと判断した。

 

 

───何故安心しなかったのか

 

 

 これを辿っていけば一番の障害をすぐに見つけられる。

相手の行動さえ先に注視していれば、こちらは常に先手を取れる。

思いがけない痕跡を見つけたが、少年は眉一つ動かさず、細心の注意を保ったまま動き続けた。

常に油断はするな。

自分の屍を晒したくなくば常に意識を周囲に張り巡らせろ。

 

 

「…………」

 

 

 故に一切の声を出さない姿勢を貫くことにした。

師の言葉を思い出しつつ、辺りへの警戒は怠らない。

そして、ついに見つけた。

アレが件のバケモノとされるもの。

体格は確かに噂通り熊の比ではなく、明らかにモンスターに分類されるものであった。

熊を3倍ほど大きくした体格に頭に内側へ歪曲した一対の角。

体毛ではっきりとは見えないが、前足は、後ろ足ほど発達していないように思える。

二足歩行を中心として活動するタイプであると簡単に推測することにした。

見つからなければそのまま何事もなく回避できる。

見つかったとしても、その後の対処はなんとでもなる。

 

 バケモノはどうやら捕らえたばかりの獲物の肉を貪っている最中のようだ。

目は血走り、一心不乱に肉に歯を突き立てていくその様は、少なくとも少年の心当たりにはなかった。

野生の動物は、獲物を捉えても決して警戒は解かない。

常に意識を周囲に配りながら捕食するのだ。

だが、あのバケモノには一切のそれがない。

何故なら、この森には、あのバケモノに害をもたらすものがないからだ。

奴もそれを感じ取っている様が、あの大胆な行動から察せられる。

 

 

「……(今はおしょくじ中か、よかった)」

 

 

 これまた好都合な出来事だった。

周囲に気を配っていない相手ほどやりやすいことこの上ない。

それならば、早々にその孫を探し出してこの森を抜けた方がいい。

少年はバケモノの位置をある程度記憶してからその場を離れようとした。

しかし、唐突に自然音ではない音が鳴り響いた。

 

 

パキッ

 

 

 何者かが枝を踏み潰した音だ。

それは閑散とした森に響かせるには十分すぎるほどのものだった。

 

 

「……ッ?!」

 

 

 バケモノが捕食する口を止め、周囲へ意識を張り巡らせ始めた。

害するものがないとはいえ、食べられるものであるならば片っ端から頂こうとする算段らしい。

何かが駆けていく。

恐らく件の孫も近くに潜んでいたのだろう。見つかったと思いすぐにこの場を離れようとしたのだ。

だが、それはこの森では悪手。

常に音を放ち続けながら動き回るのは、自分の居場所を伝えながら移動しているようなものだ。

その上に孫は少年の歳と大差ない。

迷い込むような判断能力から推測するに、恐らく向こうも子どもなのだ。

体力に乏しい体では、疲れ果てて動けなくなる時間はそう長くない。加えて緊張と不慣れな足場等の要素を鑑みるに、走れてせいぜい数十メートル程度しか走れないだろう。

 

 

「(いそいだ方がいいかもしれない…)」

 

 

 極力物音を避けるため、少年は木を駆け上り、太い枝から跳び移っていく。

これならバケモノの視界から外れつつ、先回りすることが可能だ。

移動を続けると、少し拓けた場所に出た。

辺りには草木があまり生えておらず、不規則な円を描いたような広場を少年は捉えた。

同時に孫らしき子どもが転がり込んでくる。

途中根にでも足を引っ掛けたか、勢い余って盛大に飛び込んできた。

 

 

「キャッ!!」

 

 

 女の子が、身体中を土まみれにしながら飛び込んできた。

少年の中では男だろうが女だろうがどっちでも良かった。

ただ、捜索対象が見つかったという気持ちしか浮かばなかったからだ。

 

 

「……いいたいみんぐ、なのかな?」

 

 

 バケモノの先回りに成功し、孫とされる女の子の間に立ちはだかることに成功した。

どれほど迫っているのかは、草木のカーテンで見えにくいが、大きな足音からすぐ近くまで来ていることは明らかだった。

 

 

「え……えっ?」

 

「いいから、そのまま動かないで」

 

 

 女の子には、突如現れた少年に対してどのような反応をしたらいいのか戸惑っているようだった。

少年としては、そのまま動き回られるよりかは幾分かマシだった。

 

 

「すぅー……はぁー……」

 

 

 少年は深呼吸をし、深く腰を落として構えを取った。

実を言うと少年は武器と呼ばれるものを一切装備していない。

とある事情により、剣や槍などといった武器を持つことが出来ないのだ。

しかし、少年に対して余計な心配は無用。

この身一つあれば、如何なる相手であろうが必ず斃す。

そう自身に刷り込み、師のもとで懸命に鍛錬に励んできたのだ。

そしてそれは、決して慢心からくるものではない。

培った経験が、少年の心を奮い立たせ、己が力を証明してきたのだ。

 

 

「…………いくよ」

 

「■■■■■■■■──ッッ!!!」

 

 

轟音が一つ、鳴り響いた。

 

 

「…………あれ?」

 

 

 そして、少女の反応の後に、もう一つ轟音が響く。

見ると、バケモノの巨体は地に倒れ伏しており、身動ぎ一つ起こさなかった。

あれほどまでに周囲に殺気を振りまいていた元凶は、完全に沈黙を貫いていた。

少年は悟る、仕留めたと。

 

 

「……えっと、ケガは、ない?」

 

 

 少年から放たれた言葉は、大人たちからよく使われるありふれた言葉だった。

男にしては艶のある少し長めの髪型。

少女と変わらない身長に、透き通った蒼い瞳。

黒で統一された衣類の上に、旅人がよく使う外套を纏っていた。

表情に変化を及ぼさず、ただその都度の結果のみを淡々と語るような雰囲気。

特質すべきはその両腕に付けられた革製の篭手。

派手な装飾は施されてはいないが、無骨が故に惹き付けられるものがある。

 

 

「う……うん。

大丈夫、だよ?

あなたが助けてくれたの?」

 

「そうなるのかな?

まぁ、大したケガがなくてよかったね」

 

「ありがとう、おかげで助かったわ」

 

 

 少女は最初は吃りつつも、少年に対して感謝の意を述べた。

つい先程命の危険に晒されたというのに、この程度の狼狽えで済むとは、この少女はなかなかに肝が据わっているのかもしれない。

 

 

「というか……アレ、もう動かないの?」

 

「うん、かくじつにたおした。

もう起きないよ」

 

 

 バケモノは相も変わらず沈黙を保っている。

最早先程までの暴れ様はみられることはないだろう。少年が行ったことは至極単純。

不意打ちがてらの全力の突きを、バケモノの頭に打ち込んだのだ。

どれほど身体が頑丈な作りになっていようが、脳を物理的に鍛えることはできない。

生物は脳を破壊すれば、大概の相手は瞬く間にその命を終える。

この突きがなぜ成功したのかは、バケモノの体重と移動速度によるものが大きい。

早い速度で移動するものが、壁や障害物に直撃した場合どうなるか。早い話、その速度+体重の比率が移動物に全て跳ね返ってくるのだ。少年がしたことはその突き当たるべき壁を小さく、尚且つ自身の力を上乗せして当てたのだ。

一撃で仕留めた理由は挙げればいくつか出てくるが、結局のところそれは、ただの推測にしかならない。

バケモノを下したのは少年であるという事実が全てだ。

 

 

「さ、帰ろう?」

 

 

 差し伸べられた少年の手を、おずおずとしながらも受け入れる少女。

バケモノが倒れた理由ははっきりとは分からないものの、少女にとっては助けに来てくれたという理由が分かっているだけで十分なのだ。

そこからはあれよあれよという形になった、と表現する他ない。

無事少女を村まで連れ帰った少年は、村人達から手厚い歓迎を受けることとなった。

食事から寝床まで無償で提供してもらったのだ。

初めは少年が連れ出したなどという疑問が浮いたが、少女の証言によりそれは杞憂に終わった。

そして、オラリオへ向かうという言葉を聞いた村人達は、数日間分の食料と気持ちばかりの謝礼をもらった。

少年には金勘定に関してはさっぱりだったため、その辺はちゃんと説明してもらった。

それが、数日前の話。

 

 

───────────────────

 

 

「じゃあな坊主。

本当に世話になったな。

これから先は着いて行ってはやれんが、お前さんの武運は祈っとるよ。

達者で暮らせよ?」

 

「ありがとうおじいさん、元気でね」

 

「おっと、ちょっと待っとけ。

御守り代わりに、こいつをやろう。

魔除の首飾りだ。

あの子がお前さんにと作ったものだ。

大事にしてやってくれんか」

 

「…………きれい、だね」

 

 

 男性、もとい少女から贈られたものは魔石を小さく削ったものを加工した首飾りだった。

光に当たると淡く発光している。

 

 

「ははっ、そいつが聞けて十分だ。

ワシは時折仕事でここまでやってくるからな、見かけた時には色々頼ってくれ。

お前さんには返しきれん大きな恩が出来たからな」

 

 

 そういって男性は乱雑に少年の頭を撫で回した。

丁寧ではないが、それ以上に男性からの親愛が心底強く感じ取ることができた。

しかし、少年はどういう反応をしたらよいのか分からずただ、身を委ねた。

 

 

「おっとそうだ坊主よ。

最後に名前を教えてくれんか?」

 

 

いずれ、世界に名を轟かすことになるだろう。

未だ幼い少年も、世界も、神ですらも予想し得ない功績を残すことになる。

まだ見えぬ艱難辛苦を前に、少年は答えた。

 

 

「ラジエル……。

名前は、ラジエル・クロヴィス」

 

 

 




 

どうだったでしょうか。
初めて投稿してみたのですが、やっぱり先人の言葉は流石ですね。
自〇行為を見せつけているようです。
的確すぎますね。

さてさて、初っ端から文字数多く書き連ねては見ましたが、意外と大変です。
私としましてももちろん頑張ります。
ですが、何分勝手がわからん故、色々四苦八苦してしまいそうです。
なので、みなさん出来れば感想を書いて頂きたいです。
この部分分かりづらかったとか、ここおかしいんじゃない?とか書いてくれるとありがたいです。
私のテンションも上がるかも知れません。
お願いします。


ではでは、また次のページで会いましょう。

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