二人の死の王   作:深きもの

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第一話:別離

 光を飲み干したような黒曜石の円卓に、二人の男が座っていた。

 一人は漆黒のローブを身に纏った大柄な骸骨。空虚な眼窩には生命への憎悪を宿した赤い光が灯り、諸所が人間とは違った骨格がローブを内側から盛り上げている。

 もう一人は同じく黒い不定形の塊。どろどろと流動する粘体はまさしくスライムと呼ぶに相応しく、その悍ましい外見は見る者に不快感を与える。

 死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)と呼ばれる種族だ。どちらもDMMO-RPG「YGGDRASIL(ユグドラシル)」プレイヤーが選択できる異形種の中でも最上位に位置する種族だ。強力な魔法を使う死の支配者、武具防具を劣化させる古き漆黒の粘体は最高位難易度ダンジョンで見かけられるモンスターだが、この二人はAIで動くモンスターではなくプレイヤーだ。

 粘体はその不定形の肉体を人間のような仕草で動かしながら呟く。

 

「いやー、本当大変ですよ。時間の感覚ももう曖昧ですが、日に日にブラックっぷりが増してます」

 

「このご時世、転職もままなりませんからねえ……せめて給料でも上がればいいんですが」

 

「ないですないです。そこそこ務めてますけど、ボーナスなんて片手の指で数えられますし、昇給なんて一度もないですよ」

 

 化け物二体の会話は現実世界での愚痴話だ。両者ともに社会人だからだというのもあるが、粘体は長らく愚痴を溢せる環境にはいなかったようで、流れるように、とめどなく自らの黒い日々を語る。

 骸骨も初めは愚痴り合いに参加していたのだが、この粘体、想像以上に自由のない生活を送ってきたようだ。話の内容に軽く引きながら、いつしか聞き手に回っていた。

 と、その時。粘体の首――――と思われる部分――――がぐわんと揺れ、彼の愚痴が止まった。そしてそのまま俯いてしまう。

 

「あれ? ヘロヘロさーん?」

 

 死の支配者が粘体、ヘロヘロに呼びかける。しかし彼は答えず、少しして寝息のような息遣いが聞こえ始めた。

 寝落ちだ。

 

「あちゃー……本当に疲れていたんだな。申し訳ないことしちゃったかな」

 

 骸骨、モモンガは小さく詫びると、自身の席から立ち上げり、背後の壁に飾られている金色の杖を見やる。

 七匹の蛇が絡まり合うその形状はヘルメス神の杖(ケーリュケイオン)をモチーフに作られており、蛇たちの口には色違いの宝石がそれぞれに銜えられている。握りには青白い光を薄っすらと放つ宝石が三つ埋め込まれており、杖全体から尋常ならざる力を感じる。

 ギルド〈アインズ・ウール・ゴウン〉の全盛期の象徴。ユグドラシル廃人を自負するモモンガをして「最高の武器」と呼ぶギルド武器。

 

「――――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン」

 

 かつてのギルドメンバー四十一人全員が一つになって作り上げた、これ以上はないと言える逸品だ。その秘められし力、能力は全てギルド長であるモモンガが振るうことを念頭に置かれて製作されている。

 だが、ギルド武器とはまさしくギルドそのものを表すものであり、この武器の破壊はギルドの崩壊を意味する。万が一が恐ろしくて、結局一度も使われたことのない武器だ。それに、アインズ・ウール・ゴウンは多数決により方針を定める。自分専用とも言える武器とはいえ、今まで使う気にはなれなかった。

 その時、息を吸うような小さな音が聞こえた。視線をスタッフからヘロヘロに戻すと、彼の姿は消えていた。ギルド内チャットには《ヘロヘロ さんが自動ログアウト しました》というシステムメッセージが残されている。

 DMMO—RPGは脳内のナノマシンを媒介に仮想世界を現実の様に体験できるゲームだ。だが現実世界の利用者に何かしらの異変――――排泄であったり空腹であったり――――などが起きると、警告文が表示され、一定時間経過後強制的にログアウトされる仕様になっている。これは法律で定められており、ユグドラシルも当然システムに盛り込んでいる。

 ヘロヘロの場合は深い睡眠状態に陥った為であろう。かなり疲労していたのは間違いないようだ。

 

「お疲れ様でした、ヘロヘロさん。楽しかったです」

 

 いなくなった友人に別れを告げ、モモンガはスタッフを見つめる。

 

(そうだ……楽しかったんだ、本当に…………俺にはもう、この世界だけでいいって、思えるぐらい)

 

 ユグドラシルはゲーム史に燦然と輝く名作の一つだ。

 基本職だけでも二〇〇〇を超える職業の数々。多種多様な亜人種、異形種。自分だけのキャラクターを生み出せ、クリエイトツールを用いることで武具防具やアイテム、服装の外装を自ら製作でき、ギルド拠点を始めとした住居拡張機能。一つ探索するだけでも数年はかかると言われた九つの世界。異常なまでに高い自由度は、日本を中心としたユーザーを虜にし、爆発的な人気を誇った。

 だが、それも発売から十二年も経てば廃れるものだ。次々とより美しく、より広大で、より爽快感のあるタイトルが続々と登場した。ユグドラシルはその中にあっても輝きを失わない作品ではあったが、その輝きに陰りが生じたのは否定できない事実だ。

 一人、また一人とユーザーの数は減っていった。アインズ・ウール・ゴウンも例外ではない。元々社会人ギルドなのだ。現実(リアル)を優先する者が出てくるのは当たり前だし、中には自らの夢を叶え、大成したメンバーもいる。

 だが、モモンガは現実に希望を見出せなかった。両親の献身によって小学校までは卒業できたおかげで一般的な企業に就職できたが、それでも生活は苦しかった。モモンガは常に搾取される側の人間であり、家族も友人もいなかった彼にとって、現実に生き甲斐を見つけることは難しかったのだ。

 だから仮想世界にのめりこんだし、だからそこで得られた友人を大切にした。育んできた友情を大事にした。ネットの関係だろうと、モモンガにとってそれは何よりも尊いものだったのだ。

 

 ――――だからこそ、モモンガはユグドラシルのサービス最終日でも、こうしてログインし続けた。

 

 いつかきっと戻ってきてくれる。ひょっとしたら戻ってきてくれるかもしれない。戻ってこなくても、このアインズ・ウール・ゴウン(思い出)だけは消したくない。

 毎日、ログインしては単独でも効率的に狩れる場所で資金を集め、ギルドを維持した。ギルド拠点〈ナザリック地下大墳墓〉は都市型のギルド拠点とは違い自給自足ができない。強固な防衛力を持つ弊害と言える。

 モモンガはもう数年間、ギルドを生かし続けるだけの歯車のような行為を繰り返していた。

 

「でも、それも今日で終わりか…………最後に顔を見せてくれた人がいただけ、マシか。それだけでもここを、ナザリックを守ってきた甲斐があったというものかな?」

 

 ぽつりと呟きながら、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに手を伸ばす。死者の怨念が具現化したようなおどろおどろしい外装効果(ヴィジュアルエフェクト)が現れ、使い手であるモモンガを歓迎するかのように握りしめた骨の手に纏わりつき、霧散する。

 作り込んででるなあ、と感嘆しながら、外装担当だったメンバーを思い出す。見た目だけならモモンガと非常に似通っていたアンデッドの異形種プレイヤーだ。残ってくれたメンバーの中でも比較的ログイン率が高く、月に一度くらいは顔を出してくれていた。そのメンバーが、スタッフの外装製作に携わっていたはずだ。

 

「確かエフェクトの担当だったかな――――」

 

「――――ばんはーっす。遅れてすいません……って、モモンガさんだけか」

 

 そこで、新たな人物が円卓の席に現れる。擦り切れた襤褸のような黒のローブ。そこから覗ける顔と手は骨。頭蓋骨はモモンガのような諸所が尖っていたり、妙に細長かったりはしない。外套から分かる体格――――骨格? ――――も、肩幅が大きかったり、肋骨が巨大だったりもしない。一言で例えるなら、「普通の白骨死体」である。勿論、人間のだ。

 眼窩には蒼褪めた光が灯され、その存在しない『眼』がモモンガを見やる。

 

「お久しぶりです、チェルノボグさん。てっきり、今日は来れないものかと」

 

 ギルドメンバー、チェルノボグ。死神系の種族の最上位である死の具現(タナトス)まで取得したアンデッドのプレイヤーである。

 主に嫌がらせと即死、首切り(ヴォーパル)やクリティカルを主眼に置いたロマン型ビルドのプレイヤーで、死霊魔法を始めとした魔法詠唱者として突き進んだモモンガとは似て非なる死霊使い(ネクロマンサー)だ。

 

「お久しぶりです。いやー、確かに色々ごたついたんですが、流石に最終日はここで迎えたかったんで…………それで、誰か来ました?」

 

「さっきまでヘロヘロさんがいましたよ。だいぶお疲れだったみたいで、寝落ちしてそのままアウトしちゃいましたが」

 

 あちゃー、と顔に手を当てがって仰け反る仕草をするチェルノボグ。AI担当のヘロヘロと彼はよく談笑していた仲だ。挨拶ぐらいはしたかったのだろうとモモンガは思った。

 モモンガは久しぶりに見た仲間の姿を眺める。本体は人間ベースの骸骨だが、身長はモモンガより高い。大きい身体を持つプレイヤーには体力、攻撃力、防御力や各種範囲攻撃にボーナスがかかる。代わりに当たり判定も大きくなる為、巨大な体格にしているプレイヤーはあまりいなかった。親和性が高かった神話生物(モンストロルム)戦巨人(フォモール)などのプレイヤーなどは十メートル以上にまで巨大化していたが。

 身に纏う襤褸は、見た目に反して防御能力に特化しており、種族特性も相まって物理攻撃に対して完全耐性に迫るほど優れた性能を発揮している。その十指に嵌められている指輪は一つを除いてチェルノボグの戦闘スタイルを支える神器級(ゴッズ)アイテムであり、彼だけの為の装備だ。

 手足に絡むように靡く帯は彼の攻撃力を大きく引き上げ、小さな頭蓋骨の眼窩に宝石がはめ込まれたネックレスには弱点への耐性と自身に掛かる強化(バフ)効果の増幅が、デリーという高位鉱石で作られた冠には強力な足止め系の能力の数々が込められており、今は持っていない武器も全てが一級品。モモンガと同じく、全身を神器級アイテムで整えた立派な一流(廃人)プレイヤーだ。

 チェルノボグのそれはモモンガと同じくロールプレイを重視したビルド構成を補う為、専用とも言えるほどピーキーな装備だが、その効果は強力の一言に尽きる。

 

「あれ? スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンじゃないですか! とうとう持ち出すんですね!」

 

 チェルノボグは嬉々とした声音でモモンガの持つ杖を見ている。やはり自分が作ったアイテムが使われているのは嬉しいのだろうか、モモンガの知る彼よりも今日は幾分上機嫌だ。

 モモンガは照れたように頭を掻きながら、誤魔化すように笑う。

 

「いやあ、ははは……今までは中々踏ん切りがつかなかったんですけど、最後なのだから、とね…………や、やっぱり、駄目ですかね? 皆で作ったものを私一人だけで持ち出すのは…………」

 

「そんなことはないでしょう。それはモモンガさんの為だけに作られた象徴です。むしろ私はいつ手に取ってくれるのかとずっと思ってましたよ」

 

「それは……申し訳ないです。どうしても、自分一人の為に使うのは後ろめたくて」

 

 まあそれがモモンガさんらしいや、と言ってチェルノボグも立ち上がる。そしてその手と背後に一本の大剣と三本の大鎌を取り出すと、少し気取ったように言った。

 

「それじゃ、玉座へ行きましょうか。我らが死の王よ」

 

 

 

******

 

 

 

「なるほど、ヘロヘロさんも苦労してるなあ。というか一度も昇給したことないってマジか…………」

 

「医者にかかる一歩手前だって言ってましたけど、多分無理してるんじゃないかと思います。正規の病院はかなり高額ですし」

 

「うわー有り得るなそれ。大事にしてほしいですね」

 

 玉座に向かう間、二人の骨はすれ違いになったドロドロ、もといボロボロ、あるいはヘロヘロのことや、現実での取り留めもない話題に花を咲かせていた。

 モモンガはチェルノボグの職業を聞いたことはないのだが、意外と裕福なのだろうというあたりは付けていた。彼からはヘロヘロのような仕事の愚痴を聞いたことがないからだ。どちらかといえばそういった話題にはあまり参加していなかったような気もする。

 少し気になったが、ここで聞くのは野暮だと思い留まる。それに、玉座はもう目の前だ。

 

「あれ? アルべドのアレ…………」

 

 チェルノボグが思わずといった風に、玉座の側に控える純白のドレスを着た悪魔を指さす。モモンガも彼女をじっと眺めて観察する。角の生えた頭、絶世と呼ぶに相応しい美貌、白皙の肌、豊かな双丘にしばらく目を奪われ、その手に握る杖のような黒いアイテムを見て————

 

「――――真なる無(ギンヌンガガプ)…………あの錬金術師め、いつの間に持たせたのやら」

 

「あれ、モモンガさん知らないの? 勝手に持ち出すたぁふてえ野郎だな博士」

 

 アインズ・ウール・ゴウンが十一個所有する世界級(ワールド)アイテムの一つが、たかだかNPCに持たされていることにモモンガは不快感を抱いた。世界級アイテムは名前の通り世界を変えるほどに強力な力を秘めるため、宝物殿に厳重に保管されているはずだ。

 それがこうして持ち出されている事実。それはつまり、メンバーの何某かが持ち出したということ。わざわざ守護者統括のNPC、アルべドに持たせるのはその製作者しかいないだろう。

 

「タブラさん、今度会う機会があったら問い詰めてやる…………」

 

 モモンガはふんっと息を吐き、玉座に近づく。一瞬その手がアルべドの持つ至高の逸品に伸ばされるが、これを持たせた人物の想いを汲んだのか、はたまた「最後だから」とギルドの象徴を持ち出した引け目を感じたのか、その手はすぐに戻される。

 

「待機」

 

 チェルノボグが、連れてきたセバス・チャンと戦闘メイド(プレアデス)たちを玉座からすぐ見下ろせるように停止させ、続いて「平伏せよ」と言うと、NPCたちが片膝をついて(こうべ)を垂れる。

 NPCへの命令コマンドをまだ覚えていることに驚きながらも、モモンガもアルべドに平れ伏すよう命じる。そしてそのまま玉座に魔王ロールの時のように優雅に足を組んで座る。

 唯一残った仲間はアルべドとは逆の位置、モモンガから見て左手側に静かに立ち、敬意のポーズを取るNPCたちを眺めている。その目は特にメイドたちに注がれているようだ。

 

(そういえば、プレアデスたちのメイド服はホワイトブリムさんと共同製作だっけ)

 

 自身が携わったNPCたちも今日で会えなくなるのだ。たかがゲームとはいえ、どのNPCもメンバーそれぞれが情熱と愛情と拘りとを注いで生み出したはずだ。別離に思いを馳せるのも当然であろう。

 モモンガも宝物殿にいるであろう自らが製作したNPCを思い出す。アレはどんどん引退していくギルドメンバーを思い出す為だけに作った。彼はモモンガの心を慰めることを目的に作られているのだが、今はこうして仲間が隣にいてくれる。たった二人ばかりだが、それでもアインズ・ウール・ゴウンはここにあるのだと心の中で嬉しく思う。

 モモンガは座したまま、壁に掛けられているメンバーそれぞれを表す紋章を順に指さしていく。これを作るときは紋章学に詳しいメンバーと神話関係の知識が豊富なタブラ・スマラグディナが主に監修した記憶がある。

 

「俺、たっち・みー、死獣天朱雀、餡ころもっちもち、ヘロヘロ、ペロロンチーノ、ぶくぶく茶釜、タブラ・スマラグディナ、武人建御雷、ばりあぶる・たりすまん、源次郎――――」

 

 淀みなく仲間たちの名を呼ぶモモンガ。その声はどことなく震えているような、しかししっかりとした重みのあるもので、諦観と哀愁と、そして大きな誇りをもって読み上げていっているようだった。

 チェルノボグはそんなギルドマスターをじっと見つめて、万感の思いを込めてその最後の雄姿を目に焼き付ける。

 

「あまのひとつ、ウィッシュⅢ、ウルベルト・アレイン・オードル、エンシェント・ワン、ガーネット、ク・ドゥ・グラース――――」

 

 チェルノボグは比較的古参のメンバーだが、モモンガのアインズ・ウール・ゴウンに対する執着心や依存に危うさを感じていた。その性格からギルド長として癖の強いメンバーのまとめ役になってからも、かなりの苦労をしてきただろう。

 それに、メンバーが次々と辞めていく中、「待ってくれ」とも「いかないでくれ」とも言わず、静かに、寂しそうに仲間を送る彼の後ろ姿が、あまりにも哀しかったから。だから、せめて自分だけはと、時間を見つけてはユグドラシルをプレイした。

 

「獣王メコン川、スーラータン、チグリス・ユーフラテス、テンパランス、弐式炎雷、ぬーぼー、音改――――」

 

 彼はいつも独りだった。細々とギルドの維持費を稼いではログアウトするだけの為に、毎日、毎日、毎日、独りで。

 見ていてあまりにも辛かったから、自分がログインできた日はせめて、資金集めではなく別のことをするよう提案した。ナザリックの設備を見て回ったり、空きスペースに思い思いのトラップやギミックを追加して遊んでみたり、たった二人だけで高難易度ダンジョンに挑んでみたり。

 

「ぷにっと萌え、フラットフット、ブルー・プラネット、ベルリバー、ホワイトブリム、やまいこ、るし★ふぁー――――」

 

 自分はモモンガの……孤独な墳墓の王の仲間として、彼の心を癒せただろうか。

 私はこの独りぼっちの死の支配者の、良き友として正しく在れただろうか。

 

「――――チェルノボグ」

 

 モモンガが、もう一人の死の王を見る。変わらない彼の表情が、今だけは安堵に包まれているような気がした。

 大きく息を吐いたモモンガはそのまま居住まいを正すと、チェルノボグに頭を下げた。

 

「ありがとうございました、チェルノボグさん。貴方のおかげで、良い終わりを迎えられます」

 

「いやいや、私なんか大したことはしてません。あんまり顔出せませんでしたしね。こればっかりは運だったので…………」

 

「充分です。充分すぎるほど……救われました」

 

 そこで両者ともに口を閉じ、静かな時が流れる。もうユグドラシルの終わりも間近だ。今頃各ワールドの主要都市や全体チャットは大賑わいだろう。

 だが、二人ともこの静寂を噛み締めていた。これまでの冒険が、仲間たちとの思い出がありありと浮かぶ。

 世界級アイテムを初めて入手した時は皆で毎日のように祝った。それが奪われた時は泣いて悔しがった。

 NPC製作の権利獲得のために色々なゲームで決着を着けた。カードゲーム、麻雀、腕相撲、TRPG、PvP…………。

 今日はどこに行こうか、何を倒そうか、どんなことをしようか。

 

「楽しかった。嗚呼、本当に楽しかった」

 

「ええ、最高の日々でした。もう、これ以上はないほど、素晴らしい日々でした」

 

 ユグドラシル終了までもう一分を切った。幾ばくかの寂寥感と、深い満足感。そしてじんわりと湧き出る達成感に浸っていたモモンガに、チェルノボグが見せびらかすようにその手首を見せる。

 どうしたのか、と見やるモモンガは、ここ数年で最も驚愕した。

 

永劫の蛇の腕輪(ウロボロス)…………!!」

 

 そう。それは世界級アイテムの中でも使い切りの超強力な「二十」と呼ばれるものの一つ。超位魔法〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉の強化版。いかなる願いであっても聞き届けられる運営お願いタイプの極致。かつてアインズ・ウール・ゴウンのDQN行為への最終手段として用いられた、苦い思い出のあるアイテムだ。

 しばらくその所在が不明であったが、まさかチェルノボグが密かに持っていたのかと驚嘆する。「二十」は一度使用されると、再び入手する為のクエストや条件などをこなす必要がある。どうやってそれを知ったのだろうか。

 

「ええ、確かに永劫の蛇の腕輪ですが……抜け殻です、これ」

 

「は?」

 

 思わず間の抜けた声を出してしまうモモンガ。確かによく見ると、手首に巻き付き自らの尾を銜えた蛇は、色褪せており力が感じられない。確かに抜け殻と言えよう。

 

「昔使った時、そのまま残ってたんですよ。何の効果もない装飾品ですけどね」

 

 びっくりさせようと、サプライズです。

 そう言って朗らかに笑うチェルノボグに、ぷっと笑い出してしまうモモンガ。

 真面目な性格だと思っていたが、茶目っ気というか悪戯心というか、新しい一面を見れた気がした。

 

「ふふふっ…………いつ使ったんですか? それ」

 

「ギルド加入の少し前かな? 多分誰も知らなかったと思いますよ」

 

「でしょうね、世界級アイテムの抜け殻なんて……ふふ、誰も想像しませんよ」

 

 ひとしきり笑うと、もうサーバー停止まで三十秒を切っていた。

 慌ててモモンガは、最後の挨拶をする。

 

「チェルノボグさん。今まで、本当にありがとうございました」

 

「こちらこそ。長い間、お疲れ様でした」

 

 互いにぺこりと頭を下げる。悍ましい骸骨二体が頭を下げ合う姿はシュールであった。

 23:59:45、46、47…………

 

「モモンガさん――――――――」

 

「はい?」

 

23:59:51、52、53…………

 

「――――現実(向こう)でも、息災でいてください」

 

「それは、どういう――――」

 

23:59:59…………

 

 

 

 

 《ユグドラシルのサービスを終了します》




 骸骨の兵士(スケルトンソルジャー)、死神(グリムリッパー)、死の具現(タナトス)と成長していきます。
 ごちゃまぜ神話知識だけど許してください。

 永劫の蛇の腕輪使用した後、この抜け殻を入手したプレイヤーはチェルノボグだけです。

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