ニーア:キャットマタ   作:ゆーせっと

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ああ、無情

 吾輩がひと眠り、ふた眠りしている間に、アジを寄越すアンドロイドの女がやってきた。アンドロイドに暑いという感覚があるのかは知らぬが、熱を持ち続けるというのは良くなかろう。

 ジャッカスなるその女は常の如く吾輩に近寄り、無造作に腰を下ろし吾輩に差し出してくるのだ。だが今日はその様子はなく、大きな箱に腰を掛けて手を振った。

 

「やあ腹減り猫、今日も魚をねだりに来たのか? あいにくと食べられるものは持ってなくてね、今日のところは勘弁してくれ」

 

 心外である。吾輩からねだった事など一度もあるまい。さも吾輩の食い意地が張っているように事実を捻じ曲げられるのは如何ともしがたい。

 しかし、ここで抗議の声を上げるのも芸が無い。澄まし顔でそよ風の如く受け流すのも一つの手というもの。吾輩は安い言葉に乗るほど短い生を生きてはおらんのだ。

 

「んなぁー」

「また気の抜ける声だ。そういえばあの双子、デボルとポポルを見かけたけど何かあったのか。あの二人妙に楽しそうに何処かへ向かっていったよ。全く珍しい事にね」

「にゃふ」

 

 色恋に現を抜かすアンドロイドはそれなりに居る。あの二人もまた然りといったところであろう。

 それからしばらく、ジャッカスはどこからともなく取り出した柔らかなボールを転がした。時には稲穂のような玩具を揺らす。子供だましにして猫だまし、安直な誘いではあるがいつまでも寝てはおれぬ。多少手足を動かすのも良いだろう。

 ボールに追いすがり、飛び付いて体を転がす。玩具には飛び付いて前足を叩きつける。なに、この程度であれば消耗にもならぬのだ。所詮は遊びである。

 

「ニャッ!」

「ほらほら、こっちこっち。おっと!」

 

 卑怯な。そこまで持ち上げては届かぬではないか。抗議の目は猫らしく鋭くなっていることだろう。しかし悲しいかな、ジャッカスという輩は其処意地が悪い。今も不敵な笑みばかりを浮かべているのだ。

 

「もう諦めたか? まあ、いい頃合いか。お前はあのヨルハの二人と一緒に来たんだろう」

 

 立ち上がりながらジャッカスは言った。なるほど、砂漠の方から走ってくる二つの真っ黒な姿は吾輩の待ち人。しかし、道具を隠さなくとも良いのではあるまいか。不満といえば不満である。

 しかし、二人は何やら緊張したようにこちらへ向かってくるではないか。ただ事ではなさそうである。

 

「砂漠の機械共を倒してくれたみたいだな、助かったよ」

「いや、それよりも大変な事があった」

 

 ジャッカスの礼を遮るは2Bの声である。妙に固い声と表情を見るに何やら奇怪な事でもあったのであろう。同じく悟ったらしいジャッカスは、深くは聞こうとはしなかった。この女、人を面倒に巻き込むくせに、巻き込まれるのは好まぬ性質らしい。

 

「これは礼だ。そこの猫が好きな遊び道具なんだけど、私はたまにしか会えなくてね。良ければ使ってやってくれ」

「遊び……わかった。9S、持っていて」

「え、僕が?」

「私は刀と太刀があるから。9Sは刀しかないからもう一つ持てるはず」

「え、僕、これを背負うんですか? ていうかこれ何ですか?」

『データベースと照合。該当あり、「ねこじゃらし」。猫の興味を引いて動かさせ、その様を楽しむ猫用玩具。攻撃能力は皆無』

「ええぇ……なんか間抜けじゃないかな、これ」

 

 渋々、といった様子を隠さず9Sは背に猫じゃらしを預ける。刀と共に猫じゃらしが浮く様は愉快極まりない。吾輩の腹も痛くなるというものである。

しからば、跳ばねばならぬ。それがうまくいかず、9Sの背中に飛びつくことになっても仕方のないことであろう。

 

「うわあ!? な、なに? ちょ、引っ掻かないで!」

「にゃ、にゃぁあ!」

「2B! た、助けて!」

 

 なぜ逃げるのか。逃げれば追わねばならぬではないか。

 加えて言えば全く愚かなことに、9Sは2Bの周りをうろちょろとしている。この狭い範囲で吾輩に勝とうとは愚鈍極まりないことだ。

 吾輩たちが周囲を回る中、2Bはといえば、頬を膨らませている。

 

「9S……ずるい」

「じゃあ変わってくださいよ!」

「猫三郎、こっちに来て。ボールもあるよ」

 

 知らぬ。猫三郎を止めよ。

 ツンとそっぽを向いてやり、9Sから離れて日陰の端へ行く。途端に陰鬱な雰囲気を背負う2Bだがこれは根比べである。

 微妙な空気にジャッカスは我関せずと目を瞑り、当然というべきか、9Sが2Bを慰める役を負わされる。吾輩を睨みつけてはいるものの、やはり猫三郎などという名前に賛同できぬのだろう。慰めの言葉どころか態度すら曖昧である。

 

「えーと、2B? 猫は気まぐれってデータベースに残ってたし、たまたまかもしれませんよ。ほら、砂漠に来る時だって2Bを嫌がってる訳じゃなかったじゃないですか」

「でも……」

 

 名付けが悪い、そう言えば良いというのに面倒なことをする。まったく欠伸が出る。

 うじうじと歩く2Bと9Sがその場を離れるまで、実に一時間ほどの時間を要しただろうか。ちょちょいと足元へ寄ってやれば多少気を持ち直したらしい。これを『チョロい』と言うに相違あるまい。

 そんな吾輩へ、9Sが顎を引く。意味するところはおおよそ分かる。やれやれ、仕方無し。

 

「んにゃぁ~」

「え……」

「ほら2B、気まぐれって言ったじゃないですか。今は2Bに抱いてほしいんですよ。すぐ抱いてあげないと、また逃げちゃいますよ」

 

 

 

 

 

 9Sの声に2Bが覚悟を決めるより早く、吾輩は2Bの胸元へ飛び込み収まった。相変わらず固い。やはり中身が鉄とあっては実に固い。しかしまあ、我慢できぬほどでもないのだ。どうやら完全に止まったらしい2Bには困ったものだが、これもまあ、一つの形であろう。

 

「良かったですね2B……2B? ちょ、ちょっと2B!? こちら9S、2Bが停止しています! ハッキングもできません!」

『こちら21O、素体の緊急検査を実施しました。OSチップに反応なし、何らかの要因によりブラックボックス自体も反応しなくなっています。サーバーに保存した2Bの記憶にも異変があり、急速に周囲のデータへ浸食……緊急抹消命令、2Bの全データ削除が決定しました』

「なっ!?」

 

 騒がしい事だ。吾輩は2Bの安らかな顔を見上げながら、少しずつ冷えていく固い腕の中でもう一度だけ欠伸を零した。

 

 

 

 

 

――落ち込んだ心に与えられた歓喜は2Bの罪の意識を塗り潰す。感情の過負荷に『心』は焼き切れた。2Bは幸福を知り、その後訪れるヨルハの滅亡は知らずに済んだ。

 

Cat break the [H]eart

 




コンティニュー。次更新は1、2日後になります。

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