ニーア:キャットマタ   作:ゆーせっと

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砂の器

 外は晴天、吾輩の毛も艶を返して機嫌が良い。猫らしくグッと伸びをするとまたこれが気持ちよい。

 

「んぅにゃあぁ」

「猫、まだ着いてきますね。どこまで来るつもりかな」

「わからないけど危険に晒すわけにはいかない。アネモネからの頼みは砂漠の調査だから危険は少ないかもしれないけど」

「砂漠かあ……体内水分量さえ管理しておけば大丈夫でしょうか。川の水を汲んでいきますね」

「ありがとう、9Sは気が利くね」

「そうですか?」

「うん。私は放っておかれたけど」

「そ、それは……ごめんなさい」

 

 2Bの言葉にはチクチクと刺さる棘がある。が、雰囲気の柔らかさはまったく気にするべくもなし。

 吾輩はなにせ機械生命体を壊す力も無く、しょせんは非力な猫である。二人が刀を振り回す間は遠巻きに見ている事しかできぬ。

 ……しかし、これがなかなか暇なのだ。二人は性分なのか通りすがりに見つけた機械生命体全てを破壊せねば気が済まぬらしい。そのたびに吾輩はいくらか高い場所へ駆け上がり、騒がしい音に耳をぺたんと倒さねばならぬときた。

 最後の機械が爆発四散してから二人の元へ戻る。哀れにも転がった丸い頭は道路を走り、溝に落ちた。

 刀と体の具合を調整した二人が再び歩を進めようとした時、吾輩の鋭い感覚が何かを受け取った。このヒゲがピリッと来る、それでいてどこか気の抜けた感覚……ふむ。

 

『こちらオペレーター6O、2Bさん、ポットへ送った座標データのポイントは確認していただけましたか?』

 

 なかなか緩い声である。いつだったか、ゆるふわという言葉がはやったものだ。確かどれかのビルの中で見た写真集に、ゆるふわガールなる特集があった気がする。まさにそのような、気の抜ける声であった。

 

「こちら2B、確認した」

『砂漠は気温が高く補給も難しいですから、気を付けてくださいね』

「了解」

「あ、そうだ2B、僕達だけだと管理が十分じゃないかもしれないから、オペレーターさんにバイタルのモニタリングをお願いしてみませんか? ポット経由なら通信困難区域じゃなければ大丈夫なはずです」

「そうだね……こちら2B、私の傍にいる生命体のバイタル測定データを送信する。常時モニタリングと変動時の警告を要請する」

『モニタリング、ですか。あのー……これってもしかして、ね、ね、猫ちゃんですかっ!?』

「ちゃん……?」

 

 はて、と吾輩と目を見合わせた2Bは首を傾げた。だが通信の向こうにいるゆるふわ娘は止まらぬ。それどころか興奮したように息を荒げ、モニター一杯に顔なぞ映し出す。

 ああ、これもいくらか懐かしい。人類の中にはこんな輩がいたものだ。吾輩と同種を見るなり抱き上げようとしたり、家の中で何匹も飼育するのだ。吾輩も一時そのような輩の元にいたが、美味い飯を食えるのは良しとしてシャンプーだのお出掛けだのには疲れてしまった。

 このゆるふわ娘も同種であろう。吾輩の毛並を見て、両手で頬を挟んで髪を振り乱す姿なぞそっくりだ。

 

『か、可愛いぃっ! な、なんですかその猫ちゃん! あのっ、抱き上げて、よく見せて貰えませんか? きゃあああかわいー!』

 

 キンキンと甲高い声は耳に悪い。

 2Bも気圧されるように唯々諾々と吾輩を抱き上げ、モニターへと見せつける。

 ふうむ……これは、満足するまでは終わらぬな。こういった手合いは実に面倒だが、仕方あるまい。

 吾輩の飼い猫芸は衰えを知らぬ。無邪気な伸びから丸まって、不意に顔を向けて顔を手で掻いてやる。さぞかし可愛らしい猫に見える事であろう。

 

「にゃーん」

 

 甘え声もこの通り。9Sが呆気にとられたように吾輩を見ているが、なに、この程度はお茶の子さいさい。

 

『ちょーヤバいです! 可愛すぎて、ヤバいです! ヤバすぎませんか!? 絶対この動画消しませんから! ローカルに保存してクリアに画質調整して……すみません2Bさん、ちょっと用ができちゃったのでこれで失礼しますっ。何かあったら呼んでくださいね! ではでは! あ、モニタリングはリアルタイムでしますのでお任せをっ』

 

 嵐は過ぎた。残るのは静寂と風の音である。吾輩は2Bの腕をするりと抜けて地面に降り立つ。2Bもそうだが、アンドロイドの女性の胸は案外固いのだ。やはり機械である。

 呆然とする2Bに、複雑そうにした9Sが声をかける。

 

「なんだか凄まじいオペレーターさんでしたね……動物が好きなんでしょうか」

「……さあ」

「えっと。とりあえず行きましょうか? 砂漠」

「にゃんにゃー」

 

 気を取り直すに掛った時間は十分ほど。砂漠手前に陣取るやや大きめの機械生命体に、何かを吹っ切らんと二人が切りかかるまでにかかった時間である。

 

 

 

 砂ばかりの砂漠では吾輩の足裏が熱を持つ。鉄板ほどではないにせよ、好き好んで歩きたいかといえば、否である。

 

「んにゃぁ……」

 

 吾輩の抗議は、由緒正しき猫パンチ。てしてしと9Sの足を叩くと不思議そうに吾輩を抱き上げた。

 

「えーと、猫の気持ちはわからないんだけど。どうしようかな」

 

 そう言って、困ったように眉を寄せる。お前が困った奴である。猫の手で9Sの頭を叩いてやった。

 9Sが吾輩に抗議しようとして、吾輩も応やるかと睨み合った瞬間である。けたたましいコールの音が、2Bの傍で鳴った。なにやら嫌な予感だ。

 

『もしもし、2Bさんですか? 先ほどの猫ちゃんなんですけど、体表温度が上がっててちょっと危ないかもです。特に足の裏はほっとくと火傷になっちゃうかもしれません』

「了解。9S、猫三郎は置いていこう」

『え。猫三郎? もー、だめですよぅそんなダサい名前で呼ぶなんて。誰がつけたんですか?』

「……」

 

 哀愁漂う2Bの背中は暗い。しかしゆるふわ娘もなかなかやるではないか。もっと言ってやるがいい。

 ところで9Sが笑いをこらえているように見えるのは気のせいだろうか。2Bが刀に手を掛けているのが見えぬらしい。

 

「くっく……あ、あれ2Bさん? い、いや、今のはですね、そこまで、悪いわけじゃないと思うんですけど……ご、ごめんなさーい!」

 

 にじり寄る2Bに恐れをなして9Sは砂漠へ向かって駆け出した。まったく情けない男だ。アンドロイドとはいえ男であるならもっとしゃきりとすればよいものを。

 2Bは2Bで吾輩を一瞥して「行ってきます」と呟くなりゆっくりとその後を追う。刀を携えた姿は処刑人が如くである。猫にも鳥肌が立とうというものだ。

 

「にゃー」

 

 行ってくるがよい。人類であればやはり、行ってらっしゃいというべきである。

 しかし砂漠という所は日向は熱いわりに日陰はなかなか涼しく、吾輩の鼻も風に乾く。これは面倒だと渇きに耐えながら体を横たえていると、なにやら二人が去って行った方向から戻ってくる黒い影。2Bである。

 一体どうしたのかと思いきや、傍らに浮かぶモニターがきゃんきゃんと五月蠅いので吾輩も悟らざるをえぬ。あのゆるふわが何やら言ったのだろう。

 

「ごめん猫三郎、水、置いていくね」

『もう、せっかく猫ちゃんのために汲んできた水なんですからしっかりしてくださいね。あとその名前、ダサいです』

「……猫三郎は猫三郎、だもん」

 

 ゆるふわ娘はなかなか辛辣である。2Bの目元にキラリと光るのは涙であろうか。黒い眼帯のせいで見えぬ。

泣いて笑うのはアンドロイドも人類も、吾輩にはなんら変わり無いようなもの。ヨルハの部隊員から聞こえる話では感情を出すことは禁止されているとのことだが、そこに何の意味があるのやら。まったく人類もアンドロイドも面倒な決まりが好きな輩である。

 ……そういえば、遥か昔、このあたりの人類に奇妙なほど掟を重視するのがいたものだ。あれはヨナの兄達が訪れたのだったか……もはや思い出そうとすることすら困難な、昔の話である。

 

「にゃふ」

 

 水に舌を付け、涼しい日陰で吾輩は眠りに就くことにした。

砂漠は広い。探索にせよ行って帰るにせよ、相当な時間は掛かるであろう。近くを通る、ガシャガシャと音を鳴らす機械生命体を見送って、ゆっくりと欠伸をした。

 


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