ニーア:キャットマタ   作:ゆーせっと

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どっどど どどうど どどうど どどう


風の又三郎

キャンプにはそれなりのアンドロイドがたむろしている。吾輩の縄張りの一つである。

追い付いてきた2Bが吾輩をじっと見て口を開こうとするなり、9Sが遮るように話し始めた。まったく有能である。

 

「2B、まずは代表のアンドロイドに挨拶に行きましょう。情報を集めた方がいいと思いますよ」

「そうだね」

 

 吾輩よりも任務とやらを取ったのだろう。気を取り直したように二人はアネモネの元へ向かっていく。

 なかなかの観察眼、確かにこのキャンプのリーダーはアネモネである。何年か前に降りてきて機械生命体と戦ったアネモネが持つ空気は猛者を思わせる。今も吾輩を睨みつけているのだ。

 

「お前達は……その猫をどこで?」

「ああ、この猫の事、知ってるんですか」

 

 吾輩の猫耳は聞き逃さなかった。2Bが極めて小さな声で、「猫三郎……」と呟いたのを。しかし聞かぬことにする。

 

「……ああ。よくここに出入りしている野良猫だ」

「野良猫、ですか。じゃあ名前も無いんでしょうか」

「名前か? そうだな、私はこの辺り一帯のアンドロイドレジスタンスを取りまとめているが、その中でそいつに名前を付けている奴はいない。もし名前が付けば私にすぐ連絡がくるはずだ」

「そこまでとりまとめちゃってるんですか……なんか怖いかも」

 

 2Bが少しばかり嬉しそうに「猫三郎……!」と言ったのを吾輩スルー。9Sもやはりスルーである。

 アネモネはどうやらヨルハの上司、バンカーなる所にいるアンドロイドから連絡を受けていたらしい。二人を受け入れる姿はリーダーの風格があるが、このアンドロイド、吾輩を睨んでいる。

 9Sも不思議そうにそれを眺め、ついぞ口を開いた。確かに初めて見た輩には奇妙だろう。なにせ、アネモネは震える手を吾輩に伸ばしては引っ込める、というのを延々繰り返しているのだ。

 

「あのー、アネモネさん? それは何をしてるんです?」

「……ああ。いや、この猫はどうだ、噛んだりするか」

「いえ、それどころか持ち上げても大人しいくらいですけど」

「持ち上げただと! さすがヨルハだな」

「えー……」

 

 感嘆の声を上げるアネモネに、9Sは脱力を示す。この女、どうやら吾輩が怖いらしい。理由は当人にもまるで不明だが、人格を作るプログラムに『猫好き』『猫恐怖』が組み込まれているのだという。

 

「はあ。ならプログラムを書き換えればいいんじゃないですか」

「それがOSと結びついていてな……下手に触れば初期化するか、データ消去以外無いからハッキングもできないんだ」

「なんでそんな面倒なことに……」

「にゃにゃあ」

 

 無駄の極みである。

 ともかくとして、二人はアネモネの協力を得てキャンプのアンドロイド連中から情報を集めて周るようだ。無論、吾輩も同行することにする。

 途中、道具屋と武器屋に物をねだられていたが、幸い手持ちでどうにか賄えたらしい。それを聞きつけてか他のアンドロイドまで寄ってきては何やら頼んでいくのが愉快である。2Bは戸惑っていたが9Sは困りつつも楽し気だ。

 囲まれる二人から少し離れた吾輩は、それを遠巻きに眺める双子に気付く。向こうも吾輩に気付き、遠慮がちに寄ってきた。

 

「なんだかすごい事になってるな。あれ、新しく来たヨルハ隊員だろ」

「そうね……猫さん、貴方も一緒だったの?」

「にゃーご」

「今日来たばっかりなのに……凄いのね」

 

 遠く、二人を見る眼差しは憧憬と、僅かな嫉妬でできている。デボルの方は隠そうともせず苦々しい表情を浮かべているが、下を向いた。吾輩以外に彼女の表情は見えぬであろう。要するに、誰にも見せないように顔を伏せたのだ。

 二人がどういう存在か、吾輩はこの目で見てきた。吾輩が気まぐれに遊んでいた妹を助けようとする兄、下着姿の女、喋る本、そしてエミール。人類がいなくなったのは、それから少ししてからであった。

 それからというもの、赤毛の双子は数千年に渡りアンドロイドの嫌われ者である。

 靴の中にゼリーを入れられたり、渡される水が温いことなど日常茶飯事。それが二人を消極的にさせているのであろう。

 

「くそ……行こうポポル、早く仕事を終わらせよう」

「そうね。じゃあね猫さん、また帰ってきたら遊びましょうね」

「にゃん」

 

 吾輩はそそくさと隠れるようにキャンプの出口に向かう二人を見送った。なにせ吾輩は猫である。かける言葉もなければ支える事も出来ぬ。猫の手を貸せる相手は限られるのだ。

 

「きゃっ」

「わ、っと。すみません、だいじょうぶですか?」

「え、ええ……大丈夫」

「すみません余所見をしていて。でも、綺麗な髪ですね。つい見とれちゃいました」

「え、あ、あの、そ、そう……」

「僕は9S、ヨルハ部隊のスキャナーモデルで、親しい相手はナインズ呼びます。よければ貴方も僕の事はナインズって呼んでください。ところで貴方の名前は?」

「あ、あの……ポポル……」

「ポポルですか。綺麗な名前ですね、僕が人類でも一瞬で覚えちゃいますよ。自信ありますからね。ところで今暇ですか? メアド教えてもらっていいですか?」

 

 懐かしい、人類にはかつてナンパ師なる者がいた。吾輩も新宿が人類で溢れていた頃はバリバリだったものである。今となっては恥ずかしくもあり、楽しかった時代だ。

 顔を髪の毛と同じほど真っ赤に染めたポポルと、その手を引く9S。そしてそれに食って掛かるデポル。しかし吾輩は知っている。デポルは今されているように正面から撫でられると即座に落ちるのだ。もはや二人は9Sの虜、過去に妹を想う兄と同じことが繰り返されていた。

 しかしまあ、どこぞへ消えてもさほど時間はかかるまい。これで二人の心が救われるならば。

 ところで、2Bは何をしているのか。その答えはすぐに出た。吾輩の目の前に現れた2Bはどこか疲れた雰囲気を纏わせていた。

 

「……猫三郎、9Sはどこ?」

 

 どうやらこの女、吾輩を猫三郎で通すつもりらしい。そうはいかぬ。

 脱兎のごとき速さで吾輩は身を翻し、花の生えた草地で横になる。出発までの間、吾輩はここで眠るとしよう。

 途方に暮れたような2Bはゆっくり倉庫の方へ向かったようだが、知らぬ。思えば日向ぼっこもここ最近はしていなかっただろうか。不死身であろうと眠気というのは襲ってくるのだ。

 

「ふにゃぁ……」

 

 吾輩は猫である。ヨルハとしての責任もなければ頼まれごともなし。ただ惰眠を貪るばかり。

 

 双子から熱い口付けを送られやってきた9Sと、何やら修羅のごとき炎を背負って戻ってきた2B。顔を合わせたとき、2Bが刀を抜いたのも仕方あるまい。

 

「あ、あの2B? 冗談ですよね、さすがにそれは当たると僕の装甲じゃ……ご、ごめんなさい! 許してください! だ、誰か助けて!」

「大丈夫、ブラックボックスさえ無事なら別の素体に記憶を移し替えればいい。万一があってもここに来た時にバンカーにデータを送ってる。何も問題はない」

「ひぃ!? い、いま掠りました! 素体もタダじゃないですし、か、勘弁してください!」

 

 キャンプのアンドロイド達の前で土下座すること一時間。「ボクポンコツアンドロイド」という看板を背負って正座すること一時間。夜の無い世の中だけに分かりにくいが、吾輩たちがキャンプを出たのは、一万年以上前でいう所のとっぷり日が暮れた時間帯であった。

 


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