ニーア:キャットマタ   作:ゆーせっと

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猫パンチはいくら弾幕を消す


本編
吾輩は猫である


 吾輩は猫である。されどただの猫にあらず。

 髭を張り、尾っぽを振り、耳を立てて歩く姿は若々しかろう。人の姿をした機械仕掛けの輩などは時に「おおいそこの猫型生命体、アジをあげよう」と美味い魚を寄越し、赤髪の双子共は疲れた表情で吾輩の背を撫でてくる。吾輩を羨むのだ。

 しかし彼奴らは知らぬ。吾輩が齢にして一万をとうに超えた猫、すなわち猫又であることを。尾っぽは別に裂けていないが。

 

「にゃん」

 

 おお、おお。今日はまた随分派手に散っているではないか。あれは機械仕掛けの人間、アンドロイドなるものである。時々飛行機械に乗ってやってくるのだが、そのたびに古びた機械連中(これは如何にも機械である)と撃ち合うのだ。花火にも勝る轟音は吾輩の耳には少しばかり痛い。

 このところ、アンドロイドの動きはなかなか活発だ。レジスタンスを自称するアンドロイド共の住処で聞くところでは、ヨルハなる部隊が地球奪還に向けて動いているらしい。まったく、遥か昔に人間が絶滅し、何千年か前に降り立ったエイリアンとかいう奴らも見なくなったというのに、機械同士での戦いは延々と続いている。馬鹿らしい事だ。

 瓦礫の多いビルを駆け上がる。機械共は吾輩や鹿だの猪だのといった動物には興味が向かぬらしく、横を通ろうが気にも留めぬ。愚図である。

 

 ……しかし、何階も上がるのはやはり、面倒だ。

 まったく吾輩も吾輩だ。機械を馬鹿にしているが、吾輩自身もとんだ道化である。

 なにせこの身は猫又と称するわりに、妖術の一つも使えぬ。尾っぽも割れぬ。人語を理解しても話すことはできぬ。飲まず食わずで病に掛らず、身体が千切れようが決して死なぬ不死身の身体が唯一吾輩を妖怪と断ずるに値するのみである。

 

 嘆息しつつ屋上へ登ると、二人のアンドロイドが降り立ったところらしい。目に布などを巻いて果たして見えているのかと不思議に思うが、事実としてこれまでのヨルハ連中は見えていたのだから一層不思議なものだ。

 ビルの間に掛かる橋……代わり瓦礫を渡り、二人の元へ走る。やや幼い少年と、いくらか上の女性である。吾輩に先に気付いたのは少年であった。

 

「2B、早速出迎えみたいです。アンドロイドじゃ無いですけどね」

「あれは……動物?」

「食肉目ネコ科ネコ属、いわゆる猫です。昔はよく人類に飼われていたらしいですよ。ペットとして人気だったとか」

 

 なかなか知ったような口をきくアンドロイドである。まあ、間違っているとは言うまい。吾輩自身、人類が塩の塊になる前には猫缶なぞ頂戴した頃がある。既に味は記憶の彼方ではあるが美味かった気がするのだ。

 吾輩に興味を隠さず、「チッチッ」と古典極まる呼び方をする少年と、辺りを警戒しさっさと足を進める女性。対称的だが、これが案外長続きする組み合わせだと吾輩は知っている。二人がつがいかどうかはわからぬが。

 

「機械生命体は何故か動物に興味を示さないんですよね……って、待ってくださいよー!」

「私達の受けた命令はレジスタンスとの合流。動物に構っている暇はない」

「それはそうですけど……まあいいか。そういえば最近は僕達にも攻撃してこない機械生命体もいるみたいですよ。不思議ですよね」

 

 頭を一撫でして、少年は女性を追ってさっさと飛び降りた。まるでそこに道があるかのような気楽さだが、当然そんなものはなく、ただ落ちるに任せるのみ。見た目通りの人類であれば死は免れぬだろう。

 しかして、まあ、そこはアンドロイドは人にあらず。肌が柔らかかろうが中身は機械ときたものだ。着地するなりさっさ歩きだそうがもはや吾輩驚くことも無い。顔を前足で掻き、悠々と階段を降りるのみ。

 ……妖術が使えれば空も飛べように。まったく、ままならぬ。

 まあよい。二人はレジスタンスと合流すると言っていた。暇つぶしに二人を追うのもよかろう。

 

 

 

 廃墟の隙間は吾輩にとり、行き止まりにあらず。

 一直線にレジスタンスの住むキャンプに向かうと、二人は意外にも悠長に小川で釣りなぞしていた。

 

「あのー、2B? そろそろ行きません?」

「もうちょっと。フナ型機械生命体だけじゃ終われない……」

『有機生命体の反応を感知。一般にフナ、メダカと呼ばれる生命体。推奨、気配を消した待ち釣り』

「そういう事だから少し黙って」

「は、はい……なんか、変な人だなあ」

 

 呟く少年に、吾輩の同情心は緩やかに流れていく。

 あの女性は生真面目そうに見えたがなかなか変人やもしれん。近くに積まれた魚型の機械の山からは執念のようなものを感じる。これは釣り人である。かつて海でよく見た光景で、こういう輩は目的を果たすまで意地でも動かぬのだ。

 少年よ、気持ちはよくわかる。吾輩も釣果のお零れを貰うまで辛抱強く待たされたものだ。

 

「にゃあ」

「あれ? さっきの猫、かな。2B、この猫……って聞いてないか」

「にゃん」

 

 釣り人は静かに糸、ではなく機械を見ている。居合抜きの機を計る侍のごとき気迫だ。これはもはや、吾輩らの声なぞ聞こえてはおるまい。

 

「けど動物か。ハッキングできない相手っていうのも珍しいしちょっと失礼。へー、大人しいじゃないですか」

 

 なに、吾輩ともなれば借りられた猫と変わらぬ大人しさ。

 抱き上げ撫でられてごろにゃんとサービスを惜しまぬのは賢さの証というもの。しかしなかなか、この少年。撫でるのが上手いではないか。デボだのポポだかよりずっと撫で上手よ。あ奴らはどうも撫で方がぬるい。適度に力を籠めるのが良いのだ。

 

「データベースには猫は魚を好むっていうデータがあったけど、どうかな。せっかくだし一緒にキャンプまで行きませんかー? なんなら魚もあげますよー。ねえ、2B」

 

 女性は待ち人である。微動だにせぬ。吾輩らの声はそよ風のごとき扱い。

 

「にゃんにゃん」

「うーん、会った時……まあ2Bからすると前にも会ってるんですけど、僕の記憶はアップされてないからわからないんですよね。真面目な人に見えたのに。前の僕もこんな風に呆気にとられたのかなあ。ま、生真面目一辺倒なオペレーターさんよりは面白いかもですけど」

「にゃにゃあ」

 

 吾輩、気配に敏感である。得体の知れぬ怒気に毛が逆立ち、優美な動きで川に飛び込む。水が掛かるのは困りものだが、怒りに当てられるのは勘弁していただきたい。

 

『こちら21O。9S、先ほどの言葉の説明を求めます』

「げ……えーと……」

 

 触らぬ神に祟りなし。しどろもどろの少年を後にした吾輩は女性の元へ向かう。

 吾輩の一万数千年を超える経験が告げている――来る、と。鋭い猫目が水面を切り裂き、思わず牙を剥く。無論そこに殺気は込めぬ。釣りの極意は魚めらに気取られぬことである。

 女性も悟ったのだろう。握り込む手に僅かな震えを感じる。まったく素人よ……だが、致し方なしか。

 

「……! 来たっ!」

「ニャッ!」

 

 騒がしく水しぶきを上げる機械が跳び上がる。その先に摘ままれているのは……!

 

『報告。メダカと呼ばれる生命体』

「メダカ……」

「にゃん……」

 

 まさしくチビであった。よく掴めたものだ。女性も気が抜けたようにメダカを手のひらに乗せ、しばし沈黙していた。

 ピチピチとむなしく跳ねるメダカ。そっと吾輩の前に差し出されたそれは、新鮮そのものであった。

 

「……あげる」

 

 そう言った女性は、厳しかった釣り人の表情を和らげていた。ポポルに近い柔和なものだ。

 吾輩は食むことにした。この身体、生魚ごときには負けぬのでありがたい。

 

「おいしい?」

「にゃあ」

 

 どちらかというと焼き魚が好みだが態度に出すまい。

 ペロリと頂き、礼代わりに指を一舐め。猫嫌い相手にやれば危ないが、そもそも吾輩に手ずから餌を寄越す輩が猫嫌いという事はあるまい。これが人類やアンドロイドによくウケるのだ。

 この女性も嫌がっているわけではなさそうだが、どうも固まっている。動物に好かれる経験に乏しいとみた。ヨルハの連中が住む場所には動物はいないらしいのだ。

 しばらくして、女性は立ち上がる。目的を果たし向かうべき場所を思い出したのだろう。

 

「そろそろ行かないと。9S、いつまでも遊んでないで早く行こう」

「2Bに言われてもなんか納得が……ほらオペレーターさん! そろそろキャンプに向かうので通信終了!」

『では後でしっかりと話をき』

 

 賑やかに連れ立って歩く二人はなかなか面白い組み合わせだ。一つ、吾輩もついていくとしよう。

 

「にゃっ」

「2B、この猫どうします? ついてくるみたいですけど」

「とりあえずキャンプに行こう。その後の事はその時に考えればいい」

「はーい、じゃあ一緒に行きますか。君、名前は?」

 

 吾輩は猫である。名前は今のところ、ない。

 澄まし顔の吾輩は二人の間を歩く。どちらも歩く速度を落とし、気の利く輩である。

 

「それもキャンプで聞けばいい」

「じゃあ、名前が無かったらどうします?」

「その時は……つければいい、かな」

「いいですねー。ちなみに2Bはどうですか、いい名前とかあります?」

 

 ほほう。

 吾輩と少年――9Sの視線を受けて、2Bなる女性は少しだけ考えて、言った。

 

「猫三郎」

 

 吾輩と9Sは走った。何も聞かぬ事にするのが吉である。

 

「猫三郎……」

 

 少しばかり悲哀の籠った呟きは済まないが無視だ。どこぞの又三郎でもあるまいし、そもそも名前に猫を入れるセンスや如何に。

 走る、走る。キャンプに飛び込んだ吾輩と9Sを他の輩は怪訝そうに見ていたが、危機を脱した吾輩らにあるのは安堵である。

 

「ふー……危なかった、さすがに猫三郎はセンスを疑いますよ」

「にゃんにゃ」

 

 まったくもって同感である。猫三郎など、許せるセンスにあらず。甚だ噴飯ものだ。

 疲れた顔を見合わせる吾輩と9S。そこには確かに、共感が存在していた。こ奴とは仲良くなれそうだ。

 

 

 

 

 ――吾輩はまだ知らなかった。

 この二人との関係が、長く愉快なものになる事を。

 

そして――吾輩の名前が、いつの間にか猫三郎として広まることを。

 


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