『ヨルハ地上班、対有機的食材係9Sより報告。
旧世界の情報媒体より新しいレシピを発見しました。従来の製本されたレシピ集とは異なり、口伝、あるいは下位の情報媒体において記載が見られます。また正式名称が不明である点も特徴的です。
情報媒体の記載名は『猫まんま』。名称から有機生命体である猫に関連する食品であることが考えられます。
しかし、記載された内容には猫を用いた形跡は無し。それどころか食肉を用いておらず、なぜ猫を冠するのか不明。
必要な材料は、米、味噌、若布、豆腐、大根、鰹節等々。作り方については「ご飯に味噌汁をかける」とのこと。
試験的に身近にいる猫に対して、上記方法で作成した猫まんまを提供しました。結果としては全量を摂取。猫まんまは猫を用いるのではなく、猫に食べさせるための食品である可能性があります。
そうであれば正式なレシピ集に載っていない理由としては納得可能です。しかし同行者の2Bは何故か猫まんまを食べたがり、先日は餌皿を持ってきて名前を書いていました。出来上がるまで、猫と並んで正座で座って待機しています。これ、どうすればいいんでしょうね?
追伸:実物は送れないので、3Dデータを送ります』
21Oは受信した報告を即座にローカルへ移すと、3Dデータをモニタに映し出した。
モニタの中では、なるほど、猫とアンドロイドがちょこんと座って、餌皿を前においてジッとしている。まさかそのまま食べるのだろうか、と不安に思った21Oだったが、手前に僅かに映る箸を見て安堵の息をつく。アンドロイドが餌皿で犬食いなど冗談ですらない。
「……猫、ですか」
2B担当のオペレーターが猫の画像をデスク周りに貼りだしてから、にわかにオペレーターの間で生物のデータをサルベージしたり、担当するアンドロイドに写真を頼む者も増えている。司令官がそれを見て嗜めもしないので、影響はどんどん広がっていた。
ちなみに司令官は自分は興味ないぞー、と振舞おうとしているが、彼女の自室には犬のデータがいくつも隠されていることは周知の事実である。
そんなにわかな流行の中、21Oは特にデスクに何かを飾る事をしていない。普段通りのすっきりとした、言ってしまえば無骨で可愛げのないデスクである。
浮いている、とは思わない。デスクは所詮仕事に使うためのものであって、そこに私物が入る必要はない。むしろ大事なものなどを飾って、万一壊してしまったら嫌な気分になるだろう。仕事に気が乗らない、などという言い訳は彼女の嫌うものだ。
21Oは通信を開く。通信相手はもちろん、ふざけた報告を送ってきた相手である。
「こちら21O。9S、無駄な報告はサーバーの圧迫につながります。必要でないデータの送信は控えてください」
『えー? でもこういうのも楽しいじゃないですか。オペレーターさんもたまには息抜きしないといけませんよー』
「必要はありませんが」
『いえいえ、僕にとっては必要なんです。オペレーターさんが息抜きをして、ちょっと柔らかい言葉をかけてくれればいいなーって』
「それが必要になれば構いません」
『必要じゃなくて、自然にそういう関係になりたいんですけどね。それより猫まんま、どうですか?』
「外見のデータだけでは判別できません」
『ああ、それもそうですよね。オペレーターさんがこっちに来れたら御馳走できるんですけど』
彼女の手元が、ぴたりと止まる。もちろんモニターに映らないそれに9Sは気付かない。
「……他に用事が無ければ通信終了としますが」
『オペレーターさんが通信してきたような……まあ、いっか。こちらは現時点で問題ありませんよー』
「了解しました。通信終了します」
『はいはい、了解ですー』
モニタが途切れ、21Oは静かに力を抜いた。手が固まったように動いてくれず、小さく首を振る。
見透かすような9Sの言葉に21Oは揺さぶられ、感情の波を起こす。いてもたってもいられず、21Oは席を立つ。向かうのは自室、そのベッドの下である。
鍵を閉め、ベッドの下へ手を伸ばす。複雑な作りの箱を開けると、中には写真が何枚も収められていた。そのどれもがあるアンドロイド――9Sを映し出している。モニタの画像を密かに焼いたものだ。
それだけでも相当ではあるが、彼女は更に、箱の中で厳重なロックが掛けられた場所から、紙とペンを取り出した。アナログ極まりない道具だが、ハッキングには滅法強い。仮にデータがすべて流出しようと紙に直接描いたものは出ていきようがない。
「……きました」
静かに、21Oは机に臨む。目を閉じていた彼女は呟くとペンを持ち、丁寧に紙に滑らせ始めた。
本日のシチュエーションは留守番の男の子と、ご飯を作りに来てくれた近所のお姉さんの××――!