> [ 1/1 ] 弱き者。
「お断りだね!」
ガキンガキンと激しく剣戟(杖)を交わしながら、クー・フーリンはそう言った。
「なっ……」
それを受けて絶句するのはマシュさんだ。二人とも本当に、そうと聞かなければNPCとは思えない程の良いリアクションを見せてくれる。
「──この私の前で相談事とは、ずいぶんと余裕だな?」
「ちょまッ……アブねぇッ!?」
いや、3人か。
俺とクー・フーリン二人まとめて串刺しにせんと突っ込んできたアルトリアを、クー・フーリンの杖から撃ち出された火球が牽制する。身を翻したアルトリアは返す刃でリツカの首を薙ぎに行き、マシュさんの大盾がそれを防いだ。甲高い金属音が響く。
「助かったよ、クー・フーリン <お礼モーション>」
「礼は構わんがな、アンタ今死にかけたんだぜ? 少しはビビるくらいしろよな」
「そう言われてもな」
怖がる理由がない。
いや、実際のところ痛覚フィードバックが無いと分かっていても今の串刺し攻撃とかめちゃくちゃ臨場感あって怖いんだけど、正直1年半もこのゲームに付き合ってると死んだ回数もそれなりにあるわけで……まあ、慣れちゃったというか。ホラー映画見すぎて怖くなくなる的な順応が成立している感がある。人間の脳は偉大だ……!
「……はァ。一応は味方だってのによ、どうにもやりにくい連中だぜ」
「クー・フーリンさん。断られた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか。何か我々の提案に問題が?」
嘆息する魔術師にマシュさんが改めて問う。クー・フーリンは、一度下がって距離を取ったアルトリアの足元に無数の蔦を生やして足止めしつつ、一際大きなため息を吐いた。
「違ェよ。そうじゃない。現状から勝利を目指すなら、アンタらの提案自体は悪くない……だがな、俺はサーヴァントでアンタらはマスターだ。仕事の領分を侵す気はねぇし、何より俺が率いるのは勇士であってほしいね」
「勇士……?」
「死を恐れない奴は嫌いじゃないが、妙なワザで死の恐怖を踏み倒しているだけではな」
「──そうか? 私は
「!?」
アルトリア、蔦まみれ状態からのあまりにも早い戦場復帰──
だが、すぐに戦闘再開する気はないらしい。剣を片手に下げて立つ彼女の背後には、無残に切り刻まれた植物片が散乱している。
実はクー・フーリンが蔦を生やしたとき一瞬だけ期待したんだが、まあ、この大ボス様には蔦で雁字搦めになるサービスショットを提供するような可愛げなんてなかったわけだ。そもそも締め上げて強調するような部位もないしな。ストーン&ペターンとまでは言わないが、まあ、なんだ。豊かではない。
「カルデアのマスター。貴様らは脆弱すぎる上に力不足もいいところだが、その解法のユニークさには見どころがある」
「は?」
なんか大ボス様が学校の先生みたいなことを言い出したぞ?
「クー・フーリン、神話時代の英雄たるお前にも、この私にも、およそ死を尊び
──フ。それを愚行と断じるのは容易いが……もし、貴様らによって希釈された無数の死が。紛い物の屍の山が、天に届くなら。それは、実に愉快な試みだと言える」
「……チッ。聖杯戦争の間ずっとだんまり決め込んでたのがようやく口を開いたと思ったら、要領を得ないことばかり言いやがる」
「王の言葉とはそういうものだ。それに今の私は機嫌がいいからな……そう。貴様らサーヴァントを蹂躙する過程では話す必要がなかったというだけのことだ」
「ハッ、王様ってやつはこれだからな」
NPC同士が煽りあってやがる。なんだこれ。
やっぱNPCの間にも相性とか友好度とかあるのかね。無駄に現実の人間関係みたいで面倒くさいな……。
だがまあ、クー・フーリンとの交渉決裂の代わりにアルトリアが何やら会話に応じ始めた。これは既定のイベントの流れ? それともスパロボ的な説得&加入チャンスってことか? 運営が提示したのは討伐ミッションだったと思ったが……いや、【SERVANT】が人格みたいなものを持つ以上、友好関係を築ける可能性は一応常に存在するのかもしれない。
だとすれば、他のプレイヤーがこのエリアから排除されたのは好都合だ。奴らがみんな戻ってきたら、また収拾がつかなくなるだろう。さっさと話をつけるとするか。
剣盾杖が血を求めて踊り狂う最前線からそこはかとなく距離を取っていた俺は、対話に臨むため一歩前へと踏み出した。……それは、死線を越える一歩だった。
「【
次の瞬間、クー・フーリンとのやり取りでキレたらしいアルトリアの剣を中心に大気がぐにゃりと歪み、俺はパゥッ!という風切り音とともに洞窟の天井近くへと高く高く吹き飛ばされていた。全身が意味不明に360度回転し、俺の三半規管を殴りつける。一時的な空間識失調状態に陥った俺は、嘔吐感をこらえながら空中で滅茶苦茶に回転した。
くそっ、風魔法だと!? バギ系は僧侶の十八番じゃなかったのかよ。
リツカが俺を呼ぶ声が聞こえるが、自分が回転しているせいでどこから聞こえてくるのか分からん。目まぐるしく変わる視界の中で時折チラつく地面が、重力法則に従い急速に近づいていき……
俺は、完璧な五点着地をキメながらNPC三人の前に転がり込んでいた。
あ゛ァ!? ……なんだこれ!?
バトルフィールドに突然投下された
遠くからリツカの声が聴こえる。そういえばリツカの礼装はカルデア制服だったな。じゃあさっきの受け身はリツカが放った【緊急回避】による強制回避運動か。自分のために取っておけばいいものを、俺なんかを助けるためにCT重いスキルを使いやがって……。
立ち上がれる気配がないので、俺は仕方なく大の字に仰向けになって三人へ言った。
「無益な争いをやめろ。話がある」
「有益無益を決めるのは貴様ではない。──が、今の動きは少し面白かった。言ってみろ」
俺はアルトリアの足元に転がっているため、何気なく下ろされている彼女の武器がダモクレスの剣よろしく頭上で揺れている。『賭博覇王伝
『アカギ』『カイジ』など福本先生の作品全般に共通することではあるが、たとえ簡単なゲームでも命を掛け金にするだけで別物と化すという。だがまあ、逆に言えば、命がかかっていなければ多少の無茶は効くってことだ。頭上の剣は死ぬほどリアルだが、別に刺されたって
「お前はこの場所で【大聖杯】を守っていると聞いた」
【エミヤ】という敵NPCが教えてくれた。エミヤ自体は敵対する【SERVANT】だったこともありクー・フーリン加入からの一連のイベントの流れで倒してしまったが、あれも何か元ネタがあったのだろうか? そもそもエミヤって何語? エンヤみたいな感じか。あれはアイルランドの歌手……なるほどケルト絡みと見た。クー・フーリンと知り合いっぽかったし、何より話のまとまりが良い。
だが、聖杯……ねぇ?
「それがどうした?」
「お前は【大聖杯】を何のために守っているんだ? いや、誰のために?」
「……」
話題を振っていく。
聖杯を守っているという立場が明示されている以上、その動機も設定されているはずだ。【大聖杯】。俺たちがワイワイやってるこの地下大空洞エリアの背景で不穏な光を放つ、巨大なクレーターみたいな存在。絶対なんか
……そういうとこ、この運営の駄目な部分だと思うんだよな。考えてみれば、今の状況だってそうだ。今回のイベントは探索要素を重視したのか、いつにも増して事前のイベント説明が少なかった。アルトリアが護るキーアイテムらしき【大聖杯】も、ぽっと出のよくワカラナイ存在である。
そしてイベント概要に曰く、「日本の地方都市【F市】で異変が観測された! 君たちの力で街を護って欲しい! 人類の未来は君たちの活躍にかかっているぞ!」……アメコミかよ。まったく、何のために戦っているのか判然としない。そうだ。ヴィランはどこだ。
アルトリアは違うな、美少女だし。まあ多分、こいつは悪いやつじゃないのに互いの立場の違いで対立してしまう悲しい物語だぜ……って感じの流れだろ? もっとこう、お前ら人間じゃねぇ! って感じの凶相を浮かべて剥き出しの歯をギラつかせるような、分かりやすい黒幕が出てこないものか。ついでに
少しの沈黙を経て、アルトリアが口を開いた。
「……なるほど。貴様はこう言いたいわけだな。私が聖杯を手にしながらそれを使わずに置いたのは、”聖杯を手にするべき”騎士の訪れを待っていたからだと」
アァ? それ俺の質問の答えじゃねーだろ……? こいつ一体何を言ってやがる。
「小娘。確かに貴様の盾は面白い。だが、それを持ち出したからといって、私が伝承の再現に付き合うとでも思ったのか?」
話の矛先がマシュさんに飛んだ。盾? 盾がどうしたってんだ。
「わたしの任務は特異点の調査と修復です。現状を生み出しているのがその聖杯ならば、わたしはそれを回収します」
「いいだろう。ならば力を示せ。──せめてその盾に恥じぬ存在であるとな!」
「ッ……マシュ・キリエライト──戦闘再開します!」
「マシュさん!?」
アルトリアが俺の頭上から大きく後ろに飛び下がり、それを追って駆け出すマシュさんを更にリツカが追う。ちょっ、待て! 俺は起き上がろうとして嘔吐感にえづいた。俺の三半規管は現在進行形でご臨終だ。
更にアルトリア大ジャンプが残していった砂埃が俺の視界を覆う。何だよもー、こんなところで砂だらけだよ……。ダメだこれ。もう、一回ログアウトして休憩しようかな……。でも復活地点遠いし、今イベント佳境だろうから見逃したら嫌だな……。うん、あとはリツカに任せて俺は後ろで見てればいいか。
クー・フーリンもマシュさんを追ってアルトリアの方へ行ってしまい、一人置いて行かれた俺のところへ、後ろで固まっていたプレイヤー集団が集まってくる。さっきのアルトリアビームで戦闘担当が粗方死んでしまったために、やることがなくなった後衛担当たちだ。ゲームと言えども美少女を殺しにかかるのは抵抗があったらしく、あまり戦意を感じない。だから後衛やってるんだろうが。
「おーい、大丈夫か?」
「ああ……いや、駄目かも。頭がフラついて起き上がれない」
プレイヤー集団の一人が俺に声をかける。俺は頭をあげるのも
「めっちゃ吹っ飛ばされてたもんな。オイ、誰か【イシスの雨】残ってないか?」
「あ、はい」
「ちょっと使ってみてくれ。たぶん大丈夫だろう」
「わかりました……【イシスの雨】!」
パァァ……というSEがなり、俺の全身が暖かな光に包まれる。おお、これは……
「凄く落ち着いた^^」
思わず、顔文字を使ってしまった。
散々あれこれ考えた挙句、普通に推理を外していくスタイル。それはそれとして話は進む。
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