> [1/1] 英雄たちの戦い、あるいはその傍らに積み上げられる屍たちの物語(2)
現状。
……負けた場合ってどうなるんだ? どうもこの運営とは俺たちのゲーム的価値観を共有できていない節がある。基本的に不親切&説明不足設計だしな。特にプレイヤーへのサービス精神については非常にドライで、正直「今回の調査は失敗しました。失敗したので特に報酬はありません」くらい言い出しても不思議じゃない……
そんなことを考え込んでいた俺の横で、リツカが動いた。走り寄る先に倒れているのは……マシュさんか。さっきの攻撃でやられたんだろう。
だが、近づくには今なお健在のアルトリアが怖い。生き残ったプレイヤーは、ここから先は極力死なないようにするべきだと思う。少なくとも、上の寺にある
「おいリツカ死ぬぞ!?」
「ちょっと手伝ってよ、この子運ぶから!」
そう言って、ぐったりしているマシュさんを担ごうとするリツカ。怖いもんなしか。
【全体強化】スキルが再使用可能になっていたので、それを使って手早く一緒に運ぶことにした。アルトリアはクー・フーリンが引き付けてくれているようだ。あっちも早く援護しないとな。
「おーい、そこの人たち。治療頼みたいんだが」
「ん? アンタら、うちのクランじゃないだろ……って、マシュさんか。OK。さっきのでやられた?」
「みたいだ」
マシュさんを洞窟の隅で様子見しているプレイヤー集団に引き渡して治療を依頼すると、あっさり承諾された。まあ、否やもあるまい。味方NPCの死は敗北に直結する。
……どういうわけかは知らないが、このゲームではプレイヤーよりNPCの方がずっと強い。今リツカとお礼を言い合っている(良い娘だ!)我らが盾系アイドルNPCのマシュさんもそうだし、現地の味方NPCである魔術師クー・フーリンもそうだ。必然、戦術は各種スキルでバフを盛ったNPCに敵を殴らせる方向へいく。「バケモンにはバケモンをぶつけんだよ!」という理屈である。
戦闘勝利時には経験値獲得フェーズがあるが、そのときプレイヤー本人が直接敵を倒している必要もない。戦闘に参加したもの全員が経験値をもらえる仕様は、やはりNPCを積極的に利用することを前提にしたゲームバランスに思われる……。
(……あれ?)
ふと、思いついた。NPCの利用はゲームバランスに組み込まれている。そのNPCをプレイヤーが助ける手段は、主にスキルによるバフ・デバフと囮役そして肉壁だ。そんな俺たちプレイヤーが持つ現状最大のバフ手段こそが……令呪。効果の明言されていない強化アビリティ。
つまり。
俺は令呪が浮かぶ右手をマシュさんに向け、スキル使用と同じやり方で発動を念じ──
(──あれ?)
あれれー? 何も起こらないぞ? おかしいな。
俺の予想では、何か専用のNPC強化オプションが出ると思ったんだが。うーん、やっぱり自分に対してしか使えないのか? 令呪の紋様はプレイヤーのアバターに直接埋め込まれてるしな……物理的につながってる対象=自分にしか干渉できないのかもしれない。
あるいは、手を握ってもらうとか……?
ちらりと横目で隣の様子を伺うと、ついさっきまでリツカと話していたはずのマシュさんが体育座りポーズで
マシュさんを挟んだ反対隣を見れば、こちらはリツカが何やら気不味げな顔をしている。マシュさんに何か声をかけてやりたいけどどうすればいいのやら、という感じの表情だ。というかそういう内容の非公開チャットが飛んできた。なんか突然「わたしでは勝てない……どうすれば……」みたいなことを呟きながら落ち込み始めたらしい。
仕方がないのでリツカの相談に乗ることにする。
とはいえ、女心はリツカのほうがわかると思うんだけどな。リツカお前、俺たちが高校一年だったときのクラスの女子の人間関係とか覚えてるか? 当時の俺には何であんなに雰囲気が悪かったかわからなかったが、お前は素で適応していた。お前はスペシャルだ。天然そのままで女と上手くやる才能がある……。
だが、ゲームの勘はまだまだのようだな!
《つまり、アレだろ。これはこっちの反応待ちってやつだよ》
《反応待ち?》
《進行フラグが立ってないから状況が止まってるんだ。ゲームシナリオ的には、ここから一発逆転ってやつなんじゃねーかな。で、その切っ掛けが足りてないと》
《それを教えてあげられれば元気だしてくれるかな?》
《やる気は戻るんじゃねぇの? あー、そうか。プレイヤーがNPCと協力すること自体がフラグになるのかも。リツカ、お前あのボス倒すアイディアある?》
《うーん、協力か……クー・フーリンさん?》
《確かに。あいつの役割がまだはっきりしないもんな。ただのお助けキャラっていうには妙だし》
マシュ・キリエライト。
アルトリア・ペンドラゴン。
クー・フーリン。
【ファーストオーダー】イベント最終局面に絡む三人のNPC。この中に一人、仲間外れがいる──いや、男だ女だという話ではなく。
もちろんそれはクー・フーリンだ。一人だけ現実の神話に名前のある人物である。
ゲーム開始から一年半にわたり俺たちプレイヤーのアイドル兼マスコットだったマシュ・キリエライト嬢は、当然ゲームオリジナルのNPCだ。リリース初期はただの女の子だったが、とある高難易度イベント(例の第一回令呪配布イベントでもある)を経て大盾の戦闘形態に覚醒した。以降は戦力としてもかなり頼もしい守護キャラとして活躍中だ。
また、彼女は運営からの意向を受け取ってプレイヤーに伝える、いわゆるナビキャラみたいな役割も持っている。正直このゲームの運営は胡散臭いからな。美少女をメッセンジャーにすることで疑心緩和を図っているのだろう。
イベントの大ボスを張るアルトリア・ペンドラゴンも、多分オリキャラだ。
高校で世界史を履修した程度の知識しかない俺が「そんな名前の女聞いたこと無いし」なんて言っても説得力なんかありゃしないけど、そもそも黒騎士系傲慢美少女なんて存在自体がファンタジーフィクションの象徴みたいなものだ。エクスカリバーとかいうテンプレ神話武器もオリキャラ臭さを匂わせる。
……というわけで、クー・フーリンだけが非オリキャラなのだろう。
ただ、思えば途中に出てきた【SHADOW SERVANT】も、
(そうすると、例外的存在はむしろオリキャラたち……マシュとアルトリアの方なのかもな)
だが、クー・フーリンについては疑問もある。
正直言って、クー・フーリンが杖を持って戦うというのはちょっとイメージに合わないのだ。得物を持たせるなら槍か剣のはずだ。なら、クー・フーリンの性能におけるクー・フーリンらしさはどこにある? こんなキャラを用意した運営の意図は何だ? たぶん、それこそが────
《────ああ。そういうことか?》
《え、何の話?》
《対策だよ。ちょっと思いついたから提案してみる》
NPCより圧倒的に弱く、数で当たるしかないプレイヤーたち。
謎の技術により、チューリングテストに合格しかねないレベルで人間性を見せるNPC。
そのNPCに名づけられた神話・歴史由来の名前と、それを反映したキャラ能力。
なぜか槍を持たずに杖を持っているクー・フーリン。
……そして、敗北一歩手前の現状を招いた原因である、【召喚サークル防衛ミッション】における運営からの「とにかくなんとかしろ」的な具体性のない防衛指示と、それを鵜呑みにして防衛戦を挑んだプレイヤーの動き。最終的に再び宝具ビームの餌にされたという結果。
それらが意味するのは。
「マシュさん、いいですか? 現状への対策なんですが……」
「はい?」
「クー・フーリンに俺たちの指揮を取らせましょう」
控えめに言って烏合の衆である俺たちプレイヤーを一番上手く使えるのは、衆を率いるに長けた『将』のはずだ。ケルト神話における英雄クー・フーリンは、個として武勇に優れると同時に、赤枝の騎士団のリーダー格でもあった男である。
NPCが人間性を示す以上、集団への統率力や英雄的なカリスマを示したっておかしくはない。それが事前に決められたイベントの流れ、運営の仕込みだとしてもな。
……そして何より、指揮を取らせたいなら槍は不要だ。
このイベントは『FGO』初の大規模イベントであると同時に、知性を持ったNPC【SERVANT】が本格登場したイベントでもある。つまりNPCの能力のお披露目も兼ねているのだ。
VRMMOという次世代ゲームだからこそ出来る、NPCとプレイヤーの一方通行ではない双方向的な互助関係。NPCがプレイヤーに知恵を貸すという流れを、このイベントでプレイヤーに見せておきたいのではないだろうか。
ただ、気になるのは俺たちの数だ。兵力が無ければ話にならない。今エリア内に残るマスターはざっと数百くらいか?
……うーん。まあ、無駄に多いよりはマシかもな。
俺の提案を受けたマシュさんが、視線を中空にやる。彼女が人間であれば、まるで非公開チャットをしているような仕草だ。NPCも非公開チャットをするのかな? 「人間的な動き」の中には内緒話も含まれる気はする。あとで聞いてみようっと。
「──はい。……はい。……分かりました。では、その作戦で行きましょう」
……ん? 今のって俺への返事?
ふと気づくとマシュさんがいつの間にか俺を見ていた。俺は曖昧にうなずき返す。NPCだと分かっていても、女子に見つめられると挙動不審になるのだ。リツカ俺を助けてリツカ。
「じゃあ、クー・フーリンさんのところへ行って話をしないとね。もう少し頑張ろうか」
「はい! 道中の護衛はおまかせください!」
リツカ普通にマシュさんと仲良くなってるよリツカ。
……とにかく、状況は膠着状態から何とか前に進んだらしい。
こうして俺たち3人は固く握手を交わし、アルトリアとの死闘を続けるクー・フーリンの元へ走り出したのだった。(つづく!)
ソビエトロシアでは、サーヴァントがマスターを統率する!