> [1/1] 英雄たちの戦い、あるいはその傍らに積み上げられる屍たちの物語(1)
ゲーム中の戦闘には、ゲーム制作者の思想が表れる。
……というのはゲームをプレイする人間にはそこそこ知られた話だ。ただ、これが話題になるのは、どちらかと言えばプレイヤーから見てバトルが面倒だったり理不尽だったりする=負の側面であることが多い。プレイヤーを飽きさせないという名目で行われるデバフ妨害の嵐とか。緊張感を増すため異様に強く設定された雑魚とか。特定のバトル演出が飛ばせないとか……。
Fate/Grand ONLINEは、その意味において両極端なタイプだと俺は思う。
一年半続いたβ版での戦闘コンテンツは【修練場】とそれ以外の特殊エリアになる。【修練場】では、基本的に闘技場めいた閉鎖フィールドで雑魚と1~2戦した後、メイン敵との戦闘を行う。雑魚を引き連れた敵との戦闘をイメージしているのだろう。雑魚は弱くボスは強い。特に言うべきこともない穏当なバランスだった。
特殊エリアというのは、イベントで使われる専用フィールドなんかのことだ。現実をシミュレートしたような空間であることが多く、「探索が重要」「逃走が可能」「最初からボス狙いも可」など制約の少ないリアルな戦闘が行える。
今回の【ファーストオーダー】イベントで用意された特異点Fこと日本の地方都市【F市】も特殊エリアに当たるのだろう。たぶんモデルは神戸市だ。めっちゃ燃えてるけど。
特殊エリアでの戦闘バランスは一定ではない。
常設の特殊エリアであり冷気スリップダメージが痛い【雪山】や近未来デザインが印象的な【カルデア屋内】などでは修練場のボスを使いまわしているし、期間限定で運営と戦える【ディレクター執務室】では、自称ディレクターのライオンマンDが理不尽な強さを見せつけたりもした。というかライオンマンDの
そして今、特異点Fで俺たちが戦っている大ボス【アルトリア・ペンドラゴン】も、ライオンマンDと同じ理不尽強キャラタイプであるらしい。違っているのは、アルトリアは更に強いということ。ライオンマンDが一騎当千ならばアルトリアは一騎当万だ。それなりにベテランのはずのプレイヤーたちがゴミのように消し飛んでいく。
「──卑王鉄槌。極光は反転する。光を呑め! 【
「あっヤバッ」
俺はアルトリアが放った極太ビームに薙ぎ払われて死んだ。
視界が暗転。その直後、俺は召喚サークルから
復活時、プレイヤーはスキルチャージと令呪以外が全回復状態になる。これ、いずれは回復のために死ぬなんてのも戦術に組み込まれそうだな。イカれた攻撃力のせいで触られたら即死しちゃうアルトリア相手では今ひとつ役に立たないが、覚えておけば利用できる機会もあるだろう。
俺はサークルの前で盾を掲げる守り人マシュさんに軽く会釈しながら、再びアルトリアに向けて走り出した。小柄な印象に反して身の丈以上の大盾をブンブン振り回すマシュさんは、一部のギャップ趣味プレイヤーに熱烈な人気がある。それを抜いても十二分に可愛らしいデザインだが。ただ細身すぎることもあって、ゴリウー好きから見ると微妙な感じとか何とか。
……まあ、変態じみたプレイヤーどもの好き嫌いなんて放っておけばいい。むしろ個人的には、冷ややかな目で俺たちを
「ウオオオオオ!」
俺はロングソードを振り上げ、雄叫びを上げながらアルトリアへと斬りかかった。
俺は嫌だね! こいつがどんだけ上等な存在かは知らないが、少なくとも今のところ俺が所属するヒエラルキーにお前の居場所は無いぜ! ま、これから俺たちに倒されたお前が起き上がり仲間になりたそうな眼でこちらを見たりするって言うなら……! 諸々のイベントを経た結果として、少しくらいは見下されてやるのも
「死ね」
俺は真っ二つにされて死んだ。
最後っ屁めいて放った【ガンド】が一瞬だけアルトリアの人形じみた顔を歪ませるのを見て、視界は暗転する。死に戻りだ。追い越したはずのマシュさんの背中が再び目の前にあって頼もしい。というか彼女の鎧、色々露出が多くて扇情的すぎやしないだろうか。端的に言ってエロい。
俺は冷静にマシュさんの後方ポジションを保ち、戦場観察に努めることにした。丈の短い黒鎧から、スラリとした白い脚が伸びている。コントラストの妙だ。右太ももを締め付けるバンドも良い仕事をしている……。
今の【ガンド】で礼装のスキルを全て打ち尽くした俺には、リチャージ完了まで囮役くらいしかやることが無い。令呪は残っているが、あれは何というか、まだ使うべきじゃない気がする。エリクサー症候群と言われればそれまでだが、俺としては、そもそもちゃんとした使い方を運営が説明していないのが悪いと言わせてほしい。
『FGO』において令呪という特殊システムが採用されるのは、これでニ度目のことだ。
一度目は、とあるイベントで高難易度ボスとの戦闘時に戦闘参加者に配られただけ。ほぼ全員が死にかけていたためその場で回復手段として使い、最後まで温存できた者がいたとは聞いていない。俺も、当時何も考えずに回復に使ってしまった一人なので、他の使い道があったことを後で聞いて少しモヤモヤしたものだ。
そして過去イベと同様ならば、令呪の効果は使用時に初めて提示される。
体力が減っている時に使えば体力が回復する。スキルリチャージ中に使えば一瞬でスキルが使用可能になる。移動中に使えば、目的地へのワープができるらしい。更に攻撃時に使えば強力なATKバフとして作用することが、つい先程報告された。
要は何にでも使える……と言えば聞こえはいいが、それなら「何にでも使える」と最初から説明するはずだろう。何に使えて何に使えないのか、そしてどういうタイミングで回復するのか。それがはっきり分からない以上は温存一択だ。後悔は繰り返さない。
(……何か、令呪について説明しないだけの理由があるのか? シナリオに関わるとか……?)
マシュさんのお尻を眺めながら考える。
体型の割には肉付きのいいお尻が、前方で無双ゲーみたいに戦場を駆け回るアルトリアへ即応できるよう、微妙に揺れている。ふむ。アルトリアは、俺たちプレイヤーが無限湧きする巣穴であるところの召喚サークルに狙いを定めたらしい。頭がいいな。まあ、せっかくVRでリアルを模倣しているのに敵が機械的な動きしかしないんじゃ興冷めだ。
これまでの道中で出てきた敵の中でも
更に言うなら、味方NPCとして後方支援している魔術師【クー・フーリン】にも初登場時は【SERVANT】【CASTER】のアナウンスが表れた。
……【SERVANT】は味方にもなる? サーヴァント、意味は従者か。種族名とか職業名みたいなもんなのか? だとすれば。
「くッ……うぅ!」
おっといけない。
突撃してきたアルトリアにマシュさんが攻め立てられている。近くにいた俺は援護しに行って、肉壁よろしく斬られて死んだ。復活。と、俺の横にリツカが立っているのに気づく。こいつもちょうど今やられて復活したところらしい。
《リツカ。うちのリーダーは?》
《うーん、駄目。なんか気になることがあるって言って指示放り出してどっか行ったきり、チャットにも応じてくれないんだよね。ていうかもうチャット範囲の外にいるのかも》
《マジかよ……》
俺たちのクランは現在、一時的な解散状態だ。何やら急な用事でイベント当日の欠員が相次いだ挙句、クランリーダーが仕事放ったらかして
【!WARNING!】【NEW MISSION】
【緊急ミッション『召喚サークルを防衛せよ』が開始されました】
非公開チャットで互いに現状を確認していると、突如アナウンスが流れる。守勢に回っているマシュさんの旗色が明らかに悪く、押し切られそうだ。プレイヤーたちが集まって【ガンド】を撃ったり攻撃を仕掛けたりしているが、いまいち効いているかどうか怪しい。
「ねえ、オレたちも行く?」
「様子見程度になら……リツカ令呪残ってるか?」
「うん、使うタイミング無かったんだよね」
そうして二人、マシュさんのところへ行こうとして、アルトリアの剣が黒くビカビカ光りだしたのに気づいた。
「げっ宝具だ! 逃げろ!」
「えっ!? うわっ」
二人して近くの岩陰に逃げ込むと、濁流みたいな黒い光のエフェクトが岩の隙間から漏れ込み俺たちをギラギラと照らした。本気で怖くなるレベルでリアルなCGだ。どんな技術力だよ。
ややあって光が収まり外に出た俺たちを、立ち込める砂埃とアナウンスが出迎えた。
【MISSION FAILED】
【『召喚サークルを防衛せよ』に失敗しました】
【召喚サークルの破壊により、地下大空洞の
「うわー……」
「ヒデェな、こりゃ」
我らが戦略拠点、召喚サークルがあった場所は完全に更地になっていた。防衛に集まっていたはずのプレイヤーたちの姿もない。直近の
形勢は一気に不利へと傾いた。広域チャットを見る限り、プレイヤー側の士気は露骨に下がっている。運営が用意した【魔力リソース解放】も制限時間3時間しかないため、もしこれが切れたらアルトリアの攻略は事実上不可能になるだろう。
まあ、敗北条件が「味方の全滅」っていうのは解せないが……まさかイベ参加者が全員ログアウトすることではあるまい。そもそもそんな条件の達成は不可能だ。デスペナ復活しようがやる奴はやる。だからたぶん、今回プレイヤー勢力がカチコミを掛けた【地下大空洞エリア】から全プレイヤーが駆逐されると敗北になるのではないだろうか。
とすると、
【ファーストオーダー】開始時と比べてずいぶん人が減った大空洞。イベント最後の最後、残された壁はなかなかに高いようだった。
マシュ・キリエライト。
戦闘経験は原作よりあるものの、マスター不在のため原作に比べて弱体化中。