FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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 オルレアン編のストーリー本格開始。
 今回の話、どちらが正解ということではないです。仲違いフラグでもないです。



1-4/幕間の物語「二人の境界」

>>> [1/3] リアルの境界

 

 

「──そうですか。それは喜ばしい結果です。……はい。こちらの状況ですが……」

 

 彼女の通信を、その横で聞くともなしに聞いていた。

 初夏の日差しは小屋の中の空気を緩やかに暖め、そのポカポカぶりが妙に眠気を誘う。

 

 ぼんやりとした時間。窓の外に広がる快晴の空へ浮かぶ太陽は昼過ぎを示しているものの、それ以上の情報を得ることは今の自分には出来なかった。

 

 ──意識して視界へメニュー画面を呼び出せば、そこには14:22の見慣れた表示。

 

 一日を24の時間に切り分けて、一時間を60分に切り分ける。それは時計があればこそ実現可能なやり方だ。そうでなければ、今のようにただ太陽を見上げて朝昼夕夜を何となく区切るくらいしか出来そうにない。

 

 西暦1431年。まだ人々の手に時計がなかった時代。

 この時代の人達は、一日という時間をどんな風に扱っていたのだろう──

 

 

 ……傍らで通信を続ける少女の声に応じて、オレの意識は覚醒と沈降を繰り返す。

 

 のんびり、ゆったりと過ごすのは好きだ。

 けれど、今の自分には午睡にさえ軽い罪悪感がつきまとった。

 

 あの日。崩壊する地下大空洞からカルデアの施設へマシュと一緒に回収されて、そこで様々なことを教えられたあの日から。日常の合間にのんびり友達とゲームを楽しんでいられたはずの世界は……そして今や自分たち(プレイヤー)という存在さえ、どうしようもなく危ういものだと知ってしまった。

 

 だからこんな微睡みをしている場合じゃないのは確かなのだけど、焦ったところで今の自分に出来ることは待つことしかなくて……でも、例えば『彼』ならこんな時間も何やら色々なことを企てながら慌ただしく過ごすのだろうと思われて。

 

「──はい。分かりました。では、また次の定時連絡で」

 

「お待たせしました。……先輩?」

 

 ……自分を呼ぶ声に、取り留めもない思考に嵌っていた意識が浮上した。

 

 

「……ああ、マシュ。ごめん、ちょっとウトウトしてた。それで、どうだった?」

 

 マシュ・キリエライト。

 カルデアに所属する職員であり、『FGO』プレイヤーをサポートするデミ・サーヴァントであり、そしてなぜかオレのことを先輩と呼ぶその少女はニコリと笑って言った。

 

「【クー・フーリン】の召喚に成功したそうです! クラスはキャスター、冬木特異点で出会った方ですね!」

 

「そっか、良かった……」

 

 思わず、安堵の言葉がこぼれた。

 

「召喚・契約に伴う魔力消費を回復するため、今はカルデアゲートに戻って休んでいるそうです。こちらへ戻るのは明日になるのではないかと」

 

「分かった。いつも助かるよ、マシュ」

 

「いえ……これくらいのことは。わたしは先輩のサーヴァントですから」

 

 そう言う彼女の顔はわずかに赤い。照れているのだろうか?

 『FGO』を始めて一年半。それまでもマシュ・キリエライトという少女のことはずっと知っていたはずなのに、彼女と契約してからの一週間ほどの時間は、マシュについてずっと多くのことを教えてくれた。彼女はびっくりするほど世間擦れしていなくて、とても真面目で、ときどき天然だ。照れ屋さんでもある。

 

 ……そして何より。彼女は、人間だった。

 

 

 『人理焼却』。

 カルデアはこの事件をそう名付けたそうだ。時間を遡った過去改竄による、未来の焼失。

 2015年を生きるオレたちのホンモノの身体は既に失われ、カルデアの『FGO』内に残るオレたちの意識体も2017年になればカルデア諸共に消滅するという。それを防ぐ方法は、書き換えられた歴史──すなわち7つの特異点を修復する他になく、その第一がこの1431年オルレアンなのだとも。

 

 つまり、この戦いには73億人の命が掛かっている。

 ……そんなことを言われても、実感なんて湧きやしない。世界とか人類とか、オレには大きすぎる言葉だ。

 けれど、それでもオレに出来ることがあるのなら──

 

「先輩?」

 

「ん、どうかした?」

 

「あ……いえ。その、前々から聞いてみたいなと思っていたんですが……『彼』とは古いご友人なんですよね?」

 

 マシュがそんなことを聞いてくる。

 彼女はこの特異点に入ってから基本的に【ワカメ王国(キングダム)】と行動を共にしていた。と言っても自由気ままな人の多いクランだけあって皆が揃うことは少ないのだけど。普段クランハウスにいる彼はマシュとも接点が多いし、何よりマスターになったオレの友人でもある。気になるのも当然だろう。

 バタバタと忙しかったこともあって、ちゃんと紹介する席を設けられなかったのを少し申し訳ないと思った。

 

「知り合ったのは中学の時だから、そんなに古いってほどでもないかな。ちゃんと仲良くなったのは高校に入ってからだし」

 

「なるほど。つまりご学友、と……。わたしは学校という教育機関に所属したことがないのでよく知らないのですが、学校とはどんなものだったんですか? マスターと『彼』とはどんな接点があったのでしょう……?」

 

「学校がどんなものだったか? うーん、そうだね……朝早くに眠気と戦いながら登校して、授業を受けて、休み時間には友達と話したり遊んだり、あと放課後には部活とか……彼もそんな感じ。うん。何も特別なことは無かったけど、でも楽しかったな」

 

「ふむふむ。授業に休み時間に部活ですか。もう少し具体的なお話をお伺いしても?」

 

「オッケー。じゃあまず……」

 

 オレがつらつらと語る思い出話を、マシュは穏やかに楽しそうに聞いている。

 カルデアの本拠地は何処か遠い国の雪山の上にあるという。そこで育てられたマシュは、カルデアの施設から出たことがないそうだ。その話を聞いたとき、オレは、いつか彼女に俺の知っている限りの世界を見せてあげたいと思った。そして、そのときオレ自身が彼女の隣にいたいとも。

 

 ……彼女との最初の約束は、『2017年の青空を一緒に見ること』だった。それは、彼女が望んで手に入るモノがきっとそのくらいしかなかったからだ。知らないものは望めないから。

 だから彼女の世界が広がるほどに、約束だってその数を増していく。それはオレにとっても嬉しいことだった。

 

「……っていうのが文化祭。準備するのも参加するのも生徒中心なんだけど、全体の指揮は生徒会と文化祭専門の実行委員会が取るんだ。オレはクラスの手伝いをしてたんだけど、彼は生徒会に所属していてね。イベントの企画運営なんかは得意だったみたい」

 

「なるほど。確かに……適任な気がします。賑やかな方ですもんね」

 

 彼女の返事に少し首を傾げた。賑やか。確かにそれも間違いじゃないけど、オレの知っている彼は……

 

「ああ、そうか。マシュは『FGO』でしか知らないもんな。リアルの『彼』はわりと堅実派なんだよ」

 

「え!? そ、そうなんですか? あの、わたしはてっきり、その、命知らずなタイプの方なのかと……」

 

「ゲーム内ではそうみたいだね。追い込まれるとテンションあがるタイプなんだ。だから『FGO』の中でも色々やらかして……今じゃ『【ワカメ王国】のリハク』なんて呼ばれてる」

 

「リハク……李白? 詩を書かれるんですか?」

 

 シ? 一瞬、彼女の言葉に困惑する。……詩だ。『北斗の拳』なんて日本の漫画のネタが、外国人のマシュに通じるはずがなかった。思わず少し笑ってしまう。生まれも育ちも全く違う彼女との会話は、いつも思わぬ新鮮さに満ちている。

 

「ああ、有名人って言ったらそっちだよね。なんて言えばいいのかな……そう、うっかり軍師って意味だよ。【ヒムローランド】のリーダーのカネさん、通称『誤先生』と並ぶ軍師(笑)(カッコワライ)だ。普段は役に立つのに肝心なタイミングでやらかすことに定評があるってさ」

 

「はぁ……でもゲームの外では違うタイプの方なんですよね? なんというか、意外です……」

 

 しみじみと、マシュはそう言った。

 どうも、人の意外な側面に接すると感心する癖があるらしい。人付き合いの経験の少なさゆえなのだろうけど、そういう素朴な仕草は素直に可愛らしいと思う。

 

 そして同時に、今ここにはいない友人のことを思った。

 この特異点の話を最初に聞いたとき、正直ちょっと心配な気持ちになったのを覚えている。たぶん世界で一番有名な聖女ジャンヌ・ダルクが魔女として処刑された時代。彼ならきっと関心を持つだろうと思ったし、事実そのとおりのようだった。とはいえ彼はまだこれがゲームだと思っているはずだから、変に入れ込んだりはしないと思うけど……。

 

「……先輩?」

 

 覗き込んでくるマシュの言葉で我に返る。

 内心を誤魔化すようにして、先ほどのマシュの問いかけに答えた。

 

「嘘じゃないって。じゃあ、そうだな……この旅が全部終わったら、一緒に『彼』のところへ遊びに行こう。きっと驚くからさ」

 

「! ……はい! 楽しみにしてますね!」

 

 こうして、オレと彼女の約束事がまた一つ増えることになったのだ。

 

 オレたちが生きる世界。『FGO』が導く長い旅路。リアルとゲームの境界は既にあやふやで、肉体を失ったオレたちはゲームの中に造り上げた自分自身(キャラクター)から影響を受け続けている。特に『彼』のようにキャラもプレイスタイルも弄ってきた人たちは、きっとリアルと同じ在り方でいるのは難しいのかもしれなかった。

 だから、事情を知ってしまった以上、オレは……

 

「あれ、先輩。この小屋に人が来ますよ?」

 

「え? あ……ジャックさんだ。魔物でも出たのかな?」

 

 オレはマシュを連れて小屋の外に出た。サラリと風になびく彼女の髪に、一瞬目を奪われる。

 慌てて目をそらせば、50過ぎの男性が急ぎ足でこちらに向かってくるのが見えた。ドンレミ村の自警団長を務めている人だ。自分に解決できることなら良いけれど……。

 いや、オレは一人じゃないんだ。クランの皆がいて、マシュがいる。だから今は、自分にできることを少しずつでもやっていこう。

 

「おうい、坊主に嬢ちゃん。村の近くにワイバーンが出た! すまんが手伝ってくれ!」

 

 こちらの姿を認めたジャックさんが言う。オレとマシュは頷き合って彼の元へと走り出した。ワイバーンが相手なら、被害が広がる前に急いで倒す必要があるだろう。

 

「……皆が帰ってきたら、本格的に特異点の探索だ。一緒に頑張ろうな」

 

「はい。先輩のお役に立たせてくださいね」

 

 こうしてオレたちは、自らの足元を踏み固めるように未来へ続く約束を積み重ねながら戦っていく。

 失われたリアルに思いを馳せて──世界を取り戻すその日まで、一歩一歩進んでいこう。

 

 

 

>>> [2/3] ゲームの境界

 

 

 ──ふと目覚めると、深夜2時を回った頃だった。

 

「……」

 

 妙にスッキリとした寝起きの頭で時計を確認した俺は、小さく頭を振って起き上がった。周囲の様子が分かる程度の薄明かり。四方を壁に囲まれたこの隔離空間は、カルデアゲートに備え付けられた宿泊施設……プレイヤー個人に与えられた4畳半の休眠スペースだ。『マイルーム』と名付けられたそれは、しかし端的に言ってただの箱である。

 プレイヤーは風邪を引かないから布団だって必要ないし、トイレも不要。無駄を排した完全無欠なミニマリズムの具現であると言えるだろう。プレイヤーからは親しみを込めて『豚箱』『牢屋』とも呼ばれているな。

 

 ……どうも俺は、あの召喚の後に魔力切れでダウンしたらしい。

 辛うじてこの部屋に辿り着いた後、眠る直前にリーダーたちへ連絡を入れていたようで──既に記憶が朦朧としているが──先にフランスへ戻っているとの返事が来ていた。

 

「……さて」

 

 これからどうしたものか。

 二度寝をするには少し目が冴えすぎているし、かと言って今から何かするような時間でもない。

 

 それに正直、眠る前の……ロマニのことを思い出すと、あまり精神状態に良くない気がした。もう随分落ち着いたけれど、あれは何だったんだろう。このまま忘れてしまいたい気持ちがわりとある。

 

 ……と、額の違和感に気づく。なんだかむず痒いし、触ってみると熱を持っていた。なんだこれ? ペタペタと触り回してみるが、よく分からない。

 仕方がないので鏡を探してみる……が、そんな備品はあるはずもなかった。視界にはのっぺりとした壁があるばかりだ。

 

 ああ、剣があったな。

 そう思いついて、俺と並んで隣に寝ていた愛剣を持ち上げると、その刀身を抜いて自分の顔を映してみる。いつもと変わり映えのしない顔だ。しかしその額には、

 

「稲妻?」

 

 くっきりと、稲妻模様のアザが浮かんでいた。

 

 ……なんてことだ。俺はハリー・ポッターだったらしい。俺は意外な展開に驚きの感情を露わにした。やや遅れて失望の感情も。折角の才能が開花したというのに、俺はもうホグワーツに入学するには少々年を食いすぎているのだ。あそこ11歳入学だもんな。世代が違うと話噛み合わないだろうし、一緒に過ごすのもきついよね……。

 

「……そいつは【ソウェイル】。太陽のルーンだ。使い方次第じゃ活力を与えることもできる」

 

 だが俺がホグワーツ魔法魔術学校への入学を諦めかけた瞬間、突然誰もいない壁際から声がして古代ルーン文字の授業が始まった。違う。そういえば何か足りないと思ってたんだ。お前がいなかったな。

 

「クー・フーリン」

 

「おう」

 

 呼びかけに応えて、フードを被った魔術師が姿を現した。……え、ずっとそこにいたわけ? 人の気配とか無かったけどそれも魔術なの?

 

「サーヴァントの霊体化だ。姿を消して魔力消費を抑える。戦闘じゃ偵察くらいにしか使えねぇが、普段はこうしてる方がアンタも楽だろ」

 

 なるほどね、省エネモードがあったらしい。便利なことだ。

 

「それにしてもアンタ、随分と魔力が少ないんだな。全然起きねえからルーンまで刻んじまったよ」

 

「ああ、これお前がやってくれたのか。いや、調子はいいよ。すごくいい。助かった」

 

 そう言ってブンブンと軽く腕を振ってみせる。魔力が少ないとか言われても、そもそも『FGO』プレイヤーにそんなパラメータなんて無いんだから仕方ないじゃねえか。契約は既に交わされたんだ。だったら俺たちは自分ら二人で満足するしかねぇ。せっかく額に稲妻模様ができたことだし、今後は俺とお前でダブルキャスターだ……!

 

「いや、アザはそのうち消えるしその構成普通にバランス悪いからな。つーか大して魔力ねぇのに魔術師(キャスター)志望とか無謀すぎるからちゃんと考え直せよ、マスター」

 

 しかし相棒からは辛辣な言葉が返ってくるのみだった。俺では満足できないってか? ……まあそうだろうな。しかし俺にも言い分くらいはあるんだぜ?

 

「……俺だって、またサーヴァントを使い魔にするとは思ってなかったし……」

 

 フランスを離れた時点じゃ今頃ワイバーンちゃんと仲良くしている心算だったのだから、予想外の巡り合わせってやつだろう。もしかしてこれって運命? でも、運命の男ってのはゾッとしない言葉だ。運命の女(ネカマ)に引っかかるよりはマシかもしれんけどさ。

 まあ、今後は運営(カルデア)のサポートで俺の魔力負担減るらしいけどね。我が運命の使い魔にも、アルトリア戦のときほど酷い様を晒すハメにはならないと思いたい。

 

 ともあれ、その辺の話は置いといて。クラスの話も置いといてだ。

 せっかくクー・フーリンがいるなら早目に聞いておきたいことがあったのだ。

 

「なあ、クー・フーリン。俺は魔術のこととかよく知らないんだけど、お前の専門ってルーン文字を刻むやつなんだろ?」

 

「ん? ああ、それが本質ってわけじゃねーが、まあ間違っちゃいないわな」

 

 期待通りだ。だが、俺は……ここで少し逡巡した。

 問題を解決すること。疑問を解消すること。それはとても大事なことだ。……でも、それは本当に必要なことなのか? 自己満足じみた知識欲を充足する過程で失われるモノの大切さ……そういうことを忘れてはいけないんじゃないだろうか? 

 

 でも代替手段が無いから仕方ないね。

 俺は両手を合わせて()()を作った。由緒正しきお願い事の作法である。

 

「じゃあ、ちょっと頼みがあるんだけど。クー・フーリン、俺の胸を触ってみてくれないか」

 

 …………奇妙な沈黙が場を支配した。おぉう。俺は慌てて言葉をつなぐ。

 

「いや、待て、黙るな。別にそういう意味じゃないんだ……この服、脱げねーんだよ。水着でもありゃ話は早いんだが、あいにくここの運営はそういうデザインセンスがないみたいでな。

 つまり何が言いたいかっていうと、俺……プレイヤーの胸には直接見えないけど【刻印】ってヤツが刻まれてるんだ。新機能。そいつを確認して、本職のお前がどう感じるのか教えて欲しい」

 

 口早に理由を告げると、クー・フーリンは呆れ声で俺に答えた。

 

「はー、変な誤解させんじゃねぇよ。驚いただろうが」

 

「俺だって男に触られたくはないよ」

 

「そいつは気が合うな。ったく、また面倒臭いマスター引いたかと思ったぜ」

 

「?」

 

「ああ、こっちの話だ。どうもオレは時々変なマスターに当たるみたいでな、気にしないでくれ」

 

 ……ま、アンタの状況も大概面倒だとは思うがね。

 そんなことを言って、クー・フーリンは座っている俺のところへずいと近寄ってくる。俺は思わず音を立てて後ずさった。クー・フーリンの目の温度が冷ややかに低下する。俺は即座に弁明した。違う、体が勝手に反応したんだ。俺は悪くない。むしろこの薄明かりの部屋とお前が醸し出してる色気が悪い……!

 

「色気って、お前なァ」

 

「色気は色気だよ色男。自覚ないとは言わせねぇぞ」

 

「へいへい。じゃあ今度は動くなよ。ちゃっちゃと終わらせようぜ」

 

 そう言ってクー・フーリンが屈み込み、俺の胸元に指を当てた。……くすぐったい!

 

「んんっ」

 

「動くな。あと気持ち悪いから喘ぐんじゃねぇ。──【智慧の灯(アンサズ)】」

 

 魔術師の指先が服の上から【F】に似た図形を描くと、その跡が淡く発光する。クー・フーリンは目を細めた。

 

「……これは魔術じゃねぇな。いや、限りなく魔術に近いんだが……本来の魔術式を別の表記体系に移植したって感じだ。アンタら風に言うなら、魔術的プログラムとでも言うのかね。大方、プログラム言語とやらを学んだ魔術師がコードを書いたんだろう。【ウィザード】が生まれるような素地はまだ無いはずだが、どこの物好きだ……?」

 

 ……魔術。やっぱりオカルトか。動けずにいる俺の前で、クー・フーリンは更に続ける。

 

「しかし、恐ろしく上手く出来た式だな。たぶんコイツを書いたのは相当な魔術師だぜ。……ああ、なるほど。これが今のアンタらの霊核代わりになってるワケね。で、これがクラスとやらの記述……ふんふん……自己証明(オート・サーティフィケーション)……倫理(エシック)フィルタ? 随分と過保護だな、おい」

 

 ……何を言ってるのか全然分からないんですけど。

 

 ややあって満足したのか、ブツブツ呟いていたクー・フーリンは立ち上がって俺の側から離れた。俺はなんとなく胸元を整え、咳払いをしてから何が分かったのかを尋ねてみる。その【刻印】、デスペナが重なると段々存在感が薄くなる気がするんだよね。時間で回復するんだけどさー。

 

「ああ、それはそうだろうよ。ミスったやつへの魔力供給を一時的に絞ってるんだろ? 取り分を減らすってのはよくあるペナルティだ……ゲームのことはよく知らねぇがな」

 

 事も無げにクー・フーリンは答える。

 俺はすごく嫌な予感がした。こいつ、今メタ発言しやがったぞ……!

 

「そうだな。アンタも正式にオレのマスターになったことだし、少し戦場の先達として助言をしてやろう。色々気になることがあるだろう?」

 

 そう言ってクー・フーリンはニヤリと笑う。悪い笑みだった。俺は即座に飛びついた。

 

 えー、相談に乗ってくれるんですかー! じゃあそのゲームがどうこうって話について詳しく聞きたいですねー。ぶっちゃけ、さっき俺らがいた召喚ルーム、あれってカルデアの施設でしょ? 俺、カルデア=運営=リアルだと思ってたんですけど、ゲーム内から直接拉致られましたよね? ゲームとリアルの境界線がもう曖昧すぎて正直軽く引いてるんですが、これって所謂ゲーム脳ってやつなんです?

 

「……ゲーム脳?」

 

 それは知らねぇのかよ。じゃあそこは流していいよ。

 どっからどこまでがゲームなのかだけ教えてくだち。

 

「ま、そこだよな。今回オレはカルデアに召喚された関係で大凡の事情が分かってる。今アンタの【刻印】を見てアンタの状況にも察しがついた。……だが、無分別に全てを教えることがアンタを真に導くことになるとは思わん」

 

 そう言って、クー・フーリンは片手に持った杖を突きつける。木製の杖。これが何か?

 

(オーク)だ。古来よりドルイドは、暗いオークの森に分け入り生命の営みを知る。その梢で精霊と交信し、その根から遠く古き歴史を読んだ。要するに、真実は秘されている……。アンタがこれを只の樹としか思わなかったように、前提無き知識を与えてもそれが実ることはない」

 

 ……詰め込み教育は駄目だって話か? それはまあ分かるぜ。現在進行形で学校で習ったはずの知識がボロボロと記憶野から忘失していってるからな。

 

「ゆえに汝、ドルイドたる我を召喚せしマスター。我は汝へ、汝自身の言葉によって導きを与えん……」

 

 杖の先からルーンらしき図形が次々と刻まれ、ボウ、ボウ、と輝く。

 

「ま、アンタに分かり易い言葉で話してやろうってコトなんだがね。いいか。『これは全てゲームだ』。だが、制作と運営が違う。運営……カルデアの目的は、このゲームのプレイヤーを最後まで導くことだ。だが制作は、むしろ全滅してもかまわないと思っているだろうよ」

 

 ……なるほど。幾つかの疑問が氷解した。

 じゃあ、運営は完全な味方なのか? あのロマニも実はクソゲー制作被害者友の会だった……? 本当に? ちょっと信じられないな。あと制作って誰よ。

 

「アンタの敵が誰かはアンタ自身が判断することだがな。アンタ、あのロマニって男にビビりすぎだ。確かに腹に一物持ってそうな感じはあるがね、頭でウジウジ考えすぎるからそういうことになる。……で、制作か。そいつもこの『ゲーム』を進めていけば自ずと分かるだろうよ」

 

 えー、あれが考え過ぎ? そうかなあ……。

 

「ついでにもう一つ助言をしてやろう。アンタはこれから多くの敵と戦うことになる。そのときの心構えだ。

 『敵に共感するな』。

 いいか。アンタの頭はわりと悪くないし、口も回るんだろうよ。だから敵を理解しようと話しかけるのも交渉するのもいい。冥土の土産に冗談の一つくらい送ってやるのは戦場の嗜みだろうさ。だがな、敵の事情に共感するのはナンセンスってやつだ。それは復讐かもしれんし望まぬ敵対かもしれん。高尚な理想を語る奴もいるだろう。……全て聞き流せ。そんなものには聞く価値がない」

 

「……は?」

 

「アンタが戦士なら話は早いんだがな。つまり……戦士が戦場に立つ以上、互いに事情なんてのはあって当然なんだ。命を懸けて戦うってのはそういうことだ。だが、それでも敵は殺さなきゃならねえ。嘆きも怒りも、あるいは戦いの誉れさえ、全て流血の後にあるものだ。

 ……しかしアンタは戦士じゃない。だからこう言い換えてやる。敵を理解するのは良い。だが、『ゲームの敵に共感するな』。敵キャラやラスボスが何を言おうと、アンタがそれを殺すことに変わりはないだろ? なにせ、これはゲームなんだからな」

 

 そう言って、クー・フーリンは歯を覗かせて笑う……黒くて悪い顔だ。おい、こいつ本当にドルイドか? いやクー・フーリンは基本ドルイドじゃなかったな。むしろ凶相の一つ二つ作ってもおかしくない系の戦士だ。お前の言ってることは分からないじゃないけど……。

 

「しかし、これこそ実のない助言だな。繰り返すが、アンタがどうするかはアンタ自身が決めればいい。答えは戦場にあるさ。……アンタはイマイチちゃんと覚えていないようだが、この『ゲーム』にはアンタにとって【最も大事なもの】が掛かっている。気張ってくれよな、マスター」

 

 左様で。

 

 ……結局のところ、俺はこのゲームのプレイヤーであり続けるらしい。

 その大事なものとやらが何かとも聞いてみたが、「曖昧であるからこそ価値があるものだ」と誤魔化された。なるほど分からん。

 

 まあいいさ。結局これがゲームだってんなら、俺は俺なりにやるだけだ。それこそ嘆きも怒りも、ついでにこんなゲームに用意されているかも分からん勝利(クリア)の誉れだって、全てエンディングの後の話になるんだろうよ。

 

 

>>> [3/3] ぐだぐだしてると勝手に話が進んでいっちゃうオンライン

 

 

 ……そして夜が明け。やっとフランスに戻ってきた俺たちを待っていたのは、

 

「ジャンヌ・ダルクがヴォークルールで挙兵した」

 

 という知らせだった。

 

 聞いた話によれば、挙兵したジャンヌ・ダルクはサーヴァントであるらしい。ドンレミ村近郊に出現した彼女は村の治安が何とか維持されているのを知って村を離れ、そのまま北にあるヴォークルールの砦に向かった。で、その道中でプレイヤーと遭遇したとのこと。彼女が率いる兵力ってのは、イコール彼女に協力したプレイヤー共の集団だった。

 現在は、彼女の因縁の地オルレアンを目指しているとか。

 

 ……なるほど。

 図らずも、俺がかつてクー・フーリンに期待したプレイヤー集団の統率が、今ジャンヌ・ダルクによって行われていることになる。

 

 で、彼女ドンレミに現れたって? ドンレミ周辺の魔物を狩っていたのは……それこそ俺であり、親愛なる【ワカメ王国(キングダム)】の気まぐれメンバーであり、そして周辺クランのプレイヤーたちだ。

 ついでに言うならヴォークルールはドンレミから北上しておよそ20キロほどのところにある。だからそのジャンヌさんの道中の敵も、だいたい俺たちが掃除していたといえるだろう。

 ……そして何より、プレイヤーたちに【SERVANT】NPCと共闘するよう掲示板で積極的に働きかけていたのはかつての俺自身だった。

 

 あれ。もしかしてこの状況を招いたのって……俺のせいもあったりしない?

 

 呆然とする俺の横でクー・フーリンが爆笑し、それをフランスの優しい風が運び去る。

 一通りのお膳立てを整えておきながら、肝心の挙兵イベントそのものに乗り遅れた男の姿がそこにあったのだった。

 

 ふ、不覚……。

 




主人公の容姿が明示されていないのは、(いくつかの設定こそあれ)明確なキャラクター付けの無いモブキャラにして一介のプレイヤーに過ぎないためですが、でも藤丸立香の友人って癖の強い人が多そうな気もしますよね。

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