FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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(8/16 内容を追加)



1-3(後)

>>> [1/3] ロマニ・アーキマンという男

 

 

 ──そして。

 ふと気づけば、俺は蒼い光に満たされた部屋の中に立っていた。

 

「なっ」

 

 なにごと……? 圧倒的な混乱が俺を襲う。

 きょろりと上を向く。天井だ──当然知らない──そして蒼い。

 きょろりと前を向く。二つの光輪──バチバチしてる──中心にはマシュさんの盾の紋様(ホログラム)

 

 ……マシュさんの盾!?

 

 明らかに違和感のあるブツを発見した俺がガバッと首を横に捻れば、そこにはへラリと笑うサーモンピンクヘアーの男が立っていた。だ、誰です……?

 

「はじめまして。ボクの名前はロマニ・アーキマン……皆からはドクター・ロマンと呼ばれているよ。ごめんねー、なかなかこちらから介入できるタイミングがなくてさ。少し強引に来てもらうことになっちゃったんだけど……」

 

 ……拉致実行犯だった。

 ていうかお前、ロマニって。目の前の男に対し、自分の視線が自然と険しくなるのを感じる。

 そして同じくそれを感じてか、ロマニは俺への言葉を継ぎ足した。

 

「あー、ボクとキミは初対面ではあるんだが……一応、キミのことはマリーから聞いているんだ」

 

「マリー?」

 

「……失礼、オルガだ。オルガからキミのことは聞いているよ。彼女も同席できればよかったんだけど、あいにく絶対に外せない話し合いの最中で……どうしてもキミが使い魔契約をする前に話をしておきたくてね。突然のことになってしまったのは、申し訳ないと思っている」

 

 ロマニはぺこりと頭を下げた。

 ……俺氏の提唱していたオルガ=オルガ説に対して、突然のオルガ=マリー説が登場した件についてだが。マリーが本名でオルガはキャラネームってことなんです? でもロマニと知り合いってことは、やっぱりあのオルガは運営側の中の人で確定か。多忙なのも、運営としての仕事が忙しいのかね。

 

「この……呼び出し? はオルガも承知しているんですね?」

 

「そうだね。むしろ現状は、ボクが彼女の仕事を代理している形になるのかな」

 

「わかりました。で、この部屋は何なんです。あの中心の盾のホログラムは……」

 

「その質問の答えは……うん。順を追って話させてほしい」

 

 そう言って、ロマニは部屋の中心──つまり盾のホログラムが描かれているそばへと歩み寄る。俺も、何となくその後ろについてそこへ近寄った。見れば見るほど同じ意匠にしか見えないが……

 ロマニが俺を振り返って言った。

 

「今回我々が実装した【使い魔】だけど、これは本来必要のない……急場しのぎの代用的な機能なんだ」

 

「……代用?」

 

「そうさ。令呪は本来サーヴァントと契約するためのもの……それを少し弄って、【修練場】で使っているエネミーたちと主従関係を構築できるようにした。魅了(チャーム)の応用で親愛関係を築きやすいようにもしてある。特に今回の敵は、竜を従えているようだからね。でも、それだってサーヴァントと契約できるなら必要ないってコト」

 

「……」

 

「正直に言えば、我々には余裕がない。これはウチの天才ディレクターの発案でね。

 

『実際に使い魔を持たせることで個々のマスター適性を確認しつつ、使い魔という存在にも慣れてもらい、そして戦力増強までできる! これぞ天才の発想! 一石三鳥というものだよヌワーッハッハッハァ!』

 

 ……まあ、彼の提案はたいていエネルギーの馬鹿食いを前提にするから、キミたちには使い魔用の魔力源としてマナプリズムを提供してもらうことになったんだけど」

 

 んん……? よく分からなくなってきたぞ。

 

「えっと……つまり俺が呼び出されたのは、俺がサーヴァントと契約したからってことですか」

 

 とりあえず確かそうなことを聞く。ロマニは大きく頷いた。

 

「そう! 大事なのはそこさ! キミは既にサーヴァントと契約・共闘できるという実績を示している。それはサーヴァントのマスターとして極めて重要なことだ。ハンパな魔術回路の質なんかより、ずっとね。だから……」

 

 ロマニは着ていた白衣みたいな服のポケットから、虹色の金平糖めいた宝石を取り出した。聖晶石だ。ここで関わるのか……。驚く俺にロマニは片手を出させ、その石を3つ手の平の上に置く。

 

「その聖晶石を使って、キミにはこれからサーヴァントの召喚を行ってもらう。この部屋はそのための儀式場なんだ」

 

 そうして、先程の俺の質問に回答したのだった。

 

 

>>> [2/3] 畏怖。其は刻まれし(シルシ)なれば

 

 

 ロマニ・アーキマン氏に曰く。

 

「儀式場は既に整えてあるから、召喚者であるキミが特に難しいことをする必要はない。ただその聖晶石を床の紋様にセットして、召喚の意思を示せばいいんだ」

 

 なるほど分かりやすい。

 しかし、俺にも事情ってやつがあるのです。「君には才能がある!」と言われたからって、それ自体はまあ大いに嬉しいのだけど、それでも大人しく従ってやるわけには行かないのですよ。

 

 ……というようなことを婉曲的にやんわり伝えてお断りしたところ、ロマニ氏はにこりと微笑み──腕に巻かれたリストバンド型端末を操作した。最初から準備されていたのか、その画面は即座にホログラムとして俺の前に映し出される。そこに表示されていたのは……

 

「キミが掲示板で何をしているのかは知ってるよ。その意図も含めてね」

 

 俺が未だに書き込みを継続している、ゲーム内掲示板に立てられた【使い魔】スレだった。

 

(は、把握されてるッ……!)

 

 俺は内心、恐怖した。

 ……まあ、他ならぬ俺本人がオルガに話したんだから当然と言っちゃ当然なんだけど、でもあの時の俺はオルガが運営だなんて気づいてなかったし、第一オフレコって言ったじゃん! いや運営ならそう言うの抜きでも掲示板くらい把握できてて当然なのか?

 

「キミが気にしているのは、キミがこれからサーヴァント召喚を行った場合、それが自分の書き込んだ内容と矛盾してしまうことだろう?」

 

 ロマニは続けてそう言った。全くもって仰る通りだが。しかし。

 事ここに至って、俺はようやく自分の置かれた状況の奇妙さに気づいたのだ。

 

(運営からの呼び出し……!)

 

 『FGO』とともに過ごした一年半の記憶が鮮やかに蘇る。

 俺のメモリーに刻まれた運営のイメージはいつだって不親切で、説明不足で、そして異常に異様だった。告白しよう。オルガが運営関係者だと知って、俺は安堵した。運営にもちゃんと人間的な中の人がいるのだと。ゴミみたいに死んでいくプレイヤーを見ながら愉悦に浸るラスボスinカルデアとか、そういう「最後の敵は運営」案件ではないのかもしれないと……。

 

 だが思い出せ。

 これまで、運営がプレイヤーに直接干渉してきたことなんてあったか? 少なくとも俺の知る限りじゃそんな話は聞いたことがない。そんな異例の事態が今、目の前で起きているんだ。

 

 キーになったのは、やっぱりサーヴァントとの契約なんだろう。

 リツカと俺が契約を果たし、アルトリアの打倒に成功して、そして……レフ教授。脳裏にくっきりと焼き付いたトゲの生えたネクタイ。そこから徐々に記憶の彩度が落ちていき……赤々とした火球……あれは……えっと……何だったか。そうだ、カルデアス。カルデアと名前が似ていると思ったんだ。そして……そして?

 

 ……そして、自殺した。

 

 その瞬間だけは鮮明に覚えている。

 

 あれは一連のイベントだった。だが、どこからどこまでが連鎖していたのか? 

 

『まさか、この土壇場で【契約】に成功するマスターが現れるなんて……』

 

 アルトリア戦での一幕だ。

 運営はプレイヤーに令呪を仕込んでおきながら、それでも俺たちがあの場面でサーヴァント契約を成功させるとは思っていなかった。つまりイレギュラーな倒し方をしたってことだ。そしてオルガの言を信じるなら、アルトリア打倒に続くレフ教授の一件は、運営をしてプレイヤーの記憶を封印させるほどの……スキャンダルだったはずである。

 イレギュラーとスキャンダル。そこに関係はあるのだろうか? よく覚えていないながらも、レフ教授に絡む記憶が激ヤバだった印象はある。それの発生に俺たちが関わっているとしたら……ちょっと笑えない状況だろう。

 

 そして、そんな状況の中で今。「あの」運営が。わざわざ俺を拉致って。直々に。

 もう一回サーヴァントと契約しろって言ってきている件。

 しかも俺が掲示板で「普通はサーヴァントと契約とかできないよー」って風説バラ撒いてるのも把握されている。……ウフフ、サーヴァント契約って俺が考えてるよりもずっと重要な話だったのかしら? もしかして俺ったら、触っちゃいけなかったネタへ既にズブズブ嵌まり込んじゃっているのかな?

 

「お、俺にどうしろって言うんです……」

 

「いや、だから召喚と契約をね?」

 

「それは、どうしても、ですか……?」

 

「強制はしないさ。だけど我々としては、一人でも多くのプレイヤーにサーヴァントと契約してほしいと思っている。でも、それが容易な話じゃないのも事実なんだ。乗り越えるべき多くのハードルがある。だから、まずはキミに目をつけた」

 

「ハードル……」

 

 たらりと冷や汗が流れた。

 なるほど。令呪の件はともかく、運営の思惑としてはプレイヤーとサーヴァントの契約を促進したいらしい……一方、俺はそれに逆行する説を流している……。あれ。これ、俺自身がハードル扱いになってない? ああ、目をつけたってそういう……

 

「……ッ」

 

 インジェン社、アンブレラ社、サイバーダイン。良くない連想が頭に浮かぶ。深入りしたネズミの末路。フィニス・カルデア社は寛容だろうか?

 

 ……俺は。俺は見誤ったのだ。

 運営が、こんなにも気軽に俺みたいな小物へ接触してくるとは思っちゃいなかった。俺はどこで間違った? 【ファーストオーダー】か? オルガにペラペラ喋っちまったことか? まさかオルガを受け入れた時点で詰んじまってたなんてことは……。

 

「えーと、何か誤解がある気がするんだけど……ボク、いやカルデアとしてはキミに無事召喚を成功させてもらえれば良いだけでね。キミの掲示板活動について今すぐどうこうしようという気はないんだよ。むしろ、あの件についてはキミと協力してもいいくらいだ」

 

「……協力……? 俺に、運営側へ付いて情報を流せってことですか」

 

「え? ……んー……まあ、キミたちのクランにはオルガも世話になっているし、適性もあるんだよね? 事情を知った上で手伝ってくれるなら助かるかもしれないけど……」

 

 ロマニはそう答える。

 その顔は、人を追い詰める者の嗜虐感にも、あるいは罪悪感にも染まってなどいなかった。例えるなら、業務用相談窓口にやってきたお客さんへの説明にちょっと手間取ってるな―、くらいの軽い困惑感。

 嗚呼。これが運営、これがフィニス・カルデアか……。

 

 俺は怯えた。大企業の力に? それもある。

 でもそれ以上に、さっきからロマニと話しているうちに、段々……。最初の柔和な印象が、もう嘘みたいに消え去っていた。俺は必要以上に怯えている。まるで俺がカエルでロマニが蛇みたいな。そんな本能に刻み込まれたような恐怖を感じていた。

 

「うん、そうだね。キミには伝えておいたほうがいいだろう」

 

 ロマニは、馬鹿みたいに怯えている俺に向かって、へにゃりと笑ってこう言った。

 

「マシュ・キリエライトは他のサーヴァントとは少し違う、デミ・サーヴァントと呼ばれる特殊な存在だ。そしてカルデアの職員でもある……それを運営から公表することになった。オルガから聞いたキミの懸念は些か大げさにも思うけど、やはりキミの友人であるリツカ君との関係も、あまり表沙汰にしないほうが良いということで合意を得ている」

 

 リツカ。マシュさん……。

 今サラッとマシュさんがNPCじゃなくて中の人がいる存在だってことが明かされたけど、ともかくマシュさん……の中の人は、ロマニと同僚ってことでいいんだよな。運営関係者……オルガ、ロマニ、ライオンマン、そしてマシュさんか。全員、印象が全く違う。そしてその誰もが、運営そのものの印象ともまた少し違っていた。じゃあなんで運営は()()なんだろうな……?

 

 だが、そんなことを考えている場合じゃなかったのだ。ロマニは続けてこう告げた。

 

「──そしてもう一件。つい先程、クラン【陰陽】が現地サーヴァントとの接触に成功した」

 

「!?」

 

「サーヴァント・清姫。クラスはバーサーカーだ。探し人がいるそうで合流こそできなかったが、現状では敵対関係というわけでもない。【陰陽】はその事実をまだ公表していないけれど……」

 

 ッ……! まだ早い。早すぎる。

 

 【陰陽】はトップクラスのプレイヤーを擁する攻略組だ。

 積極的に情報を共有していくタイプのクランじゃないとはいえ、他の攻略組だってそう差もなくサーヴァントとの接触を果たすだろう。【ファーストオーダー】での俺たちみたいに、その場で【契約】に成功する者もいるかもしれない。だとすれば、俺の行為は……ただ運営の機嫌を損ねただけで……いや、だからこそ先にロマニはマシュさんの話をしたのか。

 俺が妙なことをしなくても、もうリツカとマシュさんは大丈夫だって……

 

 

>>> [3/3] 再会。

 

 

 ──俺は、観念することにした。

 結果的には俺が馬鹿をやっただけで、何も悪いことなんて起きちゃいないんだ。

 ロマニ・アーキマンは俺の守りたかった連中を守った。それは紛れもない事実で、俺が彼を何故か意味もなく怖がっているのとは別問題なんだろう。

 だから、今は……。俺は両手を軽く上げる。

 

「……わかった。わかりました。そこまで状況を整えられたら、俺にはどうしようもありません。協力します。俺に犬になれって言うならそうしますよ」

 

「い!? ……あー、いや、そこまで思い詰めなくてもいいんだけどな……あ、ちょっと先に気分転換する? お菓子あるよ? 胡麻饅頭……」

 

「いえ。今更接待なんて不要です。召喚……この聖晶石を配置すればいいんですね?」

 

「あ、ああ。そう。そこと、そこ……そう。それで良いよ」

 

 ロマニに指示されるまま、聖晶石を並べていく。

 

「それで、これから俺がやるサーヴァント召喚……どういうモノが召喚されるんです?」

 

「急に物分りが良くなったね……本当に大丈夫? あ、サーヴァントか。キミも知っての通り、クー・フーリンやメドゥーサ、ハサン・サッバーハといった神話・歴史上の存在が召喚される。正確には『英霊召喚』と言ってね、その辺はそのうちオルガがまとめて説明すると思うけど」

 

「……なるほど。ありがとうございます」

 

 つまり、俺の知らない相手が召喚される可能性だって十分あるってことだ。さっきの話で出てきた清姫……日本昔話の登場人物だった気がする。どういう話だったかな。

 

 石を配置し終えると、床に記された召喚儀式の紋様は蒼い光を増したように思われた。

 

「じゃあ、あとはキミ次第だ。その召喚陣に向かって、強く召喚の意思を思ってくれ」

 

「はい」

 

 ……既にロマニは俺の背後に下がり、俺は一人で召喚用の紋様の前に立つ。それはマシュさんの盾の紋様でもあるのだ。俺たちを守ってくれた心強い盾を思わせるそれと、こうして対峙するのは不思議な気持ちがした。

 

 ──思い浮かべる。

 これまでに出会ってきたサーヴァント達。その中でも、特に思い出深い3人を。

 

 マシュ・キリエライト。

 アルトリア・ペンドラゴン。

 クー・フーリン。

 

 個人として、一番上手くやっていけそうなのはマシュさんだ。今頃リツカとも仲良くやっているだろう。アルトリア。あれほど圧倒的な強さというものを、俺は生まれて初めて知った。それがヴァーチャルでも、あの強さは眩しいくらいにプレイヤーを惹き付けたのだ。

 

 そして……クー・フーリン。上手くやっていけるかと言われれば、ちょっと疑問がある。強いのは間違いないが、アルトリアほどの恐ろしい暴圧ではない。だが、それでも……。こんな俺が、今、そしてこれから一番頼れるサーヴァントを選べるのだとしたら。それは。

 

「……来てくれ……!」

 

 その呟きが、召喚陣を起動させる。

 旋回する光球。風一つ無い部屋に吹き荒れる『気配』の嵐。それは、まるで神話伝承の神降ろしをこの場で再現しているようで──そして一面に光が満ちた。

 

 

「──なんだ、また会ったな」

 

 目を焼く光が消え去る前に、それが誰であるのかを俺は認識する。一度失われたはずの【パス】が、再び目の前の男に続いているのを感じていた。

 

「クー・フーリン」

 

 彼に呼びかける俺の声は、きっと安堵の響きを含んでいただろう。

 青いフードを目深にかぶった男の口元がわずかに緩んだ。

 

「よろしくな、マスター。どうもアンタとは、意外に縁があるらしい──」

 


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