FGO<Fate/Grand ONLINE>   作:乃伊

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1-2(後)

>>>> [3/4] 天を見よ。思い出せるはずだ、あの名作が……!

 

 

 しばらくぶりに陽光の下に踏み出した俺の身体を、初夏の風が優しく撫でる。

 視界に広がるのは丈の低い草木の緑に覆われた地面と、その奥にポコポコ並ぶあまり背の高くない山々だ。構成要素だけ挙げれば馴染み深い日本の山野とさほど変わらないはずなのに、なぜだかずっと広々とした空間の奥行きを感じられる。

 

 フランスか。

 一度も来たことのない国だったが、こんな形で観光できる機会があるとはな……。

 俺は掲示板監視で荒んだ心を解き放ち、しばしヨーロッパ的田舎の原風景に浸ることにした。

 

 思い描くのは、世界名作劇場。

 ちゃんと観た記憶がないのに、何となくのイメージだけは容易に浮かぶ物語たち──

 

 ──。

 ────。

 ──────。

 

 イイネ! 今の俺は、心の底からヨーロッパを満喫している……!

 

 俺は大空を仰ぎ、パトラッシュと一緒に走るネロ少年めいたステップで小屋の周りを駆け回った。レーダーなどという便利システムの存在しない『FGO』において、不意の敵襲を防ぐのに重要な見回り行動だ。

 ランランラン、ランランラン……。半周ほどした辺りで空の向こうから響くドラゴンの咆哮が大気を震わせたが、正直いつものことなので、俺は努めてそれを無視することにした。ランランラン、ランランラン、ズィンゲン・ズィンゲン・クライネ・ヴリンダーズ……。

 

  

 ……そうして、俺の心は癒やされたのだ。さあ、またゲームの世界に戻ろうじゃないか。

 俺は小屋から剣を引っ張り出す。

 すると、途端に周囲の清浄な空気へ鉄と革とこびりついた血の香りが滲み出していく……。我らが親愛なる『FGO』の匂いである。

 

 このゲームは、ユーザーたちを楽しませることを目的としているとは思えないバランス崩壊コンテンツ群を超技術のゴリ押しで提供しているわけだが、それでも俺たちがついていくのは、さっきみたいな素敵な瞬間があるからだと言える。

 

 ゲームバランスが異常? 運ゲー? 不均衡?

 上等だ。俺たちは自分たちで勝手に楽しむことだって出来るんだ。

 

 例えば、かつて【雪山】エリアで俺が中ボスのキメラに頭を丸齧りされていた頃。同日同刻同エリアにいた一部のプレイヤー共は、敵など放り出していかにその雪山をエキサイト滑降できるかを競っていた。死に戻りした俺とクランの仲間たちはそれを知り、キメラを連中の滑り落ちるコースの真下に誘き出すことに成功。見事ターゲットを質量(プレイヤー)落下攻撃で叩き伏せて討伐したのである。

 ……落下したプレイヤー? ああ、全員まとめて『山になった』よ。ゴミを投棄する結果になったのは申し訳なく思うがね。

 

 あるいは、かつて攻略組プレイヤーたちが【ファーストオーダー】イベントで登場したスケルトンと竜牙兵の大群に苦戦していた頃。海外勢のプレイヤーは、呑気に神戸大橋っぽいエリアで記念撮影を楽しんでいた。

 しかし残念なことに、彼らの見事な風景写真が掲示板にアップロードされてしばらくした後、なぜか突然その撮影スポットは狙いすましたかのようにモンスターの大群に襲われ戦場になってしまったという……。真相は定かでない。

 

 

 ……んん? なんだか挙げてる事例のサンプル属性に偏りがあるな? 

 

 まあ、思い出話はともかく、楽しみ方は自分で決めるもんだ。

 種族人間は、確かに我が物顔でフランスを飛び回るワイバーン共に比べりゃずっとちっぽけな存在だが、それでもそのズボンのポケットに小さな幸せを詰め込んでいけばいつかウルトラハッピーにだってたどり着ける……。そんな可能性を秘めているはずだ。エンジョイ&エキサイティング。そういうことさ。

 

 

>>>> [4/4] スターがなくてもバスターで殴れ。

 

 

 暖かな日差しの中で青空を眺める。

 俺はさ、このフランスの青空を見て思ったよ。せっかくのフランスだってのに小屋に引きこもってばっかりだったよなって。とっくに好き勝手遊び回ってるプレイヤーたちからは遅れちまったが、これから先は色々エンジョイしていこうじゃないか。

 

 で、そのための準備として、まずは俺が抱え込んでる案件を整理する必要があるだろう。ぶっちゃけ大部分が検証班とかから頼まれてる話で、それほど俺の熱意は向いていない。だけど、それを放り出して遊んでる最中に呼び出されるとしたら……。その可能性だけで、楽しさをスポイルしかねないからね。

 

 というわけでまず一つ目、「魔術チート」問題だ。

 一部プレイヤーだけが使える謎のアビリティ「魔術」。獲得条件が一切不明であり、ついでに「魔術」という単語自体が『FGO』関連コミュニティの大半でNGワード化しているため、ほとんど検証が進んでいない。しかしまあ、そもそも『FGO』って魔物と戦う系のファンタジーVRMMOなんだから、魔法のひとつやふたつあって当然じゃない? というのが一般的な見解だ。だから問題は、解放条件をどうやって発見するかという話だな。

 検証班の知り合いからは情報提供を頼まれているが、さっきのオルガとの一件を伝えておくべきか。

 ……いや、ないな。俺は仲間を売らない。無視。

 

 次。関連して「武術チート」問題。

 VRMMOならではの、中の人が身につけた技能がゲーム中でも使えちゃう問題だ。かつて「八極拳士強すぎ問題」で話題になり、未だに不用意に扱えば荒れネタになる。対策が広く募られてはいるのだが、まあ、そいつはリアルで頑張ったんだろ? だったら良いじゃねぇか。放置。

 

 次。「二人のオルガ」問題。

 正直、これも関わりたくねぇなあー……。

 運営のオルガと俺の仲間のオルガ。客観的に見るなら最低でも関係者だし、まあ同一人物じゃねーのかなって思ってる。でもオルガ本人が黙ってるわけだ。だったら気づかないふりをしてやるのも人情かなって思うんだよね。つまりオルガの反応待ち。保留。

 

 はい次、「聖晶石」問題。

 【ファーストオーダー】クリア後に荷物の中に入ってた金平糖みたいな虹色の石のことだ。俺の荷物に1個、リツカの荷物にも1個入ってた。全く使い道がわからないので、これは検証班に持ち込むか、『探偵』エルのところにでも持っていくか、あとはオルガに聞いてみるか……。うーん、保留。

 

 ついでに「『探偵』エル」関連。

 中堅クラン【ノーリッジ】を率いるプレイヤーだ。掲示板情報によれば『グレートビッグベン☆ロンドンスター』という謎の愛称があるそうだが、実際に使われているところを見たことがない。博識に定評があり、俺もクランメンバーも何度か世話になっている。

 オルガはエルが招き入れた『直前ログイン組』に気をつけろと言っていたが……その直前ログイン組と合わせて、エル関連は様子見かな。

 単に直前ログイン組って言ったらうちのクランの奴らも含まれちまう。繰り返すが俺は仲間を売らない。つまり、直前ログインだけでは警戒の理由に足りないってことだ。様子見!

 

 

 うーん、他にもあった気がするけど……俺は嫌気が差したので考えるのをやめた。

 ぱっと思いついただけでこれだ。手のつけられない問題ばっかりだ。

 でもそれは、逆に言えば今すぐどうこうするような話じゃないって意味でもあると思うんだよ。つまり、のんびり行けるってこと……!

 

 「のんびり」。そいつは俺たちによく似合う言葉だぜ。俺たちのクラン【ワカメ王国(キングダム)】は、中小中堅&まったり系クランだからな。せかせかするのは性に合わないんだ。

 

 というわけで、リツカ辺りに留守番代わってもらって俺も適当にフランスをブラブラしよう。そのうち他のクランメンバーとも合流できるだろ。

 目的地は、そうだな。検証やってる知人のクラン……【ヒムローランド】にでも遊びに行くか。あそこのリーダーやってる女性とは何となく気が合う。たまには他のクランと交流しながら検証作業に勤しんでみるのもいいだろうし。

 

 

 ────これで、方針が決まった。

 

 

 

 俺は十分に満足し、大きく深呼吸をした。

 そうしてまた胸いっぱいに、初夏の草木の爽やかな香りと……ほのかな死臭を吸い込んだ。

  

 ……。

 

 少し遅れて、何者かの呻き声。

 

 ……。 

 

 俺は無言で振り向き、声が聞こえてきたと思しき小屋の横手の木立に向かう。

 

 ……果たしてそこにいたのは、一体の生ける屍(リビングデッド)だった。元は兵士だったらしい()()は、映画でお馴染みのゾンビウォークをしながらこちらに向かって歩いてくる。

 

 はぐれの魔物だな。ちっ、こういうのがいるから俺みたいなお留守番役が必要なんだよ。剣を持ち出しておいてよかったぜ。

 

 俺は弧を描くように敵の側面から駆け寄り、そのまま手持ちの剣を首筋へと叩きつけた。オラッ! 死にさらせッ! 重い手応えを感じながら剣を振り抜けば、首のへし折れた屍が地面に転がっていく。……刃を当てた割には全然斬れていないが、痛撃は痛撃だ。へっ、大したことねぇな。

 

 ゾンビや生ける屍(リビングデッド)、スケルトンといった敵は、総じて一対一で戦う分にはそこまで脅威じゃない。【修練場】の常連でもある彼らに対する戦術は、既に確立されているからだ。つまり、

 

「ッラァ!」

 

 俺は地面でもがく敵から一度距離を取って背後に周り、起き上がろうとするタイミングで再び背中に剣を叩きつけた。地面に倒す。

 そうしたらまたその背後に周り、起き上がるタイミングで攻撃を繰り返していく。

 叩く。背後を取る。叩く。背後を取る。叩く……数回繰り返すと、生ける屍(リビングデッド)はドス黒いオーラを撒き散らして塵に帰っていった。

 

 ふぅ、戦闘終了だ。

 視界に表れたシステムメッセージを確認し、経験値の蓄積を表すバーが少しだけ増えたのを見てから俺は剣を収める。スキルを使わない戦闘はひたすらに地味だが、小規模なモンハンだと思えば個人戦なんてこんなもんだろう。

 

 

 『FGO』にログインしたプレイヤーの筋力は、現実の肉体とは無関係にある程度の最低基準を保証される。具体的には、剣や槍を軽々と振り回せるくらいにまで。ゲームらしい武器戦闘を楽しめるくらい、と言い換えてもいい。

 一応の検証によればリアルマッチョとリアルガリに力比べさせると差が出るらしいから、元の身体能力とアバターの肉体構造から適当な倍率で増幅を掛けてるんじゃないかな。あとはレベルだ。

 

 ま、その辺の細かい設定の話はともかく。パワーが出せるんだから、基本的な個人戦術は力押しだ。質量のある武器を叩きつけて敵をぶっ倒す。倒せなくても衝撃で体勢を崩させてから追加で叩く。叩くついでに斬れれば良し。斬れなくても良し。

 誰が呼んだか『蛮族スタイル』。そんな名前で定着した戦い方だ。俺も愛用している……。

 

 ……ただ勿論、VR戦闘にある種の憧れを持つ連中はそういう野蛮なやり方を嫌い、きちんと武技を高めていった。運営が実装した新機能【クラス】も、「クラスに該当する武器使用時の技量に補正をかける」という相変わらずの謎技術でその傾向を後押ししている。

 

 そう。

 新世代の超技術『FGO』は、SAMURAI以来の大武芸者時代を巻き起こしたのだ……!!

 

 

 ……でも、ワイバーンあたりにソロで挑むと普通に喰われるけどね。

 

 

 人と竜の力の差。それは、種の限界。弱肉強食……。

 邪悪なるアンデッドとの戦いを経てそういう哲学的な思考に思いを馳せた俺は、行動の優先順位を変えることを決意した。

 

 まずは使い魔だ。

 今更だけど、これやっぱりプレイヤー本人が前に出て戦うゲームじゃねぇよ! 

 それが出来るバケモノもトップ層には一応いるんだけど、俺には無理。だからそういうパワーバランスを一発逆転出来る【力】がほしい。つまり使い魔。俺は力強く拳を握りしめて気合を入れた。

 

 再び、マスターになるときが来た……!

 




 主人公:現在、自宅(クランハウス)警備員。クラスはキャスター。戦闘スタイルは、蛮族……。

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