BASEBALL AGENT 作:五瀬尊
さてさて、これと言った出来事も無く、ごくごく普通に体育館にたどり着いた訳だが、2、3年生がいない代わりに、保護者がいるのが当然というものであって、ただの入学式だと決め込んでいる人と、おっかなびっくり緊張しかけている人もいるらしい。現在いるのは体育館横の、武道場のような場所である(と言うかまさしく武道場である)。体育館まで誘導すると言ったのは嘘か。そんな俺の心境など知ったことではない先生方は、各々自クラスの前に立ち、挨拶を始めている。
「えー、皆さん。まずは入学おめでとうございます。私は、1年1組の担任で、学年主任の
最初の先生が挨拶を終えると、次の先生が自己紹介を始めた。まあ、あまり聞く気は無いけど。結局の所、担当教科だけ分かればいいんだ。
***
で、結果要約すれば、(敬称略)1組の担任・副担任は、天野(数学)・
「はい、じゃあこれから体育館の方に移動しますが、保護者の方が既に集まって居られるので、私語の無いようにお願いします。」
私語するなって話はさっきも聞いた。って、言っても仕方が無いか。念を押すって事もあるからな。
「じゃ、1組の方から体育館へ移動始めてください。えー、後は担任の先生方にお任せします。」
そう言うと、天野先生は1組を先導して武道場を出て行く。1組の後尾が前まで出てくると、今度は2組担任が自分のクラスを立たせ、そのまま1組の後尾に着いて移動を始めた。後は全クラス同じように動くだけだ。
「はい、3組立って。」
小谷先生の号令で前からバラバラと立ち上がる。そのまま、2組の後尾に着いていく先生の後を追って、俺たちも移動を始めた。
***
体育館の中には、当然の如く緑のシートが敷かれていて、ロフトの上では吹奏楽部がスウィングの定番曲を演奏していた。やはり何人かは緊張しているのか歩き方が不自然なのだが、本人は気付いてるんだろうか・・・。席は1クラスにつき通路を
『新入生、起立。』
全員が入場したのを確認し、司会が号令を掛ける。1クラス36名、総勢216名が一斉に立ち上がり、パイプ椅子のぶつかり合う音が大きく響いた。
『学校長式辞。』
***
校長の式辞あたりから完全に意識を切らしていたが、入学式は滞(とどこお)りなく終了した。後は教室でHRを受けて帰るだけだな。人によっては明日から部活やら体験入部やらに行くと言う事もあるようだが、まあ今日は殆ど関係ないだろ。土日挟んで月曜日には部活紹介もあるし。そんなこんな考えながら教室に戻って自席で待っていると、担任の小谷先生が前から、副担の浜井先生が後ろのドアから教室に入ってきた。
「えーっと、全員戻って来てるね。それじゃあHR始めます。取りあえず出席番号1番の
突然指名されて、どう号令を掛けたら良いのか分からなかったらしく、阿品さんがおどおどしているのを見て、先生が優しく声を掛ける。ま、最初の内だろうが。
「あ、はい。起立、気をつけ、礼。」
優しく言われても、やはり緊張するのかその号令はテンポが速く、ぎこちないものだが、みんな昔からやっている事だと言わんばかりに号令通りに動いていく。ただ、そこから勝手に座る人と着席を待つ人は分かれたが、俺はつられて座ってしまった。その後にあれ?と言うような顔をしながら立っている人がバラバラと着席すると言う格好になった。
「ああ、ごめんなさい。次から着席は号令を掛けましょうかね。今は良いですけど。」
忘れてただけか。若そうだし、担任を持つのは初めてなのか?・・・それを聞くのは不躾が過ぎる気がするので聞きはしないが。
「え、と、自己紹介ですかね。先程も一応しましたが、私の名前は小谷 詠歌(えいか)といいます。数学を担当しています。分けられた2つのクラスのどちらでお会いできるか分かりませんが、ええっと、1年間よろしくおねがいします。」
小谷先生が一通り挨拶を終えると、ぱらぱらと拍手が起こった。それ以上のリアクションなど有りはしないが。
「浜井先生、自己紹介は・・・。」
やや遠慮がちに放たれた小谷先生の言葉は、浜井先生のいや結構と言うようなジェスチャーで止められた。
「あ、すいません。もうされてましたね。あ、じゃあ1番の人から簡単に自己紹介お願いします。」
再度指名され、またも遠慮がちに立ち上がる阿品さん。まだ、緊張しつつおどおどと全体を振り返ると、自己紹介を始めた。
***
俺の自己紹介は適当に流す程度に聞いて貰って、残り2人も自己紹介を終わらせた。俺が神奈川出身だって事は一応だけ紹介しておいた。キツイ方言ばかり聞かされちゃ身が持たない。特に反応が無かったのは驚かせる間もなく座って次に回したからだろう。後ろの人がさっさとやってくれて助かった。
「はい。じゃあ、自己紹介も終わったので、今日はこれで解散ですね。月曜日の予定を書いたプリントを前に置いておくので、帰る前に取って帰って下さいね。それでは、出席番号2番の
出席番号順に当番が回ってくるのか?て、言ってもあれか。クラス委員とか全く決めてないからこうなってんのか。
「起立、気をつけ、礼。」
お、今度はしっかりした号令だな。運動部系の声の張りがある気がする。
『ありがとうございました!』
***
「零亜ー、帰ろうぜ。」
肩に鞄ひっさげて琢磨と広也が声を掛けてくる。こいつら、部活も無いのにエナメルバッグなんか持ってきたのか?
「カバンがでかいのは気にすんなよ。この後ゲーセン行こうやって話してんだ。」
「いや、だからってそんなにでかくなくて良いだろ。何する気だよ。」
ただのゲーセンだよなあ。この辺りでゲーセンって言ったら最近オープンしたばっかりって言うショッピングモールしか無いけど、あそこでそんなに金落とす気か?
「え?クレーンゲーム以外無いだろ?都会の人間ならでかいの2、3個は普通に落とすもんじゃないん?」
いやいや、どんな勘違いだよ。つーか、何時の時代の田舎もんだお前等。
「馬鹿、ちったあ考えろ。そんなに上手い奴なんかそうそういねえよ。」
「分かってる分かってる。ちょっとした冗談だよ。でも、千円あれば1個は落とせる。・・・ちっこいのは。」
ちっこいのかよ!一瞬期待した俺が馬鹿だったよ!
「結局そのバッグは要らねえんじゃねえか。」
「だから言っただろ。気にするなって。癖みたいなモンなんだよ。でかいのを持ち歩くのは。」
気にするなってそう言うことか。後の話がアレだからゲーセンの為にでかいカバン持って来てんのかと思ったじゃん。
「癖、癖ねえ。何故にそんな癖がついたんだか。」
まあ、俺も癖は幾つかあるにはあるんだが、そんなでかいモンを持ち歩く癖は無いな。十人十色と言うから当然なんだが。
「まあ、色々ある。大体、中学の部活のせいだけど、毎日でかいカバン背負(しょ)って行ってたからな。これじゃないと返って落ち着かん。」
ああ、成る程分からんでも無いな。俺も前まではテニスラケットとか持ってないと不安だったし。アレは一種の病気と言ってよかったな。←何故か得意げ
「ふーん。で、それよりどこ行くんだ?あの海沿いにあるショッピングモールか?」
て言うか、どう考えてもあそこ意外思いつかないんだが。
「ま、そこ以外無いな。最近、あの手のショッピングモールが乱立しだしたからどっか行こうと思えば行けるし、ちょっと足を伸ばせば昔からあって規模もでかい所あるけど、やっぱりこの前出来たのが近場で規模がでかいからな。あそこが1番良い。」
ショッピングモールが乱立しだしたって、そんなに建ててどうする気だよ広島・・・。
「何でそんなに建ちだしたかねえ。」
「ま、それはあれだ。周りの地域から広島“市”が人材を巻き上げてるからな。これだけ人口がいれば需要があると本社が判断したんだろ。実際あそこもオープンした日なんか相当の人が集まってたからな。」
市を強調するって事は周辺地域は減ってるって事か。それより、本社って事は殆どあれか?同じグループのショッピングモールなのか?
「その相当の具体数が知りたいんだが・・・ま、それは良いや。さっさと行くんなら行こうぜ。」
こう言う時は切替えが重要だ。やると決まったら早めに行動に移すのが俺の流儀だからな。・・・もう手遅れか。
「おう、そうだな。で、移動は・・・。」
おい、何故そこで口ごもる。
「どうやって行くんだ?まあ、歩きで行ける距離っぽいけど。」
窓から覗けばショッピングモールのやたら存在感のでかい看板が見える。看板じゃなくて屋根の文字か。やばい、ボケってる。・・・ボケってるってなんだ?
「ま、当然歩きだな。交友を深めるのにはだらだら喋りながら歩くのが一番良い。」
確かにそうなんだが・・・その地味に年寄り臭い言い方はどうにかならんのか?
「だな。んじゃ、行きますかぁ。」
「俺は土地勘無いから2人とも頼むぜ?」
来たばっかりだし、特にこの周辺は歩き回るって言う程は歩いてないからなあ。
「「分かってる(って)」」
息ピッタリだなあ。さてはて、ゲーセンで俺が何を出来るやら。アーケードはからっきしだからなぁ・・・。
次話は・・・何か中身の無い物(元から無い)になりそうですね・・・。