例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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進路相談とふくろう

 

 

頬に感じる空気の生温さに、本格的な夏の訪れを感じる。

闇を刻んだ左腕を隠すためのローブはいつも長袖だ。そのためこんな夜更けでも汗ばんでしまう。

 

もうそんな時期かと思うと同時に、それはつまり5年生と7年生の試験が近いことを意味している。

 

すっかり自分の季節感が教師職に沿ったものになっていることに、レギュラスは苦笑いしてしまう。

 

進路相談の時期になると、自分が学生の頃を思い出す。

あの頃自分は当時の寮監であるスラグホーンと何を話したのだっけ。

そもそも闇の帝王全盛期であったため、のんびり将来の夢を掲げる時代でもなかったかもしれない。

当然自分が教師になるなんて想像もしていなかった。

······別に今も向いてるとは思ってないけれど。

 

いや、自分の場合そもそも今生きていることさえ奇跡と言える。

冷たい湖の底で息絶えていた可能性をふと想像する。夜風にすら熱を感じる時期だと言うのに身震いしてしまった。

 

不思議なものだ。

あの時は死ぬことに恐れなど感じなかったのに、今はあの子の成長をずっと見ていたいと一一生きていたいと思ってしまう。

 

そんな感傷的なことを考えていると、目的地に着いた。

 

暗い抜け道を這い出て、頭上の板を持ち上げると古びた屋敷へと出る。

 

『叫びの屋敷』に似つかわしくないフカフカとしたソファーにゆったり腰掛けた老人一一アルバス・ダンブルドアは微笑んだ。

 

「おお、レギュラス」

 

目の前の老人は、突然の訪問だというのに全く驚いた様子を見せなかった。

 

レギュラスを出迎えるように、もう一つソファーが現れた。そしてオーク樽熟成蜂蜜酒のボトルとグラスが2つふわふわ浮いてくる。

対面するかのように腰掛けると、グラスに黄金色の液体がトクトクと注がれた。

 

「ドローレスもまさか貴方がこんな目と鼻の先に居るとは思わないでしょうね」

 

「灯台もと暗し、というやつじゃ」

 

ダンブルドアは茶目っ気たっぷりにウインクした。

外から見ると廃墟同然のこの屋敷であるが、ダンブルドアの魔法の影響なのかこの部屋は居心地が良さそうだ。

 

しかし、騎士団本部であるグリモールド・プレイスではなくここに滞在しているということはやはりホグワーツへの·····もっと言うならハリーへの懸念があるということなのだろう。

 

レギュラスはこれからする報告を考えると憂鬱になる。

 

「何用じゃ」

 

そんなレギュラスの心持ちを見透かすように、目の前の老人は本題を促した。

 

「ハリー・ブラックの閉心術の習得に失敗しました」

 

「·····失敗とは?」

 

ダンブルドアがあまりにも穏やかな声で問うので、レギュラスは居心地が悪くなる。結局は観念して憂いの篩をハリーに見られた顛末を話した。

 

聞き終えたダンブルドアは萎びた手で眉間を揉みながら溜息をついた。

 

「言われたくないと思うが、お主らはそっくりじゃのう」

 

「本当に言われたくないです」

 

誰のことを指しているか分かったため、レギュラスは仏頂面で即答した。

 

「あんな愚かな兄と私のどこが似ていると言うんです」

 

「すぐ感情的になるところじゃ」

 

痛いところをつかれて、レギュラスはぐっと言葉に詰まった。

そういえば母も気性の激しい人だった。

 

「グレンジャー嬢が不憫でならんよ。 ハリーと揉めていないと良いがのう」

 

「話していないみたいです。 かなり強く口止めしましたので」

 

·····殺害予告までしたことは黙っておくことにしよう。レギュラスは誤魔化すように蜂蜜酒を口に含んだ。

 

そんなレギュラスを咎めるように、ダンブルドアはグラスから手を離しこちらを見据えた。

 

「よいか、レギュラス。あの子に閉心術を教えることをやめてはならぬ」

 

予想していた言葉にレギュラスは天を--いや『叫びの屋敷』の汚い天井を仰ぐ。

 

「まだ奴との繋がりがどこまでなのかも分かっていないのじゃ。 直ちに再開せよ」

 

上司にこう命令されたら、レギュラスの答えはYESしか残されていない。

 

「·····承知しました。 しかしO.W.L試験が迫っております。 再開は試験後でよろしいでしょうか」

 

呷った蜂蜜酒の味が苦々しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ハリー。 本当に閉心術はもう教わらなくていいの?」

 

習得したから個人授業はもう無くなったというハリーの嘘に、ハーマイオニーは納得できないのか執拗に確認してきた。

 

しかし、君の記憶を見たから無くなったと言うわけにもいかない。

 

「もう十分だと判断されたんだよ。 だからこの話は終わりだ、ハーマイオニー。 いいね?」

 

結局ハリーは、レギュラスの記憶について黙りを決め込むことにした。

勝手に記憶を盗み見た罪悪感が芽生えたことも勿論だが、ハリーは正直レギュラスのことが分からなくなってしまった。

彼は悪人なのか、それとも·····。

 

しかし、それについて深く悩むことを、近付いてくるO.W.Lが許さなかった。

 

ハリーはカレンダーを見て、ずっと遠い先にあると思っていたO.W.Lが間近であることに愕然とした。

人生を左右する試験でもあるからか、5年生のプレッシャーは並大抵のものではなく、差はあれど誰も彼もパニックに陥っていた。

 

試験勉強に追われる中で、進路相談はおこなわれた。

時間通りにマクゴナガルの部屋をノックする。

 

「失礼します」

 

「お掛けなさい、ブラック」

 

ハリーは部屋に入り、呻きたい気持ちを何とか堪えた。

部屋の隅で、アンブリッジがフンフンと鼻を鳴らしていたからだ。

ごちゃごちゃとした趣味の悪いフリルのブラウスを着て、気味の悪い薄ら笑いを浮かべている。膝にはお決まりのクリップボードを構えていた。

 

「さて、この面接はあなたの進路について話し合い、6年目、7年目でどの学科を継続するかを決める指導をするためのものです。 ホグワーツ卒業後、何をしたいか、考えがありますか?」

 

マクゴナガルはたくさんの案内書を束ねながら、授業の時と同じトーンで問いかけた。

どうやらアンブリッジのことは無視する方針らしい。

 

「えーっと、実は考えているものがありまして·····」

 

「なんです」

 

ハリーはローブから一枚の羊皮紙を取り出す。そして照れ臭さを隠し、なんでもない事のようにそれをマクゴナガルに差し出した。

 

「実はクィディッチのプロ選手になりたいと考えています。 それで入りたいチームの候補を書き出してみました」

 

「·····なるほど」

 

マクゴナガルは平静を装ってはいるが、眼鏡の奥がきらりと光ったのをハリーは見た。

そして同時にハリーの意図も彼女は理解したらしい。

 

「エフン、エフン」

 

「ブラック、それは素晴らしい進路です。 寮監の贔屓目を除いても、貴方のクィディッチセンスは素晴らしい。 プロの世界でも充分に通用すると思いますよ」

 

「ありがとうございます、マクゴナガル先生」

 

「エフン、エフン·····」

 

マクゴナガルが羊皮紙を手にしたまま、ずいっと椅子ごと身を乗り出す。

その勢いに思わずハリーも椅子ごと後退りそうになった。

 

「ちなみにどのチームが第一希望ですか?」

 

「まだ考え中なのですが·····ここか·····こことか·····」

 

「エフン、エフン!!」

 

さすがに無視できない大きさの咳払いに、マクゴナガルはとうとう顔だけ振り返った。

 

「のど飴が必要ですか、ドローレス」

 

酷く面倒くさそうに、マクゴナガルが言った。

アンブリッジは一瞬面食らったようだが、すぐニタリと笑みを浮かべた。

 

「結構ですわ。 ミネルバ、もしかして·····お忘れなのかもしれないと思いまして」

 

「何をです」

 

素っ気なくマクゴナガルは返事した。

 

「私の記憶が正しければ、その子はクィディッチを終身禁止されたはずですわ」

 

アンブリッジは自分の言葉の響きを楽しむかのように甘ったるく言った。

 

「ああ、そんな罰がありましたね。 しかし、今はこの子の将来の話をしているのです。校内のルールが何か関係ありますか、ドローレス」

 

「ええ、ええ! ありますとも! ミネルバ、勘違いされているようね。 私は校長ですが、同時に魔法大臣上級次官です。 私の言葉は魔法省の言葉と捉えて頂かないと」

 

ようやくマクゴナガルは体ごとアンブリッジに向き直った。

 

「つまり何が言いたいんです」

 

アンブリッジはにんまりと笑いながら、クリップボードを指で叩いた。

 

「魔法ゲーム・スポーツ部という部署をご存知ですわね? クィディッチも魔法省の管理下であるということ」

 

一度言葉を切り、アンブリッジは言葉の余韻に浸りながら勝ち誇った顔をした。

 

「この子がクィディッチのプレイヤーになるのは有り得ないんですわ」

 

「いえ、そんなことありません」

 

アンブリッジは横面を引っぱたかれたかのような顔をした。あまりにもマクゴナガルが間髪いれずに返したからだろう。

そんな彼女に、マクゴナガルは見えるように羊皮紙を掲げる。

 

「どうぞ。こちら、ブラックが書き出してきたチームです。 ジンビ・ジャイアント・スレイアーズ、ハイデルベルグ・ハリヤーズ、サンデララ・サンダラーズ、トヨハシ・テング·····お気づきですか? 全て海外のクィディッチチームです」

 

アンブリッジの小粒な目が、限界まで大きく見開かれた。

 

「アフリカ、ドイツ、オーストラリア…それから最後のは日本でしたかね」

 

「さすがマクゴナガル先生、よくご存知ですね」

 

ハリーはようやく口を挟んだ。

マクゴナガルはハリーだけに見えるように、口角を悪戯っぽく吊り上げた。

 

アンブリッジの顔は未だに硬直している。

 

「ドローレス、この子は海外のクィディッチプロチームを目指しているということです。 そんなところまで我が国の魔法省が介入できるとでも?」

 

「それは--」

 

名前を呼ばれようやく我に返ったアンブリッジは、心底悔しそうに言葉を探している。

 

ハリーは胸がすき、にやけそうになるのを我慢しなければならなかった。助言をくれた狡猾な幼馴染に感謝しないといけない。

 

「しかし、ブラック。 貴方の今までの学期末テストはお世辞にも素晴らしい結果とは言えません。特に魔法薬と占い学·····おや、魔法史も酷いですね」

 

マクゴナガルは先程とは一転、教師の厳粛な顔でぎろりとこちらを見た。

呪文学と闇の魔術に対する防衛術はかなり良い成績のはずなのだが、何故教師は悪い科目ばかり目につけるのか。

 

「いいですか、O.W.Lは手を抜いてはいけませんよ。 選手生命というのは予想がつかないものです。 その後のキャリアのためにも成績は良いに越したことはありません」

 

「はい、マクゴナガル先生」

 

「それに海外での活躍を目指すなら、言語の習得も必要不可欠です。 早めにその勉強も始めなさい」

 

「うぇー·····。 あの·····それは、その時になったらパパに頼んで通訳を雇ってもらおうと」

 

マクゴナガルの瞳がギラリと厳しく光った。これは説教に入る危険信号だ。

 

「何を愚かしいことを言っているのです! 貴方は試合中、箒の後ろに通訳を乗せるつもりですか! イギリスの恥さらしです、そんなこと私が許しません!」

 

マクゴナガルは鼻息をふんすと立てながら言葉を続ける。

 

「そもそも会話ができなくて、チームメンバーと連携が取れると思いますか? 試合中の指示が分からなかったらどうするのです!」

 

至極真っ当な意見である。

ハリーにぐうの音も出ようがない。

 

アンブリッジがこめかみを痙攣させながら歯噛みしているのを尻目に、進路相談は終わった。

結局、6年生からの選択授業は職業の幅が利きやすそうなものを無難に選んだ。

 

「ブラック」

 

ハリーが頭を下げて部屋を出ようとすると、呼び止められた。

マクゴナガルは今や嬉しそうな顔を隠さずに微笑んだ。

 

「頑張りなさい。 私は貴方が世界で活躍している姿をぜひ見てみたいです」

 

 

 

 

 

かくして、普通魔法レベル試験--O.W.Lは始まった。

 

日差しが厳しくなってきた夏日に、試験官が来校すると緊張感はピークになった。

 

ハリーは一旦不穏な世相も忘れ、これ以上ない学生らしい日々を過ごすことになった。

 

楽しいことを全て奪われたあとに、勉強を続けるのは辛かった。

クィディッチもない、DAもない、セブルスの部屋でのんびりココアを飲むことも出来ない。あまりにも娯楽に欠けていた。

それでも非情なことに時は止まらない。

ハリーは全てのストレスをおさえて、勉強に励んだ。

しかし、何もハリーひとりが不幸なのではなく5年生は皆ノイローゼになりかけていた。

 

ハーマイオニーは想像通り半狂乱になったし、ロンは上級者の売る怪しい薬を買いかけた。

ある日に廊下ですれ違ったシャルロットは濃い隈ができていて、研究に行き詰まった時のセブルスの顔そっくりだった。

アーニーは会う人みんなに一日何時間勉強しているかをしつこく訊いて回っていたし、ハンナは突然授業中に泣き出したらしい。

要するにみんな似たり寄ったりだった。

 

汗ばむ原因が緊張か気温によるものか分からない気候の中、試験は呪文学から始まった。

筆記試験から始まった試験は午後は実技も行われた。

試験管の前で呪文を披露するのは緊張し、杖を握る手に汗が浮かんだ。しかし、思ってたより悪い出来にはならなかったはずだ。

 

そして、変身術、薬草学と続いた。

 

ハリーは『闇の魔術に対する防衛術』ではO()を取れた自信があったし、他もまあまあの出来であった。

占い学は間違いなく不合格の気がしたが、あんな科目どうでもいいので気にしないことに決めた。

 

やがて永遠に感じた試験も終わりが近づいてきた。

5年生の顔はやつれながらも徐々に晴れやかなものへと変わっていく。

 

天文学の試験中、その事件は起きた。

夜に行われる試験だからか、疲弊が溜まっている生徒たちは欠伸を噛み殺しつつ手元にある解答用紙に一心不乱に書き込んでいる。

空に雲はなく、星を見るのに適している静かな夜だった。

 

その静謐を、突如大きな音が切り裂いた。

生徒たちは一斉に顔を上げた。

 

音の出処はハグリッドの小屋からだった。

 

アンブリッジが部下を引き連れて、ハグリッドを攻撃したのだ。

 

皆は試験中なのも忘れ、天文学塔の上からその顛末を目撃することになった。

ハグリッドは複数人の闇祓い相手に激しく抵抗した。その抵抗もファングに失神呪文が当たると、さらに勢いを増した。

 

ハリーは初めてハグリッドがここまで激昂するのを見た。

威嚇するかのような怒声が放たれ、手近にいた闇祓いが吹っ飛ばされる。

 

ハーマイオニーが試験中なのも忘れ、悲鳴をあげた。

 

「おやめなさい! 何の理由があってルビウスを攻撃するのです! 何故こんな仕打ちを……」

 

鋭い声が校舎の玄関から投げかけられる。

あの喋り方ときびきびとした歩き方はマクゴナガルだ。

しかし、彼女の言葉は最後まで続かなかった。

数名の闇祓いの放った失神呪文が全てマクゴナガルの胸に当たった。赤い閃光に照らされ、マクゴナガルは一瞬硬直すると、ばったりとそこに倒れた。

 

「卑怯者! けしからん仕業だ!」

 

生徒たちへの注意も忘れ、試験官のトフティ教授も顔を真っ赤にして叫んだ。

ハグリッドは一際大きな唸り声をあげると、さらに闇祓いたちにパンチを食らわせた。

そして、そのままファングを抱え闇の中へと走り去って行った。

 

ハリーたちは天文学塔の上からそれを呆然と見ていることしか出来なかった。

ハグリッドを逃がしたアンブリッジのヒステリックな声が聞こえたのを最後に、再び沈黙がおりた。

しかし、寝ていた下級生もこの騒ぎに目を覚ましたのか城内にひとつまたひとつと灯りがつく。

 

「あ·····えー·····残り5分です」

 

我に返ったトフティ教授が弱々しい声色でそう言った。

しかし、答案に顔を落とす生徒はもう居なかった。

試験が終わった途端に、皆は興奮したようにあちこちで話し始めた。

 

マクゴナガルは意識不明の重体で聖マンゴに運び込まれたと明朝に知った。

 

セブルスも、ダンブルドアも、ハグリッドも、そしてマクゴナガルまでも一一。

ハリーはホグワーツに信頼できる大人が全員居なくなったことに気付き、呆然としたのだった。

 





明日、次の話も投稿致します。

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