例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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アンブリッジの姦計

 

『ホグワーツ高等尋問官令

 

ザ・クィブラーを所持しているのが発覚した生徒は退学処分に処す。

以上は教育令二十七号に則ったものである。

 

高等尋問官 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ』

 

もはや言論統制の域に達してきたその教育令で、生徒たちが縛れるとアンブリッジは本当に思っているのだろうか。

 

つまり、あっという間に全校生徒中がその記事を読んだということだ。

 

多くの生徒が、ハリーの言葉を信じてくれたようだった。

今年度が始まった時のように、猜疑の視線を向けられることは目に見えて減った。

 

ハリーはアンブリッジがこの教育令を出した翌日に、シェーマスから謝罪された。母親にもこの記事を読ませて信じさせると約束してくれ、ハリーも快く彼のダンブルドア軍団への途中加入を受け入れたのだった。

 

クィブラーは未曾有の売り上げを叩き出してるらしく、ゼノフィリウスは増刷に追われているようだ。何故しわしわ角スノーカックの記事より、ハリーへのインタビューが売れるのか彼には理解できないようだが、ルーナは喜んでいるし自分の行動で彼女の実家が潤うのは悪い気持ちはしない。

 

スプラウト先生は如雨露をハリーが取ってくれただけでグリフィンドールに二十点も加点したし、フリットウィック先生は授業終わりにハリーに砂糖菓子を一箱押し付けた。

 

マクゴナガルはハリーたち--主にハーマイオニー--の反抗に少しだけ頭を痛めているようだが、生徒がクィブラーをこっそり読んでいた時、咳払いだけで済ませていたのを目撃した。

 

ハリーの心は大いに晴れ、ここ最近のストレスは消え去ったがそれでも閉心術は上手くいかなかった。

 

ハリーは夢を見続け、魔法省の長い廊下の先にある黒い扉を開けたくてたまらなかった。その先に何があるのか、何をそんなに欲しているのかは分からない。

それでも、ヴォルデモートと心を共にしていると思うとたまらなく肌が粟立った。

 

「きっとハリーは心を空っぽにするのが苦手なのよ」

 

幼馴染はそう言った。

寒さが厳しく雪に埋もれた中庭。つまり見られたくない密会には適している。

 

ハリーとシャルロットは校内で話すことを控えていた。特にドラコと決定的に袂を分けてしまったあの一件から、2人は周囲の目を殊更気にするようになった。

 

ハリーはシャルロットのその言葉に慰めを見出した。

自分としては努力をしているつもりだったのに、夢は毎日続いていたのだ。

 

「こないだ読んだ本に書いてあったんだけどね、魔法にも適正、不適正があるらしいの。 ほら、身近で言うとトンクスは変身術はそりゃ得意だけど、闇祓いの試験の隠密追跡術は落第すれすれだったらしいじゃない?」

 

ハリーはニヤッと笑った。

 

「あー·····なるほど。 要するに君は魔法薬は天才的だけど、箒に関してはヨチヨチの赤ん坊レベルってことだね」

 

「殴るわよ」

 

シャルロットはじっとりとこちらを睨みつける。その顔が、子どもの頃と同じだった。

 

「…そういえば貴方、将来の夢簡単に諦めるんじゃないわよ」

 

シャルロットは思い出したように唐突に言ったので、ハリーは心の準備も出来ないままその言葉を食らった。

 

「何言ってるんだ、だって僕はもう……」

 

「仮に取り消されなかったとしても、いくらでも手段はあるでしょ。 少しは頭を使いなさい。 諦めちゃ駄目」

 

「シャル……」

 

シャルロットはふと思慮深げな顔になった。

 

「閉心術もよ。皆が貴方に習得することを望んでいるの。 きっと少しずつ上手くいくわよ。 大丈夫」

 

シャルロットは自分だって大変な立ち位置にいるのに、優しくそう言った。

ドラコの話は2人の間で禁句になっていた。

それでも、話を聞かなくても彼が酷く苦しんでいることがハリーには分かるのだ。どんなに拒絶されても親友なんだから当たり前だ。

 

「そういえば、こないだハグリッドを見かけたんだけど…あれ大丈夫なの?何があったの?」

 

仕方の無いことだがスリザリンのシャルロットは、ハグリッドとも疎遠になっているらしい。

 

「アー、うん。 ちょっとした兄弟喧嘩みたいなもんだよ」

 

「はぁ?」

 

ハリーの言葉はこれ以上ないくらい的確だったのだが、シャルロットは訝しげに首を傾げた。

 

「いや、なんでもないよ。 君まで巻き込まれることないからこれ以上聞かないで」

 

「貴方って…ことごとくトラブルに巻き込まれる体質なのね」

 

シャルロットは心底気の毒そうに嘆息した。

その時、少し離れたところで下級生の声がした。この寒い中、雪合戦をするつもりらしい。O.W.Lに追われ勉強漬けの五年生にはその呑気さが羨ましく思えてしまう。

 

「そろそろ解散しよう」

 

「ええ。 ハリー、例の会合のこと…注意して。 アンブリッジは放課後ごっそり生徒が居なくなることに気付いてるわ」

 

シャルロットが早口でそう伝えると、ハリーは神妙に頷いた。

寒さで悴んでしまった手を折り曲げる。この厳しい寒さの中では、下級生が現れなくてもそろそろ潮時だっただろう。

 

「あ、ハーマイオニーから伝言預かってたんだ。O.W.L、絶対魔法薬も君に勝つってさ」

 

「アハハ! 受けて立つって伝えといて」

 

緑と銀のマフラーに顔を埋めながら快活に笑うと、手をヒラヒラとこちらに振った。

 

ハリーも獅子寮の暖かな暖炉を求め、彼女と反対方向へ分かれた。

 

--その時、偶然渡り廊下から2人の逢瀬を発見したアンブリッジは嫌な笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 

 

どれだけクィブラーの雑誌が出回っても、情報に半信半疑の生徒たちはやはり本人に聞くのは気まずいらしい。

 

そんなわけで、ハーマイオニーは多くの人から突然話しかけられるようになった。ちなみに同じ現象はロンにも起きているらしい。

 

女子トイレで噂好きのレイブンクロー生に捕まっていたハーマイオニーは、漸くそこから脱出すると図書館に向かった。

 

一週間に及んだ罰則は、彼女の時間を奪った。

廊下を小走りで駆け抜けていたその時。

 

空き教室からにゅっと出てきた手がハーマイオニーを掴み、中へと引っ張りこんだ。

 

DAの特訓の賜物だろう、思わず空いている手で杖を掴んだハーマイオニーは、目の前の顔を見て夢を見ているのかと錯覚しそうになった。

 

「咄嗟に杖を抜きましたか。 少しは魔女らしくなったようですね」

 

「ブラック先生!?」

 

ハーマイオニーの心臓は爆発寸前に跳ね上がった。

 

シッとレギュラスは細い指先を唇に当てた。ムスクの香りが漂う。

それがあまりにも様になっていたので、驚きも忘れハーマイオニーは見惚れてしまう。

 

レギュラスはハーマイオニーの掴んでいた手をそのまま持ち上げ、手の甲を確認した。

 

"私は嘘をついてはいけない"

 

痛々しいその傷を目にすると、レギュラスの口元が痙攣するように揺れた。

 

「女性の手になんてことを!」

 

思わずハーマイオニーは笑ってしまった。

 

「なんですか?」

 

「いえ、ハリーと同じこと言うんだなと思いまして」

 

レギュラスは心底気分を害したようだった。

そして顰め面のまま小さな器に入った軟膏を彼女に手渡す。

 

「闇の魔術への抵抗力を持つ塗り薬です。 作り方は聞かないでください。 私は教師を辞さなければいけなくなります」

 

「私にですか?」

 

チョコレート色の瞳を真ん丸にさせて、ハーマイオニーはレギュラスの顔と軟膏を交互に見つめた。

 

「他に誰がこんな禍々しい罰則を自分から受けるのです」

 

レギュラスは吐き捨てるように言った。

どうやらアンブリッジに啖呵を切ったのは朝の大広間だったため、彼にも目撃されていたらしい。

 

レギュラスの冷たい怒りに触れ、ハーマイオニーは内心気にしていたあの噂が根も葉もないものだと改めて理解した。

 

「いいですか、あの女に逆らうのは止めなさい。 聡明な貴女にはそれが分かると思っていましたが」

 

「でもブラック先生、何か行動を起こさなければ変わらないと思うんです」

 

「貴方たちがしてることがあの女への抵抗のつもりなら、それは子どもの浅知恵に他なりません。耐えて機会を待つのも同じくらい抵抗なのです」

 

レギュラスは冷たい声で言った。

 

「全くよりにもよって『クィブラー』ですか。 どのみち魔法省が報道を隠し通すのも限界がある。 その時に真実を民衆が知れば良いだけです」

 

「クィブラー、読んでくださったんですか!?」

 

ハーマイオニーは目を輝かせたので、レギュラスは居心地悪そうに咳払いをしてから睨みつけた。

しかし、彼女がそれに臆さずニコニコとしているので、諦めて溜息をついた。

 

「何年貴方のレポートを推敲してると思ってるんです。 貴方もあの記事に関わっているのは文章を見ればわかります。 所々、貴方が書いているでしょう」

 

「ええ。 知り合いに記者なんていませんし。ルーナのお父様は編集長ではあるけれど、プロのライターではありませんから」

 

それでハーマイオニーが手伝ったのだ。

雑誌の作成に直接関わった以上、ハリーにだけ罰則を受けさせるのは忍びなかった。

 

「とにかくこれ以上愚かしい行為を重ねないように」

 

しかし、ハーマイオニーはその言葉に返事は返さなかった。

 

「ブラック先生、この薬ハリーに分けてもいいですか?」

 

「どれだけお人好しなんです。 ハリー・ブラックは貴方を巻き込んだ張本人でしょう。 …いえ、言っても無駄ですね。 貴方に差し上げたものですから、捨てるのも他者に使うのもご自由に」

 

「やっぱり、優しいですよね。 ブラック先生」

 

レギュラスは珍しいものを見るような視線をハーマイオニーに向けた。

 

「何故そのような思考回路になるのかさっぱり分かりません」

 

「私にだけ分かってればいいんです」

 

レギュラスは一度だけ不自然に唇を噛むと、仏頂面で嘆息した。

 

「貴方は…いつまで私に見当違いな初恋をしているつもりなんですか。 それは甚だしい勘違いですよ」

 

「そんなこと言われても好きな人が他に出来ないんです」

 

ハーマイオニーは困ったように眉を寄せた。

レギュラスはそんな彼女に更に何かを言おうとしたその時。

 

甲高い女性の叫び声が聞こえた。

2人は他に誰もいない空き教室でぎくりとし、思わず顔を見合わせた。

 

「何かあったようですね。 グレンジャー、少し時間を空けてここを出なさい」

 

レギュラスは扉を少し開け左右を確認し、誰もいないと分かるとさっと出ていった。

 

またしても女の泣き叫ぶような声がする。

ハーマイオニーは何となく聞き覚えがあるその声に、首を傾げた。

 

やがて時間を置き、空き教室から出ると既に人は疎らになっていた。

そして、ハーマイオニーはマクゴナガルに抱きかかえられ啜り泣く女性を見て、先程の声の主がシビル・トレローニーであることに気付いた。

 

事の顛末を知ったのは、寮に着いてからだ。一部始終を見ていたらしいハリーとロンからトレローニーが解雇され追い出されそうになったが、ダンブルドアが現れ止めたこと、新しい占い学の先生としてケンタウルスのフィレンツェが就任したことを知ったのだった。

 

 

 

 

クィディッチを失ったハリーにとって不幸中の幸いだったのは、ジニー・ウィーズリーが優れたプレイヤーだったことだ。

 

ハリーには及ばないが彼女のセンスは光るものがあったし、何より血の繋がった兄弟であるフレッドとジョージ、ロンがチームメイトなのも息を合わせやすいのだろう。

 

ロンはまだまだ肩に力が入りすぎているが、それでも彼のキーパーは間違いなくグリンフィンドールの優勝へと貢献した。

この時ばかりは悔しそうなアンブリッジに皆が溜飲を下ろしたものだ。

 

ハリーもこの勝利を心から喜んだが、それでも自由に空を飛んでいるクィディッチメンバーを見ると、たまらない焦燥感に駆られ憂鬱な気持ちになるのであった。

 

何はともあれ、クィディッチ杯が終わったということでDAに時間を割ける時間が増えたのは間違いない。

 

ついにハリーは皆に守護霊の呪文を教えることになった。

高難易度の魔法ではあったが、連日新聞紙を騒がせる犯罪報道は皆の向上心を高めたようで懸命に練習に励んだ。

 

守護霊の実体化に至るまではかなり苦戦をした者も多かった。それでも部屋中を銀に乳白色を混ぜた閃光が広がった瞬間は景観としても美しく、ハリーも充足感に満たされた。

 

それは皆も一緒らしく誰しもが手を止め、それぞれの守護霊を眺める。ちょっとした動物園のようだった。

 

その時、必要の部屋の入口が開いた。

ふわふわした大きなお耳にテニスボールのような大きな瞳、清潔感のあるタオルのようなもので体を巻いた妖精がいた。

 

「あれ、ドビーじゃないか」

 

ハリーが声をかけると、ドビーは大きな瞳を震わせた。

まるで何かに怯えるようなその表情に、ハリーは違和感を覚える。

 

「シャルロットお嬢様が………」

 

水を打ったように静かになる。

 

「シャルがどうしたんだ!?」

 

皆は杖を下ろし、妖精の話に耳を傾けている。緊張感に気圧されるようにドビーは唾を飲んだ。

 

「お嬢様が…あの方に無理矢理お薬をお飲まされになりました」

 

「あの方? 薬って?」

 

ハリーは目の前がクラクラするのを感じた。

反射的に聞き返したが、『あの方』が誰かなんて確認するまでもなく想像がついた。

 

「アンブリッジ先生です! 恐ろしいお薬でございます。 それを飲むと何でも話してしまうのです! お嬢様は押さえつけられてそれを飲まされ、この集まりのことをお話になられました……」

 

「今すぐ逃げろ!!」

 

呆然と立ち尽くす皆に、ハリーは怒号を放った。

次の瞬間、蜂の巣をつついたように生徒たちが一斉に扉に群がる。

 

「なるべく固まるな! 出来ればすぐ寮に向かわず、他の場所に行け!」

 

ハリーは自身も扉の方に走りかけ、はたと足を止めるとドビーの腕を掴む。

 

「教えてくれてありがとう、ドビー! でもこれを君に指示したのは誰!?」

 

ハリーはこの妖精と縁はあるが、彼がホグワーツのハウスエルフとしての職務を怠ってまで忠告をしてもらえるほど義理はない。ハリーの推理が正しければ……。

 

「ドビーはそれは言うことが出来ないのです! ハリー様!」

 

悲鳴のような声でドビーは言った。命令者から口止めされているのだろう。

しかし、それはつまり答えを表してるのとほぼ同義だった。

 

「·····わかった。 君も早く逃げて!」

 

ドビーは煙のように『姿くらまし』をした。

 

「ドラコ……」

 

ハリーは呆然とその名前を口にした。

痛いほど拳を握りしめる。

 

「ハリー! 早く!」

 

ロンとハーマイオニーの言葉で我に返った。

気付けば、半数ほどもう扉から抜け出している。ハリーも慌てて必要の部屋から脱出した。

 

--その先で、ニヤニヤと笑みを浮かべるアンブリッジと尋問官親衛隊が待ち受けていたのであった。





原作よりほんの少しだけハリーとドビーの絆は希薄。くわしくは秘密の部屋参照。

次の話は7月4日に投稿予定です。

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