例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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ダンブルドア軍団

 

暗澹たる日々が続く中で、もちろん嬉しいことも起きた。

 

親友のロンが晴れて、クィディッチチームのキーパーに抜擢されたのだ。

 

「正直ウッドには適わない。でもなかなか良い反応してた。 最初は君が友達を贔屓して推してるのかと思ったけど、みんな納得の選抜さ」

 

前キャプテンの魂を引き継ぎクィディッチ狂いとなったアンジェリーナだが、暖かな談話室で満足そうにそう言った。

練習終わりのロンが隣りで自身の髪と同じくらい顔を赤くした。

 

「そりゃあ夏休み中、僕のパパとトンクスに相当しごかれたからね」

 

「トンクス? ハッフルパフチームだった、ニンファドーラ・トンクスのこと?」

 

アンジェリーナな意外そうに目を瞬かせた。

 

「ああ、知ってるんだね。 僕の遠い親戚なんだ」

 

ハリーの入学と入れ替わりで、トンクスは卒業をしている。考えてみれば上級生のアンジェリーナは彼女と共に試合をしているはずだ。

 

「なるほどねぇ。 ロンに緊張したか聞いたらね、どうりでハリーの家族と練習した方が余程スパルタだったって言ってたわけだ」

 

ドレッドヘアを揺らしながらアハハと彼女は豪快に笑うと、自室へと戻って行った。

夜が更けるにつれ、談話室の生徒も一人また一人と部屋へ上がる。

暖炉の火だけは楽しそうにパチパチと爆ぜていた。

 

自分も早く眠りたい。

ここのところ、扉をめざして長い廊下を歩く不思議な夢を見続けていた。

しかし、まだ自室へと行けない理由があった。

 

「…それで、ハーマイオニー。 馬鹿げた話の続きを聞かせて」

 

ハリーがやれやれと言った口調で話を戻した。

大事なブレインである彼女に"馬鹿げた"なんて言う機会は最初で最後かもしれない。

 

予想通りハーマイオニーはギロリと目を剥いた。

 

「馬鹿げたですって!? 教師役として貴方以上の適任はいないわ! 今まで成し遂げてきた偉業もそう。それにお父様は闇祓いの局長じゃない!」

 

「元、ね。 今はクビになってしがない悪戯専門店の経営者」

 

ロンが隣りで吹き出した。

ひとしきり笑ったあと彼は、そういえばと意外そうに言葉を続ける。

 

「君、興味ないんだな。 てっきりシリウスの影響受けて闇祓い目指してるのかと思った」

 

「まさか! 勘弁してくれ。 休みもないし危険だし、そもそも試験に受かるのも大変なんだぞ。 トンクスが苦労してるの間近で見てたから尚更だよ」

 

あら、とハーマイオニーも驚く。

 

「そうだったの。 じゃあ、あなたの将来の夢って何なの?」

 

「それは--って、別にいいだろ! 今そんな話は関係ないじゃん」

 

「…まあ、そうね。いい? ハリー、私たちは立ち上がるべきよ」

 

ハーマイオニーが本来の目的に話を戻したため、ハリーはそれ以上の追求を逃れた。

 

「アンブリッジは……酷いわ!! あんなやつ…最低のゴミ以下よ!!」

 

何があったというのか、彼女のアンブリッジへの嫌悪はここ最近でさらに強まったようだ。

勘のいいハリーは、ハーマイオニーから教師としてのアンブリッジを嫌っているというより、もっと深い根があるような憎悪を感じる気がするのだ。

 

「まあ、その評価には賛成だけど」

 

ロンが頬杖をつきながら、そう口を挟む。

 

「ねえ、ハリー。貴方が適任だと本当に思ってるの。 自主的に勉強して訓練しましょう」

 

「ん…でも…」

 

ハリーはまだ首を縦に振らない。

 

「このままでは駄目よ。 アンブリッジは私たち学生に力を持たせないようにしている。 屈してはいけないわ。 だって」

 

ハーマイオニーは何かを逡巡するように一度言葉を切った。そして。

 

「だって……ヴォ、ヴォルデモートが復活したのだから」

 

ロンが悲鳴を上げて深紅のソファーから転がり落ちた。

ハーマイオニーはとてつもなく恐ろしい名を言ったことに、呼吸を乱している。

マグル生まれである彼女ですら、『例のあの人』の名を出すことは今までなかった。

その彼女が、ここまで強く訴えている。

 

ハリーは隣りで未だずっこけたままの親友と顔を見合せ、そして頷いた。

 

 

 

 

そんなわけで、その話はシャルロットにも回ってきた。

聞き終えたシャルロットはそれはそれは可笑しそうに笑った。

 

「アハハ! あなた、ハリーに期待し過ぎじゃない? あいつが教師役なんて……んふ、だめ。やっぱ可笑しい! 」

 

カラカラと弾むようなシャルロットの笑い声は、聞いてるこっちも明るい気持ちにさせる。

彼女にとって生意気なあの幼馴染が教師役と言うのは、余程面白いことらしい。

 

遠くの山は色彩を徐々に失い、冬の気配がやってきた。

寒さが強まってきた中で、校庭はひとけがなく内緒話には打って付けだった。

 

低い石壁に2人は座る。

ハーマイオニーはボトルに温かな紅茶を、シャルロットは…いつもなら曾祖母お得意のジンジャークッキーを持ち寄るが、今日は市販のものだ。ダリアの体調は芳しくない。

 

「そんな笑わなくてもいいじゃない。 いい考えだと思うんだけど」

 

ハーマイオニーは拗ねたように口を尖らす。

 

「ううん、笑ったのはハリーが教師役なのが面白いだけよ。 良い案だと思うわ。 実技に関しては一番実力あるでしょうし」

 

途端にハーマイオニーの顔がぱっと明るくなる。

 

「本当? 貴方に背中押されると安心するわ。ついでにその…ぜひ仲間になってくれると嬉しいんだけど」

 

「お誘いありがとう。でも、今の私の立場を考えると無理ね」

 

誘ってくれて嬉しかったのは本音だった。

ただシャルロットはスリザリンの監督生であり、同じく監督生のドラコと付き合ってることは多くの生徒が知っている。

 

シャルロットの返答を予想はしていたのだろうが、それでも残念そうにハーマイオニーは頷いた。

もう少し寒さが厳しくなったらこの女子会は何処か他の場所を探さなければならないだろう。

寮が違うというだけで、何故人目を気にしなければないのかと悲しくなる。

 

「でも、私に手伝えることなら何でもするわよ」

 

「ありがとう。 それなら早速だけど、場所が見つからないのよ。 大勢の生徒が呪文の練習をしても誰にも見つからない場所。 でも、そんな都合のいい場所ないわよねぇ…」

 

すると、シャルロットは齧っていたクッキーを口から離し、きょとんとした顔を向けた。

 

「え、なに?」

 

そんなシャルロットの真意が分からず、ハーマイオニーまで同じような呆けた顔になってしまった。

 

「あなたたち、『必要の部屋』を知らないの?」

 

「必要の部屋?」

 

ハーマイオニーは初耳だった。

 

「ええ。 別名あったりなかったり部屋。その人が望んたものを用意してくれる部屋よ。例えばね…」

 

シャルロットに説明されたその部屋は、まさに望んでいたものドンピシャだった!

ここならば、実技の練習も問題なく行えるだろう。

 

「素晴らしいわ! こんな部屋が存在してたなんて!」

 

「『忍びの地図』に書かれてないのね。パパたち悪戯仕掛け人にも知らない場所があったんだ」

 

シャルロットは少し満足そうに言った。

すると、興奮が冷めてきたハーマイオニーが漸く訊いた。

 

「貴方はどこでこんな部屋のこと知ったの?」

 

「ドビーに教えてもらったの。 ほら、ドラコの家の元屋敷しもべ妖精よ。今ここの厨房で働いてるじゃない?」

 

「ああ、あのお騒がせ妖精ね」

 

ハーマイオニーは成程と頷きつつ、苦笑した。

シャルロットはまだあの妖精と親交があるらしい。

 

「でも助かったわ、シャル。 使っていいかしら?」

 

「いいも何も私の所有物じゃないんだから、お好きにどうぞ。 貴方たちの方が必要(・・)みたいだしね」

 

シャルロットは笑ってそう言った。

校舎から香ばしいソースの匂いがふわふわ漂ってくる。もうすぐ夕飯の時間らしいので、そろそろ女子会はお開きということになった。

 

校舎に向かいながら、ハーマイオニーはふと頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。

 

「シャル、貴方は必要の部屋で何してたの?」

 

先を歩いていたシャルロットは眉をちょっぴり吊り上げながら、振り返った。

 

「あら。 ハーマイオニーったら意外と野暮なこときくのね」

 

秋の夕暮れは早い。

シャルロットの肩にかかった金髪は、濃い夕日を豊かに浴びている。

 

「ドラコと過ごしてるのよ。 これ以上は言わせないでちょうだい」

 

ふふと口元に弧を描き、目を細めた彼女は蠱惑的にすら見えハーマイオニーは耳を赤くして城までの道を急いだのであった。

 

 

 

 

待ちに待ったその日は、これから待ち受ける寒い日々を先延ばしにするかのような最後の秋晴れだった。

 

空は青さに澄み切り、こんな日にホッグス・ヘッドに行きたがる生徒なんていないだろう。

 

ホッグス・ヘッドはお世辞にも素敵な店とは言い難かった。

 

店内は寂れていて、何故か山羊の匂いがぷんぷんとする。

フードを目深に被った客たちと、年老いて髭を伸ばした店主(何故か会ったことがあるような気がした)はハリーたち3人組が入ると胡散臭そうに視線を向けた。

 

煤に塗れたテーブルにバタービールが置かれると、ハリーは突然不安になってきた。

 

「ハーマイオニー、本当に誰か来るんだろうね? 何人くらいに声をかけたの?」

 

「まあ…ほんの数人よ」

 

しかし、その言葉が控えめな表現であることにはすぐに気付くことになった。

 

扉が開き、薄暗い部屋に光が差し込む。

 

先頭にいたのはフレッドとジョージだった。この2人はホッグス・ヘッドの独特な空気にもあてられず悪戯っぽい笑みを浮かべている。背後にはリー・ジョーダンも控えている。

続いて、ディーンやラベンダー、パーバティとパドマのパチル姉妹とクリービー兄弟。それにグリフィンドールのクィディッチメンバーもたくさん。

 

他寮からはルーナ・ラブグット、アーニー・マクミラン、ハンナ・アボット、ジャスティン・フィンチ・フレッチリー、アンソニー・ゴールドスタイン、マイケル・コーナー、テリー・ブート、他にも他にも……。親しい人もいれば話したことが殆どないような生徒もいる。

 

そして最後に--驚くことに、ネビルと共にジニーまで現れた。

ハリーは驚いてバタービールを取り落としそうになったが、ジニーが視線を逸らしたので慌ててハリーも視線を外した。

 

あっという間にホッグス・ヘッドは満員になった。

皆が座れるように椅子を用意し、追加の注文をする。

 

全員に埃っぽいバタービールが行き渡ると、ハーマイオニーはこほんと咳をしてから立ち上がった。

皆の視線が彼女に向く。それは酒場の雰囲気も相俟って少し異様な光景でもあった。

 

「えっと…みんな、まずは来てくれてありがとう」

 

ハーマイオニーの声は緊張して少し上擦っていたが、絶対にこの演説を成功させるという強い意志を感じた。

 

「何故ここに集まってくれたかは分かってくれてると思うわ。 私は『闇の魔術に対する防衛術』をきちんと学ぶべきだと考えているの。 アンブリッジが教えているようなクズみたいな授業ではなく」

 

ハーマイオニーの瞳に、アンブリッジへの敵意が宿る。

そうだそうだ、と何人かが野次を飛ばした。ハーマイオニーはそれに気をよくしたようで言葉を続ける。

 

「つまり適切な自己防衛を習うべきだと思うの。 単なる理論ではなく本物の呪文で、私はきちんと身を護る訓練を受けたい。 なぜなら--」

 

ハーマイオニーは一度、言葉を切った。

 

「--ヴォルデモート卿が復活したからです」

 

皆の間に衝撃が走った。

ある者は金切り声を上げ、ある者は体を震わせ、ある者はバタービールを派手に零した。

 

しかし、誰もハーマイオニーの言葉を遮ることはしなかった。目を爛々とさせ、続く言葉を待っている。

 

「既に場所の確保はできているの。 先生役はもちろん、こちらのハリー。 皆さん一緒にやりたければ、時間を話し合って決めましょう。 以上が、私の計画です」

 

ハーマイオニーがそう締めくくると、拍手が起こった。双子とリーはヒュウっと口笛を鳴らす。

 

きっと何度も練習したのだろう。ハリーとロンから見ても彼女の演説は完成度が高かった。

 

しかし、そんなハーマイオニーのつくりあげた雰囲気を切り裂くように口を挟んだ者がいた。

 

「『例のあの人』が戻ってきたという証拠はどこにあるんだ?」

 

ハッフルパフ生のザカリアス・スミスという生徒だった。

 

「ダンブルドアがそう言っていたでしょう」

 

ハーマイオニーがすぐに言い返す。

 

「ダンブルドアがそいつを信じてるって意味だろ。 僕たちは、なぜ『例のあの人』が戻ってきたなんて言うのか、正確に知る権利があると思うな」

 

ザカリアスはハーマイオニーから視線をずらし、ハリーを真っ向から見つめた。

 

「ちょっと待って! この会合の目的はそういうことではないはずよ!」

 

剣呑とした空気を察してか、ハーマイオニーが素早く割って入る。

しかし、ハリーはそんな彼女を手で制した。

 

「構わないよ、ハーマイオニー」

 

息を吐いて気持ちを落ち着ける。今、癇癪を起こしたら駄目なのはわかっていた。

 

「僕がなぜ『例のあの人』が戻ってきたって言うのかって? 僕はやつを見た。 そして、ダンブルドアが何が起きたのか話したはずだ。 それを信じないなら、これ以上僕は君に話すことは何も無い。 時間の無駄だ」

 

ハリーは真正面から見据え、そう言い切った。

毅然と理性的に話せたはずだ。横でハーマイオニーが胸を撫で下ろしているのが見えた。

だが、ザカリアスは尚も食い下がった。

 

「でも…でも、ダンブルドアが話したのはセドリックが殺されたってことだけだ」

 

ジニーの肩がひくりと痙攣した。

それを視界に捉え、とうとうハリーは爆発した。

 

「彼女の前で、セドリックの話をするなんてどういう神経をしているんだ!? そのことを聞きに来たなら今すぐ出ていってくれ!! 二度と僕にその顔を見せるな!!」

 

小さなホッグズ・ヘッドが揺れたようだった。

怒髪天を衝くほどのハリーの声に、完全に空気は凍った。

 

やってしまった。

ハリーは手がジワジワと冷たくなるのを感じた。ハーマイオニーの目論見を壊してしまった。これでは大失敗だ。

 

永遠と思えるほどの沈黙だった。

バーテンも、そして怪しい他の客さえもこの沈黙に支配されているようだった。

 

「…私は信じるわ」

 

きっと、こんなに静かでなければ聞き漏らしてしまうほどの小さな声だった。

明るい茶色の目が、ハリーを捉える。目が合うのはとても…とても久しぶりだった。

そう、あの日。セドリックのお葬式で、憎しみに満ちた瞳を向けられて以来--。

 

「ジニー……」

 

「ハリー、酷い態度をとってごめんなさい。 貴方が悪くないことなんて分かってた」

 

ぽつり、とジニーは言葉を漏らす。

 

「もし私を許してくれるなら、私にも防衛術を教えて。 …前を向かなくちゃ。 セドに胸張れるように」

 

ジニーはぎこちなく笑ってみせた。

その笑顔は深い悲しみに満ちていたけれど、希望に向かって藻掻いているのが窺えた。

 

「それでこそ」

「ウィーズリー家の妹だ」

 

双子はウインクする。

 

「まだ文句あるやついるなら出てこいよ」

 

ロンが全員を睨めつけると、ザカリアスは居心地の悪そうな顔をした。しかし、ついに誰もパブを出ていくことはなかった。

 

「さて…それじゃあ、みんな賛成ということでいいかしら?」

 

ハーマイオニーはそう纏めると、たいして減ってないバタービールを押しのけて薄汚いテーブルに紙を拡げた。

 

「私たちは、この活動のことを他の人に言いふらさないよう全員が約束すべきだと思うの。ここに名前を書けば、私たちの考えていることをアンブリッジにも誰にも知らせないと約束したことになるわ」

 

嬉々としてすぐに名前を書いた者もいれば、躊躇った者もいた。

それでも最終的には皆が署名をした。

ハーマイオニーが羊皮紙を回収すると、慎重にカバンに仕舞う。

すると、グループ全体に奇妙な感覚が流れた。まるで何かの盟約を結んだかのように。

 

--こうしてダンブルドア軍団は結成された。





いくつかストックが出来たためしばらく断続的に投稿できそうです。
誤字脱字のチェックもしたいので、3日後の夕方に次話あげます。

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