例えば、組み分け帽子が性急じゃなくて。   作:つぶあんちゃん

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罠、そして

穴は深くどこまでも落ちるかのように思えたが、終わりは突然やってきた。

思わず衝撃に備えて目を瞑ったが、何やら植物がクッションになったらしくどこも痛めなかった。

 

「よ、よかったぁ」

 

先に着いたロンが情けなく安堵の息をつく。暗く湿っぽい場所だった。しかし、安心したのも束の間何やら植物の蔓が彼の体に巻きついた。

 

「な、なんだこれ!」

 

同じく腕に絡みついてきた蔓をハリーが空いてる手で千切る。しかし、その間にもどんどん絡みついてきて、きりがない。暴れたせいか植物の魔の手はハリーの首にも伸びていた。

 

「これ悪魔の罠だわ!」

 

「…えっと、確か暗闇と湿気を好む植物で…対処法は…」

 

ハーマイオニーの悲鳴のような言葉に、シャルロットがぶつぶつと続ける。

 

「あぁ、さすが才女のおふたりさん。 何て名前か知ってるなんて大いに助かるよ」

 

蛇のように蔓に巻き付かれながら、ロンは皮肉を言った。

 

「思い出したわ! 悪魔の罠の対処法は火よ! ハーマイオニーお願い!」

 

「でも、薪がないわ!」

 

 

「ハーマイオニー、君はそれでも魔女か!」

 

 

ハリーが乱暴に怒鳴り、シャルロットは何とか悪魔の罠に巻き付かれながらも自分で杖を構える。

 

「あぁ…そうだったわ」

 

「「インセンディオ(炎よ)!」」

 

ハーマイオニーとシャルロットの声が重なり、2つの炎が現れた。悪魔の罠は、みるみる引いていく。4人に巻きついていた蔓は途端に萎れた。

 

「全く『薪がないわ』なんて…気がおかしくなったのかと思ったぜ…」

 

ロンは息を切らせながら言った。

 

「駄目ね、私。 いくら勉強ができてもシャルみたいに実戦で活かせてないわ」

 

トロールに襲われた時のことを思い出してるらしく、ハーマイオニーは少し落ち込んでいた。

 

「咄嗟にインセンディオも言えないくせに、こちらに丸投げしてきた男たちの百倍はマシだから安心しなさい」

 

ハリーとロンは気まずそうに身じろいだ。

 

暗い石の道を奥へ進むと、ぶぶぶと何かの飛ぶ羽音がした。シャルロットは思わず虫を想像したが、やがて開けた場所に出ると思わず目を見張った。

羽の生えた鍵が、空を飛んでいる!

その部屋は天井が高く、真ん中に箒が置いてあった。

 

シャルロットは試しに次の部屋へと続く扉に、杖を定めた。しかしすぐに腕を下ろした。

 

「だめね、開かないわ」

 

「つまり、箒に乗って正しい鍵を捕まえろってことか。 僕のために用意されたような試練じゃないか。 先程の挽回をしますよ、お姫様たち」

 

ハリーはニヤリと笑うと、箒にひらりと跨った。

 

「鍵穴からして、相当古くて大きな鍵じゃないかしら」

 

「あぁ、それで多分取っ手と同じ銀製だ」

 

4人は、空中を飛び交う幾千もの鍵に目を凝らした。

見つけたのは、ロンだった。

 

「あれだ! あの羽が折れてるやつ!」

 

「でかした、ロン! 任せろ!」

 

ハリーは地面を蹴ると、鍵の渦の中に飛び込んだ。

 

「君たちは扉の前で待ってて!」

 

ハリーの箒の乗りこなしは素晴らしかった。羽のついた鍵たちは群れに飛び込んだハリーを攻撃したが、ハリーはそれを躱すと羽の折れた鍵を追い詰めた。そして、とうとう鍵を手中におさめた。

見ていた3人は歓声を上げた。

しかし、喜んだのも束の間、正解を掴んだハリーに他の鍵たちが一斉に襲いかかった。さすがのハリーも怯んだが、どうにか逃げる。

 

「クソッ、鬱陶しいな! 頼むぜ、ロン!」

 

ハリーは悪態をつくと、鍵をロンに向けて投げた。そして急旋回すると、鍵たちの囮になり扉の逆方向へと飛んでいく。

ロンは受け取った鍵を、扉に嵌める。ガチャリと鈍い音がして開いた。

 

「よし、ハリー! こっちに来い!」

 

ハーマイオニーとシャルロットが扉の向こうへ行ったのを確認すると、ロンは叫んだ。

ハリーは鍵を引き連れたままこちらに飛んできて・・・間一髪、ハリーが入るとロンは勢いよく扉を閉めた。向こう側で鍵が扉に刺さる嫌な音が聞こえた。

 

「さすがグリフィンドールのシーカー様」

 

「君に褒められるとは珍しいね」

 

ハアハアと息を整えながら、ハリーは憎まれ口を叩いた。

 

4人はようやく入ってきた部屋に目を向けた。硬い石像がびっしりと立っている。松明に照らされた石像たちは背が高く、この上なく不気味で今にも動き出さそうだ。

 

「これ、チェスだ…」

 

呟くロンのローブを、ハリーが引っ張った。

よく見ると、床もチェスの盤のような模様が付いていた。つまり4人は今巨大なチェスの盤上に居るのだ。

 

「何か…不気味だな。 早く行こうぜ」

 

しかし、4人が進むと向かい側にある白いチェスが突然動き出し、行く手を遮った。一行は怯み、立ち竦む。しかしここまで試練をこなしてきた皆にはその意味することがわかっていた。

 

「やっぱり、勝って進まなきゃいけないんだ」

 

言葉にしたのは、ロンだった。

彼は覚悟を決めたような顔で言葉を続けた。

 

「ハリー、君はビショップの位置に。えっと、シャルはクイーン。ハーマイオニーはルーク。僕はナイトだ」

 

「1度ロンとチェスしてみたかったけど、まさかこんな形であなたのプレイを見るとはね」

 

シャルロットの言葉に、ロンは緊張しながらも泣き笑いのような表情を浮かべた。

 

「生きて帰ったら、何回でもできるだろ」

 

皆が位置につく。いよいよ、始まりだ。

 

「さあ、いくぞ…」

 

ロンは駒を動かした。恐ろしいことに、取られた駒は打ち砕かれてチェスの盤外に放り投げられた。初めてそれを見た時、思わず4人は真っ青な顔で身震いした。

ロンのチェスは確かに上手かった。しかし、相手もかなりの強さだ。駒を取られ、取り返し…その繰り返しが続いた。盤上の駒を少しずつ、だが確実に減っていく。

 

最初に気付いたのは、シャルロットだった。

 

「ロン、何よその手…。 あなた、まさか」

 

震えた声は最後まで続かなかった。

 

「こうするしかないんだよ、シャル。 チェスは犠牲を払うゲームだ。 君も少しは指せるならわかるだろ?」

 

「おい、何の話をしてんだよ。 2人とも」

 

ロンがハリーとハーマイオニーに向き直った。その顔は決意に満ちていた。

 

「2人も聞いてくれ。 いいかい? この次の手で、僕は取られる」

 

「それは駄目だ!」

「ダメよ、ロン!」

 

間髪をあけずにハリーは怒鳴り、ハーマイオニーは悲鳴じみた声をあげた。

 

「ブラック先生を食い止めたいんだろ、違うか!?」

 

ロンも怒鳴り返した。

燃えるような赤毛が、松明の下で炎のように見えた。

 

「いいね? 僕はクイーンに取られる。 ハリー、そしたら君がチェックメイトをかけろ」

 

「…わかった」

 

ハリーは歯を食いしばり、とうとう頷いた。

 

「じゃあ、僕は行くよ。 勝ってもここでグズグズしちゃダメだよ。 先に進んでくれ」

 

「ロン」

 

「なに? ハリー」

 

「君、本当に最高で最強のグリフィンドール生だよ。 絶対に、ブラック先生は僕が止めるから」

 

「よせよ。 君だって逆の立場だったら同じことしてる」

 

行きのコンパートメントで偶像出会っただけの彼らの友情は、1年を通し確固たるものになっていた。

 

ロンはちょっとはにかむと、意を決して前に出た。白の駒がロンの頭を石の腕で殴りつけた。

意識を失う瞬間、ロンは何故かみぞの鏡で自分が見たものを思い出した。首席になるより、クィディッチのキャプテンになるより、今の自分が最高にカッコよくて輝いてるように感じた。

 

ロンはぐったりと盤上に倒れる。

ハーマイオニーとシャルロットは同時に悲鳴をあげ、ハリーは思わず目を背けた。白のクイーンがロンを端に引きずる。ロンの胸が緩やかに上下しているのが見えた。気絶しているだけらしい。

シャルロットは駆け寄りたい衝動を必死に堪えた。

 

ハリーがチェックメイトをかけると、白のキングは王冠を脱ぎ足元に投げ出した。

勝利だ。前方の扉が開く。

 

「ロン…」

 

慌てて皆はロンに元に駆け寄った。

彼は意識を失っていたが、特に大きな怪我はなかった。

シャルロットはロンを抱き起こし、壁にもたれかけた。彼は気絶しているものの呼吸はしっかりしている。何故か口元は笑っているように見えた。

 

「大丈夫よ、軽い脳震盪だと思うわ。…ロンに言われたように先に進みましょう」

 

シャルロットの言葉は、ハリーを励ますというより自分に言い聞かせているようだった。

 

また、通路を進む。次の扉に辿り着いた3人は覚悟を決めて、扉を開いた。

むっと嫌な匂いが鼻につく。匂いの元はすぐに分かった。…トロールだ。どうやらノックアウトされたようで伸びている。しかし、ありがたい事にそのおかげで次の扉は開いていた。

 

「今こんなトロールと戦うことにならなくてよかった」

 

ハリーが思わず溜息をついたその時。

待ち受けたかのようにトロールがむくりと起き上がった。そして、棍棒を地面に叩きつける。大地が震えるような衝撃。

思わず転びそうになったが、3人はすぐに杖を抜いた。しかし、シャルロットが2人を庇うように一歩前に出た。

 

「ハリー、ハーマイオニー。 今なら扉は開いてるわ。 先に進んで!」

 

ハリーとハーマイオニーは同時に首を振った。

 

「こんな怪物の元に、女の子を置いていけるか!」

「危険よ!トロールの威力は、あなたが誰よりも分かっているはずだわ」

 

「1度倒されたはずだから、そんなに体力は残ってないわ。 ロンの言葉を忘れたの? 早く行きなさい!」

 

シャルロットはそう叫ぶと…驚くことにハリーとハーマイオニーに杖を向けた。

 

グリセオ(滑れ)!」

 

「よせ、シャル!」

 

ハリーの制止の声も虚しく、足元に放たれたその呪文に2人はバランスを崩し、次の扉の向こうへと滑り転げて行った。

 

シャルロットは改めてトロールに向き直る。そして、恐怖を堪えて引き攣った笑みを浮かべた。

 

「リベンジマッチといったところかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の部屋へと押し込まれたハリーとハーマイオニーは、立ち上がるとすぐにシャルロットのいる部屋に戻ろうとした。しかし、扉の前に紫の炎が現れた。そして、次の扉の先には黒い炎が燃え盛っている。…閉じ込められた。

この部屋には、テーブルの上に7つの瓶が置かれていた。

 

「一体何をすれば…」

 

「見て!」

 

ハーマイオニーが、瓶の横に置かれている巻紙を手に持った。

それは、かなり複雑な謎かけだった。ハリーもどうにか考えようとしたが、すぐに頭がこんがらがった。

 

「すごいわ…。これ魔法じゃなくて、論理よ。 大魔法使いって論理の欠片もない人たくさんいるの。 そういう人は永遠にここで行き止まりだわ」

 

「これ、君解ける?」

 

ハリーは急いで言った。

 

「任せて。 ちょっとだけ待ってて」

 

それからハーマイオニーはブツブツと何かを呟き、瓶の前を行ったり来たりした。そして、暫くすると手をパチンと鳴らした。

 

「わかったわ! 一番小さな瓶が、黒い火を通り抜けて石の元へ行かせてくれる」

 

ハリーは言われた瓶を手に取った。これが、『賢者の石』に通じている。

 

「1人分しない。 ほんの一口分だ」

 

2人は顔を見合わせた。

背後でトロールと戦うシャルロットの衝撃音が聞こえた。

 

「…紫の炎をくぐって戻れるのはどれ?」

 

ハーマイオニーは一番右端の丸い瓶を指さした。

 

「君がそれを飲んで。 戻ってシャルを助けてあげてほしい。 シャルがスネイプ先生に手紙を出してくれている。 少しの辛抱だ」

 

「ええ、もちろんよ。 でも、ハリー。 あなたは? ブラック先生と『例のあの人』が一緒だったらどうするの?」

 

ハーマイオニーの言葉に、ハリーは無意識に額の傷に触れた。

 

「そうだな。2人まとめて、僕がやっつけるよ」

 

そう言って笑ってみせたハリーだが、その手は震えていた。突然ハーマイオニーは、ハリーに駆け寄り抱きしめた。

 

「あぁ、ハリー! あなたって偉大な魔法使いだわ!」

 

「どうしたの、ハーマイオニー。 今日は随分熱烈だね」

 

ハリーはクスッと笑うと、ハーマイオニーの背中に手を回した。彼女もまた小刻みに震えていて、ハリーはそれに少し落ち着いた。

 

「私、あなたと友達になれて本当によかった! お願い、気をつけてね」

 

「あぁ、君もね。…シャルを頼むよ」

 

ハリーはハーマイオニーの前髪を掻き分け、彼女の幸運を祈って額にキスを落とした。

 

ハーマイオニーは丸い瓶を飲み干すと、もう一度ハリーの方を振り返り、紫の炎の中へと姿を消した。

後に残ったハリーもすぐに、小さな瓶に口を付けた。まるで冷たい氷が、体を駆け巡るような感覚だった。

ハリーは黒い炎の中に、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾度目かのトロールの棍棒は、たった今までシャルロットの居たところを粉々に砕いた。濛々と砂埃が舞い上がる。

シャルロットは衝撃で吹っ飛び、腕を擦った。血が流れているのが見えたが、体からアドレナリンが出ているのか痛みは感じなかった。

 

ウィンガーディアム・レビオーサ!(浮遊せよ)

 

シャルロットは粉々に欠けた中でも一番大きな石に呪文をかけると、トロールの頭上に落とした。明らかに致命傷だと思うが、トロールはびくともしない。

 

「ど、どうして!?」

 

シャルロットが悲痛な叫びを上げた。

もうこれで同じ呪文を試すのは何度目だろう。時間の感覚がなかった。

 

トロールが再び棍棒をかかげ、シャルロットに狙いを定めた。シャルロットは逃げようと立ち上がる。

 

「ッ…!?」

 

疲労のせいか、僅かに逃げるのが遅れた。…間に合わない!

しかし、シャルロットに棍棒は当たらなかった。

 

「ハ、ハーマイオニー?」

 

すんでのところで駆け寄ってきたハーマイオニーが、シャルロットの体を庇うように抱いて横に飛んだ。

ハーマイオニーは、こんな局面だというのにシャルロットに向かってニッコリと笑った。

 

 

「今度は私が、あなたを助けに来たわよ」

 

 

ハーマイオニーの言葉に、シャルロットは目を見開き泣きそうに顔を歪めた。

 

「だ、だめよ! このトロール、攻撃が効かないの。 危ないわ!」

 

慌てたシャルロットの言葉にも、ハーマイオニーは強く頷いた。

 

「大丈夫。あなた、スネイプ先生に手紙を出したんでしょう?もう少しの辛抱よ」

 

降りかかるトロールの棍棒から逃げようと、ハーマイオニーはシャルロットの手を引いた。

元来た道をハーマイオニーは引き返そうとしたが、瓦礫に埋もれて扉は開きそうにない。ハリーの元に行くにも、もうあの紫の炎を抜けられる薬はない。

 

つまり、ここで誰かの助けを待つしかないのだ。

 

「…インセンディオ!」

 

ハーマイオニーはいつかのシャルロットのように、杖からリンドウ色の炎を出した。しかし、あの時のトロールには効いたはずなのに、目の前のトロールは怯んだ様子さえ見せない。

どうやらシャルロットの言ったことは本当らしい。

 

「ハーマイオニー! バラバラに逃げましょう! その方が狙われにくいわ!」

 

ハーマイオニーが来てくれたおかげで、少し冷静になれたシャルロットはそう提案した。

ハーマイオニーが頷くと、同時に2人は逆の方向に走る。

室内とはいえ、部屋はそこそこの広さがあり逃げ回ることは可能だった。

羽の生えた鍵の部屋から箒を持ってくればよかったと、乗れもしないのにシャルロットは思った。

シャルロットの体力は切れかけていた。既にかなり魔法も使い、集中力も切れている。どちらを追うべきか逡巡していたトロールだったが、シャルロットに再び狙いを定め追いかけた。そして、棍棒を地面に振り下ろす。直接当たりはしなかったが、シャルロットのすぐ近くに棍棒は落ち、彼女の体は吹き飛んだ。

 

「シャル!!」

 

ハーマイオニーはすぐに駆け寄った。シャルロットは気絶して、ぐったりと倒れている。とどめを刺そうと、トロールは棍棒を再び振り上げた。

咄嗟にハーマイオニーは、両手を広げてシャルロットを庇うように前に出た。

棍棒が襲いかかる。強烈な風圧。ハーマイオニーはぐっと目を瞑り、覚悟を決めた。

 

 

「杖も使わず、立ち向かうとは。 グレンジャー、魔女失格ですよ」

 

 

この場にそぐわない涼やかな声と共に、蛇の形をした真紅の炎がトロールを飲み込むように包んだ。

 

トロールの口から絶叫が上がる。

いつのまにか瓦礫の積もった扉が開け放たれていた。

きつく閉じていた目を開くと、アルバス・ダンブルドアとレギュラス・ブラックが立っていた。今の攻撃は、レギュラスの放ったものらしい。

 

「どうして…ブラック先生と校長先生がいっしょに…?」

 

助けてもらった感謝を言う余裕すらないほどに、ハーマイオニーの頭は混乱した。

 

「レギュラス、ここは頼む。 儂は奥にいるハリーを」

 

ダンブルドアは短くそう言うと、その老体からは想像もつかないスピードで次の扉へと向かって行った。

レギュラスは頷くと、すぐにシャルロットに駆け寄った。そして、彼女に大きな怪我はなく気絶しているだけだと分かるとそっと壁によりかけた。そして、未だ呆然としているハーマイオニーに向き直ると、彼女の髪に降り掛かっている砂埃をそっと取り払った。

 

「怪我はありませんね、グレンジャー?」

 

「は、はい!」

 

顔を覗き込まれ、ハーマイオニーは慌てて返事をした。

スリザリンを贔屓する嫌な先生という印象のせいか、こうしてレギュラスの顔をしっかり見たことはなかった。しかし改めて見ると、レギュラスの顔は端正で整っていた。

 

背後からトロールの雄叫びが聞こえた。体中焦げているが、未だ戦おうとレギュラスたちに向かい棍棒を振り上げた。しかし、レギュラスが杖を一振りしただけで、棍棒は粉々に砕け散った。

 

「『悪霊の火』をその身に食らって尚、生き永らえますか。…なるほど、強化されたうえに服従の呪文か」

 

冷静にレギュラスはそう言うと、再び何やら呪文を唱えた。すると、散らばっていた瓦礫が集まり大剣を形作る。そして、トロールの体に深々と突き刺さった。

トロールは再び絶叫するが、尚も立ち向かおうと藻掻く。

 

「むごいことを。 楽にしてあげましょう」

 

レギュラスはどこか憐れむように、トロールを見つめた。

 

「グレンジャー、こちらに」

 

レギュラスは溜息をつくと、未だ腰を抜かしているハーマイオニーの腕を引き自身のローブの中で抱きしめるよう包んだ。ふわりとムスクの香りが鼻腔をくすぐる。そして、ハーマイオニーが何も見えないよう、彼女の視界を陶器のような白い手で覆った。レギュラスの手は華奢でひんやりとしていた。

 

「…アバダ・ケダブラ」

 

ハーマイオニーは視界を覆われていても、部屋内に緑色の光が溢れるのがわかった。やがて手が離されると、部屋にはトロールが倒れていた。トロールはぴくりとも動かない。ハーマイオニーは本能で、目の前の獣はもう死んでいるのだと分かった。

そして、まるで見計らったようなタイミングで扉からダンブルドアが出てきた。ハリーをおぶっている。

 

「ハリー!」

 

「気絶しているだけじゃ。 直に目を覚ますであろう。 君たちもよく頑張ったのぅ」

 

ダンブルドアは、ハーマイオニーに向かって優しくにっこりと笑った。

 

「校長、クィレルは?」

 

何故こんなところでクィレルの名前が出るのだろうか。

そんなハーマイオニーの困惑を他所に、ダンブルドアは暗い顔で首を振った。

 

「いや、助からなんだ。 トロールは?」

 

「…殺しました。 強化呪文をかけられたうえに、おそらく敵を徹底的に倒すよう服従の呪文をかけられていたかと」

 

「何と残酷なことを。 あいわかった。 …魔法省には儂が上手く話しておく」

 

「お願いします。しかし、この部屋はこのような仕掛けではなかったはずですが」

 

レギュラスは、事切れたトロールを一瞥した。

 

「もちろんそれもクィレルの仕業じゃろうて。 儂とセブルスは魔法省と魔法薬学会という偽の手紙で、学校から追い出すことに成功したのじゃろうが…君を学校から追い出す手段が見つからなかったのではないかな」

 

「それで念の為、トロールにこのような呪文をかけたと。 たかがトロール1匹で、私をどうにか出来ると思ったのでしょうか。 舐められたものですね」

 

レギュラスは自嘲的に笑った。

そして、ダンブルドアはレギュラスのローブの中で、未だハーマイオニーが呆気にとられていることに気付いた。ダンブルドアは彼女の目線に屈んだ。

 

「ミス・グレンジャー、君にも少し休息が必要じゃな」

 

ダンブルドアは優しい声色で言った。

しかし、ハーマイオニーは自分に聞かせたくない話を2人はするのだろうなと感じた。

 

ダンブルドアがパチンと指を鳴らす。すると、ハーマイオニーは突然睡魔に襲われた。ぐらりと傾いた彼女の体を、レギュラスが再び抱きとめた。その優しい腕と、優しいムスクの香りにハーマイオニーは安心して意識を手放し、穏やかな眠りへと落ちていった。

 




額へのキスは友情を表すそうです。ハリーとハーマイオニーが友人以上の関係にならないことを表現したかった( ˘ω˘ )

次回、賢者の石編終わり(予定)

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