カーテンの隙間から、柔らかな朝日が射し込む。
セブルスは穏やかな眠りから覚めると、目を軽く擦る。
ここはどこだ・・・?
未だ寝惚けたまま、ノロノロと体を起こす。そして、赤地に金の刺繍が施された掛け布団を目にしてようやく頭が覚醒した。
そうだった。
自分はグリフィンドールに--。
「やぁ。セブルス、起きたのかい?」
「うおっ!?」
上の段のベッドから、ひょいとリーマスが頭を出す。堪らず悲鳴を上げたセブルスに、リーマスは慌てて口元に指を当てる。
「しーっ!まだ起床時間まで30分くらいあるんだ。皆を起こしたら悪いよ」
「おまえが変な驚かし方をするからだ!」
声のボリュームを抑えつつも、セブルスはしっかり言い返す。
だが、彼の言う通り、他の皆はまだ寝ているらしく寮は静まり返っていた。自分の下のベッドに居るピーターも、隣りの二段ベッドのジェームズとシリウスも子供らしくすやすやと寝息を立てている。
それにしても、こいつらと5人部屋だなんて。不思議な縁もあるものだ。
セブルスは、無意識に昨夜のことを思い返していた。
「さあ、1年生諸君。ここがグリフィンドールの談話室だ。合言葉は定期的に変わるから、各自しっかり覚えておくように」
宴が終わった後、1年生は自分たちの寝泊まりする寮へと連れられた。監督生の言葉を1年生たちは真剣に聞いている。
談話室の存在は、口数の少ない母さんから聞いたことがあった。--無論、スリザリンの談話室についてだが。
スリザリンの談話室は湖の下に位置しているらしい。銀色のランプが荒削りな石で出来た部屋を照らし、母はそこで本を読むのがたまらなく好きだったんだとか。・・・父親の暴力が酷くなる前に、母さんが話してくれたことだ。
てっきり自分もそこで学生時代を過ごすことになるだろうと思っていたわけだが--。
奇しくも自分が過ごすことになった談話室は、湖の下どころか塔の8階に位置し、深紅色のソファとテーブルが並んでいる。暖炉の中では炎がパチパチと楽しげな音を立てていて、あちこちに羽ペンやら読みかけの本やら生徒の私物が転がっている。何と言うか--温かさに満ちていた。
「それから寝室のことだけど、基本4人部屋だ。ただ人数の都合でね、1つだけ5人部屋になっている。荷物も届いているから、確認してくれ。それじゃあ、今日は疲れただろう。おやすみ」
その言葉を皮切りに、既にぐったりと疲れた1年生は次々と部屋へ向かう。
女子部屋へと向かいながらリリーが、セブルスにおやすみと口の形だけで言った。セブルスも手を振ってそれに返す。
「僕たちも行こうよ、セブルス」
「・・・そうだな」
リーマスの言葉に頷くと、セブルスも男子部屋への階段を上った。
グリフィンドールの生徒は皆が皆、傲慢で無謀で猪突猛進な生き物だと勝手に考えていた。が、中にはリーマスのような博識で落ち着いた生徒もいるらしい。彼とは先程のパーティーの時、授業の話で盛り上がり、彼も自分のことを好意的に思っていることが見て取れた。
セブルスは、何となくこのリーマスという少年を気に入り始めていた。
案外グリフィンドールも悪くないのかもしれない。
先程までスリザリン以外考えられないと思っていたのに、我ながら単純なものだ。
セブルスは苦笑しながら、自分の寝室となるドアを開けた。
その瞬間。
ボスッという、間の抜けた音と共にセブルスの顔に枕が命中した。
一体何が起こったのか。事が把握出来てないセブルスに向かい、目の前のジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックはニヤリと不敵に笑った。
「ナイス、ジェームズ!次は俺の番だ!」
「うわっ!」
大きく振りかぶったシリウスの枕が、リーマスの顔にも命中する。
「や、やめようよ!」
先に部屋に着いていたらしいピーターは、おろおろと2人を止めようとしている。
「やるじゃないか、ジェームズ。おまえとはいい親友になれそうだな!」
「当然だ!僕たちがこのホグワーツに伝説を作るんだ」
--これが後に伝わる『悪戯仕掛け人』誕生の瞬間である。ちなみに、『悪戯仕掛け人』はこの2人だけに留まらず、
枕が2つとも命中して気を良くしたのかその場でくるくるとふざけたダンスを踊り始めたジェームズとシリウスに、セブルスは枕をギリギリと握りしめる。
前言撤回。
どうか組み分け帽子よ、何でもするから自分をスリザリンに入れ直してくれ。
2人に負けないくらい大きく振りかぶると、セブルスは渾身の力で枕を投げつけた。
「・・・セ、セブルス?気分でも悪いの?」
朝食の手が止まっていたからか、控えめにピーターが訊いてきた。
「お蔭さまで、夜通し枕投げをして初日から監督生に怒鳴られたからな」
オートミールを再び口に運びながら、ピーターを睨みつける。
「ひ、ひぃ・・・そうだよね、ごめんね」
怯えたような反応をされ、セブルスは少しバツが悪くなった。そもそも、ピーターはあいつらを止めようとしてくれた。
むしろ、巻き込まれただけで被害者なのではないか。
「何言ってんだよ。自分だってノリノリだったじゃないか、なぁ?スニベルス」
「おい、シリウス。そんな呼び方やめろって言っただろ。・・・やぁ!リリー、おはよう。昨日はよく眠れたかい?」
友人と大広間に入ってきたリリーに、すかさずジェームズは声をかける。
しかし、リリーは気の強そうなアーモンド形の瞳で一瞥した。
「えぇ、もちろんよ。あなたたちの騒ぐ声がうるさくて、とても素敵な夜が過ごせたわ」
嫌味を込めて返すと、リリーはそのまま向き直ってセブルスとリーマス、ピーターも軽く睨む。
「あなたたちもよ。監督生に怒鳴られたらしいじゃないの。まさか、セブまでこんなことするとは思わなかったわ」
これだから男の子は!とでも言いたげにリリーは隣りに座ると、ベーコンとサラダを取り分けた。
そんなリリーに、一緒に大広間に入ってきた少女はふふっと笑った。
「楽しそうじゃない、枕投げなんて。あたしもそっち参加したかった!新入生の誰がかっこいいかなんてそんな話より面白そうよ」
「あら、それ以上はだめよ!女だけの秘密の話なんだから」
リリーに窘められつつも、食事に邪魔なのか金色のショートカットの髪を耳にかけながらその少女はくつくつと笑った。耳には大きな真珠のピアスが垂れ下がって、笑う度にそれが楽しそうに揺れるので一瞬セブルスはそれに目を取られた。
「昨日、自己紹介してないわよね。あたしの名前は、レイチェル・フォウリー。リリーと同じ寝室なの」
フォウリー家。
確か聖28一族の1つだ。改めて彼女のピアスに目を遣ると、真珠にはフォウリー家の家紋が入っており、彼女が本当に純血貴族であることを表していた。
純血思想について母から教えられた偏った意見しか知らなかったセブルスは、今更ながらそんな純血な彼女がグリフィンドールに居ることに衝撃を受けた。
「ねえ、シリウスとジェームズ…だっけ。あなたたち、クィディッチ好きなんでしょ?あたしは特にチャドリー・キャノンズが好きなんだけど。貴方たちはどのチームのファン?」
「うえー!チャドリー・キャノンズ?趣味悪すぎだろ…」
レイチェルがジェームズたちの話の輪に入る。クィディッチのことはよく分からないセブルスとリリーは何となく話に置いてかれた。
「その、リリー。・・・怒っているか?」
機嫌を伺うようにセブルスが言うと、リリーは形の良いアーモンド色の目を丸くして・・・プッと吹き出した。
「本気で怒ってるわけないでしょ。もう、セブったら。確かに皆に迷惑かけるのは悪いことだけど、それより」
リリーはそこで一旦言葉を切ると、真っ直ぐセブルスを見つめた。そして、心から安堵したように口を開いた。
「セブに友達がたくさん出来て良かった」
「な、なに言ってるんだよ、リリー。僕はあんな奴らと友達なわけじゃ・・・」
最後まで言い切らぬうちに、背後からガシッと手を掴まれた。
確かめるまでもなく、ジェームズだ。
ちなみに、リーマスのことも同様にシリウスが掴んでいる。
「なーに2人の世界に入ってんだよ!初めての授業に遅刻するつもりか?」
そうして、ジェームズとシリウスは自分たちの手を掴んだまま走り出す。
「待てよ、ジェームズ!変身術の教室わかるのか?」
「さあ?まあ、適当に向かえば着くだろ!!間に合わなかったらサボろうぜ。…おっと、ピーターも着いてこいよ!一緒に行こうぜ!」
その言葉で、慌ててピーターも走って着いてきた。
「お、おい。手を離してくれ。何で僕に構うんだ」
ジェームズは手加減することなく、シリウスとじゃれ合いながら廊下を走る。もちろん自分は着いて行けなくて、すぐに自然と息が切れた。必然的にスピードも落ちる。ゼェゼェしながらセブルスがそう言うと、ジェームズは振り返った。
彼はセブルスの言ったことがわからないとばかりに、キョトンとしている。
その顔は何と言うか…ただただ眩しかった。
「何でって・・・同じグリフィンドールの友達だからに決まってるだろ?」
ジェームズは自分を掴んだ手を決して離さなかった。
--結局、自分たち5人は全然別の教室に行ってしまい、変身術に大幅に遅刻した。学校中を走り回ったので、足が悲鳴を上げているし、途中何人もの教授や監督生に注意された。そして、極めつけにマクゴナガル教授から容赦のない減点を受けた。
それなのにどうしてだろうか。
セブルスは隣りでゲラゲラと下品な笑い声を上げる
心の中は、城の外に広がる秋晴れの大空のように晴れ晴れとしていた。
豆腐メンタル作者なのでめちゃめちゃビビりながら投稿をしたのですが、温かいコメントは早速頂いて舞い上がっております。
ジェームズは完璧な善人とは言えないけど、行き過ぎたジェームズアンチとか苦手です。彼がグリフィンドールにいた混血やマグル生まれのために悪質なスリザリン生や闇の魔法使いに立ち向かったことも、自分の妻と息子のために命を投げ捨てることが出来た男だったのもまた事実