ハリーは、部屋に広がるカボチャの香りで目が覚めた。
寝起き一番で、最初に深呼吸をする。
グリフィンドール寮はホグワーツ城の塔の8階に位置している。それなのに、ここまでカボチャの香りがするなんて。
今から夜のハロウィンパーティーが楽しみだ。
しかし、同時に今日はハリーにとって大切な日でもあった。
リリー母さんとジェームズ父さんの命日だ。ハリーはベッド脇の写真立てを、そっと手に持つ。写真の中では、リリーとジェームズがくるくるとダンスをして、時々まるでハリーに気付いたかのようにこちらに手を振る。
寂しくないと言ったら、嘘だ。
でも自分には
今日はハロウィン。ジェームズ父さんを超えるような、そんな悪戯を誰かにしてやる日である。
ハリーがその日仕掛ける悪戯に、教師たちは諌めながらも在りし日の彼の父親を思い出して、微笑ましく思うわけだが・・・もちろん本人は知る由もない。
「あら、おはよう。ハリー!」
着替えを終えて談話室に降りると、パーバティ・パチルが駆け寄る。そして、甘ったるい声と共に、頬に熱烈なキスをした。
「ヒュー・・・おったまげ! 朝からお熱いねぇ、ハリー」
少し遅れてロンがニヤニヤ笑いながら、階段を下りてくる。
既に2つ上のグリフィンドールの女生徒と付き合っていたハリーだった。が、飛行訓練の時にネビルを笑ったスリザリンに噛み付いたパーバティを気に入って、アタックして射止めたことは寮生なら周知の事実だ。
フレッドとジョージなんて「ハリーの次のお相手予想」でリー・ジョーダンと賭けをしているらしい。
「しかし、すごいカボチャの匂いだなあ。 夜が待ち遠しいぜ」
『太った婦人』の絵を抜けて、朝食を求め大広間に向かいながら、ロンは起き抜けのハリーが思ったことと全く同じことを口にした。
「本当にね。・・・ねぇ、ロン。 可愛い生徒見つけたら教えて。 今日のために取っておきの呪文、考えてあるんだ」
ハリーは欠伸を噛み殺しながら、動く階段をひょいと避けた。最初は戸惑ったものの、ようやくホグワーツにも慣れてきた。
「何だよ、寝不足? 君、まさか僕を置いて昨日の夜探検に行ったわけ?」
「まっさか! 昨日は寝ないで予習してたのさ」
ウインクしながらハリーが言うと、ロンはゲラゲラと笑った。
「君が予習だって!? 最高のジョークだぜ!」
ハリーの言葉がジョークでなかったことは、その後すぐに判明した。
その日魔法薬の授業でハリーはハーマイオニーと張り合うようにセブルスの質問に全て答え、10点を獲得した。(その後、調合中にハロウィンの悪戯と称してあちこちで爆発を起こし、セブルスに容赦なく15点引かれた)
「スネイプ先生、陰気で話しかけにくいんだよな。 グリフィンドールのくせに全然贔屓してくれないし」
「それは寮監のマクゴナガル先生もだよ。 あーあ、レギュラス先生は結構スリザリンを露骨に贔屓するぜ」
ロンとディーンがそんなことをコソコソ話していると、セブルスに私語を咎められてまた減点された。
ハーマイオニーが2人をギロッと睨んだ。
次の呪文学の授業では、初めて浮遊呪文に挑戦した。
「いいですか、皆さん。 ビューン、ヒョイ!ですよ」
フリットウィック先生が、キーキー声で指示を飛ばしながら生徒の間を回る。
「
ハリーが唱えると、羽はふわりと舞い上がった。
隣りでは、ロンの発音にいちゃもんを付けていたハーマイオニーも成功した。
「よく出来ました!ミスター・ブラックとミス・グレンジャー大成功です! グリフィンドールに10点! …おっと、ミスター・ブラックは授業の最初になかなかの爆発呪文を見せてくれました! お菓子の代わりに、さらに5点あげましょう!」
グリフィンドール生は大喜びだった。
その中でハーマイオニーだけは、気難しい顔をしている。悪戯をしたハリーに追加点が入ったのが気に食わないらしい。
「よかったな、ハリー! フリットウィック先生はシャレが通じるみたいだぜ!」
ロンがハリーに肩を回して言った。
「ねぇ、ハリー。私とラベンダーにも教えて」
パーバティが鼻にかかった声でハリーに甘える。
パーバティだけでなく、ハリーと同室のシェーマスやディーンもハリーの周りに集まってきた。
「なぁ、ハリー。 僕たちにも教えてくれよ」
「そうだよ。 何か昨日ベッドでブツブツ言ってるなって思ったんだよ。 ずるいぞ、1人で予習なんて」
わらわらと、ハリーの周りが騒がしくなる。
それと対照的にハーマイオニーの周りには誰も居なく、彼女はぽつんとしていた。
授業が終わると、教科書をしまい教室を出た。ロンは少しご機嫌だ。
「それにしても、何で急に予習なんて始めたわけ?」
「あぁ、こないだハーマイオニーに怒られたんだよ。『あなたが減点されたその点数は私が稼いだものよ』ってね。 だから、僕が獲得した点なら減点されても構わないだろ?」
ハリーがこれ見よがしにニヤリと笑う。
「なんだ、あいつそんなこと言ったの? 全く悪夢みたいなやつさ」
廊下の人混みを押し分けながら、ロンが言った。その時、誰かがハリーにぶつかり追い越して行った。
・・・ハーマイオニーだ。驚いたことに、泣いている。
「おい、ロン。 今の聞こえたみたいだよ」
「それがどうした? 自分に誰も友達がいないってことは、とっくに気がついてるだろうさ」
ロンはそう言ったものの、少し気にしているようだ。
ハリーはロンの腕を掴んで、人混みを掻き分けハーマイオニーを追った。
「だめだよ、ロン! 謝りに行こう。 今なら追いつける」
「な、なんでだよ。 別に僕は悪いことなんてしてないぜ」
「でも僕が昔シャルを泣かせた時に、よくパパに言われたんだ。 女の子を泣かせたら理由はどうあれ、必ず謝りなさいって」
しかし、見失ったようでハーマイオニーには追い付けなかった。
大広間中を飛び回る幾千のコウモリに、様々な大きさにくり抜かれたジャック・オ・ランタン。
テーブルを埋め尽くさんばかりのカボチャのご馳走は、果たして全種類食べ切れるだろうか。
「うちの家では、毎年ママがパンプキンパイを焼くのよ。 それに屋敷しもべ妖精が、家中にカボチャの飾り付けをするの!」
気取った声のパンジーの話を聞きながら、シャルロットはカボチャプリンを平らげた。
スリザリンのテーブルでは、皆がそれぞれの家でのハロウィンの話をして盛り上がっていた。
今日10月31日は、ハリーの両親の命日であり、次の日はシャルロットの母レイチェルが昏睡し始めた日に当たる。そのせいか、プリンス家ではあまりハロウィンのお祝いじみたことはやったことがない。ただ、何度かマルフォイ家でのパーティーには参加したことがあり、その話をするとパンジーにとても羨ましがられた。
楽しいパーティーと美味しいご馳走に舌づつみを打っていると、とんとんと控えめに肩を叩かれた。
振り返ると、バツが悪そうな顔のハリーとロンが立っている。
「どうしたの?」
「いや・・・それがね、ちょっとハーマイオニーと喧嘩しちゃって。 それで女子トイレで泣いてるらしいんだ」
ハリーはそこで一旦歯切れの悪い言葉を切る。
「悪いんだけど、僕たちじゃ様子見に行けないからさ。 君に見に行ってもらえないかな。…頼むよ、シャル」
ハーマイオニー。
シャルロットは優秀な彼女と仲良くなってみたいと思いつつも、寮の垣根のせいかあまり話したことさえなかった。
「おい、ハリー。 なんだよそれ。 何でシャルが、そんなマグル生まれの面倒見なきゃいけないんだ」
シャルの隣りに座っていたドラコが、迷惑そうな顔で顔を出す。
ロンが何か言い返したそうな顔をしたが、ハリーが肘で小突いて押しとどめた。
「・・・仕方ないわね。 いいわよ、見に行ってきてあげる」
溜息を1つ吐くと、シャルロットは立ち上がる。
ドラコは露骨に不満そうな顔をした。
「あなたも変わり者だね」
やり取りを聞いていたダフネが、どこか面白がるように笑った。
「恩に着るよ、ありがとう。 シャル」
ハリーがシャルロットに向かって手を合わせる。
大したことではないし、グリフィンドールではちょっと浮いてそうなハーマイオニーが少し気になった。
彼女はどちらかというとレイブンクロー気質な気がしたが、組み分け帽子はどうしてグリフィンドールを選んだのだろう。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ。・・・ミリー、私の分のパンプキンパイも残しておいてよね」
そんなことを考えながら、ミリセントに声をかけた。
ハリーの言う通り、1階の女子トイレに入るとすぐに啜り泣きが聞こえた。
パーティーが始まってだいぶ時間が経つのに、こんな所で1人で泣いてたなんて。
「ハーマイオニー?」
小さな声でそっと呼びかけると、返事はすぐに返ってきた。
「・・・だれ?」
「シャルよ。シャルロット・プリンス」
「ど、どうしてスリザリンのあなたが・・・」
どちらかと言うと、戸惑ったような声だった。
「聞いたわ。 ドラコがあなたのことマグル生まれって言ったらしいわね。 確かにスリザリンはそういう考えの人多いけど・・・私はあなたと仲良くなりたいと思っているの」
個室の中でしゃくりをあげる声が聞こえた。
「あ、ありがとう。シャル。でも、私・・・」
「私に様子を見に行ってほしいって頼んだの、ハリーとロンなのよ。 2人とも心配していたわ、謝りたいって」
そこまで言うと、ハーマイオニーはようやく個室から出てきた。
目が赤く腫れている。
シャルはハーマイオニーにレースのついたハンカチを差し出した。
「私も謝りたいの・・・。 ロンにすごく生意気なことを言ったわ」
「一緒に行きましょう。 今からでもまだパーティーは楽しめるわよ」
シャルロットはハーマイオニーの手を引いて、廊下に続く扉を開けた。
そして、思わず呆然と立ち尽くした。
そこにいたのは、身長4メートルにも及ぶトロールだった。
図鑑で見たことはあったが、実際に見るのは初めてだった。
大広間は蜂の巣をつついたかのように大騒ぎだった。
監督生が各寮の生徒を誘導している。
ハリーとロンは、大広間の外に出た瞬間、同時にハーマイオニーとシャルロットのことを思い出した。
2人ともトロールのことを知らない!
ハリーとロンはこっそりグリフィンドールの生徒の列を抜ける。視界の端で、何故か4階への階段を駆け上るレギュラスが見えた。どうして他の先生と一緒に地下に向かわないのだろう。
人波を掻き分けていると、真っ青な顔のドラコに会った。
「ハリー! ウィーズリー! 君たちのせいだぞ。 シャルがまだ帰ってきてないんだ!!」
「わかってる! でも、そんなこと言ってる場合じゃないよ。 ドラコは、誰か先生に知らせて! そうだ、セブルスおじさんに!」
ハリーは咄嗟に幼い頃から知っている大人の名前を挙げた。無意識に『スネイプ先生』ではなく『セブルスおじさん』と呼んでしまったが、顔面蒼白のロンは気が付かなかったようだ。
「君たちはどうするんだ!」
「取り敢えずトイレに向かうよ!」
ハリーはそれだけ言うと、ロンと共に走り出した。同じタイミングで、ドラコは教員を探すため大広間に逆戻りした。
次の瞬間、辺りをつんざく甲高い悲鳴が聞こえた。
この声はハーマイオニーとシャルロットだ。
あまりの臭気と恐怖で一瞬意識が飛びそうになったシャルロットだが、慌てて扉を締めるとトイレの奥に後ずさった。
次の瞬間、トロールが大きな棍棒でドアを突き破る。一歩反応が遅れていたら、危なかっただろう。シャルロットの背筋に冷たいものが走った。
震える手で、シャルロットは杖を取り出した。
落ち着け、パパはこういう時どうしろって教えたっけ。
「
杖の先に、炎が灯る。
そうだ。確か、獣は火を嫌うってそう教えてくれたんだ。
シャルロットの力量では、攻撃まで至れない。ただ目論見通り、シャルロットの出した炎にトロールは怯んでいた。
普段から研究やら授業準備で忙しいセブルスだが、役に立ちそうな呪文や簡単な防衛術くらいは一通り娘に教えていた。
ここのトイレにいることは、ハリーもロンもドラコも知っている。
少しでも時間を稼いでいれば、きっと助けが来るだろう。
「ハーマイオニー、私の背中から動かないで。 そっと下がりましょう」
「えぇ」
ハーマイオニーは小刻みに震えていたが、何とか気丈に返事をした。
「はぁっ・・・!」
どうにか炎を杖先に灯してはいるが、明らかにどんどん小さくなっている。今にも集中力が切れそうだ。
「シャル、危ない!」
トロールが振り上げた棍棒に、反応が遅れたシャルロットを抱きかかえるようにハーマイオニーが横に転がり込んだ。
あまりの恐怖に、2人同時に悲鳴を上げた。
2人の悲鳴に応えるかのように、ハリーとロンが女子トイレに転がり込んできた。
「こっちに引きつけろ!」
ハリーは無我夢中で叫ぶと、トロールが薙ぎ払った蛇口を力いっぱい投げつける。
「やーい! ウスノロめ!」
ロンは手当り次第落ちている物を投げている。
「早く、今のうちにこっちに!」
ハリーが、シャルロットとハーマイオニーを呼んだ。2人はトロールを刺激しないよう、静かに移動する。
しかし、4人が固まると必然的に狙われる。
トロールが再び棍棒を振り上げた。
「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
ハリーが呪文を唱えると、突然トロールの棍棒はその手から離れ空中に上がり・・・そして、ボクッと嫌な音を立てて持ち主の頭上に落ちた。トロールはふらふらすると、そのままドサリと倒れ込んだ。
「確かに・・・予習って大切だ」
ハリーがポツリと呟いた。
「これ・・・死んだの?」
「いいえ、気絶しているだけよ」
ハーマイオニーの問いには、シャルロットが答えた。
よく見れば、トロールの瞼や指がピクピク動いているのだ。
まさか再び動き出さないだろうと思いつつ、杖は構えたままにしておく。
バタバタと足音が聞こえ、セブルスを先頭にマクゴナガル、ドラコ、少し遅れてレギュラスがやってきた。
セブルスは一番にシャルロットを見据え、そして生徒一人一人を見渡して無事なのを確認すると、地を震わすような怒鳴り声を上げた。
「大馬鹿者たちめ! 貴様らは自分のしたことがわかっているのか! 死んでいてもおかしくないのだぞ!」
あまりの剣幕に、あのハリーさえも身を竦ませている。
「あなたたち・・・どうしてここに・・・。一体・・・何があったのです」
マクゴナガルはようやくそれだけ声を絞り出した。
どこから話そうかシャルロットが思案していると、口火を切ったのはハーマイオニーだった。
「聞いてください、マクゴナガル先生。 4人とも私を助けてくれたんです」
皆の視線が、ハーマイオニーに集まった。彼女は言葉を続けた。
「私がトロールを探しに来たんです。 私・・・トロールを1人でやっつけられると思いました。 本で読んでトロールについては色々なことを知っていましたから・・・」
ハーマイオニーの真っ赤な嘘に、ロンは杖を取り落とし、ハリーは目を見開いた。ドラコでさえ戸惑った顔をしている。
トロールと戦うことになったのは完全に成り行きだったので、真実を言っても怒られないとは思う。しかし、女の子を泣かせたハリーとロンのプライドのために、彼女は嘘を言っているのだろう。
「なるほど、話は分かりました。 しかし、ミスター・マルフォイとミス・プリンスまで助けに来たとは? あなたがこの2人と親交があったとは記憶していませんが?」
それまで黙っていたレギュラスが、冷静にそう切り返した。
「いいえ、ブラック先生。彼女とは汽車の中で仲良くなりました。・・・尤も、学校ではあまり話す時間が取れませんでしたが。ドラコはたまたま近くにいたので、先生に伝えるよう私が頼んだのです」
黙ってしまったハーマイオニーに代わり、シャルロットが話を合わせてあげた。
何とも苦しい言い訳だが、矛盾点はないだろう。
「・・・ふむ。一応、筋は通ってますね」
「ミス・グレンジャー、何と愚かしいことを。グリフィンドールから5点減点です。あなたには失望しました」
マクゴナガルの言葉に、ハーマイオニーは項垂れた。
ハリーとロンは珍しいものを見るような目で、ハーマイオニーを見つめている。
マクゴナガル先生が、こちらに向き直った。
「あなたたちは本当に運が良かった。 しかし、大人のトロールと対決できる1年生はそう居ません。 ・・・それに寮の垣根を越えて友情を育むのは大変良いことです。 1人5点ずつ差し上げましょう。 さあ、私はダンブルドア先生に報告します。寮にお帰りなさい」
そのままグリフィンドール生はセブルスが、スリザリン生はレギュラスが寮まで引率することになった。
「待って」
歩き始めると、ハーマイオニーが小走りで駆け寄ってきた。
「あなたたちにまだお礼を言ってなかったわ。助けてくれてありがとう、シャル。・・・マルフォイ」
「べ、べつに僕は、おまえを助けたわけじゃない。 シャルが心配だっただけだ」
照れ臭そうに笑い、また駆けて行った彼女にドラコの言葉が聞こえたかどうかは分からない。
だが、何となくシャルロットは嬉しくなった。
「何ニヤニヤ笑ってんだ、シャル」
「別に、なんでもないわよ」
その日からハリーとロンのコンビの元に、ハーマイオニーも加わった。
ハーマイオニーとも仲良くなりたかったシャルロットは、この小さな変化をとても喜んだ。
デレフォイ。
UAが10万を超えてました。本当にありがとうございます。
単純マンなので感想やら高評価頂けると、嬉しくて馬車馬の如く執筆をしてしまう。