シャルロットは、マグルの絵本で読んだ白雪姫を思い出していた。
白い頬。自分と同じ透き通るような金髪。長い睫毛。真っ赤な唇。
絵本の白雪姫と違うのは、髪の色だけだろうか。
いつ見ても、レイチェルは寝ているだけのようで今にも目覚めそうだ。もしかしたら、
生憎、自分の父はそんな柄ではない。
もちろん、曾祖母のダリアはシャルロットがマグルの物に触れるのを好まない。ただ、父であるセブルスはマグルの中で育ったらしいので、絵本や小説はマグルの物も与えてくれたのだ。
「本当に、何度見ても寝てるだけみたいだわ」
シャルロットの名付け親--リーマス・ルーピンが、花瓶に自身の持ってきた新しい花を入れ直した。
広く無機質な病室が少しだけ華やぐ。
リーマスはこういう所で、気が利く人だ。
「ねぇ、ママ。 私、今日からホグワーツに行くのよ。 どこに組み分けされるかしら。 ママとパパと同じグリフィンドール? それとも曾祖母様と同じスリザリン?」
シャルロットはベッドに肘を置き、母に語りかけた。しかし、返答はない。ただ、寝息だけが彼女の口から漏れている。
「とうとう君たちもホグワーツだね。 シャルロットはどっちがいいの?」
代わりに、リーマスがシャルロットに返答をした。
「どちらでも。ドラコとハリーと一緒の寮なら言うことないんだけれど」
シャルロットはそう言って、時計を確認した。そろそろ行かないと、汽車に間に合わない。
「リーマスおじ様、連れてきてくれてありがとう」
今日はとうとうホグワーツの入学式。
残念ながら、レギュラスとセブルスは教師のためもうホグワーツに居る。そして、ダリアはまだ元気とはいえ、高齢だ。
そのため、シャルロットのキングズ・クロス駅までの見送りは、名付け親であるリーマスが引き受けた。
少し早めにプリンス邸に来たリーマスにシャルロットが、時間があるなら母に会いにいきたいと言ったため、急遽聖マンゴへと寄ったのだ。
「とんでもない。 私もレイチェルに会いたかったしね。 じゃあ、そろそろ行こうか」
リーマスはシャルロットを連れて聖マンゴを出ると、姿くらましをした。
ぎゅうっと体が締め付けられるような圧迫感。
そして次の瞬間には、キングズ・クロス駅のすぐ近くの裏路地にリーマスとシャルロットは居た。
キングズ・クロス駅は混雑していた。
シャルロットははぐれないように、リーマスと手を繋ぐ。
マグルの人混みの中で、フクロウや大きなトランクを持ったシャルロット達は目立つ。セレスが籠の中を鬱陶しそうにもぞもぞと動いていた。
「リーマスおじ様、ハリーはどこかしら? 待ち合わせの場所決めておけばよかったわ」
シャルロットは、マグルの男性にぶつかられた挙句、謝っても貰えなかったので不服そうに言った。
ここまでキングズ・クロス駅が混んでるとは思わなかった。
「そうだね。 とりあえず目立つから、9と4分の3番線に入ろうか。 中でハリーを探せばいいよ。 ドラコとは約束をしなかったのかい?」
「もちろん、ドラコも誘ったわよ。でも、クラッブとゴイルっていうルシウスおじ様の友達から、その人の息子たちと一緒に行くよう頼まれたんですって」
シャルロットは残念そうに言うと、リーマスに促されるまま9と4分の3番線目がけて、壁に突っ込んだ。
ぶつからないと頭では理解していても、咄嗟に目を瞑ってしまう。
再び目を開けると、そこには深紅色のホグワーツ特急が出発の準備をしていた。隣りでリーマスが懐かしそうに目を細める。
自分と同じ1年生だろうか。
目の前の男の子が、母親に必ず毎週手紙を送るよう約束していた。
あちらこちらでフクロウや猫の声がしている。しかし、ヒキガエルを持っている子どもは殆どいない。あまり人気がないのだろうか。
「あ、シリウス!」
キョロキョロと、辺りを見回していたリーマスが漸くシリウスを見つけた。
「なんだ、今着いたのか? 随分遅かったじゃないか」
「聖マンゴに寄ってたんだ。レイチェルにちょっと挨拶にね」
リーマスの言葉に、シリウスは悲しそうに顔を歪めた。
彼は未だに、レイチェルの話になると辛そうにする。
「・・・シリウスおじ様。ハリーは?」
「あぁ、ハリーならおまえのこと探してもう列車に乗ったよ。 ちょうど入れ違いになっちゃったな。 そういえば、アーサーの家の息子も今年一年生らしいぞ。 さっき会って、もうハリーと仲良くなったみたいだ」
どうやら、後半の言葉はリーマスに宛てられたものらしい。
「アーサーってだぁれ?」
「魔法省の職員だ。俺の同僚だよ。さぁ、トランク運ぶの手伝ってやるから、シャルも早く乗れよ」
既にハリーが他に友達を作ったのは、先を越されたようで悔しかったが、シャルロットも汽車に乗り込んだ。長く聖マンゴにいたせいで既に出発の時間ギリギリだ。
「気をつけてね、シャル! またクリスマス休暇に会おう!」
リーマスが大きな声でそう言うと同時に、汽笛が鳴った。ゆっくりと、そして瞬く間に汽車はスピードを上げる。
シャルロットは、リーマスとシリウスに見えるよう大きく手を振った。
2人の姿が見えなくなると、シャルロットはハリーを探した。どこのコンパートメントも人でいっぱいだ。
これはもしかしたら、ハリーのいるコンパートメントも既にいっぱいかもしれない。
そんなことを考えながら汽車の中を移動していると、ついにハリーを見つけた。赤毛の男の子と2人でいる。きっとあの子が、先ほど言っていたシリウスの同僚の息子なのだろう。
コンコンと、扉を叩く。
ハリーは音に気付くと、ぱあっと顔を輝かせて扉を開いた。
「シャル! よかった、探したのにどこにも見つからなかったから心配したよ!」
「ギリギリに着いちゃったのよ。 ホームでシリウスおじ様に会ったわ」
「そうなんだ。 そのワンピース、似合ってるよ。 あ、紹介するね。さっき友達になったロンだよ。 ロン、この可愛い女の子は僕の幼馴染のシャルロット」
ハリーが両者に分かるよう、説明する。
「初めまして、シャルロット・プリンスよ。シャルって呼んで」
「よ、よろしく」
シャルロットが握手を求めて手を差し出すと、ロンは耳を赤くして照れたように応じた。
深緑色のワンピースを着て、長い金髪を編み込んでおろしたシャルロットはとても魅力的だった。
シャルロットは、ハリーの隣りに座った。
すると、ちょうど車内販売の魔女が3人のいるコンパートメントの前で止まった。
「何かいかがかね?」
蛙チョコレート、バーティ・ボッツの百味ビーンズ、大鍋ケーキ・・・。魔法界育ちのシャルロットには馴染みの深い物ばかりだったが、こうして色とりどりのお菓子が積み上がってるのは壮観だった。
「僕は・・・いらないや。ママが作ってくれたサンドイッチがあるから」
ロンがモゴモゴと言った。
よれよれの服や、兄のお下がりと言っていた杖などから見るに、どうやらロンの家はそんなに裕福ではないらしい。
「じゃあ、私はかぼちゃジュースをもらおうかしら」
シャルロットも、メアリーが持たせてくれたサンドイッチがあるので飲み物だけ買うことにした。
人の良さそうな魔女に、銅貨を渡す。
「ハリーも何か買うの?」
シャルロットが訊くと、ハリーはニヤッと笑った。
そして、たっぷり金貨の詰まった財布を出す。
「もちろん! ここにあるの、全種類ちょうだい!」
シャルロットは、苦笑して溜息をついた。
こういう気前が良いところが、シリウスにそっくりだ。
それから暫くは、蛙チョコレートのカードを交換したり、家族の話をして過ごした。
ロンは兄弟が多い上に妹もいるらしく、一人っ子のシャルロットやハリーにとって兄弟の話は新鮮だった。
ちなみに、シャルロットは自身の父親が魔法薬の先生であることは伏せるようセブルスから言われている。セブルスは仕事ではスネイプ姓を使っているので簡単には2人の関係はバレない。
父親が先生となれば、どんなやっかみがあるか分からない。セブルスなりの配慮だった。
汽車はどんどん進み、やがて辺りはすっかり田園風景に変わった。
少しだけ窓を開けると、爽やかな風が3人の頬を撫でた。
すると、控えめにコンパートメントの扉が叩かれた。
何事かと扉を見ると、ドラコ・マルフォイが笑顔を浮かべて手を振った。
「ドラコ!」
シャルロットは、扉を開けてドラコを中に招いた。
「やぁ。 ここに居たんだね」
「ドラコも座りなよ。 ちょうどもう一つ席空いてるし」
「悪いがハリー、そういうわけにはいかないんだ。 クラッブとゴイルの面倒を見るよう父上から言い使っているからね」
ドラコはちょっと寂しそうに言った。彼とて、幼馴染の3人で汽車の旅を楽しみたかったのだ。
ハリーは残念そうな顔をすると、手元の蛙チョコをドラコに投げ渡した。そして、揶揄うように笑った。
「天下のマルフォイお坊ちゃまも大変だ!」
ハリーの言葉に、何となく話を聞いていた隣りのロンがハッと顔を上げた。
「ハハッ。忘れてるようだけど、君も聖28一族の一員、ブラック家だろ?」
ドラコの返答に、ハリーは楽しそうにクスクス笑った。
「あぁ、ドラコ。紹介するよ、さっき友達になったロン。面白い奴なんだ。ロン、こいつは僕の幼馴染の・・・」
「ドラコ・マルフォイだろ。知ってる」
ロンがぶっきらぼうに、ハリーの言葉を遮った。そして、ドラコを睨んだ。
「へぇ?」
ドラコもドラコで思うところがあったらしく、ロンを侮蔑的に見下ろした。
「パパが言ってたんだ! こいつの父親は、『例のあの人』の仲間だったんだよ! 2人ともこいつと仲良くしたら駄目だ!」
「奇遇だね。 僕も君のこと知ってるよ。 赤毛のそばかすのウィーズリー家。 血を裏切る者の代表だな」
「おまえっ・・・!!」
嘲るようなドラコの言葉に、ロンは顔を真っ赤にさせて立ち上がった。
「やめろよ、ロン!」
「ドラコ! あなたも言い過ぎ!」
ハリーはロンを、シャルロットはドラコをそれぞれ止めた。
「言っておくが、先に突っかかってきたのはウィーズリーだろう。 僕だって、喧嘩を売られてスルー出来るほど大人じゃないのでね」
ドラコは嫌味たっぷりに言う。
それもその通りだ。シャルロットは、ロンに向き直る。
「確かに、先に喧嘩売ったのはロンよ。 謝るべきだわ。 もちろん、その後にドラコもね」
ドラコはふんと鼻を鳴らした。
ロンは理解できないとばかりに、両腕を広げて反論した。
「何で、君たちこいつの肩を持つんだよ!こいつの父親はスリザリンだし、間違いなくこいつもスリザリンだぞ!」
「じゃあ、君は父親がスリザリンだからってそれだけの理由で、僕の幼馴染を攻撃するわけ?」
ハリーの声に怒気が滲む。
思わぬ所からの反撃に、ロンはしどろもどろになった。
「いや、そういうわけじゃないけどさ・・・」
「それなら、私もロンと友達にはなれないわね。私のパパとママは違うけど、曾祖母様も曾祖父様もお祖母様もうちの家系は殆ど皆スリザリンだもの」
シャルロットの言葉に、ロンは驚いたように目を見張った。そして、少しバツが悪そうに俯く。
この言い合い、自分が劣勢だと分かったらしい。何より、ドラコはともかく、せっかく仲良くなったハリーとシャルロットと険悪になってしまうのは嫌だった。
「悪かったよ」
ロンが呟くように、謝る。
シャルロットが、ドラコを軽く肘で小突くと彼もまた小さな声で、すまなかったと謝った。
そして、ちょっと気まずくなったのかドラコはコンパートメントの扉に手をかけた。
「じゃあ、僕はクラッブとゴイルの元に帰るよ。 またホグワーツで会おう」
ドラコは手をひらひらと振ると、とっとと出ていった。
「僕、知らなかった。 シャル、君スリザリンの家系なんだ」
「そうよ。でも、そんなこと言ったらハリーだってスリザリンの家系じゃないの」
ロンの言葉に、ついシャルロットも棘のある返答をした。シャルロットもロンの先程の失礼な態度に少し腹が立っていたのだ。
「いや・・・まあ、僕は確かにブラック家だけど血は繋がってないしね。ポッター家は代々グリフィンドールだよ」
ハリーは苦笑して、ロンをフォローした。
その時、ノックもなしにコンパートメントの扉が再び開かれた。
栗色のくしゃくしゃとした髪。気の強そうな目。真新しいピンとしたローブ。
同い年だろうか。そこには堂々とした佇まいの女の子が居た。後ろには、対照的におどおどした男の子もいる。
「ねぇ、あなたたち。トレバー見なかった? ネビルのヒキガエルなの」
どこか威張ったような口調で女の子は言った。どうやら、背後の男の子がネビルらしい。
「ヒキガエル? 見てないよ」
高圧的な物言いが気に入らなかったのか、ロンは露骨に顔を顰めた。
「あら、あなたハリー・ポッターね! あなたのこと本で読んだわ! 私は、ハーマイオニー・グレンジャー。 こっちはネビル・ロングボトムよ」
ロングボトム。聞き覚えのある苗字だ。
確か聖28一族の1つだろう。
「今は、ハリー・ブラックさ。 よろしく、ハーマイオニー」
「私はシャルロット・プリンス。 ハリーとは幼馴染なの」
「あー・・・えっと、ロナルド・ウィーズリー。ロンって呼んで」
「それで、ネビルのヒキガエルがいなくなっちゃったの?僕に任せてよ」
自信満々にハリーが言うと杖を取り出す。そして、少々芝居がかった動作で杖を構えた。
「
僅かな沈黙。
次の瞬間、ハリーの手の中を目掛けて1匹のヒキガエルが飛んできて・・・・・・びたんっと音を立ててコンパートメントの扉にぶつかった。
「トレバー!!」
ネビルの声は半泣きだ。
「あっれー・・・失敗だったかな。上手く言ったと思ったんだけど」
「全く・・・
ぐったりとしたヒキガエルにシャルロットが呪文を唱えると、ヒキガエルは途端にシャキッとした。
「あ、ありがとう、シャルロット」
「2人ともすごいわね! そんな呪文、教科書に載ってなかったわ!」
ハーマイオニーは目をキラキラと輝かせる。
最初は高慢そうな子だと思ったが、根は素直らしい。
「3人とも、早く着替えた方がいいわよ。もうすぐホグワーツに着くみたい」
ハーマイオニーはそう言うと、ネビルと共に出て行った。
気付けば、辺りは既に真っ暗だ。
暗闇の中、汽車はずんずんと進んでいく。
とうとう憧れのホグワーツに着くのだと思うと、気持ちが昂る。
さて。
シャルロットは、自身のトランクを引き寄せると2人をちらりと見た。
「あ・・・ご、ごめん」
ロンはシャルロットが着替えたがっていることにすぐ気付いた。そして、顔を少し赤くして立ち上がる。
だが、一向にハリーは立ち上がる様子がない。未だに呑気に蛙チョコを齧っている。
「ちょっと、ハリー! あなたも出て行きなさいよ」
すると、ハリーは驚いたように蛙チョコを口から離した。
「え、僕も? シャルの体なんてちっちゃい頃から見慣れてるし、気にしないけど?」
「・・・痛い呪いをかけられたいの?」
シャルロットはそう言うと、ハリーを無理矢理コンパートメントから押し出す。
ハリーはクスクス笑うと、おどけて舌をぺろりと出した。
感想、誤字報告ありがとうございます。
量が多いため、返信や確認に時間かかっておりますがご了承くださいm(_ _)m
次回、組み分け。