幼女戦記 〜旗を高く掲げよ〜   作:まよ

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第一話

 西暦1939年11月。

 中央ヨーロッパ、ポーランド総督領クラクフにて。

 

「装填! 構え!」

 

 太陽の光が眩しいほど差し込める広場で、そんなのどかな陽気とは相容れぬ光景が広がっている。

 壁際に横一列に並べられ、目隠しをされた人々。その前に保安警察の一部隊が取り囲むように立ち指揮官の号令によって弾丸を装填すると一斉に射撃体勢へと入った。

 

 あの目隠しをされた哀れな人々はいったいどのような気持ちであそこに立っているのだろうか。

 恨み、絶望、諦め、屈辱、復讐、憐れみ、屈服、反発、反抗、さてどれが当てはまるのだろうか。

 いや、もしくはそのすべてか。だとするならば、そこには混濁とした理解しがたい感情があるだけだ。

 理解ができないのであれば、考えるだけ無駄である。無駄であるならば、存在する必要さえ無い虚無と言ってもいいだろう。

 

 そもそも、こんな穏やかな昼下がり、欧州稀に見る快晴で、二階建てのテラスにあるお洒落なカフェにて、コーヒーを嗜みながら、新聞を開き世の見聞を広めているもっとも充実しているひと時に、もっとも人間らしいひと時に、外を眺めれば人間が撃ち殺されているという、狂気染みた光景を見なければならないのか。

 

 これが狂気と正気が混じり合う混沌とした時代ということか。あぁ、鳥のさえずりと、眩しいばかりの木漏れ日に忘れてしまいそうであったが。そうかそうか、これは戦争であったか。

 だが、それでもコーヒーを嗜む時間ぐらいはあってもいいのではないだろうか。

 

 おっと、これは失礼しました。長々と愚痴に付き合わせる形になり、誠に申し訳ない限りです。しかしながら、どうか皆様にもご理解いただきたいのです。共感いただきたいのです。人間のもち合わせる道徳というものが、人道というものが、いかに虚栄で無力なものなのかということを。

 あぁ、申し遅れました。皆様、改めまして御機嫌よう、ターニャ・デグレチャフと申します。第三帝国にて、偉大であり崇高であらせられる総統閣下の親衛隊にて、中隊指導者を拝命しております。

 

「まさにラインハルトの悪夢だな」

 

 まったく。荒廃したワルシャワに飛ばされなかっただけマシだと思っていたが、こんな事ならばそちらの方が良かったと思えてくるな。

 日常と非日常の境がないことほど薄気味悪いものはない。

 

「これは、デグレチャフ中尉ではないかね」

 

 アプフェルシュトゥルーデルに舌鼓を打っていると、フィールドグレーの陸軍型制服に身を包んだ親衛隊将校がこちらに声をかけてきた。

 はて、どこかで会ったことがあっただろうか。ベルヒテスガーデンでの会食だろうか。

 軍服から察するに戦闘を専門にする親衛隊特務部隊の所属だろう。警察活動などの内政業務を担う一般親衛隊に所属している私とは部署違いである。

 

 私は目立つ。自分で言うのは何だが、有名人と言っても過言ではないだろう。何しろ11歳にして軍服に身を包んでいるのが一番の原因だ。そのため、組織の大抵の人間は私を知っている。しかし、私はそういう訳にもいかないため、ほとんどの場合は覚えているふりをして誤魔化している。

 

「これは……、大佐。お久しぶりです」

 

「おぉ、覚えていてくれたとは光栄だ。国家保安本部で会って以来だったが。それよりもなぜ貴官がポーランドに?」

 

「ヒムラー長官からの辞令がありまして」

 

「それはご苦労なことだ。そういえば、ベルリンはどうだね? まだ、防諜の件で軍とのいざこざが続いていてはかなわんのだが」

 

「シェレンベルク中佐のとりもちで何とか事態は収拾がついたかと。まぁ、ハイドリヒ親衛隊中将とカナリス中将殿の仲は依然として荒れてはいますがね」

 

 突然だが私は転生者である。理由は……、それは後々語るとしようじゃないか。まぁ、たっぷりと時間はあるさ。現在は西暦1939年11月の冬だ。何せドイツが負けるまで約5年と6ヶ月もあんだ、はっはっはー。

 

 さて、自虐はここまでにしておこう。本気で虚しくなった。

 

 真面目に話すならば、私は神、いや神というのも虫唾が走る存在Xの八つ当たりによって現代日本から、この世界へと転生させられてしまった哀れなサラリーマンである。

 物心ついたのは、私がまだ1歳に満たない赤子の頃である。私は孤児院で育てられたが、8歳からはレーベンスボルンという親衛隊の施設に預けられることとなった。ここはアーリア人の条件を満たすとされた子供を育成する機関である。私も、もとは孤児だったそうだ。父親、母親ともに詳細は不明である。

 

 子供の脳というのは柔軟なもので、すぐにドイツ語を習得することができた。子供はその気になれば誰もが天才になれるのではないかと、我ながら驚愕したものである。大人たちの会話から、この世界が1920年代後半のドイツであることは理解できた。なんとも言いようがない絶望感に襲われたのを今でもはっきりと思い出す。なにせ、このまま何もせずに呑気に暮らしていたら数年後にはパンツァーファウスト片手にみんな仲良くソ連軍に突撃しなければならないのだから。最良の道は軍へと入隊し、功績を上げつつ安全な後方勤務につき、敗戦と同時に軍の機密を手土産げにアメリカへ亡命というものであるが、いくら戦争だからといっても子供が軍に入ることなど不可能であった。軍士官学校の最低年齢にも引っかかれないとは、これほどリアルを嘆いたことはない。そんな私の唯一の救いとなったのが、親衛隊の存在であった。もともと、中級階級からなる親衛隊は貴族やブルジョワなどの上級階級に抵抗する革命勢力であったため、能力さえあれば家柄や年齢を問わずに出世が可能な気質ではあったが、それに合わせてオカルトチックな面を持っていた親衛隊は、子供でありながら大人顔負けの知能を持つ私を特例として士官学校へと引抜いたのである。それに加え、金髪碧眼である私の容姿が彼が掲げるアーリア人という人種イデオロギーにマッチしていたのも救いだったと思う。親衛隊の施設で育ったこともあり、目を付けてもらうのに然程時間はかからなかった。

 このお陰か私は親衛隊長官であるヒムラーに可愛がられ、士官学校卒業を機に異例の速さで、中尉にまで昇格することができた。まさに、血と汗の結晶である。

 

 ここまでは、まさに完璧とも言える出世街道を歩んできたわけだが、依然として不安は私に重くのしかかり常にキリキリと胃を締め付けてくる。

 この歳で胃痛持ちとは、まったくもってお笑いである。このままでは年端もいかずに胃ガンで死んでしまいそうだ。

 

 現段階で、この世界が私が生きていた未来と通じているのかは分からない。もしかしたら、極めてよく似た平行世界なのかもしれない。

 しかしだ、国際情勢を考えてみれば昔、中高生の頃に習った歴史そのままであるのが私を落胆させている。私の知る歴史通り、先のドイツ帝国は一次大戦で敗れ、後にヒトラー率いるナチスドイツが台頭し、新生ドイツ軍によるポーランド侵攻が開始、これに勝利した。

 そして私は親衛隊員としてポーランドの地を踏んでいる。

 そう、何が最も絶望的なのかをあえて言おう。それは、かの悪名高き親衛隊に私が所属しているということである。史実通りにいけば、5年6ヶ月後の1945年5月に連合国の圧倒的物量の前にドイツは敗戦し、ナチスは崩壊を迎える。そうなれば、私はニュンベルクの空の下、首を吊るされる羽目になるのだ。親衛隊の悪行など子供でも知っているというのに。

 

 正直言って最悪だ。未来に待ち受けるものを知りながら、それに甘んじなければならないとは。

 今すぐにでも逃げたい。だが、しかしだ。ナチスは、特にこの親衛隊という組織は裏切り者や臆病者に容赦をしない。今更逃げ出す算段などしてバレようものなら死の列車でアウシュビッツへgoである。いや、その場で銃殺になるだろうな。

 

 だが、全てが史実と一致しているわけではない。ドイツがポーランドへ侵攻したにもかかわらず、イギリスとフランスが宣戦布告を行っていないのである。そう、未来はまだ不確定である可能性も大いにあるのだ。私は私の知り得る知識を使いこの世界を生き延びてみせる。

 だからこそ、私は親衛隊という国家の中核を担う組織の中で出世をしなければならないのだ。地位さえ手に入れれば、前線に送られることもなく、ある程度自由に動けるばかりか、周りへの影響力を持つことができるのだ。

 その為にも、上司からの命令は完璧に遂行しなければならない。ここでしくじれば未来などありはしないのだから。

 

「では中尉、私はこれで失礼させてもらうぞ」

 

 おっと、少し考え過ぎてしまっていたようだ。

 

 大佐の声で我に帰ると、彼はすでに軍帽を被り手袋をはめながら、帰り支度をしていた。

 去っていく大佐を私はナチ式の敬礼で送り出す。

 

 さて、そろそろ私も行くとしよう。楽しい楽しいお仕事の時間である。

 

 私は横の椅子の淵にかけていた軍帽を手に取るとテーブルに代金を置いて店を出た。

 




幼女戦記×ナチス……。
ついに書いてしまった。

ちなみに親衛隊特務部隊は後に武装親衛隊へと発展した部隊です。

誤字脱字などがあれば、よろしくお願いします。

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