あぁぁ、クッソ疲れた……。
もう10年分は戦ったんじゃないか?
身体中がもう筋肉痛で、普段まったく使わない部分が特に酷い。
だからクライスにはしばらく休むと伝えた。
返事は聞かずに、ただ一方的に。
あれこれ文句言ってきたら灰にしてやろうと思う。
あぁ、何もすることがない。
やっとだ、夢にまで見たダラダラと過ごせる時間がやってきたのだ。
遭難者が水を得たときのような心地だ。
心底求めていたものが手に入ったこの喜び、果たして余人に伝わるだろうか。
誰も居ない部屋の中で大きく息を吐いた。
壁に背中を預けて見上げた天井は、かつて頻繁に眺めた姿そのままだった。
こうやって何をするでもなく天井と向き合うのはいつぶりだろう。
ゆっくりと羽を伸ばせるのも、この前の勝利のおかげだ。
ようやくグランニアも撃退したのだから、もはや大陸に大きな脅威はない。
ヤツらの要と言えるアルノー王子がこちらの手にある以上、向こうも再戦を挑まないだろう。
この機会に軍を再編してより攻めも守りもスムーズになるような……。
ハッ!
なんでオレは仕事のこと考えてるんだ?
今はそんな事している場合じゃないだろうが。
ダラダラすんの、ダラダラ。
茹ですぎてふやけた麺類みたいになんの。
慌てて姿勢を変えてゴロ寝をはじめる。
手も足も放り出して口と目は半開き、羽虫が手に止まっても気にしない。
これぞ正に究極のダラ。
あ、やっぱ無理、手かゆい。
はぁー……それにしてもディストルのやつ、あれ反則だろ。
なんなんだよあの技、聞いたこともねえよ。
触れたら消えちまう光を身に纏うなんてありえなすぎる。
そういやディストルはアルノーを連れ去ってどこかに消えたんだったな。
「この男の事は任せてくれ」なんて言ってさ。
一体どうするつもりなのか、あまり下手な事はしないで欲しい。
場合によっては交渉に使えるし、迂闊に殺しちまうとまた戦争が起きかねない。
じゃあ今後に備えて砦なり拠点が必要だな、アーデンやエレナと防衛についてミーティングを……。
あぁぁぁ!
また仕事のこと考えてる!
なぜだ、いつからオレは勤勉になったんだ。
一時期はスライムよりスライムらしいと評判だったこのオレが!
このままじゃいけない、なんとかして余暇を楽しまなくては。
外に目をやるとシルヴィアとミレイアが遊んでいた。
よし、今日は家族サービスだ。
敏感な子供達はまだ戦争のストレスが抜けていないに違いない。
一緒に遊んで安心させてあげよう。
オレは軋む体にムチを打って起き上がり、外へ向かった。
「あ、おとさーん!」
「魔王様、もう出歩かれて平気なんですか?」
「あぁ、別に怪我した訳じゃないからな。だから遊びに来たんだ」
「ほんと? やったぁ!」
「シルヴィアちゃん、三人いるならあの遊びをしましょうか」
「やろうやろう! マオーサマごっこ!」
お、おう。
なんか嫌な予感がするが、大丈夫か?
アシュリーごっこに比べたら万倍もマシだが。
「えっとね、おとさんはワルモノやって? そんでミレイアちゃんはリタお姉ちゃんでシルヴィはおとさんになるの」
「お、おう。もう一回言ってくれるか?」
ボクは私であなたがボクであの子はだぁれ?
話を聞くと何のことはない。
悪者役と、さらわれる役と、助ける役のいるごっこ遊びだ。
あんな風に言われるとゲシュタルト崩壊みたいなのが起きるな。
さて、オレはミレイアをさらえばいいのか。
「フッハッハ、さぁ大人しくさらわれるのだ!」
「ああっ、いやぁ!美しいと有名な王女である私がさらわれてしまうわ!だれかぁー……」
ミレイア、変に説明口調なのはいいとして……なんでオレの手を頬擦りしてんだ?
さらわれた王女役なんだろ?
親密な感じが出て不自然極まりないだろ。
「まて、ワルモノめ。ホージョーのマオーがきたからには、もうこれまでだ!」
「あぁ、魔王様! 来てくださったのですね」
「リタ王女、あんしんするといい。きっと助けてみせる」
「お、おのれ。また邪魔をするのか」
ごっこ遊びとはいえ、なんかヤだな。
配役が全部身近な人って何かむずがゆい。
「ワルモノめ、セーケンミレイアをうけてみろ!」
「がぁぁあ! 覚えていろ魔王め! この恨みは必ず晴らすぞぉぉ……」
「リタ王女、だいじょうぶか」
「あぁっ、魔王様。ワタクシなんかのために、危険な目に……」
「バカなことをいうな、リタ。ずっとオレが、まもってやる!」
「魔王様……うれしい。愛しています、ずっと。あなただけを。」
「オレもだ、リタ。あいしてるぞ。もうはなさないからな」
あー、今度はリタがヒロインなのか。
切っ掛けは知らんが、アシュリーブームは去ったらしい。
オレとしてはまだリタの方がマシだが、目の前でやられるといくらか辛い。
「あらぁ……、もぉーこの子達ったら。今日のおやつは奮発しちゃおうかしら」
いつの間にか背後にリタが居た。
あの寸劇を見ていたのか?
なぜだろう、今凄く恥ずかしい。
脚本も演出もオレじゃないのに。
弾むように歩き去っていくリタの背中を、オレは力無く見送った。