「はい、君らはこの街の子ー?うん、じゃあとっとと家に帰ってねー。」
相変わらずやる気の火がつかない魔王様。
ものすごく平坦な口調で皆を脱走させた。
逃げる少女の一団を先導すらせず、マイペースに後ろを歩く魔王様と僕たち。
階段の辺りは「お家に帰れる!」「押すな、危ないだろ!」「もう悪いヤツいないの?」なんて声でちょっと賑やかになっている。
まだ敵がいるかもしれないんだから、静かにした方がいいんじゃない?
そんな中、魔王様は子供達を注意しようとすらしない。
テーブルの上にあった炒った豆をむんずと掴み取ったりしてる。
何のつもりだろう、お腹が減ったとか?
ほんとマイペースな人だなぁ。
渋滞している階段をノロノロと昇り、いくつかの部屋を抜けて、ようやく出口に辿りついた。
なんか、拍子抜けするくらい簡単だったなぁ・・・。
あまりのスピード解決に脱力してしまった。
でもそれは早合点だったことに気付く。
街でも3本指に入る犯罪集団が、そこまで甘いはずがなかった。
建物の入り口を囲むようにして、30人くらいの男達が道を塞いでいる。
子供達は行く手を阻まれてしまい、逃げることができない。
「なめたマネしやがって・・・。この街で俺様に、ウィラド商会に楯突いて生きていられると思ってんのか!」
男達の真ん中で身なりと恰幅の良い男が怒声をあげた。
相手は武装した荒れくれ者30人ほど、こっちは丸腰の子供達と魔王軍2人。
いくらなんでもこれは不利なんじゃないかな・・・。
チラリと目線を送ったけど、動じた気配は一切なかった。
それはもう不自然なくらいに。
そして魔王様は、周りの護衛なんか目に入っていないような気楽さで話しかけた。
「あー、お前がここの頭か?」
「あ?見てわかんねえか?このウィラド様を知ら」
「うん、うっさい黙れ死ね。殺すのも面倒だからそこら辺で自害しろ。」
面倒くさそうにシッシッと手で払う。
いや本当に魔王様はブレないっすね・・・。
「てめえらコイツをブチ殺せ!女の方は殺すんじゃねえぞ!」
溜め込んでた怒りが限界値を超えて、爆発させたウィラド。
その言葉を合図にして、一斉に男達は武器を構えて押し寄せてきた。
殺意の暴風とも言える強烈な悪意が少女達に迫る。
まだ子供である彼女達はおびただしい数の刃物に怯え、途端にパニックになりかけるけど・・・。
「はーい、嬢ちゃんたち。動かないでー怪我するぞー」
途轍もなく場違いな声色で注意を促す魔王様。
ああ、この期に及んでもそんなテンションで。
魔王様とエレナさんはのんびりと、寝起きかと思うくらいゆっくりとみんなの前に進んだ。
そしてまた例の如く、手を下に降ろしてから上にあげる動きを始めた。
その刹那、目の前の男たちが4・5人ほど吹っ飛んだ。
あれは・・・豆?
そう、後ろから手の中が見えてしまった。
さきほど地下でむんずと掴んでいた豆を投げていたのだ。
豆で凶悪な男たちを、苦もなく吹き飛ばしている。
さっきまでは「ずいぶんと地味に戦う魔王様だなぁ」と思っていたら、使っていたのは武器ですらなかった。
あまりのデタラメな強さに、男たちの足が止まる。
誰もがこの異様な戦況受け入れられなかったんだろう。
規格外の強さに恐れを抱いて、探るような表情になる。
そんな変化があってもお構い無しに豆を投げ続ける魔王様。
「主よ、また魔力を使いすぎているな。その投げ方では無駄が多いぞ。」
「なに言ってんだ、人数が多い時は範囲攻撃って決まってんだろ、これでいいんだよ。」
「じゃあこの投げ方はどうだ?これなら弱い力でも効果がでるぞ。」
「いやお前、精度ガタ落ちじゃん。頭にすら当たってねーだろ。」
そんな作業中の雑談のような会話を繰り広げながら、豆を投擲する二人。
最初の腕を上げ下げする動きにはじまり、ボール投げの動きだったり、横一文字に腕を払ったりと、急にバリエーションが増えた。
あーでもないこーでもないと言いながら、投げるフォームを変えつつ、そして着実に敵を減らしていった。
あ、今の動きは猫が飼い主に抱かれて蕩けた時の動きだ。
こう、ぐにゃぁんって感じの。
あんな姿勢でも投げられるんだなぁ、しかもきっちり倒してるし・・・。
僕はもうこの光景に慣れてしまったけど、ミレイアや他の少女たちはこれが初見だ。
浮世離れした戦闘に誰もが困惑している。
堪ったもんじゃないのはウィラドだろう。
こんな冗談半分に自分の部下を殺され、長年育んできた組織が壊滅しかかっているのだから。
妹をさらい、他にも悪逆の限りを尽くした奴らだけど、こんな幕の引き方には哀れに思った。
「ヒ・・・、ヒィ!待ってくれ、殺さないでくれぇ!」
男たちの半数が死んだ頃にはもはや戦意はなく、我先にと逃げ出した。
もちろん、あの投擲から逃げられた男は一人もおらず、一様に頭に小さな穴を空けて絶命した。
最後の一人に残されたウィラド。
さっきまでの気勢は全くなく、すっかり怯えきってしまった。
あの家で僕にしたように、おもむろにウィラドの前に手を掲げた魔王様。
「えーっと、今だけの命乞い。コイツはバカそうだから騙せる。領主に頼んで軍を派遣。次会ったら皆殺し・・・か。うん、死ね。」
同じように心を読んだみたいだ。
心の言葉を読み上げた後にちょっと多めの豆を投げて、ウィラドに確実な死を与えた。
「よーし、帰るぞー。グレンと・・・ミレイア?は家に来い。他のやつは元の場所に帰んな。」
最後の最後まで、なんともやる気のない声だ。
きっと達成感のかけらもないのだろう。
もしかすると邪魔な虫を払うとか、足もとの雑草を引っこ抜いたくらいの気分なのかもしれない。
自分の手に戻ってきたミレイアを見て安心したけど、釈然としないものがある。
想像した以上に不可思議で、理不尽な戦いを見てしまったからかもしれない。
その異常としか言いようの無い、圧倒的な強さを。
僕は複雑な想いをかかえたまま、ミレイアとともに魔王様の背中を追いかけた。