魔王様はダラダラしたい!   作:おもちさん

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第47話  ファーストバイト

オレはあれから急ぎ獣人の子が囚われている場所へと向かった。

牢屋に入れられてるかと心配したけど、馬屋の近くに檻が置いてあるようだ。

軽いからなんだろう、広場からそのまま移動させたんだな。

そこだったら、馬番にさえ見つからなきゃ大丈夫だ。

 

 

馬屋につくと、目立つところにあった。

中をチラリと見ると、黒い塊があるだけだ。

暗がりだから、目が慣れるまでは見えなそうだ。

さて、肝心の鍵はかかって・・・ないな。

外から仕掛けが施してあるだけの、錠のようなものは一切ない。

それならこうして・・・よし、空いた!

 

 

鍵を静かに開けると、中にいた女の子がこちらを見た。

さっきまでうずくまってたのは、眠っていたせいかもしれない。

目を赤く光らせて、小さな牙をむき出しにし、こっちを精一杯威嚇してきた。

あまり騒がれるのはまずい、人が来てしまう。

 

 

「静かにして、静かに!シーーッ!」

「フーー!フシャァーー!」

 

 

そうか、子供の獣人だと言葉が・・・。

どうしよう、言葉がダメなら態度で示すしかないか?

オレはゆっくりと、驚かせないようにその子の頭に手を伸ばした。

その手を睨みつけながら、体を引いて避けようとする。

それでもオレは手を伸ばしていった。

そうするととうとう逃げ場がなくなり、追い詰められたその子は噛み付いてきた。

 

 

いってぇー!

 

 

うっかり声を出しそうになったが、かろうじて飲み込んだ。

あぶねえ、ここで見つかったら全て台無しだ。

子供とはいえ、それなりに牙が生えている。

血が流れていく感覚を覚えながら、頭を必死に回す。

どうすれば言葉の通じない子と、意思を伝えられる?

 

 

オレは噛み付いて動けないその子の頭を撫でた。

できるだけ優しく、できるだけ滑らかな動きで。

正直噛まれた手が痛くて、そこまで余裕はなかったけども。

でもやれる限り自分の手に言葉を籠めた。

 

 

怖かったね

辛かったね

でも大丈夫

もうこれからは怖くない

ほら怖くない 怖くないよー?

 

 

しばらくその状態でいると、ゆっくりと噛む力が弱くなっていった。

よしよし、成功したみたいだ。

やがて牙が抜かれて、口が離れて、さっきよりだいぶマシな表情になった。

こっちの意図が少しは伝わった・・・かな。

そうならこんな場所にもう用はない。

オレは手招きや手ぶりで、出て行く素振りを繰り返した。

 

 

「さあそこを出よう。わかる?逃げる、逃げるんだよ。」

 

 

女の子はオレの顔色を伺うように、少し首を傾げながら檻から出てきた。

よしよしよし、伝わる伝わる。

オレはその子と手をつないだ。

ちょっとビクッとなったが、抵抗はされなかった。

さて、早いとこ逃げなきゃ。

ここで捕まったらオレは復讐を遂げられないし、この子も殺されちゃうしな。

 

 

それから街の門へと向かった。

門には一人の兵士が見張りをしている。

数が少ないのはいいが、真面目なタイプなのか、すごくちゃんと働いている。

ちょっとくらいサボってもいいんだぞ?

そんな頻繁に、不審者が獣人つれて通ったりなんかしないからな?

 

 

さっきからしばらく眺めているが。

まいった、全く隙がない。

強行突破は・・・無理だから、なんとか交代のタイミングを見計らって抜けるか?

少しでも距離を稼いで遠くに逃げたいのに、まだ街の中で足踏みをしなくてはならない。

 

 

思い悩んでいると、女の子がオレを引っ張ってどこかへ誘導しようとした。

ちょっと、どこへ行く気なんだ?

衛兵や街の人に見つからないように、物陰や路地裏を駆使して移動しようとしている。

野生のカンが働いてるのか、隠れて移動するのは結構上手だった。

 

 

しばらく付いていくと、門からいくらか離れた石壁だった。

確かに人目につかないが、出入り口がないからここに来ても仕方ないんだが・・・。

ん、もしかして?

背の高くなった雑草を払いつつ、壁に近づいた。

するとそこには穴が空いていた。

人がなんとか通れるくらい、壁に穴が開いて地面もえぐれていた。

 

 

あーー、これはもう運命なんだ。

運命がオレを逃がそうとしている。

獣人の子がいなかったらこの道は見つからなかっただろう。

そうしたら正面突破で切り抜ける羽目になったかもしれない。

オレはこの子を助けたが、助けられてもいるのか。

 

 

草をかき分けて進んだ。

結構な重圧感だな、壁の下を進むって。

そこそこおっかねえ。

 

 

這いずるように抜けると、そこは夜の平原だった。

人っ子一人いない真っ暗闇だ。

オレが持つ松明以外には月の明かりくらいしかない。

空を見あげて初めて気づいた。

今日はどうやら満月だったらしい。

 

 

ようやく自由を手にした気分になって、ついガッツポーズをしてしまった。

声を出せない代わりに、体に過剰なほど力を籠めて。

女の子が首をかしげてこっちを見てる。

あんま見ないでね、特に意味のある動きじゃないし。

 

 

さて、これからどう逃げるか。

この子の脱走に気づかれるのも時間の問題だしな。

運が良ければ明日の朝まで安全だろうが、夜でも見回りくらいするだろう。

早いとこ逃げるか隠れるかしないと。

 

 

女の子がまた誘導しようとする。

右手に見える山の方だ。

何か考えがあるんだろう。

オレは抵抗もせず着いて行った。

 

 

人にも獣にも出会わずに、夜の山道を進んでいく。

不思議と不安はない。

開き直っているのかもしれない。

そうこうしているうちに、洞窟にたどり着いた。

女の子は躊躇せずに入っていく。

寝ぐらにしてるんだろうか?

 

 

中に入るとだだっ広い空間で、家具のようなものは一切なく、草の塊が置いてあるだけだ。

女の子はその塊に体を横たえ、腹の底からため息をついた。

オレもちょっと一息入れさせてもらうか。

ここまで本当に大変だったしな。

 

 

オレは体を休めながら、復讐が大詰めを迎えたことを実感する。

これも自爆技というか、オレは既に犯罪者になってしまったわけだが、その代わり累が確実に奴らに及ぶからよしとしよう。

これから起きるだろうことを考えるとニヤニヤが止まらんな。

 

 

捕まえた獣人の子がいない。

盗み聞きした話によると、どっかの嗜虐趣味のお偉いさんが、虐め倒した後に処刑する予定だった獣人がいない。

一体どういうことだと街中大慌てになる。

それと同時にあのクズどもが、オレの脱走を知る。

荷物がない、金もない、さらにはあの水晶もない。

焦るゴミども、向かう先は領主館か警備隊詰所か。

そこで聞かれるだろう。

何者だ、身分証を見せろ。

それはもう灰になってこの世にない。

中央の騎士団員を表す第二の身分証である、紋章入りのフードは肥溜めの中だ。

何もできず焦る二人。

調べはさらに進むだろう。

宿屋の主人がきっと証言する。

あの騎士を騙る二人組の連れがいない。

一体何をした、話を聞かせろと詰め寄られる二人。

獣人を逃した不信心者の出来上がりだ。

 

 

つまりオレはこの一連の流れで、

《莫大な借金を背負った実質無一文の、身元不明の上武装した、無賃宿泊を決行しながら獣人の脱走幇助をした犯罪の共犯者二人》

を生み出したことになる。

あーー、設定盛りすぎて処理しきれないか?

説明すんのに何文字必要なんだって話だろ?

これを私が全て用意しました。

すでにあいつらの人生は闇に染まった、ざまぁみさらせ!

 

 

でもこの胸のすくような復讐劇も、オレが捕まったら完全に無意味だ。

借金やら脱走幇助やら、その辺が少なくともキャンセルされる。

そしてオレも短い人生を終えることになる。

そんなことはあってはならない、ここまで来たら地の果てまで逃げる気だ。

 

 

んで、やっぱりそこまで世の中は甘くないのが常。

静かな山に、かなり遠目から喧騒が聞こえてきた。

街の方を見ると、小さな松明のような明かりがいくつも出ていた。

どうやら気づかれてしまったらしい。

 

 

ここに居たらいずれ捕まってしまう、遠くへ逃げないと。

女の子に声をかけようとしたが、気づいてないのかゆっくりした足取りで、洞窟の奥へと向かった。

いや、違う。

きっとこの事態に気づいている。

暗がりから顔だけ向けて、オレをじっと見つめてきている。

オレを呼んでいるように感じた。

もしかすると、この先はどこか別の場所に繋がっているのかもしれない。

 

 

オレはその子の土地勘を信じて、洞窟の奥へと向かっていった。


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