魔王様はダラダラしたい!   作:おもちさん

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第30話  大国の意地

悲惨としか言いようのない自分の陣営を、グラハムは苦々しく眺めていた。

まだ戦闘らしい戦闘も起きていないのにも関わらず、兵は大きく目減りしていた。

行軍速度はみるみる遅くなり、行軍してから3日目にも関わらず、目標地点までようやく半分を過ぎた程度だ。

通常の倍近く行軍に時間がかかっている。

士気はみるみる下がり底を打ち、早くも逃亡兵さえ出かねない。

一度もぶつかり合いをしていないのに、すでに敗残の軍のような有様だった。

 

 

あの兵どもに一体何があったのか。

戦死ならまだよい。

忽然とこの世から消えてしまうのだ。

屍体どころか愛剣の一つも見つけられない事実に、皆怯えきっていた。

 

 

昼の間は敵が少数で散発的に攻めてくる。

応戦すると森に逃げていき、追撃させるとそのまま帰ってこない。

また夜は夜で、迂闊に眠れない。

何せ隣で寝ていた者が、朝になったら消えていたりする。

明日は我が身と恐れてしまい、眠ることができなくなってしまうのだ。

 

 

魔法の干渉を疑って、夜の間だけ魔道兵に防御を命じた。

特に将校や士官クラス以上のものに対して厳重に。

その甲斐あってか、指揮官が夜中に消える事態は防げた。

だが、兵卒に対してまでは手が回らない。

数千の人間に対して、毎晩防御魔法をかけ続けるなど不可能だった。

もし仮にできたとしても、この後待っている肝心の戦闘の場面で、魔力の枯渇で魔道兵が使い物にならなくなる。

今はまだ移動しているだけなのだ。

こんなところで、貴重な戦力を潰してしまうわけにはいかなかった。

 

 

「ぜ、前方の森に敵!およそ20!」

「弓を散々に射かけて追い払え!」

 

 

ギリギリと歯ぎしりをしてしまう。

本来20人程度の敵など、物見程度の戦力だ。

その程度の敵ですら殲滅できず、追い返すのが精一杯だ。

大陸で三大国家に名を連ねる、プリニシア王国の威厳は見る影もない。

 

一旦引き上げるべきか・・・。

 

そんな思いが頭をよぎってすぐに打ち消した。

大軍を発した親征にも関わらず、一戦もせずに引き上げるなどいい笑い物だ。

軍を立て直す以外に、選択肢などない。

弱気になった心を戒めるように、スッと背筋を伸ばした。

 

 

 

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「魔王様、ただいま戻りました!」

「はいーお疲れさん。怪我した奴はいないか?いたらすぐにリタに言えよー。」

 

 

戦場から少し離れた森の中だ。

ドヤドヤと20人近くの獣人兵が戻ってきた。

戦時とは思えない、みんな晴れやかな顔をしている。

よっぽどあいつらには恨みがあったらしい。

 

 

今プリニシアの連中に仕掛けている「壮大な嫌がらせ」だが、始める前に例の獣人の町に寄ってみた。

ちょっとピンときたもんがあってな。

 

これからプリニシア相手に勝ち戦やりに行くが、参加する奴いるか?

 

町にいた連中にそんな話をしたところ、反応がめちゃくちゃ早かった。

 

 

あるものは店を閉め、

あるものは子供を知人に預け、

またあるものは食事中だったのか、口の周りに食べカスを付けながら、

そんな20名が、目をやる気に満ちあふれさせて集結した。

 

 

彼らの役目は主に扇動や罠への誘導、それ以外は嫌がらせのような攻撃だ。

今のところ大きな怪我を負うこともなく、しっかりと戦果を挙げている。

 

 

「しかし、こんだけ嬉々として戦うなんて、お前らはよっぽど恨んでんのか?」

「魔王様この界隈に、いやこの国に暮らす獣人で、プリニシアを憎んでいない奴なんかいやしませんよ。」

「悪い噂は散々聞いているが、そんなにもか?」

「そりゃもう・・・。大切な人を殺された者、故郷を焼かれて追われた者。この森に逃げてきた獣人は皆何かしら不幸を抱えてますよ。」

 

 

話によると、町や村は見つかり次第襲撃されるらしい。

もちろんそこの住民は、家族離散してでも逃げられれば運が良い方で、殺されるか奴隷にされるかのどちらからしい。

奴隷の身分に落とされると解放される事は決してなく、文字通り死ぬまでの労働が待っている。

本当になんつうか、無茶苦茶やるよな。

行動原理に国の宗教が関わっているって聞いた事がある。

我らが神は人族を愛し、人族のみに祝福を与える、人のような姿をした獣は神を冒涜する獣だーとかいって。

随分血なまぐさい神もいるもんだなと思う。

 

 

「まぁともかくお疲れさん。しばらく休んでていいから、向こうで飯でも食っててくれ。」

「わかりました、そうさせてもらいます。」

「くれぐれも火は起こすなよ、位置がバレるからな。」

 

 

さて、敵さんはすでに3000を切っているようだな。

すなわち、広大とはいえ森の一角には2000人ものおじさんがスヤァしている。

見つからないように魔法で擬態させているからいいけど、見えてたらシュールな絵面だったろうな。

 

 

「アシュリー、リタ、奴らの様子は?」

「もう怯えた子犬のようですよ。足プルプルさせてキョロキョロして、それでも貴様は王国軍人か!って叱りたくなるくらいですよ。」

「んーーー、幻術だけで追い返すには、もう一息って感じね。決定的な何かが一つでも起これば・・・。」

「わかった。そろそろ仕上げだな。」

 

 

オレはそこでアイツを呼びつけた。

できれば呼びたくなかったアイツ、うん本当に。

ちょっと呼んだらすぐに現れた。

なに、暇なの?暇だからこんな早く来たの?

 

 

嬉しそうに尻尾を振り、その異様な巨体を周りの邪魔にならないように、必死に身体を折りたたんでいるコイツ。

 

 

オレは例の巨ワンコの、グレートウルフ・ロードを呼び出したのだ。


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