魔王様はダラダラしたい!   作:おもちさん

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第27話  丸腰からの卒業

すごい数の荷馬車が押しかけてきている。

街に向かってやってきた数え切れない商人が、大渋滞を起こしてひしめきあっていた。

道の先まで続いている列のあちこちから怒声のようなものが響いている。

例のガラス屋夫妻に頼んで商談を持ちかけ、いつもの5割増しで何でも買うと約束した結果だ。

まさかここまで反響があるとは考えもしなかったな。

 

 

レジスタリアの街のすぐそばに、それはもうだだっ広い平地がある。

そこを利用して、巨大なバザーをこれから開く。

商人たちにはあらかじめ、商品を複数個で1セットでの販売を徹底させた。

例外として高額商品のみ単体販売を可としているが、安いものは10個20個まとめて1商品として、店先に並べさせる。

1セットのうちの個数はもちろん、商品の価値によって違う。

 

 

このバザールにてようやく、散々頭痛と格闘して紅茶をがぶ飲みさせられた苦労が華開く。

例の紙幣をここで使用させるのだ。

使い方は簡単、どんなものでも1商品を1紙幣との交換だ。

庶民の手が届かないような嗜好品も1紙幣、身近で普段使いの食品も山盛りのものを1紙幣。

子供でもわかりやすいように考えたつもりだ。

 

 

騙される弱者や子供が出ないように、面倒な細工も紙幣に施した。

売り手側の商人には交換した紙幣の枚数に応じて、順次国庫から金を払う。

ちなみに売れ残りもすべてをこっちが備蓄品として買い取るので、商人は輸送とバザーの店番だけで大もうけができるっていう寸法だ。

 

 

この数ヶ月で、勤勉な者なら大人で十数枚、子供でも7?8枚持っているだろう。

つまりどんなものでも、10アイテム前後の欲しい物がここで手に入る。

ワクワクするような話だと思うがどうだろう?

進捗が気になってしまい、オレは警備中のエレナを捕まえて話しかけた。

 

 

「エレナ、状況はどうだ?」

「まずまず順調だ。前もって商品レートに店の場所、商品の搬入時間をあらかじめ決めていたためか、混乱も少なく済んでいる。」

「これでか?渋滞は起きて、あちこちで怒鳴りあっているのにか?」

「こんな前代未聞のイベントを前にしてこの程度だ。順調だろう。」

 

 

そんなもんかと思いつつ、オレは会場を眺めた。

またたく間に簡易な店が出来上がり、徐々に商品が並び出す。

街中はもう噂で持ちきりになり、みんな明日の開催を待ちわびていた。

あの日から不安を、苦痛を、不便さを感じ続けた日々だったろう。

このバザーの期間は全て忘れてほしいと思う。

 

 

うちのメンバーはというと、直接街の復興を手伝っていないので本来であれば紙幣はもらえない。

あくまでも瓦礫の撤去や炊き出しなどの、街なかでの労働の対価だからだ。

でもこのイベントに参加できないのはかわいそうだと思って、子供たち3人に2枚ずつ用意した。

ちなみに家計から6枚相当の金を国庫に預けたから、不正ではない。

 

 

子供っていうのはこんな時はしゃいでしまうもんだよな。

特に前日の夜。

シルヴィアはベッドに入ろうにもランランと目を輝かせて、なかなか寝てくれなかった。

しまいにはコロと運動会をはじめてしまい、ピョンピョン跳ね回りながら戯れあい出した。

もちろん、ほどなくしてリタにメッと怒られてたが。

そして注意するどころか煽ってたオレも、メッと怒られたのだった。

 

リタは現場を見ていないからそんな事が言えるんだ。

シルヴィアが飛び跳ねた時に、間違いなく天使の羽が見えたのだから。

本物の羽が生えている人が身近にいますよって?

知らない子ですね。

 

 

「わぁぁあーーあっちもこっちもお店やさん!ひともいっぱい!」

「いやーーこれはなんつうか、すごいな。」

「うげぇ・・・ニンゲンがこんなに・・・。私は森に帰ってますねー・・・。」

「なんか目が血走ってて、怖い人がいっぱいいるね。もうモミクチャじゃない。」

「これお店に入るのも大変そうですね、向こう側に行くだけでも。」

「みんなはぐれちゃわないでね? すぐにでも迷子になっちゃうわよ。」

 

 

全員が呆気に囚われた。

ちなみにエレナは引き続き警備と誘導、アシュリーは嫌いな人族だらけの環境に嫌気がさして、今しがた帰って行った。

 

 

しかしこれはもう、人の海だな。

数え切れないほどある店の中も、かなり広くとった通路も、会場の周辺エリアだって人、人、人だらけだ。

まぁここに5千人にも及ぶ人が集まってるんだから、これくらいにはなっちゃうのか。

 

 

「手を繋ぎながら1列で歩きましょう。そうすればはぐれずに済みそうよ。」

「そうしようか、皆なんとか付いてきてくれ。」

 

 

コロをシルヴィアが抱っこして、そのシルヴィアをオレが抱っこして先頭。

すぐ後ろがミレイアで、グレン、最後にリタが歩くことになった。

服をこすり合わせるようにしてなんとか人垣をかき分けていく。

家に帰る頃には服がボロボロになっているかも知れないな。

 

 

なんとか3人の買い物が終わり、早々に会場を後にした。

さすがにあの場所は子供たちも疲れるようで、ひとしきり運動した後のようになっている。

 

 

「コロちゃんもー、きれいになりましょねーぇ。」

 

 

シルヴィアが買ったのは、丁寧な装飾のはいったリボン三点セットと、砕かれた稀少鉱石を詰め合わせた小瓶だ。

早速買ったばかりのリボンを自分と、あと愛犬コロに着けてあげている。

コロはたぶんオスだがね。

 

 

グレンはショートソードとアームガードを買っていた。

これは意外だな、もっと趣味用の素材とか買うと思ってたのに。

 

 

「僕はたまにエレナさんに稽古をつけてもらってるんだけど、そろそろ何か武器を持つ頃だって言われてさ。」

「なんだ、それだったら言ってくれれば用意したぞ?」

「これは僕の・・・もうひとつの趣味みたいなものだから自分で買うよ。」

 

 

むぅ、さすがは兄様。

ほんと聖人君子だな。

君、魔王と暮らしてて大丈夫?

聖人度下がっちゃわない?

 

 

ミレイアが買ったのは大きな石のはまったブレスレット、そしてロングソード。

その剣が今はオレの腰にぶら下がってる。

どうやら掘り出し物だったらしく、そこそこの業物だったのだが。

帰り際にそれを携えて、オレのもとに来てミレイアが言ったんだ。

 

 

「魔王様、ささやかながら私もご恩返しがしたいです。」

「ん?自分の好きなのだけを買っていいんだぞ?それに恩なら兄ちゃんが返してくれてるし。」

「兄は兄、私は私です。」

 

 

この兄妹はほんと子供っぽくないよな。

どっかのトリの方がよほどガキっぽいよ。

 

 

「魔王様は身を守る剣をお持ちでないので、こちらをどうか。」

「お、ロングソードか。確かに武器はもってないから欲しいが、本当に良いのか?」

「もちろん、そのために買ってきたのですから。」

「うん、じゃあもらうとしよう。ありがとうな。」

「聖剣ミレイアよ、しっかり魔王様を守るのですよ。」

「その名前ちょっと待った。」

 

 

敵をぶったぎったりする物に、女の子の名前とかやめようよ。

ましてや身近な人の名前なんて。

壊れたときとか、なんかすごく嫌じゃん。

 

 

そして翌日の事。

クライスが高そうなティーセットを持ってやってきた。

バザーで買ったそうだ。

家へのプレゼントかとも思ったが、どうやらここで使うマイカップとして持ってきたらしい。

 

ほんとコイツはぶれないな。


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