オレは一人、敵陣へと切り込んだ。
切り込んだなんて格好の良いものではないな、フラリと立ち寄るようにと言った方が正確だ。
勿論それを許す兵士など居るはずはなく、『魔王だ! 敵の大将首だ!』という声が散発的に聞こえた。
すぐさま最前線に緊張が走り、矢が射かけられてくる。
まぁそれも効かないんだがな。
右手に握られているミレイアの短刀。
これは実に優秀な武器だ。
攻撃に優れている事は実証済みだが、防御面でも優秀だった。
何せオレに向けられた攻撃の一切を炎で焼き尽くしてくれるのだ。
こちらの意思に関わらず、自動的に。
なので矢が飛んできても、多数の兵で囲もうとも、全く意味を為さない。
一切合切が無情にも灰になるばかりで、オレの進撃を阻めるものは誰一人居なかった。
第一陣、突破。
第二陣、突破。
敵の歓声が祈るようなものに変わっていく。
『誰か止めろ! アイツを殺せ!』などと言った叫び声が充満していた。
無理な相談だな、この陣地に、いやこの世界にオレを止められるものなんか居やしない。
騒がずに殺されるのを待っていろ。
皇帝の次はお前らの番だからな。
第三陣、突破。
ここにきてようやく相手も工夫をし始めた。
丸太や岩を転がしてぶつけてくる。
煮えた油を投げつけて、火を点ける。
魔法兵をかき集めて攻勢に出る。
悪くない戦法だとは思う。
オレが相手でなければな。
あらゆるものを黒炎で防ぎ、そしてなぎ払っていった。
その余波を受けて、幕舎や防御柵も燃え始める。
第一陣や第二陣などは今頃火の海に包まれていているだろう。
第四陣。
グランニア軍の決死の覚悟が伺える布陣だ。
オレの進入路以外の場所は捨てており、全力でこちらを阻む気のようだ。
前衛を固めている兵士の悲壮な顔が、遠くからでもよく見えた。
なんと無意味な事を。
これまでの事から学ぶ気はないのか?
お望みであれば、お前らから消してやろう。
短刀を前方に向けて掲げ、魔力を存分に込めて打ち出した。
その魔力は炎を宿した球状となり、陣中で弾けた。
まるで戦勝の前祝いかのような業火の火柱が立ち上がる。
あらゆるものを無に還す断罪の炎。
苦しまずに絶命をもたらす慈悲の光。
オレはその輝きにしばらく見惚れた。
そして、第四陣……突破。
抵抗する気が無いのか、士気が崩壊しているのか。
オレを遠巻きに囲むばかりで、誰も仕掛けてこない。
無人の野を進むように奥の幕舎へと辿り着いた。
ここが皇帝の居る本陣だ。
無造作に中に入ると、忘れようもない男がそこに居た。
高価な装飾品で着飾ったその出で立ちは、吐き気を催す程醜悪だった。
まるで『自分の元には矢が届かない』とでも思っているかのよう。
戦場にあっても死とは無縁であると豪語するような姿だ。
こんな無様な男のために、一体どれだけの命が散っていったのか。
短刀を握る指に力が入った。
「よう、皇帝陛下。久しぶりだな」
「その凶々しさ、貴様が魔王か!?」
「今はそう呼ばれているな。元々はただの村人だったんだが」
「村人だと? 戯言を申すな、そんな力を持った人間が居るものか!」
顔面を蒼白にしながら喚く、人間界の支配者。
まぁ血筋だけで成り上がった男だからな。
自分の腕で勝ち取った権力者ならばもう少し骨もあったろうに。
つまらない殺戮劇になりそうだ。
「居るんだよ、目覚めさせられたと言った方がいいか。お前の手でな」
「何を申すか、かような事に関わってなどおらぬわ!」
「お前の趣味で『勇者』として送り出された人間の成れの果てだよ」
「……まさか、18番か? 一人だけ行方知れずになっておったあの18番なのか?」
知るかよ、通し番号なんざ。
つうかコイツ最低でも18回は繰り返してたのか。
飽きもせずあんな事を。
やはりコイツには慈悲はいらんな、確実に殺そう。
「さぁ『勇者』が『魔王』になって帰ってきたぞ。どんな気分だ?」
「こんな馬鹿げた事が起こるはずはない! 許されるはずがない!」
「誰の許しもいらん。最後に、アルノーに言い残す事は?」
「アルノーだと? あんな出来損ないに何も言う事は……」
最後まで言わせなかった。
なんとなくだが、アイツの事を哀れに感じて。
幕舎の中はかつて皇帝と呼ばれた男の灰と、恐怖のせいか呆けてしまった重臣だけとなった。
さて、次はお前らお偉方だな。
短刀を握り直すと、外から鈴の音が聞こえてきた。
チリィーン
チリリィーン
この音を聞くのはこれで二度目だ。
あの男がやってきたらしい。
丁度いい、どちらが強いかケリをつけてやる。
外に出ると、第四陣の入り口付近にその男は居た。
ディストルだ。
オレは斜面を駆け下りて、目の前に跳躍した。
そんなオレに驚いた風でもなく、沈んだ面持ちで口を開く。
「魔王アルフレッドよ、その憎悪はお前にとって不要の物だ。この場で消し去ってやろう」