煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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21.強いということ

 右腕を見詰めていた。黒金に手を取られていた黒鉄の右腕。エルフナインによって作り出された新たな手である。その手を引き、黒金はノイズの下へと自分と小日向を誘った。罠だとは思わなかった。これまでの黒金とのぶつかり合いからとは想像し辛いほどの信を向けられていたから。何故と思いはした。だが、その感覚は確信へと変わった。まるで見て欲しいと言わんばかりの剣。まだまだ未熟としか言えない程の剣ではあったが、たしかに上泉の剣であると言えたからだ。

 自動人形である黒金が、意志の宿した剣を振るったのである。何かが変わったと明確に感じた。その何かの説明はできないが、黒金の中で何かが変わったという事なのだろうか。刃を交わした訳では無い。だが、見ているだけでも感じる事が出来るほどの、意志を示していた。

 戦いにおいて意志は大きな比重を持つ。シンフォギア装者の歌が心象に反映されるように、戦う者の心もまた大きく戦いに影響を与える。力を振るう事に迷う者と、目的を定めその為に力を振るう者とでは大きな差があるからだ。黒金に初めて出会った時には意志など殆ど感じなかった。フロンティア事変の際暗躍していた時ですらも、命令に従っていただけに思える。ならば、現状起こっている事件が黒金を変えたという事なのだろうか。確証はない。だが、手を取り笑みを浮かべた黒金の姿に、恐らくそうなのだろうと思えてしまう。黒金の自動人形は血刃を用いる事が出来、自身もまた血刃を受けた事もあり感じる物があった。

 

「ぶつかり合う事で変わるものがあり、変わらぬものもある。俺が斬られたように、俺もまた何かを切ってしまったのか」

 

 血刃は目に見えぬものを斬る事が出来る力だ。その力は、異端技術を切り落とす事が本領では無い。異端技術を打消す事が出来る事は一端である。力に飲み込まれた響の中の恐れを斬り落とした時の様に、暁と月読の絶唱を斬り裂いた時、天羽奏が未知を示してくれたように、マリアに呼びかける妹を認識させたときの様に、力だけではなく感情や現象すらにも干渉する事が出来るのが血刃であり、童子切であった。その力を語る時、常識という枠をまず最初に壊す必要がある。思えば、自身が血刃に至ったのもまた、黒金の血刃に斬られたからだ。様々な切欠はあった。だが、明確な分岐点はそれであったのだろうと思う。果たして自分は、身体を斬られただけなのだろうか。

 

「強くなったな。あの子らが強くなったと思うのと同じぐらい。或いはそれ以上の速さで、あの子もまた強くなっている」

 

 自動人形と人間。基本的な性能の差はあるが、それを差し引いても黒金と装者達の伸び方は目を見張るものがある。後を行く者達は強くなった。それと同じぐらい、刃を交わした者もまた強くなったという事だった。

 特に意識をせずに零した言葉に苦笑が零れる。響やクリス、翼を始め、マリアや暁、月読の皆は成長していると感じる。それと同じように強くなった黒金にも、後進に感じる感慨に近い物を抱いていたからだ。何度も刃を重ね、その度に打ち払って来ていた。黒金との因縁と拘り、ある意味で繋がりは装者達よりも深いのかもしれない。『英雄の軌跡』。エルフナインが言うには、キャロルは黒金の事をそんな風に呼ぶ事もあるという。そのキャロルに、黒金はお前の歩んだ軌跡だと言われていた。『英雄』。それは、ただ強い者をいうのではない。キャロルには英雄と呼ばれたが、その言葉に自分は届きはしない。上泉之景が強くなったのは、『英雄』に成りたかった訳では無い。それどころか、誰かの為ですらないからだ。

 

  ――我らが刃生かす為に在る。

 

 父が遺した言葉。それを長い時の中でずっと見定めていた。だからこそ自分は強くなりたいと願い、だからこそ誰かを守れるほどの強さに手が届いた。そんな強さは、英雄と呼ばれるものでは無い。

 意志とは言い換えれば己である。自らの歩んだ道の中で考え、育んできたものだ。だからこそ、人形である黒金の刃に明確な意思が宿っていた事に少なくない衝撃を受けたのか。刃の中で黒金の意志を感じ取れた。それは即ち、黒金もまた己の歩む道の中で考え育んでいるという事だろう。

 

「時が欲しいな――」

 

 自動人形は人形である。強化はされても変化はない。そう思っていた。だが、それが違ったという事なのか。ならば、黒金の中の想いとは何か。意志が感じられるという事は、考えがあり望みもあるという事だ。それを見定める時間は、恐らくありはしないだろう。思わず言葉が零れる。

 悩ましいところであった。ここに来て、黒金の変化である。それだけならばまだしも、不可解なほどに無垢な信頼を向けられていた。子供が親に向ける類の感情。そんな物を感じ取れた気がするのである。

 黒鉄を倒す気でいた。それが、今少しだけ揺れてしまっている。

 

 

 

 

 

「一先ず、マリアさんの方は大丈夫です」

 

 その黒金との遭遇も終わり、自動人形に敗れ傷付き倒れたというマリアを医務室に運び退出したところで考えを整理していた。運ぶまでは良いが流石に処置の時に部屋にいる訳にはいかない為、一人席を外していた。少女らは、処置の終わったマリアに付き添っているという所だろうか。一人部屋を出て来たエルフナインが、今できる事は終わりましたと教えに来てくれた。

 

「そうか。怪我の具合は?」

「多少の傷はありますが、大きな外傷は見当たりませんでした。意識を失ったのは、ガリィの攻撃というよりも、イグナイトモジュールの起動の失敗が大きいと思います」

「暴走、か」

「はい」

 

 自動人形との攻撃では無く、決戦兵装の展開の失敗が大きな要因であったとエルフナインは言葉を続ける。イグナイトモジュールの起動。それは核となる魔剣の聖遺物の欠片を用い心の闇を増幅、シンフォギアの暴走を意図的に引き起こし、その力を異端技術と理性で以て制しより強大な力を手繰り寄せるものであると聞いていた。

 

「なぁ、エルフナイン。俺が今更聞く事では無いし、意味もない。だが聞いておきたい事がある」

「え? はい。何か気になる事がありましたら、ボクに応えられる事があればお答えします」

「魔剣の力で本来の強さを越えるイグナイトモジュール。本当に、必要なものなのか?」

 

 魔剣妖刀、古来よりそのような名で呼ばれる武具は存在する。童子切もまた、妖刀に類される異名で呼ばれる事もある。天下五剣。その呼び名が最も有名だが、血吸いとも呼ばれるのである。自分に言わせれば、童子切に最も相応しい呼び名はそれだろう。文字通り、血を吸わせ斬り進んでいる。妖刀と言われれば、否定できる要素は無い。だからこそ、そのような武具を持つ自分であるからこそ、聞いておきたかった。自身の持つソレは痛みを伴う力だ。あの子らもまた、そんな物を用いねばならないのか。

 

 

「必要……だと思います。何の強化も用いていないシンフォギア。それだけで相手にするにはキャロルの力は余りに強大です」

「そうか。君がそう言うのならば、そうなのだろうな」

 

 こちらの問いに、エルフナインは暫く考え込むと、意見を纏めたのかゆっくりと語り出す。キャロルの力は強大である。直接刃を交えた事は殆ど無いが、何度となく行った自動人形とのぶつかり合いが否が応にでもその強さを実感させる。更には自動人形には英雄の剣も有る。まともにぶつかり合っては敗北も必至であると言える。

 

「だがな、俺が聞きたいのはそうではないよ。力に対し、更に力を求める必要があるのかと聞いている」

「え……?」

 

 だが、聞きたい事はそう言う事では無かった。キャロルを止める為に更なる力を望む。その考えが間違っているという気はない。だが、あの子らにとってそれが正しいと言えるのか。そう考えていた。

 

「響は、始まりの巫女であるフィーネに対し、最後の戦いで人は繋がれると語ったそうだよ。何処かの場所、何時かの時代、甦る度に伝えて欲しいと。世界を一つにする為には力なんて必要ないと。人が繋がり合う事に力なんて必要ないと。そう語ったと聞いているよ」

 

 それは嘗て、ルナアタックの折に響がフィーネに語ったという言葉。自身は始まりの巫女に敗れ、死ぬはずだった時に伝えられた言葉という。あの事件の全てが終わった後教えられ、フィーネにもまた教えて貰った事でもある。響の口から直接聞いた訳では無い。だが、そう在れるのであれば、それが最も良い。

 

「それが、誰かを止める為とは言え、更なる力を欲してる。俺には、それが良い傾向だとは思えない」

「それは――」

「力が無ければ、想いを守る事が出来はしない。だからこそ、魔剣などに頼るべきでは無いのではないのか? 強さは何かに頼るのではなく、己を磨き上げた果てに至れるものでなければならないのではないか? そんな事を思っているよ」

 

 マリアがイグナイトモジュールの起動に失敗したからそんな事を思うのか。人は力なんて必要ないと言い切った者が今、魔剣の力で戦力を増そうとしているからか。或いは、自分の力が届かず後進を犠牲にするしかなかったかつての負い目が言わせているのか。内心で苦いものが広がる。

 

「キャロルは世界を壊そうとしています。それは何時かでは無く、差し迫ってきているんです。世界の破壊は明日かも知れません。確かにイグナイトの力は真っ当なものではありません。だけどボクにはこれ以外の方法が見つけられませんでした。だからこそ、ボクは――」

「いや、すまない。解ってはいたんだよ。決めたのはあの子らであり、俺が口を出す事では無い。君が何の葛藤も無く、痛みを伴う術を選んだ訳でも無いと」

 

 こちらの言葉に辛そうに答えるエルフナインの言葉を遮る。今更異を挟むつもりはなかった。エルフナインとて、出来る事ならばこのような手段を用いたくは無かったのだろう。今にも泣きそうになっている表情を見ると、それがはっきりと解ってしまう。ただ、それ以外の道が見つけられなかっただけなのだ。それを責めると言うのは余りにも酷な事だ。

 

「ただな、魔剣と言う可能性を提示した君だから覚えていて欲しいんだ。あの子らは、本来力などに頼る性質では無いと。人は力など無くても繋がれると言えた、その想いにこそ真価があると、覚えていて欲しい」

 

 今力を欲するのは、想いを繋げる前に潰されかねないからだろう。だからこそ、錬金術に押し潰されない強さを望む。そう言う事なのだろう。だからこそ、本来は安易に力を求める者達では無いと心に留めておいて欲しい。人は歩む道の中で考え、変わっていくものだ。だが、変わらなくて良いものもある。人は、優しさを忘れるべきでは無い。

 

「俺には力が不要などと言えはしないよ。だが、そう言える者も居る。ならば、その想いは無くすべきでは無い。だから、戦場に立つものでは無く、戦う者を支える君にこそ覚えていて欲しいと思うよ。戦う力だけが強さでは無いと。あの子らがまた立ち止まる時があるのなら、見送る側になる君にこそ覚えていて欲しい。考え続けて欲しい。そう思っている」

「ボクにこそ、ですか?」

「ああ。俺の問いに真摯に悩み、考えてくれた君だから覚えていて欲しい。強さとは力だけでは無いと、人は優しさを無くすべきでは無いと、な」

「――はい」

 

 自分の様な者の言葉に考え込み、心苦しさに痛みを覚えられる優しさを持つからこそ覚えていて欲しかった。自分もまた武門である。戦場に立つという事は、何があるか解らないからだ。

 

「……それだけしか道を見つけられなかった者を責めるのは酷、か。穴があれば入りたいとはこの事だな」

 

 そして、エルフナインとの会話が一区切りが付き彼女と別れた時に気が付いた。それ以外に道を見つけられなかった。それは、あの子もそうであったのでは無いのか。それに対し、自分は如何切り返したか。

 

「弱いのは俺もまた同じ、か」

 

 かつての問答を思い出す。自分にはそれ以外の道を見つける事が出来なかった。キャロルは確かにそう言っていた。それに対して自分が返した言葉は、他に方法がある筈だという無責任なものだっただろう。その意見自体には間違いがあるとは思わない。ただ、もう少し別の言い方があったのではないかと思ってしまう。今だから解る。アレは、俺が意図的にキャロルを言葉で斬り裂いた。気に入らなかったから。どうしようもなく、気に入らなかった。オレと同じ想いを持つ。その一言が、どうしようもなく気に入らなかったのだ。

 

「俺と同じなものか――」

 

 父の死を思い出し、涙を零すキャロルの姿にそんな事を思う。似ているところは確かにある。だけど、どうしようもならない違いがあった。それに気付いていなかった事に、あの時は苛立ってしまったのだろう。だから、あんな言葉を返してしまったのか。

 心が揺れていた。このような状態で、あの子らの前に出る訳にはいかない。ざわついた心を落ち着かす為、海辺を歩く事にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは――」

「マリアか」

 

 海を見ていた。気持ちを落ち着かせる為、波の音に耳を澄ませているとそんな言葉が届いた。マリア・カデンツァヴナ・イヴ。自動人形との戦いに敗れ、傷付いた装者だった。心持は既に落ち着いている。海を見詰めたまま応じる。

 

「怪我の調子は良いのか?」

「ええ。傷自体は大したものじゃないわ」

「そうか」

 

 隣に並ぶように立ったマリアに尋ねる。もう大丈夫だと返って来る。

 

「そうかって、全くあなたって人は。嘘でも良いから、もう少し女の子の事は心配したらどうかしら?」

「それだけ軽口が叩けるなら、先ずは安心だな」

「こ、この男は」

 

 何時も通りの反応に、怪我した時ぐらいは心配したらどうだと言われ、苦笑が浮かぶ。自分は武門であり、医師では無い。できる事が無い以上、出来る者に任せるしかない。元より、心配するほどのものでも無いのは解っていた。そんな事を告げると、半分冗談の様に言っていたマリアも幾らか不満そうにする。

 

「まぁ、後を引くようなものも無くて何より」

「そうね。一応お礼は言っておこうかしら。あなたが運んでくれたようだしね」

「なに、礼には及ばんよ。米俵を抱えるように担ぎ、医務室に放り投げただけだよ」

 

 マリアを運んだのは確かに自分だが、まぁ、順当な役回りだろう。幾ら翼や響が鍛えているとは言え、腕力は女子の範疇である。同時強襲してきたミカに痛手を負わされた事もあり、全てが終わった後に自分が運んだ訳であった。実際の所、抱きかかえて運んだわけだが、水着であった事もある為、冗談を交えておく。その際に響とクリスが無言で監視しており、やましい事は無いが非常にやり辛かった。

 

「んなッ!? い、幾らなんでも、女の子はもう少し丁寧に扱いなさい」

「ああ、肝に銘じておくよ」

「思うんだけど、あなたはもう少し私に優しくても良いんじゃないかしら?」

 

 反応を目に、喉を鳴らす。凛としている様で、意外と抜けていてころころと表情豊が変わるマリアの事は嫌いでは無い。少し沈んでいた分、気分転換に話すのは悪い選択では無いと思う。不満そうに口を尖らせるマリアには悪いが、切り替えには最適だった。

 

「負けたわ。私は、何に負けたのかな……」

 

 そのまま幾らか雑談を交わしていると、マリアが本題に入る。話したい事がある、と言うよりは聞いて欲しい事があったのだろう辺りを付ける。どこか、フロンティア事変の折の響や翼、クリスの様子に近い物があったからだ。

 

「イグナイト、か?」

「ええ。私は強くなりたかった。かつての過ち。フロンティア事変。何の覚悟も出来ず、選択すべき時に何も決められず、涙を流す事しかできなかった。弱い自分が嫌だった。そんな弱い自分を殺す為、変わる為に力を取ったつもりだったのだけど……。私は魔剣の奏でる呪いに打ち克つ事が出来なかった。」

 

 ぽつりぽつりと語り始めた言葉に耳を傾ける。強くなりたかった。どうすれば強くなれるのか。何度かマリアに似たような事を聞かれていた事もあり、その言葉には聞き覚えがあった。思う所はあるが、先ずはマリアの言葉を全て聞く事にする。

 

「翼とクリス。二人ではイグナイトの起動に失敗した。だけど、そこに響が加わり三人でなら、魔剣の呪いに打ち克つ事に成功したわ。私が勝てなかった呪いに。あの子達は、強いわね」

「一人一人では小さな力だが、あの子らはそれを繋ぎ合わせる事が出来る。そう言う事なのだろうな」

「ええ。育んだ絆があり強さがあった。だから、立ち上がれたのかもしれないわね。私とは違うわ」

 

 イグナイトを起動させる事に成功した三人娘に、一瞬だけマリアは思いを馳せる。自分にも暁と月読と言う絆があった。だけど、自分自身に立ち上がる力が無かったなどと考えているのだろう。表情を見ると、確信は無いが想像は出来る。

 

「あの子らは確かに強いな。だが、それは君とは異なる強さだよ。比べる事にあまり意味はない」

「そうね。だけど、事実としてあの子達はイグナイトを手繰り寄せ、私は膝を屈した。嫌でも、思い知らされるのよ」

 

 比べる事に意味は無いと伝えると、理性では解っていても気にしてしまうのだと零したマリアには悪いが笑う。悩む事は事態は悪い事では無い。迷い止まる事が停滞であり、迷いもがく事は停滞ではない。そして、仮に止まったとしても、それが絶対に悪という訳でも無い。商いならば利が全てだが、研鑽は結果以外にも、或いは過程こそが重要となる。悩み、思いをぶつける事が出来る。それは、恥ずべき事では無い。

 

「私はあの子達には及ばない。手を繋げる人はいても、自分一人で立つ力はない」

「だから、俺の下に来たと?」

 

 自分は一人で立つほどの強さを持ってはいない。そう悩むマリアに何を馬鹿な事をと言いかけ呑み込む。打ち砕かれ、倒れ伏したのだ。自信が無くなっている。そう言う事なのだ。それは、託されたものを見失った事に似ているのかもしれない。ならば、自分で届かねば意味はない。俺が言葉を尽くしたとしても、最後の所で響きはしない。

 

「ええ。あの子達は強いわ。だけど、一人で立つ力という意味では私が知るなかではあなたが最も強い」

「俺はそれほど強くはないよ。だが、今は弱くはない、とだけ言っておこうか」

 

 ただ一人で立っている強さでは、あなたはあの子達にも勝ると言ったマリアの言葉にただ頷く。

 

「一度聞いた事はあるけど、もう一度聞かせて欲しい。どうして貴方はそれほど強いの? 何故貴方は、たった一人でも立っていられるの?」

 

 それは以前にも聞いた事がある言葉だった。俺は強くなどない。以前はそう答えたが、その考えは今も変わる事は無い。イグナイトが発動できなかったとしても、マリア・カデンツァヴナ・イヴが弱いなどと思う事は無い。

 

「何を言うかと思えば、以前にも答えた筈だよ。君は弱くなどない」

 

 だから、以前と同じように君は弱くなどないと伝える。

 

「あなたにとってはそうなのかもしれない。だけど、事実として私はイグナイトを発動できなかった。呪いに打ち克つ事が出来なかった。弱い自分を、殺す事が出来なかった……ッ」

 

 あなたがそう言うのならばそうなのかもしれない。だけど、自分にはできなかった。そんな悲痛な言葉を零す。それは言葉通り、弱い自分が許せないという事なのだろう。妹に生かされ、母に生かされた女性である。二人の為、そして共に生きる仲間たちの為にも弱いままでいたくないと言うのが、マリアの本音なのかもしれない。

 そう思えることそのものが『強い』という事になるのだが、今はそれを理解できないのだろう。ならば、っと言葉を選ぶ。

 

「なぁ、マリア。俺は強いか?」

「え……?」

 

 短く問う。それに、一瞬マリアは質問の意図が解らないと言ったような表情を浮かべる。

 

「俺は強いかと聞いている?」

「え、ええ。あなたは強いわ。私の知る中で、最も強い」

 

 以前、マリアには悲しい強さだと言われていた。だとしても、俺などが最も強いと言うのか。そんな事を一瞬思うが、今は捨て置く。

 

「ならば、響は? 翼は? クリスは?」

「……あの子達も強いわ。私なんかに手を差し伸べてくれた。そして、世界中を一つに繋げてくれた」

「そうだな。フロンティアの力を経由したとは言え、あの時確かに人々は繋がった。ほんの束の間だが、確かに繋がれた」

 

 響の言葉を思い出す。確かに、人は繋がれた。ほんの僅かな時間ではあったが、繋がる事が出来たのだ。だからこそ、70億の絶唱は放たれ、だからこそ世界は守られた。

 

「では暁は? 月読は?」

「二人もまた、確かな強さを持っている。何も選ばなかった私とは違い、己の意志で過ちを認め手を取り合い、守る事を選択した。皆強いわ。私だけが選べなかった……」

 

 来てくれた二人の妹の姿を思い出し、悲しげに笑う。存外脆い。或いは、これがマリアと言う少女のありのままの姿なのかもしれない。

 

「では最後に問う。君を守った妹はどうだった? 君達に生きて欲しいと告げた、君たちの母はどうだった?」

「……ッ。そ、れは……」

「誰かの為に、命を捧げた。誰かを思う優しさがあり、或いは、避けられない死への諦めもあったかもしれない。それでも、強かった。そして、それだけの強さを持って欲しくはなかった。違うか?」

「なにも、違わないわ……」

 

 そして、最後の問い。マリアが失った者達について聞く。心の傷をなぞる事になるが、仕方がなかった。思い出すと訪れる悲しみに、マリアの瞳に涙が浮かぶ。泣き出す事は無いが、上手く声に出せない事は解った。だから、マリアが思うであろう言葉を繋ぐ。残される者の痛みならば、少しぐらいは自分にも解る。マリアは同意するように頷いた。

 

「なぁ、マリア。君は俺が強いと言ったな。だが、本当にそうか? 今挙げた強さの中で、俺が最も強いと、本当に思うのか?」

「そ、れは……」

「別に、俺の事は気にしなくても良いのだが、まぁ聞き方を変えようか」

 

 全ての例を出し終え、最後にマリア自身に尋ねた。押し黙る。それだけでも答えなど解るが、ならばと、少しでも応えやすい様に聞き方を変える。

 

「君の言う強さとは何だ? 君は誰のような強さを持ちたいんだ?」

「私は――」

 

 そして、其処まで口にすると押し黙った。目を閉じ、考え続けている。その姿に、少なくとも、マリアの目指す強さと、俺が手にしている強さは違うものだと結論付ける。弱いつもりはない。だが、俺の思う強さとマリアの思う強さが同じという事は無い。人の数だけ想いがあるのと同じで、人の数だけ強さもまた存在する。己は、己だけの強さを見つけるしかない。マリアの言う『強くなる』というのは、自分で辿り着くしかない。悩み、もがき、その上で立つしかないのだ。

 

「無理に今答えを出さなくても良い」

「――え?」

 

 そして無理に答えを出そうとするマリアを制する。答えなど、急ぐものでは無い。悩みもがいた数だけ、それは糧となり得る。ならば、もがくのもまた、一つの道だ。

 

「悩む事が出来る。それは悪い事では無い。迷う事が出来る。それは、悪い事では無いんだ。人は誰しも、そうやって強くなる。立ち止まったとしても、全てを投げ出しさえしなければそれは終わりでは無い」

「けど、私は強くならなければ」

「強くなった。少なくとも、仲間の強さを認めた。それは君が一つ経験したという事だろう。ほんの少しだが、変わったよ」

 

 自分は強くならなければいけないのだというマリアに急くなと続ける。

 

「悩め、悩め。悩み苦しんだものは、無駄では無い。己を支える血肉となる。自分の想いが何処に向いているのか、それを見定める事もまた、戦いだ」

 

 最後にそんな言葉をマリアに投げかけ、その場から離れる。揺さぶりは掛けた、後は、自分で積み上げるしか無いだろう。

 

「待って。あなたもそうやって強くなったの?」

 

 離れようとした時、マリアが問いかけていた。少しだけ幼い頃に思いを馳せる。自分には明確に強くなりたい理由があり、届きたい姿があった。だから、それほど多くを悩んだ事は無い。だからと言う訳では無いが、他人に少しぐらい助言してみるのも良いかと思う。

 

「悩みもがいたのは、随分と昔の事だよ。今は、それ程悩む事は無い。ただな、人は自分にしかなれはしない。己のまま、強くなるしかない」

 

 人は自分以外に成れはしない。だから、弱い自分を殺す事はやめておけ。強くなれる自分を、強くなりたいと願う自分を殺す事はやめておけ、と言外に伝えた心算だった。

 

 

 

 

 

 

「私の思う強さ――」

 

 ユキとの話を終えたマリアは海辺を歩きながら物思いに耽っていた。強くなりたいと思い続けていた。弱い自分に打ち克つ強さに焦がれていた。だからこそ、仲間たちが魔剣の呪いに打ち克つ事が出来た事が凄いと思い、正直羨ましくも思った。だからこそ、自分の知る最も強いものに助言を求めもした。

 

「強いとは、一体どういう事を言う?」

 

 確かに『武』という観点から見れば助言を求めた男は至上であり、遥か遠くに背中が見えるほどだ。だが、その強さはマリア自身が悲しい強さと否定していた。事実、お前はどのように成りたいんだと問われた時、貴方のようになりたいとは思考の片隅に過る事すらなかった。戦う為に磨き上げ血を流す姿を凄いと思う反面、強すぎるほどの在り方に幾らかの寂しさを感じてしまう。

 それに対して、自分に手を差し伸べてくれた少女たちの強さはどうだろう。確かに戦う事に関しては、上泉之景には遥かに及ばない。比ぶべくもない。だが、あの子達の示した強さは一人だけでの強さでは無かった。自分の様な者にも手を差し伸べてくれた。手を繋いでくれた。力では及ばずとも、確かな温かさを感じる。一人だけの強さでは無く、皆で力を合わせたいという、優しさを感じ取れる事が出来る。見習うべき強さがあるとすれば、やはりあの子達の方では無いかと思いを馳せる。

 

「セレナやマムは私達を守ってくれた。助けてくれた。だけど、それでも、生きて欲しかった……」

 

 妹や母が示した強さ。それは、誰よりも強いものだった。どうしようもなかった。手立てが手繰り寄せられなかった。他の方法が見つけられなかった。だからこそ、最後の強さを選択した。そう言う事なのだと思う。その事について、守られるしかなかった自分に何かを言う資格など無い。だとしても思わずにはいられない。生きて、共に生きて欲しかったのだと。恐らく自分も似たような状況に陥れば同じ選択を取るかもしれない。理性ではそう考えるが、残された自分の気持ちを顧みても、選んで欲しくない強さだと思わずにはいられない。

 

「あ、マリアさん」

「エルフナイン?」

 

 暫く海を見詰めながら歩いていると。気付けば宿泊している施設の傍にまで戻って来ていた。そこで、ビーチボールを手にしていたエルフナインと出くわした。

 

「ビーチボール」

「あ、はい。少し考え事をしていたのですが行き詰ってしまいまして。少し、身体を動かしてみようかと」

「そう……。色々な事を知っているエルフナインでも悩む事があるのね」

「ボクの知識の大本はキャロルの収集した知識が大半です。確かに知識量はあるかもしれませんが、手にするものをうまく使いこなす経験が足りない様に思えます。」

 

 言葉を交わすうちにエルフナインにはエルフナインなりの悩みがあるのだという当たり前の事に気付く。確かにエルフナインの知識は自分たちと比べるべくもない。だとしても、それだけであり、悩み苦しむ事は当然のように在るのだ。素直に悩んでますと伝えて来るエルフナイン姿に、この子もまた懸命にもがいているのだと親近感を持つ。

 

「この球技だってそうです。どう打てば良いか知識だけは持っているのですが……ッ」

 

 そう言いながらエルフナインはビーチボールを軽く投げ、サーブを打つ。今回の特訓兼慰安の為に来たビーチで、初めに行ったビーチバレー。レクリエーション的な意味合いで行われたそれに、エルフナインも参加していた。知識としては知っていた。何故錬金術師のキャロルがバレーボールの知識までエルフナインに入れたのは定かでは無いが、持っていた知識を用い難度の高いサーブに挑戦し、失敗した。そして今また、飛び上がりサーブを行ってみる。何とかボールに手は当たるが、お世辞にもうまい具合に飛んだとは言えず、明後日の方向に軌道は向く。予想とは違う方向に飛ぶボールを慌てて追いかけ手に取ると、マリアの元まで戻ってきて恥ずかしそうに小さく笑う。

 

「実際にやってみるのとでは全然違います。御覧の通りなので、最初にマリアさんに教えて戴いた通り、ボクにもできる簡単な打ち方からマスターして行こうかなって思ってます。お恥ずかしいのですが、ボクは自分がこんなに動けないものなんだと最近初めて知りました」

 

 引きこもっているだけでは駄目ですねと、続ける。

 

「そんな事は……」

「イグナイトは正しいのかと考えもします。いきなり手の届かなかった力に手を伸ばした。ボクが提示した可能性は、そんな無理を強要するものだったのかと、悩んでいました」

「イグナイトは君が私たちの事を思って作り上げてくれたものだ。それが、間違っているなんて事はない」

「ありがとうございます。確かにボクは皆さんの役に立ちたいと思い、キャロルを止めて欲しいと思ってシンフォギアの改修、強化を施したのですが……、思いとは違う所で、道を違える事もあるのかもしれないって思ってしまって」

 

 悪意はない。ならば、それは必ず正しいのか。そんな事を考え出すと、考えがうまく纏まらない。だからこそ、考える事を止めちゃいけないんですと、エルフナインは締めくくる。

 そんなエルフナインの様子に、この子もまた強い子だと、自分とは違う強さを持ち得ているとマリアは思う。

 

「あなたも強いわね」

「そんな、ボクなんて……。皆さんに比べれば」

「ふふ。強さを比べる事に意味はない。らしいわよ。私も受け売りだけどね」

 

 素直に強いと伝えると、エルフナインは皆さんの方が強いですと慌てて否定された。その姿に思わず小さく噴き出してしまう。たしかに、強さなど比べても仕方がないのかもしれない。自分の思う強さと、他人の思う強さは同じとは限らないのだから。

 

「だけどあなたもやっぱり強いわ。たった一人でキャロルから逃げてきて、私達に助けを求めて来た。そして、今また悩みもがきながらも考え続けている。そんなあなたにだから聞いてみたくなったわ。強いとは、どういうことなのかしら?」

「解りません。万人が認める強さなんて、或いはないのかもしれません」

 

 エルフナインの出した答えにただ頷く。簡単に見つかるものでは無い。そう言う事なのだと、マリアは自分に言い聞かせる。

 

「ですけど、僕が強いと思うものは、マリアさんが教えてくれましたよ」

「……え?」

 

 だから、その後に続けられた言葉に、一瞬思考が固まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、外れ装者」

 

 不意に届いた声。エルフナインとの会話に集中していたマリアは、慌てて声の方向に意識を移す。

 いろいろな話をしていた。気付けば日も暮れ始めた海辺に、ガリィが水を操りその姿を現す。

 

「なッ。ガリィ!?」

「コンプレックスの払拭は済んだかしら? そろそろ歌って欲しいのだけどね」

 

 唐突に現れた青の姿に、咄嗟にマリアはエルフナインを自分の背に庇う。

 

「Seilien coffin――」

 

 意地の悪い笑みと共に、ガリィがアルカノイズを展開する。同時に、マリアが聖詠を詠う。銀色の輝きが少女の身体を包み、聖剣の姿を現す。マリアが妹から受け継いだギア。再び纏い、青と対峙する。

 

「はぁッ!」

 

 エルフナインとマリアに向け飛び掛かるアルカノイズに向け、銀色の剣が軌跡を描く。迫る敵を斬り裂き、刃を展開し、続けて飛び掛かろうとする者達に向け機先を制す。瞬く間に現れたノイズを斬り捨てると、ガリィに向かい駆ける。通信機から仲間たちが危険を察知した声が届く。自分は一人では無い。大丈夫だ。そう言い聞かせ、一度敗れた青に挑む。

 

「今度こそッ!」

「さて、試させて貰おうかしら」

 

 一度負けた恐れを振り払うように気勢を上げながらの踏み込み。渾身の一撃をガリイは腕に氷を展開し刃を滑らせる事で往なす。すれ違い際、水を残し前に飛ぶ。

 

「うぁッ!?」

「マリアさんッ!?」

 

 マリアがその水に触れた瞬間、水の体積が一気に膨らみ炸裂した。凄まじい水流に飲み込まれ、マリアは海辺の方まで弾き飛ばされる。そのまま倒れ伏すマリアに向け、ガリィは虚空から水を生成し、水流を叩き落す。咄嗟にアガートラームの盾を展開し受け止めるも、その凄まじい勢いに押し潰され動く事が出来ない。マリアを包む様に水が溜まる。思わずエルフナインが悲鳴を上げる。その姿を笑う様に、マリアを包む水流が凍り付く。

 

「強く、成らねば……。私は、強く……」

 

 何とか自身が氷結するのをアガートラームによって凌ぐが、彼我の実力差が開き過ぎており、まともに戦いを行う事すら許されない。強くなりたい。思わずマリアの口からそんな言葉が零れる。

 

「弱い、自分を、殺さねば……」

「弱いわね、あんたは。どうしようもなく、弱い」

 

 そんなマリアの様子に、やれやれと言った様子でガリィは追撃の手を緩める。その隙に何とかアガートラームの出力を増し、凍てついた水を押しのける事で何とか立ち上がるも、既に満身創痍といった具合に片膝を突く。弱い自分を殺し強くなる。そんな言葉を零すマリアに、ガリィは冷めた目で見つめながら続ける。

 

「ッ!? 私は弱い……。一体どうすれば強く」

「さぁね。あんたはあんたでしかない。それでも今より劇的に強くなりたいのだと言うのなら、何かを捨てるしかないんじゃないかしら?」

 

 思わず零した本音に、青は深く嗤いながら囁く。何の代償も無く、いきなり強くなれる事などありはしない。どうしてもそんな無理押しをしたいと言うのなら、何らかの代償を払うしかない。自分たちの主が記憶を燃やし、錬金術を行使するように、お前も何かを捨てれば良いと吹きこんで行く。そんな言葉に導かれる様に、マリアはイグナイトに手を伸ばす。

 

「マスターの認めた『英雄』は一人でも戦って見せたよ。だからあたしたちは、それを狙い撃ちにした。組織の弱さに付け込み、人の汚さに付け込み、孤立させ騙し討った。強すぎたから、そうせざる得なかった。それでも尚、殺してやることはできなかったよ。あんたはそんな『英雄』に並ぶ事が出来るのかしらね、救世の英雄さん?」

「……ッ。私は『英雄』ではない……。あれほど強く、成れはしない……」

 

 そして何の策も無くイグナイトを起動しようとしたところで、青の言葉がマリアを貫く。お前は弱い。ただ一人の力で立ち上がり、奇跡を押し通し続けた『英雄』の様な強さは持ち得ていない。並ぶ事も出来ていない。そう、事実を突き付ける。苦し紛れの抜剣。そんなものでは今を変えられはしない。他の誰でも無い、強くなれないマリア自身に、そんな結論を抱かせる。

 

「あら? 本当に立つ事が出来ないのかしら? それなら報われないわね。あんた達を守る為に『英雄』はまだ戦場に立ち続けている。その姿を見ている筈のあんた達がその為体じゃ、傷付き毒に侵された身体を癒す事すらできはしない。悲しいわね。その在り方は。その果てに在るものは、死以外にありはしないのに誰も助けてはくれない。追いついては、くれない」

「私は……弱いッ。一体どうすれば……?」

 

 青が重ねる言葉に、心の弱さが穿たれる。どうすれば良い。どうすれば、誰かを守るほどの強さが手に入る。それが、解らなかった。

 

「それは、マリアさんがボクに教えてくれましたッ!!」

「――ッ!? 私、が?」

「大切なのは自分らしく在る事ですッ。今の自分にできない事を否定するのではなく、今の自分にできる事を認め手の届く事を為す事です!!」

 

 そんな時、エルフナインの言葉が届いた。弱い自分は認めたくない。だが、それもまた自分なのである。ならばそれを否定してはいけない。弱い自分は弱いと認め、その上で強くならねばならない。

 

「そうだ……。私は弱い。『英雄』になど、及びもしない。セレナにもマムにも、あの子達とも比ぶべくも無い」

「へぇ――?」

 

 エルフナインの言葉を受け止めたマリアが小さく呟く。その声音の変化に、青は小さくほくそ笑む。漸く見せてくれるのかもしれない。そんな事を思う。

 

「だけど、強くなれない私にエルフナインが教えてくれた。弱くても良い。先ずは今の自分を認めることこそが強さ。ならば私は自分の弱さを肯定する」

「そう。だけど、あんたは『英雄』ではない。少し心持が変わった程度じゃ、何も変わらないわよ?」

 

 瞳に炎を灯した少女を見詰めガリィは更に言葉を重ねる。確かに心持は変わっている。だが、それだけで勝てる程自動人形は甘い相手では無い。

 

「そうだ。私は『英雄』じゃない。だけど、『英雄』と呼ばれた人たちは知っている」

「……」

 

 お前は英雄では無い。そんな言葉をマリアは肯定する。自分も英雄などと呼ばれた。だけど、それは万人が納得する理由作りの為であり、彼女自身が英雄足り得たからでは無い。

 

「その人たちがどんな軌跡を歩んだのか知っている。どんな選択をしたのか、嫌というほど突きつけられたッ!!」

 

 妹は自分たちを守る為に、生かす為に歌っていた。母は、世界を守る為に月の遺跡に殉じた。誰かが英雄になる度に、決して軽くはない傷を負う事になった。

 

「そしてまた私たちの知るものが『英雄』などと呼ばれている。だけど、私は『英雄』を知ってしまった。『英雄』が望まれる道を見てしまった……。」

 

 そして今、敵に、そして味方にすらも英雄である事を望まれるものが居る。敵に死を望まれ、味方にすらもその命を使い尽くせと告げられる。その意味を正しく理解して尚、あのように笑って見せたその姿が悲しくて仕方がない。

 

「守った者達にあんな言葉を投げかけられるのが『英雄』の行きつく果てだと言うのなら。『英雄』なんていらないんだッ。誰かの為にと手を伸ばし、その対価にあれだけの悲しみを背負う事が『英雄』と呼ばれる者たちなのだとすれば、『英雄』なんて欲しくはない。誰かが痛みを引き受けるだけなのならば、『英雄』と言う高みに誰かが立つ事を望んではならない!!」

 

 命を賭して守った者達にすらあんな言葉を投げかけられると言うのなら、人は『英雄』になど成ってはいけない。誰かを『英雄』になどに祀り上げてはいけないのである。そうでなければ、あまりにも報われない。誰かの為にと手を伸ばし、最後には死を望まれる。そんな結末は、あってはいけない。

 

「だから見ていて欲しいエルフナイン。君の想いに、そして『英雄』と呼ばれる者を無くす為に紡ぐ歌だ」

 

 だから、マリアはイグナイトモジュールを手にする。『英雄』は何時だって悲しみを背負っていた。そしてまた、『英雄』と呼ばれる者が命を燃やそうとしている。それをただ見ているだけで良いのか。良いわけがなかった。

 

「イグナイトモジュール、抜剣ッ!!」

 

  ――ダインスレイフ

 

「うぁぁッ!?」

 

 魔剣がマリアの胸に突き刺さる。あまりの痛みに、両の膝が再び地に落ちる。黒がマリアを侵食していき、その全身を包んでいく。

 

「そうだ、自分らしく在る事が強さだと言うのなら。誰かを『英雄』などと呼ばせる事はあってはならない!! だから私は私のまま、この呪いに叛逆して見せるッ!!」

 

 そして、膝を屈した時、地に拳を叩きつけ己を叱咤する。もう、誰かを失う想いなどしたくはなかった。あれ程の痛みに比べれば、魔剣の呪いなど何する物でも無い。そして

 

「マリアさんッ!」

 

 銀色の左腕に聖剣を携え、マリアは再び立ち上がる。自分の知る者たちは皆、英雄と呼ばれていた。そして、その果てにある悲しみを突き付けられていた。それしか道は無かった。だけど、そんな道に到達して欲しくはなかった。犠牲になって欲しくはなかった。そう思うも、自分にはなにもできなくて。だから、強くなりたいと願ったのだ。もう、誰も傷付けないで済む様にと。そして、その力は友が作り上げたイグナイトが示してくれている。ならば、自分はこの力で誰かが『英雄』と呼ばれずに済む様にしなくてはいけない。そうでなければ、自分を守ってくれた人たちに胸を張って生きる事が出来ない。左腕に剣と愛を宿し、マリアは青に向かい駆け抜ける。

 

「漸くのようね。聞かせて貰うわよ、あなたの歌をッ!!」

 

 イグナイトを発動させたマリアに向け、ガリィは狂喜を浮かべる。揺れ動く人間だった。だからこそ、決まってしまえば強力な歌を示してくれる。目論見通り、凄まじいフォニックゲインを発生させながら青を討つためにその刃を振るう。

 

「アルカノイズ如きじゃ、足止めにもなりはしない」

 

 迎え撃つと同時に再びアルカノイズを展開するも、手にした聖剣に一息の間に煤と変わる。隙を突くように背後や側面から水流を発生させるも、マリアに到達するより早く跳躍する事でやり過ごす。そのまま、勢いを殺さず反発し、剣を突き立てる為一撃を放つ。

 

「いいね、いいね!!」

 

 マリアの一撃はガリィを捕らえるも、即座に水の分身と入れ替わる事でやり過ごす。想定以上であるマリアの強さと、奏でられる歌の鮮烈さにガリィは嬉しくて仕方がない。外れなどと言って謝りたいくらいだと思いながら迎え撃つ。

 

「『英雄』は孤高だよ。何時だって一人で戦っていた」

「なら、これからは私達が並ぶだけだッ!! 『英雄』が孤高だと言うのなら、追いつき高みから引き摺り下ろして見せる!!」

 

 地に氷を発生させ、その上を滑りながらマリアの聖剣と打ち合い言葉を交わす。確かにガリィのぶつかり合った英雄は孤高であった。強すぎたが故に一人だった。ならば、これからは自分たちが追いつき、高みにいると言うのならば引き摺り下ろし人に戻って貰うだけだと、想いをぶつける。

 

「できる心算なの? あんた如きに、『英雄』を引き摺り下ろすなんていう暴挙が」

「できるできないでは無い。もうやると決めているッ!」

 

 氷剣と聖剣がぶつかり合い、ガリィとマリアの言葉が交わされる。

 

「ッ!?」

 

 そして、右手にした聖剣が氷剣を撃ち砕く。砕けた氷が、ガリィとマリアの間を舞っている。左腕。咄嗟に障壁を展開しようとした青の反応よりも早く突き刺さった。顎を打ち上げる事で、ガリィを打ち上げる。そのまま追撃をかけるように飛んでいた。左腕。腕部装甲に聖剣を繋ぐと同時に腰部にある推進装置を一気に展開噴射する。

 

「ああ、此処で終わり、か」

 

 左腕に繋がれた聖剣が己を両断する直前、ガリィの中でこれまでの戦いが思い起こされる。何度となくぶつかり合い、姦計を巡らせた。主の命題を遂げるためにどんな卑劣な事をする事も厭わなかった。仲間たちを利用し、末妹には何度も酷い言葉を投げかけた。だけど、なんだかんだ言って、楽しかったなぁっと思う。何よりも、自身の終わりが、主の為になる。それ以上に喜ぶべき事は無い、終わりがただ嬉しかった。

 

「あんたは強かったよ」

 

 マリアを見据え、内心でそんな言葉を紡ぐ。外れ装者と侮っていたが最後には強い力を示してくれた。それには素直に感心していた。その気になれば、此処からでも逆転できる。だが、その気は既に無かった。何故なら

 

「ありがとうマリア・カデンツァヴナ・イヴ。英雄に守られたもの(あんた達)が『英雄』を否定してくれて」

 

 どんな理由であれ、装者が『英雄』を否定してくれたのだ。それは、どんな歌よりも価値ある事だった。魔剣によって歪まされた旋律は、やがて最後の刃と変わる。笑みが零れる。空を見上げた。終わりが近付いてくる。そしてガリィはマリアの聖剣によって、一刀両断に斬り捨てられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「マリアさん!」

「エルフナイン」

 

 青を撃ち破ったマリアの下にエルフナインが駆け寄る。何とか自動人形を退けたとはいえ、満身創痍である。心配そうなエルフナインの様子に、マリアは何とか無事だと示す。

 

『――英雄の剣(ソードギア)第二抜剣(セカンドイグニッション)

 

  ――運命を斬り拓く刃(ブラッドスレイヴ)

 

 直後、何の前触れもなく鳴り響いた音色にマリアの全身が総毛立った。本当に何の前触れもなく現れた黒金の自動人形。既に英雄の剣を抜き放っている。赤い刃がゆらりと伸び、マリアを、そしてエルフナインを間合いの内側に捉えている。

 

「――なッ!?」

 

 唐突な闖入者に一瞬絶句するも、その一瞬が命取りであった。咄嗟に傍に居るエルフナインを強く抱きしめる。何か成そうとした訳では無い。身体が咄嗟に動いていた。それ程の圧力を黒金の自動人形から感じたのだ。思わず来る攻撃に身構え目を閉じてしまう

 

「……?」

 

 そして、暫くしても何の衝撃もこない事に違和感を覚え。目を開けた。そして見た。片膝を突き、右腕を地に添え青だった残骸を見ている。何が起こっているのか解らなかった。だが、微動だにせず、黒金はその場にいる。否、少しだけ震えている。何が起こっている。そう思った時、再び自動音声が響いた。

 

『――自動錬金』

 

 聞いた事のある音声だった。だが、見た事の無い規模の錬金術が行使される。巨大な魔法陣が浮かび上がる。そして、黒金の右腕から金色の光が吹き荒れる。まるで、それは命の輝きだった。やがて、散らばっていた青であったものが分解され、右腕の小手に収束する。

 

『――英雄の剣(ソードギア)残された力(アドヴァンスドサード)』』

 

 青色の宝玉が右腕に生成されていた。黒金が立ち上がり、右腕を強く握る。金色の宝玉の傍で、青色の宝玉がその輝きを強くする。電子音声が鳴り響いた。

 

「なッ!? ガリィ、だと?」

「あら? これは驚いたわね。確かに死んだはずだったのだけど」

 

 直後にマリアは余りの事に言葉を失う。倒したはずのガリィが今目の前に現れていた。それも、通常時の姿では無く、自分が打ち据えられた英雄の剣を抜いた姿で。

 

「ふーん。まぁ、クロちゃんが何かをしたがっているのは解ってたけど、まさか此処までとはね。流石のあたしも、読み切れなかったわ」

「お前、生きていたのかッ!?」

 

 自分の身体をしげしげと見るガリィにマリアは問いかける。未だにイグナイトは維持されているとは言え、制限時間が気付けば半分を切っている。とても二体同時に相手をできる状態では無かった。

 

「いや、死んでるわよ。いうなれば今のあたしは泡沫の夢。英雄の軌跡が起こした、奇跡とでも言えば良いのか。あんたはあたしを殺した」

「ならば」

「それがクロちゃんには気に入らなかったようでね。死ぬのなら、全霊を尽くして死ねと怒ってるみたいなのよ」

 

 ガリィは黒金を見詰め小さく笑う。言うならば今のガリィは、自動人形に宿った記憶を集め英雄の剣で生成した急増品である。その力は一時的なものであり、自由に動く権限も無い。

 

「まぁ良いわ。マリア・カデンツァヴナ・イヴ。外れなんて言って悪かったわね」

「何をいまさら」

「敬意を表しているのよ。あんたがあたしに勝った。それは事実よ。だけど、クロちゃんはそれが気に入らない。だからもう一度戦えと言っている」

 

 黒金が本気で戦えと言っている。だから戦うだけだとガリィは笑う。

 

「イグナイトを維持できる時間はそれほど長くないでしょ? だから、それまであたしから逃げきって見せなさい。あんたは『英雄』なんていらないと言ったんだ。その『英雄』の力に見事抗って見せなさい」

 

 困惑するマリアにガリィは小さく笑う。解らないのは青も同じだった。ただ、最期ならば全霊を以て燃え尽きろと、決戦兵装を展開した英雄の剣が告げている。最後ならば無口な妹の願いを聞くのも悪くは無いか。そんな事を思いながら、ガリィは力を解き放つ。

 

「――なぁッ!?」

 

 海が割れ、海面が凄まじい高さまで達する。そして、海水が水の竜となりマリアに向け襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。1年ぶりの更新ですが読んでくれた方、ありがとうございます。
一応あとざっくり10話ぐらいで完結できそうなので、頑張りたいなと思います


武門、以前やり過ぎた事を反省する
マリア、自分なりの強さを見定め抜剣
黒金、破壊されたガリィをほんの僅かな間再誕させる。








ガリィ、〇〇〇〇の歌を奪い取る

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