煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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19.黒金

 歌が聞こえていた。目を閉じて、宿泊施設に備え付けられている安楽椅子にもたれ掛かる。膝の上に熱を感じる。クロ。気付けば、此方の上で丸くなっているようだ。微風が吹き抜けるように、歌が流れていく。その音色に耳を澄ませる。歌。雪音クリスが直ぐ傍らで歌っている。

 翼と小日向の鍛錬を終えた後、少女らと緒川、藤尭などが協力して腕を振るった夕食に舌鼓を打った後であった。食欲はそれ程旺盛では無いが、食べられる分だけ食事を採ると男衆は風呂に叩き込まれた。その後に女性陣が入るというのが流れだった。その為、先に風呂をいただいた後に休息していると言う訳であった。ちなみに何故クリスが傍らにいるかと言うと、覗きに行く者が居るかもしれないという事で見張りを買って出たという事だった。

 

「――」

 

 歌が流れていく。誰かに気持ちを伝えたいと言う少女が歌う歌だった。自身には歌の良し悪しを語れるほどの知識など無い。だが、この子の歌う歌は心地良いと感じる。特に、今のような状態では、その音色を聞いていると、幾らか気持ちが楽になる。思わず、ずっと聞いていたいなどと考えてしまう程だ。とは言え、流石にそう言う訳にも行かない。雪音クリスの歌は、自分が独占すべきものでは無いからだ。今は歌う必要があるから自分の為に歌って貰っているが、この子の歌がもっと大勢に聞いて貰えたらいい事だろうと考えてしまう。

 素直な気持ちを伝えられるようになりたいと語っていた事を思い出す。最初に歌ってくれたのが自分のような男である事は素直に嬉しく思う。思えば長い縁で繋がっていた。捨て猫の様な気性だったこの子が、誰かの為に歌を歌うようになってくれた事は、クリスには悪いが自分の子供が良い方向に向かってくれたように思えて感慨深い。一人きりで立っていた。その子の傍には信頼のおける友達が何人もいる。気掛かりな事はあるが、俺が心配する必要はもうない様に思える。脆いところは確かにある。だが、それは、友たちと成長していく過程で強く成っていくだろう。既に、土台となる強さは持ち合わせているのは知っている。だからこれ程優し気な歌が歌えるのだろうと思う。戦いなど行わず、誰かの為にだけ歌ってくれたらと思ってしまう。

 

「お前も好きか?」

 

 膝の上で、クロが小さく鳴き声を鳴らす。口遊まれる旋律に、黒猫もまた、静かに耳を傾けている。答えなど期待していない。だが、もう一度クロは小さく鳴く。それが肯定のように聞こえる。その間も、少女の歌は止る事なく続いていく。

 シンフォギア装者達は戦いの中で歌を歌う。その歌にこそ、気掛かりな事があった。今のクリスが歌う歌の様な、優しさが、戦いの歌には誰かを想う余裕が見られないからだ。かつて聞いた話によれば、彼女等の歌にはその心証が色濃く反映されるという。文字通り、歌には想いがのせられているという事だろう。だからこそ、戦場での歌には注意していた。戦いは辛いものである。それに関しては、誰よりも知っているつもりだった。

 例えば翼であるのならば、剣である事を歌っている。所詮はケモノと変わらぬのかと。クリスであれば、何処か自分の罪を責めるような歌を歌っている。ひとりぼっちでも良いと歌っていた。無意識なのかもしれない。だが、その歌には優しさ以上に悲しみを感じる。

 それに比べれば、響については心配する事が無い様に思える。だからこそ、二人以上に気を付けてもいた。立花響は、二人よりも強いものと弱いものを持っている。それが漠然とだが解ってしまう。誰かを守る為、傷付く事を恐れないと歌っている。この手は誰かの為にあると歌っている。英雄(ヒーロー)では無い、限界なんて無いと歌っている。そして、絶対離さないと歌っていた。

 それは立花響の強さなのだろう。痛みを知り、優しさを知る響らしい心証の様に思える。だからこそ、危ういのである。響の理想は限りなく困難な道である。何か一つ崩れた時、それが致命的な一撃となるだろう。強く気高い想いであるほど、崩れ落ちた時の脆さも大きいのである。他の何でもない、誰かの為にこの手はあると歌う響の想いだからこそ解ってしまう。それは、自分の中にあるものと近い物だ。自分がキャロルに『英雄』と呼ばれたのなら、響も『英雄』と呼ばれるものを持っている。だからこそ、そのような道には行って欲しくないと思ってしまう。何故ならば、今此処で自分が倒れれば、次に祭り上げられるのは近い想いと力を持つものだろうからだ。

 繋ぎ束ねる『英雄』。ルナアタックを防ぎ、フロンティア事変ではネフィリムを撃ち破っていた。想いも実績も申し分が無い。だからこそ、危ういのである。戦いは綺麗なだけではいられない。謀略を仕掛け、姦計によって追いつめる。時に、味方である者達によって討たれる事もある。ガリィは言っていた。お前を殺したいと思うものは、自分達だけでは無いと。その言葉通り、分断され清濁併せて攻められていたと言える。確証はない。だが、内部に敵がいても不思議ではない。人は強く在れるが、全ての人間が強く在れるわけではないからだ。だからこそ、武門は存在しているのである。自分自身の生き方がそれを証明していた。だからこそ、戦場に立ち続けている。

 

「――、寝たのか?」

「いや、起きているよ」

 

 気付けば、クリスが此方を見ていた。その言葉に、落ちていた思考の海から浮かび上がる。

 目の前にいるクリスも含め、戦って欲しい訳では無い。それは今も変わらない。だが、同時にもう、自分が傍で見ている必要がないぐらいには強くなったとも思えてしまう。気掛かりな事はある。だが、自分の力で何とかしてしまうのだろうなという予感もあった。何となく解ってしまうのだ。脆いところはある。だが、強いところもまた存在していた。

 

「俺は、君の歌は好きだよ」

「ッ。い、いきなり何言ってるんだよ」

 

 不意打ちに、クリスの頬が赤く染まる。相変わらず、素直に褒められるのには耐性が無い様だ。そんな姿を可愛らしく思いつつ、言葉を続ける。

 

「夢があると言っていた。それは、人前で歌わなければいけない事だろう?」

「それは……多分」

「君の歌を好きな人間が一人でもいた。それを知っていれば、君の自信に繋がると思ってな。歌に関しては、俺には思った事を伝える事ぐらいしかできないから」

「ッ~~。この、バカ!! 恥ずかしい事言ってんじゃねーよッ!!」

 

 雪音クリスの夢を聞いていた。歌で世界を平和にするという両親から継いだ夢と、大切な人達に素直な想いを伝えられる歌を歌う。誰かの為に歌うというのが、クリスの夢であった。その夢に関して自分がしてやれる事は多くない。一つ二つ言葉を伝えて置く事ぐらいだった。応援している。そんな事を伝えていく。

 

「誰かの為に歌う前に、俺の為に歌ってくれた。素直に感謝を表しておきたかった」

「……ヤメロッ!! それ以上恥ずかしいの禁止だッ!!」

 

 すると、白猫はいっぱいいっぱいと言った様子で声を荒げた。その姿が面白く、小さく笑った。

 

「じー」

「どうかしたデスか?」

 

 先程から人の気配が近付いて来ていた。先ずは暁と月読が風呂から上がった様だ。他の面々はまだ入浴中の様で、一足先に戻ってきたというところだろうか。

 

「な、なんでもねーよ」

「怪しい」

「確かにすっごく怪しいデース」

「怪しくない! それより、戻って来たって事はもう見張りは良いよなッ! あたしは風呂に入って来る!!」

 

 先程の流れから未だに恥ずかしがっているのか、クリスは捲し立てるように言うと浴場に向かう。

 

「あ、逃げたよ切ちゃん」

「待つデース。追うデスよ調!!」

「だーッ。なんでもねーって言ってるだろ!!」

 

 三人が言い合う声が遠くなっていく。その様子に、白猫は後輩ともそれなりに上手くやっているのが見て取れて、それがどこか嬉しくて笑みが零れる。

 

「行ったな」

「気付いてましたか」

 

 そして、呟くと同時に緒川が直ぐ近くに現れる。シンフォギアで歌いなれてるとは言え、誰かの為に歌うのを見られるのはまだ慣れていないクリスの様子に席を立っていた緒川が戻って来る。

 

「良い雰囲気でしたね」

「茶化してくれるな」

 

 緒川の言葉に苦笑が浮かぶ。否定はしない。クロの毛並みを撫でながら、言葉を選ぶ。

 

「俺があの子の歌を好きなのは事実だよ」

「確かに良い歌でしたね」

 

 結局率直に思っている事を語る。今はクリス達も居ない。話しておくには丁度良い。

 

「風鳴翼の付き人としての緒川の意見を聞きたい」

「またいきなりですね」

 

 こちらの問いに、緒川は少し意外そうに目を丸める。まぁ、その反応も仕方が無いだろう。自分でもらしくない事を聞いている自覚はある。元来芸能にそれ程興味があった訳では無い。

 

「あの子には夢があると言っていたよ。両親から受け継いだ歌で世界を平和にすること。素直な想いを届けられる歌を歌う事。その二つだと、教えてくれたよ。その為には、大勢の前で歌必要があるだろう」

「そう言う事ですか。ですが、合点は行きましたよ」

 

 人の夢を語るのはあまり良い事では無いだろう。それも勝手にするのは良くは無いと思う。だが、聞いておきたかった。あの歌姫風鳴翼を押し出している人間である。その言葉は、自分などよりも遥かに重い。

 

「正直に言います。シンフォギアを纏って戦っている時から、翼さんと組ませてみたいと思った事があります」

「俺に歌の是非は解らんが、それ程か」

「ええ。ですが、思い違いでした」

「どういう事だ?」

「一人でも充分にやっていけると思いますよ。勿論、二人を組ませてみたいというのもありますが。戦いの歌では無く、誰かの為に想いを伝える歌ならば、ツヴァイウイングが相手であったとしても引けを取らないと思います。尤も、明確に優劣が付けられるものではありませんが」

 

 あの緒川慎次がツヴァイウイングにも引けを取らないとまで言うとは思わなかった。多少の忖度はあるかもしれないが、翼と奏二人を引き合いに出して尚、引けを取らないというのだ。その言葉は信用に足ると思う。笑う。あの子の夢に関して、俺が心配するような余地はないようだ。それがただ、嬉しかった。

 

「そうか。あの子がもし、そういう道に進むのなら気に掛けてやって欲しい」

「それは勿論。むしろ、良い事を聞きましたよ。近い内にそれとなく話してみようと思います。ですが、何故?」

 

 その問いには苦笑が浮かぶ。穏やかな面の奥底に、鋭いものが見え隠れしている。

 

「気掛かりな事は出来る限り失くしておきたい」

「それは……」

 

 目を見て告げるこちらの言葉に、緒川は口籠ってしまう。つまり、どういうことか理解しているという事である。

 

「この際はっきり言っておくよ。恐らく俺は、この戦いで最後まで立ってはいない。何となく、解ってしまうのだよ」

「そんな事は」

 

 ずっと考えていた事を緒川に伝える。戦いの果てに腕を落とされ、今は毒を盛られている。それも既存の技術では無い。錬金術を用いた物だ。ネフシュタンが身体を生き永らえさせている。少女たちが歌を歌ってくれている。繋がれた奇跡が、寄り添ってくれているからこそ、今自分は生きているといえるだろう。

 

「ない、などと言えるものか。エルフナインの、あの子達の目的はキャロルを止める事だろう。ならばこの戦い、俺は如何すれば勝てる?」

「キャロルを捕らえ、世界を壊す事を止めさせれば」

「あの子の想いは強いよ。それこそ、並大抵の事では止められないと思う程。阻止するだけならばできるかもしれない。討つ事であるならば、出来るかもしれない。だが、それは力で抑え込む事でしか不可能だろう。ならば、あの子の内にあるものを鎮め、共に歩む為にはどれだけの時間が必要だろうか。力で抑え込む事で、望む結末を得る事が出来るだろうか」

 

 問いかけに緒川は押し黙った。嫌な言い方をしていることを自覚し、苦笑が零れた。

 

「力で討つ事は出来るかもしれない。だが、それは望まない。それでは意味がない。ならば、どうすれば勝つ事が出来る。如何すれば、託された想いを果たす事が出来る。すまんな。性分なのだよ。自身が死んだ時の事をまず考える。勝った時では無く、負け、残されるものを考えるとどうしても、な」 

 

 死は恐れるものでは無い。だが、死にたい訳でも無い。戦いの果てにある結末は、自分の意志と異なる結果を生む可能性も容易に存在する。だとしても、戦いを止める訳にはいかない。託されたものがあり、ぶつかるべき理由もあるのだから。

 

「死ぬ心算は無い。だが、今回ばかりはどう転ぶか解らん。だからこそ、出来る事はやっておきたい」

「それが武門であり、男に生まれたという事ですからね」

「ああ。それに、成せる事はあるよ。あの子が『英雄』に拘っている事は自動人形とのぶつかり合いが確信させてくれた。俺の様な者の事を『英雄』と呼んでくれるのならば、あの子を止める術はある」

 

 キャロルは、そして自動人形は自分の様な者の事を『英雄』と呼んだ。だからこそ、其処に一つの可能性が存在する。自分は英雄などでは無い。誰かの為に戦える力を磨き上げて来た。だが、それは、ただ強い力でしかない。『英雄』は、ただ強い者の事を言うのではない。それでも俺の様な者が『英雄』と呼ばれるのなら、それは不幸な事でしかないだろう。それでも、『英雄』と呼んでくれるのならば、考えがあった。

 

「鳥の鳴き声は哀しいよ」

「――ッ。それが、あなたの選択ですか」

 

 暁と月読に出した謎掛け。忍びには即座に理解が出来た様だ。

 

「泣いていたよ、あの子は。思えば、あの時キャロルは手を伸ばしてきていたのだろう。大好きな父を誰も助けてはくれなかった。父を亡くした悲しみに誰も寄り添ってはくれなかったと。その手を俺は、払いのけてしまった。多分、そう言う事なのだと思う。ならば、止めねばならない。自分の為した事に、責は取らねばならない」

「だから、死を予感しながらも立ち続けると」

「あの子は最後に俺を選んでくれたのなら。『英雄』の娘に『英雄』と呼ばれたのならば。俺はあの子の言う『英雄』に届かねばならない。そうでなければ、想いは届かない」

 

 だからこそ、一つずつ気掛かりな事を解消していた。『英雄』の結末など、考えなくとも解ってしまう。全ての事を完全に解消してしまう事はできはしない。だが、少しでも良い方に向かうように動いていた心算ではある。自分が居なくなれば、多分泣いてくれるのだろうなとは思う。その程度には慕われていると自覚している。だからこそ、拠り所を作って置く。先を行くものは、何れ道を譲らなければならない。

 

「何故貴方がそこまで」

「解るからだよ。俺にキャロルの負った痛みは解らない。あの娘の歩んだ道がどれほどの物だったのかも解らない。だけどな、それでも解る事があるよ。父に守られた事の痛みだけは知っている。それでも生きて欲しかったという悲しみだけは、共有する事が出来る」

 

 だからこそ止めなければいけない。痛みを知るからこそ、人は強くならなければいけない。そうでなければ、守られた意味すらなくなってしまう。

 

「どれだけの困難な道であろうと、必ず生きて帰って来るのも『英雄』と呼ばれる者ですよ」

「……随分と難しい事を言ってくれる」

「誰も泣かせないのもまた、『英雄』の一つの在り方ですよ」

 

 友は死ぬなと言っているのだろう。約束などできるはずが無い。だが、笑みが零れた。そう言われてしまうと、頷かざる得ない。『英雄』に届かなければ想いは届かないと自分で言ったばかりだったからだ。

 

「良いな、此処は。暖かい。だからこそ、守りたいと思うよ」

 

 目を閉じ安楽椅子に身体を預ける。膝から感じるクロの熱が心地良く思えた。 

 

 

 

 

 

 

 

「アルカノイズの反応を検知ッ!!」

 

 夜が明けていた。装者達は骨休みを兼ねえた鍛錬に海の方へ出ていた。ネフシュタンの腕輪と黒鉄の右腕の調整。その二つを行っていた時に、藤尭の声が届いた。

 

「状況は?」

「響ちゃんとクリスちゃん、マリアさんがアルカノイズ及び自動人形と交戦中」

 

 左手で童子切を手にしながら問う。三人が交戦を行っている様で、他の者は少し離れた所にいるようだった。

 

「小日向、行けるか?」

「――はい」

 

 一人残っていた小日向に聞く。調整が終わり次第、血刃との戦い方を更に詰める心算であった。だから、小日向だけは残っていたと言う訳である。シンフォギアと英雄の剣は似て非なる物だ。今回は、装者は装者同士で固め、小日向は自分が受け持つという形になっていた。尤も、此方の鍛錬は基準が自分になる為、それ程長時間は行えない為、短期集中という形になる筈だった。

 

「できる限り、右腕の機能は使わないでください」

「解っているよ」

 

 戦場に出る直前、エルフナインがそんな言葉を掛けて来る。右腕の稼働には血液が使われる。ネフシュタンの力をできる限り温存しろという事だろう。頷く。必要ならば使うが、不要ならば用いない。それだけであった。

 

「行ってくるよ」

「気を付けてください」

 

 心配そうに見つめて来るエルフナインに軽く腕を上げ答える。視界の片隅にクロの姿が映る。金眼が、此方をじっと見ていた。心配するな。そんな言葉を内心で呟く。

 

「小日向、ノイズは任せても良いか?」

「任せて、貰えるんですか?」

 

 陽だまりの剣を抜き放ち、淡い輝きを放つ剣を手にした小日向が驚いた様に此方を見た。その言葉に、ただ頷く。エルフナインでは無いが、でき得る限り消耗は避けたかった。戦い全てに全力を出す訳にはいかない。戦わないものを決める事こそが、今必要な事である。

 

「漸く剣が抜けた。最低限作り上げるべきものは作り上げられた。あとは、君自身が磨き上げるしかあるまいよ」

「私自身が……」

「難しく考えなくて良い。陽だまりの剣は、想いを強さに変える。ならば、君が君の想いを見落とさなければ剣が応えてくれる」

 

 少しだけ心配そうな小日向の様子に、人形が出てくれば自分が前に出ると教える。風が流れている。遠くで、戦いの音色が聞こえてくる。白猫が大暴れしているのだろう。爆撃音にそんな事を思う。

 

「私が先生の代わりに……」

「怖いか、俺の代わりは」

「……はい。私なんかが先生の様に」

「翼にも言ったが、君は俺に成れはしないよ。君は君のまま戦うしかない。すまんな、重圧を君に押し付けてしまっている」

「……ッ」

 

 突貫工事で鍛え上げた。だが、小日向自身は戦いなど苦手な類だろう。それが、対黒金だけとは言え自身が立っている位置に立たねばならないかもしれない。怖いと思うのも仕方が無いだろう。拠り所が無い。それが、小日向が立たされるかもしれない場所である。

 

「……、驚いたな」

『――自動錬金』

 

 移動しながら語っていた。不意に、風の流れが変わる。童子切。既に手中にあった。黒金の自動人形。何の前触れもなく現れる。通常形態。血刃を抜く事もなければ、英雄の剣すらも抜かず唐突に姿を現した。

 

「――ッ。黒金の、自動人形……」

 

 小日向がごくりと息を呑んだ。傍らにいる。対峙する敵に、恐れを抱いているのが解る。一歩前に出た。

 

「噂をすればと言う奴か……。お前の目的は、足止めか?」

 

 小日向の代わりに前に出る。答えなど期待していない。童子切を抜きながら、挙動を見詰める。

 

『――』

 

 黒金がゆっくり首を振った。言葉では無い。短いが、ただそれだけの行動であった。それでも、あの黒金が意思表示を行った事に幾らかの驚きを覚える。金色の瞳が此方を見詰めている。不意に、外装が展開される。

 

『――英雄の剣(ソードギア)抜剣(アクセス)

「先生ッ!」

「いや、良い」

 

 風が吹き抜けていく。黒金の身体を金色の輝きが包み込んだ。小日向が声を上げる。それを、制した。違和感を感じた。剣が抜かれてはいない。黒金の外装が展開される。漆黒の正装が纏われる。そして、黒金が少女の様な笑みを浮かべた。状況が読み切れなかった。ただ、この人形が戦いに来た訳では無い事だけが理解できたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武門、クリスちゃんの夢を緒川に伝える
クリス、武門が何時もより優しい事に気付かない
未来、対黒金の重圧を少しずつ実感し始める

黒金、剣を抜かず抜剣(哲学)





4月1日用に嘘予告書いてたら、本編の更新が間に合わなかった。
嘘予告はギャラルホルンが見せるパラレルワールドのAXZ編になるので、興味がある方は活動報告をご覧ください。別名、ビッキーガチ泣きルートデス。

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