煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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18.陽だまりの剣

「私が先生の代わりに戦う……?」

「ああ。俺が勝てなかった場合。或いは、俺がいない時に装者達が黒金に遭遇したとすれば、対抗し得るのは小日向だけだろう」

 

 話を聞き、思わず未来が零した言葉にユキは小さく頷いた。それは上泉之景が黒金の自動人形に勝てなかった時、或いは、交戦できない場合の想定で語られた話であった。

 

「だけど、私は皆と比べれば戦う事なんて全然……」

「そうだな。君はあの子達の中では誰よりも未熟だよ。正直に言うとな、君にこんな選択肢を提示する事を苦々しく思う」

「では、どうして小日向を指名されたのでしょうか?」

「翼も理解してはいるだろうが、シンフォギアの最大の欠点は歌わねばならない事だ」

 

 未来と翼の問いにユキは小さく頷き言葉を繋いで行く。

 シンフォギアでは黒金には勝てない。装者達は聖詠を用いて周囲のフォニックゲインを高めギアを纏う。逆を言うと、聖詠を詠わねばギアは纏えない。聖詠を口ずさむ事自体はそれほど長くは無いのだが、それでも英雄の力を模倣された自動人形を相手にするには、余りにも大き過ぎる隙であると言える。黒金の速さは、単純な速度であればユキの踏み込みと同程度の速さである。捕捉されてなければまだギアを纏う事が出来るかもしれないが、視認されていればギアを纏う暇もなく斬られるという事になりかねない。斬られる事を凌ぐ事が出来たとしても、歌を歌うと言う明確な初動がある以上、ギアの展開と同時に血刃を展開されてはフォニックゲインを斬られ、結局はギアの解除に追い込まれるだろう。魔剣ダインスレイフの聖遺物の欠片を用い作成されたイグナイトモジュール解放時ですら抵抗らしい抵抗もできず解除されていた。通常のギアならば、以前以上の速さで解除に追い込まれたとしても不思議ではない。ユキ自身がやろうと思えば装者たち相手にそのような戦い方を仕掛ける事が出来る。黒金も全く同じ事が出来ると言えるだろう。だからこそ、自分が戦うならという想定の下、ユキは未来と翼に語り聞かせる。

 翼には戦うべきではない理由を。未来には、未来だけが対抗でき得る理由を語る。

 

「ですが、それは小日向の持つ英雄の剣も同じなのでは?」

「そうだな。俺が錬金術を斬る事が出来る以上、黒金もまた血刃を用いれば斬れるだろう。俺は自動人形たちに異端殺しと呼ばれたよ。それはシンフォギアにも当て嵌る。ある意味で、あれは君たちにとって最強の敵という事になる」

 

 自動人形たちはユキの事を異端殺しの英雄と呼んでいる。事実として、今の童子切とネフシュタンが揃ったユキならば、その力を全力で用いれば自動人形を動かす力そのものすらも斬って捨てる事が出来ると童子切は意思を以て知らせてきている。同時に、それを行なえばユキ自身もただでは済まないとも解ってしまう。絶大な力を持つ自動人形の宿す力全てを斬り飛ばすのである。それ相応の血液が必要となる。その間ネフシュタンの力は全て造血に回される事になり、毒がユキに引導を渡すという事だった。命と引き換えにならば、同じ技術を持つ黒金を除く自動人形を一機だけ道連れにする事が可能だった。つまり、ユキが出来ると言う事は、黒金がその気になれば、多くの力を消費するだろうが、装者を文字通り斬り捨てるのも難しい事では無い。違いはフォニックゲインか錬金術かでしかないのだから。

 その全てを語る事はせず、ユキの中で言葉を選びながら語っていく。

 

「では、小日向が戦っても同じ結果になるのでは?」

 

 そんなユキの言葉に翼が更に問う。翼からすれば、自分が外されたと言う事もあるが、なによりも友の一人である小日向未来だけに、上泉之景ですら倒し切れないかもしれない黒金の自動人形を任せきる等早々頷けるものでは無い。同じように戦う事すらも困難ならば、自分がと思うのも当然だろう。

 

「シンフォギアと小日向の持つ陽だまりの剣。その最大の違いは何だと思う?」

「シンフォギアと陽だまりの剣、ですか?」

「ああ。この場合は、自動人形の用いた英雄の剣との違いと言っても良い」

 

 特殊な外装を纏うと言う事は共通しているが、シンフォギアと陽だまりの剣は根本的には別技術である。では、血刃の持ち主から見た場合、黒金とユキから見た場合では、シンフォギアと陽だまりの剣ではどんな差が出るのか。そんな事を二人に問う。

 

「――解りません」

 

 とは言え、幾らなんでも二人に解る筈がない。暫く考え込んだ後に降参を示した未来と翼にユキは答える。

 

「血刃は目に見えないものを斬るのが本領だ。シンフォギアであれば歌を斬り、陽だまりの剣であるのならば、その意思を斬る。英雄の剣は、シンフォギアがフォニックゲインの高まりに反応を示すように、使い手の意志に呼応しその力を鋭く研ぎ澄ます」

「意志、ですか」

「ああ。君が以前、響の為にと神獣鏡を纏った事があった。自動人形を相手に踏み止まった事もあった。君の意志の強さに、大切なものを守りたいという想いの強さに陽だまりの剣は反応を示しているよ」

 

 小日向未来は響の為にと思った時、その意思の強さは凄まじいものに成る。愛の力で神獣鏡に適合し、僅かとは言え、自動人形を相手に踏み止まって見せた。その時に観測された陽だまりの剣の出力も、普段の訓練などと比べて遥かに高い値を示している。シンフォギアが装者の歌う歌の高まりに反応するように、陽だまりの剣は未来の想いの強さに直結していると言える。

 

「君には大切なものがあるのだろう」

「それは……、はい……」

 

 ユキの問いに未来は少し考える素振りを見せ、直ぐに頷いた。別に親友として響が大切である為恥ずかしがるような事でも無いのだが、改めて正面から指摘されると少しばかり気恥ずかしくなる。

 

「それを守りたいと思う意志の強さが、そのまま陽だまりの剣の力となる。そして、陽だまりの剣を戦う術と見た時、シンフォギアとの大きな違いはそこに存在する」

 

 未来が頷いたのを確認すると、そのまま続ける。

 

「シンフォギアは一度解除されれてしまえば、黒金を相手に二度目は無いだろう。歌わせて貰えないのだから、そうなる。だが、陽だまりの剣は違う。小日向には、歌うという工程が必要ない。それどころか、言葉を口にする必要すらもない。想いの強さがそのまま力に変わると言う事は、小日向の意志がそのまま陽だまりの剣に反映されるという事だ。小日向自身が無事であれば、斬られている途中から剣を再生成する事も可能だろう」

 

 シンフォギアとの最大の違い。それは、担い手の意志を用いて出力が増すという点にある。以前にユキが響の恐れを斬って捨てたように、血刃には意志や感情なども斬って捨てる事が出来てしまう。だが、それは一時的に斬り裂かれているに過ぎないとも言える。目に見えないものである以上、完全になくすこともできはしない。一度恐怖を斬って捨てても、また別の時、別の恐怖が沸き上がる様に、恐怖という感情その物を完全に無くすには、対象を物理的に斬り捨てる以外に方法は無かった。

 意思を斬られてしまえば気持ちが萎えるだろう。だが、血刃は斬るものが強ければ強い程、代償もまた大きくなる。斬る対象の意志が強ければ強いほど斬るのが難しくなり、反対に斬られる側からすれば、斬られた意志が強ければ強い程、再び強く思えた時にはより強固な意志となる。

 血刃を相手にするという事は、小日向未来にとってはこれまでに考えた事が無い程辛い事になるだろう。それでも、一度斬り捨てられた力が再起できる可能性があるのは、担い手の意志の強さが直接反映される陽だまりの剣だけであると言えた。

 

「私の持つ陽だまりの剣が?」

「ああ、響を守ろうと適応した神獣鏡の力も受け継いでいる君だけの剣。俺を除けば、異端技術で血刃に対抗できるのは君だけだろう」

「私だけが……」

 

 ユキの言葉に、未来は神妙に頷くと噛み締めるように呟いた。確かに、陽だまりの剣を纏う時こそ、抜剣(アクセス)ッ。っと合い言葉を口にするが、砕かれた飛翔剣を再生成する時には言葉は必要なかった。そう考えると、どちらかと言えば言葉は未来の気持ちの切り替えにこそ使われているのである。初めて纏った時に、剣に力を貸してと念じていた。確かに、意志の強さが重要であると実感できてしまう。

 

「つまり、解除される前に纏い直すという事でしょうか?」

「そう言う事だな。小日向の持つ技術だけが、意志の強さが大きく関わって来る陽だまりの剣であるからこそ、黒金と戦い得る」

「……でも、私にできるんでしょうか?」

 

 自分にそんな事が出来るのかと未来は思わず尋ねる。その言葉に、ユキは目を閉じると答えた。

 

「できる。というよりは、君だけが戦場に立つ事が出来ると言うべきか」

「私だけが戦場に?」

「ああ。辛いぞ。俺の代わりに黒金と戦うと言う事は、おそらく君が考えている以上に辛いと思う。武門が繋いできた技はそれ位はあると自負しているよ。その上で言うよ、黒金と戦う事だけは、君以外には無理だ」

 

 そして、ユキは未来以外には無理だと言い切る。その言葉を聞き、未来は少し考え込み頷いた。

 

「解りました。私が響の、みんなの役に立てる役に立てるのなら、やってみたいと思います」

「そうか、やってくれるか。ならば、俺は君に剣術、と言うよりは血刃との立ち回り方を教えなければいけない事になる」

 

 やってみますと言った未来に、ユキは静かに告げる。血刃との立ち回り、黒金と戦うにおいて、絶対に学ばなければいけない事であるだろう。

 

「私はシンフォギアと言う力を持っていますが、今ほど、陽だまりの剣のようなものがあればと思った事はありません」

「その気持ちは解らないでもないが、無い袖は振れんよ」

「解っております。ですが、小日向は立花だけではなく私にとっても友なのです。その友に、あのような強敵をたった一人で押し付ける事になるかもしれない。そう思うと、心がざわついてしまうのです」

「真面目が過ぎるな。だが、その気持ちは悪い事では無い。優しさは、人が無くすべきでは無い物だよ」

「はい」

 

 未来と同じく話を聞いていた翼が口惜しそうに零した。そんな後進の様子に、ユキは急くなと少しだけ宥める。それだけで、翼は軽く息を吐くと素直に頷いた。未来の目の前で叩きのめされていた。だからこそ、無い物はねだっても仕方がないと冷静に自分に言い聞かせる事が可能だった。

 

「小日向」

「はい?」

 

 翼との言葉が途切れ、ユキは再び未来の名を呼ぶ。

 

「俺の代わりに戦うと言うのは辛いぞ。相手は黒金だ。何時戦う事になるかも解らず、それは明日来るかもしれない。だから、これまでの様に順を追って教える事は出来ない。かなり手荒になる。それでもやるか?」

「……あの先生が辛いだろうって言いました。覚悟はできているつもりです」

 

 そして、聞かれた問いに覚悟はできていると未来は告げる。

 

「そうか。だが、あえて今言っておく。怖いと思ったら投げ出して良い。勝てないと思ったら逃げて良い。命の危険を感じたら何時でも降りて良い」

「……はい」

 

 それでも、ユキは何時でも逃げて良いと未来を見据え告げた。その意思に僅かに気圧されるが、未来もまた強い意志を持ち直すと、頷き返した。

 

「解った。では、君に黒金の自動人形との戦いを教えよう。先に言っておくぞ。君は武門や防人では無い。剣術では絶対に勝てはしない。君は君の武器を手にしなければいけない」

「私の武器、ですか?」

「ああ。君が見つけるべき、君だけの刃だ。君は翼とは違う。だからこそ、先ずは自分の刃を手にしなければならない。君の強さを掴まなければいけない」

 

 言葉が胸に沁み込んで行く。未来はただ頷く。本当の意味は解っていない。だけど、その言葉にはしっかりと考えなければいけないと思える意志が宿っていた。纏っている陽だまりの剣に視線を向け、手にした剣を握り直した。

 

「君は翼とは違う。準備が出来たら言うと良い。そこから、始める事にする」

「解りました」

 

 翼を相手にしていた時、ユキは問答無用で襲い掛かった。互いに武に属する者であった為、それでも良かったが小日向未来は違う。だから、そんな言葉を言ってくれた。気持ちを落ち着ける。そして、準備ができたとユキに告げた。

 

「――自動錬金」

「――え?」

 

 そして、そんな考えが甘かったのだとその言葉を聞き未来は理解した。気圧されていた。戦う前から気圧されていたのだから、気付くべきであった。

 言葉と同時にユキは左手に童子切を走らせ血刃を抜き放った。同時に、黒鉄の右腕が赤色の輝きを解き放つ。黒と赤の軌跡が駆け抜けていく。

 

「小日向ッ!!」

「あうッ!?」

 

 視界が吹き飛ばされていた。大きな衝撃は無い。英雄の剣が勢いを削ぎ、ユキもまた直撃の瞬間に力を流していた。だが、未来は翼が戦っていた時よりも遥かに速い速度で吹き飛ばされていく。そして地を転がり、勢いが弱まると何とか立ち上がった。

 

「では、お前に黒金との戦いを、俺の代わりに戦うという事を教えよう。手加減など、期待するなよ」

 

 血刃が未来に突き付けられている。それをただ見つめていた。痛みは無かった。敵意や殺意も感じない。だけど、何かが纏わりついて来る。その何かが、不意に分かった。ただ、怖かった。

 

「え、あ……」

 

 上泉之景が、本気で未来と戦おうとしている。訓練の時とは違い、文字通り全力で向かってくるのが解ってしまう。敵意や殺意の様なものは一切感じなくとも、同じ戦場に立ったというだけで恐怖していた。自分一人で、これと戦わないといけないという事に気圧されていた。左手から血が零れている(・・・・・・・)。右腕からは赤色の輝きが流れて行く。剣聖の本気である。戦いの経験が多くない未来に受け止められるものでは無い。

 

「剣を抜け。君の持てる全てで挑まないと、勝負にすらならないぞ?」

 

 初めて包み込まれた剣聖の剣気の前に未来は飛翔剣を展開するのも忘れ呆然と立ち竦む。そんな姿を確認したユキは、今できる全てで踏み止まれと短く告げる。その言葉で漸く未来は剣を構えた。陽だまりの剣。カタカタと震えている。剣を向けた事で、尚更解ってしまう。自分ではどう足掻いても手も足も出ないと。血の刃がゆらりと揺れる。殆ど反射的に飛翔剣を放った。風が頬を撫でる。電子音声が聞こえた気すらする。吹き飛んでいた。放った飛翔剣が血刃に消し飛ばされ、錬金術で強化された剣聖の踏み込みに反応する事すら許されず打ち上げられ、吹き飛ばされる。

 

「うぁ――」

「小日向ッ!? 先生、幾らなんでもこれはッ!!」

 

 立ち上がる傍から視界が吹き飛ばされる。手にした剣が何度も零れ落ちる。その度に剣聖は動きを止め、未来に剣を握る暇を与える。立ち上がり剣を握る度に、訳も解らず斬り飛ばされ、殴り飛ばされていた。不思議と痛みは無い。陽だまりの剣の防護機能と剣聖の異常の数倍をいく見切により、力だけが流されれていたからだ。だが、未来にはそんな事を認識する余裕はない。一方的である。どれだけ強く想おうと、拮抗する事すらできずに陽だまりの剣は打ち砕かれて消えて行く。何度生成しようとも、その度に無惨に砕け露へと消えて行く。食いしばる。その時には既に身体が吹き飛んでいる。黒色と赤色の軌跡だけが視界を抜けて行く。翼の叫び声が聞こえる。それをユキは聞こえていないかのように未来に向け刃を振るう。

 

「反応が遅い。黒金は俺の様に待ってはくれないぞ。斬られている途中から生成するぐらいでなければ、とても間に合わない」

「だけど、どうすれば……」

 

 血刃が陽だまりの剣を斬り落とす。未来は懸命に抗おうとするも、意志は斬って捨てられる。太刀打ちできると言う気がまるでしない。痛みが無い事が、その気になればもっと強くなると言われているようで、逆に心に重くのしかかる。

 

「怖いなら辞めても構わないぞ。アレとやり合うのは、俺とやり合うのとそう変わりはしない」

「――ッ」

 

 そして、未来が立ち上がり何度目かの刃を作ろうとした時にユキは最初に言った言葉をもう一度告げた。その言葉に、どうしようもない魅力を感じてしまう。直接刃を交えてようやく理解していた。黒金の自動人形と一人で戦うと言う事は並大抵の事では無い。響や翼、クリスがイグナイトモジュールを発動させて尚手も足も出なかったのである。戦いの経験もなければ、優れた戦いの才能も持たない未来がたった一人で相手にできる訳が無いと思えてしまう。ほんの僅かにぶつかり合っただけで抱いた恐怖心に、心が萎えて行くのがはっきりとわかる。戦っている相手は破格である。だけど、これから戦いを続けると言うのなら黒金と遭遇しないという保証はない。むしろその時の為にやっているのである。

 未来が負けるしかないと思う程の実力差を示したところで、ユキは一度刃を止める。

 

「なぁ、小日向。君は弱いよ。響の様な爆発力を持ってはいない。翼の様な鍛え上げた剣術もない。クリスの様な戦いの才能と殲滅力もない。マリアの様な遠近高水準に纏まった力もなければ、暁や月読の様な互いの呼吸を合わせた変則的な動きにも対応できる連携力もない。君にあるのは、想いの強さがそのまま力に直結する陽だまりの剣だけだ。俺から見れば、今の君は幾らか早く武器を抜けると言ったところか」

「私は弱い……。なら、どうすれば……」

 

 仲間たち一人一人と比べられ、自分は弱いと断言される。ただでさえ手も足も出ない状況での追い討ちに、未来の心は更に打ちのめされる。そもそも参戦自体が他の者と比べて随分と遅いので冷静に考えれば仕方がない事ではあるのだが、黒金とたった一人で戦わなければいけないという重圧が、そしてユキの示す尋常では無い強さが未来に焦りを生まれさせる。幼き頃から武を学び、一族全体が人間を研鑽してきた武門に、つい最近まで喧嘩すらまともにした事の無かった少女が勝てるはずなど無いのだが、恐怖と焦りが未来を包み込む。あの上泉之景が、未来以外には無理だと言い切っていた。それ程の強さを持ち、未来にとっても恩人に当たりその戦いを見た事があるからこそ、その言葉は重いと言える。

 そんな様子の未来をユキはただ見据え、問いかけを続ける。

 

「陽だまりの剣は、自動人形の遣う英雄の剣と同じだよ。だが、君は弱い。何故だと思う?」

「そんな……。一緒な訳がありません。赤い自動人形。ミカと戦った時言われました。偽りの剣では自動人形には届かないって……」

「偽りの剣、か。その剣が偽りなものか」

 

 ミカに言われた言葉を思い出す。偽りの剣では何も変えられないと。黒金の自動人形の持つ英雄の剣は、童子切の欠片が使われているとエルフナインに聞いていた。血刃を扱う無双の一振りの力が使われているのだ。それに比べれば、何の力も宿らないただの剣の欠片から作られている陽だまりの剣は偽りと言われても仕方がない様に思える。

 

「自動人形の持つ英雄の剣と私の持つものは違います。先生の持つ童子切の様な力は」

「それが思い違いだと言っている。童子切は優れた剣であり、無二だと言える。だが、それは関係ないよ」

「そんな事……ッ」

 

 未来の言葉をユキは否定する。英雄の剣に童子切の欠片が使われている事と、陽だまりの剣に数打ちが使われている事に関しては、差は無いのである。その言葉が信じられず、思わず未来は問い返す。そんな様子に、ユキは苦笑を浮かべる。確かに二種の剣の差と言われれば、そこが一番目に付くだろう。だが、本質はそこでは無い。

 

「ならば聞くぞ。陽だまりの剣には童子切が使われていない。それで、英雄の剣と何が違う?」

「それは……。先生の用いる血刃だと思います」

 

 改めて出される問いに、未来は考え応える。血刃を使える童子切と、ただの太刀でしかない数打ちの欠片では、やはり刃とすればそこが違うのではないかと未来は答える。

 

「同じだよ。陽だまりの剣に童子切の欠片を用いたところで、大した変化はありはしないよ」

「そんなことは」

「ない」

 

 未来が自分なりに考えて出した答えが否定される。ならば、何が違うのか解らなくなる。

 

「小日向。飛翔剣を一振り出して貰えるか?」

「……はい」

 

 童子切を収め、生成された飛翔剣を受け取ると、ユキは己の左手から流れている血を吸わせる。

 

「これは……ッ」

「血刃だよ。陽だまりの剣には血刃が使われていないと言うのなら、今此処で血刃を組み入れよう」

「そんな事が……」

「小日向、飛翔剣」

 

 ユキは一振りの飛翔剣を握り血刃を生成、その力を同じ飛翔剣を相手に振るう。童子切とぶつかった時と同じように、未来の作り出した飛翔剣が露と消えた。その光景に思わず見入ってしまう。確かに、陽だまりの剣で血刃が振るわれていた。

 

「これで陽だまりの剣で血刃が使われていなと言う事は無いだろう。血刃を組み入れた事で、何か変わった事があったか?」

「それは、何もないと思います」

「だろうな。童子切は優れた剣ではある。だが、剣だけでは意味がない。君に血刃は使えないよ。だけど、陽だまりの剣には使う事が出来る。だから、血刃の有無では無い。血の刃は、君に必要なものでは無いよ。君が適合したのは元々何だった?」

 

 今陽だまりの剣で血刃が振るわれていた。童子切の欠片には血刃が使われたから強い力があると言うのならば、陽だまりの剣本体を以て血刃が振るわれれば、それは更に強い力を与えるという事になる。だが、そんな事は無い。血刃は、陽だまりの剣と英雄の剣を隔てる大きな差では無い。

 

「それは、神獣鏡です」

「そうだ。聖遺物の力を消滅させる神獣鏡の力。それを陽だまりの剣は受け継いでいる。君に扱えるとすれば、そこだろう。黒金の血刃に血刃で挑もうとすれば相手に一日の長がある。戦う者としても格上だ。君は、君の力を手繰り寄せないと勝機は無いぞ」

 

 未来にとっては、己の手で響を斬りつけてしまった失くしてしまいたい記憶と言える。それでも、その時の出来事があったから、今陽だまりの剣は未来の手許にあった。そして未来は己の思い違いを知る。偽りの剣。それはある意味的を得た言葉であった。陽だまりの剣も、英雄の剣も、剣の欠片から生成されている。だから、絶大な力を持つ童子切の欠片の有無にばかり気を取られていた。だけど、陽だまりの剣は英雄の剣から変質した剣であるのだ。二種の剣の中で最大の違いと言えば、神獣鏡の影響を受けているかと言う点であった。英雄の剣は錬金術を用いられた異端技術である。ユキが血刃で剣殺しと渡り合ったように、聖遺物殺しであるのならば、血刃に渡り合えると言うのがユキの読みであった。確証はない。だが、他の何でも無く、童子切が並大抵の事では斬れないと示していた。それはつまり、神獣鏡の特性を持つ剣ならば血刃に対抗し得るという事である。血刃と血刃のぶつかり合いならば、未来に勝ち目など無い。だが、神獣鏡に適合した小日向未来が振るう聖遺物殺しならば、可能性はあるという事だった。

 

「神獣鏡が……」

「己の持つ武器を正しく把握する。戦うに於いては重要な事だ。手にするのが普通の武器出ないと言うのならば尚更だよ」

「はいッ」

 

 叩きのめされ、心を追いつめられ、漸く己の武器に至る道に辿り着いた。小日向未来はもう一度想いを灯す。守りたいものがあり、一度はその為に力を手にしていた。そしてその想いを利用されたとはいえ、一番守りたかったものを斬り裂いてしまった。その時の事を思い出すと、鋭い痛みと苦い思いが蘇る。だけど、その想いがあるからこそ、より強く想う事が出来る。今度は間違えない。他の誰でも無い響を、そして自分を助けてくれた人たちを守りたい。傷付き、傷付いた記憶があったからこそ、より強く想う事が出来た。過去に抱いた想いは、他でもない今を守る為の力となる。そして、その想いが、守りたいものを守る力を手繰り寄せる。

 

「お願い神獣鏡、力を貸して。陽だまりの剣(ソードギア)抜剣(アクセス)ッ!!」

 

 ――想いを守る刃(ブラッドスレイヴ)

 

 そして、黒金の刃が血刃に到達したように、小日向未来の持つ陽だまりの剣も己の守りたいものを守る為、傷付けてしまった者達を守る為、新たな段階に到達する。願いを、そして想いを守る刃。大切な友達が痛みをこらえて戦わなくても良い様に、傷付いた時共に寄り添えるように。そんな強さを持つ想いの剣。それが小日向未来の辿り着いた剣だった。

 

「やったな小日向」

「はい、翼さん」

「神獣鏡の力を受け継いだ陽だまりの剣。これが、小日向の持つ剣の本当の輝き」

 

 手繰り寄せた剣に見入っていると、固唾を飲んで見守っていた翼が声をかけて来る。その言葉に笑顔で応じる。ユキと対峙していた時は怖くて仕方がなかった。だけど、大切な人を守る力に手が届いていた。陽だまりの剣が放つ輝きは、どこか神獣鏡の放つ光と似た趣があり、刀身全体が淡く輝いているように見える。聖遺物を打消す破邪の輝き。神獣鏡の特性もあいまり、そんな風に思える。

 

「これで、黒金の自動人形にも対抗できるかもしれない」

「はい!」

 

 そして、翼の言葉に本当に嬉しそうに未来は頷く。ずっと守られていた。戦う力を手にしてからも、その立ち位置は殆ど変わる事は無かったと言える。だけどようやく、漸くここに来て誰かを守る事もできるようになる。そう考えると、気持ちが逸ってしまうのも仕方がないと言える。

 

「何を言っている」

「――え?」

 

 そして、そんな少女たちの喜びに水を差す一言が突き刺さる。ユキである。先達は喜びに口元を綻ばせる少女に童子切を突き付ける。

 

「漸く出発点に立ったばかりだ。今の陽だまりの剣など、まだまだ血刃を相手にするには不足だよ。ここからが、本当の訓練だ」

「――えッ」

「翼も幾らか回復してきたようだな。丁度良い。同時に相手をしてみようか。試し切りは必要だろう」

「――えッ」

 

 そして、無情にも告げられる言葉に、二人の少女の表情が引きつる。剣聖は良い笑みを浮かべていた。その様子にあっと思い至る。こういう笑顔を浮かべる時の上泉之景は、楽しくて仕方がないという事である。斬り合うのが。

 

「小日向、覚悟を決めるぞ」

「ええッ!?」

「こういう時の先生は無敵だ。何、精々足腰が立たなくなるまでいじめられるだけだ」

 

 そして、以前徹底的に切り伏せられた事を思い出しながら、遠い目で語る。理屈では無い、武門の前で新しい力に等至れば、そうなるに決まっている。

 

「私、今日歩いて帰れるかなぁ……」

 

 想いを守る刃に到達していた。だけど、改めて見ると眼前に居る人間に通じる気はしない。笑っている。凄くいい笑顔で笑っていた。

 

「先生も、存外負けず嫌いなのかもしれない」

 

 不意に零した翼の言葉、それが戦いの合図となった。そして小日向未来の陽だまりの剣は何度となく撃ち砕かれ、その度に半泣きになりながらより強い想いに手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんなものか」

 

 漸くユキの動きが止まる。眼前には、何度となく叩き伏せられ、ぼろ雑巾の様に地に転がる少女が二人存在していた。

 

「立てるか?」

「な、なんとか」

 

 そしてかけられた言葉に何とか翼は立ち上がり応じる。とは言え、翼ですら満身創痍である。未来に至っては荒い呼吸のまま倒れたままであった。その様子に、此処までで終わっておくかとユキは呟く。それで、訓練は終わりだった。

 

「小日向、生きているか?」

「は、はは、剣撃って何十発も撃てるんですね」

「いや、そんな事が出来るのは先生だけだから参考にしない方が良い」

 

 倒れたまま乾いた笑みを浮かべる未来に、翼も自分も以前叩きのめされた時はあんな感じだったのかと思いを馳せる。担いで帰ろうかと言うユキに、もう少し休んでから戻りますと翼は答え、先達には先に帰って貰う事にする。勝てない事など解っている。だけど、訓練を付けて貰って後片付けまでされてしまっては流石に情けないと想い、自分たちも後で戻ると伝えていた。そう言う事なら先に戻ると背中を向けたユキを見送り、翼はもう一度寝転がる。どうしようもないほど叩きのめされていた。此処まで来ると笑いぐらいしか出てこない。

 

「強いな、先生は」

「そうですね、まるで歯が立ちませんでした。一歩進んだ陽だまりの剣なら、少しぐらい追いすがれるとか思ったんですけど、全然でしたし」

 

 翼の呟きに未来は答える。強かった。どうしようもなく強い。そして、そんな人が自分なんかを頼りにしている。それが、訓練をしている時には不思議だった。その答えが漸く見つかった。

 

「きっと、私たちの為に無理してくれたんですよ」

「小日向?」

 

 寝転がりながら零された言葉に、翼は疑問を抱く。

 

「血が、止まっていませんでした。先生は、私の訓練をつけ始めてからは、ネフシュタンで治る筈の血が止まっていませんでした」

「……ッ」

「ずるいですよね。そこまでしてくれたのに、言葉では絶対に教えてくれないんですから。きっと、先生はどれだけ辛くとも平気な顔をしているんだと思いますよ」

 

 ユキとぶつかり合っていた時の事を思い出す。笑みを浮かべていた。凄まじい動きで、錬金術を多用もしている。だが、ユキの持つ黒鉄の右腕は本来多くの血を用い錬金術を発動させる。ネフシュタンの腕輪が無ければ、多用などできないのだ。それを敢えて用いていた。つまり、それだけ黒金の対策に本腰を入れているという事だ。未来にとって上泉之景は恩人であり、親友の初恋の相手だった。元々響の恋に協力する為に剣を教えて貰う事にしたという側面もある、訓練に全力を尽くしながらも、注意深く観察していた。

 

「遠いな。以前一晩相手をして貰い、私も少しはいい防人(おんな)にして貰えたと思ってはいたのだが、先生の背中は遠いよ」

 

 翼がしみじみと零した言葉に未来も同意する。

 

「帰りましょうか」

「ああ、皆が食事を用意してくれているだろうしな」

 

 二人して寝転がっていたが、少しばかり回復してきたので立ち上がる。

 

「っと、わわ」

「む、少し急かし過ぎたか? では、背中を貸そう」

 

 そして、疲れからかふらついた未来を翼が受け止める。防人でも息も絶え絶えになるほど絞られていた。戦い慣れしていない未来では、直ぐに動くのは難しいかと思い至る。

 

「ええ!? そんな、悪いですよ」

「なに、気にする事は無い。こんな私でも、小日向にとっては先達だろう。先生程ではないにしろ、少しぐらいは頼られたく思うのだ」

「翼さん。じゃ、じゃあ、お願いしますね」

「ああ。任された」

 

 未来自身、歩くのはまだ辛かった為、結局言葉に甘える事にする。翼の背に身体を預ける。翼さんって良い匂いがするなっと暢気に考えていると、ふと気になった事を尋ねて見る事にした。ユキもユキだが、翼も翼で物言いが独特である。以前にも面白い事態になったと響に聞いた事があったから、聞いてみたいとは思っていた。

 

「そういえば翼さんって、先生の事が好きなんですか?」

「ん? そうだな。暇を見ては剣の指南をして貰い、時に厳しく、時に温かく道を示して貰っている。慕うなと言う方が変な話では無いか?」

「うーん。まぁ、翼さんだしなぁ」

 

 響の為でもあるからと自分に言い聞かせ、意を決して切り出した問いに、翼はさらりと答える。帰り道である。二人しかいない為、翼は鼻歌交じりに歩きながら答えた。その様子には恥じらいや焦りなどは見られない。ごく普通に好きだぞと答える翼の姿に、まぁ、翼さんだしなぁっと失礼な安心感すら生まれる。

 

「――む? 私が先生を慕うのがそんなにおかしい事なのか?」

「いえ、そんな事は無いですよ。ただ、翼さんって物言いが独特な時があるじゃないですか」

「自分ではそんなつもりはないのだが。いや、雪音にも偶に何言っているか解らないって言われる事があるし、そうなのかもしれない」

 

 ふむっと考え込む翼に、流石に未来もこれは教えてあげないと可哀そうだと思えて来る。

 

「いえ、翼さんが先生を慕っている事自体は良いんですけど。その、言い方がですね」

「何かおかしいだろうか?」

「はい。普通の人が男の人に一晩相手をして貰っていい女にして貰ったなんて言うとですね――」

 

 少しぐらいなら、古風な話し方でも問題は無いのだけど、翼のソレは色々な意味で物凄い事を言っている時が有ったりする。普通、年頃の女子が男に一晩相手をして貰い、良い女にして貰ったなどと言えば男女の関係を先ず思い浮かべるだろう。翼を良く知り、以前あった出来事の話を響から聞いていたからこそ未来は誤解しないが、何も知らない人間が聞けば誤解は加速する事だろう。風鳴翼は歌手でもある。本人が無頓着であり過ぎては色々と困る事もあるだろうと思い、翼の言動を普通の人がどう解釈するかを耳打ちしていく。

 

「――えッ?」

 

 そして未来の説明を聞き終えた翼の表情は、ピシリとを凍り付く。それはそうだろうなと未来は苦笑が浮かぶ。これまでの翼の言動は、例えるなら人前で公然と愛を囁き、時にそれ以上の事を言っている様に勘違いされかねない。特に響などは、翼にそんな気が無かったと解ってはいても気が気でなかったはずである。そして自分の言動を思い返していた翼が暫く考え込み、パクパクと口を動かすと、一気に赤く染まった。

 

「え、え? あれ? ええッ!? ――ちが、違うの。確かに先生の事は慕っているし、好きだけど、私は別にそんな心算はなかったのッ!? 男性とその、一夜を共にしたなんて事一度も……ッ!?」

 

 そのまま、漸く自分の発言の意味に気が付いたのか、慌てて未来に弁解するように言葉を探すも上手い言葉が見当たらない。あうあうと、普段の防人語も忘れ、羞恥に耳まで赤く染める。普段の凛とした様子からは程遠く、必死に弁解しようとする少女の姿に、幾ら小日向未来とは言えども嗜虐心が擽られてしまう。

 

「じゃあ、翼さんは何の気も無い男性にあんな事言っていたんですね。酷いなぁ」

「待ってッ!違うの。私は自分の言葉にそんな意味があったなんて考えもしてなくて。それに、先生は強くて優しい人だとは思うけど、私には歌女としての仕事もあってそう言うのはまだ早くて……ッ」

 

 少しだけ弄ってみると、面白い様に狼狽が加速する。響一筋の未来ですら、何これ可愛いって思ってしまう程真っ赤になって慌てている。

 

「ふふ、冗談ですよ翼さん。ごめんなさい、解ってて言いました」 

「え……?」

 

 とは言え、流石にこれ以上弄るのは可哀そうだと思い、止める事にする。その言葉に、翼はまた呆けたような声を零した。格好いい翼さんだったり、泣きそうな翼さんだったり、恥ずかしがる翼さんだったりと、今日は色んな翼さんを見ているなっと思いながら、口を開く。

 

「大丈夫ですよ。翼さんがそんな気が無いって言うのは皆分かってますよ。当事者の先生なんて、面白がっている節がありますしね」

「じゃ、じゃあ何でさっきみたいな事を……?」

「それは、慌てる翼さんが可愛くて、つい……」

 

 未来がちゃんと解ってますよと翼に告げると、ならどうしてさっきみたいな事を言ったのと聞かれた。その問いには、だってねえっと、響が居れば同意を求めたくなる。

 

「~~ッ!?」

 

 そして返された答えに、翼は声にならない声を上げる。そしてしばらく黙り込み、乱れた呼吸が落ち着いて来ると一言ぽつりと零した。

 

「今日の小日向はいじわるだ……」

 

 そっぽを向き、絞り出すように零れた言葉に、今日の翼さんが可愛いのが悪いんですと言い返したくなるのを未来は必死で抑えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武門、未来と翼をいじめる
未来、陽だまりの剣を漸く使いこなせるようになる
翼、未来に弄られ赤面


過去に抱いた想いは、今を守る力となる

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