煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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15.剣聖の剣

「くくく……」

 

 始まりの巫女は笑みを浮かべた。ネフシュタンが稼働する。剣聖の身体を毒が侵していく。二つの力がせめぎ合い、人の耐えられる限界を超えた痛みが全身を駆け抜ける。その全てを血刃で斬り落とし、始まりの巫女はただ笑みを浮かべる。ネフシュタンは欠片でしかない。だが、剣聖の身体と言うある種の到達点を無限の再生能力で維持すると同時に、聖遺物の浸食によってその身体能力を人間という枠から外に逸脱させる。更には血刃と言う規格外の能力に加え、剣聖の血脈と言う戦う為だけに研鑽された技術まで存在していた。その力は最早、複数の哲学兵装による複合された意志の力と言うべきものであり、ある意味で、完全聖遺物であるネフシュタンの鎧をまとった時以上の高揚感に襲われる。

 剣聖の右手が、転がっている鉄パイプを拾い上げる。剣聖が吐き出した、ネフシュタンにより生成された血を纏った鉄の棒切れは、それだけで至高の武器へとその姿を変える。態々己の身を切らずとも、大量の血は存在していた。その血に浸すように鉄パイプに血を絡めさせ、血刃を発動させる。血が沸騰する。その全てを、死した歌姫の絶唱により高められたフォニックゲインがネフシュタンの欠片の出力を押し上げ、その性能を加速させる。たった一つの動作であるのだが、それだけで始まりの巫女の知る、肉体と言うものの概念を撃ち砕いてしまう程の性能を感じる。この身体があり、この技術がある。ならば、剣聖と言う言葉もあながち大げさでは無いと、フィーネをして思ってしまう。それだけ、剣聖の持つものは規格外だと言えた。

 上泉之景は、さも当然の如く不可能を押し通す。ネフシュタンから見ていた時は何度も驚かされたものだが、実感として理解できてしまう。これほどまでの高みに居たのならば、確かに並みの不可能ならば斬って捨てられる。

 

「チッ。とんちきが。理由を付ければ何をしても良いってものじゃないんだけど?」

 

 そんな剣聖の姿を見詰め、青は吐き捨てる。想定外の事が起こっていた。始まりの巫女が手を貸すのは当然のように想定していた。剣聖がネフシュタンの欠片を持っている事など、最初から分かっていた事であった。故に、無限の再生を行うだろうことは解っていた。欠片に蓄積されているフォニックゲインは有限である。英雄が立ち上がったとしても、それは時限式の奇跡である。どれだけ規格外の性能を持とうとも、完全聖遺物でない以上は出力の供給が必要となる。シンフォギアが、装者達の歌を動力源とするように、ネフシュタンの欠片もまたフォニックゲインを必要とする。それは、変わらない事実であった。

 

「これは参りましたね。この奇跡は、想定を超えている」

「ああ。運命は変わらない。だが、変えられかねないものもある」

 

 奇跡が起ころうが起こるまいが、それでも描いたシナリオが変わる事は無い。剣聖は死に絶える。その核心は眼前の光景を見て尚揺るがないが、一つ問題が発生していた。自動人形はまだ壊される訳にはいかない。だが、眼前の存在は想定を超えてしまっている。このまま戦いを続けて誰一人欠けずに戦いを終えられるのかという事であった。何もない場所から発生する超高密度のフォニックゲイン。剣聖が何か奇跡を手繰り寄せたのは解る。というよりも、自動人形からすればそれ以外に説明がつかないのだ。まさか、死者が歌を奏でているなどとは、流石の錬金術の結晶と言えども感知できるはずが無い。

 

「まだ高まる力ッ!! 英雄は、死して尚立ち上がる。何かを守る為、意志の力で蘇る。話は本当だったんだゾッ!!」

 

 ただ一人、戦闘に特化したミカだけが嬉しそうに笑う。四騎士の剣の出力を更に上げる。童子切の欠片を媒体に生成されている四騎士の剣は、剣聖そのものの力でもある。剣聖がその強さを示せば示すほど、その意思を宿した童子切の欠片もまた、剣聖の意志に共鳴するようにその力を昇華させる。四騎士の剣が輝きを増し、ミカの持つ炎剣が唸りを上げる。赤き自動人形はただ嬉しかった。自分が全力を出して尚、倒れない敵。子供のような感情を向ける。他の自動人形と違い、ミカ個人で言えば剣聖とずっと戦って居たいと思ってしまう。ミカは戦闘に特化して作られている。他の自動人形と比べても、その戦闘力は追随を許さない。だからこそ、己が全力で戦える相手には好意に似た感情を抱いてしまう。早い話が、楽しくて仕方がないのだ。炎剣を構え、赤は飛び掛かる。敵は強い。そんなものは、人が立ち上がれない状況で立ち上がった事実だけで充分以上に理解していた。

 

「チッ。こっちも勝手な事をして」

「そう言ってやるな。戦闘特化型でありながら、全力で戦えない筋書きだったのだ。それが、このような形ではあるが戦える。嬉しくて仕方がないのだろう」

 

 赤の様子に青が頭を抱えるが、黄色が眼を瞑ってやれと小さく笑う。はっきり言って自動人形にとって窮地である。窮地ではあるが、何故か嬉しくて仕方がないのだ。英雄を殺す為に動いていた。だが、同時に英雄の在り方に惹かれてもいた。英雄を殺すのは何時だって想定のされない力である。考えて見れば、毒による謀殺などその最たるものであると言える。これ以外の方法は英雄が強過ぎるが故に実行できない。その為、必殺の意志を以て挑んだのではあるが、同時にこうも思ってしまっていたのだ。このような手段で英雄を殺してしまって良いのだろうかと。結局、時限式の奇跡とは言え、英雄が自動人形の想定を超えて来た事が嬉しくて仕方がない。それでこそ英雄だ。レイアは、始まりの巫女が操る英雄の身体を見据え、囁くように言い放つ。

 

「剣聖が潰える時。それはやはり、剣が折れ、意志は尽き果て、身体は限界を迎え倒れなければいけない。結局は、こうするべきだったのかもね」

 

 紫鞭が舞い、金弾が落とされる。剣殺しの哲学を無理やり付与した金弾も、ネフシュタンの前では何の効力も発揮しない。それを十分すぎるほど理解しているからこそ、力の無駄遣いを抑える為ファラは己の剣のみに剣殺しを作り上げる。敵は人間の最高峰であり、始まりの巫女であり、奇跡の体現者であり、最早ネフシュタンの聖遺物との融合症例であった。人の身体だけであれば、とうに食い殺されている。それはつまり、ネフシュタンの欠片が剣聖と一つになったという事に他ならない。立花響の、聖遺物との融合症例。それと極めて近い状態に近付いているという事だろう。始まりの巫女の意識が表に出てきているのがその憶測を確信へと変える。終わらない蛇の毒は、駆逐された訳では無い。それどころか、未だ剣聖の身体を蝕んでいるだろう。故に、ただ殺戮を抑え込み、奇跡を押し通しているだけに過ぎない。だからこそ、その姿が尊く思えてしまう。剣聖の身体は死と再生を繰り返している。それは、揺らぐ事の無い事実である。その姿に敬意を表し、最大限の剣殺しをファラは作り上げ、剣聖の意志へと刃を躍らせる。

 

「ふん。皆、英雄様に充てられてるようね。……仕方がない、正面から潰してやるよッ」

 

 そして、結局最後には青も己の持つ剣の出力を限界まで高める。解ってはいたのである。英雄は、このような手段で殺してはいけない。何よりも、流行り病から村を救った英雄を父親に持つキャロルの思考パターンを元にしているからこそ、心の奥底ではそんな想いを抱いていた。それでも計画の実行の障害へとなる物を取り除くのが自動人形の役目であり、ガリィの存在意義の一つだと言える。はっきり言って、英雄の事は好きだが、それが主人の目的を妨げると言うのならば、戦うのには何の躊躇も無かった。主であるキャロルが出来ないと思うからこそ、自動人形が為さねばならないからだ。

 

「健気なものだな。勝てぬと解って尚、剣を抜き放つ」

 

 そんな四機の姿を一瞥すると、迫る金弾をネフシュタンの紫鞭で弾き飛ばしながら、炎剣と剣殺しの刃を掻い潜り、青も加わり遠近入り乱れた四機の連携を前に、始まりの巫女は笑みを深める。

 

「ハッ。勝手に決めてくれんなよッ!」

「確かに血の剣は強いかもだけど、万能じゃないんだゾッ!!」

 

 ほんの一瞬の交錯。二機が何度目かの消滅の力を纏う。始まりの巫女の、剣聖の口許が大きく吊り上がった。金眼が、刃を睨め付ける。ありとあらゆるものを消滅させる刃。本当にそんな物があるのならば、持つ事すらできない筈である。つまり、刀身だけがその力を宿していると言える。

 

「強い力を持つと、それに頼りたくなるものだよ」

「ぞなもしッ!」

 

 振り上げられた二機の手の中で、障壁が展開される。自動人形が目を見開く。四騎士の剣が、突如生まれた圧力に弾き飛ばされる。障壁は防御だけに使われる訳では無い。機転を利かせれば、攻撃の起点にも充分なり得る。何せ、始まりの巫女の意志で発生させられるのだ。その汎用性は随分と高いと言える。

 

「お相手願いましょうか」

「ふん」

 

 剣を弾き飛ばされた隙を突き、紫鞭が二機を弾き飛ばす。同時に踏み込んで来たファラを、始まりの巫女は血刃を以て迎え撃つ。剣殺しと言えども、鉄パイプ相手には本領を発揮できない。血刃を無効化できてはいるが、刃その物は剣聖の身体が弾き飛ばす。始まりの巫女に剣術の覚えはない。だが、依り代となっている剣聖の身体は規格外の剣術を持っていると言える。フィーネが操って尚、体に染みついた経験が迫り来る刃を叩き落す。近接戦での反応自体は、剣聖の足元にも及ばない。だが、解き放った殺人剣の境地は、剣術を極める為に作り上げられた武門と、その歴史によって紡ぎ上げられたある種の呪いと、これ以上ないほどの相性の良さだと言える。活人剣の時では届かなかった高みに、殺人剣の境地は達していると言える。

 血刃は唯一無二である。だが、極めつけられた刃があれば、それは不要であった。何せ、今斬るべき相手は目に見えないものでは無い。目に見え、眼前に存在する人形である。そこに在るものを斬るのならば、血刃の様な小細工は必要では無かった。ただ斬るだけであるのならば、武門が作り上げた剣聖の斬撃に勝るものは無い。普段の剣聖の剣は、人を生かす為の剣しか使わない。誤って不必要な殺生をしないように、手心が加えられていると言える。だが、今の剣聖の剣は違う。本来剣聖の剣は、活殺自在なのである。光が差せば影が差すように、人を生かす剣があるならば、人を殺す剣もまた確かに存在する。その両面を認めた始まりの巫女が操る剣聖の剣は、上泉之景に何段も劣りながらも、本来の剣を凌駕するものを持っていた。否、今のフィーネの操る剣こそが、本来の武門が操るべき剣だと言える。

 

「くぅ……」

 

 故に、剣殺しが剣を殺す前に、活殺自在の剣が使い手を切り伏せる。腕が飛ぶ。剣殺しが宙を舞い、咄嗟にファラが後退する。斬撃を、二機の自動人形が阻んだ。青と赤。互いの刃を重ね、自在の剣を受け止める。

 

「好機」

 

 レイアが受け止められた刃を認め加速する。地の力を宿した剣。旋棍を得物とするレイアの剣は、間合いよりも手数を重視する異色の剣だと言える。拳を突き出せばそのまま斬撃となるジャマハダルのような形状に剣の形状を固定し、必殺の一撃を狙い定める。

 

「――自動錬金」

 

 赤が吹き抜ける。目が見開かれた。黒鉄の右腕が稼働している。代償となる血液は、ネフシュタンが供給している。剣聖が一瞬しか用いる事が出来なかった超加速を、始まりの巫女は存分に使い切り抜ける。加速された活殺自在の斬撃が、レイアの両腕を飛ばした。同時に、その身体を蹴り飛ばし反転する。ぐるりとまわりながらの斬撃。隙を突こうと踏み出していた二機の自動人形の隙を、逆撃する事で圧倒する。

 

「くくく、ははははは!! 」

 

 剣聖は高らかに嗤う。始まりの巫女が操る剣聖の戦い方は、剣聖本人に比べれば何段にも劣る。にも拘らず、一切の容赦を排除した剣聖の動きは、全ての動きが絶大な効果を持っていると言えた。変わったのは心持ち一つである。それだけで、意志の力を宿した刃は遥か高みに到達したと言える。そのあまりの力に、始まりの巫女は笑う。何の事は無い。ただ、気分が良いのだ。極められた身体で、極めた技を振るう。できない事は何もなく、強敵であった者達が容易く撃ち砕かれていく。それは、ある種の悦楽である。強すぎる力を振るい相手を蹂躙する。それは、何物にも代えられない、原初の娯楽だと言える。強き者が弱き者を蹂躙する。それが、英雄の持つ力だと言えた。

 リインカーネイションにより、悠久の時の中を生きたフィーネであるが、今、自分が感じている高揚は、かつて感じた事の無い物だった。人の到達点と言える程の身体能力に加え、剣聖と言われるほどの技量。その力を振るうのが、楽しくて仕方がないのだ。

 

「――ッ!? そうか、だからあの男は」

 

 口元から零れた血に、そこまで昂っていた気が幾らか萎える。そうして、何故剣聖が殺人剣を用いる事を良しとしなかったのか。その本来の意味に辿り着いた。確かに殺人剣は強い。武門もまた、戦う術を研鑽して生きた一族である。その血は呪われていると言える。それも、ただの人間の呪いでは無い。剣聖と呼ばれるほどの者達が何代にも渡り積み上げて来た研鑽の呪いである。その特性は最早、戦う為の哲学兵装に近いと言える。武門と言う生き方そのものが、哲学の刃と化しているのである。だからこそ、その力を振るえば何物をも蹂躙する力となり得る。何よりも、己自身の研鑽によって高められた力を振るうのは、どんな快楽にも勝ってしまう。剣聖の力を用い、自動人形を蹂躙する時、始まりの巫女は確かに快感に打ち震えていた。壊すのが楽しかった。戦いに生きるのが、楽しくて仕方がなかった。だから、解ってしまう。心が、肉体に引き摺られてしまうのだ。ほんの僅かな間、全力で戦っただけで、何千年も生きたフィーネですら肉体に影響されていた。これがあるから、剣聖は殺人剣を使う事を良しとしなかったのだと解ってしまう。使い続ければ、戦いだけに飲まれてしまう。それが解っているから、剣聖は、殺人剣を抜きはしないのだ。

 

「だから、死を恐れないのか」

 

 そして、もう一つの事実に到達する。剣聖が死を恐れない理由。父の死が鮮烈に刻まれ、託された想いが胸に刻まれている。それが最大の理由だと思っていた。だが、そこにもう一つの理由が加えられる。上泉之景は、強すぎるほど強く、武門の特性を受け継いでいると言える。何せ、フィーネの意識が引っ張られるほどの在り方である。その呪いとも言える在り方に、生まれた時から晒され続けて来ていた。大切なものに託された想いと、それを叶えるべき研鑽が強靭な精神力を育むと同時に、武門と言う在り方も強く育て上げてしまっていた。戦って生き、戦いの果てに死ぬのがその本質である。身体が、心が、存在そのものがそれを理解してしまっているのだ。何せ、繋いできた想いであると同時に刷り込まれてきた呪いでもある。考えでは無く、既にそういうものと化しているのだ。だからこそ、そんな有様で尚、在り方に飲まれず活人剣を振るう強固な意志が、己こそが最大の殺人剣である事を許せるわけもなく、戦いの果てに何かを守って死ねるのならば、それはそれで良い事なのだと考えている事が強く理解できてしまう。実際、少し動いたフィーネですら己が戦いに飲まれかけ、戦いの中に生きようとしている事を感じられた。

 

「まったく、どうしようもない男」

 

 だからこそ、始まりの巫女は少し悲しげに呟いた。果たして、これは愛で何とかなるものなのか。

 以前から、それこそ、初めて対峙した時からフィーネには不思議ではあった。何故この男は、これ程強固な意志を保っていられるのか。誰かの為。それだけの理由で、死に相対する事が出来るのか。それが、理解できなかった。永遠を生きるフィーネならば、長き時を生きる間に少しずつ強いものが作り上げられたと理解できる。だが、上泉之景が生きた時間は、フィーネからすれば儚い閃光の様なものでしかない。にも拘らず、あっさりと、本当にあっさりと死線を越え戦って来ている。フィーネが知る限り、手を貸さなければ既に二回死んでいる。敵である錬金術師の言葉を信じれば、三度死んでいる。それでも尚、戦う事に何の迷いもなく、疑いもない。英雄で在れてしまう。その理由が漸く解った。ユキは、生かされている。故に、自死は選ぶ事が出来ない。だが、己その物が大きな爆弾の様なものである。戦いに飲まれ戦いに生きる修羅の道が常に過っている。それでも、託された想いを違えたくはない。だからこそ、誰かを守る戦いの果てに誰かに殺される事を無意識に望んでいるのではないかとフィーネは結論付ける。

 

「好き放題言ってくれるな」

『……ッ!?』

 

 そこで、不意に己では無い意志が口を開いた。既にネフシュタンによる穿たれた心臓の再生は完了していた。ほんの僅かな間眠っていた剣聖が、その意思を取り戻す。倒れ伏す自動人形を見据え、己の手にある鉄パイプを持つ手の感触から、状況を察する。

 

「抜かせてしまった、か。無様、だな」

 

 呟く。それは、己の腕が落とされた時に呟いた言葉。生かす為に鍛え上げたにもかかわらず、結局殺人剣に頼らねばならなかった己の在り方に、失笑を零す。

 

『ごめんなさい』

 

 不意に届いた胸の内からの言葉に、剣聖は思わず目を丸める。嘆いたのは、己の不甲斐無さだけである。自身が死の淵に立ったからこそ、死者に無理を押し通させ、フィーネに自分が戻るまでの間、戦わせる事になった。確かに殺人剣は使いたくはなかった。だが、使わせてしまったのこそ己自身の不明である。そうでなければ、自動人形を相手どれなかったという事なのだろう。上泉之景は、己が立つまでの間を繋げてくれた始まりの巫女に感謝こそすれども、謝られる理由など無かった。

 

「剣術は力だ。誰かを殺す事にこそ、その本質はある。それを認められていなかったのは、俺の方か。あの子には、力は使い方だと言っておきながら、己こそが恐れていた。穴があるのならば、入りたいものだ」

 

 振るわれる殺人剣を、上泉之景は確かに感じていた。故に、剣聖は理解する。力はそれその物に良いも悪いもない。そんな事をクリスに語って置きながら、自分こそがそれを認められていなかったのだと。故に、抜かせたくはなかった刃を、よりにもよって、他者に抜かせる事となった。この力は、己の内に在るものである。故に、己こそが責任を持たねばならないものだ。殺人剣で誰かを生かせないと言うのならば、殺人剣で誰かを生かせないという事実こそ切って捨てるべきである。それが、涙を流して助けを求めていた少女に、一つの道を示してしまった己が為さなければならない事である。剣聖は再び刃を握りしめる。ネフシュタンが起動し、毒を押し留めている。故に身体は万全と同じように動かせる。だが、そう言う事では無かった。心持が変わっていた。力は、使い手があってこそ初めて何かを為すのである。殺人剣が何かを殺す力だと言うのならば、殺人剣の在り方こそを殺してしまえば良い。

 

「お前たちは、俺の事を英雄と言ったな?」

「ああ、言ったわね」

「この手が持つ力が英雄の力だと言うのなら。強き力であると言うのならば、その力で何かを守ってみせるよ。イザーク・マールス・ディーンハイムが、馬鹿娘の父親が村を守ったように、な」

 

 そして、剣聖は再び己が足で立ち、血に塗れた刃を突き付ける。強靭な意思が示している。強き力があるのならば、それは何かを守る為にこそ使われるべきであると。己が大切なものに守られたからこそ、誰かの為に生きた死者にすら背中を押されたからこそ、そんな想いを強く胸に灯す。自動人形は、誰かを生かす剣を振るう自身の事を英雄と呼び続けて来た。それは恐らく、敵対する錬金術師の父親がそんな生き様を見せつけたからだろうと、剣聖は結論付ける。ならば、だからこそ負ける訳にはいかない。キャロルの父親が誰かの為に生きたと言うのならば、そんな英雄であったと言うのならば、何よりも実の娘に父親の在り方を否定させないために、再び立ち上がる。

 

「く、くくく。あははははッ!!」

 

 その言葉を聞いたガリィは思わず、大きく笑ってしまった。いう事をかいて、主の父親の為。剣聖はそう言い切っていた。何を馬鹿な事をと思うと同時に、誰に言われても響く事は無いが、この男にならばと思わせる力を持っている言葉であった。何の迷いもなく言い切られた言葉に、いっそ、痛快な気分にすらなってしまう。

 

「まさか、マスターの父親の為に戦うと言い切るとはね。流石は英雄様。驚かしてくれる」

「とは言え、驚くほどに耳障りの良い言葉です」

「このまま味方になってくれるのなら、我らとしても地味にありがたいのだが。そう言う訳にもいかないだろうな」

「マスターが聞けば、喜ぶと思うんだゾ」

 

 四機の自動人形が再び立ち上がり、四騎士の剣を再展開する。斬り落とされた腕が光に包まれ、再びその腕で刃を構える。四騎士の剣が、剣聖の剣に向けられる。風が流れている。

 

「さて、どれ位戦えるのか」

『どれだけでも。それこそ、あなたが望むだけ戦わせてあげるわ』

「それは有難いな。礼を言うぞ、フィーネ」

 

 ぽつりと零された呟きに、始まりの巫女は答えていた。その言葉に礼を言うユキの言葉に、フィーネは胸を打たれていた。戦いを前にした男の言葉には真実が宿っている。その言葉は、本心から始まりの巫女に感謝を述べているのだと、痛いほど解ってしまうからこそ胸を衝く。どれだけでも戦えると言えば、本当にどれだけでも戦って見せるつもりなのだろう。その想いが、もの悲しくて仕方がない。

 

「――自動錬金」

 

 剣聖は、託された想いの宿った腕を稼働させる。エルフナインは、キャロルを止めて欲しいと言っていた。キャロルは、父親は何故殺されねばならなかったのかと涙を零していた。自動人形たちは、『英雄』と呼ばれる存在に固執していた。それは、守りたい、或いは無くしたくない大切なものがあったという事なのだろう。ならば、負ける訳にはいかなかった。想いを託され、相手の気持ちも解ってしまうからこそ、こんな所で死ぬわけにはいかない。助けてくれる『英雄』を望んだ者達が居る限り、仮にもそう呼ばれた自分は此処で倒れる訳にはいかなかった。

 

「エルフナインは言っていたよ。キャロルを止めて欲しいとな。世界を壊すなんて間違っていると」

 

 右腕が命の輝きを放つ。英雄は、誰かの想いを受け止める限り何度でも立ち上がる。笑みを浮かべた。活殺自在の剣。己が少女に教えた事を偽りとしない為、忌避していたものを抜き放つ。力とは、使い手の在り方次第である。己に、そう言い聞かせた。

 

『たくッ。あんたは直ぐに死にかけるんだから、ある意味翼以上に心配だよ。文字通り、おちおち死んでもいられない。見てるこっちの身にもなってくれ』

『ずっと、お礼を言いたかったんです。私の大切なものを守ってくれてありがとうって』

 

 死者たちがそんな剣聖の姿を見詰め、声を送っていた。死して尚、誰かの為に戦っている。その尊い想いを受け止め力と変える。少女たちは、誰かの為に命を燃やし尽くしていた。だからこそ、剣聖の在り方が良く解ってしまう。誰かの為にと戦う姿に、死んでほしくないと思ってしまう。

 

「託されたものがある。それがある限り、俺はまだ戦える。まだ、立ち上がれる」

 

 そして、前を見据えた。自動人形の傍らに、一人の男の姿が見える。その姿に、剣聖はああ、そうかと思い当たった。男はただ、ユキの方を黙って見詰めると、一度頭を下げた。それで、上泉之景には充分であった。

 剣聖の剣と四騎士の剣がぶつかり合う。先程までを遥かに越えた意志を宿し、剣聖は刃を振るい笑みを浮かべた。負けられない理由が増えている。ならば、負ける訳にはいかない。

 

「なら、戦って見せてよッ!」

 

 そして自動人形は迎え撃つ。剣聖の剣は再び命を灯し、戦場を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この辺りか」

「はい。本部からの送られる反応はこの辺りから出ています。突如観測された絶唱クラスのフォニックゲイン。一体、何が起こって……」

 

 本部より観測された高密度のフォニックゲインの観測地点。その近くに辿り着いた緒川とマリアは、お互いの顔を見合わせる。不測の状況が続いていた。黒金の自動人形襲来と同時期に起こった唐突な現象。そして、アガートラームがそのフォニックゲインに反応を示していた。何かがある。それだけは解った。緒川が周囲の安全を確保しながら、少しづつ目的の場所に近付いていく。マリアはリンカーを手にしている。だが、そのリンカーも、天羽奏ように作られたものであり、マリア用に調整されたものでは無かった。迂闊な使用は、体に悪影響を及ばしかねない為、ギリギリの所まで温存していたと言う訳であった。

 

「この音は」

「斬撃音です。つまり……ッ」

 

 不意に金属同士のぶつかり合う音が耳に届く。その時には既に緒川が動いていた。一瞬で、周囲の安全を確保すると、一気にマリアを連れて移動。即座に、戦いが行われている場所に辿り着く。眼前では、四機の自動人形と、剣聖の戦いが繰り広げられている。数える事を放棄してしまうような飛翔剣の嵐。純白の外装を纏い、各々の属性に対応した色を持つ剣を持つ自動人形。その全ての攻撃を往なし、圧倒的攻勢の中に身を置きながら、何故か自動人形を圧倒している剣聖の姿があった。

 

「一体なにがッ。けど、援護しなければ」

 

 余りの光景にマリアは一瞬息を呑むが、たった一人で戦いを続ける剣聖の姿に手にしたリンカーを己に打ち込む。そして、聖詠を唱えた。

 

「――Seilien coffin airget-lamh tron」

 

 高められていたフォニックゲインが、マリアの歌に共鳴するようにその力を輝かせる。歌の力が全身を覆い、銀色の外装を纏わせる。フロンティア事変の最期に纏ったシンフォギア。妹のセレナが残してくれ、母であるナスターシャに託され、新た仲間であるエルフナインが作り上げた新しいマリアの力だった。銀色の輝きを纏い、マリアは戦場に降り立つ。そして、加勢する為にアームドギアを作り出す。

 

「チッ。外れ装者が着たかッ!」

 

 そして、交戦中の自動人形たちがその姿に気付いた。響を襲った時、邪魔をされたガリィが吐き捨てるように呟いた。だが、迎え撃つ剣聖に意識が集中していた為、隙を突くには十分だった。アガートラームの武器である蛇腹剣を構えたところで、マリアはすさまじい衝撃で吹き飛ばされた。

 

「――うあああ!?」

「マリアさんッ!」

 

 踏み込もうとしたところで、吹き飛ばされたマリアに緒川が何とか追い付き受け止める。一体何がと、受け止まられたマリアは自分を弾き飛ばしたものへと視線を向ける。

 

「来るなッ!」

 

 マリアは弾き飛ばしたのは、あろう事か剣聖の刃であった。遠距離に飛ばす事の出来る斬撃。遠当て。それを一切の遠慮なく用い、マリアを吹き飛ばしていた。一瞬状況が理解できずにいると、聞いた事もない剣聖の叫びが届いた。

 

「毒ッ!!」

 

 その一言で、マリアが理解する前に緒川が動く。風の流れを読み、同時に己とマリアに布を取り出し押し当てながら風上に移動を始めた。

 

「ああ、そう言う事。心配しなくても、こんな毒はあんたにしか使わないわよ。英雄を殺す為にしか、こんな力は必要ないの。それに、これはあんた以外は殺せない。そもそも、あんたを殺す為だけに調整したものだから、あんた以外には効かないもの」

「敵の言う事を信じろと?」

「別に、あたし的にはどっちでも良いんですけどね~。とは言え、此方の動きに気付いたという事は、潮時か」

 

 交戦を行っていた自動人形たちが、動きを止める。それに対峙するような形で、剣聖は刃を止めた。辿り着いた緒川とマリアの姿を認め、ガリィは深い笑みを浮かべた。

 

「良かったわね、外れ装者。英雄様は、あんたが毒にやられないように気遣ってくれたのよ」

「毒、ですって!?」

「そうよ。錬金術の一つの到達点。終わらない蛇の毒。覚えておくと良いわよ。エルフナインならば、それがどういうものかきちんと説明してくれるだろうから」

 

 自動人形たちは、戦いはもう終わりだという様に四騎士の剣を解除する。そして、近付きたくても近付く事が出来ない二人にそんな言葉を届ける。

 

「英雄を殺す為に作り上げた、英雄だけしか殺せない毒よ。だから、そこに居る英雄様以外には感染する事などありえないわ」

 

 そして、各々が懐からテレポートジェムを取り出すと、戦っていた英雄を見詰める。

 

「残念だけど、此処で終わりね。英雄は確かに奇跡を起こして見せた。それは素直に称賛させてもらうわ」

 

 結晶が地で割れ、その姿を覆う。

 

「じゃあ、奇跡が続いていたらまた会いましょう。英雄さん」

 

 そして自動人形はあっさりと姿を消した。存在感が消え、自動人形のエネルギーの反応も途絶える。本当に何の躊躇も無く、人形たちは撤退していた。

 

「――」

 

 その姿を見詰めていた剣聖は静かに天を仰ぐ。戦いは終わっていた。だが、異様な空気が流れていた。

 

「なにが……?」

「終わったよ。戦いは、終わったんだ」

 

 何とか出されたマリアの問い。それに、ユキはただ静かに笑った。その口許から、赤いものが一筋流れ落ちた。

 




フィーネ、暴れる。その途中で、武門の本質を理解する
武門、活殺自在の境地に到達
自動人形、撤退
マリア、武門と合流

奇跡により再び立ち上がり、自動人形を撃退。
ただし、奇跡が起こせたのは自動人形の撃退のみ

次回ぐらいに久々のクリスちゃん回が

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