煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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5.和解と暗躍

 雪音クリスは浴槽に深く浸かった。そのまま口元まで湯船に埋めるとぶくぶくと息を吐いた。

 何故戻ってしまったのか。大人は信用なんかできはしない。敵である風鳴弦十郎にそう明確に言い放っていた。

 感情に任せて叫んだ直後、シンフォギアを纏っていた。その場に居たくは無かった。勝手な事を言う大人の言葉など、聞きたくは無い。あたしを残して死んだパパとママを思い起こすような優しさに触れたくは無かった。

 そんな衝動に身を任せた時に、その場に共に来た男は一言呟いた。

 

 ――それが君の抱えていたものか

 

 胸を一突きにされたかと思った。

 風鳴弦十郎は、雪音クリスの事を知り手を尽くして探したと言っていた。傍に居たユキは、何も知らずにクリスの面倒を見ていた。助けられた。ただそれだけを理由に、向かい合う事になった。

 言葉を交わし傷跡を抉られた。他者と交わる事をせずに意見だけを押し付ける。そう断言されていた。否定しようとして思い至った。自分が行おうとしている、戦争を起こそうとする者と力を持つ物を片っ端からぶっ潰す。その考えはまさしく言葉通りではないか。

 同時に立花響の言葉が思いだされる。人間同士で戦うなんて止めようよ。こんな戦いには意味が無いよ。クリスちゃんと仲良くなりたいんだ。ユキに出会うよりも遥かに前に言われた言葉。差し伸べられていた手。その全てを振り払い、戦えと強要した。

 そして、もう一人の装者がクリスの前に立ち塞がった。一度思いっきり戦えば良い。そう言ってユキは響に向かい合った。クリスと風鳴翼がぶつかり合う中、二人は座り込み話し始めた。戦いの最中何をしているんだと思ったが、あれは、折り合いを付けたと言う事だったのかもしれない。大人らしいずるい手だと思う。だけど、クリスの要望を聞きつつ、響の思いもある程度満たす。上手いやり方だった。

 そして無理やり戦いを終わらせ、その横暴をクリス自身の口から否定させた。お前は同じ事をしているのだよ。そう突き付けられた時、何も言い返せなくなってしまった。いや、言われなかったが解る。もっと酷い事をしていたのだ。力を持つから問答無用で潰すというのは、それほどの理不尽であると言える。

 正直に言うと、イライラが満たされた。だけど、どこか嬉しかった。自分の話を正面から聞き、それは違うと道を示してくれた。少なくとも、クリスの言い分を聞いた上で真剣に相手をしてくれた。それが、少しだけ嬉しかった。

 

「……だけど、今更信じられねーよ」

 

 そんな胸中の思いを否定するように零す。今更大人を信じても良いのか。何度言っても酷い事を止めてくれなかった大人を許して良いのか。馬鹿な夢を追い、自分を置いて勝手に死んでしまったパパとママを許してしまっていいのか。そう考えると答えは出ず、もやもやとしたものだけが残ってしまう。

 クリスを迎えたユキは、ただ入れとだけ言った。少しぬるくなった珈琲をくれただけで、何も聞かなかったし、言う事も無かった。それが、嬉しいと同時に物足りなくも感じた。

 

「信じても良いのかな……?」

 

 優しい言葉など殆どかけてはくれない。むしろ酷い時もある。だけど、何処か心地良かった。

 もう一度ブクブクと湯船で息を吐く。考えがまとまる事は無い。

 

 

 

 

 

 

 

「決めたよ」

 

 夜が明けていた。簡単な朝食の準備をしている時、身支度を終えたクリスは何処か吹っ切れたように伝えてくる。手を止め、どうかしたのかと促す。

 

「あたしは、決着を付けなきゃいけない相手がいるんだ。そいつにもう一度会いに行ってこようと思う」

「決着?」

「ああ。名をフィーネってんだ。あたしが最後に信じて、捨てられた相手……。もう一度だけ、会いに行こうと思う」

「そうか」

 

 短く頷く。俺を軽く見上げながら言うクリスの言葉に、意思のようなものを感じた。昨日の一件もあり、彼女なりに考える事が有ったのだろう。具体的な事は解らないが、その意志だけは強く感じられた。止めるべきではない。それだけは解る。

 

「すこし、手伝ってもらおうか」

「へ?」

「朝食を食べてから行くだろ。なら、少しぐらい手伝ってから食べても良いだろう」

「……ああ、分かったよ」

 

 朝食の準備を手伝ってもらう事にする。とは言え、大したものではない。精々卵を焼くぐらいだ。

 大した手間もかからず、直ぐに終えた。黄色く焼きあがる卵が、少し焦げ気味になっている。あまり上出来と言う訳では無いが、自分も大した腕では無いのでこれでも十分美味しく頂けるだろう。微妙にへこんでいるクリスを促し、朝食を取る。

 もう一人の居候である黒猫には猫缶を開けた。野良ではあったのだが、最早なじみ始めている。まぁ、こんな同居人も良いかと笑う。こちらをチラリと一瞥し、またガツガツと喰らい始めた。

 

 やがて食事も終える。それほど多く語る事も無かった。全ての準備が終えた時、クリスが此方を見た。

 

「本当に世話になったな」

「別に気にする必要もない。二度命を助けられている。借りすぎなくらいだよ」

「それでも、だ。助かったのは事実だよ。だから、その、ありがとう……」

 

 最後の方は消え入りそうな声で何とか絞り出した。その様に、らしいなと笑った。

 ひねていて意地っ張りだが、根元のところは素直だと言える。そんな姿が年相応で可愛らしい。

 

「構わないよ。全部終わったら、どんな終わりになったか聞きたいものだ」

「……また来ても良いのか?」

「ああ。嫌では無いのなら、また来てくれると嬉しい」

「わかった。必ず来させてもらう」

 

 また来ても良い。ただそう言ったのだが、意外そうにした後にどことなく嬉しそうに頷いた。

 

「頑張れ」

 

 部屋を後にする。その際に背中にそう投げかけた。一度歩みが止まり、数瞬してまた動いた。返事はせずに片手を軽く上げる。彼女らしい返事だった。

 

 クリスが出て行ったところで、家探しを始めた。風鳴司令は近々進展があり、大きな事件が起きる可能性を示唆していた。ならば、必要な物を準備しておく必要がある。左手用のプロテクター。早い話が小手だ。ノイズが相手では何の意味もなさないが、人間が相手ならば銃弾にも数発耐えられる。

 司令は俺の力を借りたいと言っていた。それはつまり、ノイズ以外が相手の可能性が大きいという事だ。ノイズが相手だというのならば、それこそシンフォギアが相手をすべきである。更に、機動部の面々には知られたくないと言わんばかりに通信機を渡されている。となれば、機動部の、それも司令が居る二課の面々に聞かれたくは無いという事だろう。敵は内部に居るという事なのか。

 思考に耽るも、事実は今暫く分かる事は無いだろう。一度小手を身に付け、軽く動かす。問題は無さそうだ。手の甲から腕の半ば程までの小さな防具。それが自分の持っている唯一だ。剣など持ってはいない。機動部に所属していた時ならば兎も角、民間人としては使う局面など殆ど無いからだ。何よりも、剣と同じ重さで長さならば同じように使う。そう言う事はやり続けていた。難しい事ではない。

 

「二人になってしまったな」

 

 黒猫を抱き上げ軽く零す。昨日もそうであったが、クリス一人いないだけで随分と静かになった気はする。

 準備と言ってもそれほど多い訳では無い。直ぐに終わったので、猫相手に無聊を慰める。

 

「さて、司令は何を考えているのか。シンフォギア以外の手札とはね。国立博物館、か……」

 

 猫相手にそんな事を話す。無論猫に解るはずもない。時折にゃあと鳴き声を上げる黒猫を相手にしていると、不意に気付いた。そう言えば猫の名を決めていない。

 

「クリスが来た時に決めるか」

 

 思えばこの猫を拾った時、クリスにも出会った。縁は深いと言える。なら、あの子と共に決めるのも悪くは無いだろう。お前の名はもう少し我慢してくれ。そう呟き、猫を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 雪音クリスはかつての隠れ家に来ていた。彼女の信じた相手。自分の事を理解してくれていたと思っていた人。フィーネにもう一度会うためだ。

 親を早くに亡くしたクリスにとっては、親代わりと言えなくもない。結局彼女は、聖遺物の起動や聖遺物と人間の融合症例である立花響を確保するために良いように使われるだけであった。

 時にはノイズすらも使い響や翼とぶつかり合いもした。結局課せられた仕事を果たす事も出来ず、上位互換と言っても良い様な響の登場により、クリスの存在意義は薄れていく。

 そして、嫌いだと自分に言い聞かせていた歌をも用いて戦うも、響の確保に失敗した事により、フィーネに失望され決別していた。命を狙われてですら、クリスはフィーネを憎み切れなかった。

 最後に信じた。解ってくれたと思っていた。その人に、モノのように使い捨てられた。その事実を認めたくなかったのだ。何処かで何かの間違いだったと言ってくれる事を期待していた。

 

「なんだよこれ……」

 

 だからこそ、今目の前に広がっている光景が理解できなかった。割られた窓。壊された大型端末。血に塗れ倒れ伏す数多の遺体。それは戦闘の後だと言えた。兵士らしき人間だけが倒れている。クリスが辿り着いた時には既に、この惨状は出来上がっていたと言える。血の匂いがクリスの鼻腔にまで届く。

 不意に背後から足音が聞こえてくる。振り返る。風鳴弦十郎が立っていた。

 

「……っ、違う。あたしじゃない!」

 

 直ぐに複数の足音が響き、銃を持つ二課の黒服がその場に集まってくる。

 目を見開いて後退したクリスを無視し、黒服達は辺りの調査を始めた。

 

「誰もお前の仕業とは思っていない」

「すべては、君や俺たちの傍に居た彼女の仕業だ」

 

 呆然としているクリスの頭に、弦十郎の手が置かれた。驚き弦十郎を見上げたクリスの目には、弦十郎がどこか寂し気に映る。誰が何をしたのか解っている。それが余計にやるせないという事だ。その目が、クリスの心に何かを印象付ける。

 遠くから司令と呼ぶ声がした。弦十郎の手が離れ、直ぐに声の方へ進み始めた。クリスは慌ててその背を追う。

 死体の胸に紙が張り付けられていた。それに触れた時、爆発が辺りを包み込んだ。

 

「無事か……?」

 

 爆発。傍らにいたクリスを庇うように抱きしめ、発勁で爆発の衝撃をいなした。

 装者でもない弦十郎に助けられた事が信じられず、どうなってんだとクリスは零した。続けて、何故ギアも纏っていない人間があたしを庇っているんだと叫ぶ。

 

「ユキと同じだよ。お前より少しばかり大人だからだ」

「また、大人かよ……。あたしは大人が大っ嫌いだ。あたしを捨てたフィーネも、あたしを置いて死んだパパもママも!!」

 

 答えた弦十郎に、クリスは髪を振り乱しながら吠える。大人。それを信じられないクリスは、涙を浮かべ否定する。

 

「良い大人が叶わない夢ばかり見てんじゃねーよ。戦地で難民救済? 歌で世界を平和にする? そんな事が出来る訳がない!!」

 

 そこまで叫んだところで、言葉に詰まった。力で押さえ付ける。その方法は自ら否定してしまっていた。

 ならばどうすれば良いのか。次の言葉が出てこない。

 

「ならばどうすれば平和になる? お前の両親の夢はどう叶える?」

「そ、れは……」

 

 弦十郎の静かな問いに、クリスは言葉が出ない。

 

「良い大人が夢ばかり見てるんじゃないと言ったな。そうじゃない。大人だからこそ、夢を追うんだ」

 

 答えられなかったクリスの代わりに、弦十郎は続ける。

 

「大人になれば出来る事は大きくなる。力も強くなる。夢を叶えるためにどうすれば良いのか、解るようになる。手が届かないと思った事にも手が届くようになる」

 

 人は子供から大人になる間に力が強くなる。出来る事が大きくなる。何をすれば良いのか解るようになる。

 だからこそ夢を見るんだとクリスに伝える。

 

「お前の両親はただ夢を見ていただけなのか? 違うな。歌で世界を平和にするという夢を叶える為、誰もが不可能だと思える事を成しに行ったのではないか?」

「なんで、だよ……。なんでそんな事を……」

「お前に見せたかったんだろう。夢は叶えられるという事を。不可能だと思える事でも、為せるという事を。それがどれだけ危険だろうと手を伸ばせば叶うという事を。歌で平和を掴み取り、お前に伝えたかったんだろう」

「っ……!?」

「お前は親が嫌いだと吐き捨てたが、お前の両親はきっとお前の事を大切に思っていたんだろうな。そうでなければ、そのような事できはしない」

 

 両親が為そうとしていた事。それを弦十郎の口を通して伝えられていた。大人が信用できなかった。それは、両親が自分ではなく、夢を大事にしたと思い込んでいたのが大きい。それが、そんな事は無かった。そう思えた途端、抑えきれない程の衝動が胸から溢れた。弦十郎がクリスを抱き寄せる。そこが限界だった。

 

「う、ぁ、ぁ、うわあああああああああああああ」

 

 とめどなく溢れ出す涙を止める術はなかった。子が親に縋る様にクリスは涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警戒警報が鳴ったという情報が届いた。それ自体は自分のいる場からは幾らか遠い。まだ慌てるような状態ではない。左手。軍用と同じ程の耐久力のあるそれを身に着けていた。取り敢えずは鉄パイプを手にする。さらに追加の情報が届く。空を超大型のノイズが移動中という事だ。既に大きな道は逃げる人々で大混乱に陥っているようだ。

 

「来たようだ」

 

 部屋の中で暢気に丸まっている猫に、独り言を零した。クリスが居なければ話し相手は猫だけだ。癖になっているなと内心で思う。別に悪いとは思わない。

 

『ユキか?』

 

 鳴り響いた特注の通信機に応答する。随分と久方振りに聞いた鋭い司令の声に、短く答えた。

 状況と目的。その二つだけを端的に問う。

 

『想定通り敵は動いた。こちらは陽動に対応している。お前は以前の指示通り国立博物館に向かえ。そこに、回収するべきものがある。既に信頼できる者を数人入れてある』

『了解』

 

 細かな指示は追って伝える。風鳴司令は最後にそう締めくくった。陽動。つまり、相手の本命はまだ出ていないという事なのだろう。状況に応じて、新たな指示が飛ぶという事だろう。

 そこまで考えたところで、思考を止めた。あまり憶測はするべきではない。根拠のない判断は思わぬ失敗を呼ぶ事もあるからだ。

 

「上泉さん」

「緒川か」

 

 出るか。そう思ったところで、緒川が車で滑り込んできた。此処から徒歩では、目的の場所までは時間がかかりすぎる。絶妙な時を見計らったかのような助力に、片手を上げる。

 

「乗って下さい。直ぐに出ます」

「ああ、頼む」

 

 手早く助手席に乗る。鉄パイプを抱えた。

 

「状況は?」

「敵はスカイタワーに戦力を集中。大規模な攻勢をかけているというところですね。現在シンフォギアの装者が総力を以て、迎撃にあたっています。その為、かつてない規模の戦いが予想されます」

「……成程。ならばこそ、混乱に乗じる隙があるという事か」

「はい。司令の読みでは恐らく陽動。万が一本命であればそれはそれで良しと言ったところです」

 

 緒川に現状を手短に尋ねる。シンフォギアが総力を結集して防衛にあたっている。それでなお守り切れないとすれば、二課の、機動部の敗北を意味する。陽動でありながら本命でもある。こちらからすれば随分とリスクがある方法だ。二人の装者で果たしてそれが成せるのか。

 

「ある筋から、情報が得られました。カ・ディンギル。塔を意味する言葉です。それが今回の事件の大きな鍵となっています」

「塔、か。それがスカイタワーだと? 確かに塔と言えば塔だが。それ程捻りがない物なのか。……いや、だからこそ陽動という事か」

「そう言う事です。秘密裏に動いているというのなら、誰にもバレない場所に作るのが定石でしょう。恐らくは……」

「地下か」

 

 緒川の言葉と司令とのやり取りから答えを導きだす。特異災害対策機動部二課。そこに辿り着くには、リディアン音楽学院の地下にある長大なエレベータを使う必要がある。つまりは、そこなのだろう。そこが塔だというのならば、敵と言うのは。

 

「敵の名は、まだ出さないでおきましょう。確定してからでも遅くはありません」

「ああ」

 

 思い当たるのは、知っている名だった。だが、それは一時棚上げする事にする。迷いは曇らせるだけだからだ。

 

「カ・ディンギルの情報は、三人目の装者が教えてくれたのですよ」

「三人目。……そういう事か?」

「はい。司令が説得を行ったようです」

 

 意地っ張りの顔が思い出される。一人で抱えていたものを、おろす事が出来たのか。

 詳しくは解らない。だが、好転したのだろう。ならばそれで良い。

 戦いの前に気になっていた事が一つ解消されていた。素直に喜ばしく思う。

 

「そろそろです」

「ああ。大凡の事は解った。此処までで良い。緒川には緒川のやる事が有るのだろう」

「ええ。後は任せます。二課所属と名乗ってもらえれば、それで通じます」

「それは……」

「司令が合言葉を決めた。つまりはそう言う事ですよ。必ず、生きて会いましょう」

「ああ、必ずだ。こちらは任せろ」

 

 いくらか遠くで、爆撃音のような物が聞こえ始めた。始まったのだろう。音だけで誰が戦っているのかは解る。あの子にも仲間が出来たのだ。そう思うと、ただ嬉しく思う。

 あの子は戦っているのだ。ならば、焚きつけた自分も下手な事は出来ないだろう。鉄パイプを手に、国立博物館に向かう。今はまだ、決戦の時ではない。

 

 

 

 

 

「二課の上泉之景だ」

「上泉さん!」

 

 五人程の職員が入り口で待っていた。既に、他の客や職員は逃げているのだろう。彼らだけが不自然に留まっている。つまり、彼らがそうだと言う事だ。声をかけた。そのうちの一人は、顔を知っていた。後輩にあたる人間だった。

 

「直ぐに向かいたい」

「はい、案内させていただきます」

 

 背を追う。勝手知ったる物なのだろう。迷い無く博物館の中を進む。

 人の気配は感じられない。だが、何処か違和感を覚えた。何か嫌な感じがする。そう感じるのは、大事の中で暗躍しているからなのか。それとも、人のいない博物館がそんな雰囲気を持つのか。左手を握る。力は十全である。だが、予感が拭い切れない。

 

「しかし、国宝とはな……」

「有名過ぎたんです。アレがそうだと気付いた時には、存在を知る者が多すぎたと言う事です。ですから、ノイズの襲撃に乗じて、消失した事にすると言うのが、上の考えですね」

「良くもまぁ、悪知恵が働くものだ」

「こういう時ぐらい、良い働きをして貰わなくては、現場が命を懸ける甲斐がありませんよ」

 

 焦燥を拭うように、後輩と語りながら進む。

 上泉の剣。何度か教えてくれと言われていた。何故か、今それを思い出す。

 国宝。それを回収するために、自分はこの場に赴いていた。回収するだけならば、他の者でも構わない。熟達した剣士である必要がある。そのまま担い手になれ。そう言う事だった。聖遺物に似て非なる物。そう聞いていた。その存在は、剣士ならば誰でも知っている。それほどの物だ。

 

「こちらです。既に監視システムはダウン。これで、証拠は残りません」

 

 そして目的の物の眼前に辿り着いた。二課の者が荷物を手渡してきた。鞄を開く。そこには、日本刀の、それも大刀の拵え(こしらえ)(外装)が用意されていた。触れる。それは、普通では考えられない程の逸品だった。それでも、目の前に存在している刀身にはかなわない。武具としての格が違う。存在が力を放っていると、硝子越しですら感じた。開かれるまでの間、ただ見とれていた。

 

「手袋」

 

 零した。直ぐに一人が渡してくれる。自分などが本当にこれに触れて良いのか。考えるのはそんな事だった。

 

「開きました」

 

 答えるのも忘れた。ごくりと喉の音が耳に届く。

 触れた。瞬間、ぞくりと全身が震えた。その震えを何とか収めつつ、拵えを取り付けていく。

 刃渡り二尺六寸五分。太刀。磨き上げられた刀身が怪しい光を放つ。

 それは、数々の名を持ち、様々な伝承を持つ刀。

 数多の英雄がその力を振るい、鬼すらも斬り倒してきた名刀。

 かの源氏嫡流の英雄も携えていたと伝わる程の歴史のある逸品。

 天下五剣の筆頭と呼ばれ、あの酒呑童子の首を刎ねたと伝わる、日ノ本に現存する最高峰の刀。

 

「――これが、童子切安綱」

 

 童子切。それは、剣士ならば誰もが知る太刀であった。

 かの剣豪将軍が死に際まで振るった刀の一振りであり、血を吸い続けた歴史の体現物と言える。

 中世の聖遺物。あえてその名が付けられた。

 異端技術(ブラックアート)に追いつくために研鑽された、職人による異端技術。

 装者の歌以外。血と戦の音で起動する聖遺物と認定されていた。

 今、その最高の剣であり、決戦兵装がこの手にあった。

 

「任務の第一段階はこれで完了した。すぐ……な、に……?」

 

 刀身を鞘に納め振り返ったところで、目を見開いた。

 

「何が、起きた……?」

 

 眼前で起きている事が理解できなかった。

 

「へぇ……。それが、中世の聖遺物ですかぁ。眉唾物だったけど確かに不思議な力を感じるですねぇ。これは、わざわざ調整と収集の合間に見に来たのは正解かしら」

 

 何故、他の者が皆倒れている。

 

「さて、本格的に起動すればどれ程の力を持つのか……。見せてもらうぞ、当代の剣士」

 

 何故、木乃伊の様に干からびている。 

 

「……」

 

 何故、俺以外のものが殺されている。

 

「お前たちは……、なんだ?」

 

 理解できなかった。だが、本能が悟った。これは、敵だ。

 人ではない。上泉の血が、痛いほどそれを伝えてきた。

 人ならば、対峙した時に解る。目の前に居るコレ等にはそれがない。

 

「ガリィ達は自動人形(オートスコアラー)と申しますの。以後お見知りおきを☆」

 

 青。黄色。そして黒金。三体の人型が芝居がかったような動作で一礼し、名乗った。

 人形。何処か不自然な動きに、そんな言葉が思い浮かぶ。

 

「その刃がどれほどの物か、確かめさせてもらうぞ。派手にな」

 

 黄色が硬貨を両手に持ち、構えた。

 

「……」

 

 そして、黒き体と金色の目を持つ人形が、豹のように地に這いつくばった。他の者とは違い話せないのか、無機質な目で見つめて来る。

 ぞくりと、背筋に悪感が走った。

 童子切。気付けば、その柄に手が吸い込まれていた。

 ノイズでは無い敵。俺たちを笑うかのように姿を現していた。

 

『司令、問題が起こった』

 

 通信機に呟き捨てた。返事など期待してはいない。聞く間もない。

 悪感は未だ続いている。

 

 

 

 

 

 

 




ハードモード突入。
次回、剣士と自動人形

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