煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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4.奇跡の殺戮者

「お邪魔します」

 

 そんな言葉と共に入室してきた。招き入れたのは、マリア・カデンツァヴナ・イヴであった。夕暮れ時も過ぎ、夜の帳がおり始めている頃。突如なった呼び鈴に、少々意外に思いながらも促す。歌姫が、ただ一人で尋ねて来たからだった。

 

「突然来てしまってごめんなさい。すこし、話したい事があってね」

「珍しい事もあるものだ」

「……そうね。確かに、そうだ」

 

 マリアとの繋がりはそれほど深くは無い。フロンティア事変の折に、刃を交わし、言葉を交わした事はあるが、彼女らがS.O.N.G.の監視下に置かれて以来、自身が一課に移動となった事もあり直接関わる事は殆ど無くなってた。以前に集まりがあった時だけだろうか。その時もそれなりに人数が揃っていった為、落ち着いて話をした訳では無い。

 

「明日、日本を発つ事が決まったわ」

「ほう。という事は、再び表舞台に立つと」

 

 マリアはぽつぽつと零し始めた。司法取引。罪自体が無くなった為、厳密にそう呼ぶべきなのかは解らないが、世界に宣戦を布告したマリア達が監視下にあるとは言え、ある程度の自由が与えられたのはその取引によるところが多い。

 

「ええ。偶像として役割を演じる事を求められた。それで、私に付いて来てくれたあの子達の未来は守られる」

「辛いな、救世の英雄と呼ばれるのは」

「……胸が打ち貫かれたみたいよ。どの面を下げて、そんな呼び方をされないといけないのか。結局私は何も決められず、偽りに縋ったばかりだったというのに。救世の英雄。マムが呼ばれるべき名だわ」

 

 司法取引と情報操作の末、救世の英雄と仕立てられた少女。それが、マリア・カデンツァヴナ・イヴである。自分は英雄などでは無いと零す少女に、ただ頷く。それは、彼女が受け止めるべき痛みである。

 

「どのような軌跡を辿ったとしても、ナスターシャ教授が世界を守った。ならば、君はその名を背負うべきだな。例え辛くとも、それで、君の母の想いと名誉は守られる」

「……、本当に、あなたは私に優しくないわね」

「仕方あるまい。君は守られる立場に居ない。それに、守って欲しい訳でも無いだろう?」

「……、まったく、女の子にはもう少し優しくしないと嫌われても知らないから」

「歌姫に目の敵にされるのは怖いな。肝に銘じておく」

 

 当時の事を思い起す。ウェル博士の暴走を、フロンティアの機能を用いてどうにか食い止めた彼女等の母親が居た。辿った道程こそ悪と呼ばれても仕方がない道ではあったが、文字通り命を懸けて月の遺跡を再起動させる事に成功していた。その想いは、本物であったのだろう。救世の英雄と呼ばれるとしたら、ナスターシャ教授がそうなのだろう。だからこそ、マリアにはその名を背負えと告げていた。彼女がそう呼ばれる事で、彼女等の母が世界を守った事績は忘れ去られる事が無い。英雄になど成りたかったわけでは無いだろう。それでも、英雄であり続ければ、死した人間たちの想いが忘れられる事は無い。彼女等の母が為した事が忘れられる事は無いのである。死者にとって、今を生きる者に忘れられる事こそ、完全な終わりなのだと思う。寄り添い、共に戦った者達を忘れない為にも、忘れさせない為にもマリアは英雄の名を背負わなければいけないのである。

 そんな事を語ると、当のマリアは一瞬何とも言えないような表情を浮かべ、噴き出した。そして軽口を交わす。

 

「歌姫か。それも明日からだわ。今此処に居るのは、ただのマリアよ」

「そうか。何なら、一献やっていくか? 今のうちに、吐き出したいものがあるのならば聞いても良い。明日にはもう、君は一人で立っていなければいけない」

「翼もいるけど、常におんぶに抱っこと言う訳にはいかないからね。年下に寄り掛かりっぱなしと言うのも恥ずかしい。付き合って貰おうかしら」

 

 酒の用意をする。西風。父の好きだったものである。それほど強いものではなく、後に引かない潔い日本酒だった。女子でも飲みやすいだろう。

 

「ん……。飲みやすくて、良いお酒ね。油断すると、飲み過ぎてしまいそう」

「父の好きだったものだよ。しかし、飲みやすいとは言え程々にして欲しいものだ。前後不覚になられたら、流石に困るぞ」

「流石に男性とサシで飲んでいる状況で、そんな下手は踏まないわ」

「潰れたら放っておくからな」

 

 一口、二口含みながら言葉を交わす。

 

「あなたのパパと言うと?」

「何年も前に死んだよ。想いを託して、逝った」

 

 聞かれた質問に答える。まだ幼かった頃、父が居た事。剣を習った事。死の間際、想いを託された事。母が父を愛し、その後を追った事。両親が強く想い合っていた事。自分も、そのように強く在りたいと思った事。一つ一つの思い出を語って行く。

 

「そう。あなたも、私と同じなのね」

「同じ?」

「大切な人を失い、大切な想いを託された」

 

 マリアは悲し気に微笑む。笑った。少し違う。

 

「同じではないよ。君の抱く想いと俺の抱く想いは、似ている事はあっても同じではない」

「そう、かしら」

「ああ、違う。俺の想いは俺だけのものであり、君の想いは君だけのものだ。君には君の託されたものがあり、俺には俺の託されたものがある。似てはいても、それが同じという事は無い。君は生きる事を託され、俺は生かす事を託された。似てはいるよ。だが、違う」

 

 先を行ったものに託されたという意味では似ている。親を失ったという意味でも、近い物がある。だが、あくまでそれは近いだけなのだ。それぞれに託された想いがあり、考えるものがある。それが同じという事は決してない。重なるものが多いというだけだった。

 

「あなたは、強いのね。どうして、そんなに強いのかしら。私も、あなたの様に強く在りたい」

「何を言うかと思えば、君は充分に強いぞ」

 

 世界の為に歌われた歌を思い出す。マリアは、あれほどの事が為せるほど強い筈なのだ。

 

「いいえ。あなたは私と違い常に先を見ている。痛みを乗り越え、誰かを守っている。己の進む道を見据えている」

「それは違うぞ、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。俺は先など見ていない。過去にばかり思いを馳せているよ。未来を見ているというのならば、君の方が遥かに前を見ている。誰かの為にと歌えた君の方が、遥かに強い」

「え……?」

 

 零された言葉を否定する。上泉之景は、未来など見ていない。過去の想いばかりを見ていると言える。

 

「過去にあった出来事を乗り越えるのが正しい事なのか?」

「解らないわ。だけど、失ったものは戻らない。私たちは生きている。だから、立ち止まるべきでは無いと思う」

「誰かの死を、過ぎ去った事だと前を向き歩いていく。それが本当に強いと言えるのか。悲しみを誤魔化し、振り返らない事が、立ち止まらない事が本当に正しいといえるのか。ずっと考えているよ。前を向き、歩めば歩むほど、かつて失ったものが遠くなる。俺は、それを忘れたくはない。託された想いを、過去のものとしたくはない」

 

 酒を含み、胸の内を語る。苦笑が浮かんだ。これでは、どちらが愚痴を聞いているのか解った物ではない。

 

「乗り越える事と、忘れる事は違うのではないかしら?」

「同じだよ。人は、立ち止まる事を忘れれば、やがて過去の事を思い起さなくなる。それは成長であると同時に、ある種の喪失だよ。死など怖くはない。だが、託された想いが消えるのは、誰かの死が遠くなるのは嫌だな」

「そう……。だから、あなたは強いのね。死に寄り添いながら、誰かの死を大切にしている。確固たる拠り所を持っている。だから揺るがない。揺れ動く未来では無く、絶対に揺るがない過ぎ去った想いを見ているから、あなたは強い」

「それほど大それたものではないよ。子が親を忘れたくない。そんな子供のような想いがあるだけだ」

 

 らしくない事を語っている。酒に当てられているのか。

 

「だけどそれは、悲しい強さよ。人は生きてこそ、よ」

「この手が生かした者達が、生きてくれる。それで充分だよ」

「……本当にどうしようもない男」

「男と言うのはな、馬鹿な意地を張りたがるものなのだよ」

「そうね……、確かにそうだ。……あなたは、親になるべきだわ」

「また、いきなり妙なことを言い出すのだな」

 

 いきなり出て来た突拍子の無い言葉に、思わずマリアと視線が重なる。此方を見て悪戯が成功したように笑っている。

 

「とは言え、いきなりパパになれというのは無理な話でしょうし、先ずは調と切歌の事を頼みたいのだけど?」

「話が見えないのだが」

「私は明日、日本を発つわ。自分が自分で立つ分には良いのだけど、残していく妹たちが気掛かりでね。あの子達にも頼んではいたけど、それでも気になってしまって。元々、それを頼みに来たのだけど、あたりに船ってやつね。あなたにも悪い事ではないと思うわ。少しばかり大きな娘が出来たと思って気にかけてもらえれば安心できる」

 

 名案を思い付いたとしたり顔で頷いている歌姫に噴き出す。色々とあるが、言葉も用法もおかしい。言いたい事は解るが、したり顔で気付かず言うあたり、随分可愛らしいものである。 

 

「渡りに船、か?」

「……ッ! こ、この男、やっぱり優しくないッ!!」

「まぁ、そうごねてくれるな」

 

 敢えて間違いを指摘した事に、歌姫は恥ずかしそうにそっぽを向く。笑った。酒を少し注ぐ。肴を取り出し、歌姫の機嫌を取る。

 

「良いな、君は。しっかりしている様で、適度に抜けている」

「まるで褒められている気がしないのだけど?」

「それはそうだ、褒めてはいないからな」

「こ、この男は……」

 

 軽口を交わす。飲み友達。気付けば、そんな印象をマリアに抱いていた。機会があれば、また飲んでみるのもいいかもしれない。そんな事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

『第七区域に大規模な火災が発生。既に当番の一課遊撃隊も出動しておりますが、人が足りていないのが現状です。非番のところ申し訳ありませんが、直ぐに出張るようにお願いします!』

『了解。直ぐに現地に向かう。友軍との合流地点は?』

『こちらで直ぐ指定します』

 

 熱くなり始めた季節、翼とマリアが参加するという大規模なライブが行われる日、一課より緊急の呼び出しが入っていた。警棒を二振り、有事の際に所持が許されている太刀を一振り取り出し、一課の制服を纏う。自動人形の出現。異端技術に明確に命を狙われているが故に、それが許されていた。無論有事の際にしか使用はできないが、出動要請がかかっていた。即座に準備を終える。

 

『付近一帯の避難は完了しておりますが、火災の収まらない集合住宅が存在しております。既に二課……、S.O.N.G.には応援を要請済み。上泉隊長の隊は、隊員と合流次第、南の方角へ向ってください』

『集合住宅は?』

『シンフォギア装者が直接投入されるとのことです。南東及び、南と西の方角に被害は拡大中。南東は同じくシンフォギア装者が対応。一課は南と東に対応されたしとの事』

『解った。即座に行動に移る』

 

 一課の指令室からの通信を受け、即座に合流地点に到着。人員を待つ。一課遊撃隊二番隊隊長。それが今の自分の肩書であった。一番隊は武門である塚原隊長及び、林崎副隊長が率いる少数部隊である。風鳴からの要請を受け、発足された遊撃隊の一番隊であった。

 

「隊長!」

「来たか。既に通信は受けていると思うが、第七区域より南方に被害が拡大中。先ずは、原因に接触するぞ」

「ったく、一体何がどうなってるんでしょうかね! 遊撃隊って言っても、一番隊に比べれば二番隊に居る武門と言えば隊長と疋田と柳生位ですし……。いや、充分過ぎますかね。武門怖いし」

「すまんな。上泉と風鳴とは犬と猿の仲だ。繋がりのある武門を回して貰えただけでも充分だ」

「っと、無駄口が過ぎましたね! 疋田、柳生の両名は既に先行しております。自分も先に向かいます。隊長は残りの隊員が来てから、応援に来てください!!」

 

 二番隊の副隊長が笑い走って行く。それを見送り、太刀に手をかける。抜身の刃。遠くの炎が僅かに刃を照らす。嫌な予感が広がる。

 

「隊長!」

「これで全員か?」

 

 一番隊に比べ、二番隊は武門の数が少ない。自分を含め三名である。武門自体の数が少ない為、残りは身体能力の高い者で構成されており、一般の隊員6名の全9名で構成されている。一番隊は全員が武門であるが、二番隊は3名であった。発足自体、風鳴の意見が強い。当然、先代の思惑が大きく絡んでいるのだろう。二人でも回して貰えただけ、充分である。

 

「疋田と柳生、そして二番隊副隊長が先行している。直ぐに追いつくぞ」

「マジかよ。武門と一緒に先行とか、副隊長死ぬんじゃ?」

 

 思わず隊員の一人が零した言葉に苦笑が零れる。確かについていくのは辛いかも知れないが、死にはしないだろう。自動人形の事もある。火器及び刀剣を手にした人間が揃う。

 

「では、向かう。先行に追いつくぞ」

 

 刃を翻し走る。後方を隊員たちが付いて来る。進路に細かな指示が入る。道が幾らか壊れ始めていた。自動人形。そんな言葉が浮かび上がる。そして、其処に辿り着いた。

 

「これは……」

 

 そこに広がっていたのは、予想外な光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ったく、何だよコイツ等。英雄には及ばないまでも、こんな奴らが居るなんて聞いてないんだけど」

 

 左腕の落とされた青き自動人形、ガリィは悪態を零しながら対峙する敵を見据えた。巨体に剣を持つ男。そして、細身であり居合刀を構える人間だった。一課遊撃隊一番隊隊長と副隊長である。忌々しい物を見る様に、ガリィは人間を睨む。他に七人の人間が居たが、それは倒していた。だが、残る二人は曲者である。幾ら油断していたとは言え、自動人形の腕を斬り落としていた。その事実が、青の苛立ちを募らせる。

 

「これが、自動人形か。面妖な技を使う」

「されど、我らが刃は戦う為に鍛えられたもの。魔性化生の類程度で阻める道理も無し」

 

 二人の武門に既に油断は無い。対峙する青は、それだけの相手だと認めていた。武門塚原と、武門林崎。上泉とは別の剣聖と呼ばれる者の流れを汲む武門であった。ユキの持つ技とは全く違う流れを汲むものであるが、その力もまた異端技術に匹敵する。剣豪。二人の男が持つソレは、剣豪と言われるに相応しいものであると言える。

 

「おぉ!! ガリィの腕が落ちてる。随分手酷くやられたみたいだ。あたしも助太刀するゾ!」

「チッ、癪だけど手を借りるか。少しだけ、遊んどけ」

「りょーかいなんだゾ!」

 

 負傷したガリィの代わりにミカが前に出る。戦闘特化の自動人形。倒れ伏す武門をほぼ一機で平らげたのがミカであった。単純な戦闘能力ではガリィの遥か上を行く。立ち塞がる男たちの刃が握り直される。ミカの放つ人とは異なる気配に、武門は油断なく構えた。

 

「来ないならこっちから行くゾ!」

 

 そしてミカが跳ねる。疾走からの跳躍。空中で炎柱を幾つも発生させ、武門に襲い掛かる。銀閃。前に出た居合刀が熱ごと斬り飛ばす。一瞬の斬撃。弾き飛ばした炎柱を、二の太刀で全てを打ち返す。

 

「ほぉぉ!! コイツ等も、人間離れしている動きだゾ! JAPANは凄いんだゾ!!」

「楽しんでいるのは良いけど、真面目にやれ!!」

 

 己が手に炎の槍を生み出し、はじき返された炎柱を叩き落す。そんな様子を見詰めながら、ガリィは叫びをあげる。

 

「遊んでいるというのなら、それはそれで構わん。此処で壊れると良い」

「お、おお!? ガリィ、あたしの腕も取れたんだゾ!」

「だから言わんこっちゃない……」

 

 そして、あっさりと踏み込んできた武門に腕を斬り落とされる。予想だにしていなかった事態に、ミカは何故か嬉しそうに笑顔を零す。同じく腕を落とされたガリィは頭を抱えたくなる。予想外である。完全に、想定の外であった。だからこそ、有難い。

 

「仕方がない、使うか」

「ん? やっちゃう感じ?」

「ああ、英雄を殺す前の最後の試し。此処で終わらせておこうかしら」

 

 そして、二基の自動人形は笑みを深める。手負いの二機は、不利な状況でそれでも笑う。

 

「何か奥の手があるという事か」

「ならば、使わせる前に葬るのみ」

 

 居合刀が踏み込んだ。障壁に阻まれる。自動人形。敢えて使わなかった錬金術を発動させていた。刃が、不可視の障壁に阻まれる。目を見開いた武門。反射的に飛び退る。

 

「では、殺してやるよ」

「本気で相手してやるゾ。だから、頑張って欲しいゾ」

 

 そして、光が広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 眼前に広がるのは、血の池であった。其処に三人の人間が倒れ伏している。二番隊の副隊長。駆け寄る。まだわずかに肩が動いている。弱弱しいが、呼吸が続いていた。

 

「た、……ちょ……」

「いい、話すな」

 

 何かを話そうとする副隊長を止める。全身が傷だらけであり、血が流れていた。一つ一つは大きな怪我では無いが、傷の数が多すぎる。失血。血の気の無い顔にそんな言葉が思い浮かぶ。

 

『副隊長、柳生、疋田の三名、バイタルが低下中。これ以上の任務継続は不可能です』

 

 短く通信が入る。三名が戦闘不能に追い込まれていた。副隊長は兎も角とし、柳生と疋田は武門である。それも、それなりの腕を有した武門であった。それが、全身を切り刻まれ血の海に倒れ伏している。強敵と対峙したという事であった。多すぎる血が流れている。つまり、相手はそういう事なのだろう。

 

「三名の収容を開始。お前たちは直ぐに後退しろ」

「はい。隊長は?」

「少しばかり、この場に残る」

 

 一課指令室に連絡を入れ、隊員に後退の指示を出す。武門ですら敗れたのである、研鑽した武技を持たない人には荷が重い相手だった。即座に三名が回収され、交代していく。風が流れた。刃、抜き放つ。

 

「出てこい」

『――自動錬金』

 

 そして、姿を現したのは黒金の自動人形であった。右手に小手を、左手には刃を生成し、飛翔剣を展開していた。視線が交錯する。無感動に映された金眼には、どのような意思も宿っていないように思える。敵である。随分と長い間戦い続けて来た相手であった。右手で刃を取り突き付ける。

 

「お前とも、随分長い付き合いになったものだな」

 

 言葉をかける。他の自動人形と違い、言葉を交わす事は無い。飛翔剣が動き、左腕の刃が動く。踏み込み。一気に距離を詰め、刃を交わす。

 

「思えばルナアタックの時からお前たちは暗躍していた。お前たちは何を望み、何を成そうとしている?」

 

 英雄の剣と太刀がぶつかり合う。刃が火花を散らし、飛翔剣がその隙に舞い踊る。全てを叩き落す。離脱。一瞬の隙に逃げようとする黒金に追いつき、刃を振り抜いた。

 

『――自動錬金』

 

 姿が水に変わる。電子音声が鳴り響く。飛翔剣が舞い、不可視となり水の分身と入れ替わった黒金が忍び寄る。旋風。風を纏い、刃を加速させる。不可視の一撃を、全方位の斬撃で弾き飛ばす。

 

「お前たちは、誰の命で動いている? 何のために、刃を振るう」

 

 再び姿を現した黒金。その姿に刃を振り抜いた。障壁。壁に阻まれる。刃が止まる。黒金の左腕。英雄の剣が炎を纏う。斬鉄。煩わしい壁を、叩き崩した。二の太刀。炎剣と太刀が鎬を削る。一瞬の膠着。黒金を蹴り飛ばした。崩れた態勢。討ち果たす為に、一気に踏み込んだ。

 

「オレの為だよ」

「……ッ! 君は……」

 

 そして、突如現れた少女に刃を阻まれる。斬鉄の意志。それを以てして、障壁を斬り切れない。中空。斬り落とせないというのなら、壁として力を弾く。腕の力だけで飛び退った。

 

「また、逢ったな。英雄よ」

「そうか、君が……そうだったのか」

「ああ。そうだ。ずっと見ていた。ずっと見ていて、お前を殺すと決めたよ」

 

 突如現れた少女は、強く、だけどほんの少しだけ寂しげに語る。何か、懐かしい感じが吹き抜けていく。

 

「思えば、お前を生かすべきでは無かった。カディンギルの中で、死なせるべきだった」

「……、あの傷で俺が生きていたのは」

「ああ、そうだよ。死に逝く筈のお前をオレの都合を以て助けた。それが間違いであったよ。奇跡などを許し、風を解き放ってしまった。抱くべきでは無い物を、抱いてしまった」

 

 ルナアタックの折、フィーネと文字通り命のやり取りをしていた。あの戦いで、自分は死を避けられない程の傷を負っていたはずである。ずっと気にはなっていた。目の前の少女が、自分を助けたという事であった。それだけ聞けば荒唐無稽と思うだろう。だが、黒金の自動人形を助け、不可視の力で刃を受け止めていた。黒金が付き従っている。充分過ぎる程、充分な状況だった。

 

「お前は邪魔だ。上泉之景。キャロル・マールス・ディーンハイムが錬金術が世界を壊し、万象黙示録を完成させる」

「それが、君の目的なのか?」

「ああ、だから、それを阻み得る奇跡は殺さなければならない。例え、同じ想いを抱いていようとも」

 

 キャロルと名乗った少女が右手を飾る。空間に陣が刻まれる。錬金術。キャロルは、確かにそう言っていた。自動錬金。何度も聞いた機械音声が頭に浮かぶ。風。反射的に飛んだ瞬間、鋭い一撃が撃ち込まれる。

 

「奇跡は世界に巣くう病魔のような物だ。研鑽を一時の偶然へと変え、衆愚を極まらせる。風が奇跡の前に吹き抜けるというのならば、風は絶えねばならないッ!!」

 

 キャロルが叫びをあげる。黒金が、全ての飛翔剣を呼び戻した。

 

「君は、何を言っている」

「オレが、奇跡を殺すと言っているッ!!」

 

 少女が涙を零した。黒金の右腕が強い輝きを放つ。目を見開いた。血が流れる。英雄の剣から、赤が広がっていく。電子音声が響いた。

 

『――英雄の剣(ソードギア)第二抜剣(セカンドイグニッション)』 

 

 ――運命を斬り拓く刃(ブラッドスレイヴ)

 

 黒金が、漆黒の鎧を纏う。血の刃が生成される。金色の輝きが、全身から吹き荒れる。

 黒金の剣士。員数外(イレギュラーナンバー)と呼ばれた最後の一体。英雄の剣を解き放つ。

 

「それは、お前の歩んだ軌跡だよ。血を流し奇跡を手繰り寄せ続けた、英雄の力だ。抗ってみろ。利権を守る事しか考えない衆愚により、己が剣を持つ事すら許されぬ、英雄と呼ばれた人間よ」

 

 少女の声が届く。キャロル・マールス・ディーンハイムは悲し気な笑みを零し、姿を消した。

 真紅の飛翔剣が飛ぶ。黒金の剣士が、血刃を抜き放った。死が加速する。刃を交わした。

 一陣の風は駆け抜ける。刃が砕け、右腕が宙を舞った。

 

 




マリアさん、酒を飲む
武門、右腕が飛ぶ
作者、友情出演


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