煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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12.陽の陰る時

「で、また怪我したわけだな」

 

 自宅の一室。寝台に座していたところで、目の前には白猫が仁王立ちしていた。少し前では響が正座させられている。童子切で斬り裂いた左腕の治療。それを二課の施設で行ったのち、帰宅していた。響も一緒なのは、その怪我だと食事の準備も大変だろうから、今日の所は用意しますと言われたためだ。今回は浅手であるが、響の前では何度も怪我をしていた。優しい子ではある。責任を感じている様だった。武門が怪我をするなど日常茶飯事な為、気にしなくとも良いのだが、そう言う訳にもいかないのだろう。実際助かる面もあるので、好きにさせる事にしたわけであった。そして帰宅。ゆっくりしていてくださいと言う響の言に押し切られ、就寝用の浴衣を纏い楽にしていた。気の充実を図った訳である。暫くの間の瞑想。不意に扉が開き、どたばたと騒がしい音が響き渡った。そして現状に至る訳である。

 

「浅手だよ。幾らか童子切で腕を斬っただけだ」

「……どこから突っ込めば良いんだよ。毎回怪我するところか、自分で腕斬るところか、あたしの気持ちを無視したところか!?」

「あの……、クリスちゃんの気持ちって?」

「……怪我が多いから自重しろって事だよ!? お前も死ぬかもしれないってのに戦おうとするし、バカはしなねーと直んないのか!?」

「ひぃぃ!」

 

 響の問いに、怒りが心頭中の少女はうるせぇっと一喝。びくりと震える響。省みると白猫が怒り狂うのも理解できないでもない。と言うか、思い当たる事が多すぎた。特に、ネフシュタンの腕輪を送れらたばかりである。あんたは直ぐに死にそうだからなと非常に反応に困る事を言われていた。怪我をしないようにと願懸けたものを渡して、直ぐに怪我をしていた。それも自分で斬っている。今の怒りは尤もだろう。左腕など、F.I.S.に関わり始めて怪我が無くなったためしがない。武門としては傷など塞がり動けば完治なのだが、一般的ではない様だ。

 

「斬らねばいけなかったからな」

「何でもかんでも斬るって言えば良いと思うなよ!」

「事実なのだから仕方あるまいて」

「だからって、毎回毎回怪我してくんなよ! 吃驚させられるあたしの事も考えろ!!」

 

 睨みつけてくる白猫。目の端に光るものが浮かんでいる。響の事もそうなのだが、自分の事でもこの子に心配をかけてしまっていた。剣幕に押され、すまないと一言謝る。ふーふーっと息を荒げる。

 

「にゃあ」

「……お前も心配したのか?」

 

 部屋の隅で丸まっていたクロが、不意に寝台に飛び乗り一鳴き。そのまま胡坐をかいている足に飛び乗ると、体を擦り付けてくる。どうやら心配させてしまったようだ。クロにもすまんと呟き撫でる。

 

「おい」

「どうした?」

「今日の晩飯は、このバカに任せてあるんだろ?」

「……あんまり否定できないけど、そんなにバカバカ言うのは酷いよ!」

「自分の命を粗末にするやつは、バカで充分だ!」

 

 控えめに響が反撃。あっさりと怒れるクリスに撃ち返される。何か言う度に二言目で、ひぃっと怯えるならば黙っていれば良いものを、何故か言い返す。性分なのだろう。苦笑と共に、二人の少女のやり取りを眺める。どう見ても友達だった。それを指摘すればクリスは全力で否定するだろうが、百聞は一見に如かずと言うやつである。

 

「話を戻すか。あたしも一緒に作るぞ」

「ええ!? クリスちゃんって料理できるの?」

「あん……ッ?」

「ひぃぃ! だ、だってぇ、クリスちゃん普段お弁当とか作らないって言うじゃん!」

 

 響の疑問に、白猫は眼光を放つ。正直なところ、響の気持ちは解らないでもない。クリスには悪いが普段の言動や、食事風景からはとても料理ができるように思えないからだ。実際手料理を振舞われたことがある自分でもそう思うのだ。響の疑問も仕方が無いだろう。

 

「それが、不思議な事に上手なのだよ。何度か振舞って貰った事があるが、どれも旨かったよ」

「……別に褒めても何もでねーからな」

「作って貰えるだけでも十分すぎるよ。自分で作るとどうしても味気ないからな。何か変わった隠し味でも入っているのかと思うぐらいだよ」

「そんな事を言いながら、クリスちゃん口許がにやけてますよー」

「おま、勝手な事言うな!」

 

 赤くなりそっぽを向く白猫。彼女の料理が上手い事は何度か振舞われたことで知っていた。将来良い嫁になれるなと思いつつも、流石に口には出さない。余計な事を言って藪から蛇でも出たらいたたまれないからだ。クリス、と言うか装者全員に男っ気が無いなと不意に思う。戦わせてばかりで言うのも勝手な話なのだが、良い人の一人や二人いないのだろうか。リディアンは女子高である。そう言う出会いは難しいのかもしれない。好きな相手でもできれば、無茶をする事も減ってくれるだろうかと思いつつ、難しいとも思えた。

 

「別に変ったものは何も入ってねーよ。レシピ通りに作ってるだけだ」

「とか何とか言って、隠し味に愛情とか入ってるんじゃないの? 前の模擬店では入れていたし」

「ば!? あ、あの時の事を蒸し返すんじゃねー!!」

「無理無理。あの時のクリスちゃん、滅茶苦茶おも……可愛かったからね!!」

「よし殴る。お玉で殴る!!」

「何でお玉!?」

 

 やいやいと目の前で騒がしいやり取りが展開される。こうしているだけならば、ただの子供でしかない。響もクリスも二課に所属する装者である。戦う為の力を持ち、実際に用い戦っていた。今だけを見ていたらとてもそうは見えない。戦わせてしまっている。そんな事を考えずにはいられない。子供が子供であれる。そうなれる日は何時になれば訪れるのか。

 

「ユキさん?」

「……ボーっとしてどうしたんだよ。傷でも痛むのか?」

 

 物思いに耽っていると、こちらに視線が向いていた。心配していますと言う気持ちがありありと伝わてくる。苦笑が零れた。少しばかり気を抜いてしまったようだ。後進に心配をかけるようでは、先達としてまだまだ甘いか。先日の司令との会話もあり、そんな事を思う。だが、悪い気分では無かった。

 

「いや、考え事をな。装者達の中で一番最初に彼氏を作るのは誰かと思っただけだよ」

「え、ええ!?」

「ちょ、おま、何考えてんだよ!?」

「いや、大事な事ではあるぞ。まだまだ若いが、最近では行き遅れる事もあり得ると聞くぞ。学生のうちに、当ては見繕っておくと良い」

 

 慌てたような二人の反応に、からからと笑う。足で寝転ぶクロを抱えた。なぁっと同意を求めるように尋ねる。一鳴き。賛同の声が上がった。猫にも心配されているぞと告げると、二人の少女は何とも言えない表情で固まった。ため息。響が深く零した。

 

「……夕飯の買い出しでも行くか?」

「そうだねクリスちゃん。折角だから未来も呼ぼうかな。ユキさんの為に、豪勢な料理を作らなきゃいけないしね」 

 

 二人して立ち上がる。そのまま待っていてくださいねと響に言われたので黙って見送る事にする。感情の揺れ。僅かに感じた。これ以上は触れない事にする。

 

「俺は守れるかな?」

 

 二人が去った部屋。クロに呟いた。子供を戦わせている。胸の内に在るのはそんな思いだった。ノイズとの戦い、F.I.S.の装者とウェル博士。自動人形の暗躍。そして立花響の暴走。事態は常に揺れ動いている。戦いと言う面では自分がいれば守る心算ではある。だが、全ての戦場で肩を並べられる訳では無い。

 

「そうだな。なる様にしかならんな」

 

 クロが一声にゃあと鳴いた。知るか。そう言われたように思える。当たり前である。未来の事などどうなるかは解らないのだ。だからこそ技を磨き、万全に整える。人事を尽くしてこそ天命は得られるのだろう。自分の中の意志を確かめる。武器を取るのは人であり、人が戦うのは己の意志の為である。自身の想いは何処にあるのか。それさえ見失わなければ、武人が折れる事はあり得ない。

 部屋は再び静寂に包まれていた。クロの温もりが離れる。瞑目。騒がしい子らが戻ってくるまで、自分の内に思いを巡らせる。戦いの時は、それ程待ってはくれない。それでも僅かに訪れた穏やかな時に、一時身を委ねるのは悪くは無い。

 

 その日の夕食は結局、何故か呼ばれた小日向も加わり料理を作り過ぎたと言う事で、急遽、緒川や風鳴の、藤尭や司令まで呼ばれ、軽い宴会状態になってしまった。女三人寄れば姦しいと言うが、男も含めればそれ以上の人数である。月を肴に酒を飲む。などさせて貰えるわけもなく、賑やかな空気に囲まれたのだった。その心算は無かったのだが、どうやら白猫が誤って酒を飲んでしまったようで、途中から膝を占領されていた。寝るならば客間にとも思ったが離れようとしない。無理に解こうとすると威嚇される。本物の猫かと言いたくなった。

 結局、その日はそのままにして皆が力尽きるまで手酌で飲み続け、静かになったところで緒川と共に装者と小日向を客間に押し込め、自分たちも別の場所で寝る事にした。流石は忍である。司令ですら潰れたのに、平然としていた。この辺りは武門としても見習いたいところであった。仮眠。自室で目覚めた時、何故か黒猫と白猫が居たので、起こすべきかどうしたものかと考え込んだ。結局解散したのは昼前である。休日であるから良かったが、随分爛れた過ごし方に思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で前に出れないんだ?」

 

 風鳴のと対峙している中、そんな言葉が訓練所に響いた。放っていた剣気。それによって興が削がれた為、抑え込んだ。何度目かの立ち合い。以前よりも幾らか成長しているのだろう。風鳴のも少しばかり息を乱してはいるが、膝を突く事などは無かった。一礼し、クリスの方を見る。雪音クリスは重火器を用いる後衛である。剣気と言う物が理解できないのだろう。小首を傾げる様に、そんな事を思う。

 

「どう説明したものか。強い相手と対峙すると、気配で圧倒される」

「気配でねぇ。そんな物なのかよ」

「剣士同士となれば尚更だな。斬る。その意志を刃で伝えるのだよ」

「だから、簡単に動けなくなる。気迫で以て押し込まれている。ある意味先生に抱かれているようなものか」

「抱き!?」

「包んでいると言えばそうだが、もう少し真面な例えは無いのか」

 

 風鳴のの言葉にクリスが赤面する。初心な物であるが、一体どう言う想像をしているのか。そんな事を思いつつ、風鳴のに一言言う。流石に抱かれているは例えが酷い。剣の技を磨き上げて来た武門と防人ではある為それでも通じるが、クリスにはイマイチ理解が出来ないだろう。説明するよりも、実際にやらせる方が早い。訓練用の太刀を持たせる。構え。流石に馴れていないのか、少しばかり不格好に構えていた。右手。低めに刃を寝かせる。

 

「来ないのか?」

「え?」

 

 意思を伝えた。呆けたような言葉が届く。ぺたりとへたり込んでいた。剣気。風鳴にぶつけたのと同じものをクリスにも放っていた。何が起こったのか。そんな表情で目を白黒させているのがおかしくて、少し噴き出す。

 

「まぁ、こういう訳だよ」

「雪音にはまだ早かったようだな。シンフォギアがあれば別だが、生身で先生の気は早々受け止められないという事だな」

 

 座り込んだクリスに手を差し出す。風鳴のがうんうんと頷いている。何故か自分が為した事のように誇らしげである。普段行っている対峙が後進にどう言う物かを知って貰えたことが嬉しいのだろうか。存外可愛らしいところがあると思いつつ、クリスを立たせる。

 

 

 ――

 

『翼です』

『スカイタワー周辺にノイズの反応が多数出現。行けるか?』

『了解。丁度雪音と先生も仮支部に居ます』

『ヘリの手配は終わっている。直ぐに現場に急行してくれ』

 

 風鳴のが通信に答えている。訓練用の太刀を納め片付ける。童子切。今いる仮設支部には置かれていない。使用許可は出ているが、取りに行く時間も惜しい。一振り太刀を用意する。輸送機。けたたましい音が鳴り、仮支部に到着する。既に二人の装者は準備が出来ている様である。直ぐに合流し乗り込んだ。目を閉じる。輸送機の動きで発生する揺れに意識を割く。翼とクリスが小さく話している。スカイタワー。そこには響と小日向が遊びに出ているようだった。それが二人には気になるのだろう。意識の外に斬り捨てる。状況が解らない以上、余計な考えは余り良い事では無かった。

 

「また、ソロモンの杖が使われている。ノイズを操る力が悪用されている」

「クリス」

「……なんだよ」

「殲滅は任せる。俺は杖を探す」

「何を……」

「あまり思いつめるな」

 

 目的地が近くなる。風鳴のは落ち着いているが、白猫はそわそわと落ち着かない様子であった。室内をうろうろとして隣に座ったところで頭に手を置く。二度ほど軽く動かし直ぐに離した。杖は何とかするので、暴れてこい。そう伝えていた。

 

「解った。けど、あんたの方が無理すんなよな。ノイズが相手なんだ。逃げたって誰にも文句は言わせねーよ。あんたが、誰かが居なくなる方があたしは……」

「無理はしない。そちらは任せるぞ」

「ああ!」

 

 ほんの少しだけ持ち直したクリスの様子を確かめる。風鳴のと目が合った。頼むぞと無言で伝える。一度しっかりと頷いた。風鳴のはクリスからすれば先達の刃である。響の事は勿論だが、クリスの事も気にしていた。ソロモンの杖。その完全聖遺物が絡むとどうしても不安定になってしまう。クリスが起動させてしまった力である。それも仕方が無い。責任を感じるなと言う方が無理な話だ。それに捕らわれるのも困ったものだが、その思い自体は好ましいものだ。良い子に育っている。会った事も無い雪音クリスの両親にそんな事を言いたくなる。

 

「行ってくる」

「武運を祈るよ」

「先生もご武運を」

 

 二人の装者が飛び降りる。シンフォギア。それを空中で纏う。ノイズを撃ち落としながら戦場へと舞っていた。幾らか静かになった室内、輸送機に取り付けられた小型モニターに映されるノイズ出現反応を見詰める。現れては消えるのが何度も繰り返される。装者が暴れている。不意に、スカイタワーが揺れた。爆発。火を上げて爆風が舞う。幾らかの驚きと共に視線を向けた時、あるものが視線に映った。目を疑う。

 

『司令。ソロモンの杖捜索を放棄します』

『何かあったのか?』

『黒き装者。ガングニールの持ち主。マリア・カデンツァヴナ・イヴ』

『なんだと!?』

『当初の予定を放棄。追討に向かいます』

『垂直降下、行けるか?』

 

 司令の言葉に即座に用意する。流石に現状は高すぎる為場所を移さざるを得ない。ヘリの上からマリアを捕捉する。二人人を抱えている。ガングニールは持たず、建物から建物に飛び移る。高層ビル。その一角で止まる。扉をけ破り中に侵入した。高度、丁度目的の建物に入るには都合が良かった。藤尭から指示が飛び、ヘリが位置に着いた。飛ぶ。

 

『可能なら拘束。だが、無理はするな』

『了解』

 

 短く答えた。下降機が軋みを上げる。着地。背負った太刀を抜き放つ。そのまま装備を断ち切り駆ける。聴覚に意識を集中させる。風が音を届けた。その音を頼りに窓を割る。七階。下を確認。対面。同じく高層ビルがある。飛んだ。壁を足場に反発。五階まで落ちる。窓、突き破った。着地。扉、音が聞こえた。斬撃。

 

「な!?」

「小日向、だと?」

「またあなたですか!? 本当に何時も何時も邪魔をしてくれる! 人形!」

 

 F.I.S.の装者、マリア・カデンツヴァナ・イヴ、ウェル博士、見知らぬ女性、そして響の友人である小日向が居た。目を見開く。風が鳴った。反射的に刃を振るう。

 

「さぁ、あの男を防ぐんだディにも殴られた事がないのにッ!?」

『――自動錬金』

「また貴様か」

 

 爪撃を剣撃で合わせる。反発。咄嗟に放った遠当て。ウェル博士の足を取った。逃げる勢いが殺せずに足をもつらせ壁にぶつかっていた。何か叫んでいるが聞いている暇は無い。マリア達が小日向を連れ逃げていく。ウェル博士も何とか立ち上がり続く。火花。両手で振り抜かれる大爪に太刀をあわせ宙を舞う。刃を流し加速する。斬撃。跳躍と反発を繰り返し、削ぎ落としていく。

 

『――自動錬金』

「なに……?」

 

 通路。狭い一角で、人形が両腕を翳した。斬撃。目に見えぬ壁に阻まれる。咄嗟に刃を動く方向へ流す。加速。数多の斬撃を以て挑む。だが、機械音声が定期的に更新される。壁を貼り直しているのか、削ぎ落とす事が出来ない。

 

「響に、無事だって伝えてください!!」

 

 声が聞こえた。歯噛みする。ソロモンの杖も、F.I.S.の装者も、響の友人である小日向ですらも手が届かないのか。黒金の無機質な瞳。煩わしかった。押し通る。その意志を右手に込める。不可視の障壁。知った事では無い。

 

「壁など、斬り落とすだけだ」

 

 両手持ち。刃を高く持ち上げる。気迫を込め振り下ろす。障壁。ぶつかる瞬間に、黒金が後退った。地を蹴りそのまま窓を突き破り突破される。五階である。追撃できない事は無いが、逃げた装者達を追う方が先決だった。風の音を頼りに駆ける。

 

「ちっ。逃がしたか」

 

 広間の床が抜けていた。一気に飛び降りたのだろう。穴の開いた床を蹴りながら降り立つ。既に壁は抜かれ、走り去った後である。そしてノイズの置き土産と来たものだ。三体の空中型。壁に向かって走る。跳躍。壁に向かい飛び、蹴り、天井を更に蹴り一閃。一つ。反発を用い横躍。迫る二体を往なす。反転。疾走。身体を低く倒しながら斬り込む。煤、全身に振り掛かる。最後の一体。正面から向かって来ていた。軽く跳躍。躱し際に一撃。それで終わりだった。そして、目標も完全に喪失している。良い様にやられていた。

 通信を入れるも、うまく機能しない。スカイタワーには、二課の用いる電子機器の電波を統括する親機と言える物が備わっていた。無論電波周りはそれだけでは無いのだが、近場であるせいか通信機がうまく機能していない。

 聞こえていた爆発音も消えている。大凡の戦闘は終わったという事だった。不可視の自動人形の例もある。警戒を解く事はせず走った。やがて、二課の所有する輸送機や輸送車両等が見えて来る。

 

「上泉さん!」

 

 現場に来ていたのか、友里さんが驚いたように声をかけて来る。軽く挨拶を交わし、通信が乱れて連絡が取れなかった事を詫びる。

 

「先生!」

「無事だったのか!? 良かった、あんたまでなんかあったらって思うと」

 

 声を聞きつけたのか、風鳴のとクリスが駆け寄って来る。衝撃。予想していなかったそれが胸に響いた。白猫。半泣きで抱き着かれている。

 

「何かあったのか?」

「立花が……。いえ、立花自身は無事なのですが」

 

 嗚咽。しがみ付き離れない少女を手で宥めながら問う。風鳴のが沈痛な表情を浮かべて答えた。一瞬響に何かあったのかと嫌な予感が過るがそうではない様だ。では何があったのか。そう考えた時、小日向の姿が思い浮かんだ。

 

「小日向か?」

「……その通りです。立花と遊びに来ていたようですが、立花と離れ離れになりそのまま」

「そう言う事か。だからこの子も不安定な訳か」

「はい。ですが、これ程の被害の後に発見できないという事は……」

 

 響は何度か小日向を連れて来た事はあるが、俺個人としてはそこまで交友が深かったわけではない。ただ、響の話や、クリスの話の中ではよく出る名であった。響の親友であるらしく、その頻度も頷ける。大切な友達。それを失ったと思っているのだろうか。F.I.S.の装者と共にいた。小日向だけでも助けられていればと思わずにはいられない。

 

「小日向は死んでいないぞ」

「え……?」

「何故そのような事が?」

「先ほどF.I.S.の装者たちと遭遇。人形に行く手を阻まれてしまったが、生存は確認できている」

 

 クリスを宥めながら、先ほどの出来事を説明していた。クリスの様子は言わずもがな、風鳴のですら沈痛な表情であった。親友の響の衝撃は計り知れないだろう。あやすように一度だけ強く抱くと、クリスを振り解いた。目を合わせ、少し響にあって来ると伝えると。涙を拭い、直ぐに行ってやってくれと言われた。白猫の事も気になるが、今は響である。居場所を聞き、直ぐに向かった。黒塗りの車の中、女の子が温かい飲み物を持ったまま俯いていた。

 

「無事だったか?」

「ユキさん……」

 

 声をかける。驚き上げられる視線。直ぐに涙が浮かぶ。思えば自分はこの子の涙ばかり見ている気がする。すまないな。心の中で詫びる。小日向を助ける事さえ出来ていれば、このような姿は直ぐになくす事が出来たはずだ。全霊を尽くして尚、無理な事は存在する。それでも、思わずにはいられない。

 

「私の一番暖かいものが。暖かい場所が、無くなってしまいました。未来が居なくなって……」

 

 瞳から流れる涙を拭いもせずに、響が手を伸ばす。一番暖かい場所。この子にとって小日向未来と言うのは、それほど大きな存在であったようだ。内心ですまないと一言呟く。伸ばされた手、ゆっくりと握った。

 

「小日向は言っていた。響に無事だって伝えてくださいと」

「え……?」

 

 そして、F.I.S.に逃げられた時のことを話す。自動人形に阻まれていた。その時、確かにあの子の叫ぶ声が届いた。自分が拘束されているのにも拘らず、響の事を案じていた。伝言を託されていた。伝えない訳にはいかない。

 

「俺は君に謝らなければいけない。マリア・カデンツァヴナ・イヴと遭遇時、小日向を見つけた」

「未来に……未来に出会ったんですか?」

「ああ。結局助け出す事は出来なかった。すまない」

 

 目の前に居ながら、助け出す事が出来なかった。響にただ詫びる事しかできない。それ以上の言葉を持たなかった。

 

「未来が……生きている?」

「恐らくは、だ。あの状況で態々助けたのだ。まさか殺しはしまい」

 

 零された問いに答えた。あのような状況でなお見捨てなかった。ならば、落ち着いたところで殺されはしないだろう。他の可能性は無いとは言えないが、響には言わず胸の内に納める。これ以上追いつめたくは無かった。

 

「ユキさん」

「なんだ?」

「ありがとうございます!!」

 

 いきなり響が立ち上がり大きく頭を下げた。思わず目を見開く。怒りや悲しみをぶつけられても仕方が無いと思っていた。負の感情を受け止めるつもりでいたのにも拘らず、全く逆の言葉を返されたのには面食らってしまう。

 

「何故礼を言われたのだろうか?」

「だって、未来が生きているって教えてくれました。私が一番欲しかった言葉を、持ってきてくれました」

 

 だからありがとうです。涙を拭い、笑顔でそう返されてしまう。言われた意味は解る。だが、その言葉を言えるのが驚きであった。この子は思っていた以上に強いのか。驚きと共に、そんな事を思う。

 

「俺は、あの子を助けられなかったぞ」

「私は、未来がもう死んじゃったんだって思ってました。でも、そうじゃないってユキさんが自分で探してきてくれました。だから、私はへいき、へっちゃらです」

 

 未来の事は心配で仕方が無いですけどね、っと悲し気に、だけど笑顔で答えた。

 

「君は、強いな……」

「何度も助けてもらいました。今回もまた、助けてもらいました。ユキさんは私が泣きそうな時、涙が止まらない時、何時も欲しかった言葉をくれます……。道を示してくれます」

 

 少女だと思っていた子が、少しずつ強くなり始めていた。守れなかった自分に、見つけてくれたんですよと笑った。思わず、こちらも笑みを浮かべる。後進が強さを見せたのだ。先達がだらしない姿を見せる訳にはいかない。

 

「未来は必ず助け出します」

「ああ。絶対に絶対、か?」

「はい!!」

 

 塞いでいたのが嘘のように元気になった響の返事に頷く。次に出会った時は必ず助けよう。そう胸に刻みつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




クリスちゃん、場酔いする。飲んですらいません。
ウェル博士(三回目)

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