煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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2.痛みと鎮痛剤

 疲れていたのだろう。クリスが寝静まったところで、一度集合住宅を後にする。大丈夫そうに振舞ってはいるが、眠りに落ちた姿はあまり大丈夫そうだとは言えない。医師に診てもらうかと尋ねるが、必要ないの一点張りだ。事情があるのだろう。あまり深く踏み込む気もないので、それ以上は勧めるのをやめる。

 

「とりあえずは鎮痛剤、か」

 

 少し出るという置手紙と猫に後は任せ、必要な物を贖いに向かう。日は落ちかけているが、閉まると言うほどではない。裏路地を駆け抜け、少しばかり遠くに足を延ばす。既に自宅付近の混乱は沈静化されているが、流石に店は開いていないからだ。

 市販の鎮痛薬と言うのは意外に強力なもので、それだけで十分に効果はある。尤も、だからと言って多用は厳禁ではあるのだが。誰だって、副作用に苦しみたくはないだろう。

 必要な分だけ用意し、購入する。後は簡単な食品を手に入れ帰路に着く。

 

「あれ……? 上泉さんではないですか?」

「おや、緒川じゃないか。いつ以来か」

 

 大型量販店から出たところで、聞きなれた声が届いた。振り返る。其処には見知った顔が居た。

 緒川慎次。かつての同期であり、現代に実在する忍び。特異災害対策機動部所属であり、司令の右腕の一人である。懐かしいなと呟く。機動部を去ってからは、その仕事の忙しさもあいまり少し疎遠気味になっていた。とは言え、所属していた時にはそれなりに懇意にしていたので、他の人員に比べれば今でも繋がりが深いと言える。現代の忍びである。俺の様な人脈を維持しているのもある程度は頷ける。

 

「機動部の主柱の一人がこんな所でどうした?」

「今はプライベートですよ。僕がこの辺りの店を贔屓にしているのは知っているでしょう?」

「ああ、たまに買い出しに出ていたからな」

 

 折角だからと車に乗せてくれたので途中まで送って貰う事にし、懐かしい話に昔を思い出す。四年ほど前までは、確かに機動部に在籍していたからだ。シンフォギア装者である風鳴の子も居た。強く成りたかったのだろう。機動部の腕自慢達にも様々な事を学ぼうとしていた姿を思い出す。自分も何度か対峙した事はある。年端も行かない少女と思わないでもないが、思いは本物だった。

 

「緒川は相変わらずノイズ対策か?」

「ええ。最近では装者が増えましてね。やる事も大きくなっていますよ」

「ほう。風鳴の子以外にも増えたのか」

「元気な子ですよ」

 

 緒川の言葉に頷く。何となく、クリスでは無い気がした。これで装者は三人。自分が知っている頃とは様変わりしているだろう。今から二年程前には、かつての装者である天羽奏が死亡している。幾らか代変わりしているという事だろうか。仕方が無い事だとは言え、少しばかりやるせない。

 

「懐かしいな。風鳴の子は成長したのだろう?」

「はい。日々成長していますよ。歌姫としても、防人としても」

 

 優しげな緒川の言葉に頷く。表向きはアイドル風鳴翼のマネージャーである。長い間接しているうちに、妹分の様になっていったのだろう。兄と言うに相応しい。

 

「時折、今の実力で上泉の剣と交わってみたいと零されますよ」

「止めてくれ。シンフォギア装者とやり合う理由が無い」

 

 数回立ち合いを重ねた。それで実力は把握している。かつてでも十分な力を持っていた。更に練磨されたと言うのならば、刃を交わす必要は無いだろう。

 

「後輩が出来たわけです。身も入っているんだと思いますよ。それに、負け続けていましたし」

「シンフォギア装者とは言え、中学生には負けんよ」

「それはそうですね」

 

 何年前の話だ。尤もな発言に、緒川も頷く。

 ひた向きに剣を磨いた青髪の少女。今でも街頭などで見かける姿よりも、記憶の中のソレは幾分か幼い。

 

「まぁ、俺は息災だよ」

「ええ。ノイズとさえやり合わなければ貴方に限って万が一は無いと思います」

「別に……死にたがりではないのだがね」

 

 苦笑する。かつての上司であり、機動部の司令でもある風鳴弦十郎と同じ事を言う気だろうか。むしろ、自分では諦めが悪い方だと思っている。

 

「知っていますよ。無謀であるが最善である。つまりは、そう言う事でしょうね。だから……」

「良いでは無いか。もう、俺は機動部の人間ではないよ。無理な事などしてはいない」

「本当にそうなら、司令も無理にでも止めたりしませんよ」

「それほど無茶をしていただろうか。司令の方が遥かに破天荒だったと思うが」

「まぁ、確かに」

 

 思い出話に花を咲かせるのも程々にする。死にたがりと言われたが、司令は司令で、アスファルトを足で剥がしたり、瓦礫を吹き飛ばしたりしていた。並の人間では、そのような事は出来ないだろう。最後には二人して苦笑が浮かぶ。

 

「先ほども言ったが俺は何も変わりない。元気にやっているさ」

「ええ。確かに相変わらずの様ですね」

「そう言う忍びは大変だな」

「なら、武門にも少しぐらい手伝ってもらいたいのですが」

「そう言う事は、惣領に言ってくれ。大体、俺は追い出された身だ」

「ええ、解っていますよ。僕なりの冗談ですよ」

 

 やはり、人員不足は顕著なのだろう。涼しい顔をしているが、本音では俺のような者の手を借りたいという事か。同期であり、同僚だった。そのあたりの勝手は解る。

 

「最近はノイズの出現も頻繁です。気を付けてくださいね」

「警報は聞いている。気を付けるよ」

「貴方の場合は、寧ろ警報を聞いてからが心配なんですよ。っと、この辺りで良いですか?」

「ああ。助かった」

「また、連絡しますよ」

 

 礼を告げ、停車した車を降りる。機動部は相変わらずの様だ。久々に見た同期の姿に何となく安堵した。

 そのまま別れた。そして部屋にまで戻る。クリスの様子をチラリと確認する。寝息がしていた。眠っているのだろう。そのまま寝かせておく。

 結局、緒川にはもう一人の装者の事を話さなかった。それがどう転ぶのだろうか。何もなければ良いなと思い、壁を背に目を閉じた。浅い眠りは、直ぐに訪れる。

 

 

 

 

 

「イチイバルの反応が現れた地点。ノイズの出現範囲と上泉さんの活動範囲が大きく重なっている」

 

 緒川は之景を送った後、車の中で思考を纏めていた。上泉之景。機動部での通称はユキ。かつて特異災害対策機動部に所属していた、同期である。緒川はどちらかと言えば裏方の方面の仕事が多いが、ユキは実際に現場に出張る事が多かった。基本的に装者以外はノイズに対処する手段が殆ど無いと言っていい。その為に、現場の仕事と言うのは、ノイズをできる限り民間人のいない場所に誘導すると言うのが基本となる。敵を誘導し、市民の被害を最小限に抑えつつ、装者の到着を待つ。この流れだと言えるだろう。

 その中でも異端であったのが、上泉之景と言う人物である。

 あろう事か、ユキは前に出るのだ。勿論必要が無ければ突出する事など無いが、必要があれば何の躊躇も無くやってのける。例えば逃げ遅れた人間が居れば、あっさりと前に出る。それで助かる人間も居るには居た。十度に一度程であるが。殆どは、ただ命を死線に晒すだけに終わる事が多い。それを、司令である風鳴弦十郎は危ぶんだ。毎回死の淵を飛び越え帰還してくる。だが、それがいつまで続くと言うのか。ユキは装者ではない。一度でもノイズに触れれば、それで終わりだ。

 

 十年以上前にユキはノイズによって父を目の前で失っていた。武門、上泉の剣士。政府機関全体で見ても、名が知られた者である。

 そんなユキの父親は、あろう事か、鉄パイプで位相差障壁を持つノイズを斬り捨てていた。どのようにしてそのような事を成し遂げたのかは未だに解明されていない。ただ、ユキが証言するには、すれ違い様に斬り裂いた。それだけである。

 位相差障壁。物理法則下にあるエネルギー干渉をコントロールする障壁。現世での存在濃度を調整し、実像と虚像を使い分ける力。実体化している時でしか、その身に有効打を与える事などできはしない。つまり、ノイズに有効打を与えるには、害を与えようと実体化する攻撃の瞬間を見切、攻撃を行う必要がある。もし一瞬で倒そうと言うのなら、攻撃を見切回避しつつ、ノイズが存在の濃度を変更する前に消滅させるほどのエネルギーを与える必要がある。それを、鉄パイプで成し遂げたと言うのか。仮に事実だとしたら、いったい何度斬ったと言うのか。誰も、そのような話は信じてはいなかった。最後の一体だけは、ユキの父が我が身を晒し炭化して倒したと言う事だけがはっきりしている。

 

 そんな最期を見た所為であろうか、ユキは何処か死を軽視している。死のうとして居るのではないかと思えるほど、無茶な行動をしでかすのだ。至近距離でノイズを突破するなど日常茶飯事だった。いつ死んでも不思議はない。死のうとしているとしか思えない。それほどの働きをする人間を、しかし弦十郎は認める訳にはいかなかった。

 死者を出さない事などできはしない。だが、死ななくて良い者を留める事はできる。そんな判断だった。それ故、ユキは特異災害対策機動部を辞する事になる。意外にも、何ら異議を挟むことなく姿を消している。

 

 しかし、職務ですらその様な事を成していた。行動範囲内にノイズが現れれば、寧ろノイズに向かったとしても不思議ではない。ノイズとイチイバルの反応。それが、気になった。今日緒川がユキに出会ったこと自体は偶然でしかないのだが、どうしても結びついてしまう。

 

「ノイズを斬り裂く事など翼さんぐらいしかできませんが……。彼ならば或いは」

 

 それは、緒川の正直な感想だった。四年前の話ではあるが、あの風鳴翼が、数度対峙しながら一度たりとも斬り込む事が出来なかった剣士。上泉の血縁。彼ならば或いは。

 何かあった訳ではない。だが、この先何かあるかもしれない。緒川は一応ユキに出会ったことを司令に報告する事にした。

 

 

 

 

 

 

「これを返しておこうか」

 

 日が昇り幾らか経った時、クリスが寝室から出てきた。既に彼女の服の洗濯は終えてある。服を手渡し、鎮痛剤と乾パンを一つ手渡す。昨日の時点で直ぐにでも出て行こうとしていた。どうせ服を返せば直ぐその気になるだろう。餞別ぐらいは渡しておいても罰は当たらないだろう。

 

「……礼は言わねーからな」

「別にいらんよ。鎮痛剤と乾パンもある。少しぐらいは役に立つだろう持っていくと良い」

 

 手渡すと、横を向きそんな事を続けた。直ぐに部屋を出た。着替えに向かったのだろう。その間に朝食を用意して行く。とは言え、料理はあまりしない。大した物は用意できない。定番の和食ぐらいだろう。白米に味噌汁、卵に焼き鮭。自分にしては、頑張った方だ。味はまぁ、食べられはするだろう。

 

「にゃあ」

「……世話になったな」

 

 猫を抱えたクリスが戻ってくる。昨日もそうだが、何だかんだで仲が良いのが少し面白い。

 それじゃ、世話になったと、殊勝にも頭を下げた白猫に、とりあえずこれだけ食って行けと促す。一人で食べるには、流石に多くなりすぎる。

 

「……いただきます」

 

 猫の話とノイズの話。その二つだけをして、食事を進めた。他に共通した話題が無いからだ。無理に話しても良いのだが、あまり気の利いた話は得意ではない。結局会話が途切れ、食事だけが進む。

 

「なぁ、一つ聞いても良いか?」

「なにか?」

 

 そんな中、珍しくクリスが口を開いた。手を止め促す。一度クリスが目を閉じ、間をおいて口を開いた。

 

「お前、昨日のノイズに何をした?」

 

 じっとこちらを見据え聞いてきた。目を閉じ考える。それは、彼女に助けられる直前の話だろう。

 

「なにか、とは?」

「昨日のノイズだよ。お前の近くにいたやつ。アレは、あたしのイチイバルで付けた傷以外のものがあった」

 

 目に浮かんでいるのは、若干の警戒。ああ、そういう事かと合点がいく。つまり、疑われているようだ。

 

「斬った」

「あん?」

 

 だから、隠しもせずに答えた。無理な跳躍で馳せ違い様に斬った。それだけだった。それしかできる事は無く、それ以外の説明は行いようがない。会話が途切れた。食事を終えたクリスが、茶を飲みほした。

 

「すれ違い様に、斬ったと言った」

「そーかよ」

 

 素っ気なく返される。はぐらかされたとでも思ったのだろう。それは何時もの反応だった。かつて、父がノイズを斬ったと言っても信じてもらえなかった。だから、自分で斬れるようになった。

 どことなく嫌な沈黙が流れた。

 

「世話になったよ。朝食、美味かった」

「そうか。行くのか?」

「ああ、もう行かせてもらう」

「達者でな」

 

 そう言い、クリスが立ち上がった。見送る。

 ノイズと戦っていた小さな背中が遠ざかる。そして、見えなくなった。黒猫が、にゃあっと鳴いた。

 どことなく、部屋が静かになった気がした。

 

「お前は出て行かないのか?」

 

 こちらの方に近寄ってきた黒猫を抱え上げる。にゃあっと一鳴きする。

 それが何処か慰められているように感じて、苦笑いが浮かぶ。猫にまで気を使われるとは。

 

「っと、お前の食事がまだだったか」

 

 自分たちの食事は終わったが、黒猫に餌を上げていない事に気付いた。一応買っておいた猫缶を一つ開ける。

 皿に移し、床に置いた。猫が飛びつく。床に幾らか零れた。苦笑い。やる事が増えてしまった。何も見えていない感じで餌に食いつく猫を撫でた。いくらか和んだ気がする。

 

 

 

 

 

 ――

 

 

 

 

 

 そんな時、いきなりサイレンが鳴り響いた。緊急警報。けたたましく響く。

 

「ノイズ、か」

 

 呟く。思い出すのは昨日の事。そして、何処となく不機嫌そうに出て行ったクリスの横顔だった。

 

「少し、行ってくる」

 

 猫の頭を撫でた。にゃあ。一言返事が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っああああ! イライラするんだよ!!」

 

 叫び声を上げながらクリスは手にした重火器を解き放った。ノイズの警戒警報。それが一帯に響き渡った時、即座に動く事を決めていた。ユキに渡された鎮痛剤。悩んだ末に飲んだソレのおかげか、いくらか楽に動けるようになっていた。その事実が、クリスをまたイラつかせる。

 彼女はフィーネと言う女性に従い、様々な事を行ってきた。その中にはとても人には言えないような行いもある。それでも、争いを無くすため。その思いで従ってきた。それが、裏切られていた。彼女自身の手で、貴方はいらないと告げられ、ノイズを使って命を狙われていた。最後に信じた大人に、裏切られたのである。

 

「どうせあいつも、何か下心があるに決まってる! シンフォギアを知る者が、善意だけであたしを助ける訳がねぇ!!」

 

 そんな時に、助けられた。ノイズに襲われていた所を見つけ助けた。しかし、その時に負っていた傷や疲労の所為で倒れてしまった。そこを助けられた。誰かに助けられたのは、二回目だった。

 起きた時には有無を言わさず寝かされた。どんな手品を使ったのか、手で押さえられているうちは全く動けなかった。

 そのまま、あれよあれよという間にペースを乱され、食事まで準備された。勢いに押されて食べた。手の込んだものでは無かったが、空腹の身には普段以上に沁みた。ほんの少し込み上げた涙を隠すように食べる。

 そして、また寝かされていた。正直なところ、屋根があるだけでもありがたい。治療の際に裸を見られると言う事態もあったが、感謝はしていた。

 ぐっすりと睡眠をとり、明け方に目が覚めた時に気になる事が思い浮かんだ。あの時、自分以外にノイズを倒したものが居る。ノイズを倒せたという結果だけ考えれば、些細な事かもしれないが、どうしても気になった。だから、聞いた。

 そしてはぐらかされた。

 何をつまらない事を聞いているのだ、っと言わんばかりに斬ったとだけ言われた。

 シンフォギアを纏っているのなら兎も角、生身でそれは余りにも荒唐無稽である。そんな事、出来る訳がない。

 はぐらかされただけだとは思った。だけど、何故かそれが引っ掛かった。フィーネに捨てられた事が頭に過った。理解してくれたと思っていた人からですら、道具の様に捨てられた。大人は話を聞いてくれなかった。そんな記憶ばかりが思い起こされる。

 どうせこいつも、あたしの話を聞いてくれないんだ。隙を見せたら上手く利用だけして、捨てられるんだ。

 そんな事を思った。気付けば、きちんとした礼も言う事すらできず逃げ出していた。

 体が痛んだ。暫くは我慢していたが、結局鎮痛剤を飲んだ。暫くして痛みが引く。楽になった。その事実が、余計にイライラを加速させる。

 

「今のあたしはむしゃくしゃしてんだよ! ぶっ潰してやるよ、クズども!!」

 

 そんな時にノイズが現れた。八つ当たりするにはもってこいの相手だった。何の遠慮もなく感情をぶっ放せる。その一心でシンフォギアを纏い戦い始めていた。そして、ある程度の敵を打ち砕いた時、それは現れた。

 

「加勢するよ、クリスちゃん!」

「……」

 

 オレンジ色のシンフォギアを纏う少女。特異災害対策機動部所属の装者の一人、ガングニールを纏う者、立花響である。戦っていたクリスの背後を庇うように、もう一人のシンフォギア使いが現れていた。

 そんな響とは対照的に、どこか様子のおかしいクリスを少し警戒して距離を取りつつ、青きシンフォギアが舞い降りる。天羽々斬の装者、風鳴翼だった。二人はノイズ出現の反応を感知、命令を受け急行した。そこで、先にクリスが戦っていたと言う訳だった。クリスは二人の目の前でフィーネに捨てられていた。今は彼女にとっても、戦わなければいけない理由は無い。その事実をわかっているのか、それとも何も考えていないのか、響は何の迷いもなく援護に入った。

 

「っどいつもこいつもバカにして!? お前ら、消えてなくなれ!!」

 

 それが、今のクリスには更に癇に障る。ただでさえイライラが爆発していた。その上、つい先日まで敵対していた者たちに助けられようとしている。今のクリスにその屈辱は耐えられるはずが無かった。怒りに任せ全ての武装を展開し、砲撃の態勢にはいる。近くに居るもの全てに狙いを定め、解き放った。

 

「立花!」

「え……?」

 

 もちろん近くにいた響も例外ではない。捕捉されて放たれた銃弾が雨霰の様に吹き荒れる。咄嗟に後退するも、無数の誘導弾が回避しきれない。ぶつかる。その直前、無数の刃が響を遮った。風鳴翼の呼び出した刃の群れ。

それが、何とか響を救っていた。

 

「っ、全部、全部ぶっ潰してやるよ!!」

 

 人すら狙った事に自分でも少し怯むも、イラつきがそれを埋め尽くす。重火器の掃射。叫び声と共に放った。

 

「クリスちゃん、やめて! 私たちが戦う理由は無いよ!」

「お前たちに無くても、あたしにはあるんだよ。むしゃくしゃが止まんねーんだ!」

「これでは話にならない……。立花、一旦取り押さえるぞ!」

「は、はい!!」

 

 二手に分かれ、まずはクリスを取り押さえにかかる。

 しかし重火器を始め、誘導弾や弓撃、両手拳銃など様々な形状に変化する銃撃に翻弄され中々に近づけない。その上、後方にいた倒し切れていないノイズも戦闘に交じり始め乱戦の様相を呈し始める。

 

「これで、終わりだ!!」

 

 感情が溢れ、力を解き放つ。足を止めての、全弾発射。凄まじい勢いで放たれたそれが、響や翼を含めた全ての敵に襲い掛かった。

 

「くぅぅ!?」

「翼さん!? 何とかしなきゃ……って、クリスちゃん!?」

 

 再びの掃射に翼が巨大な羽々斬を落とす事で受け止めるも、周囲に着弾する爆炎までは完全に防げない。受ける傷に、声を上げる。守られている響がどうにかしないと、っと思った瞬間、クリスの後方が光った。鳥型のノイズ。形状を刃のように鋭く変え、クリスに向けて飛来する。

 

「なっ!?」

 

 イラつきに任せ過ぎていた。全弾発射の硬直が解けきれず、今からでは避け切れない。思わず目を閉じかける。響の声が届く。なんでお前はこんな事したあたしの心配をしてんだよ。そんな事が頭に過った。あまちゃんが。吐き捨てる。不思議と嫌な気分では無かった。

 

「え……?」

 

 ぶつかる。その刹那不思議な事が起こった。直進するノイズ、いきなり何かに弾かれる様に吹き飛んだ。目を見開く。意味が解らない。響と翼も驚き一瞬動きが止まった。

 

「遠当て。と言う」

 

 声が聞こえた。朝食の際に聞いた声だ。向き直る。遥か離れたところに上泉之景は居た。手に持つ物は鉄パイプ。まるで突きを放ったかのように、深い踏込から伸ばされていた。吹き飛ばされたノイズの一部が炭化するも、完全に沈黙した訳では無かった。再び動き出し、形状を変え始めた。止まっていた時も再び動く。

 

「上泉先生……?」

「先生と言われるほど、俺は何かを教えてはいない筈だぞ、風鳴の」

 

 翼が驚き零した言葉に、ユキは行き成りどうしたと言わんばかりの様子である。二人は古馴染みであった。今よりも随分未熟であった頃に僅かだが師事したことがある相手。翼がまだ中学時代の話だ。秘かに先生と呼んでいたのが出てしまっていた。

 

「おい、クリス」

「な、なんでお前が……」

「借りは返したが、また貸して欲しい」

 

 そんな事を続けるユキに、クリスは一瞬何とも言えない気分に襲われた。返事ができないでいると、場が動いた。ユキ目掛けて数体残っていた飛行型ノイズが形状を変え槍の様に飛び掛かる。

 声を上げる事もせず、正面に飛んだ。着地。弾丸の様に飛来する。ユキの影を追うように、代わる代わる間断なく攻め立てる。跳躍。疾走。回転。再び跳躍。地を転がり、駆け飛びながらノイズを翻弄する。時折、右手に持たれた鉄パイプがあり得ない音を鳴らす。正面を取り飛来するノイズを見極める。異常なまでの加速。すれ違う刹那、あり得ない音が流れた。何かを高速で何度も削るような音だ。

 

「来て早々だが、死にかねんな」

 

 殆ど吐き捨てるように飛んだ。三人の装者も予想だにしていなかった光景に硬直していたが、慌てて戦闘を再開した。生身の人間が目の前にいる。それだけで、先ほどのような状態とは打って変わっていた。

 

「だから、なんで、こんなとこに居るんだよ!! お前は!!」

 

 感情のままに叫び声をあげ、誘導弾を解き放つ。ただそれは、空中や後方にいたノイズだけを撃ち落とし、ユキの周りだけを綺麗に通過し敵を消していく。

 

「信じていないようなので、見せに来た」

「んな!?」

 

 あまりの言葉にクリスは二の句を失った。実際の所クリスが心配だったという面も大きいのだが、ユキはそのような事を言う人間ではない。

 

「斬るぞ」

 

 そう言い、ユキはその場で振り返った。一体だけ打ち漏らしたノイズ。飛来する。前方に駆けだす。ぎりぎり迄引き付け跳躍。馳せ違った。両手持ち。鉄パイプが異様な音を奏でる。

 

「マジか……」

 

 ノイズの表層が凄まじい勢いで削られ、全体が炭化した。

 

「一体であればだが、斬れる」

 

 着地した態勢のまま、ユキは告げた。次の瞬間には、また駆け出している。当たれば死ぬしかない。それも当然だ。装者ならば触れても問題の無いノイズだが、ただの人間には問答無用で炭化させられる天敵である。そんなモノと自分の意思で接近戦でやり合うなど尋常な事ではない。どれだけの見切りと技量、何よりも胆力があるというのだ。ノイズを凌ぎながら笑みすら浮かんでいる相手に、クリスは言葉にできないものを感じた。

 

「とは言え、囲まれればどうしようもないが」

「上泉さん」

 

 背後を守る様に、風鳴翼が降り立つ。方や鉄パイプを手にする男。方やシンフォギアの刀を持つ女。

 

「悪いな。久方振りだというのに、迷惑をかけてしまっている」

「いえ。それよりも敵を殲滅します。出来る限り離れないでください。立花、この人は私がカバーする。前線を押し上げるんだ!」

「任せてください!」

 

 翼がフォローに入ったことで、一気にユキへの攻撃が止んだ。全て翼が斬り裂いているからだ。ユキは人間である。ノイズからすれば、シンフォギア装者よりも遥かに与しやすい相手だろう。一番初めに狙う敵として、攻撃が集中した。それが、逆に殲滅を行いやすくしている。

 

「おい! 討ち漏らすんじゃねーぞ!」

「誰に向かって言っている」

「はっ、なら直ぐに終わらせてやるよ!!」

 

 クリスが、翼に叫んだ。ユキと位置を入れ代わり立ち代わりしつつ、翼は笑う。

 

「あの風鳴のが。随分と立派になった」

「上泉さんが居なくなった後も、皆に助けていただきました。この身の剣を、鍛え上げてもらいました」

「良い刀、だな」

「ありがとうございます」

 

 背中合わせで笑い合う。既にユキのやる事など無くなっている。対ノイズ能力では、天と地ほどに差がある。それも当たり前だろう。半ば語り合いながら、動く。遠当て。時折、尋常ではない剣より放たれる剣圧が、遠くのノイズを牽制する。

 

「これで!」

 

 響が腕部ユニットを開放する。高速機動。一瞬でノイズの懐を駆け抜け、多くの敵が煤と変わる。

 

「アレが君の後輩か。凄いものだな」

「ええ。頼もしい後輩ですよ」

 

 装者となってそれほど日が経つわけでもないのに、堂々とした戦いぶりに感嘆の声が零れた。

 

「終わりだ!!」

 

 散発している討ち漏らしたノイズを相手に、クリスが一斉掃射をかける。粉塵が舞い上がる。それで周辺のノイズは一掃していた。

 

 

 

 

 

 

 

「凄いな君は」

「何でこんなとこに来てんだよ!! 死ぬ気か!!」

「早々、死にはしない。装者が居るとは思って居たしな」

「そう言う事じゃねーよ!!」

 

 戦いが終わったこともあり、クリスに声をかけた。何をしてんだよと、怒り狂う。まぁ、それも仕方が無いだろう。一応戦えない事は無いが、彼女らに比べれば遥かに危険が大きい。自分とて、必要が無ければ逃げる。

 

「クリスちゃん! それに……えーと?」

「上泉之景。ユキと良く呼ばれているよ」

「立花響です! 十五歳! よろしくお願いします!」

「ああ、よろしく。元特異災害機動部所属だ。風鳴のとも、見知りだよ」

 

 風鳴の後輩の子が声をかけて来る。確か、立花響と言う名だと風鳴のが教えてくれた。

 一応は聞いていたが、まさかの自己紹介に笑ってしまう。

 

「ちっ。おい、続きをやろうぜ」

「お前はまだそんな事を……」

 

 一段落がつく。そんな時、クリスが立花に向かって重火器を突き付けた。立花が目を見開く。割り込む様に、風鳴のが前に出る。

 

「いい加減、決着を付けなきゃいけねーんだよ。気持ちわりぃし、そうすれば清々する」

「そんな、折角戦いが終わったんだよ。もう戦う必要なんてないよ」

「うるせえ! 何だったら二対一でも構わねーぜ!!」

「この分からず屋め」

 

 風鳴のが剣を抜いた。立花はダメだよと二人を止めに入る。二対一。クリスはどうしてもやる気の様だ。

 二人を見定める目は本物である。既に自分など、蚊帳の外の様だ。

 

「なら、俺はこちらに付こうか」

「はぁ!?」

「上泉さん?」

「え、ええ!?」

 

 意地っ張りの横に立ち鉄パイプを前に出した。クリスが素っ頓狂な声を上げ、風鳴のが何を考えていると僅かに眉をひそめた。立花は驚きに目を丸めている。

 

「一度、思いっきりやってしまえば良い」

「相変わらず、何を考えてんだよ!」

「君に言われたくないな。取り敢えず、立花の方は俺が何とかしよう。一対一の方がやりやすいだろう?」

「はっ、勝手にしな! 怪我だけはするんじゃねーぞ……」

 

 視線も交わさず、それだけ告げた。クリスがいら立ったように吐き捨てるが、元々一人でやるつもりだったのだろう。何も言わなかった。どうせシンフォギア装者が相手なので長くは持たないとでも思って居るのだろう。

 

「……」

 

 風鳴のが此方を見ていた。目が合う。思いっきりやってしまえと伝えた。頷き、クリスに刀を向けた。二人の間に、機が満ち始める。

 

「あ、あの!」

 

 立花が声をかけた瞬間に、二人が動いた。踏み込みと後退。彼我の距離を変える事無く、装者が舞った。

 

「さて、こちらもやろうか?」

「本気で戦う気なんですか? こんなの、意味がありませんよ」

「君は戦うのが嫌なのか?」

「はい。戦わないで済むのなら、その方が絶対に良いです。だから、私は上泉さんともお話がしたいです!」

 

 赤と青がぶつかり合う。それを気にしながらも、立花は俺に言葉を向ける。戦いなんてしない方が良い。そんな切実な願いが届く。それだけで優しい子だなと感じた。

 

「なら、やめるか」

「え……?」

「とりあえず、座るか。俺も君たちと戦う理由は無い」

「ええ!?」

 

 だから、刃を下ろした。そんな様子に言った本人が一番驚いていた。

 その様がおかしく笑った。立花を何とかしようと言った。だが、別に戦うとは言っていない。

 不必要な争いなど、無い方が良いに決まっている。年下の、それも戦う意思のない子に向ける刃は持っていない。鉄パイプを抱え、座り込む。おずおずと立花も腰を下ろした。赤と青はアームドギアを用いぶつかり合う。

 装者同士のぶつかり合い。感情が爆発しているのならば、誰かが受け止めてやれば良い。そんな事を思いながら、眺める事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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