煤に塗れて見たもの   作:副隊長

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3.銷魂の刃

 獣道を駆ける。木々の隙間を潜り抜け、太刀を片手に駆け抜ける。突き出た枝。一振りで落としながら道を作り出す。位相差障壁。存在の濃度を変え縦横無尽に動き回るノイズではあるが、無制限に動き回れると言う訳では無かった。限りなく濃度を無に近づければどんな障害物であろうとも遮蔽物になり得ないのだが、攻撃に移る際には存在の濃度を上げ物理干渉下に実体を置かざる得ない。その状態ならば、木々とは言え充分に遮蔽物たり得るのだ。吹き抜ける風の音に意識を割き、生物の放つ気配と言うよりは、何かが動く事で発生する音に注意を向ける。

 自動人形。かつて対峙した三体の一つ。黒金の自動人形が攻め手に加わっていた。寸前まで、姿を消し音すら発生させる事なく待ち伏せされていた。直撃の寸前に動いた音。気付くよりも早く体が動いた為に幾らか被害を軽減していた。それでも左腕で剣を動かすのは可能な限り控えた方が良い様に思える。血の流れる筋が大きく線を引いていた。古傷、と言うには新しい傷が幾らか開いたようだ。振るおうと思えば十全に振るう事はできるだろうが、此処で無理を押し通し後の憂いを残す事は避けたい。使わざる得ないと判断すれば躊躇無く用いるが、その判断は最後まで保留しておく。

 勢いに任せ跳躍。足元にノイズが飛来する。大樹。逞しい生命力を感じるそれを足場に反転。既に狙いを定めていたノイズの幾らか下を通り振り抜いた。煤。斬り抜けた敵から出た血をその身に纏う。黒。全身に纏った。着地。太刀を手にしたまま拳を振り上げた。黒金。振りかぶられた右腕が襲い掛かる前に殴り飛ばす。後退。咄嗟に飛びずさったのだろう。予想よりずっと後方に飛んでいく自動人形に向け姿勢を低く駆け抜け距離を詰める。跳躍。態勢が崩れ吹き飛ぶ黒金に追いすがり飛んだ。無防備に晒されている腹。斬撃の間合い。振るいかけた刃を無理やり止めやり過ごし、黒金を足場にする。着地、跳躍。黒金を足場に更に飛ぶ。ノイズ。既に地を這う小型の蛭が狙っていた。目的を変更。幾らか大きな樹木へ向け飛んだ。枝を斬り落とし道を開ける。着地反発。軌道を修正し地に降り立つと、そのまま勢いを殺さず地を這う用に駆ける。黒金。一番厄介な敵を置き去りにする。

 

『そのまま直進するんだ。数分で回収用の車両が到着する。道路が見えたら北へ走り抜けろ』

『……無茶を言ってくれるッ』

 

 司令の指示を頭の中で理解する。吐き捨てたくもなるだろう。一般道の封鎖。ノイズ襲撃よりも前、搬送の時点から行われていた。米軍基地付近のみではあるが、一般車両の通行は無いと言える。走る分には問題が無かった。だが、そう言う指示がくだるという事は。

 

『お前ならばできるだろう?』

『走り抜ける車両に正面から飛び乗れと。無茶を言ってくれる』

『無理無茶無謀は今はお前の役目だからな。すまん、これ以外では被害が増えかねん』

 

 ノイズが存在している。ソレに迫られれば車両では躱しようがない。そう言う事であった。背後を確認する。飛行型。地上型は捨て置き、飛び回るのは後二体である。黒金の姿は見えない。逃げたか。或いは姿を消しただけなのか。どちらにせよ二度同じ手に掛かるつもりはない。

 

「ならば、厄介なやつだけは落とす」

 

 反転。勢いを片足に収束させ急制動。好機と言わんばかりに狙いを定めるノイズ。見定めた。襲撃。ソロモンの杖の効果範囲から離れているのだろう。随分と単調になってきていた攻め手を逆手に取る。遠当て。一つに数弾の斬撃をぶつけ弾き飛ばす。同時に跳躍。自身に向け襲来する鳥を削ぎ落す。煤が舞う。死が襲撃を繰り返す。笑う。命が、昂ぶりが全身を駆け抜ける。死線が心地良くて仕方が無い。震える。だが、恐怖は無い。上体。倒した。頭部を狙うノイズ。それで往なした。頽れ様に振るう。削ぎ落とした。地に触れ転がり跳ね起きる。邪魔な敵の姿は消えた。後方。地を這いながら幾つかが追いすがる。しかし距離は取れていた。腕に土と木の葉がこびり付いている。随分とやられてしまっていた。これはあの子らに知られれば何を言われるか分かったものではない。

 そんな事を考えたところで苦笑が浮かぶ。存外、己は余裕を持っているでは無いか。

 

「随分と派手に立ち回ってくれているようですわね。私と少し手合わせして戴けません?」

「……何者だ。と言うだけ無駄なのだろうな」

 

 不意に聞き覚えの無い声が聞こえる。意識、ノイズに割きながらも視線を向ける。剣を持つ端正な女。

 

「ええ。自動人形。劣化品を寄せ付けない程の剣士であるあなたも敬意を表しファラと名乗りましょうか。日ノ本の剣。あなたの刃、手折らせて貰いに来ましたわ」

「ふん。人形が良く言う」

 

 右腕。太刀をぐるりと回す。切っ先が削ぎ落とされた太刀。問題なく振るえる。離脱。それが目的であった。だが、目の前の人形は黒金と同じかそれ以上だろう。黒金は話す事が出来ず、また劣化品と呼ばれていた。目の前の女は、どちらかと言えばガリィやレイアと同じように思える。剣を突き付け、独特な足の運びをする。他二体の自動人形とは違う動きではあるが、何処かに通じるものがあった。一度はぶつかり突破をかけなければいけないだろう。

 

「ふふ。威勢が良い様で。ですが、少しお持ちになって下さいね。先ずは邪魔な物を消しますから」

 

 ファラと名乗った自動人形は、剣を一閃した。顔を顰める。突風が巻き起こる。自分、ではなく後方に牙を剝いた。何のつもりだと言う言葉は出さず、刀を突き付ける。追手であるノイズが駆逐されていた。何がしたいのだろうか。目の前にいる自動人形は黒金の仲間である。それでありながら、ウェル博士の呼び出したノイズを消し去ってしまっていた。協力者と博士は言っていた。だが、一枚岩ではないのか。

 

「あなたの剣を見せて欲しいのよ。私も剣士の端くれで、その剣には興味があるの」

「成程。敵に語る気は無いと」

「そう言う事ですわ」

 

 考えても解らない事は棚に上げる。解る事は、敵が剣を構えたという事だった。目を閉じる。乱れていた呼吸を正す。刃を振るった。

 

「へぇ……。見えていない筈なのに受け止めるなんて」

「ふん。その程度で当たる筈がなかろう」

 

 剣が風を裂く。その音が刃の軌跡を示している。隠す気のない刃など見ている必要はない。随分と侮られたものである。斬撃を流し、弾いた。返しの刃。ぐるりと手首が戻る。ファラの剣が弾いた。片腕。渾身の力を以て振り下ろす。踏み込み。地を砕き押し通した。

 

「あら、噂に聞く馬鹿力」

「……個体としての腕力ならば、お前達の方が上だろう」

 

 あら凄いと飛び退ったファラに言い返す。直接剣を合わせたからこそ手に取るようにわかる。単純な力では、黒金を含めた自動人形に軍配が上がる。

 

「では、何故?」

「技だよ。斬る為に研鑽されてきた技。お前の剣にはそれが足りんよ」

 

 心外だとばかりに笑う人形を蹴り飛ばす。後退した間合い。即座に踏み込む。斬撃。片腕で振るう。

 

「成程、研鑽されてきた技ですか。確かにあなたに比べれば私の剣にそれは無いものね」

「それが無い刃では幾ら個体として強くとも、足りない物がある」

 

 身体能力と言う物では凄まじいものだろう。自分とて瞬間的な力ならばそれ程劣るとは言えないが、総合的に見れば体力と言う限界がある為彼女等には及ばないだろう。だが、それを補い得る技があった。血に刻まれ引き継がれてきた技がある。人形たちにはない物だろう。

 

「……ッ。これは確かに三対一でも押し切れなかったのも頷ける」

「押し通るぞ」

 

 残光。剣と剣がぶつかり合い、数多の銀閃が姿を消していく。踏み込みからの一撃。手首を回転させると言う人には不可能な動きを駆使し迎え撃つ。だが、遅い。片腕で尚、加速する。

 

「日ノ本の剣。確かにこれ程ならば、無双と言えるかもしれませんわ」

「お前は、何を言っている」

 

 迎え撃つ剣を弾き飛ばした。回転する刃。太刀では無く、拳で打ち払った。人外の剣。無理やりこじ開ける。笑み。目を見開いたファラが口角を曲げる。違和感。既に振り下ろす為に上げた手に咄嗟に左手を添えた。

 

「そうだったとしても、あなたでは私に勝てませんわ。だって私が持つ刃は、剣殺し(ソードブレイカー)だから」

「……ッ」

 

 刃が再びぶつかった。人形が凄絶な笑みを浮かべる。緑の人形が持つ剣が光を帯びる。ぞくりと背筋に悪感が走った。死線。一気に踏み込んだ感覚。これは、使わせてはいけない。直感した。太刀。全霊を込めた。

 

「手折らせてもらいますわ」

「……斬るまでだ」

 

 ファラが宣言した。一閃。刃が宙を舞った。刀身。半ばから折れ、回転している。瞬間、刃が砕けた。

 

「まさか、そんな方法で剣殺しから逃げるなんてね。呆れを通り越して感心してしまったわ」

「……刃が砕けた? 剣殺し。その名の通り、刃を殺すものなのか?」

「そう言う事ね。だから剣士であるあなたでは、私に勝てない」

 

 斬鉄。第六感に従い、ぶつかり合った刃を斬り落としていた。剣殺し。手にした太刀ではとても切れると思えない。ならば、手にした太刀を斬るだけだった。刹那の判断。斬り離した刃が砕け散る。あと数瞬遅ければ、刃を全て手折られたという事だった。刃を殺す超常。そう言う事なのだろう。どう言う理屈で動いているのかは解らないが、それは対剣士武装だと言える。

 

「くくく、ははは……」

「何を笑っているのかしら?」

「いや、これがおかしくてな。研鑽してきた技が容易く破られた。そう言うのだろう。それが痛快でたまらない」

 

 対峙するのは自動人形。手にするは剣殺し。ならば、剣士である俺には勝てる訳が無い。それは、道理であると言えるだろう。だからこそ、愉快で堪らない。

 

「あら、ショックのあまり気が触れてしまったのかしら?」

「そう見えるか?」

 

 自動人形をただ見据えた。刃。手にした太刀は既に手折られている。血に継がれた技も折られた。だから、為す術がない。

 

「ええ」

「たわけが。だから人形の剣には技が無いと言っている」

 

 そんな風に考えているのなら、可笑しすぎて笑いが止まらない。折れた剣。剣殺しの剣。人外の動き。その程度がどうしたと言うのか。この身は武門である。戦うために研鑽された武人だった。刃が折れた程度、些事に過ぎない。折れた太刀に両手を添え踏み込んだ。自動人形。剣を阻む為、剣殺しで迎え撃つ。

 

「笑わせるなよ人形。ただ強い武器を持っただけで勝ったつもりか? 例え刃を手折ろうと、武人は折れぬと心得よ」

「これは……」

 

 刃を流す。剣殺しが触れた剣を殺すと言うのならば、触れなければ良いだけであった。自動人形。ファラの動きは人外そのものである。力は強く動きは速い。一度攻勢に出られればそれだけで厄介極まりないだろう。ならば、全てを斬り裂けばいい。何もさせなければ良かった。剣を手折り機を潰すと言うのなら。ぶつかる事で剣を殺すと言うのならば、これ以上殺させなければ良いだけの話だった。阻む為に出される刃。その全てを流し、人形だけを削ぎ落す。

 

「技だよ。血に継がれし、血脈が磨き上げてきた技だ」

 

 折れた刃。遠当て。自動人形の持つ剣殺し事腕を斬り飛ばした。

 

「これは参りましたね。まさか剣殺しを正攻法で破るなんて」

「ふん。俺の剣を手折るのではなかったのか?」

 

 人形が笑みを浮かべる。腕を斬り飛ばされた事など些事だと言わんばかりである。とは言え、平然と動く人形だった。これを作ったものからすれば、本当に些事なのかもしれない。

 

「まぁ良いですわ。その刃、確かに剣聖と呼ばれる者が出ても不思議は無いもの。それを見せて貰えただけで今日の所は十分といたします」

「逃げれるとでも?」

「ええ、逃げ切れますわ。今頃、ライブ会場の方ではノイズが暴れ回ってる頃ですし」

「……ウェル博士は逃げたばかりだぞ。この地から会場まで輸送機を用いたとしても辿り着ける訳がない」

「あはは。あなたは知ってるじゃありませんか。便利な移動手段」

「……テレポートジェムと言ったか」

 

 その言葉で思い至った。望む場所に行けると言う道具。一度、人形たちに渡されていた。用いるのは彼女等である。博士と協力関係にあると言うのならば、渡しても不思議はない。

 

「失敗する事もあると聞いたが?」

 

 その言葉にファラは只笑みを深めた。それならそれで構わないと言う事なのだろうか。もしくは、何か言う必要がない事実があるのか。どちらにせよ、答えは聞けそうにない。

 

「これも回収できたことですし、帰還させて貰いましょうか。あなたも早くルナアタックの英雄たちの下へ行ってあげなくても良いのかしら?」

 

 砕けた剣の欠片を拾い、人形は胸元に入れる。そんな物が何に使えると言うのか。

 

「必要ないな」

 

 踏み込んだ。折れた刃。最初から折れていると解れば、いくらでも使いようはある。自動人形。健在な腕で剣殺しを回収し、後退した。間合い。小太刀よりも短いそれは、彼女らの身体能力からすれば往なすのは難しい事では無いのだろう。それでもなお追う。躱せると言うのならば、躱せなくなるまで加速するだけだった。

 剣殺しにぶつけた。即座に流す。剣の力が発動する前に撃ち切るつもりだった。

 

「……ッ!?」

 

 不意にファラの動きがぶれた。ぶれたと思えるほどの加速だった。頭部に放たれた斬撃、首を逸らす事で往なす。返しの刃。反射的に止める。同時に跳躍。至近距離にいるファラを蹴り飛ばす事で後退する。即座に刃を振るった。飛来物。弾丸の如きそれを弾く。金色。地に弾いたそれは硬貨だった。凄まじい量が打ち出されている。場を見る。大樹。即座に盾にする。

 重火器の様な掃射。土煙が舞った。風の音が遠のく。それで終わりと言う事だった

 

「では、ごきげんよう」

 

 最後にファラのそんな言葉だけが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「何とか無事だったようだな」

「ええ。尤も、不可解な事も多くありましたが」

 

 二課の仮本部。医務室で司令と向き合い言葉を交わす。左腕。医療班の仮設処置台に置かれている。開いた傷の処置が行われていた。大まかなものが終わり、縫合をするだけと言う状態だった。医師が針を手に取る。内に異物が入る熱い感覚が伝わる。

 

「ウェル博士。ついで現れた自動人形。そして、謎の武装組織フィーネ」

「ソロモンの杖奪取。その影響が出たと言う所でしょうか。拙速と言うにも荒すぎる気がしますが」

「それを為せるアドバンテージがあったという事だろう。テレポートジェム。お前の報告にあった異端技術に類する道具だな。それを以て、岩国からの距離と言う問題を吹き飛ばした」

「先手を仕掛けると言うのなら、迂を以て直と為すのが上策だとしても思い切ったものです」

 

 自分が自動人形とぶつかり合う中で、ソロモンの杖は、ウェル博士は東京に現れたと聞いていた。QUEENS of MUSIC。風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴ。二人の歌姫が主役を飾る音楽の祭典が開かれていた。その場に、ノイズと共に現れたという事だった。余談だが、風鳴のが歌姫であると言う事は知っていたが、まさか日ノ本を代表する実力者だとは初めて知った。縁があるので歌自体は聞いていたが、その辺りの事情には疎い為、響に教えられた時は一瞬思考が停止したのを覚えている。

 閑話休題。襲撃の際にウェル博士自体は姿を現してはいない様だが、数多のノイズが会場を占拠するために呼び出されていた。そのような事が出来るのは杖の力だけだろう。状況が示していた。

 更には、会場で風鳴のと組む事になった歌姫。マリア・カデンツァヴナ・イヴ。その人がシンフォギアを纏い、更には二人の装者を引き連れ風鳴のに襲い掛かったと聞いていた。それ自体は、帰投の流れでそのまま現場に急行した二人が加勢し、武装組織を退ける形になったが、彼女らが残した影響は大きなものだった。人の意思によるノイズの脅威。明確に知らしめられていた。

 武装組織の先制。各国に声明を出し、名を知らしめていた。先制と言うだけならば、鮮やかな位に取られたと言える。一両日の国土割譲の要求。出来るはずのない要求が各国に出されていた。そのような事、出来るはずが無いと誰でも解るだろう。ならば、別の狙いがあるはずだ。隠れ蓑。そんな言葉が浮かぶ

 

「自動人形。ウェル博士に協力を行っていた。そうでありながら、ノイズを打ち払ってもいます」

「武装組織と博士が何処までつながっているのか。自動人形は博士の協力者と言いながら、有利を崩すような事も行っている。彼女らの目的は何なのか。そして、武装組織の本当の狙いは何なのか。探るべき事はいくらでもある」

 

 一番解っている事は、知らなければならない事ばかりだという事だ。こればかりは、時間をかけて情報を手繰るしかない。ならば思考を少しばかりずらす。ファラは言っていた。砕けた太刀の欠片。それの回収が目的、或いは目的の一つだった。ならば、自動人形の直接の目的は、武装組織とは違うのか。利害の一致。そう言う繋がりである為、不可解な動きをしたと見るべきだろうか。

 少なくとも、英雄になりたいと語った博士の目的と一時的に重なる事はあっても、着地点が同じと言う事は無いだろう。博士と自動人形では、意思と言うべきものが違う様に思える。根拠と言うには薄いが、あれだけの力を持つ自動人形がライブ会場に現れなかった事にも違和感を覚えた。

 

「自動人形はどちらかと言えば俺が狙いなのかもしれませんね。そうでなければ、態々助けた上で仕掛けてくる意味が解りません」

「かも知れんな。断定はできないが、ルナアタックの際の奇妙な接触と言い、何かを狙ってはいるだろう」

「一先ずは、彼女らの相手は自分が受け持ちたいと思います。幸い、ノイズを用いる事は今の所無いようですので、装者三人は従来通りノイズ対策、武装組織に専念させるべきでしょうね」

「ああ。ただでさえ彼女等には負担を掛けすぎている。お前の負担が増えるのは申し訳なく思うが、そうして貰えると助かる」

「構いませんよ。戦いの場で刃を振るう。それが武門の存在意義です」

「俺が自由に動ければいいのだが」

「全体の指揮がありますよ。動じず俯瞰して戦況を見据える目が必要です。司令が動けないが故に、俺が動く。そう言う役割分担の筈です。……ですが、そうですね、司令の性格上納得できないでしょう。そのうち緒川や藤尭を誘い男同士で酒でも飲みましょうか。それで、手打ちです」

 

 自動人形への対策は、基本的に自分が受け持つことにする。三人の装者を筆頭に、ノイズを率いる武装組織。それだけでも十分すぎる相手であるのに、更には自動人形まで相手どれと言うのは、いくら彼女らとは言え荷が勝ちすぎるだろう。

 どれだけ人知の外に居ようとも、自動人形は武技の通じる相手だった。ならば、戦う為に研鑽してきた武門こそが相手どるべきだろう。強大な敵ではあるが、相手にとって不足は無かった。酒を飲もう。そんな約束を交わす。

 

「武装組織側と言えば、博士には個人的な因縁を付けられたようです」

「それは通信機から聞こえて来た。随分と変わった奴に目を付けられたようだな」

「あれだけの妄執、中々出会いませんよ」

「自動人形とは違う意味でお前に頼みたい類だな」

 

 司令の言葉に頷く。自分ですら狂気を感じた。まだ幼い部分の残る響などを筆頭に、出来る限り接触させない方が良いように思える。博士がソロモンの杖を持つ以上、そのような事が出来るはずは無いのだが、そんな事を思う。司令も似たような心境なのだろう。特に装者の精神面のバックアップを重点的に行うと言った。いまする話が、それである程度終わっていた。

 

「ところでユキ」

「何か?」

「今更だが、傷の治療を行いながらでなくても良かったと思うぞ」

「性分なのですよ。ただ臥するだけと言うのが、どうにもしまりが悪い。傷が幾らか開いただけと言うのでは特にね」

 

 司令の言葉に目を移す。左腕、医師が針を以て肉を貫き縫合を施していた。簡易式治療台から血液が零れている。痛みが無いとは言わないが、自身の手で斬り裂く事や、引裂かれた腕で殴る事に比べれば、大した痛みでは無い。司令と話しながらでも何の問題も無かった。そんな事を伝えると、麻酔ぐらい打てと呆れたように笑った。そのような事を言いながら、司令自身も平然としていた。上司として忠告こそするが、同じ穴の狢だろう。

 司令と和やかに話していると、やがて医師が終わりましたと控えめに告げて来た。幾らか痛むが、縫合は完了したようだ。礼を告げる。最後に血を拭うとすべてが終わったので医務室を出た。

 

「……ユキさん、師匠」

 

 すると響が待っていたのか直ぐに声をかけて来た。何かあったのだろうか。いつもは元気な響きの表情は暗い。司令を見る。装者とのぶつかり合いの時にな。話を聞いてやってくれ。そんな事を耳打ちされる。何故、師ではなく自分なのかと言う疑問もあるが、とりあえずは艦内にある小さな休憩スペースに向かった。響の分の飲み物を買い、対面に座る。

 

「とりあえず飲むと良い」

「……ありがとうございます」

 

 響が両手でジュースを手に取りゆっくりと飲み始めた。暫くして涙が浮かぶ。口が開くのを待つ。

 

「……ユキさん。私がやっている事って、偽善なんでしょうか?」 

「何があった?」

 

 質問を質問で返した。あの優しい少女の瞳から涙が零れ落ちている。何かがあったのは明白だった。だが、自分はその場にいた訳ではない。聞かなければ何も答えようがなかった。

 

「今日初めて会ったあの子達に、偽善者だって言われちゃいました……。痛みを知らない私なんかに、誰かの為になんて言って欲しくないって、そんな事を言われちゃいました」

 

 ゆっくりと響が言葉を続ける。その間も止めどなく涙が零れ続けている。今日初めて会った私たちが戦う理由なんてないよ。話を聞かせて欲しい。手を取って欲しいんだと伝えたと語る。

 

「私だって胸が苦しくなる事だって知っているのに……、偽善だって」

「……そうか」

「違うって言いたかったのに、何も言い返せなくて。ただ、あの子の言葉だけが頭にぐるぐるって何度も思い浮かんできて……。私、訳が判らなくなって」

 

 偽善者。誰かの為になりたいと言っていた響が真正面から言われた言葉。たった一言の敵意が、この優しい女の子を深く抉ったという事なのだろう。何かに縋るような瞳と、そこから流れる涙を見ればそんな事は容易に想像できた。フィーネ。かつて対峙した敵を思い出す。

 

「そんな時、ユキさんが了子さんに同じ事を言われた事を急に思い出して……、それで……」

「聞いて欲しくなった訳だな」

 

 頷く。何故司令が自分に話を聞いてくれと言ったのか、それで漸く思い至った。響の目の前で同じ事を言われていた。偽善者。少女一人見捨てられないからすべてを失うのだと断言されていた。あの時自分は即座に言い返した。自分で決めた事。それには恥じ入る必要がない。そんな言葉である。

 

「……はい」

「そうか。君は素直なのだろうな。素直だから、相手の言葉を真正面から受け止め過ぎてしまう」

 

 泣いている響にもしっかりと聞こえるように、ゆっくりと語る。偽善者。立花響の成す事を別の視点から見れば、そう見える事は確かにある。だが、一面でしかない。それも、事実だった。

 

「君は、自分で決めた事を恥じ入る事はあるか?」

「……どういう意味ですか?」

「この場合だと、君は誰かの助けになりたいと思った事を後悔した事があるかと聞いている」

「そんなの……ある訳ありません」

 

 問いに響は涙声で、だが、しっかりと答えた。その答えに笑みが浮かぶ。答えなど、出ているでは無いか。

 

「難しく考えるな。偽善でも良いのだよ。物事は様々な見方がある。相手からはそう見えただけの事だ」

「……あの子から?」

「ああ。君の思う事はな、普通の事では無いのだよ。人は弱い。簡単に他人を思いやれない者が多い。だからこそ、君の言う誰かの為にと言う言葉は人によっては嘘に聞こえる」

「そんな事、ありません……」

「そうだな。命を懸けて戦った。俺はそれを知っている。だけど、相手は知らない。だから、信用できない」

 

 言葉を続ける。優しすぎ、素直すぎるのだろう。だから、今回の様に強い衝撃を受けた時、時折拠り所を見失ってしまうのかもしれない。

 

「偽善じゃ……ないです。ないって信じたいです」

「苦中の苦を受けざれば、人の上の人たること難し。と言う言葉がある。簡単に言えば、苦しみの中の苦しみを体験した者でなければ、人の上には立てないと言う意味だよ」

「なんでそんな言葉……、私は別に、人の上に立ちたいなんて……」

 

 一つの言葉を引き合いに出す。偉人が残した言葉。不意にそれが頭に浮かんだからだ。

 

「君の思いと言うのはそれ程の物だという事だよ。その思いはとても尊い。同時に、嘘のように頼りなく思えてしまうものなんだ。残念な事にな。だからこそ、その思いを信じてもらうには並みの苦難では足りない。人の上に立ったとしても不思議でない痛みを知る事を強いられる」

「だから、信用されない……?」

「そう言う事だ。目に見える理由が必要なのだと思うよ。だけど、その相手は君の事を良く知らなかった。だから、響の言葉が届かなかった。そう言う事だろう」

 

 響の流れていた涙がやがて止まる。

 

「だけどな、それは君の言葉が信じて貰えなかっただけに過ぎない。それで君の言葉が、思いが嘘であると言う事にはならないのではないか?」

「……あ」

「君は自分で決めた事に恥じ入る事は無いのだろう。ならば、後は君の事を知って貰えば良い。信じて貰えば良い。信じて貰えないのならば、信じて貰えるまでぶつかってみると良い」

「……はい!」

 

 柄にも無く多くを語ってしまった。だが、その甲斐もあったのか響の瞳に光が戻った。誰かの為にと頑張る少女。この子には、暗い顔よりも笑顔が似合うと知っていた。それが戻った。慣れない事をして良かったと思う。

 

「やっぱり、ユキさんは優しいですよ」

「君には負けると言った筈だが」

 

 響の笑顔を見たので立ち上がる。これ以上の言葉は必要が無かった。

 

「あの頃のクリスちゃんがユキさんに心を開いたのも解る気がします」

「これでも先達だ。優秀な後進が見ている。少しぐらいは格好をつけさせて欲しい。ただでさえ君たちは辛いところに立っている。偶には前を行く者に寄りかかると良い。それ位の度量はあるつもりだ」

「二回も守って貰いました……。凄く、助けてもらいました」

 

 だから、ありがとうございます。そう言った響に背を向け右手を上げる。この子はもう大丈夫だろう。そう思い、その場を後にした。 

 

 

 

 

 

 




銷魂(しょうこん)
 驚きや悲しみのために気力が失せること。

武門、剣殺しに遭遇する。しかし、次々に刀を折る司令の腹筋には及ばず。
響、調にメンタルを叩っ斬られる。
あと、書いてはいないですが、マリアさんはウェル博士の到着が遅れていたのでライブ中、時間稼ぎをしながら内心プルプルしていた筈。

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