DMMO‐RPG YGDRASIL──日本で生まれたヴァーチャルリアル体感ゲームはあっという間に全世界に広まり、100万ユーザーのコンテンツとなった。ゲーム開始して三日目、早くも僕の心は折れようとしていた。
僕はケニー・タカヤマ、祖先に日系人がいるテキサス人だ。かつてアメリカ合衆国と呼ばれた国はいくつかの国家に分かれたのだが、そうちの一つが僕の故郷のテキサス国だ。えらく田舎なだけあって、YGDRASILのサービスが提供されたのは日本で開始されてから三年後だった。僕はこれまでに様々な攻略ガイドやネットの情報を集めながら待ち続けていたので最初にゲームを始めた時はまさに大興奮だった。
YGDRASILの醍醐味は様々な種族をプレイヤーの分身として選択出来る事と広大な世界を冒険出来る事だ。僕は迷わす異形種のダークブラウンポイズンスライムを選択した。スライムは派生種族や職業が豊富な為、異形種ビルド初心者にとって最適なのだった。
ハンドルネームはいつも使っているUKONにするつもりだった。僕の先祖にはタカヤマウコンという文武両道の侍がいて、僕の自慢であり憧れだったからだ。名前入力の時にサーバーが重くて何度かエラーしてしまい、何故かUNKOになってしまったのだが、その時は大して気に留めなかった。
かくて、僕のYGDRASIL生活が始まったのだが、このUNKOというハンドルネームが最悪の事態を招くとは思いもしなかった。
三年の差はレベルの差として思い知らされた。日本サーバーのプレイヤーはほとんどがレベル90以上で僕のようにレベルが低い人間は少なかった。しかも僕のようなモンスター系の異形種は行動範囲に制限があって、人間種や亜人間種だけしか入る事が許されていない街があったりしたのだった。まあ、その分ダンジョンでの戦闘回避のコミュニケーションスキルを覚えられたり、能力値にボーナスがあったりしたから一長一短とも言えるのだけれど。
しばらくプレイしているうちにやたらとPKに会うようになってきた。最初は理由がわからなかったのだけれど、そのうちに僕の名前、UNKOが原因だとわかってきた。なんと、UNKOは日本語の大便の事だったのだ。茶色いスライムなのだからまさにそのもの……Oh shit! shit!
僕はYGDRASIL開始三日目にして挫折しそうになっていた。
とりあえず人目を避けてレベルアップに挑戦していたのだけれど、人間種プレイヤーにPKされるとすぐにレベルダウンして元に戻ってしまう。仲間を作れば良いのだが、僕のような異形種で弱い、低レベルプレイヤーでは仲間として迎えてくれるギルドはない。折しも燃え上がる三眼などというギルドがあちこちにスパイを送っていて、新参者は警戒されていたのだったからまさに絶望的だ。
※ ※ ※
「マジかよ? コイツウンコだってよ?」
「ウンコはちゃんとトイレに流さないとな~」
その日は運がなかった。悪名高いギルド、2ちゃんねる連合のメンバーに見つかってしまった。彼らにとっては僕は単なるオモチャ以外の何ものでもない。たちまちの内に四五人に囲まれてしまった。まさに万事休す……
と、諦めかけた僕の前に一人の男が立ち塞がった。
「天に代わりて悪を討つ! 正義降臨!」
見上げると正義降臨という文字を従えた一人の聖騎士が立っていた。
「げぇ? こ、こいつはドンタッチ?」
「違う。たっち・みーだ」
聖騎士は礼儀正しく名乗った。すぐさま戦闘になったのだが、たっち・みーと名乗った聖騎士は強かった。あとで彼がワールドチャンピオンだったと知ったが、その強さはまさに別格だった。二人を瞬殺されて残りの三人は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「いやあ、うまくいきましたねモモンガさん」
不意に木の茂みが動き出したと思ったら植物系モンスターのプレイヤーだった。更に今まで誰もいなかった空間から突然スケルトン系のアンデッドが現れた。
「ぷにっと萌えさん、バッチリです。彼らにマーキングしたのでいずれ隠し鉱山の場所がわかるはずです。いつもながら流石ですね」
「いやいや、これも、ありがとう皆の連携の賜物です。ああ、君、お陰で助かったよ。……えっとウコン君かな?」
「……は、はい。ありがとうございました」
僕はただただ圧倒されるのだった。スケルトン──後でリッチの最上位種族のオーバーロードだと教えてもらったが──のモモンガさんが音頭をとって言いました。
「じゃ、皆さん、ボチボチ次の段階に行きますか」
表情はわからないが、皆ピクニックに行くかのような、気楽な様子なのに驚いた。僕は改めて一人一人全員にお礼を言って別れる事にした。
その後、掲示板の書き込み等でたっちさんやモモンガさん達のギルド アインズ・ウール・ゴウンが2ちゃんねる連合の隠し鉱山を奪った事、としあき連合の本拠地を落とした事を知った。
僕もその後、同じ様な境遇の仲間とギルド『TOILET』を結成して、ゲーム世界を楽しんだ。
あれから数年が過ぎ、僕も社会人となり、いつしか毎日に追われログインする事が少なくなった。
YGDRASILサービス終了を知ったのはギルドメンバーのTENGAさんからのメールでだった。
TENGAさんも僕と同じくハンドルネームとピンクスライムの外見からPKされ続けた過去がある。僕がログインしなくなってからも、ゲームを続けていたらしい。
懐かしいなぁ。最後位はYGDRASILで過ごすのも良いな、そう思ってギルドメンバーにメールをしてみた。幸い、ギルドメンバー十人の内、五人はメールアドレスが変わっていなかったので連絡する事が出来た。まあ、実際に来てくれるかはわからないが。
僕は久しぶりにワクワクとした高揚感と共に、YGDRASILの世界にダイブしたのだった。