※長いです
【Lily】
途中でツンデレプレーンと火山ちゃんに絡まれたりアルフィスから電話が来たりしつつも北のパズルを解き、南のパズルまでやってくる。ベルトコンベアをダッシュで駆け抜け、さっさとパズルを解いてしまう。
ガチャガチャ、と手元の機械を弄り、『撃つ』ボタンを押す。
「これでどうだ……?」
ボタンを押した瞬間発射された弾が対岸の船を撃ち抜き、『おめでとう』という文字が画面に表示される。
「あ、解けた」
「おめでとう! これで先に進めるかな?」
無邪気に笑って祝ってくれたフリスクが首を傾げ、そう言った。
「うん、これで進めると思うよ」
「よし、じゃあいこっか! ほら早く早く!」
急かすフリスクに手を引かれ、ベルトコンベアの上を走り抜ける。先程の分岐点まで戻ってくる。
「よし、じゃあしっかり掴まっててね」
「うん」
フリスクを抱え上げ、注意を促す。そしてしっかりと首に腕が廻された事を確認して、私は装置に乗る。バシュッという音を立てて吹き飛ばされ、対岸に移る。もう慣れてしまったその行為を繰り返し、固く閉ざされていた扉の前辺りにまでくる。
「とうちゃーく。もう降りても大丈夫だよ」
「ん」
私がフリスクに声をかけると、フリスクは私の腕から降りて、地面に足をつける。そして、大きい扉の前にまで歩いていき、じっとその扉を見上げた。
ゴゴゴゴゴゴ………
大きな音を立てながら仕掛けが作動し、扉が横開きに開いていった。
「行こう!」
そう言ってフリスクは先を歩いていく。その後を追い、私も先に進んだ。
―――――――――――――――――――
進んでいく毎に増える蜘蛛の巣と強くなる何かの匂いに顔を顰めながらも先を見ると、薄らと光が見えた。
……あぁ、セーブポイントだったか。
「あ、あれは……」
フリスクも光が見えたらしく、直ぐに駆け出してセーブポイントに近付いていき、手を伸ばした。フリスクがセーブを行っている間、私は辺りを見渡しておく。……奥の建物……彼処で彼女と戦うんだよな。
「終わったよ」
「ん、分かった。じゃあ行こうか」
隣に立ったフリスクの手を握り、先に進もうとする。ふと、蜘蛛の巣についてとある知識が甦り、フリスクに教えておこうと思い立つ。
「……あ、そうだ、フリスク。蜘蛛の巣には二種類の糸があるって知ってる?」
「え? ……そうなの?」
私がフリスクにそう言ってみれば、フリスクは知らなかったようで驚いたように私を見た。
「うん。蜘蛛の巣はハエとかの餌を獲る為の『くっつく糸』と自分が移動する為の『くっつかない糸』があるんだ。縦の糸がくっつかない糸で、横の糸がくっつく糸なんだよ」
私の豆知識にフリスクはへぇ、という感嘆の声を漏らす。
「じゃあもしも大きなクモの巣があったら縦の糸の上を歩けばいいんだね」
「うん。そうなんだけど……何しろ昔調べた事だからさ、間違ってるかもしれないのよね。だから頭の隅にでも置いといて」
はーい、というフリスクの返事を聞いて、今度こそ建物の中に入る。
「うっ……」
何かの匂い……多分蜘蛛の巣の匂いだとは思うが、建物の中に入ると一層匂いは濃くなり、最早異臭と言ってもいい程に強くなる。嗅ぎ慣れない匂いということも多少あるんだろうけど、ここまで強いとなぁ……結構キツイ。
「お姉ちゃん大丈夫……?」
「ん、平気平気。そっちは……大丈夫そうだね」
思わず呻き声を上げた私を心配そうに見上げるフリスクの顔色を見てみると、問題は無いらしく平然としていた。そして私が平気なようだと判断したのか、ほっとしたような顔で歩き出す。その歩幅に合わせるようにして、私も歩く。
「アフフフ……なんて言ったか聞いた?」
道にある蜘蛛の巣を踏まないように避けながら歩いていくと、つい先程聞いた特徴的な笑い声が聞こえた。
「………お姉ちゃん」
「あぁ、分かってる」
フリスクの小さな声に同じく小声で返答し、警戒を強めながら歩き続ける。ポケットに手を突っ込み、ナイフの柄を握っておく。
「シマシマのシャツとパーカーを着た人間がここを通るんですって」
誰かに小声で囁きかけるような可愛らしいその声が、今だけは本当に恐ろしく聞こえる。
「蜘蛛が大嫌いって聞いたわぁ」
囁き声に混じってクスクスと笑う声が響く。そんな不気味な声を聞きながら前に進んでいると、道の先で頑丈そうで巨大な蜘蛛の巣が架かっていることに気付く。
「……奇しくもさっきフリスクが言った事が現実になったね。……縦糸を歩くようにしなさい。絶対に足を踏み外して横糸に乗らないようにね」
「………うん、分かった」
小声でフリスクにそう言って手を離して縦に並び、バランスを保ちながらなんとか進んでいく。
「踏み潰すのが大好きって聞いたわぁ」
怒りさえ滲んで聞こえるその声が響く。……そうか、彼女にとっては蜘蛛は家族のようなものだものね。そこに付け入られたかぁ……
なんとなく同情のような微妙な感情を胸に抱きつつ、進む。
「足を引きちぎるのが趣味だって聞いたわぁ」
そんな声を聞きながら進んで、中腹ぐらいにまでくると、
「それに……」
「うわぁっ!!?」
「フリスク!?」
少し後ろに居たフリスクから声が上がる。慌てて振り返ると、蜘蛛の糸だろうか、動きを封じるように体をぐるぐる巻きにされたフリスクが今にも小さい蜘蛛達によって連れ去られようとしていた。
「………ひどく財布の紐が固いって聞いたわぁ」
「やめてやめろやめろフリスクを離せぇぇぇぇぇええええ!!!」
その光景に恐怖で一瞬息をするのも忘れ、私は直ぐに駆け出して手を伸ばしてフリスクを掴んで抱き寄せ、引っ張り出したハンカチ付きのナイフを振り回して糸を叩き切る。
「大丈夫!?」
「う、うん……」
この手にフリスクが返ってきたことに安堵しながら、ナイフからハンカチを外してフリスクの体に巻き付いた糸を切っていく。………うっわ体勢が体勢だからスゲー切り辛い。慎重にやんなきゃフリスクが傷付くなこれ。
プツン、プツンという音を立てて慎重にフリスクの腕が動くようになるぐらいまで切り終わると、声が聞こえた。
「アフフフフ………」
声が聞こえた右の方を見てみる。すると、先程も会ったマフェ嬢がティーカップやらなんやらを持って笑っていた。
「貴方、自分の『味覚』は私達のお店には合わないと思ってるでしょう?」
そこで一旦言葉を切り、マフェ嬢が特徴的な笑い声を上げる。
「それは間違ってると思うわ。だって、貴方の「味」って……」
上品な笑顔を歪め、にやり、という擬音が似合うような笑顔を彼女は浮かべた。
「お菓子の材料にピッタリだと思うもの!」
そこで、彼女の笑い声が流れると同時に、世界が白黒に切り替わった。
*
きっと『Player』視点では私も大好きだった軽快な音楽が流れてるんだろうなとマフェ嬢を見据えながら思う。……こっちは命懸けなんですけどね。
「………フリスク、この体勢と状況じゃ正直な話応戦しきれない。だから私は回避に専念する。その間、フリスクはどうにかこの戦闘を早急に終わらせられるように全力で頭を回して考えて。出来る?」
「え………」
私の問いかけにフリスクは戸惑ったような声を上げ、そして、少しした後に、分かった、と頷いた。
………本来ならば。フリスクにこんな回りくどいことさせないしさせたくないんだけど、こうなってしまったら仕方ない。私がフリスクにドーナツを出すように指示してもいいけど、この状況でそんなに的確な判断をしたら、どんなにフリスクが私のことを信頼して信用してたとしてもどうして分かったのか不審に思う自信がある。誤魔化せばいいかもしれないけど、それだって誤魔化しきれるか自信がない。………それに、フリスクにはどんな時にも冷静に頭を回せるようになってほしいからね。私が答えばっかりあげてたら、この子は頭を使わなくなってしまう。それだけは回避したい。ヒントはあげるけどね。
ナイフをポケットにしまい、回避出来るように体勢を整えると、ピッ、という音がした。
*MUFFET-ATK 38.8 DEF 18.8
*
取り敢えずまずは彼女のことを調べたのか、そんなアナウンスが流れた。
『そんなに青い顔しないで、カワイコちゃん~』
アフフフ、と笑いながらそんなことを言い、マフェ嬢はするすると糸を伝って上の方へと昇っていく。そして、丁度私達の上にまでくると、真ん中の両手に持っていたティーポットの口を私達に向けて傾けた。
「う、わ……!?」
バシャッ
当然重力に沿ってティーポットの中身だった紫色のお茶(だろうか)がティーポットから流れ出し、私の頭に掛かる。熱くなかったのが幸いだったが、少しだけフリスクとパーカーにも掛かる。
「お姉ちゃん大丈夫!?」
「うん、大丈夫。それにしても、お茶掛けられるとは……つか何の意味が……………!?」
心配するフリスクに言葉を返そうとして、視線を降ろしてギョッとする。今立っている白色だった蜘蛛の巣が、紫色に変色していた。この白黒の空間に色が付くのはあのパターンしかない。まさかと思ってフリスクのソウルを見てみると、赤色の筈のソウルが、紫色になっていた。
『……貴方には紫がよく似合ってるわ! アフフフフ~』
「しまった、やられたッ!」
『パープルアタック』だ、これ。
*
頭の中に流れてきたアナウンスで、完全にパープルアタックの術中に嵌まった事を確信する。
………『パープルアタック』は、マフェット戦で使われる特殊ギミックだ。ゲームでは紫色の線の上しか歩けなくなっていたが、現実ではあのさっきの紅茶もどきのかかった蜘蛛の巣の上しか歩けなくなる仕様らしい。
「……なんでこんなことするのさ! 私達が何かしたか!?」
油断した、と内心焦りながら極めて冷静であるように見せるために上から降りてきたマフェットに向かって叫ぶ。その間に目を動かし、周りを伺う。マフェットの後ろ辺りにプラカードが浮かんでいるのを見つけ、内容を注視する。六本の棒が突き出ているのが見え、蜘蛛の絵柄が描いてあるらしいと見当をつけ、次の攻撃を予測する。
「あら、今更白を切るつもりかしら~?」
私の言葉に反応したマフェットが複数ある目を細めながらそう言葉を返す。
ピッ、という音がした。
*
*
『どうしてそんなに顔色が悪いの? もっと自分を誇りに思いなさいな~』
そのマフェットの言葉が途切れるか否や、何匹もの蜘蛛達が私達目掛けて突進してくる。
「!」
結構なスピードで突っ込んでくる蜘蛛達に踏んだりしてしまって危害を加えないように注意を払いながら避ける。
ゴッ
「いって……!」
体勢が少し安定せずふらついたところを狙われ、背後を蜘蛛が掠めていく。
*
蜘蛛のスピードが速かった所為か掠めた場所がじんじんする。それを耐え、フリスクを見ると、目を伏せて一生懸命頭を巡らせていた。そしてターンが此方に回った事に気付くと、『ACT』に手を伸ばす。
*You struggle to escape the web.
*
アナウンス通り部屋に拍手の音と可愛らしい笑い声が響く。滑稽だとでも言いたいのだろうか。少し腹が立つ。
『貴方はおいしいケーキになれるんだもの~』
笑いながらそう言ったマフェットに殺意が湧きかけるのを抑え、プラカードを見る。変わらず六本の線が見え、次も同じかと判断する。
「私達蜘蛛を踏み潰したりなんてしてないぞ!!? なんでこんな目に合わないといけないんだ!?」
「………なんですって?」
私の言葉にマフェットが反応して笑顔を引っ込めた瞬間、蜘蛛の弾幕が襲ってくる。なんとかそれを避け、紫色の蜘蛛の巣の中を逃げ回る。
*
マフェットが笑顔を消して此方を見たのを好機だと判断し、畳み掛ける。
「何処の誰がそんなやってもいないこと言ったのか知らないけどね、私達そんなことしてないから!! ねぇ放してよ!!」
私が訴えかけるように彼女に言えば、彼女は驚いたように目を見開き、考え込むように手を組んだ。その隙に私はプラカードを盗み見て次の攻撃を予測する。
*You struggle to escape the web.
*Muffet is so amused by your antics that she gives you a discount《Muffetはあまりにあなたのおふざけが愉快なので割引してくれた》!
『放してほしい? 馬鹿なこと考えないで~』
だが、私の言葉も虚しく、マフェットはそう言って拒絶する。それを見計らってまた蜘蛛が突撃してくる。なんとか紙一重でそれを避け続け、自分達にターンが回ってくるまで耐える。
*Muffet pours you a cup of spiders.
アナウンスが流れたことで自分達にターンが回ったらしいと判断し、私はまた口を開く。
「本当にやってないんだってば!! どうやったら信じてくれるんだよ!?」
「アフフフフ、口先だけだったらなんとだって言えるわ~」
とにかく信じてもらいたい一心で語りかけるように声を張り上げ、マフェットに請う。それを彼女は冷たく一笑に伏せた。
*You struggle to escape the web.
*
『貴方のソウルでクモたちみんなが幸せになれるのよ~~』
彼女のその言葉にまた殺意が湧くのをなんとか抑える。………私のソウルを使うならまだしも、フリスクのまでそんなことに使わせてたまるかよ。
苛立ちを覚えながら飛んでくるドーナッツと突撃してくる蜘蛛を避け、ターンを待つ。
*Muffet does a synchronized dance with the other spiders《Muffetは他のクモ達と息のピッタリあったダンスをしている》.
ここまでのターン数を数え、不味いことに気付く。プラカードを見ると、マフィンのような物が描かれている。………うっわ。不味い。
「フリスク。……これから走り回ることになるからしっかり掴まっててね」
「えっ……? 分かった」
考え込んでいたフリスクは私の言葉に驚いたような顔をして、直ぐ様頷いた。
「……ねぇ、もしそんなに自分の身の潔白を主張するなら、証拠を出してみなさいな~」
ふと、マフェットからそんな言葉が投げ掛けられる。
「証拠?」
「えぇ、貴方の必死さは認めて上げるわ~。だから証拠をちょうだいな?」
一応熱意は認めてくれたらしく、彼女は笑いながらそう言った。
「証拠………? そんなもの……」
ふと、フリスクが彼女の発言に引っ掛かるものがあったのかまた考え込む。そして考え込んだまま『ACT』を押した。
*You struggle to escape the web.
*Nothing happened.
『あら、失礼! 私のペットを紹介するのを忘れていたわ~』
「ペット……? このタイミングで……?」
嫌な予感がする、と顔をあげたフリスクが呟いたタイミングで、どすんという重いものが落ちた音が後ろで聞こえた。
『今は朝ご飯の時間よね? それじゃ二人とも、楽しむのよ~』
その瞬間、足場の蜘蛛の巣が唐突に後ろに結構傾く。
「うっわ!?」
「きゃっ」
その場で踏ん張って転がり落ちるのを何とか回避し、落としにかかってくる蜘蛛達を避ける。そして、その波が途切れたタイミングで、私はやっと後ろを振り向いた。
「…………げっ」
そこには、カップケーキかマフィンの形をした巨大な蜘蛛が口を開けて私たちを待っていた。名前は忘れてしまったソイツの案外つぶらな目と目が合う。完全にロックオンされたなと確信し、全力で目を逸らす。
「しっかり掴まっててね!?」
「うん!!」
ソイツから逃げる為にフリスクを抱え直し、全力疾走を開始する。ソイツを真ん中にした蟻地獄の罠のような形に変形した蜘蛛の巣の上をぐるぐると回るようにして走っていく。
こういう形の罠から逃げる為にはこの坂を無理矢理登っていくと逆に体力を消費していつか落ちる。それなら遠心力やら何やらを利用して走った方が良い。……まぁ、本当は昔こういう遊具で遊んだことがあった知識があるから出来るだけなんだけど。
巨大蜘蛛は何時まで経っても落ちて来ない
*Muffet tidies up the web around you.
何か仕掛けて来るのかと天井を睨んでいるとアナウンスが流れ、相手の攻撃が終わって此方にターンが回ってきただけだと安堵する。なんだ、終わっただけか。
溜め息を吐きながらフリスクを見てみると、まだ難しい顔をしていた。その顔のまま、フリスクはまたボタンを押す。
*You struggle to escape the web.
*Nothing happened.
『私たちに貴方のことを警告してくれた方……』
『ACT』で会話を進めると、マフェットは徐に語り出す。……メタトンのことだろうか。
飛んでくるドーナッツの弾幕と突進してくる蜘蛛を避けながら彼を思い浮かべる。余念が無いなぁ、アイツも。………謝らなくちゃなぁ。
どっ
「っ、ぐ……」
背中に走った鈍い痛みで意識が逸れていた事に気付く。今はこっちに集中しないと。
*Muffet tidies up the web around you.
いけないいけない、しっかりしなきゃ。
背中に走るじんじんとした痛みに苦笑を漏らし、次の攻撃を回避出来るよう備える。
ピッ、という音がする。
*You struggle to escape the web.
*Nothing happened.
『貴方のソウルに大枚をはたいて下さるそうよ』
……やっぱりソウル狙いか。
知識として彼の目的を一応把握しているからか、彼女の言葉を聞いても然程動揺しなかった。
*Muffet tidies up the web around you.
ピッという音がする。
*You struggle to escape the web.
*Nothing happened.
『素敵な笑顔の方だったわ~、しかも……アフフ~』
何かを言いかけて、彼女はクスクスと手を口に宛てて笑う。上品なその仕草が今だけは腹が立った。苛立ちを抑え込みつつ飛んでくるクロワッサンとドーナッツを避け、耐える。
*Muffet does a synchronized dance with the other spiders.
くるくるとアナウンス通り回る彼女を見ながら、次を待つ。ピッという音がする。
*You struggle to escape the web.
*Nothing happened.
『変だったわ、陰に隠れて姿を変えた所を見たのよ……?』
訝しむように、彼女は小首を傾げながら不思議そうな顔をしてそう言った。
メタトンはあの箱の形態じゃなくて人間形態で彼女に会ったのか。まぁじゃなきゃ『素敵な笑顔』とか言わないよな。……というか、一人ネタバレしてるモンスターがここにいたぞ、おい。やっぱりちょっと抜けてないか、アイツ。
飛んでくる大量のクロワッサンを避けながらそんな事を思う。……ふと思ったが、食べ物を武器にしたらアカンと思うのは私だけなのだろうか。
*Muffet pours you a cup of spiders.
ふと、彼女の後ろのプラカードを見る。またマフィンの絵柄が描いてある事に気付き、またかとげんなりする。
*You struggle to escape the web.
*Nothing happened.
アナウンスが流れ、また足場が傾く。転げ落ちないように踏ん張り、直ぐに走れるように体勢を立て直す。
『あら、昼食の時間じゃないかしら? 私のペットちゃんにも餌をあげないと~』
いやまだそこまで経ってないだろと思いながら、底に突き落としにかかってくる蜘蛛共を避け、走り回る。涎を垂らしながら足を伸ばしてくる巨大蜘蛛が煩わしかった。
*Muffet does a synchronized dance with the other spiders.
巨大蜘蛛が上に引っ込んで足場が元に戻り、アナウンスが流れ、逃げ切った事を知らせる。さぁ、次だ。
ピッという音がする。
*You struggle to escape the web.
*Nothing happened.
『あれだけのお金があればクモちゃん達を集めて私達はやり直せるわ~』
『やり直す』という言葉に思わず心臓が大きく跳ねる。一瞬過っていった最悪の光景を振り払い、回避に専念する。
*Muffet tidies up the web around you.
ビュンビュンと空気を裂きながら突っ込んでくる蜘蛛共を避け続け、アナウンスが流れた所で呼吸を整える。……次だ。
*You struggle to escape the web.
*Nothing happened.
『ご存知かしら? クモちゃん達は何世代もルインズに閉じ込められているの!』
「えっ…?」
「酷い話でしょう?」
同情を誘うように彼女が言った言葉に今度はフリスクが反応する。そして、何かを思い付いたように目を見開いた。その様子を確認しながら、飛んでくるドーナッツが当たらないように回避を続ける。……つか、よく何世代も持ったよな。普通の蜘蛛だったら血が濃くなりすぎて子供が出来なくなっちゃうか奇形が産まれちゃうと思うんだけど……一応モンスターに分類されるからなのか?
*Muffet does a synchronized dance with the other spiders.
「お姉ちゃん、リュック!! ぼく降ろしてリュック貸して!!」
ドーナッツの雨が止み、ターンが此方に回った所でフリスクが思い付いたように叫ぶ。
「………なんか思い付いたの?」
もしやと思ってフリスクに訊いてみれば、フリスクは確信を持ったように頷いた。
「……ルインズで蜘蛛のドーナッツ買ったの覚えてる? あれが使えると思うんだけど……どうかな?」
ハッと我に返って不安そうに声を潜めてそう言ったフリスクに、私は感心する。……流石未来の親善大使。彼女との会話だけで相手を納得させる適切な証拠を出す事が出来るとはね。頭の回転が早いったらないわ。この子探偵にもなれるんじゃない?
「……試してみる価値はあると思うよ。だからそんな不安そうな顔しないの」
「でも……」
「間違ってたらそのときはそのとき。何とかするよ」
内心フリスクの将来は明るいなと思いながらそう言ってフリスクを足場に慎重に降ろし、リュックを渡す。フリスクはリュックを開け、中を漁ってドーナッツを取り出した。そして私にしゃがむようジェスチャーを出す。それに従って少し屈めば、フリスクは私の口元にそれを宛てる。……食えってことかな?
*
*
『えっ?』
取り敢えずそのまま一口、また一口と食べていくと、そんなアナウンスが聞こえ、背中と脇腹を掠めたところの痛みが引いていく。そして、困惑しきった彼女の声が耳に入った。……あ、ほんのりリンゴ風味で美味しいわこれ。
『それ、どこでそれを……? 盗んだのかしら? あらあら~、クモちゃん達、盗人にはおしおきよ~』
「……なわけねーだろ!! ルインズでちゃんと買ったんだよ、これは。多分、君の知ってる蜘蛛達からだと思う。
……これなら証拠になるだろう? 蜘蛛嫌いが蜘蛛からドーナッツを買うかい、普通。近付きさえしないと思うんだが?」
口に含んでいた最後の一口を咀嚼して飲み込み、彼女に少し怒鳴るようにして言葉を返す。その言葉に驚いたのか、彼女は少し目を見開いて、逸らした。
「……! あれは……」
そんな中、何かに気付いたフリスクが声をあげる。フリスクが視線を向けている方に目を向ければ、一匹の蜘蛛が紙を持って駆け込んできていた。
『えっ? ルインズのクモたちから電報ですって?』
「お姉ちゃん電報って何?」
「あー……簡単に言えば手紙のことだったと思うな」
地下に電報とかあるんだ、と思いながらフリスクに意味を説明し、蜘蛛から慌てて電報を受け取ったマフェットが内容を読むのを待つ。
『なになに? 貴方はあの子達に会って……クモについてスゴく情熱的だったの!』
マフェ嬢の驚いた声を聞きながら、もう大丈夫そうだと判断して、強張っていた身体の力を抜く。これならもう終わるな。
『あらあら、酷い勘違いだったわ~。貴方はクモが嫌いかと思っていたの~』
「な訳ないでしょう」
遺憾の意を顔一杯に示す私に対し、フリスクは大丈夫だよというように首をふるふると横に振る。
『あの方の言っていたソウルは……きっと他のシマシマシャツの人間なのね~』
ごめんなさいそれは勘違いでも何でもなく間違いなく私達です。
内心死んだ目をしながらそう言っておく。ちらっとフリスクを見ると、顔を引き吊らせていた。
『お騒がせしちゃってごめんなさいね~、アフフフ~』
「いえ、結果的に分かってもらえて良かったです」
申し訳なさそうに笑う彼女に流石に可哀想になり、私も不満そうに見えただろう表情を引っ込めて笑顔を見せる。すると、彼女は今度は安心したように笑った。
『お詫びにどうかしら~、ここにいつでも戻ってきて……そして無料で………貴方をぐるぐる巻きにしてクモちゃんと遊ばせてあげる!』
「さては貴女実は反省してないな!?」
『アフフフフフ~、冗談よ~』
マフェ嬢の口から出た言葉に思わずツッコミを入れれば、彼女は朗らかに笑った。
『見逃してあげるわね~』
*
そのアナウンスと彼女の宣言を聞き、フリスクは笑顔で『MERCY』を押した。
*
*
そんなアナウンスが流れ、世界が白黒から切り替わる。色が戻ってきた世界に安堵しながら、私はマフェ嬢に向き直る。
「アフフフ~、楽しかったわ! また会いましょうね、カワイコちゃん!」
これからもご贔屓にね~、という彼女の声を部屋に響かせながら、彼女は薄暗い部屋の奥へと引っ込んでいった。
「………あー、どっと疲れた……」
「大丈夫、お姉ちゃん……?」
戦闘が終わって気が抜け、膝に手を付く。戦闘中に走ったからか、足が重い。休憩挟んだりしているとはいえ、今までずっと歩いたり走ったりしてきたからダメージが溜まってるのかね。ランニングしたりして一応鍛えてはいたけど、やっぱ一般人の自主トレぐらいのレベルじゃあそこまで底上げ出来なかったな……
「どうする? ちょっと休む?」
「んー……いや、一応ここ人様の家にあたるわけだし、もうちょっと進んでからにするよ」
「そう……? 無理、しないでね」
心配そうに見上げるフリスクの頭をくしゃりと撫で、走った時の風でボサボサになってしまった指通りのいい髪を梳く。そうして整えながら、この子を守れて良かったと内心思う。
「………」
「……お姉ちゃん?」
きら、と薄暗い中フリスクに繋がる糸が光を反射して少し光る。何度も邪魔だと思ったそれを、今も疎ましく思った。
急に掌の動きを止めた私を不審に思ったのか、フリスクは私の顔を覗き込む。
「何でもないよ。……行こうか」
「うん」
フリスクに何でもないと誤魔化し、小さい手をしっかり握る。そうして次の部屋へと進んでいった。