【Lily】
完全に開ききった扉をフリスクの手を引いて通り抜けると、フリスクからピロンという音が聞こえる。
「あ、通知だ」
振り返った私の手を離し、フリスクは携帯を引っ張り出す。そして携帯を弄り、画面上の文字を読み上げていく。
「『よし!!! 今からでも説明しよう!!!』」
「え、今……?」
読み上げられた書き込みに思わず顔をしかめていると、携帯が着信音を響かせた。
プルルルル………
「……」
フリスクが迷わず電話に出る。それを横目に、私は道の先にある連続して続いている装置と、その先の建物に一抹の不安を抱く。
「お姉ちゃん、電話終わったよ」
案外直ぐに電話が終わったらしいフリスクが近付いてくる。フリスクを見て、私はもう一度先を見る。……んー、怖いな。ここ下手したら落ちるよな……
「………お姉ちゃん? 大丈夫?」
「ん? あぁ、ごめん。ちょっとね」
反応が無かった事に不安になったのか、フリスクが私のパーカーの裾を掴んでくる。それを頭を撫でて落ち着かせ、誤魔化す。………フリスクは主人公だから落ちる事は無いだろうけど、万が一の事もあるしなぁ………
「……ねぇ、フリスク。ここ危ないからさ、二人で一緒に渡っちゃおうか」
「え? いいけど、どうやって?」
少し悩んだ末、フリスクごと此処を渡ってしまえばいいと思い付き、提案する。フリスクは目を丸くしながら私の提案に頷き、首を傾げる。
「それはね、よいしょっと」
「わっ」
そう言いながらフリスクを抱えあげる。フリスクは突然持ち上げられた事に驚いたのか、声をあげる。
「この体勢でいくの……?」
「うん。こうすればフリスクが怪我する事も無いし。しっかり掴まっててね?」
「……うん」
私の言葉に頷いたフリスクは私の首に手を回し、しっかりとしがみつく。
「それじゃ、行くよ!」
それを見て、私は装置に乗り込む。バシュッ、という音を立てながら吹き飛ばされ、丁度次の装置の上に乗る。するとまた吹き飛ばされ、また次の装置の上に飛ばされる。
「最後っ」
装置の板を強く踏むと、バシュンッ、という音を上げてまた吹き飛ばされ、対岸に飛ばされる。空中で体勢を整えて着地し、しっかりとカラフルな床の上に立つ。……目に悪い配色だな、これ。
「衝撃とか大丈夫だった? フリスク」
「大丈夫だけど………結構、怖かった」
「そっか……ごめん」
「大丈夫」
フリスクを床に降ろしながら訊いてみれば、拗ねたような顔でそう言われた。直ぐ様謝ると、ゆるゆると首を横に振られる。
「行こう」
「そうだね」
フリスクに促され、先に進む。迸る嫌な予感が当たらないように願いながら、私はフリスクの手を繋いで建物の扉を開き、中に歩を進めた。
――――――――――――――――――――
「………うわ、くっら……」
何も見えない程真っ暗な中を、フリスクの手を離さないようにしっかりと握り締めながら全身の感覚をフル活用注意して進む。少し歩いたところで、フリスクが居るのであろう右隣から、携帯の着信音が響く。
プルルルル………
ごそごそと布と何かが擦れる音がして、ピッという音がする。その音で、フリスクが電話に出たのだと判断する。
「……? ……!」
微かに聞こえるアルフィスの声を耳で拾い、もうそろそろ照明が点くんだろうと推測し、咄嗟に目を閉じる。
ガチャンッ
という何かが作動するような音がして、少しづつ目を開ける。
「………おおっと」
目を開けて周りを見渡すと、見覚えのあるキッチンのセットの中に居る事に気付いた。
『オーノー』
茫然とする中、電話越しに聞こえたアルフィスの声が部屋に響いた。
「オーウ イエス!!!」
聞き覚えのある電子音が混ざった男性の声が聞こえ、横を見る。そこには、コック帽を被ったメタトンが居た。
「ようこそ、本日のプレミア・クッキングショーへ!!!」
「………は?」
キラキラという音がする中でそう言ったメタトンに、私は思わず声を漏らす。
「オーブンを温めてくださいね、今日は特別なレシピをご用意しました!」
「ちょっ、は!? なんで!?」
私の抗議の声を無視しながら、メタトンはシンクを挟んで向こう側に居る、カメラを持っている小さいロボットに向かって喋り続ける。
「本日のクッキング・ショーで作るのは……ケーキ!」
「ふざけっ……」
「お姉ちゃん、落ち着いて! ここは流れに乗っておこう?」
番組を進行するメタトンに思わず掴みかかろうとすると、フリスクにパーカーを引っ張られて制止される。私を見上げるフリスクの目線を無視する訳にもいかず、私は渋々引き下がる。
「………分かった」
「さぁ、かわいいアシスタントが材料を持ってきてくれますよ。アシスタントに盛大な拍手を!!!」
メタトンがそう言った瞬間、番組を盛り上げる為か、メタトンの拍手以外にも拍手のSEが鳴り、紙吹雪が上から降ってくる。………腹立つなぁ。
「必要な材料は砂糖、牛乳、そして卵。さあ取っておいで、スウィートハーツ!」
「誰がスウィートハーツだ。というか、なぁ、小麦粉とかは……?」
また若干苛つきながらも、私は後ろの台にある砂糖、牛乳、卵を取りに行く。………ケーキなら小麦粉も要るんじゃないの……? これだとプリンしか出来ないぞ?
「お姉ちゃん、どれか持つよ」
「あー、じゃあ卵持ってきて」
「分かった」
一番軽い卵をフリスクに任せ、私は牛乳パックと砂糖の入った袋を持つ。……あ、結構重い。フリスクに卵持たせて正解だったな。
ゴトン
「ほら、これでいい?」
カウンターの真ん中に全てを置き、メタトンを見る。
「完璧! グッジョブ、最高!」
私の声に反応したのか何なのか、メタトンはそう言った。
「ケーキを焼くための材料が全て揃いました!」
「あの、だから小麦粉は……?」
「牛乳……砂糖……卵……」
「聞けよ」
番組の尺が押してるのか、私の疑問を無視してメタトンは続けていく。
「………おっと! 待って下さい! 大切なことを思い出しました!!! 一番大切な材料が抜けています!!」
「やっとかよ……」
わざとらしい身振り手振りで番組を盛り上げようとするメタトンが、何かに気付いたようにそう言った。そして、カウンターの下に手を入れ、ごそごそと探る。
「………は?」
カウンターの中から出されたチェーンソーが、電源を入れられてエンジンを起動し、唸りだす。
チュイイィィィィン、という刃物が擦れる音が、私の中で妙に響く。
フリスクの顔が、絶望に染まる。
「……………ふざ、けんな………」
ドクン、と心臓が跳ねる。
フリスクが殺される?私の大切なこの子が?フリスクが?
どうして?
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな!!!!!!!!!
ふざけるな。
ブチリ、と何かが引きちぎれるような音がした。